空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの猫の夢想 38 【ブラック惑星に鐘が鳴る】

2019-02-16 09:33:59 | 文化

 

  その時、工場長室の方まで、鐘の音が聞こえてきた。美しい響きで、吾輩はまるでピアノ・ソナタ「月光」を聞いている時のような心持ちになった。

「どこから流れてくるのですか」とハルリラが言った。

「色々言われているのです。塔から流れて来るという人もいるのです。でも、塔は蜃気楼でしょう。もしかしたら、銀河鉄道からかも。

学校も鐘をならしますけど、こんな美しいものは流れてきません」と工場長が言った。

 

「なにしろ塔は蜃気楼だと思いますよ。でも、本物だという説もあるのです。

銀河鉄道は本物の可能性が高いですね。もしかしたら、鐘はそこから流れてくるのだと。定説はないのです」と工場長は言った。

そんな話をしている内に、塔も銀河鉄道も流れゆく白い大きな雲の中に入り、見えなくなってしまった。

 

「全ての物は蜃気楼のようなものだという考えもあります」とハルリラが言った。

たぬき族の工場長は大きな声で笑った。笑い方で始めて、たぬき族と分かった。それまでは、吾輩には彼がどこの民族か分からなかったし、あまり詮索もしていなかった。この国はどうも多民族国家らしい。

「私も蜃気楼です」とインコが言った。皆、どっと笑った。弁護士事務所の所にもインコがいたが、こちらは金色のかごに入った少し大きめのインコである。

「すごいインコですね」と吾輩は驚いて、そう言った。

「内のインコといい勝負だ」と首の長いキリン族の弁護士は笑った。

どうもこの国では、インコを飼うのが風習としてあるらしい。

 

吟遊詩人が微笑して言った。

「道元が何故、愛語という思いやりの言葉を重視したかは大慈悲心の教えからすぐ分かることだが、言葉というのは万物という物の創造にもかかわっているような気がする。ハルリラ君が言う、全ての物が蜃気楼というのはそのあたりから来ることだろうか」

「言葉は神なりきというヨハネ伝の有名な文句がありますからね」とハルリラが言った。

 

 「もし仮に、ヒト族に言葉がなかったら、周囲の物は言葉がある時のように目に見えるだろうかなんて、考えると、面白いね」と吟遊詩人が言った。

「ここにある花瓶も花もインコも蜃気楼のようなものということですか」と吾輩が言った。「そうすると、吾輩も蜃気楼になる。嫌だなあ」

  

「話が随分と飛びますな」とたぬき族の工場長がにやにやしていて、手で口髭をなでた。

「わが国では、」と、工場長が急にまじめな顔になって言った。「塔は蜃気楼。銀河鉄道は実在という風に皆、思っている。」

「確かにその通りです」と弁護士は微笑した。

 

ちょうど、吾輩達のいる部屋の窓から、軟らかな日差しが入り込んでいた。この惑星は温暖化が進んでいるのだが、この部屋の窓のガラスはそうした強い光をやわらげる工夫がされているようだった。

 

テーブルの周囲で、我々は椅子に座って、その美しい光に包まれ、花瓶にさされた花と、ロダンの「考える人」に似た小さなタヌキ族のヒトの彫刻を見ている。タヌキ族のヒトが何か深く考え事をしているのは何か滑稽な感じがするのは、タヌキ族が陽気な民族といわれているせいもあるが、吾輩、寅坊が猫族で無意識の内に、偏見があるのかもしれないと思い、恥ずかしいことだと思った。偏見は直さねばならないと反省するのだった。

 

 「外は地獄みたいだけど、ここだけは天国みたいだね」と吾輩、寅坊は思わずそう言った。

吟遊詩人は微笑した。

「そうさ。至福の時さ。まるで、森の中に差し込んでくる春の光に包まれて、素晴らしい気分になって、草地に寝転んで目に見える花を見ているような気分になれる。

先程の話の続きだが、言葉の働きが途絶えると、美しい瞑想状態に入り、ただ呼吸だけになる。

 

その瞑想が深まると、色々に細分化されて区別されている世界が虚空に包まれて美しい光に溶けてしまったようになることがあるのではないかと夢想することがある。

意識だけが、美しい様々な色の万華鏡のようなものにひたって、瞑想する虚空ともいうべき永遠のいのちの世界があるなんてイメージする」

吾輩は周囲を見回した。丸い焦げ茶色のテーブルの上に柿右衛門風の花瓶。その中に爛漫と咲いている黄色いらんに似た花の美しさ。彫刻。

そして緑と黄色のまだらな羽と赤い大きなくちばしを持つインコが鳥かごにいる。

白い壁にかかった風景画。

これらの物が溶け合うというイメージは、あのフランスの大詩人ランボーが見つけた海と太陽の溶け合う所にあった永遠と同じものなのだろうか。

 

