ウイルヘルム山登頂記(17):山頂を目指して(3)
トビアスのオンボロ靴
2007年2月10日(土)~17日(日)
第5日目 2007年2月14日(火)(つづく)
■深く掘れた泥だらけの道
トビアスの靴底をゴムひもで括り付けた後,再び下山を開始する。急な下り坂が続く。深く掘れた道では,遠回りの藪こぎで泥道を回避する。だが,この藪こぎが結構大変で,そのまま深く掘れた道を辿るのと,どちらが楽かは良く分からない。
<急傾斜の露岩帯:道らしい道はない>
素晴らしい風景が展開している。荒涼とした岩稜が累々と重なっている。トビアスが,この風景をバックにして写真を撮ってくれという。勿論,喜んで彼の写真を撮る。
■トビアスと四方山話
12時08分,標高3860メートル地点まで下る。ここは両側が切れ落ちたヤセ尾根になっている。西南西側は広大なU字谷になっている。谷を辿ると湖がある。トビアスがトツトツとU字谷のことを説明してくれる。
「・・・かなり以前のことだが,この谷の西側にある活火山,××山が名前聞き忘れた)が,大噴火した・・・そのために,この谷は溶岩に飲み込まれたんだよ。だからこの谷には,大きな木は1本も生えていないよ。」
「・・・で,この谷,何て言うの?」
「この辺り一体をイルプイって呼んでいるよ・・・」
12時32分,イルプイを出発する。そして見晴らしの良い尾根道の風景を楽しみながらユックリと下る。辺りは礫岩が累々と重なる露岩帯である。やがて標高3505メートル付近まで下る。
<溶岩流が流れたイルプイの谷>
■タバコを一服
登山道の脇で数名の現地人が腰を下ろして休憩を取っている。 トビアスの知人のようである。トビアスが私に,
「タバコを吸わせてくれ・・」
という。ここでまた休憩である。トビアスは仲間から火を借りて美味しそうにタバコを吹かす。私は,
「・・・皆さん,ここで何をしているの・・・」
と彼に質問する。
「・・今日は天気が良いので,皆んなで連れたって,飛行機の残骸を見に来たんだよ・・・それで,ここで休んでいるんだよ・・・夕方には家に戻るよ・・・」
<飛行機の残骸>
親しい仲間と連れたって,毎日のようにピクニックとは・・・何とも羨ましい話である。
12時44分,喫煙タイムを終わって,再び歩き出す。
■飲み水が足りなくなる
急傾斜の泥道が頻繁に現れる。その度に藪こぎをして回り道をする。危ないところではトビアスが手を貸してくれる。そのトビアスの手は,私の足の裏よりも暑くて固い皮膚で被われている。凄い!
喉が渇きそうになるので,頻繁に水分を補給する。水,2リットル,魔法瓶にお湯0.5リットルを持っていたが,13時頃までには全部飲んでしまう。
<アウンデ湖が見え始める>
13時04分,上の池,アウンデ湖が眼下に見えるところまで来た。標高3,700メートルである。トビアスの靴が再び口を開ける。ここで靴修理のために小休止する。トビアスは,ゴムバンドで靴を締め上げる。13時15分,再び歩き出す。
■薄気味悪いほどの日本礼賛
歩きながら色々と話し合う。どうせ私は一番ビリを歩いているので,開き直ってユックリと歩き続ける。
「去年,スイス人の男性が,ここで道に迷って,死んだよ・・・彼女と2人で,ウイルヘルム山を登っていたんだ。途中で男の方が草臥れて,登頂を諦めたんだよ。そして,女だけ山へ登って,男は1人で引き返した。そして,丁度この辺りで道に迷って,アウンデ湖畔の崖から,アウンデ湖に転落して水死したよ・・」
「俺の祖父はオーストラリア人に奴隷として連れて行かれたんだ・・・俺の親父が小さな頃だよ。」
「戦争中,俺の親父達は,今日,みんなの荷物を運んでいるように,日本軍の荷物を運んでいたよ・・・日本が戦争に負けて,本当に残念だった・・・イギリス人はダメ,オーストラリア人もダメ・・・良いのは日本人だけだよ・・・」
どこまで本心かどうか分からないが,あまりの親日ぶりに,私は返って居心地の悪さを感じてしまう。
「俺には兄弟が4人居るよ。でも,男は俺1人。だから財産は全部俺が相続したよ・・・俺の土地は,ベティさんの敷地から上,ウイルヘルム山までだよ。1人で管理しているよ・・」
■アルパインツアーは公平だよ
14時17分,下の湖,ピュンデ湖が見え始める。標高3445メートルである。ここで,美しい風景を眺めながら,また休憩を取る。トビアスが雑談を続ける。
「今朝,登り道をどうするかで,ガイド達と話し合ったよ・・・俺は登りと下りは別の道を通ろうと提案したが,皆,厭だといったよ。じゃあ,俺はともかく別の道を歩くと言ったんだよ・・・」
