心の学校・佐藤康行の『真我の実践・サンタ営業の実践』日誌…『ひよこ』から『にわとり』への道

うつに苦しみ社会離脱した人間が真我(=本当の自分)に目覚め、サンタ営業実践の日々と開発者・佐藤康行の言霊を紹介します。

【第216回】うつ病と真理の出会い~なぜ私は、佐藤学長の復帰講演会で魂動したのか⑮~

2018-07-31 07:10:59 | 日記

私が、2004年4月の佐藤学長の復帰講演会での佐藤学長との出会いが、なぜ号泣するほど感動したのか、そのバックグランドにある私の過去について書いています。

私は、佐藤学長と出会う前に、心の病になり、何度も繰り返しました。

その時に、初めて真理との出会いがあり、心の病に対して、真理からのアプローチで対峙してきました。

私が、心の病に、どのように対峙して、回復への道をたどったのか、

その後の佐藤康行学長との初めての出会いに、なぜ感動したのか、魂動したのか、少しでもご参考になれば嬉しいです。

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前回から続きます。

うつ病をきっかけとし、マンションから飛び降り自殺を図り、一命をとりとめたものの、顔は原形を留めず、足の骨は損傷し、意識を失い、植物人間だった弟。 

そこから意識が戻り、何とか松葉杖をついて歩けるようになった。

そして、ヨガの先生の指導の元、弟は松葉杖が外れ、心の元気を取り戻した。

しかし、弟の自立を阻む父母の価値観。

父母が変わらない限り、弟は自立への道を進めない。

私は、ヨガの先生と父母を引き合わせようと思いました。

母が弟と一緒にヨガの先生の元を訪れました。

ヨガの先生は母にこう言いました。 

『てつてつ君や弟が心の病になるのは、家庭環境が原因である。

貴女の子供たちが元気に自立するためには、お父様お母様がその事を自覚される必要があります。

特にお父様の影響が強いように思うから一度、お父様にも私の元に来てもらえないか。

貴方たちの大切な子供のために、お父様にもその事を何としてもお伝えしたい。』

母は自宅に帰り、ヨガの先生からのメッセージを父に伝えました。

残念な事に、父は、誤解して受け取ってしまうのです。

『子どもたちが、心の病になったのは、俺のせいだと?!。俺を悪者にするのか❗』と怒り心頭でした。

結果、父親が、ヨガの先生の元を訪れることは叶いませんでした。

父親は、父親のやり方と価値観で、弟の命を守ろうとしました。

しかし、弟は、父親に反発するようになりました。

言う事を全て聞かなくなり、街に繰り出し、何回も警察のお世話になるようになりました。

その状況を、ヨガの先生に伝えると、ヨガの先生は私に言いました。

『┅┅わかった。弟を、私の元にもう一度呼んでくれ。』と。

そして、その先に起こる色々な出来事。

そして、その先の、私の佐藤学長との出会いへと続きます。 

次回に続きます。

ありがとうございました。

 

 


【第215回】うつ病と真理の出会い~なぜ私は、佐藤学長の復帰講演会で魂動したのか⑭~

2018-07-30 07:44:10 | 日記

私が、2004年4月の佐藤学長の復帰講演会での佐藤学長との出会いが、なぜ号泣するほど感動したのか、そのバックグランドにある私の過去について書いています。

私は、佐藤学長と出会う前に、心の病になり、何度も繰り返しました。

その時に、初めて真理との出会いがあり、心の病に対して、真理からのアプローチで対峙してきました。

私が、心の病に、どのように対峙して、回復への道をたどったのか、

その後の佐藤康行学長との初めての出会いに、なぜ感動したのか、魂動したのか、少しでもご参考になれば嬉しいです。

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前回に続きます。

ヨガの先生の指導の元、医者では考えらないくらいの奇跡的な回復を見せた弟。

しかし、そのリハビリ途上で立ちはだかる父親の価値観。

そしてさらに、弟にとっては致命的な出来事が起こります。

父親が、弟の会社に出向き、弟がうつ病になり働けなくなったのは、会社の責任であると訴え出てしまったのです。

新聞記者だった父親は、弁護士や、警察関係者とも人脈を持っており、色々な知識を仕入れ、会社を訴えようと動き始めました。

まだ時期はわからないが、もしかしたら弟が会社に復職できるかもしれない。会社も受け入れ体制を準備しようとしてくれていた頃です。

しかし、父親が訴え出てしまったことで、事態は変わってしまいました。

具体的にはどういう形なのかは私は知りませんが、会社を退職する代わりに、会社から、半永久的に毎月ほぼ一生10万から20万くらいの保障金を振り込んでもらうという条件を勝ち取ったらしいのです。

