1日1枚画像を作成して投稿するつもりのブログ、改め、一日一つの雑学を報告するつもりのブログ。
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『声あらずの幻想境』という島には豪奢な白亜の美術館があり、その前の石畳の広場では若き音楽家たちが繊細で美しい旋律を奏でていた。それに触発されるように芸術家たちもまた、なめらかに、力強く、作品を作り上げていっていた。
丸ごとひとつが黒曜の図書館となってる島は『空想の羽広げた大樹』という名がついていた。内部の凛とした静謐さは、天井の硝子から差し込む光と相まって、荘厳な祈りを捧げる場にも思えた。
そんな中、『心象(かたど)る回廊』の島を散策していると気になる絵をひとつ見つけた。ちなみにこの島には建物が一切なく、額に入った絵画や本のページを保管しているガラス張りの飾り棚が、道に沿ってずっと空中に並んでいた。人間族には未知の技術だ。
僕が目をとめた絵は、とても古いものだった。黄ばんで破れかけた紙に掠れた薄茶色のインク。描かれていたのは、棒人形のように拙い人間が岩壁をノックしている場面だった。
「これ、もしかして『ランプの魔人と盗賊退治』?」
世界中で上演されていて、人気のある演目だ。
「おや、よく分かったね。それは、世界で最初に描かれた『ランプの魔人と盗賊退治』の物語の挿絵だよ」
そう教えてくれたのは、傍に立っていた白金の髪をした狐耳の男性だった。
この演目は劇団によって細かいアレンジがあるけど、おおまかなあらすじはこんな感じだ。
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書架と画廊の街・ミネルヴィア。深遠なる叡智と美の真髄を求めて、種族も思想も関係なく、世界中からあらゆるものがここに集まると言われているところだ。
その最大の特徴は、浮遊都市であること。大陸の端の切り立った崖から高く見上げた先に、巨大な岩がいくつか浮かんでおり、その上に都市が形成されている。岩と岩の間に橋は架かっておらず、大陸との行き来も含めて全て遊覧飛行船で行われている。
「す、すごい……本当に浮いてる。岩も船も」
「うむ、まったく不思議なものよな。我も千年生きておるが、落ちる気配がまったくない」
「……そういう不吉なことは言わないように」
飛行船の到着駅(ターミナル)は、輝く真鍮の柱と硝子のドームだった。中は広々としていて、他にも何隻か船が発着していた。土産物の店が軒を並べ、都市の全体地図が掲示されている横の壁には、新刊発売だとか新作発表だとか、色んなチラシがたくさん貼られていた。
「ほお、宿は一番高い所にある『極楽湯戯場(サナトリウム)』の島に集まっておるようだな。温泉とやらには一度入ってみたかったのだ」
「膝や腰の痛みをほぐし、疲れもさっぱり洗い流せます……だって。いつもより太陽に近いせいか夏みたいに汗もかいてるし、楽しみだな。」
ここは全ての島をひっくるめて書架と画廊の街と言われているけれど、その中身は島ごとにまったく違っていて面白かった。
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(時計の長針が半周する)
「人間のお客様、お待たせしました。間もなくの相席となりますのでご用意させていただきます。そのままお席からお立ちにならずにお待ちください」
(やがて、黄緑色に透き通る身体の一糸まとわぬ生物が連れてこられる)
「こんばんは、かわいいお坊ちゃん。ねえ、最近の人間の流行りはそんな髪型なの?
……あらやだ、べつに獲って喰おうなんて思っちゃいないわよ。ちょっとそのはねた髪を直してあげようとしただけじゃない、失礼しちゃうわ。
……ふふっ、謝るなんて真面目ねえ。からかっただけよ。気にしないでちょうだい。私はアヴァターラ。昔ある人にヴィーナスと名付けられたわ。
……そうよ。永遠不変の美の象徴、そのヴィーナスよ。君はこの輪郭から私を女性体だと思って目を逸らしてるのよね? けど残念、私たちアヴァターラに性別の概念はないわ。半液体状のこの身体は、望めばどんな姿にでも形を変えられるもの。ほら。
……なら最初から男性体でいてくれって? あははっ、いやーよ。君みたいな子をからかうのが楽しいんだから。
……そうやって黙っちゃうところがかわいいのよねー。……そういえば彼も最初そうだった。ところで、君は普段何してる人? 勉強? 芸術? 労働?