このトビアスの話で,私だけが,ことさらにヤブ道を選んで登った理由が分かった。お陰で随分と草臥れてしまった。人騒がせな話である。
「・・・パラダイス観光はダメ。自分たちが儲けることだけを考えている・・・タダ働きばかりさせられる。その点,アルパインツアーは公平で最高だよ・・・flower-hillさんも,もっと日本の人達にウイルヘルム山を宣伝してください。もしお友達が来られるようでしたら,俺が喜んで案内するよ・・・」
■2人目の妻を娶るぞ
トビアスが自分の家族のことを話し始める。
「・・・俺,今,妻1人,子供2人居るよ。子供は2人でもう充分・・・上の子は小学校,下の子は幼稚園に通っているよ。近々,2人目の妻を迎えたいと思っている・・・」
「じゃ~ぁ・・・また沢山のブタが必要ですね・・・」
と私が混ぜ返すと,トビアスは真顔で,
「そうなんだよ・・・なかなか大変だよ」
と答える。
■度々壊れるトビアスの靴
14時25分,腰を上げて,再び下り始める。どうせビリだから多少時間が掛かっても構わないと私は思っている。トビアスに助けられながら滑りやすい急坂を慎重に下り続ける。また,トビアスの靴が口を開ける。ここで修理のために小休止。
「どうせビリだから,ユックリ行きましょう・・・」
と私が言うと,
「まだ後に2人居るよ・・・ソロモンもまだ後にいるよ・・・」
という。しかし,後を見回しても,視界の範囲には彼らの姿は見えない。
「滝を見に行くか・・・それとも朝登った道を下りますか・・・」
とトビアスが私に聞く。
「真っ暗の中を登ったので,同じ道でも初めて歩くのと同じですよ・・・もう草臥れたので楽な方の道を下りましょう・・」
と提案する。
「俺も草臥れたよ・・・」
とトビアスがニヤリとする。
激しく流下する川の写真を撮りながら,いよいよ最後の急坂を下る。眼下にピュンデ湖が見え始める。 また,トビアスの靴が口を開ける。
(つづく)
トビアスのオンボロ靴
2007年2月10日(土)~17日(日)
第5日目 2007年2月14日(火)(つづく)
■深く掘れた泥だらけの道
トビアスの靴底をゴムひもで括り付けた後,再び下山を開始する。急な下り坂が続く。深く掘れた道では,遠回りの藪こぎで泥道を回避する。だが,この藪こぎが結構大変で,そのまま深く掘れた道を辿るのと,どちらが楽かは良く分からない。
<急傾斜の露岩帯:道らしい道はない>
素晴らしい風景が展開している。荒涼とした岩稜が累々と重なっている。トビアスが,この風景をバックにして写真を撮ってくれという。勿論,喜んで彼の写真を撮る。
■トビアスと四方山話
12時08分,標高3860メートル地点まで下る。ここは両側が切れ落ちたヤセ尾根になっている。西南西側は広大なU字谷になっている。谷を辿ると湖がある。トビアスがトツトツとU字谷のことを説明してくれる。
「・・・かなり以前のことだが,この谷の西側にある活火山,××山が名前聞き忘れた)が,大噴火した・・・そのために,この谷は溶岩に飲み込まれたんだよ。だからこの谷には,大きな木は1本も生えていないよ。」
「・・・で,この谷,何て言うの?」
「この辺り一体をイルプイって呼んでいるよ・・・」
12時32分,イルプイを出発する。そして見晴らしの良い尾根道の風景を楽しみながらユックリと下る。辺りは礫岩が累々と重なる露岩帯である。やがて標高3505メートル付近まで下る。
<溶岩流が流れたイルプイの谷>
■タバコを一服
登山道の脇で数名の現地人が腰を下ろして休憩を取っている。 トビアスの知人のようである。トビアスが私に,
「タバコを吸わせてくれ・・」
という。ここでまた休憩である。トビアスは仲間から火を借りて美味しそうにタバコを吹かす。私は,
「・・・皆さん,ここで何をしているの・・・」
と彼に質問する。
「・・今日は天気が良いので,皆んなで連れたって,飛行機の残骸を見に来たんだよ・・・それで,ここで休んでいるんだよ・・・夕方には家に戻るよ・・・」
<飛行機の残骸>
親しい仲間と連れたって,毎日のようにピクニックとは・・・何とも羨ましい話である。
12時44分,喫煙タイムを終わって,再び歩き出す。
■飲み水が足りなくなる
急傾斜の泥道が頻繁に現れる。その度に藪こぎをして回り道をする。危ないところではトビアスが手を貸してくれる。そのトビアスの手は,私の足の裏よりも暑くて固い皮膚で被われている。凄い!