一見、弟が働かなくても生活ができるお金が、無条件で入ってくるようになった。

父親としては、弟の命を守ろうとよかれと思ってやったことでした。

しかし、弟が自力で、人間として社会人として働こうという可能性、その芽を摘んでしまうことになってしまいました。

弟が『生き長らえる』ことはできるようになりましたが、弟自身が自分の人生を『生きる』道が閉ざされてしまいました。

その頃から、弟が逃避行を始めるようになりました。

夜な夜な繁華街をウロウロするようになり、ヤクザ屋さんや警察のお世話になることも頻繁に出てきました。

父親、母親の言う事を聞かなくなりました。

これは、弟のために良い状況ではないと私は思い、ヨガの先生に相談しました。

ヨガの先生は、「父親と母親が変わらないとダメだ。親を呼んでもらえないか。」と言われました。

そして母親と弟が、四国のヨガの先生を訪ねてきたのです。

そこから、さらに色々な出来事が起こります。

そして、その先に、私が感動した佐藤学長との出会いにつながっていくのです。

次回に続きます。

ありがとうございました。


【第214回】うつ病と真理の出会い~なぜ私は、佐藤学長の復帰講演会で魂動したのか⑬~

2018-07-29 07:20:34 | 日記

私が、2004年4月の佐藤学長の復帰講演会での佐藤学長との出会いが、なぜ号泣するほど感動したのか、そのバックグランドにある私の過去について書いています。

私は、佐藤学長と出会う前に、心の病になり、何度も繰り返しました。

その時に、初めて真理との出会いがあり、心の病に対して、真理からのアプローチで対峙してきました。

私が、心の病に、どのように対峙して、回復への道をたどったのか、

その後の佐藤康行学長との初めての出会いに、なぜ感動したのか、魂動したのか、少しでもご参考になれば嬉しいです。

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前回から続きます。

ヨガの先生の指導通りに、自宅で過ごした結果、弟は、どんどん心も体も元気になっていきました。

街に1人で出かけるようになり、大学の公開講座に出たり、色々な事に積極的になってきました。

社会復帰できるかもしれない。そんな希望の光が見えたかなと、周りが思い始めた頃、新しい壁が弟の前に立ちはだかりました。

それは、弟と父母との関係性だったのです。

最も弟を愛してやまない父母が、弟が回復していく壁となってしまったのです。

弟が心と体の元気を取り戻し、弟が自分らしく生きようとすればするほど、父母の価値観がかぶさってしまい、弟が身動きできなくなる。

そんな状況になってきました。

特に顕著に現れていたのが、弟と父親との関係性でした。

詳しくは、思い出せないのですが、まず弟がぶつかったのが、食事の問題でした。

父親は、もともと新聞記者で、学者や大学教授など、巷の権威のある人の情報を盲信していました。

一般の栄養学を信じていました。

朝ごはんは必ず食べなさい。1日3食必ず食べなさい。牛乳を飲みなさい。 

うつ病は、脳の病気だから、甘い物を食べなさい。等々。 

ヨガの先生が、その時弟に指示した食事とは真逆の食事をしろと強制してしまう。

何が良くて、何が悪いと、私は論ずるつもりはありませんが、

父親が信奉する一般の栄養学は、例えばいわゆる玄米菜食を中心とするマクロビオティックとは、真逆です。

何が正しいのか、例えば西洋医学と東洋医学も真逆です。

そして、その人によって、今どんな食事が最適かは、その時の状況によっても違ってくるのですが、

父は、頭で学んだ知識を根拠なく、弟のために良かれと思って押し付けてくるので、弟が混乱してきてしまいした。

さらに、弟が毎朝、水シャワーを浴びる事を続けていました。これは、生理的な面、心理的な面、生活リズム等、弟の状況を見たヨガの先生が指示した事でした。

弟は、毎朝言われた通りに、毎朝水シャワーを浴びていました。

体が冷え性気味だった弟は、少しずつ体が陽性になり、内から体が暖かくなり、元気になってきました。

しかし、ここでもまた父親が立ちはだかりました。

毎朝、水シャワーを浴びるときに、その水の冷たさから、弟が『アーッ』と大きな声を出してしまうのですが、

その声がうるさい、気持ち悪いからやめろと言い出したのです。

弟の命が少しずつ確実に元気になっていく道すじに、父親が立ちはだかってしまったのです。

父親の愛から出てくる価値観が、弟の壁になってしまったのです。

弟は、少しずつ八方塞がりになっていきました。

私に毎日夜電話がかかってきて、どうしていいかわからない、前に進めない苦しみと、父親を乗り越えられない歯がゆかさを毎日吐露していました。

そんな弟に、弟の社会復帰の芽を摘んでしまう、さらに追い討ちをかける出来事が起こります。

そこから始まる色々な出来事、

そして、その先の、私の佐藤学長との出会いに繋がっていくのです。

次回に続きます。

ありがとうございました。

 


