
爽やかな朝だ。
15km走ると水場がある。顔に水を浴びて、済まさなければならない電話を何本かかける。
すると一人の女性がそこにやって来て水をすくい顔にぱしゃんと散らした。
同じ水をぼくもかけたのに、彼女から散った水はやけに清冽で美しかった。
こんな水はヴェラスケスの「セビリャの水売り」かイレーヌ・ジャコブがごくごくと飲み干したシーンくらいでしかお目にかかれない。
同じ水なのに。
彼女の浴びたのが水なら、ぼくのは、ジヒドロゲン・モノオキサイドだ。
酸性雨の主成分で、個体のそれに触れていると皮膚に障害を起こし、末期癌患者の悪性腫瘍から検出され、気体になると温室効果ガスともなる、恐ろしい物質だ。
こわい。
ま、ジヒドロゲン(2つの水素)にモノオキサイド(1つの酸素)で、一酸化二水素、つまり要するに水なんだけどさ。
彼女が去り、ぼくの電話も終わって、再びぼくは挑戦してみる。
ジヒドロゲンモノオキサイドではなく、水になっていることを祈りつつ。
ぱしゃんと。
顔はゴルゴで。