文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

恍惚と不合理の背反的二重性 「日本人間改造論」

2021-04-26 10:42:27 | 第5章

さて、奇行愚行を重ねながらも、その求道的な精神により、人間の叡智をも超越する境地へと辿り着いた天才的馬鹿な奇人変人が、魑魅魍魎の如く跋扈するバカ田大学であるが、ここで、数あるバカ大関係者の中でも、個人的に多大なインパクトを受けた、超エキセントリックな人物達を幾人か紹介したい。

田中角栄が、自民党総裁選挙直前に発表した政策綱領「日本列島改造論」を捩ったサブタイトルも秀逸な「日本人間改造論なのだ」(72年39号)は、色情狂の彼女と付き合うことになった、自称・ハンサムガイの後輩のスキ男が、もしかしたら彼女は、自分の顔だけを愛しているのではないかと疑心暗鬼に陥ったため、妄想に歯止めが効かなくなり、遂には、自らの身を無限跳躍のパラノイアへと沈めてしまう、戦慄のブラックコメディーである。

彼女の自分への思慕の念は、果たして真実の愛なのだろうか……。

そんな贅沢な悩みに懊悩するスキ男にパパは、顔を不細工に整形し、彼女の愛は本物か確かめろと、驚くべき策を提案する。

スキ男はパパの言う通り、次々と顔相を変形させてゆく。

グロテスクな面構えとなったスキ男に対し、彼女は「顔なんか問題じゃないわ‼ 人間は心よ‼」と、変わらぬ愛を伝えるが、それでも、スキ男は納得が出来ない。

スキ男は、パパの制止も無視し、バケモノ同然の姿へと変貌を遂げる。

だが、そんな姿になっても、彼女のスキ男への想いは揺らぐことはなかった。

それでも、彼女の愛が信じられないスキ男は、遂に自らを羽の生えた怪獣へと変身させてしまう。

そして、「ここまでくれば もうすきじゃないだろう?」と言うスキ男に、彼女は「あたりまえよ‼」「ほんとはあなたが目をたてにしたときからきらいになったのよ‼」と残酷なまでな本心を吐露するのだ。

彼女はスキ男が最初に目を縦に整形した時点で、既に嫌いになっていたが、スキ男が何処まで不気味にエスカレートするか、ただ見てみたかっただけだという。

怒り狂ったスキ男は、そのまま彼女を連れ去り、南の小さな無人島へと飛び立つ。

「まだぼくをすきかい?」

「もうしかたないからすきよ」

このように、スキ男の真実を求めるが故の没入状態には、背反的二重性とも例えるべき恍惚と不合理性がその根源に根を下ろし、読者の純粋理性をにわかに揺るがしてゆく超越者としての凄みさえ感じさせる。

ここで見逃せないのは、スキ男のような倒錯性や唐突性を纏ったキャラクターとの対決軸において、パパが非現実の世界にどっぷり浸かるのではなく、一歩リアリスト的立場に近付き、非日常と日常を繋ぐ架け橋として存在している点だ。

この時パパは、対峙するバカ大の後輩達と一緒になって混沌の彼方にトリップしたり、あるいは、彼らを翻弄する賢人ぶりを見せ付けたりしながら、読者を日常を超えたパラレル世界へと連れ込むガイド役を務めている。

パパのこのようなリアリストとしての視点は、時として、彼らにとって残酷な裏切り行為となって、その異界の論理を一気に根底から覆してゆく。

そして、その横糸として織り込まれたパパのデモニッシュな感性は、二重、三重のどんでん返しと相俟って、既知なるアプシュルドに輪を掛けた錯乱を投げ掛けるわけだが、それはまた別項にて詳しく論述したい。