白龍山の後は、院内にある東海林さんのお宅へ。
ここは宝暦年間(1751~1763)の力士「磯碇平左衛門(いそいかり へいざえもん)」の生家。
磯碇は享保12年(1727)、院内の関所番詰めの東海林家に生まれました。
庄内藩酒井候のお抱えとして、宝暦3年に東関脇として登場。
怪力の持ち主で、馬が自分の肩に噛み付いたのを引き離し、その首を一捻りすると荷物と一緒に馬が横転したという逸話が残っています。
その後引退し3代目春日山を襲名、享和4年に78歳で没。お墓は今も浅草・瑞泉寺にあるそうです。
と紹介している間に院内に到着しました(^^)
現当主の東海林さんは28代目(確か・・・)。武家の出らしく上品なお方です。
お庭に案内され、磯碇生家の碑を拝見。

碑銘が「大関磯碇」となっていますが、大関は巡業での大関で、番付の最高位は残念ながら関脇です。
ただそれだけの碑か・・・なんて思うのは早計でして、その碑の前にあるものが、

「春日山関」と彫られているのが見えるでしょうか。
その磯碇が15歳のとき、番所改築の際に沓脱石として運んで来た川石だそうです。その重さたるや150キロ!
苔むしたり、モルタルで回りを固められているのが何とも残念ですが、250年前にこれを運んで来たんですね(感激!)
などと説明を受け、他の遺品があるとの事でお宅へ。
座敷に通されると、テーブルの上には様々なものが。

麻の裃、盃、元結い切り鋏、羽織紐、お守り入れ、母に贈ったかんざしや手鏡など等。文化財級の品々にビックリ!
なかでも驚いたのが、磯碇の出自が証明された系図が・・・。

こんなお宅だったら私、喜んで婿に行きます(^^)
貴重な品を拝見し外に出ると、磯碇が植えたとされる「ウメ」の木がありました。

幹にはだいぶ枯れが見えますが、樹勢はいいようなのでこれも大事に育ててほしいものです。
東海林さん、どうもありがとうございました。
つづく・・・えっ!?長いって?