そのⅤ 外伝① 三姉妹
うち続く戦乱は、幼い三姉妹から、両親も家も奪ってしまいました。
戦というものは、いつの世でもとても残酷です。
姉が八歳、下の妹は七歳、一番下の妹はまだ三歳になったばかりでした。
可愛そうな三姉妹は、誰も頼ること無く、この戦乱の世を生きていかなけれ
ばなりません。
また戦が始まりました。
越後の上杉勢が甲斐の武田領に攻め込んで来たのです。
上杉軍は、軍紀の乱れも無く、むやみに略奪行為などはしません。
だが、兵の中には軍律を乱す不埒の輩がいるものです。
今で言う、長野県の善光寺の境内に、周囲の住民が集められていました。
越後勢は武田領に攻め込んだ分けですから、情報が武田方に漏れては困るか
らでした。
人々は食料と煮炊きの道具は持ち込んでいました。が、可愛そうな三姉妹に
は何も用意が出来る筈も有りません。
姉は飢える妹たちの為に、食べるものを捜そうと、密かに境内を抜け出し、
方々の畑を掘り返していました。
どんなに頑張っても、いくら捜しても、芋の一つも手に入りません。
姉は絶望の為、呆然としていました。
すると、少し離れた所に一人の足軽が立っているでは有りませんか。
左手に大きなお握りを持った、その足軽は右手で姉を手招きしています。
男の顔は卑猥な笑いで歪んでいました。終いには涎まで垂らすていたらくで
す。
幼いながら、姉は足軽の涎の意味が分かっていました。
「ひもじい思いをしているあの子たちに、あのお握りは絶対に手に入れなくて
は」と、姉は覚悟を決めて、足軽の方に足を踏み出しました。
恐怖の為か、足がふらつき、まるで夢遊病者です。
姉はようやくお握りに辿り尽き、必死に両手で掴みました。
お握りを手に入れたものの、姉の身体は足軽に横抱きにされていました。
が、お握りは離しません。
足軽は、姉を横抱きにしたまま、森に向かって走り出しました。
ビシッ! 大きな鞭の音が、二度、三度と響き、足軽の身体は地面に叩きつ
けられていました。
投げ出されて転がる姉。それでもお握りだけは離しません。
「お屋形様、この不埒者いかがいたしましょう」
足軽は二人の屈強な侍に取り押さえられています。
「縄を打て」
と言い放った法体の武将は騎馬から下りて、姉を優しく抱き起こしてくれま
した。
「怪我はないか?」
「はい」
姉は足軽が縄で繋がれて引き立てられていく情けない姿を見ていました。
「あのお侍は首を切られるの?」
「さあ、厳しい詮議にかけて、他にも罪を犯していればあるいは。だがそれほ
どの悪党でなければ、この戦が終わるまで牢に入れ、戦が終われば、領外に解
き放つ積もりじゃ」
姉は、乱暴されかけたにも関わらず、その武将の言葉で少しホッとしまし
た。
「なぜ食わぬのじゃ?」
「これは妹達への大切な贈り物で、私は食べません」
「妹にか、何人じゃ?」
「二人」
「おい、二日分じゃ、三人前の食料と水を用意致せ」
一人の武将が騎馬に飛び乗って早駈けていきました。
「親はおるのか?」
首を振る姉、今にも泣き出しそうになりました。
「家は?」
姉は遂に涙をポロポロと零してしまいました。
「すまぬ。つまらぬ事を言うてしもうた」
騎馬武者が戻って来て、姉に糧食の入った大きな袋を背負わせて呉れまし
た。
「景時、お前は戦の時も銭を忍ばせていると聞いたが、本当か?」
「はい・・・?」
法体の武将はその景時と呼んだ侍の顔の前に手を突きだした。
「出せ」
景時は渋々懐から銭袋をだし、中から小判を一枚掴みだした。
「愚か者、袋ごと渡すのだ」
さすがに嫌な顔をする景時と呼ばれた侍。それでも嫌々ながら姉の懐に銭袋
をねじ込んだ。
何が起こっているのか、良く理解出来ない姉、法体の神が如きな武将を、眼
を一杯に開いて見詰め続けた。
法体の武将は騎乗すると、
「達者で暮らせ、生き抜くのじゃぞ」
そう言い残して風のように去って行きました。
「あのお方は、越後の御大将に違いない」
姉はそう思いました。
彼女が想像した通りで、その大将は、後に毘沙門天の化身として怖れられ
た、長尾景虎、その人でした。
姉は懐の銭袋を覗いて、それは本当に驚いてしまいました。見た事も無かっ
た小判が三枚も入っていたからです。
彼女は、その小判は生涯使わずに大切にしました。妹達にも持たせ、それぞ
れのお守り袋に縫い付けたのです。
2017年2月5日 Gorou
うち続く戦乱は、幼い三姉妹から、両親も家も奪ってしまいました。
