カント九条はこのファンタジイのなかでは、日本国憲法九条をさす。今、政権は憲法を改正しようとしている。狙いは九条を改正したいことははっきりしている。言葉の字句の上だけで、判断すれば、そういういう気持ちになることは分からないではない。
しかし、現に自衛隊はかつての日本軍より強力で、災害救助では、国民から、その奮闘ぶりを感謝されている。防衛力は合憲という解釈がなされ、しつかりと国民の間に定着している。
憲法九条は理想的すぎて、現実に合わないというのだろうが、憲法九条の理想を追求して、世界を軍縮に持って行くのが、人類の生き残る道だということが分からないのだろうか。
今の世界情勢は武器があふれている。多くの国が軍拡を進め、莫大な金をより強力な武器の開発へと進めている。この勢いで行けば、人類は地球温暖化か、大戦争によって滅亡に向かうことがみえるではないか。
恐竜は巨大な隕石の地球への衝突で、気象が急激に変わり、何億年と栄えたにもかかわらず、一気に滅びた。
今の人類の世界情勢を見ていると、このまま行けば、今後百年の間に人類の最大の危機が訪れる可能性が高いことに同意する人がかなりいるのではないか。それでは、何故憲法改正の動きが出てくるのか。短期的に見ているからである。ごく近い将来の安全だけを考えるから、そういう発想が出てくる。明治維新のような時なら、外国に侵略されないように、武器を強力にする。
それは正解だったと思う。しかし時代は変わった。第一次大戦と第二次大戦を経験し、その破壊力のすさまじさを知り、今や人類は核兵器とミサイルを手にしてしまったのである。
明治維新と同じ発想では、困るのである。
憲法九条を守り、世界に軍縮を呼びかけるのが、被爆国日本の役割ではないか。
現状において、日本がどの程度の防衛力を持つ必要があるのかは、国会で議論して決めることであると思われる。憲法九条を守るということは、理想的な看板であるけれども、人類と日本に必要なことである。
与謝野晶子の反戦の歌は今も生きています
ああ、おとうとよ、君を泣く
君死にたまふことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親のなさけはまさりしも
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや
堺の街のあきびとの
旧家を誇るあるじにて
親の名を継ぐ君なれば
君 死にたまふことなかれ
旅順の城はほろぶとも
ほろびずとても何事ぞ
君はしらじな あきびとの
家のおきてになかりけり
11 いのちに満ちた明珠
祭りの前日の夜、花火があがった。和田川の河川敷であげたのだろう。
明日は昼間から、山車がでて、昼過ぎから向日葵踊りが始まる。異星人はいつ来るのか。
我々の家から、花火はよく見えた。何も和田川まで行かなくても、よく見えるので、ここは高級住宅地になっているのかなと思ったくらいだ。
ポーンといくつもの音がして、小さなボールのような赤いものが上空に上がると、そこでまたポーンと音をたてて、周囲に丸く円を描くパターンが多いが、その花模様は色々で、中には富士山のような山を山の稜線を小さな丸い花火でつくりあげている花火の技術はたいしたものだ。
何かの御殿のような建物、巨大な向日葵のような花、そんなものすら黒い星空に上がるのだから、その美しさは胸をはっとさせ、頭の中を空っぽにしてくれる美しさだと思った。
しばらく見とれていると、その花火の音の中に、やや鋭い一発の音が近くで聞こえた。我々は花火の音とも思ったが、何か銃声のようにも思えたので、奇妙な違和感をおぼえた。
この国で、こんな鋭い銃声を聞いたのは初めてだし、一般には流布していないものだと思っていたから、不思議に思った。
いつの間に、ハルリラがいないで、吟遊詩人が吾輩と一緒に花火を見ているのだ。ハルリラはトイレでも行ったのだろうと思っていた。
吾輩は花火の方向とは別のカーテンをあけて、そちらの方に視線をやり、凝視した。巨木の陰に、何か二人の人影が向かい合っている。
一人はハルリラだ。相手は最初よく分からなかったが、どうもリミコらしい。
