流星のきずな☆彡

2009.8月からの〜雑記~最近はボャッキー気味

2011-08-29 09:51:11 | 父 母
先月亡くなった原田芳雄さん71歳

2008年11月に大腸癌手術

この時は悲壮感もなく冷静だったそうで
それより撮影のスケジュールの方が心配していた
術後1ヶ月で撮影に復帰

その後今年の6月に入院
普通の70歳なら99%ダメと言われたが
遺作となった映画の試写会に出る為にリハビリを頑張っていた

この試写会出演後71歳で亡くなった

娘さんがずーっと寄り添っていて
「たまにもう居ないだ…」と想い出す…

本人は「100%治療して100%の体調で退院するつもりだった」とも言ってた

…うちの父だって退院できると思って辛い治療にも頑張っていた…

スタジオのコメンテーターは「役者として本望だったはず」と言ってたが

はたしてそうだろうか?

本望かどうかは本人にしかわからないことですよね…

遺された者がそう想うことで未練を絶ちきる
と言うか、死を納得させてる気がします


…いつまでも哀しんでいては故人が成仏できない…とも思います


やっぱり癌は不治の病なんでしょうか…

今日は父の3七日(みなのか)です
実家にお線香をあげに行ってきます…
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火葬場

2011-08-28 12:48:22 | 父 母
私が今までに火葬場に行ったのは3回です

義父 9.11.17 田舎の火葬場
叔母 14.8.26 東京の火葬場
実父 23.8.9 東京の火葬場

地域の違いでしょうかお骨上げ(収骨)に差がありました

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
閲覧注意です。不適切な表現があるかもしれません。

・義父の時は初めてのことだったので驚きの方が先でした
田舎のそこは14年前のその当時建て替えたばかりで田舎で言うと最新式でしたが
煙突がありそこから空に昇っていく煙を見送っていました

炉は1基のみで棺を炉に入れてから約1時間後、
職員の方からお声をかけて頂き、再び先程の入れた炉の前に向かいました

私たちの前に現れたのは義父の亡骸!
表現が直接的で申し訳ありませんが、人の形をしていました
学校の理科室にある人体模型が横になってる…って感じです
おじいちゃんがそこにいるという錯覚すらするように
子供達には衝撃的な姿だったようです

それ以上に驚いたのは今まさに終わったばかりですと
(棺が無いだけの台車)亡骸が乗っている台が熱いんです
その台の周りからは冷ましているのかシューシューと冷風が送風されていました
(臭いは全然しませんでしたけど)
棺は当然木製ですので焼けてしまっていたんでしょう
けれど、その灰とかもあるはずですよね
それが無かったので移し替えたんでしょうか?
木製は跡かたも無く…
でも骨だけは残すように火力を調節するんでしょうか?

息子はまだ9歳で小さかったのでその冷風の吹き出し口辺りに顔がありました
職員の方が「まだ熱いのでお手を触れないでください」って言われた気がします

骨壷に入れる前に足元から順番に説明して頂き
冷めた頃、順次足元から挟み箸で収めていきました

大腿骨は太くて長かったので骨壷に入らない為
職員の方が失礼しますと言って折っていました
小さなお骨まで身内、親戚で収骨しました

最後に喉仏の説明もありました

その後、細かいお骨やもっと微細な灰状のお骨を小さな箒とチリトリを持ってきて
……ザッザッとかき集めザーッと骨壷に入れたんです
↑この時はこういうもんだと思っていました
今思うと乱暴な扱い方だなと思います

・叔母と実父は同じ火葬場でした

炉は全部で12基 30分単位で2基ずつ稼働していました
1日につき17件火葬執行可能だそうです

煙突はどこにあるのか見えませんでした
無いのかも知れません…

炉の前でお別れし、やはり1時間くらい控室で待ち、
館内放送で呼び出しされ収骨室に行くと
義父の時の台車の半分(畳半畳ほどの台)にまとめられたお骨
一応人型にはなっていましたがまとめられていたせいか
(こんなに小さくなって…)と哀しみがわいてきました

