もう日も傾いてきたころ、僕たち一家は2日ぶりに県営住宅に帰ってきた。普段この時間帯には、小さい子たちとその親がたくさんいるのだが、今日はひっそりとしている。階段の下まで来て、母さんは10号棟(僕たちが住んでいる棟だ)を見上げて言う。
「今年こそ引越ししたいねぇ・・・。」
「それ毎年言うけど、無理じゃん。」
いい売家が無いのと、資金が無いのと、両方の原因がある。県営住宅はなんといっても、部屋の広さが問題だ。おだちゃんや明のような県営住宅組を家に呼ぶことや、逆に遊びに行くことはしょっちゅうだが、タツや真悟を家に呼ぶことはほぼ無い。鳥は多いのだが、それが少し残念だ。ちなみに、タツも数年前まで県営住宅に住んでいた。そんな事わ考えながら、郵便受けを開く。
「おぉ!今年も大量や!」
そう!年賀状だ!そういえば、僕はおととい出したが、もう届いただろうか。・・・頑張れ!年賀状配りのアルバイト。
家に入った僕は早速、自分宛の年賀状を仕分けし順番に読む。正直、書くのは大嫌いだが、読むのはまぁまぁ好き。まず最初はっと・・・
「じいちゃんとばぁちゃん。」
藤村家の方だ。ばあちゃんの字で書かれている。
『今年も一年元気で過ごして、残りの人生を楽しみましょう。』
・・・ばあちゃん、自分の友達に送るのと間違えたな。ばあちゃんらしいっちゃらしい。そちらこそ、そんな一年を目指して頑張ってください。
「今度は・・・田中家のじいちゃん、ばあちゃんか。」
『おぉ!あっくん?部活も忙しいと思うけど、たまには遊びにおいで。』
ありがとう。こりゃどう見ても、じいちゃんの文章だな。
次の年賀状は・・・やけにシンプルだ。全体的に白っぽい。細々とした字で『小村雅之』。つまり、おだちゃん。
『今年もよろしく。また釣りに行こうね。』
おお!今年もこの文章か。ここ数年おだちゃんからは、毎年同じ文章で送られてくるのだ。暗唱も出来る。そして、これを見るたびに釣りに行きたくなってくる!
次の年賀状は、打って変わってカラフル!この書き散らしたような字は・・・
「タツや!」
『今年は怪我せんように頑張るけぇ、テニスのペアやし頑張ろうね。あっくんも怪我せんでね。』
そういやタツ、去年の4月に両手骨折で、6月末からテニス部に入部したんだっけ?確か・・・そう!『ブランコを後ろ向きで飛ぶごっこ』が原因だったな。僕が怪我するかどうかは、それこそタツにかかっている。
これまた打って変わって、なんとも整った字の年賀状だ!
「出たぞ!オッキー。」
『バードウォッチング、また皆で行けるとええな。てか、お前はもうちょっとテニスもやる気出せ!』
ははは。オッキーの言う通りだ。少なからずオッキーを見ならわなければ。バードウォッチングは・・・じゃんじゃん行こう!
その後、数人のテニス部のメンバー、他の友達(明とか)、ちょっと遠いの親戚、などの年賀状が続いた。次が最後の一枚・・・そうだ!忘れてはならない人が1人。
「来ましたね、植村真悟。」
普段の字は解読不能のレベルだが、年賀状は頑張っている。なんとか・・・読める!?
「『今年も・・・よろ・・・しく』??」
うわぁ・・・!なんて予想外にシンプルな。ただ、その文章の下にはサギの写真がプリントされている。足の先が黄色いから・・・コサギだな。他の人からの年賀状も見ても、何かしら鳥のイラストが印刷されているものが多い。僕が鳥好きだから・・・?いや、そうじゃない。
「今年は・・・なんかいっぱい鳥見られるかもなぁ。」
貰った年賀状の束を、大切に机の上に置く。始まってまだ2日の2005年。12年に1度の、“酉年”が始まったんだ。