 吟遊詩人は吾輩の想像を補うように、さらに話し続けた。

「つまり吸う息と吐く息に集中する瞑想あるいは敬虔な祈り、あるいは南無如来と唱えるのは、座禅と同じような効果があるのです。

つまり、ヒト族の持っている言葉の機能を停止すると、摩訶不思議ないのちの世界に入るのですが」

そこまで言うと、彼はため息をついてしばらく沈黙した。

「このあとは言葉で説明するのは難しい、あえて言えば、ポエムつまり詩のような表現をするしかありませんな。つまり、

慈愛の世界に入るのですよ。

大慈悲心の世界といってもよい。

そこでは、世界は細分化されていない。

一個の美しい真珠のような世界

その球は虚空とも霊ともいのちともいえる世界なんですよ。

人は愛する時、そのいのちを感ずる

生き生きした不生不滅のいのちを知る

だからこそ、瞑想や祈りと同じように、

人は愛さなければならないのです。

慈愛こそ、人生の奥義に入る道

大慈悲心こそ、生命の深い神秘の洞窟

その中に入る時、人は光に包まれる

いのちに満ちた、慈愛に満ちた

温かい光を深く感ずるのです。   」

 

 

タヌキ族の工場長はゲラゲラ笑った。

「地球の方は難しいことを考えるのがお好きなようですな。我々は金銭の勘定で毎日、過ごしていますから、今の話は夢のようです」

 

「課長の入っているGSウトパラは課長の言葉に影響を与えているのですか。それとも、これは会社の方針なのですか。プロントサウルス教の影響とは思いたくないですね。宗教の看板が泣きますからね」と弁護士は聞いた。

「さあ、私には分かりませんが、言葉が乱暴なことは私も気がつきます。GSウトパラという社交クラブの中身を正確に把握していませんから。

ですからね、影響があるかどうかは、私には分かりません。なにしろ、名門の社交クラブですから。会社は言葉に関しては特に指導はしておりません」と工場長は答えた。

 

「言葉が乱暴というのはいけませんな」と吟遊詩人は言った。

 

 「この国は、社交クラブが流行っています。まあ、人間がバラバラですからね。なんとかして、それをつなぎとめたいという社会的要求からこういうのが流行るのです。このこと自体は良いのです」と工場長は言った。

「そうですよ。関係こそ、人間にとって、いのちですからね。慈悲も愛もその間にある。」とハルリラが言った。

 

工場長は口髭をなでて、言った。

「我が国は奇妙な格差社会になっているのですよ。社交クラブに入るのにも、金とかコネとか、なにかしらのブランドが必要になって、これがまた競争をあおる社会をつくっているのですから、奇妙です。

社交クラブにはランクがあるせいでしょうね。上のランクのクラブに入ると、政治に影響力を持つことが出来る。競争に強い会社に入ることが出来る。上のクラブほど色々な特権が出てくるのですよ。

逆に、どのクラブにも入っていないと、そういうレッテルを貼られて、就職に不利になったり、様々なことで差別を受け、ワーキングプアの典型みたいになってしまうのです」

 

「人間がバラバラならば、組合というのも大切だ。ここの会社にはあるのですか」とハルリラが言った。

吾輩はリス族の若者を思い出した。

「ありませんよ。それに会社はそういうものをつくることを禁止しているのです。ともかく、毎日、ノルマに追われていますからね。ともかく、この国は競争が激しい。負けると路上生活が待っているのですよ。今まで、強い会社の社長だった人が天涯孤独になって、そういう生活に転落した話はけっこう耳にするくらいです」

 

その時、課長が工場長に挨拶に来た。

ハルリラが「あ、魔性のけものが来た」と言った。

狐族の男は怒ったような顔をして、「銀河鉄道の切符がとれないようになりますよ」と言った。

「ハハハ、あなたでも怒るのですか。そんなに言葉にデリケートな方なら、人にも不愉快な言葉を使うべきではありませんな」とハルリラは言った。

その時、女の事務員はコーヒーを持ってきた。課長は怒ったような顔をして、ハルリラをにらみつけて、出て行ってしまった。

 

 「みっともない所をお見せしたくはなかったですな。しかし、先ほども申しましたように、会社も厳しいので大目に見て下さい」と工場長が言った。

 

「工場を見せていただきたいのですが」と首の長いキリン族の弁護士がコーヒーを飲みながら言った。

「工場ですか。見て、どうするのです」

「こちらの方はアンドロメダ銀河鉄道のお客さんで」

「ああ、そうですか。そんな素晴らしい方がわが社を訪問して下さるとは光栄のいたりです。見せるのはよろしいのですけど、中は暑いですよ。

五十度近くになることもあります」

「それでは従業員はまいりませんか」

「ええ、交代制にしておりますし、休憩室には扇風機がありますから、そんなに不平はでていません」

 

