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「わしらには人間のように墓標を立てる習慣はない。皆、この桜の木の下で眠っておる。よければ、帰りにでも顔を見せてやってくれ。古き友よ」
「あい分かった。……さて、そうと決まれば呑み直すとするか! 夜はまだまだ長いのだからな!」
「待て、今そういう流れだったか⁉」という僕のツッコミは、大口を開けて笑うヤクシャ童子さんの声にかき消された。
「そうさな。天地に巡りあるように、生けるものの全てにも巡りがある。わしらも長寿の種族とはいえ、いつかは死ぬ。それが早いか遅いかの違いよ。それに、辛気臭く泣いて暮らすより、思い出話に花を咲かせて呑んでおった方が、奴らも楽しかろうて」
本人たちがいいなら、僕がとやかく言うことはないだろうけど。意気揚々とアダムが掲げたお猪口に湯呑みを当てようとして、ヤクシャ童子さんが僕をじっと見ているのに気がついた。
「よいか、トルヴェール。この地で我らがなすことは何ぞに見られているものだ。故に、俺を見ろと胸を張るぐらいの気概を持って生きねばならぬぞ。世界が何者であれ、生きてきた己が否定されることはないのだからな」
それから僕らは五日間ほど滞在して、ヤクシャ童子さんの案内で里中を巡った。それはそれは見事だったけど、朧桜を背にしたヤクシャ童子さんのその言葉が、なんだか妙に一番強く心に残った。
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