……あらまあ、旅をしてるの。天使ナイトウォーカーを探して? ふーん。
……直接会ったことはないけど、名前なら聞いたことあるような?
……いきなりがっついてきたわねえ。驚くじゃない。
……私が聞いた噂では、高度な知恵と感情と魔法を持つ一族の外れ者らしいってことぐらいよ。そしてそれゆえに、彼女をよく知る者からは危険視されてるとか。根拠はないけれど、本能が告げている。こいつは、それこそ世界の破滅をも呼び込みそうだ……ってね。
……悪いけど私、彼以外特に興味もなかったから噂の真偽なんて確かめちゃいないわ。だからこれ以上のことは知らない。
……けどそうね。そんなに知りたいなら、フィレモンに会いに行ってはどう?
……ええ、そうよ。『赤の書のフィレモン』と呼ばれる全智を知る老人がこの世界にはいるの。彼が何者か知る者はいないけど、昔から私たちの間では、何かあればフィレモンに聞けって言われてたから。
……夢から醒めたら忘れてそう? なら忘れないように私が魔法をかけてあげる。あなた、ちょっと彼に似てるのよ。だから特別、出血大サービス。
……ふふっ。それじゃあね。あなたが生きて世界と見(まみ)える日が来るのを祈ってるわ。
(無貌の店員が無機質な声で尋ねてくる)
「本日のご相席はいかがでしたでしょうか。
……お楽しみ頂けたのであれば、幸いでございます」
(無明の黒の中に続く白い螺旋階段を下りる)
「またのご来店をお待ちしております」
―――――「おはようございます。どうかよい夢を」
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(白い皮手袋をはめた燕尾服の仮面の店員が一礼する)
「いらっしゃいませ。当店にご来店いただき、誠にありがとうございます。人間の男性一名様ご案内です」
(無貌の店員、濃紺地に金字で何本かの線が引かれたカードを渡す)
「すぐの相席となります。只今お席をご用意させていただきますので、こちらの伝票を持って少々お待ちください」
(左の壁際の席へ案内される)
「ただいまから相席開始です。ごゆっくりどうぞ」
「これはまたお若いのが来なすって。あっしは亀の万蔵と申しやす。
……ほうほう、これはまた、洒落たお名前をしてらっしゃる。あっしのような黴の生えた古いモンには、馴染みがありませんで。あー、ちょいと失礼して火をつけさせていただきやす。
……ふぅ~。この葉巻はかれこれ百年近く愛用させてもらってるものでして。三度の飯と同じくらい手放せないんでさ。
……ええ、まあ、人に比べれば長生きでしょうが……一体何をお聞きになりたいので?
……はあ、世界の隠された秘密。また大きく出やしたねえ。けどそんなもんは星の数ほどあるもんじゃあ、ねえですかい。少なくともあっしはそう思いやすが。
……北に根を張る大樹の森は、星の使者に頼まれてかつてその地にあった国を踏みつぶしているのだとか。東の島国にはあらゆる種族を集めて飼い殺しにしている変わり者がいるだとか。妙な噂話だけは海の底まで届いてきやすが、はてさて、真実はいかほどか。
……ただねえ、お若いの。秘密というのは、誰かが誰にも知られたくないものをそう名付けて隠しているものでしょう? それに触れようというなら、気をつけたほうがいい。何も知らないというのも、それはそれでひとつの身を護る術でさぁ。
……さて、それじゃああっしはこのへんで。どうぞよい旅を」
(無貌の店員がやってきて亀の皿を下げる)
「人間のお客様、続けての相席を希望されますか?
……ありがとうございます。ただ今順番にご案内しておりまして、もう少々お時間をいただいてしまいます。よろしければドリンクなどを足してお待ちください」
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最後はたぶん、はぐらかされたんだろう。
漠然と、そう思った。
上へ戻るとき、竜(ドラゴン)を乗せた台座のプレートが目に留まった。
「アダム、あれはなんて書いてあるんだ?」
「ああ、『黄昏を傷つける獰猛なるもの』だ。竜たちは皆、自分たちのことをそう呼ぶからな」
「へぇ、そうなんだ」
何かがとても気になった。デジャヴ、というやつだ。どこで見たのか聞いたのか、結局思い出せることはなく、しばらくの間ずいぶんと気持ちの悪い思いをすることになった。