【第213回】うつ病と真理の出会い~なぜ私は、佐藤学長の復帰講演会で魂動したのか⑫~

2018-07-28 06:46:20 | 日記

私が、2004年4月の佐藤学長の復帰講演会での佐藤学長との出会いが、なぜ号泣するほど感動したのか、そのバックグランドにある私の過去について書いています。

私は、佐藤学長と出会う前に、心の病になり、何度も繰り返しました。

その時に、初めて真理との出会いがあり、心の病に対して、真理からのアプローチで対峙してきました。

私が、心の病に、どのように対峙して、回復への道をたどったのか、

その後の佐藤康行学長との初めての出会いに、なぜ感動したのか、魂動したのか、少しでもご参考になれば嬉しいです。

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前回から続きます。

ヨガの先生の指導を受けて、松葉杖が外れ、ぎこちないながらも歩けるようになり、生きる希望を取り戻した弟でした。

一番喜んでいたのは、両親でした。

マンションの7階から飛び降り、生命の危機に瀕し、そして、命は、とりとめたものの、顔は歪み、足の踵は潰れ、車椅子に座っているだけの植物人間。

話かけても何も答えない、話せない。

そんな弟が、何と満面のニコニコ笑顔で、松葉杖をどこかに置き忘れていることに気づかず、松葉杖をついてた事すら忘れ、二本足で立って歩いている。

医者も驚愕した、弟の元気な姿。

両親が喜ばないはずは、ありません。

弟は、どんどん元気になっていきました。街に1人で出かけるようになり、大学の公開講座に出たり、色々な事に積極的になってきました。

社会復帰できるかもしれない。そんな希望の光が見えたかなと、周りが思い始めた頃、新しい壁が弟の前に立ちはだかりました。

それは、弟と父母との関係性だったのです。

最も弟を愛してやまないはずの父母が、弟が回復していく上での壁となってしまったのです。

そこから起こる弟にまつわる出来事。

そして、その先の、私の佐藤学長との出会いに繋がっていくのです。

次回に続きます。

ありがとうございました。


【第212回】うつ病と真理の出会い~なぜ私は、佐藤学長の復帰講演会で魂動したのか⑪~

2018-07-27 09:03:33 | 日記

私が、2004年4月の佐藤学長の復帰講演会での佐藤学長との出会いが、なぜ号泣するほど感動したのか、そのバックグランドにある私の過去について書いています。

私は、佐藤学長と出会う前に、心の病になり、何度も繰り返しました。

その時に、初めて真理との出会いがあり、心の病に対して、真理からのアプローチで対峙してきました。

私が、心の病に、どのように対峙して、回復への道をたどったのか、

その後の初めての佐藤康行学長との出会いに、なぜ感動したのか、魂動したのか、少しでもご参考になれば嬉しいです。

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前回から続きます。

私が心の病を乗り越えるために、通ったヨガ教室。真理と、心と体の法則を発信している場所。

自殺を図り、マンションから飛び降り、足の骨を激しく損傷し、松葉杖をついて、辛うじて移動ができる弟は、ヨガの先生の指導を受け、とても明るい表情になって、実家に帰って行きました。

そして、弟が実家に帰った当日の夜、弟の元気な様子を、両親が大喜びで電話で伝えてきました。

弟が信じられないほど元気になって帰ってきた。

父母と食卓を囲んだ時に、とても明るく話をしている。

こんなことは今までなかった。本当によかった。

そう父母が、嬉しそうに言うのです。

弟は、ヨガの先生に言われたとおりに、食事を含めた生活と、ポーズに毎日取り組みました。

自分は元気になれる。きっと元気になれる。明るい希望のもと、毎日ヨガの先生の処方箋通りに取り組みました。

そして実家に帰ってから、どれくらいたった頃でしょうか。

今となっては、はっきり覚えていないのですが、ある日母親から突然私に電話がかかってきたのです。

母は、言いました。

「あれから、よく外出するようになってね。今日も松葉づえをついて外出したのよ。

そして夕方家に帰ってきたときに、松葉杖を持っていなかったの。

何と松葉杖を忘れて帰ってきちゃったの!!。

松葉杖がいつの間にか必要なくなっちゃったのよ。

少し歩き方はぎこちないけど、普通に歩いているわ。もうびっくり。」と。

私も、信じられませんでした。

まさか、7階から飛び降り自殺を図り、足の踵の骨が粉々になり、医者からは松葉杖をついて歩くことすら難しいでしょうと言われていた弟が、

なんと!!松葉杖なしで歩いているのです。

私は、奇跡に驚きました。

私は、さらに、真理、宇宙の法則をヨガの先生の元で、必死に勉強するようになりました。

弟は、どんどん元気を取り戻していきました。外出も一人でできるようになりました。

大学の公開講座に通い始めたりしながら、弟は社会復帰に向けて動き出し、生きる希望も取り戻しました。

しかし、弟には、さらなる壁が待ち受けていました。

そして、その先に、私が感動に震えた佐藤学長との初めての出会いに続いていくのです。

次回に続きます。

ありがとうございました。