:::北上 行夫:::
香港メディア関連会社ファウンダー。
2001年より日系コンサルタント会社や地場系ローファームのクライアント向けに中国本土を含むASEAN販路開拓業務に従事。
2013年より知的財産(IP)ビジネス企画・運営部門プロジェクトマネージャー。2023年より中華圏マーケット調査&ライターが集う「路邊社」に参画。
テーマはメディアが担う経済安全保障。
E-mail:kitakami.econ.sec@gmail.com
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〇ホンモノの「中国の特権階級」の正体
小職と20年来の親交をもつ中国人一家が、10月末に東京を訪れた。
この一家とは今後もお付き合いをしていくので、拙稿では、身元が特定される個人情報を控えめにさせていただく。
くしくも、中国・北京でアステラス製薬の日本人男性社員がスパイ容疑で半年以上拘束された挙げ句、逮捕された10月19日直後に出迎え、彼らを空港に見送る道中で李克強前首相急死のニュースをスマホで知ることになった再会になった。
この中国人一家の跡取り息子であるA氏は、中国の特権階級に属する。
中国の地方都市で一族三代にわたり、富を生む重厚な権力基盤を一族郎党親戚縁者で堅守している。
億ション数戸をポケットマネーで即買いするような目立つ行為は聞いたことがないし、「富裕層」に「超」が付く言葉で呼べば、「冗談はよせ」と一笑に付せられるだろう。
氏一家の言動で明らかになったのは、既得権益の堅守が一族の安泰に直結するがゆえに、わずかな綻びも許さず、訪日にしてもなお絶えず人の耳目を警戒する使命感だった。
〇団体旅行客を装って来日
A氏とは、一家の投宿先である港区内のこじんまりとしたホテルで待ち合わせた。
中国政府が日本への団体旅行を解禁(8月10日)した後だったので、観光バスが横付けされ、どやどやと降り立つ人々と一緒にやって来ると思っていたら、A氏一家だけがふらりと姿を見せた。
団体旅行と同じ航空便とルート(大連経由で大阪国際空港着)で来日し、先に関西エリアを観光したあと、新幹線で東京入りしたという。
「出国は追跡対象なんです。『日本に資産を逃がす準備をしているのか』と、なにかと邪推されやすい。
ただでさえ個人旅行ビザを取って、目立ってしまっている。こうでもしないと日本を楽しく廻れないんです」(A氏)
ということで、A氏一家は個人旅行ビザを取得したにもかかわらず、わざわざ団体旅行を装って、訪日していた。
「じつは個人旅行ビザを申請するのも迷ったぐらいなんです。
こうやって家族を連れ、団体旅行と同じルートで移動していれば、旅行らしく見えるでしょう。コレも買いました」と、大阪で購入したYONEXバドミントンシューズの限定モデルと新色ウエアを見せてくれた。
〇中国人富裕層はわずか「0.03%」説
ところで、日本がインバウンド消費を期待する「中国人富裕層」はどんな人たちなのか。
日本では2015年流行語大賞を受賞した爆買い風景は猛烈だった。
そのおかげで、高額商品から日常生活用品までさまざまな商品を大量に買いあさる訪日中国人と、中国人富裕層との区別があいまいになって久しい。
中国人富裕層の客観的データについては『米中対立の先に待つもの』(津上俊哉著/日本経済新聞社)に詳しい。
津上氏は、中国上場企業の株式が誰によってどのように保有されているかを示す2015年6月の中国証券登記結算公司(CSDC)による統計月報が引用し、「上場企業の時価総額総計の3分の2は、約8300社の企業と約3700人の個人の株式取引口座、合計しても全体の0.03%の口座に保有」「ほとんどは、国有企業や赤い貴族の個人(またはその代理人)の口座だろう」と分析している。
1万人中わずか3人――に入るであろうA氏一族は、中国中部エリア省の省都で三代続く法曹ファミリーの系譜だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/d5/98945c641b84c7a24310ef2a1e740832.png)