吾輩は静かに、部屋を出て、ドアを開けると、リミコは銃を持っている。
「拙者を光でおびきよせるとは不敵なことをするな」とハルリラが言った。
「気がついた。さすが、魔法を使う人だけあるわ。でもねあたし達の文明に比べたら、あなたの魔法なんて玩具みたいなものよ。それで、何の魔法次元なの」とリミコは聞いた。
「そんなことを言って良いのか。長老は黄金の魔法次元だろ。わしのはバラ色の魔法次元。盾の術。その程度の銃は拙者の魔法の盾で防ぐことが出来る。」
「あたしはあなたの手を狙ったのよ。余計なことをするなという警告を込めてね」
「余計なこととは」
「カント九条をわれらにのませようという策略よ。長老さまはおひとが良いから、私が先手を打っておかないとね」
「お宅は異星人のスパイか。サイ族のくせに、鹿族に変身するとはなかなの魔法だな」
「あら、この程度のお化粧はね」
「カルナとアリサの家に、スパイとして入り込むとは、魔法よりも中々の策略家だな。この国に来て、何を狙っているのだ」
「あたしのような下っ端に、そんなことは分かるはずがないでしょ」
「鉱毒事件が起きているよな。銅山から流れ出る鉱毒が和田川に流れ込み、そして、そこの周囲の野菜畑にしみ込んだ鉱毒はウサギ族の村を襲った。君ら、サイ族はこの国の人達に害を与えにきたのか」
「ビジネスよ」
「なら、何でスパイみたいなことをするんだ」
「これは長老さまの言いつけなのよ。わたしは彼の秘書ですから、そういうことは率先してやらないと」
「何で、カルナさんの家に入り込むのさ」
「だから」
「長老さんのことは分かる。俺が聞いているのは長老さんが何でカルナさんに興味を持つのかということよ」
「カルナさんがスピノザ協会に入って、私たちのビジネスを邪魔しようとしているからでしょ」
「なら、スピノザ協会に忍び込んだ方が情報が得られるのではないか」
「そうね。確かにそれは言えるわ。私もよく分からないの。
でも、あなた方みたいな銀河鉄道の客が来ているという情報も必要なのよ」
「俺が」とハルリラは言った。
「俺なんか、ただの旅人よ」
「あなたは仕官しにきたのでしょう。純粋な旅人は吟遊詩人とあの猫族の男だけでしよ」
突然、「僕も旅人ではあるけど、サイ族の鉱毒事件は賛成できないな」と吾輩は彼らの前に飛び出して、言った。
「危ない」とハルリラが言った。
リミコから銃が発射されたのだ。
ハルリラはそれより早く、虹のような煙幕を吾輩の周囲にはっていた。
吾輩は間一髪でどこかをやられる所だった。「左手を狙っただけよ。余計な邪魔をしないでという意味で」とリミコは言った。
虹が晴れ、夜の中で星がまたたき、いつの間に、広場の四隅にある街灯が広場をうすぼんやり明るくしていた。
大きな花火が上がった。いくつもの向日葵のような花火が色もいくつも描き出し、美しいと思った。
吟遊詩人が下りてきた。
「どうしたのですか」
ハルリラが簡単な説明をした。
「カント九条は何も策略なんかではない。この惑星の平和のために、必要なんだ。
いのちは何よりも尊い。なぜ、そんな武器を使って、大切ないのちを奪おうとするのかな。
ビジネスで来たのならば、紳士道で行くべきではないか。
文化の交流。例えば、互いに互いの国の詩を朗読する。詩の交換だ。音楽でも同じ。
そうすれば、争うという気持ちはなくなる。
ぜひ、異星人の皆さんに祭りに来るように、あなたが帰って、説得してほしい。
特に、長老によろしく。
ほら、鳥の声が聞こえるではないか、何という鳥だが知らないが、美しい声だ。私のヴァイオリンにも負けないような音色だ、魂を引き込むような鳴き声が星の輝く夜空に響く。
これが詩ではないか。こんな神聖な生命のみなぎる所で、いのちに危害を加える武器を持つとは」
「ハルリラだって、持っているではないの」とリミコは言った。
ハルリラは刀を腰から抜いた。そして夜空に、地球のよりかなり大きめの満月の光が銀色の刃にあたり、美しく輝いた。
「この刀はいのちが危ない時しか、使わない」とハルリラは言った。
私は歌う、平和を歌う。カント九条を歌う。と詩人は目を輝かせて言ってから歌い始めた。
「満月の差し込む光の慈愛