戦というものは、いつの世でもとても残酷です。
姉が八歳、下の妹は七歳、一番下の妹はまだ三歳になったばかりでした。
可愛そうな三姉妹は、誰も頼ること無く、この戦乱の世を生きていかなけれ
ばなりません。
また戦が始まりました。
越後の上杉勢が甲斐の武田領に攻め込んで来たのです。
上杉軍は、軍紀の乱れも無く、むやみに略奪行為などはしません。
だが、兵の中には軍律を乱す不埒の輩がいるものです。
今で言う、長野県の善光寺の境内に、周囲の住民が集められていました。
越後勢は武田領に攻め込んだ分けですから、情報が武田方に漏れては困るか
らでした。
人々は食料と煮炊きの道具は持ち込んでいました。が、可愛そうな三姉妹に
は何も用意が出来る筈も有りません。
姉は飢える妹たちの為に、食べるものを捜そうと、密かに境内を抜け出し、
方々の畑を掘り返していました。
どんなに頑張っても、いくら捜しても、芋の一つも手に入りません。
姉は絶望の為、呆然としていました。
すると、少し離れた所に一人の足軽が立っているでは有りませんか。
左手に大きなお握りを持った、その足軽は右手で姉を手招きしています。
男の顔は卑猥な笑いで歪んでいました。終いには涎まで垂らすていたらくで
す。
幼いながら、姉は足軽の涎の意味が分かっていました。
「ひもじい思いをしているあの子たちに、あのお握りは絶対に手に入れなくて
は」と、姉は覚悟を決めて、足軽の方に足を踏み出しました。
恐怖の為か、足がふらつき、まるで夢遊病者です。
姉はようやくお握りに辿り尽き、必死に両手で掴みました。
お握りを手に入れたものの、姉の身体は足軽に横抱きにされていました。
が、お握りは離しません。
足軽は、姉を横抱きにしたまま、森に向かって走り出しました。
ビシッ! 大きな鞭の音が、二度、三度と響き、足軽の身体は地面に叩きつ
けられていました。
投げ出されて転がる姉。それでもお握りだけは離しません。
「お屋形様、この不埒者いかがいたしましょう」
足軽は二人の屈強な侍に取り押さえられています。
「縄を打て」
と言い放った法体の武将は騎馬から下りて、姉を優しく抱き起こしてくれま
した。
「怪我はないか?」
「はい」
姉は足軽が縄で繋がれて引き立てられていく情けない姿を見ていました。
「あのお侍は首を切られるの?」
「さあ、厳しい詮議にかけて、他にも罪を犯していればあるいは。だがそれほ
どの悪党でなければ、この戦が終わるまで牢に入れ、戦が終われば、領外に解
き放つ積もりじゃ」
姉は、乱暴されかけたにも関わらず、その武将の言葉で少しホッとしまし
た。
「なぜ食わぬのじゃ?」
「これは妹達への大切な贈り物で、私は食べません」
「妹にか、何人じゃ?」
「二人」
「おい、二日分じゃ、三人前の食料と水を用意致せ」
一人の武将が騎馬に飛び乗って早駈けていきました。
「親はおるのか?」
首を振る姉、今にも泣き出しそうになりました。
「家は?」
姉は遂に涙をポロポロと零してしまいました。
「すまぬ。つまらぬ事を言うてしもうた」
騎馬武者が戻って来て、姉に糧食の入った大きな袋を背負わせて呉れまし
た。
「景時、お前は戦の時も銭を忍ばせていると聞いたが、本当か?」
「はい・・・?」
法体の武将はその景時と呼んだ侍の顔の前に手を突きだした。
「出せ」
景時は渋々懐から銭袋をだし、中から小判を一枚掴みだした。
「愚か者、袋ごと渡すのだ」
さすがに嫌な顔をする景時と呼ばれた侍。それでも嫌々ながら姉の懐に銭袋
をねじ込んだ。
何が起こっているのか、良く理解出来ない姉、法体の神が如きな武将を、眼
を一杯に開いて見詰め続けた。
法体の武将は騎乗すると、
「達者で暮らせ、生き抜くのじゃぞ」
そう言い残して風のように去って行きました。
「あのお方は、越後の御大将に違いない」
姉はそう思いました。
彼女が想像した通りで、その大将は、後に毘沙門天の化身として怖れられ
た、長尾景虎、その人でした。
姉は懐の銭袋を覗いて、それは本当に驚いてしまいました。見た事も無かっ
た小判が三枚も入っていたからです。
彼女は、その小判は生涯使わずに大切にしました。妹達にも持たせ、それぞ
れのお守り袋に縫い付けたのです。
2017年2月5日 Gorou
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