私はブログでよく “あたくし” という一人称を使う。
これは実はルーツは寅さんの “わたくし” から来ている。
「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、
人呼んでフーテンの寅と発します。」
という名文句。あたくし、これが大好きなの。
だからそれのマネ。
何で「わたくし」を「あたくし」にしたかというのは、
「わたくし」だと、あんまりそのまんまだし、
「あたくし」の方がちょっとイマっぽいかしらと…
微妙に変えてみた。(いうほど変わらんやろうに)
私は寅さんが好きなのですが、どこが好きかというと
この「わたくし」という部分にほぼそのエッセンスが
凝縮されているといっても過言ではない。
寅さんって、大胆で豪快な性質の中に見える繊細さが
何とも言えずとっても味わい深くていいんだけど、
この「わたくし」からは世間に対してのスタンスが伺われる。
誠実というか謙虚な感じがいい。
寅さんといえば、アウトローなヒーローの代表格である。
(アウトローにも色々あるがあたくしは寅さんが一番ヒーロー)
アウトローっちゅのは、はみだしもの、ろくでなし、ならず者、デスペラードである。
世間一般からの規格外ね。
だから真っ当に生きてられなかった自分を恥じ、世間様に申し訳なく思う。
この基本的謙虚さがアウトローの持つべき美学だと思うのである。
大袈裟かもしれないが、この「わたくし…」からはそんな匂いがするから好き。
世間の人々は、枠に入らない寅さんをそれ故に愛するのです。
それ故に憧れ、寅さんみたいに生きてみたいなとちょっと思うのです。
が、しかし実際にはそうなろうとはしない(少なくとも身内には勧めない)
でもそれでこそ、アウトローの価値もある。という世界であった。
希少価値ね。
それが、今はフリーター社会ですので、アウトローだらけっけ。
スタンダードが無いので、アウトローにも価値がなくなってきております。
寅さんもびっくりさ。
それと同時に謙虚さもアウトローから失われてる氣がする。
なんだか胡散臭いわりに偉そうなのだ。
社会のノリ全体がそうなのだろうねー。
この寅さん的「謙虚さ」ってのは、言ってみれば「余裕」なんだよね。
もちろん卑屈なんてもんじゃ全然ない。
なんつーか、寅さんは世間様にああ申し訳ないねえ、
などと思っていながらも腹の底じゃ自信満々に楽しんでいるのよ。
おいアンタ!ちょっと羨ましかろ?わっはっは!くらいの勢い。
(だってさ、どう見てもあんなに豊かそうな人生はそうないよ。
あんなに失敗だらけなのにさ~。)
この人生を謳歌している「余裕」。
全てを受け入れ、真っ直ぐに生きてる誠実さ。
それが謙虚さと絶妙なバランスをもつの。
その中で「ロマンを求め続ける」寅次郎。
「物欲しげなだけ」のフリーター社会じゃ、
この余裕は見当たらないし謙虚さも見受けられない。
(寅さんだけじゃないけどね、昔はドラマの中にも歌の中にも、
もっとアウトローの美意識がちりばめられていたよ。)
もっと寅さんを見習わなきゃなー。
ほんの数年前まで見習っちゃイケナイ人だったのに…。
悲しいかな人ってのは、マネしちゃいけない所は安易に採って、
本当にマネなきゃならない所は、あっさり見逃してしまうものです。
ああ、難しいなあ。
おいらも反省だ。
ま、なんつーの?
要するに、寅さん好きだと。
あたくしも反省しつつ、もっと頑張るぞと。
そんな事をいつも念頭に入れておくぞというのも込みで、
あたくしは「あたくし」を使っているわけなのでありました。
おわり。
これは実はルーツは寅さんの “わたくし” から来ている。
「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、
人呼んでフーテンの寅と発します。」
という名文句。あたくし、これが大好きなの。
だからそれのマネ。
何で「わたくし」を「あたくし」にしたかというのは、
「わたくし」だと、あんまりそのまんまだし、
「あたくし」の方がちょっとイマっぽいかしらと…
微妙に変えてみた。(いうほど変わらんやろうに)
私は寅さんが好きなのですが、どこが好きかというと
この「わたくし」という部分にほぼそのエッセンスが
凝縮されているといっても過言ではない。
寅さんって、大胆で豪快な性質の中に見える繊細さが
何とも言えずとっても味わい深くていいんだけど、
この「わたくし」からは世間に対してのスタンスが伺われる。
誠実というか謙虚な感じがいい。
寅さんといえば、アウトローなヒーローの代表格である。
(アウトローにも色々あるがあたくしは寅さんが一番ヒーロー)
アウトローっちゅのは、はみだしもの、ろくでなし、ならず者、デスペラードである。
世間一般からの規格外ね。
だから真っ当に生きてられなかった自分を恥じ、世間様に申し訳なく思う。
この基本的謙虚さがアウトローの持つべき美学だと思うのである。
大袈裟かもしれないが、この「わたくし…」からはそんな匂いがするから好き。
世間の人々は、枠に入らない寅さんをそれ故に愛するのです。
それ故に憧れ、寅さんみたいに生きてみたいなとちょっと思うのです。
が、しかし実際にはそうなろうとはしない(少なくとも身内には勧めない)
でもそれでこそ、アウトローの価値もある。という世界であった。
希少価値ね。
それが、今はフリーター社会ですので、アウトローだらけっけ。
スタンダードが無いので、アウトローにも価値がなくなってきております。
寅さんもびっくりさ。
それと同時に謙虚さもアウトローから失われてる氣がする。
なんだか胡散臭いわりに偉そうなのだ。
社会のノリ全体がそうなのだろうねー。
この寅さん的「謙虚さ」ってのは、言ってみれば「余裕」なんだよね。
もちろん卑屈なんてもんじゃ全然ない。
なんつーか、寅さんは世間様にああ申し訳ないねえ、
などと思っていながらも腹の底じゃ自信満々に楽しんでいるのよ。
おいアンタ!ちょっと羨ましかろ?わっはっは!くらいの勢い。
(だってさ、どう見てもあんなに豊かそうな人生はそうないよ。
あんなに失敗だらけなのにさ~。)
この人生を謳歌している「余裕」。
全てを受け入れ、真っ直ぐに生きてる誠実さ。
それが謙虚さと絶妙なバランスをもつの。
その中で「ロマンを求め続ける」寅次郎。
「物欲しげなだけ」のフリーター社会じゃ、
この余裕は見当たらないし謙虚さも見受けられない。
(寅さんだけじゃないけどね、昔はドラマの中にも歌の中にも、
もっとアウトローの美意識がちりばめられていたよ。)
もっと寅さんを見習わなきゃなー。
ほんの数年前まで見習っちゃイケナイ人だったのに…。
悲しいかな人ってのは、マネしちゃいけない所は安易に採って、
本当にマネなきゃならない所は、あっさり見逃してしまうものです。
ああ、難しいなあ。
おいらも反省だ。
ま、なんつーの?
要するに、寅さん好きだと。
あたくしも反省しつつ、もっと頑張るぞと。
そんな事をいつも念頭に入れておくぞというのも込みで、
あたくしは「あたくし」を使っているわけなのでありました。
おわり。