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弧状列島,共助,新型コロナ対策における専門家と政治の関係

2020-05-29 16:45:27 | 連絡
2020.04.28
 鈴木一人北海道大学公共政策大学院教授 
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感染症対策などの公衆衛生は疫学的な知見やデータに基づかなければならない。しかし、同時に公衆衛生は人々が感染症の拡大を阻止する意識を持ち、そのための行動をとり、もしそうした意識も行動も伴わない人がいれば強制的に行動を変容させる必要がある問題である。そうした強制力を持つのは政治権力であり、その権力の使い方を決めるのは政治家である。つまり、新型コロナウイルスとの戦いには公衆衛生の専門家と政治が共に行動し、目的を共有し、様々な施策を実行していかなければならない。
しかし、4月7日に発令された緊急事態宣言の下では
「人との接触を8割減らす」=「接触の8割減」は、「感受性人口」と「接触率」の積から評価する=という目標(注1)
<(注1.1)「接触の8割減、どう評価?」西浦北大教授が解説
(注1.2)久米宏が「接触8割減」の新型コロナ対策案を解説 北大・西浦教授提唱の数理理論
が掲げられ、その目標の根拠となる数式=義務教育レベルの不等式と分数=が マスメディア番組制作者や取材報道記者等に理解しにくいために、この目標を設定した専門家会議、とりわけ、この目標を設定した厚生労働省のクラスター対策班のメンバーで、感染症の数理モデル分析の専門家である西浦博・北海道大学教授への批判=無知、無理解、無関心、無視=が高まっている。
専門家会議への批判はさまざまであり、言いがかりと思えるものから妥当なものまで、拾い上げるとキリがないのでここでは取り扱わない。
ここでは、専門家と政治の関係がどのような形があり得るかを検討し、新型コロナウイルスとの戦いに向けて、どのような形が望ましいかを論じることで、感染症対策を見るための補助線を引いてみたい。
日本における専門家と政治のバランス
日本における新型コロナウイルス対策の一つの特徴は、「クラスター対策」という戦略をとっていることにある。これはWHOの西太平洋地域事務局長を務め、鳥インフルエンザ対応で尽力した
尾身茂・地域医療機能推進機構をはじめ、同じくWHO西太平洋地域事務局でSARS対処の陣頭指揮を執った
押谷仁・東北大教授などによって構成される専門家会議が、中国での感染者データの分析から、多くの患者が他者に感染させていないにもかかわらず、特定の患者が多数に感染させるという特性があることを発見し、それに基づいて感染力の強い感染者を追跡し、濃厚接触した人たちを検査の対象にすることで感染拡大を防止するという戦略である。
この背景には、日本における医療資源の脆弱さ、すなわち検査態勢が十分に整っておらず、検査数に限界があること、また新型コロナウイルスが感染症法に基づいた指定感染症となったため、検査で陽性が出た場合は入院させることが義務づけられていること、さらには重症者を治療する集中治療室の病床が少ないことなどがあり、そこから生み出された戦略であった
こうした戦略は当然科学的データと知見に基づいて作られている。政府はこの専門家が立てた戦略が現在の日本の状況に合致したものであると認め、科学者の提示する戦略をそのまま実施することとなった。2月中旬から北海道で感染の拡大が認められ、その対処としてクラスター対策を基礎とする戦略を適用したところ、大きな成果を上げ、北海道は3月19日に
鈴木直道・北海道知事が法的根拠の無いまま発出した「緊急事態宣言」を解除すると宣言した。この時までは感染者の数が少なくクラスターを追跡することで感染拡大を抑止し、一定の経済活動を維持したまま、感染症対策が出来るという期待があった。この時点で政治と専門家の関係においては専門家が優勢な状況であった。
しかし、3月20日から始まる三連休で状況が変化した。北海道での感染が収まりつつあり、「緊急事態宣言」が解除されたことで、全国的に感染症対策に対する警戒感が緩み、好天に恵まれたこともあって多くの人出が見られた。この時を境に感染が急激に拡大したと見られ、また感染経路がわからない感染者が増えたこともあり、医療資源の乏しい地域や、感染拡大を阻止するためのより強力な手段を求める自治体の圧力が高まり、東京都は独自に外出自粛要請を三連休が明けた3月25日に発出し、そこから新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言を求める圧力が高まった。と同時に、法的根拠をもって外出自粛要請が出されるなら休業補償をすべきとの政治的圧力も高まった。その結果、4月7日に