身体の説明ももちろんして頂き、足元から収めていき
やはり入りきらないお骨は職員の方が折って収めてくださいました

叔母の時は見ていませんが先日の父の時は
頭蓋骨を入れる前に箸でザクザクと潰すように小さくしていました
お骨というより灰にした感じ?’カサを少なくした…

父は肺癌だったので左側の患部辺りの肋骨に色がついていました
放射線治療の痕跡でしょうか?一部分薄い黄緑色をしていました
それとも遺品を入れる際に一緒にいれた折り鶴の色がついたのか
判りませんけど…その部分以外は真っ白でした

3人ともそうでしたが、お骨って本当に真っ白なんですね

時間の関係なのか、挟み箸で一巡したらあとのお骨は職員の方が入れました
ですがその後の細かいお骨を超がつくほど丁寧に扱ってくださり
義父の時のような枯れ葉を集めるような感じではなく
とにかく丁寧に、最後の微細な灰までもそぉーと集めて
やはりそぉーと丁寧に丁寧に骨壷に収めてくださいました
自分の手袋についた粉状のものもとにかく丁寧にはらって…

この所作には感心と言うかありがとうございますと
頭をさげるしかできませんがチリのようなものでも
最期まで人としての尊厳を大切にして頂いたと思います

その後の精進落としの席で親戚の一人が
「ありゃあ焼き過ぎじゃないか?」と言っていましたが
う~ん。どうなんでしょうか?

義父のように姿・形がちゃんとしている方がよいのでしょうか?
でもそれはそれで衝撃的ですけど。

それとわざわざ棺の台車から移し替えるというのは、
絶対にあってはならないことですが
他人様のそれと取り違えたりしないんでしょうか…
(ないない…絶対ない…と信じてる)
六文銭の代わりにいれた10円玉6枚が固まっていました
本来、それを形見の品にする方もいらっしゃるそうですが
(どうしますか?)と聞かれたのでそのまま骨壷に入れて貰いました

このような「おくりびと」のお仕事をされている方達には人生のうち
そう何度もお世話になることはないかもしれません

けれど、私は尊敬いたします
本当に立派なお仕事だとおもいます

できるなら今からでもこういうお仕事に就きたいと思いました
斎場は葬祭業者
火葬場は地方公務員になるんでしょうか…
年齢的にダメでしょうけどね
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遺品整理 2

2011-08-27 20:22:39 | 父 母
父の家計簿を兼ねたノートを見ていたら

昨年出す予定だった年賀状の下書きが出てきた
(父の実兄が亡くなり、喪に服した為年賀状は出さなかった)

「謹賀新年==================================

人生色々ありますが七転び八起き
転がる度に良い方向に起き上がるだるまのように
今年も良い年になりますように

=============================================

父は今年こそこの文面で年賀状を出したかったに違いない
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遺品整理 1

2011-08-27 01:01:46 | 父 母
父の想い出を見返しながら整理しています


①入院中に有効期限が切れたスーパーのポイントカードが出てきた

80歳を過ぎても一人で駅までショッピングカートを引いて歩いて買物していた
(同居してる兄嫁は一切面倒をみてくれなかった)

…よく頑張っていたと思います

…お焼香に来た近所の人もそう言っていました

それと兄夫婦が父の面倒を見ていない事も
非常識な嫁と言う事もみんな知っていました


…ポイント満タンにまだまだ先でしたが
そのカードを見てたら不憫に思えて泣けた…

…ごめんね…
お父さん、嫁がやってくれないなら私が買物に行けば良かったね…

定期検診の帰りには決まって買い出ししたね

必ず和食のファミレスに寄って釜上げうどん食べたね
美味しかったね

おかげでね
この前娘と食事した時1500円分も会計から引いて貰ったんだ
ありがとうね…
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あなたならどうする?

2011-08-26 23:09:32 | 日記
今日、無人ATMに入ると…入り口付近にお札が落ちていました

すぐに千円札と判りました

2台あるATMのうち1台は休止中

もう1台は別の客で塞がっていました


その人はお札に気がついていない様子

これは…拾って交番に届けるべき?!

短時間にぐるぐる考えましたが

時間が無かったのでスルーさせて貰いました

監視カメラも着いてたことだし…

拾うこともせずそのままにして…すぐに何もしないで出ちゃった…

旦那に話したら
「1万円なら拾うな!」だって…

いや~金額の大小では無いと思うけど?
その時は面倒くさいことはイヤって思っちゃたんです

猫ババだけは絶対嫌だったし…

でもあの時誰もいなければ?

あなたならどうします?
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