goo blog サービス終了のお知らせ 

忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

ようきんさったのぉの話

2009年09月07日 | 過去記事
■2009/09/07 (月) ようきんさったのぉの話 1

総務省によると、日本の国土における「森林面積の割合」は68%だそうだ。

この数字は世界でも5位に入る。ちなみに1位は「スリナム」の94.7%である。もう、森林に人が住んでいる状態だ。続いて2位は「ガイアナ」3位は「ベリーズ」4位は「ラオス」となっている。日本の次、6位は「ブータン王国」だ。日本以外の「聞き慣れない名」のこれらの国は人口も数十万人、経済規模も小さく、遠くない過去(笑)には大国のエゴに巻き込まれたりもしている国だ。行ったことはないが「自然がある」というか「自然しかない」という国であろう。パラオなんかもそうだった。いや、だから日本以外はだ。

経済大国第二位。人口1億2千6百万人。稼働する産業用ロボットは35万台を超えて世界第一位。大自然と真逆の機械文化。自動車の生産台数は世界第一位。でも、森林が約7割も残る。なんてヘンテコリンでヘンチクリンな国なのかと思いつつ、中国自動車道をガチコメタンクはMAXスピードの320ガチコメキロ(時速で言うと80キロ程度)で爆走する。

到着までの約400キロの道のり、おそらくは200台くらいの車に抜かれながらも、午前中には島根県の江津に着いた。「ある人物」に電話をかけて、

『え・・・・えつ・・?』

と問うと、

「ごうつ。ごうつです。」

と、なんか、突き放された言い方で教えてくれた。怖かった。

そう、この日は「島根県江津市総合センターミルキーウェイホール」にて、田母神氏の講演会があるのであった。少しでも早く駆けつけて、少しでもお手伝いをしたいと思い、ガチコメタンクは火花を散らせながら走ったのだが、同行していた妻が「どうしても、おでんの“しらたき”を食べなければ死んでしまう」と訴えたので、海岸沿い、奇跡的に発見したローソンに立ち寄り、しらたきを購入したのである。

妻が“しらたき”を口にし、笑ってしまうほど咽かえっている中、私はその「ある人物」に再び電話をした。その「人物」とは、今回、この貴重な講演会に招いてくれた人物である。

「帝さんってだれ?」

妻が“しらたき”をすすり喰いながら聞いてくる。咳き込んではいるが“しらたき”は減っていないようだ。熱いのとでかいので、なかなか噛めないのである。また、もう9月とはいえ、外はカンカン照りであるのに、熱々、且つ、汁だくの“しらたき”を夢中でほうばる妻を見て、やはり、金星とは遠い宇宙の彼方にあるのだと実感した。「金星」へ。いや、「2」へ。

■2009/09/07 (月) ようきんさったのぉの話 2

というか、妻は以前、広島で「帝さん」に会っているのである。しかも、本人にも「広島で会いましたよね?」と言われていた。告白すると、妻は「帝さん」と「蛙さん」の区別がついていなかったのである。「名古屋で会った。メガネの人。」とも言っていた。

とりあえず、その「帝さん」についての情報を妻にインプットしておかねばなるまい。失礼がパンプス履いて歩いているような妻である。それに「帝さん」がキレてしまえば、私はその怒りを静めるため、どれほど大阪のいかがわしい店に連れて行かねばならないのか。

『海で暮らしてるんだョ。主食は魚だョ。理由があって船の上で暮らしているんだ。よく、島根沖で韓国漁船が行方不明になるのは帝さんが襲ってるんだ。彼はイカを操ることが出来るからね。大王イカに襲わせるんだ。地元では“海賊の幽霊じゃないか”って言われてるんだ。パイレーツオブカリビアンにも出てるしね。あ、2ね。』

とりあえず、妻には「帝さんの顎鬚はイカ」と教えておいた。コレで少しは安心だ。

-
-

帝さんの心配をよそに講演会は大盛況だった。
http://takesimakaere.seesaa.net/
<島根系・石見ログ>(旧帝の脳内日記)

選挙前、堺市で行われた「西村眞吾・夏の集い」にて田母神氏の講演を聞く機会があったのだが、残念ながら時間が限られており、ボリューム的に物足りなかったのだ。しかし今回はフルボリュームで聞ける。最初から最後まで田母神ワールド全快なのであった。

「3」へ

■2009/09/07 (月) ようきんさったのぉの話 3

「みなさんこんにちは。危険人物の田母神です。」

ツカミもOKである。そして、私が期待していた通り、中盤からはトランス状態、溢れる研究結果と「日本を憂う想い」が混ざり合い、どう聞いても、どう受け止めても「正論」であるとしか認識できない完全武装された論調であった。そして、更に、

「私は良い人なんです。」

ピンポイントで確実に聴衆を刺激する。人は「面白いww」と思わねば集中力が切れる。時間やペースの配分がわかっている人は多いが、聴衆の興味や雰囲気すら読み取る人は多くない。もはや「プロの芸人レベル」と言って差し支えない。「しゃべりたい」とか「聞いてもらいたい」ではない。「伝えたい」のだ。この「伝えたい」というモチベーションこそが、ある種、保守言論人によくみられる「啓蒙精神」という「驕り」と思しき「上から目線」を取り除き、老若男女、それこそ右から左まで「耳を傾けてしまう」のだ。