議会制自由民主主義議員内閣制安倍首相は緊急事態宣言を発令したが、当初は感染が拡大している7都府県に限定したものであった。ここでは議員内閣制行政府感染症対策専門家のバランスは感染拡大を防止するという感染症対策専門家の求めよりも、議会制自由民主主義議員内閣制行政府の要求や経済的影響に対する配慮、さらには経済支援策などの調整を優先した判断がなされた。つまり、感染症対策専門家よりも議会制自由民主主義議員内閣制行政府が優勢に立った状態になった。
ここから急速に西浦教授をはじめとして、専門家会議やクラスター対策班のメディアの露出やSNS、ウェブ記事などを通じた発信が強まっていく。そこで伝えられるメッセージは、5月6日までの緊急事態宣言の期間、人との接触を8割に削減し、感染のペースを遅くさせることでクラスター対策が可能な水準まで新規感染者数を減らす、というものである。このメッセージは政治をバイパスする形で発せられ、専門家たちが自らのメッセージを国民に押しつけるかのような印象を生み出す結果となった。しかし、結果としてこうしたメッセージを政治のサイドも受け入れ、当初「最低でも7割、出来れば8割」の人との接触削減を求めていたのに対し、議会制自由民主主義議員内閣制行政府から発せられるメッセージも「8割削減」となった。
この時点で専門家が政治に対して優勢な状況となり、政治の側も「専門家の意見を聞いて判断する」との姿勢を見せるようになった。そこには政治の側にも経済的な配慮や各種業界団体への配慮などよりも感染症対策を科学に基づいて行わなければならないという意識の変化があり、他方で当初は強い反発をもたらした緊急事態宣言だが、時間が経つにつれて国民の間の理解も深まり、社会的規範意識が醸成されたということもあるだろう。
今後のゆくえ
新型コロナウイルスとの戦いはまだ始まったばかりである。この感染症の恐ろしいところは、無症状の感染者でも感染力を持ち、発症前であっても感染するため、感染者を発見することも難しく、感染者を隔離してウイルスを封じ込めるという決着を付けることが出来ないことである。
また、感染後に回復した人が再度陽性になるケースも少なからず報告され、回復後に十分な抗体が形成されないケースもあり、感染を通じて集団免疫を獲得することも難しいという問題もある。
そのため、この感染症を収束させるためには有効なワクチンが開発され、それが国民の大多数に接種されなければならないが、それまでどのくらいの時間がかかるか見通せない状態である。そうなれば、
の感染症=武漢離陸肺炎ウイルス空爆被災=とうまく付き合い=復旧=しながら、ウイルス攻撃長期戦を戦い抜く防禦体制作りが必要となる
その意味でクラスター対策は有効な戦略である。現在求められているのはクラスター対策を可能にするために、新規感染者の数を減らしていき、医療崩壊や感染爆発が起きないようコントロールしながら、経済活動を続けていくことである。そのためには、専門家による知見と科学的データに基づく判断、それと同時に感染を広げないように慎重に調整しながら、経済活動を再開し、過大な経済的ストレスをかけないことが重要となる。
その際、重要になるのは感染症専門家と議会制自由民主主義議員内閣制行政府が対抗的な関係になるのではなく、共に目標と優先順位を共有し、共に情報発信=プロジェクトマネージメントの肝心要=することである。これまでは専門家が感染拡大防止を、政治は経済活動や財政問題を重視し、バラバラに情報発信していた(首相の記者会見には尾身専門家会議副議長も同席するがあくまでも説明者としての役割しか与えられていなかったし、西村大臣のぶら下がりにも科学者が同伴することはなかった)。
しかし、政治が「8割削減」に収斂したことで、感染症専門家と議会制自由民主主義議員内閣制行政府の目標は共有され、同じ方向を向いて対処=プロジェクトマネージメントの肝心要=するようになったと見て良いだろう。今後求められるのは、両者が協力してメッセージを発し、国民に現状を納得させる作業である。つまり、政治がリーダーシップを発揮し、どうすれば感染症が治まるのか、どうやって長期戦を戦うのかというビジョンを示し、それを専門家が科学的なデータと知見で裏付けすることである。その両輪が噛み合って初めて国民は納得し、自らの行動を変容させ、新型コロナウイルスとの長い戦いを共に戦い抜くことが出来ると考えている。

 


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