ONE FINE DAY

「昨日のことは忘れてほしい」
「もう遅い。日記に書いた」

幸せのちから

2007-01-31 | 映画

「幸せのかたち」かと思っていたら、
幸せのちから」だった。
どっちにしろ曖昧だ。
原題は「the PURSUIT of HAPPYNESS」
HAPPYNESSのYはわざとのY。正しくは”HAPPINESS”。
こちらは分かりやすい。「幸せの追求」
この映画を見れば”PURSUIT”完全に頭にはいること請け合い。

けっきょくのところ、幸せ=仕事の成功=お金持ち、なのかと、
アメリカン・ドリームを地でいったような物語に肩すかしをくらったような気分にならないでもないが、
寝るところもないこの父と子にとっては、まず職に就くことが最優先だから、
それも仕方ないだろう。
映画はその後の成功は描いていない。
孤軍奮闘の末にやっと仕事に就けたところで終わっている。
「君を採用する」と知らされたあとのウィル・スミスが実にいい。
その演技を見るだけでも、この映画見る価値あり。

父子が寝る場所を求めて教会に行くと、そこはホームレスの人々で長蛇の列。
その横をスポーツカーに乗った若者達が笑いながら通り過ぎる。
この映画の時代設定は1980年代。
あの頃よりも更に格差が広がったアメリカでは今どうなのだろう?
家のない人々は教会の前に長蛇の列を作っているのだろうか?

 

学校Ⅲ

2007-01-30 | 映画
私が撰ぶ山田洋次作品ベスト3の1本。
あと2本は「遙かなる山の呼び声」と「息子」
先日観たばかりの「武士の一分」も入れたいところだが、
この3作への思いにはかなわない。

特にこの「学校Ⅲ」は、至上のラブストーリーとして不動の位置にある。
この映画は山田洋次の「学校」シリーズの3作目。
リストラや倒産で職を失った中高年の人々が通う職業訓練校が舞台。
確かに前2作同様「教えること」「学ぶこと」「学校とは」
といったテーマが根底にあるのだが、
私はこの映画、まれに見る良質なラブストーリーだと思っている。

中高年の男女の恋愛映画なんて、若い人にはうっとおしいだろうし、
同世代の者にとっても、どこかうら悲しく切ないものだ。
しかしこの映画の二人にはそれがない。
それはたぶん二人の関係が「恋愛」などという甘い響きの結びつきではなく、
もっと切実に「生きること」の上に成り立っているからだ。
しかもつつましく、つつましく、羞じらいながら惹かれあう。
お互いの人生に足を踏み入れるのを躊躇しながらもそっと求め合う。
人は支えあうことで生きることを輝かすのだと教えてくれる。

街をいけば、どこかですれ違っているかもしれない、
少しくたびれた男と女の話を、
これほど良質なラブストーリーにしてみせた山田洋次の才能に、
私はこの映画を見るたびに感嘆してしまうのだ。

トランスアメリカ

2007-01-28 | 映画
DVDレンタルにて。
身体は男性として生まれながら、心は女性であるブリーの物語。
ひっそりと静かに暮らし、こつこつとお金を貯めて、
念願の性転換手術を受けようとしていた矢先、
大学時代にたった一度関係をもった女性に息子がいたことを知らされ、
カウンセラーの薦めで彼に会い、売春で稼ぐ息子をほおっておけなくなる。
そして、NYからロスまでの二人のアメリカ横断の旅が始まる。

これだけ書いてもすさまじいドラマです。
しかし映画は静かに淡々とやさしく二人を包み込んで進んでいきます。
これはひとえに、フェリシティ・ハフマン演じるブリーの存在に拠るものです。
普通とは違う自分を受け入れること。
苦しみもがきながらも自分に正直に生きること。
ハイヒールをはいて時々よろけそうになりながらも、
背筋をのばして、前を向いて進むこと。
苦しみの果てにたどり着いたであろう彼女の静かな佇まいが、
深く深く胸を揺さぶります。

この役を演じたフェリシティ・ハフマンにも大きく心を揺さぶられます。
彼女の勇気は並大抵のものではない。
彼女も何かを「トランス」してこの役に挑んだのだと思います。
それはこの映画が語るに足る物語だったからでしょう。
語るに足る物語を、勇気をもって挑んだ役者が更に素晴らしいものにする。
この映画はその見事なお手本のような映画です。

I'll sleep when I'm dead

2007-01-25 | 映画
邦題「ブラザー・ハート」wowowにて。原題は↑
クライブ・オーウェン×ジョナサン・リース・メイアーズ!
しかも二人は兄弟で、弟の死をめぐる復讐劇!
これが見ずにいられましょうか?
しかし!
これだけ揃っていてもどーしようもない映画もあるんです。
シャーロット・ランプリングがクライブの元恋人で登場したあたりから、
「え?親子じゃないの?」と頭の中は?マークが飛び交い始め、
結局目的地までたどり着かないドライブのように、
少し進んでは止まり進んでは止まり、
最後は池の中にポシャリとはまって身動きがとれなくなったような、
そんな印象の映画。
それでも最後まで見る自分が悲しい。
二人とも自分のフィルモ・グラフィから抹消したい作品では?
というか私の記憶からも抹消したい。