つまり、この御仁、わかっているのである。散発、拡散して威力が落ちる保守言論界に強力な武器、すなわち、「多くの人々を集めることが出来る人気」、また「多くの人の賛同を得ることが出来るパフォーマンス」は、一般人がドン引きするような過激(というが下品)なアジテーションや、やたらと「小難しい歴史認識」を振り回す先生にはない、いわゆる「一般受け」するクオリティを保証することになった。今後は保守言論人が束になっても適わぬ「実績」を積み上げていくことだろう。日本、まだまだ終わっていないのだ。

保守を名乗る言論人の中には「聞かないならばどうすればいいか」「広まらぬのはなぜか」に対し、戦後の愚民化政策の威力を説き、GHQの洗脳教育の成果を説き、支那朝鮮のプロパガンダの巧さに感服し、コミンテルンの執念の前に立ち尽くし、つまるところ「敵の戦力の充実と武器の精密度」を褒め称えてしまっている内容となるものが少なくない。危機はわかった、このままでは危ないということもわかる。しかし、では、それを防ぐ手立てとして、どうすればよいのかの具体的な説明はない、というか出来なかったのである。

「4」へ

■2009/09/07 (月) ようきんさったのぉの話 4

その理由は「多くの日本人が目覚め、国家という概念をも改め、教育も改め、愛国心を掲げ、日本という国を誇りに思い・・・」という、どこから手をつけたものやらと、ともかく「大変なことが起こっている」という危機感を共有するところで止まってしまうからだ。そして分裂が始まる。過激な団体は「草の根運動」では間に合わないと焦り、主義主張を同じくする貴重な保守層を「口だけ保守」などと罵る。「街宣右翼は保守のイメージを地に落とす」と学んだはずなのに、下品な怒声で今日もどこかの街角で不気味がられている。

メディアの仕組みも威力も学んだはずなのに、メディアから遠ざかっていくばかりとなる。『人集めと金集め』が保守の課題だと議論はするが、具体的なマネジメントとなるととても反日勢力には適わない。無論、「目的のための手段」は選ばねばならぬことから、腐れ左派のように卑怯で破廉恥な手段を講じることが出来ないということも自明であり、ある意味、ハンディキャップは規定路線で話が進められていく。対処不能だったのだ。

しかし、月に30回を超える講演会をこなす超人が現れた。夜9時になったら車も走らぬ島根の江津に(ごめんね♪)、有料で660人集めてしまう(主催者発表)「人気者」が日本国民の「憂い」を具現化させる。この大和岩根の危機をして再度打ちのめされた保守側に、一般人の聴衆を魅了し、ワイドショー大好き脳のノンポリに(ま、妻のことだがww)「面白い人やなww今度、大阪もくるん?」と言わしめる元総司令官が出現したのである。

腐れ左派による小手先の手口を鼻で笑い飛ばすことのできる「ホンモノ」が、田母神氏曰く「(結果として自由に言論活動ができるようになったことは)麻生総理大臣と浜田防衛大臣のお陰ではないかと思うようになった。」というハイレベルの皮肉も飛び出すセンスを持って、「なんか、おかしいぞ?」という空気を感じている日本国民の目を覚ますのだろう。

「5」へ

■2009/09/07 (月) ようきんさったのぉの話 5

-

田母神氏の論文がメディアを賑わせた際、保守言論人ですら心配していた。保守メディアながら「(田母神論文の)影響が懸念される」と書いているところもあった。産経新聞ですらそうだった。「この論文問題は危険」という見出しだけならば反日メディアと同じだった。

「危険の内容の差異」は書くまでもないが、売国奴は「危険人物。右翼思想。こんな偏狭なナショナリズムを振り回す人物が航空自衛隊のトップだった!」と阿呆みたいに単純に騒ぐ。まあ、コレは仕方がないとしても、保守と呼ばれるメディアも「今後、自衛隊の歴史観、国家観が注視されることになった。“村山談話”に即した極端な指導がなされるだろう・・・(泣)」という危惧を隠さなかった。事実、田母神氏を「言論の自由が保障されている国」に解き放った浜田防衛大臣は当時、「講師の見直し」と「講座内容の見直し」を公言した。斉藤隆統合幕僚長も参議院外交防衛委員会のメンバーに「バランスに欠けている講師がいた。今後は検討せねばならない。」と発言して売国マスメディアを安心させた。

また、腐れ左派を誘導するかの如く「今後は公教育の現場でも心配だ」とやった。すなわち、今回の論文問題をして教科書や授業の内容を見直されるのではないか?という懸念があるというのだ。たしかに、いくら教育基本法を改正して、学習指導要領も見直して、「誇りある国・日本」と教えても、そのあとに「我が国は遠くない過去の一時期、国策を誤り・・」とやれば子供は困惑するほかない。「日本は悪い国だった。でも伝統と文化を尊重し・・・」とか言われてもわけがわからない。ま、これも“村山談話”の役割であろう。

