心の学校・佐藤康行の『真我の実践・サンタ営業の実践』日誌…『ひよこ』から『にわとり』への道

うつに苦しみ社会離脱した人間が真我(=本当の自分)に目覚め、サンタ営業実践の日々と開発者・佐藤康行の言霊を紹介します。

【第260回】【日記】真我の実践をしていくと、周りの人がさらに素晴らしい光を放つ

2018-09-21 07:43:39 | 日記

今日は、私の最近の出来事を書きます。

先日のブログで、私が精神的に苦しいという事を書きました。

それには、心の奥の深い原因もあるのですが、一方でその苦しさをさらに倍増させる、職場での人間関係の問題がありました。

私の会社に新人の方が入ってきたのです。

新人と言っても、51歳の私より、6歳年上の方。 

かつ、この業界では何十年も先輩。

初めは、私に仕事を教えてもらう立場で、腰が低かった。

しかし、その方が新しいプロジェクトの仕事を任される事になり、私が彼の仕事をサポートする事になりました。

立場が変わった途端に、彼の私への態度が豹変しました。

私に対しての態度がガラッと代わりました。

上から、人をアゴで使うような態度と言葉。

そして、乱暴な言葉使い。 

美点発見をしたりしながら、その人との融合調和を図りましたが、私の力が及ばず、会話にもならず、私は腹を決めました。

『この人と仲良くなるのは辞めた。この人と一緒に仕事をしても、私の責任を全うするのは無理だ。この人とは関わるのも辞める。』と決めたのです。

それを、この仕事の責任者を任されている会社の同僚に、素直に伝えました。

『もう、○○さんとは一緒に仕事はできない。私も任された仕事が全うできない訳だから、私が会社を辞めて他の人を探してもらっても構わない。』

私の力の及ばない部分、私の人間的な器ではどうしようもない部分。

自分の器では、その人の事を包むことも、その人の意識に合わせる事もできない。

その状態で、新しいプロジェクトを二人で進めても、上手く行かない。

会社に迷惑をかけてからでは遅い。

だから離れるという選択肢をとることに決めた。

自分の力量不足を認め、できない事はできないと、同僚にはっきりと伝えました。

その時に、この新しいプロジェクトを任されている責任者の同僚は、しっかりと私の話を聞いてくれました。

そして、まずは諭されました。 

『そういう罵倒するような事を言ってくる彼の心の奥の状態、彼の心のメカニズムは、こういうことだと思うよ。その事がわかれば、何を言われても平気でいれるんじゃない?。気持ちはわかるけど、これは仕事だから役割は果たしてくれないか?』

しかし、それでも私には無理だ。申し訳ないと、正直な素直な気持ちとして伝えました。

同僚は、私の素直な気持ちに、さらに耳を傾けてくれました。

『わかった。この部分だけはサポートをお願いしたい。作業が終わったら、こっちに戻ってきて構わないよ。』

さらに同僚は、渦中の彼を呼び出し、彼の気持ちも聞いてくれて、私にこう言いました。

『彼から話を聞いたよ。実は前の会社で、やはり同僚や部下を怒鳴りちらし、会社をクビになって、その後就職先も見つからず、銀行から借金していてイライラしていたらしいよ、彼も、あんな言い方して申し訳ない事をしたと言っていたよ。』

私は、こう答えました。

『彼の気持ちはわかったけど、そもそもの彼の性格だと、すぐ自分が上に立って、社長からの指示に耳を貸さないこともあるじゃない。あの人の仕事への姿勢だったら、このプロジェクトも破綻する可能性があるよ。私には彼と一緒に仕事ができるとは思えないよ。』

すると、同僚の責任者は、こう言ったのです。

そんな事は、こちらも百も承知だよ。こちらは、彼の性格もわかっていた上で、彼に働いてもらっているんだよ。社長は、このメンバーだけで新プロジェクトをやっていくと言っているのだから、そんな彼にこの仕事をして頂いて結果を出していくが私の仕事だからね。だからこの部分だけは協力してほしいんだ。彼との件で何かあったら、いつでも私に言ってきてくれ。彼の件は、私に任してくれ。だから、このプロジェクトのサポートだけはお願いできないかい?』

と笑顔で、私に言ったのです。

今回は、新しいプロジェクトの責任者を任されている同僚の、人間的な器の大きさに、脱帽しました。

いつも私にかぶせてくるから、そんな同僚があまり好きではない部分もあった。正直なところ。

でも、渦中の彼のそのままの性格をわかりながらも、当たり前のように仕事を仕上げていこうという同僚の清濁合わせ飲む」という姿勢。

私が、彼を忌み嫌ったとのとは真逆の姿勢だった。

そして、私の愚直愚鈍な性格も汲み取って、新しいプロジェクトで、彼と私が何も変わる必要も無く、そのままで無理なく仕事ができるよう役割分担まで整理してくれた。

「余りの自分自身の無力さ」を痛感した。

しかし、普段はちょっと面倒くさい同僚だけど、今回は同僚の人間としての懐の深さに感動しました。

彼から後光が差しているように私には見えました。

私は、まだまだ至らない自分自身の等身大の姿を、鏡で、同僚の仕事の姿勢を通して、見させて頂いた。

同僚に対して、謙虚な気持ちと感謝の気持ちが心から沸き上がってきました。

昔の自分なら、不甲斐ない自分に落ち込み、心の病の方向に向かっていくはずの出来事が、同僚への尊敬と感謝、そして喜びに変っていきました。

愛と感謝と喜びの心が沸き上がってきた瞬間、苦しみは消えていました。

まだまだです。

周りの人が師でした。

今回の出来事は、不甲斐ない自分に落ち込み、心の病に向かっていく事もできた。それは、かつての昔の自分。

真我に出会った自分は、今回の出来事を通じて、同僚の素晴らしさに気付き、感謝と喜びと謙虚な気持ちに溢れてきた。

少し成長できたのかなと思えた。

これからも一歩ずつでも日々成長できる自分でありたいです。

ありがとうございました。


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