英会話BOX 第2章

新潟の国際化のため、世界平和のために活動しています。

イチロー選手の引退、私がもらった熱い思い

2019-03-22 21:46:20 | 代表の昔の日記
2005年の7月、私はシアトルにいました。
初めてのアメリカで、一緒に行った友人たちとまず行ったのは、シアトル・マリナーズのホーム球場、セーフコ・フィールドで行われた野球の試合でした。
※この記事に出てくる写真で2006となっているものがありますが、設定ミスで正しくは2005です。

野球にそこまでの興味が無かった私でも、「あのイチロー選手を直接見られるんだ!すごい!」と心が高鳴りました。
球場に入ると日本で感じたことが無い雰囲気に、「これがアメリカか~。」ドキドキ、ワクワクが最高潮に達したのを覚えています。
そして、今でも忘れられないのは、イチロー選手がバッターボックスに最初に入った時に観客から浴びた歓声の大きさと熱気です。球場にいた他のどの選手よりも大きな声援でした。

私は「イチロー選手がすごい。」とは聞いていたけれど、1人の日本人がここまでアメリカに溶け込み、受け入れられ、そして、憧れの的になっている風景を直接見て、自分が日本人であることを誇らしく思い、同時にうらやましく感じ、その時「私もいつか違った形で世界で活躍したい。」と思いました。まだ当時20代前半だった私がイチロー選手からもらった熱い思いは今も私の心の中に生きています。

私ですらこんな風に思ったのですから、イチロー選手が世界中の人に与えた影響は、計り知れないですし、これからもきっとその影響力は衰えることはないでしょう。

時間が経ち、いつかこういう日が来るとは思っていましたが、まだ先なのだろうと勝手に思っていました。

しかし、ついに来てしまったこの瞬間、イチロー選手の引退。
いろいろな思いが交錯していますが、単純に今後のイチロー選手がどのような活動をされていくか、ものすごく楽しみな気持ちもあります。

日本が拠点になるのか、アメリカが拠点になるのか、場所はどこでも世界的に活躍されることは容易に想像ができて、考えるだけでワクワクします。イチロー選手を思うと20代そこそこだったあの日の自分が抱いたあの熱い思いがフツフツと蘇ってきます。

イチロー選手、選手生活お疲れさまでした。そして、計り知れない勇気と希望をありがとうございました。

私も私なりに世界を目指して頑張ります。





コメント
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