電話の向こうの真悟の反応は、予想外に普通だった。ウッチンの態度に度肝を抜いた僕は、帰宅後すぐに、真悟に電話をかけているのだ。真悟の反応に、僕は少し腹が立った。
「ゴリラ!?なんでそんな落ち着いちょん??」
『え?・・・おだちゃんとかと一緒かな。向いてないんなら無理して誘ってもしょうがない。』
そこなのだ。僕がわからなくなっているのは。“バードウォッチングは楽しければいい!”みたいな事を言ったのは、あんたじゃないか。それじゃぁ、鳥の名前を覚えられない人は、向いてないのだろうか・・・。頭の中で上手く整理が出来ない!ぼそっと呟く。
「僕も向いてないんかなぁ・・・。」
『そんな事無いと思うけど。』
相変わらずそっけないが、真悟は自信のある否定をした気がした。ついつい受話器を見つめて問いかける。
「え?っちょ・・・それ、どういう・・・」
『そんな事よりさ!来週は、伊豆背自然観察パークに行かん?渡中さんが、ミヤコドリを発見したって新米君に会いたいらしいんよね。』
これほどまでにすんなりと話題を変えてくる所を見ると、ウッチンは残念。本気で、それ以上それ以下でもないらしい。次の話題が面白そうな事もあって、一先ず自分の悩みは忘れることにした。
「・・・うん。僕も行ってみたいよ。」
受話器の向こうで、真悟がガッツポーズをする。
『よっしゃ!それじゃまた詳しくは学校でね~。』
“ガチャ”
一方的に電話を切られた。今日はなんだか一日中、いろいろな人に振り回され続けている。
―1週間後、伊豆背自然観察パーク
観察パークの中心に設置されたビジターセンターの中で、お客さんの少なさに退屈している原口さんは、望遠鏡の手入れをしていた。ビジターセンターとは、来園者あ室内から鳥を観察出来る場所で、入り口の反対側の窓側には、多くの望遠鏡が並べられているのだ。
この公園には、青服のレンジャーが、原口さんの他に3人いる。そのうちの1人は、ビジターセンターの事務室な中でコーヒーを飲んで一服していた。原口さんと同世代の女性。何度も時計を確認しては、2人の中学生がやって来るのを今か今かと待っている。そう。渡中さんだ。また1人の男性レンジャーは、窓から、干潟の杭の上で魚を食べるミサゴをじっと眺めている。歳は、原口さんたちよりかなり上のように見える。髪は白髪だ。
「今日はやけに念入りな手入れですね、原口さん。」
そう言って、最後の1人、まだ20代くらいの若い女性のレンジャーが、原口さんの方へ笑いかけながらやってきた。原口さんは、手を止め背筋を伸ばしながら答える。
「そりゃぁのぉ・・・。今日は、真悟君が友達を連れて来るって話じゃろうがや。やっと、バードウォッチングを気に入ってくれる人が見つかったらしいの。」
「いやぁ、本当に、よかったですね!そういえば!私が初めてここに来たときも、原口さんは望遠鏡の手入れをされてましたよね。まだ誰も使ってなくて新品だったのに。」
「もうここが出来てから4年かぁ。早いもんじゃのぉ。」
そう言うと原口さんは、また望遠鏡の手入れを始める。
「あっ!でも、原口さんはその結構前から、この施設の開園の為に奮闘されてたんですよね?」
「・・・まぁの。色々大変じゃった。」
“ふっ”
原口さんは、望遠鏡に被っているほこりを吹き飛ばす。
―5年前
開幕まで1年と迫り、完成に一歩一歩近づいていく伊豆背博の会場。その裏で影ながら、伊豆背自然観察パークの建設も始まった5年前。ある日、原口さんは伊背副知事に呼び出されていた。
「また、あのオヤジの憎たらしい嫌味を聞くハメになるのかのぉ。」
“コンコン”
そんな独り言を言いながら、副知事室のドアをノックする。
「入れ~。」
副知事のよく響く声。嫌々ながら、原口さんは扉を開く・・・。