工場の中。外も三十度あったが、その時の中の温度は四十五度。いきなりむっとする空気で息をするのに、しばらく訓練が必要と感じるほどだった。

大きな輪転機のような機械が二十台ほど回転している。輪転機のまわりには紙がへばりついている。

白に染めているのだろう。回すのは電力だが、石炭の火力発電所が中心で、それもそういう電力そのものがまだ発明され、使われるようになったばかりのもので、時々、電圧が下がって、輪転機が止まってしまうという話だ。

その輪転機の周りで、機械を立ったまま操作している工員はシャツ一枚で汗だくであるが、真ん中にあるガラス張りの指令室の中には、大きな扇風機が回って、一人の男が座って計器を見ている。

 

「司令室のように、扇風機を入れることは出来ないのですか」

「いや、扇風機は高価でね。そんなことをしたら、会社の収益にひびきますよ。

この業界も競争が激しいですから、なるべく美しい使いやすい紙を大量につくらなければならないのですから」

「工員は労働力を暑さで消耗するでしょうけど、司令室は楽というわけで、社交クラブだけでなく、ここにも格差社会の現実がありますね」

そう言う弁護士に、工場長はまゆをひそめた。

 

帰り際に、工場長の家に招待された。

「銀河鉄道の方がわが家を訪れてくれるのは名誉なことですからね」と彼は言った。

しかし、我々は返事は電話でするということにした。

電話機が家にあるのは裕福な家庭というのが、この惑星の文明の状態だった。

しかし、電話ボックスはいたる所にあるので、色々な連絡は可能だった。

 

我々は会社を出た。大通りはケヤキのような太い幹の樹木の並木になっていた。花壇もあり、ハンキングバスケットには、目のさめるような赤い美しい花が咲いていた。先程の貧乏な道と大違いなので驚いた。

 

 日差しは強かったが、地球の東京の夏とさして変わりがない気候だった。ただ湿度がそれほど高くないので、助かるが、オゾン層が薄いので、皮膚がんや白内障と目をやられる人が多いので、殆どの人がサングラスをかけ、長そでのシャツを着ていた。

 

弁護士は言った。

「弁護士が工員に組合をつくることの大切さを教えなければならないのです。手を結ぶことの大切さを教えるのです。みんなバラバラですからね」

 

「どうしますか。あの工場長の家を訪ねるのは」

「ブラック企業の工場長の家でも、勉強になりますよ」と吟遊詩人は言った。

「あの家はね、ちょっとこの惑星でも特殊でしてね」

「特殊」

 

「そう、彼の家には幽霊が出るという噂があるんですよ」

「え、幽霊が」

吾輩は銀河鉄道での猫族の娘の幽霊を思い出した。

「何でまた」

「過労死した人の幽霊が毎晩、かわりばんこに出るというんです」

「え、そんなに過労死しているんですか」

「もう十五人ですよ」

「それが変わりばんこに、毎晩でる」

「そうです。奇妙な家でしょ。でも、これは噂ですからね。噂は本当のこともあるが、偽情報のこともある」

「だいたい、幽霊なんて、この惑星には出るんですか」

吾輩は、アンドロメダの惑星で、過労死した人の幽霊が出るというような話を聞くのは初めてのような気がして、そんな質問をした。

「ありますよ。電話機が発明されたり、扇風機がまわったり、蒸気機関車が走ったり、まあ、今や科学の世紀。それでも、不思議に幽霊は出るんですよ」

「地球ではそういう話はまゆつばもの扱いされるんですけど」

「ああ、地球ね。聞いています。わが惑星の宇宙天文台は他の科学よりは極度に発達していますからね。宇宙インターネットにも通じることが出来ますし、その内容を新聞に流しますから。でも、これもね。幽霊の話と同じで、信じる人と信じない人がいるんです」

「そうですか」

「銀河鉄道はみんな信じているんですか」

「はあ、不思議なことに銀河鉄道はみんな信じているんですよ。宮沢賢治がつくったものですからね。あの方は全ての人が幸せにならなければ自分の幸せはないとおっしゃった。こんなことを言う人は仏様ですよね。

我が国は無宗教の人が多いのに、意外と宮沢賢治のような人は信じちゃうのですから、不思議です。

私も銀河鉄道は実在するものと信じています。蜃気楼ではありません。

ただ、どこかに、霊的なものが含まれているような気がして、そこのお客さまはそういう高貴な人達という気持ちになってしまうから、不思議です」と弁護士は言った。

 

 我々はそこの工場長の家を訪ねることになり、電話ボックスから連絡した。

「名誉です」と工場長は三回もそう答えた。

 

 

                            【つづく】

 

 

 

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