徒然日誌(旧:1日1コラ)

1日1枚画像を作成して投稿するつもりのブログ、改め、一日一つの雑学を報告するつもりのブログ。

朝の月、世界と舞台の隙間にて 9

2020-04-30 13:33:52 | 小説






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 けど、今のナイトウォ―カーの言葉は、それを否定している。
 「全てを整えられた快適な《世界(ぶたい)》と、そこで生まれ育つ人々の台本のない人生(ストーリー)。それはとても華やかで、美しくて、刺激的で、長年ブロッケンを虜にしてきた。あのとき人間たちは、いい選択をしたのだと思うわ。
 私だってね、この《世界》を観るのが大好き。約束の通り、これからもここで芝居を続けてほしい。でも、人間にだけ選択肢がないのはどうかしら。生きとし生けるものは全ての感情を肯定されるべきだけど、その感情は真実のもとで生まれたものであるべきだと思うの」
 「ど、どうしてそんなことを?」
 「さあ。自分でもよく分かってないし、いつからかも覚えてないの。魔法の技術とか、他者の感情や思考のプロセスとか、一度気になれば他のことについても知りたくなるものなのね。何故、と聞いたとき、同胞たちは何も答えてくれなかった。代わりに答えてくれた他の種族や悪魔たちについてまわってるうちに、不思議とそんなことを思うようになったの。彼らも面白がって色々話してくれたし。これが、学びというやつかしら?」
 人での喩えを続けるなら、きっとそう言うのが一番合うだろう。僕はのろのろと頷いた。
 何か、心臓が縮むような嫌な感じがする。会いたくて会いたくて仕方がなかった彼女が目の前にいるのに、急に逃げ帰りたくなった。これ以上は知りたくない、知らなくていいと、脳の奥で警鐘が鳴っている。

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朝の月、世界と舞台の隙間にて 8

2020-04-29 11:04:44 | 小説






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 限界まで目を開いた。いくつでも聞きたいことはあるはずだったのに、のどが詰まってうまく出てきてくれなかった。
 そんな僕の顔が面白かったのか、彼女はようやく明るい笑みをこぼしてくれた。
 「ふふっ、驚いたでしょ? 魔法で姿を変えてるの」
 そのとき、ぱっと思い出されたのは、濡羽色の宝石。
 『彼女の名前はナイトウォーカー。か弱い人間をただ愛でていたいだけの天使たちの中で、最も歪んだ愛し方をする異端の天使』
 あの魔女は、たしかにそう言っていた。あとは、
 「……他の天使たちが嘘の縦糸と真実の横糸で《世界》という巨大な布を織り上げているとすれば、ナイトウォーカーはそれに鋏を入れて切り刻もうとしている。
 そう、聞いたことがあります。……いつか、その意味も知りたいと、思っていました」
 深呼吸のあと、一息にそう言い切った。改めて彼女の翡翠色の瞳を見つめれば、何かを期待するようなわずかな熱を込めた微笑みで、うなずき返された。
 「それはね、私が君たちに、君たち自身の意思で自由になってほしいと思っているから。何事もなく、軽快に廻り続けている『楽園』の歯車を少しずつ壊そうとしている私は、同胞から疎まれ、警戒されてるのよ」
 驚いた。本能と反射で生きる人間の幼児のようなブロッケンにとって、この《世界》は飽きないおもちゃで、とても執着しているものだと感じていた。


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朝の月、世界と舞台の隙間にて 7

2020-04-28 19:54:34 | 小説






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 「そうなったときが、この楽園の終焉ね。八百年前と同じ、いいえ、きっとそれ以上の恐怖と混乱がこの島を襲うことでしょう。それに気がついているのは、はたしてどれほどか……」
 彼女の昔話は、不吉な未来の予想で締めくくられた。
 僕は、ずっと夢心地でそれを聞いていた。信じられなくても、真剣に聞こうと思っていたはずなのに。それこそ、僕がお芝居を見ている気分だった。
 「あなたは……? それじゃ、あなたはなんなんですか? 世界を越えて僕の前に現れて、世界の秘密を教えてくれるなんて、あなたは悪魔なんですか? でも、この《世界》では、悪魔と天使は別の種族だ」
 やっとの思いで開いた口から出てきたのは、そんな言葉だった。自分でも笑えるぐらい、結局僕の行き着くところは変わらなかった。
 「そうね、君の言う通り。悪魔と天使は違う生き物で、私は悪魔じゃない。でも、私を天使と呼ぶのも実は正しくない。本物の天使というのはね、竜(ドラゴン)と同じくこの世界のどこかにいる最も古く、最も神秘的な種族なの。
 私たちは仮初めの天使。かつてこの大地に存在した、私たちを神聖視していた変わり者の集団が天使の名を借りてつけただけ。私たちを崇拝してるなんて、おおっぴらにはできなかったから、しかたなくそうした。
 だって私たちは――この《世界》で天使と呼ばれる存在は、ブロッケンのことだもの」
 「………………は」

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朝の月、世界と舞台の隙間にて 6

2020-04-27 20:07:15 | 小説






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 悪魔の知恵で守られたこの《世界》は、世界で一番平和な場所だと言えた。そんな噂を聞きつけた者たちが住人に加わったり、逆に鳥籠よりも窮屈で気持ち悪いとやはり立ち去るものがいたり、人間には分からぬところで動くささやかなことはあれど、《世界》が生まれてから八百年。何事もなく時は穏やかに過ぎた。



 ……もしも弊害があったとすれば。
 同時多発的に起こる出来事を俯瞰的な神の目で見ることができるせいで、ブロッケンたちが複雑な感情と思考を理解し、自我を持ちはじめたことだろう。
 今はまだ、観劇して「このあとはどうなるんだろう」と続きを待っている段階だ。
 次にやってくるのは、観劇したあと「こうなるのかな、それともああなるのかな」と想像を始めることだ。
 そしてそれは、観劇しながら「私は、こうなったらいい、ああなったらいい、と思っている」という積極的な望みになる。
 さらにその先、あと数百年も観劇していたらきっと、「私は、こうしたい、ああなるべきだ、と思っている」という強い欲望に変わり、約束も平安も思惑も何もかもを壊し、《世界》へ手を出すようになるだろう。

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朝の月、世界と舞台の隙間にて 5

2020-04-26 12:09:55 | 小説




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 「茶番であると分かっていながら、どうしてそんなふざけたことができるのだっ! お前は我々の、人間の人生をなんだと思っている! 見せ物にするためでも、ましてや生贄にされるものでもないっっ!! 人として生まれた誇りを忘れたか!」
 淡いコスモス色の髪の男が、一族を率いてイルミナリスをそう糾弾したこともあった。だがその声は、平安を求めるより多くの人間たちに圧し潰された。彼らの一族が高い調薬技術を持っていたことから血を絶やすことは許されず、人間たちは肥沃な島で唯一何者も寄せつけぬ極寒の土地へ彼らを追いやった。

 やがて劇場は完成した。
 人間たちは喜びに沸いた。イルミナリスを王とし、新たな歴史を作って新たな《世界》を歩きはじめた。

 そして長い年月が経ち、真の過去は忘れられた。作られた《世界》と歴史が本物であることを疑う人間はもういない。真実を知るのは、約束を交わしたイルミナリスの直系である王族と、反旗を翻したコスモス色の男の末裔たちだけだった。
 一方で、他種族たちには人間と悪魔の約束など関係がないため子孫には真実を伝え、留まるも出ていくも自由にさせていた。しかし同時に、全てを忘れた人間に真実が知られてこの楽園が崩壊するかもしれないことを恐れ、人間だけには知られないようにと厳命している。


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