どこからともなく吹く霊のそよ風
呼吸の中に感じるいとしの君の声
ああ、わが愛は電波のごとく君の元に届く
さあれ、銀色の輝く刃は何ゆえに、森のざわめくいのちの広場に
慈悲の光よ、刃をおさめてくれ、」
吟遊詩人はそう歌った。ハルリラは刀を鞘に納めた。
リミコは涙を流していた。
「無駄な争いはやめよう。異星人、君の仲間を祭りに呼んで欲しい」と詩人は言った。
「しかし」とハルリラは言った。「異星人の銅山開発は車をつくり、売るというビジネスだけではないようですぞ。銅は大砲になります。こういう武器をつくるかどうかで、新政府は意見が分かれていて、伯爵さまはもちろん、反対しておられるが、新政府の保守派も改革派もこの点に関しては異星人の要求に同意しようとしているのですぞ。
産軍共同体をこの国にも作ろうとしているのです。産軍共同体のアイデアはおそらくメフィストの入れ知恵ということもありうる」
「産軍共同体が出来ると、異星人は儲かるというわけですか。あくまでもビジネスの形をとりたいということですね」と吾輩は言った。
「その通り。隣の国、ユーカリ国では、産軍共同体はできあがっている。あの国は倫理的には良い国だから、積極的に戦争をしかけることはしないが、その裏の産軍共同体は戦争をすると儲かるという仕組みになっている。この間は、向こうの小国で民族問題でトラブルがあった時、つまり、さらに向こうの大国が大砲をぶっ放した。ユーカリ国もぶっ放した。幸い、大きくならず、収まったけれど、結局ユーカリ国の産軍共同体だけが儲かり、一部の金持ちに大金が転げ落ちたという事実がある。そうだろう。リミコ」
「あたしがそんなだいそれた政治的な思惑のことなんか知っているわけないでしょ。長老か、司令官に聞くことね。でも、そんなことは教えるはずもないけれど。あたしの感触では、あたし達はあくまでも、この国とビジネスをしたいだけで、遠い宇宙空間を飛んできたのよ」
「そんなことなら、君をカルナ邸に、スパイにおくる筈がないだろう」
「スパイと言われても、何もただ、カルナとアリサの話し相手になっていただけよ」
「その内容を長老に報告する。そうだろう」
「でも、何も悪いことなんか、言ってないわよ」
「あたし達は何も悪いことなんか、話をしませんから。でも、異星人の噂はよくしたじゃないの」とカルナは言った。
「問題はだね。悪いことをしていないというのは言い訳だということよ。
カルナとアリサという姉妹の情報を知るために、サイ族である君が鹿族に変身し、二人をごまかしてまるで親友のように振舞って、一緒に住むということ自体が既に問題なんだ。」とハルリラが言った。
リミコの唇が歪み、目に涙が浮かんだ。
「異星人である君たちサイ族が祭りに参加するように、君からも言うことだよ。それが実現できれば、真の意味の友好の足掛かりになる。祭りは天からのものだ。その中で、踊りあかせば、変な妄想は消え、ヒトは仲良くなれるものだ。人間社会には、身分だの、役職だの、金銭を持っているか持っていないかだの、成績が良いか悪いかなどということで、互いに偏見を持つ、人間はサイ族も鹿族もウサギ族も猫族も熊族もみんな一個の明珠の中に入るんだ。
祭りは明珠に入ってきたものを仲間として受け入れ、みんなあたかも魂がとけあうかのように、不思議な愛の光に包まれてしまうのだ。
これは宗教の中で言われることではあるが、宗教とはいのちとは何かということだと思う。生命とは何かということを科学とは違った視点から解き明かしたものだと私は思う。そう思わんかね」と吟遊詩人が言った。
吟遊詩人はヴァイオリンを奏でた。まるで、祭りの太鼓と笛のように、いのちの喜びにあふれた音色だった。
つまらぬ妄想を捨てよう
みんな仲間なんだ
レッテルだの偏見だのそんなものに縛られない
素裸の魂に愛の衣服を着せて、
天の恵みの光に包まれて
踊ろう
山車は宝塔のように、神仏をのせた乗り物
その美しい宝石に飾られた山車を引いて
我らヒトは平和と愛に向かって、前に進もう
【 つづく 】
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