1864年7月8日、誰もが知るあの有名な『池田屋事件』が起こりました。
京都の治安維持組織だった新撰組が、尊王攘夷派の志士達を襲撃した事件です。歴史に詳しくなくても、日本人なら一度はどこかで耳にしているのではないかと思います。
開国気運高まる幕末期、「天皇を尊び外国人を追い払え!」という思想をちょっと極端な方へ発展させていた尊王攘夷派(薩摩藩、長州藩、土佐藩など)たちは、開国しようとする幕府を倒そうとして日本各地でクーデターを画策していたそうです。そんな中、「尊王攘夷派が京都三条木屋町の池田屋に身分を隠して集まり、京都の焼き討ちや天皇の拉致を計画している」という情報を得た新撰組は、頃合いを見計らって彼らを襲撃。近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助、途中からは土方歳三なども加え、錚々たる面々が大立ち回りを繰り広げました。約2時間の騒乱で尊王攘夷派の多くを打ち斬りまたはひっ捕らえ、さらに翌朝は市中掃討でまたさらにたくさん捕まえたらしいです。
この一件で、新撰組は京都内だけでなく、全国的にもその存在が広く知られるようになりました。
まあどこまでが本当のことなのか、実はよくわかってないそうですけどね。天皇拉致とかは尊王攘夷派を捕らえるために幕府側がでっち上げた陰謀とする説もあるそうですから。
旅館だった池田屋は事件後も1900年代半ばぐらいまで営業を続けていました(マジか(・Д・))が、現在は同名の居酒屋さんになっています。
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