喉が渇きそうになるので,頻繁に水分を補給する。水,2リットル,魔法瓶にお湯0.5リットルを持っていたが,13時頃までには全部飲んでしまう。
<アウンデ湖が見え始める>
13時04分,上の池,アウンデ湖が眼下に見えるところまで来た。標高3,700メートルである。トビアスの靴が再び口を開ける。ここで靴修理のために小休止する。トビアスは,ゴムバンドで靴を締め上げる。13時15分,再び歩き出す。
■薄気味悪いほどの日本礼賛
歩きながら色々と話し合う。どうせ私は一番ビリを歩いているので,開き直ってユックリと歩き続ける。
「去年,スイス人の男性が,ここで道に迷って,死んだよ・・・彼女と2人で,ウイルヘルム山を登っていたんだ。途中で男の方が草臥れて,登頂を諦めたんだよ。そして,女だけ山へ登って,男は1人で引き返した。そして,丁度この辺りで道に迷って,アウンデ湖畔の崖から,アウンデ湖に転落して水死したよ・・」
「俺の祖父はオーストラリア人に奴隷として連れて行かれたんだ・・・俺の親父が小さな頃だよ。」
「戦争中,俺の親父達は,今日,みんなの荷物を運んでいるように,日本軍の荷物を運んでいたよ・・・日本が戦争に負けて,本当に残念だった・・・イギリス人はダメ,オーストラリア人もダメ・・・良いのは日本人だけだよ・・・」
どこまで本心かどうか分からないが,あまりの親日ぶりに,私は返って居心地の悪さを感じてしまう。
「俺には兄弟が4人居るよ。でも,男は俺1人。だから財産は全部俺が相続したよ・・・俺の土地は,ベティさんの敷地から上,ウイルヘルム山までだよ。1人で管理しているよ・・」
■アルパインツアーは公平だよ
14時17分,下の湖,ピュンデ湖が見え始める。標高3445メートルである。ここで,美しい風景を眺めながら,また休憩を取る。トビアスが雑談を続ける。
「今朝,登り道をどうするかで,ガイド達と話し合ったよ・・・俺は登りと下りは別の道を通ろうと提案したが,皆,厭だといったよ。じゃあ,俺はともかく別の道を歩くと言ったんだよ・・・」
このトビアスの話で,私だけが,ことさらにヤブ道を選んで登った理由が分かった。お陰で随分と草臥れてしまった。人騒がせな話である。
「・・・パラダイス観光はダメ。自分たちが儲けることだけを考えている・・・タダ働きばかりさせられる。その点,アルパインツアーは公平で最高だよ・・・flower-hillさんも,もっと日本の人達にウイルヘルム山を宣伝してください。もしお友達が来られるようでしたら,俺が喜んで案内するよ・・・」
■2人目の妻を娶るぞ
トビアスが自分の家族のことを話し始める。
「・・・俺,今,妻1人,子供2人居るよ。子供は2人でもう充分・・・上の子は小学校,下の子は幼稚園に通っているよ。近々,2人目の妻を迎えたいと思っている・・・」
「じゃ~ぁ・・・また沢山のブタが必要ですね・・・」
と私が混ぜ返すと,トビアスは真顔で,
「そうなんだよ・・・なかなか大変だよ」
と答える。
■度々壊れるトビアスの靴
14時25分,腰を上げて,再び下り始める。どうせビリだから多少時間が掛かっても構わないと私は思っている。トビアスに助けられながら滑りやすい急坂を慎重に下り続ける。また,トビアスの靴が口を開ける。ここで修理のために小休止。
「どうせビリだから,ユックリ行きましょう・・・」
と私が言うと,
「まだ後に2人居るよ・・・ソロモンもまだ後にいるよ・・・」
という。しかし,後を見回しても,視界の範囲には彼らの姿は見えない。
「滝を見に行くか・・・それとも朝登った道を下りますか・・・」
とトビアスが私に聞く。
「真っ暗の中を登ったので,同じ道でも初めて歩くのと同じですよ・・・もう草臥れたので楽な方の道を下りましょう・・」
と提案する。
「俺も草臥れたよ・・・」
とトビアスがニヤリとする。
激しく流下する川の写真を撮りながら,いよいよ最後の急坂を下る。眼下にピュンデ湖が見え始める。 また,トビアスの靴が口を開ける。
(つづく)