彼自身は中高時代を香港で過ごした。「内規で」(A氏)中国本土に呼び戻され、生まれ故郷の共産党幹部養成学校で司法試験に合格し、卒業後、コンサルタント会社を起業し今に至る。
ちなみに党幹部の子弟には、こうした中国本土への海外出戻り組が少なくない。
最近ますます、人民元の海外流出を嫌う習政権によって、外貨規制を厳しくなっているが、A氏一族には無縁である。
香港にいる間に人民元資産の一部分を(本当の所有者は知る由もない)、香港を含めた外国に移してあるからだ。
〇警察にさえ身分を明かさない
A氏と初めて出会ったのは、2000年初め、省投資庁からの招聘で省都へ出張したときのこと。
投資商談会の前日、ホテル隣の中央公園で、私の秘書がハンドバッグの置き引きに遭い、財布に加えて香港居民身分証とパスポートも失ってしまった。
早々に商談を済ませ、招聘側の市担当者に置き引きの件を伝えたところ、「市長の直属部下」を名乗り、泥だらけのパジェロで現れたのが、当時20代後半のA氏だった。
車の助手席フロントガラス側にはパトランプが無造作に置かれていたことを覚えている。
彼は私を連れ、中央公園を管轄する派出所へ。
車を横付けし、正面から入るやいなや「○×△☆♯♭●□▲★※」と地元方言で威嚇し、鉄扉を開けさせ、監視カメラ室や所長室がある2階に上がり「○×△☆♯♭●□▲★※!」と一喝。
それから以下のようななやり取りをした(驚いた所長が普通語で応対したので、わずかに聞き取れた)。
「お前は誰だ?」
「俺はXXだ(A氏の名前のみ)。お前の上司はYYだ」
「なんの用だ?」
「この客人の貴重品を返しなさい!」
このとき、A氏は身分証に相当するものを一切提示していない。
にもかかわらず、まったく臆することなく派出所に居座ると、わずか30分後、なんと秘書のハンドバックが‟発見”されたのだ。
〇警察がA氏におとなしく従ったワケ
「公園内に落ちていた」
そう言って持って来た所長のふてくされた表情を、私は今でも忘れられない。
さっそく香港居民身分証とパスポートを確認し、クレジットカードの類しか残っていない財布の中を見て「現金はどこいった!?」とA氏はまた一喝。
その場で、盗難届を署員に書かせ、所長に判子を押させ……派出所の滞在時間は小一時間ほど。
「ほんとうに申し訳ない。あの派出所は置き引き犯グループを‟飼って”いるんです。グルなんですよ」
派出所では一切見せなかった笑顔を浮かべながら、車中で説明してくれたA氏に、なぜ身分(市長直属部下)を明かさなかったのか? と質問すると、「市長に迷惑をかけられない。
とにかく今回の一件は許していただきたい。
私は……」と言って差し出されたのは、コンサルタント会社の総経理(社長)の名刺だった。
「ああいう人たちに、わざわざ自己紹介する必要はありません。
『YY』は所長にとっては階級名で呼ぶべき上司で、私の親戚の部下なんです。私が『YY』と呼び捨てしたから、驚いたのでしょう。
ずいぶんおとなしかったですね」
〇庶民が1年に稼ぐ額=「両親の毎月の小遣い」
以来、A氏とはビジネスパートナーとして20年来の親交を深めている。
氏の一族のほぼ全員が国家公務員だ。
裁判官や弁護士、検察官だけでなく、大学教授、地元メディア幹部らが、本職とは別のところで立ち上げたビジネスの大半を、A氏が社長を務めるコンサルタント会社が管理している。
同社が手掛けるビジネスは多種多様に及ぶ。
飛行場・港湾施設等のインフラ会社やホテル等の不動産、工場団地、複数の外資系企業の工場――各会社の社屋に一族の仕事スペースは設けていない。
コンサルタント会社の社員が各拠点にルートセールスのように廻るだけで、A氏自身はほぼ毎日、親戚縁者や同窓生と仕事をしている。
彼は訪日前、人民検察院(検察庁)で刑事事件の捜査・公訴を担当する検察官の‟親戚”から、こんな忠告を受けたそうだ。
「うちの倉庫の借り手で代購(代理購入)業者をやっている福建人がいます。20人ぐらいのグループで、仕入れは年間3億~4億円ほど。粗利は5~10%ぐらいでしょう。
今後、代講(代理購入)アルバイトを使った個人輸入規制は今後もますます厳しくなります。
親戚は『通関業務を請け負うのは危険だから、さっさと契約を切れ』というのです」(A氏)