いわゆる「従軍慰安婦」には「河野談話」。教科書検定には「近隣諸国条項」。人権平和の教育も悪用。「児童の権利条約」に「男女共同参画社会基本法」まだまだあろうが、つまるところ、ちゃぁんと「ヤバイところ」には蓋をされているのである。その大き目の蓋が「村山談話」なのであり、もしかするとそこに「鳩山談話」なるものが登場して、一切の日本の過去を否定する蓋が現れるかもしれない。日本国民から圧倒的な支持を得て政権交代を実現した「歴史的な総理大臣」が発表する談話である。その悪影響は計り知れない。

「6」へ

■2009/09/07 (月) ようきんさったのぉの話 6

また、言うまでもなく、それらを跳ね返すのは誰でもない日本国民自身なのである。そのパワーを「束ねる」ことに、今までの保守層は難儀していたと(内ゲバではなく)解釈したい。そして、懇親会の席において、ゲラゲラ笑いながら私の背中や肩を叩きまくって、

「エエ体しとるな。おおぉ??エエなぁ。おおぉ?そのカラダで、こんな華奢な奥さん連れて、おおぉ?壊したらアカンでぇ~~~げへらげへらwww」

とシモネタ爆裂でかまってくれた御仁こそが、その先頭に立つ司令官なのである。

保守と呼ばれる人の中には、せっかくの料理も酒もお構いなしに喧々囂々牛もうもう、大声出して熱烈に議論する人がいる。私はそれが大嫌いなのだ。それがドン引きされるというのだ。若い子や女の子に、

「うわぁ~~楽しくなさそう~~」

と思われたらダメだというのである。議論する場は議論する。お疲れさん!っと楽しくやる場は楽しくやる。とくに頭の良い先生方は肝に銘じておいて欲しい。酒の席でわぁわぁやっても「はいはい、すごいねぇ。よく覚えてますねぇ。すごいねぇ。賢いですねぇ。勉強になりましたぁ。はいはい。」としか思われていないというのだ。そんな難しい話は講演会場や会議室で済ませて、楽しい場には小粋なジョーク(笑)を飛ばせるようにして欲しい。日本のために。

好物の大吟醸をプレゼントされて、さっそくそれをその場で開けちゃって、楽しそうにしている田母神氏は魅力溢れる人物なのだ。帝さんの友人が差し出した「DS」に、何かわからずサインするのである。「DS」にである。田母神閣下と「すれ違い通信」なのである。

田母神氏は翌日も岡山で講演があると言っていた。懇親会が終わって妻と「神楽」を観に行ったら田母神氏がいた。拍手しながら寝てるから、また、妻が笑っていた。

凄まじいスケジュールの中、ほどよく大吟醸を飲って、疲れも出て、ぐっすりとお休みになられたのだろうか。途中で旅館に戻られたが、その際も私と妻を見つけて声をかけてくれた。実に気を配る人だ。「7」へ。

■2009/09/07 (月) ようきんさったのぉの話 7

-

次の日、帝さんの案内で出雲大社へ。途中、とある「釣具屋さん」に立ち寄った。なんと「県土・竹島を守る会」の会長さんの店だった。この「さるさる日記」などを読んでくれているという。なにやら申し訳ないような恥ずかしいような感じだった。

「これがガチコメタンクですか・・・」と言われた。「そうです・・」しか言えなかった。妻のことも「行動パターンは知ってますww」と言ってくれた。面白い会長さんだった。

「潮風のあたるイチジクは美味い」とのことでたくさんくれた。さっそくにも妻が喰いたがるので剥いてあげた。せっかく出してくれたコーヒーは「いらない」と言ったからビビッた。失礼がTシャツを着ているような妻なので、とりあえず、イチジクを喰わせて黙らせることにした。帰りの車の中でも喰いたいとうるさかった。コーヒーは2杯とも私がいただいた。ありがとうございます。

帝さんの長男(6さい)は、イチジクを喰わなかった。喰わず嫌いだ。お姉ちゃんは喰っていた。たぶん、パパが好き嫌いが多いのだろう。今度、きゅうりとなすを10キロくらい送りつけてやろうかと思っている。

帝さんのお子達は妻と波長が合うらしく、三人で仲良く釣具屋さんの店内で遊んでいた。妻は竿を倒した。ごめんなさい。私もトイレのドアノブ外しちゃってすいませんでした。

会長さんは「記念品」もくれた。オリジナルのアクセサリー。倅の分もくれた。とてもカッコいいイカだった。「島根祖国と青年の会・後援の記録 国をつぶしてなるものか」ももらった。1冊はハゲゴンに渡すように言われた。今度、渡しますね。

冬になったら「イカ釣り」に来ようと思っている。倅も連れて。道具は会長さんのところで買おう。帝さんとこも誘って教えてもらわねばなるまい。3キロのイカを釣りたい。

そういえばその朝、妻と旅館周辺を散歩した。とても静かな温泉街。ぽつぽつと道行く人が挨拶してくれる。川の流れる音を聞きながら、しっとりと涼しい朝だった。

島根県。好きになった。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。