「4年のズレおくれなのだ」(73年29号)に登場する、時代感覚が人一倍錆び付いている後輩のケチ田は、四年前(1969年~70年)に起きた出来事をオンタイム(1973年)のニュースとして捉え、その情報通ぶりを自慢する、アナクロニズムなる概念を体現した最たる人物だ。
何しろ、このケチ田くん、左翼派学生達による革命闘争が完全なる終焉を迎えた73年の段階で、よど号が赤軍派学生にハイジャックされたことに衝撃を受け、一々パパに報告に来る、甚だしいまでの時代錯誤ぶりなのだ。
その後、パパから皆川おさむの『黒ネコのタンゴ』のドーナツ盤を三十円で売り付けられ、(ケチ田にとっての)入手困難な最新レコードを安値で手に入れたことに歓喜するケチ田は、最近凄い歌を覚えたと、辺見マリの70年のヒット曲『経験』を得意気に歌ってみせ、パパを大爆笑させる。
因みに、ケチ田が口ずさむ愛唱歌も、三波春夫の「EXPO'70」のテーマソング『世界の国からこんにちは』という、見事な化石っぷりだ。
『黒ネコのタンゴ』の他にも、一年分(四年前)の古新聞をパパから譲り受け、そこに報じられているアポロ11のニール・アームストロング船長による人類初の月面着陸や、巨人軍投手・金田正一の電撃引退、楯の会率いる三島由紀夫の市ヶ谷自衛隊駐屯地における割腹自殺等に強いショックを受ける。
また、話題が愛読書である「少年マガジン」に及ぶと、既に連載が終了している『あしたのジョー』や『巨人の星』を現在連載中の名タイトルとして絶賛し、パパを呆れさせてしまう始末だ。
だが、そんな時代遅れの流行に振り回されるミーハー生活も束の間、ふとした切っ掛けで、ケチ田は、自分の時間観念に四年ものズレがあったことを知り驚愕する。
しかし、そこは情報収集能力に長けたケチ田だけあって、アイドルの浅田美代子やロックバンドのキャロルに夢中になり、たちまち現在の流行の最先端に追い付いてしまうのであった。
流行を無節操なまでに追い、日々目まぐるしく塗り替えられてゆく最新情報をキャッチすることに至上の価値を見出だすうちに、思考が麻痺し、物事の本質を見失ってしまうという鋭敏なアイロニーが、本作の根幹に注がれている。
そしてそこには、流行に対する敏感さを誇ること自体、時代遅れの格好悪い見本だという、赤塚らしい箴言も込められているのだ。