A氏は両親に相談をした。
父親は元裁判官、母親は元大学教授。
どちらも公務員で、退職金の一部として政府からもらった市中心部のマンション2部屋を足かがりに、インサイダー情報を仕入れながら不動産投資をしている。
所有物件は18軒、家賃収入は1ヵ月150万円ほど。
不動産価値は合計8億円以上。
くわえて夫婦の年金は、あわせて月額60万円以上――。
「代講業者20人がかりで1年間で稼げる額は、70歳を超えた元公務員の小遣い程度です。
『代購をやっているような貧乏人相手に商売をやるな』『そういう仕事は人生の鍛錬にはなるが、得にはならない』とだいぶ責められました」(氏)
〇靖国神社に行かない理由
中国への帰国後、A氏は代購業者の福建人社長と食事をする予定だ。
「私から誘いました。5~6年付き合っていて、初めてです。
彼もなにか粗相があったのかと心配しているかもしれません。
通関でいろいろ面倒を見てきましたから」
福建省といえば、同省の福州市公安局が東京都内に開設している中国警察の海外拠点が記憶に新しい。
「中国共産党の対日スパイ機関の総本部」「秘密警察」と日本では称され、日本を含む世界30ヵ国以上で拠点を秘密裏に展開していると報道されている。
「彼らの主流は福建閥と聞いています。
福建省は1~2kmしか離れていない村どうしで言葉が通じないほどたくさんの方言があります。
同じ省の出身者どうし一枚岩になれない。そのぶん金銭には忠実なんです」(A氏)
A氏の父親は、コロナ前に訪日している。
まだ現役の裁判官だった頃だ。
そのとき訪れた靖国神社という‟パワースポット”のおかげで、長年患っていた病が治ったそうだ。
感謝の声は私も聞いている。
外国人に人気の観光スポットだが、平日の人込みはそれほどではないと伝えると、
「今回は行きませんよ。父親に‟身体に効く気”を授けてくれたから、お礼に赴こうと思っていたんですが……。
福建省の派出所は日本では‟神田”という場所にあって、靖国神社に近い。
万が一隠し撮りでもされて、問題になったら厄介ですから」(A氏)
日本の地名を暗記していたA氏が補足してくれた
〇秘密警察に課せられた「重大任務」
「中国人留学生でも雇って、遠目で見つけた中国人を片っ端から撮影すればいいだけです。
わざわざ目的を外部に漏らす必要もない。
顔写真だけ集めて、警察システムで画像検索をかければ、本人が特定できますから。
金銭で離合集散を繰り返す輩には、おあつらえ向きのアルバイトになります。
う~ん、帰国したら福建人社長と揉めるかもしれません。
隠し撮りされた写真が万が一、脅迫の材料にされたら厄介です。
やっぱり今回はやめておきます」(A氏)
君子危うきに近寄らず。
中国・海外派出所に課せられた任務の生臭さを、日本人以上に警戒しているわけだ。
A氏は法曹ファミリー系譜の党幹部子弟である。
今年7月に施行改正された「反スパイ法」しかり、最近強化された旅行客の中国国内への荷物の持ち込み制限しかり、あいまいな定義の‟便利さ”を熟知している。
‟さじ加減”ひとつで富を生む権力基盤を築いてきた。
こうした規制の強弱を調整できる立場であることが、一族安泰の富を生む中国。
海外にも張り巡らされた国民監視網は、既得権益を強固にする‟矛”であると同時に、例えば人民元の海外流出を企てる不届き者をあぶり出す‟盾”にもなっている。
中国経済の躍進も衰退も、共産党一党独裁体制
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/26/513a5fd20ad45fba7a22f1a51d519112.png)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/b3/73a6a905fa4e9c32133e2d5e112d470b.png)
のさじ加減次第。
この矛盾が続いているあいだは、海外派出所が暗躍するケースは今後ますます増えることは間違いないだろう。
企画:roadsiders 路邊社
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