空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの猫の夢想 39 【薔薇と幽霊】

2019-02-23 09:10:44 | 文化

 

 我々は郊外にある工場長の家の近くのカフェーで、珈琲を飲み、時間合わせをした。

「約束の時間は六時半。夕食前ということですね。そうまだ二時間はある」

 

その時、夕立が降ってきた。雨宿りでもするかのように、ふらりと来た男がいる。どこかで見たような男だ。

そうだ。あのアンドロメダ銀河鉄道で見て、話をしてくれた行者シンアストランに顔が似ている。ネズミ族というだけでなく、目と鼻と口がそっくりだ。しかし、シンアストランほど大男ではない。中肉中背である。それでも、身体つきもどこか似ている。直感で、シンアストランの弟だと、我々は思った。

半袖なので、隆々とした逞しい腕の筋肉が丸見えではあるが、全体に上は洒落たブルーの麻のベレー帽から、下は輝くような茶色の靴に至るまで、一分の隙もない美しい服装をしている。

 

その男は、我々の横に「失礼」と言って、座った。

「どこかで、おみかけしたような気が」と吟遊詩人が言った。

「ハハハ。そうですか。兄貴のシンアストランにでも出会ったというわけですか。わしの兄貴がアンドロメダ銀河の旅に出たと聞いているからね。」

「それではやはり、弟さん」

「そう、ただ、兄貴は宗教哲学の行者になったが、わしは平凡なサラリーマン。そこはひどく違うな。」

 

我々はこれから行く工場長の家に出るという幽霊の話をした。

「幽霊ね。ここの国は無宗教のくせに、そういう話が多いんだ。それはともかく、わしから、兄貴のように奇妙な真理の話を聞こうというのは無理だぜ。わしはサラリーマンなんだ。ただ、幸いブラック企業でなく、ごく普通の企業に勤めている。その点で心のゆとりはあるが。だからこそ、あなた方とこんな話をこんな優雅なカフェで、出来る」

 

 「それでも問題はあるね」とキリン族の弁護士は言った。

「問題はありますよ。なにしろ、わしは修行をあきらめてボクシングをやっているくらいですから。内の上司は仕事でへますると、なぐりかかってくるんですよ。わしはそれでならってきたボクシングでさっとよけるんです。時には相手に軽いパンチをくらわせることもありますがね。そうすると、上司はお前はボクシングはうまいが、仕事はへまばかりしているという奴なんですよ」

「よくそんなことが許されていますね」

「まあ、会社によって、それぞれ違う。内はそういうことをなくそうと、わしが中心になって、組合をつくっている。パワーハラスメントはいけないと皆、思っているのに、なかなか人が集まらない。人を説得するのは難しいものさ。

今、この惑星は人がばらばらなんだ。手をつなぐことをしないとね。優良企業は手をつなぐ何らかのものを持っているけど、内の会社はまだ道半ば。わし等はスピノザ協会の教えを参考にして、アンドロメダ組合をつくり、スピノザ協会と連携を図り、平和で、手をつなぐアンドロメダ銀河づくりをすすめている。そのために、わしは故郷のネズミ国の動向が気になってね」

吾輩はスピノザ協会に熱心な虎族の若者モリミズと別れたことを思い出した。彼は今、元伯爵と一緒に介護士の仕事をしている筈だ。

 

「最初は、兄さんと修行の旅に出られたとか」

「まあね。しかし、わしは兄貴みたいに根気がない。それにわしはどうしても神だの仏だのというものを信じる気がおきんのだよ。

わしはやはり、科学が素晴らしいと思う。わしが入った会社は車の会社だ。まだ発明されたばかりの乗り物だ。しかし、つくっていると、馬車の時代は終わったという気がする。

どうですか。面白い車が沢山通っているでしょ。燃料にはガソリンを使う。幸い、内の惑星は石油と石炭に恵まれている。

道路がまだ整備されていないのは困るな。政府が国家プロジェクトとして、道路の整備を進めているから、これにも希望はある。」

「車は排気ガスを出しますよ」

「そりゃね。人間だって、おなら出すんですから」

「事故も起きますよ」

「そりゃ、起きるでしょ。馬車だって、あったことですから」

「車は夢がある」

「この熱帯のような気候に、二酸化炭素を排出したら、さらに惑星は暑くなりますよ」

吾輩は二酸化炭素の量が地球の温暖化に拍車をかけていることを思い出した。

 

「わしは科学は未来を薔薇色にすると思っているんですよ。兄貴が言う極楽とか天国というのは科学が発達すれば、自然とつくられる」

「お兄さんの話には何か深い真実が含まれているように思われますが」

 

 「兄貴が数年に一回ぐらいわが家に立ち寄ることがある。半年前に来た時は、親鸞のことを話していたな。親鸞という坊さんが、ある惑星で還相回向された。そこで親鸞に会ったんだそうだ。わしはそんな話はよく分からんが。ただ、この惑星や色々な他の惑星だけが唯一の世界とは思わん。

おそらく、親鸞の言うような浄土はあるかもしれんという気はあるな。そんな素晴らしい所があるなら、霊界だの次元の違う世界、異界があっても不思議はない。しかし、そういう世界はいずれ科学が見つける。それまではそういう話はないと思うようにしている。

だいたい、過労死が十五人も出るあんな工場長の所に行って、何を見るつもりなんですか。好奇心もいい加減にしないと危ない目にあいますよ」

 

夕立が止み、暑い日差しが戻って来た。

我々は工場長の家に行く時間がせまっていたので、別れた。

 

 そうこうする内に、時間が来て、我々は工場長のお宅を訪れた。

 

工場長の家は郊外の丘陵地帯の林の中にあった。幽霊が出るにしては、小奇麗な家だった。しかし、地下室は工場長の書斎になっているようだった。前はここが寝室だったのだが、幽霊がでるので、寝室は二階にして、地下室は書斎になったようだ。それは噂である。

我々は工場長の口から、その話を聞きたいと思っていた。

 

「幽霊の話」と工場長は困ったような顔をした。大きな丸い目、横に細長い口、

茶色いあご鬚と口ひげの上の黒い鼻の周りが白く、肌は茶色というこのタヌキ族の工場長は吾輩猫族から見ると、美男子とは言えない、服装はGパンとタヌキのイラストが描かれたTシャツを着て、黄色いタオルを首にまいていた。

先祖を大事にしなければというのが彼の口癖と聞いていたが、こんなシャツにもあらわれていた。

「実はわが娘がうつ病なんですよ。地下の書斎にこもりきりなんで、仕方なくそこにベッドを入れているんですけど、そこで過労死した労働者の幽霊を見るというんです。それを、無理に散歩に連れ出した時に、近所の人に言うもんだから、皆信じてしまい、そんな噂が広まったんだと思いますよ」

 

 

「娘さんだけが見るのですか」

「私は幽霊なんか見ている暇ありませんよ。今日のように、銀河鉄道のお客さまが来る日はわが社の宣伝にもなりますから、別です。たいてい、早くて家にたどり着くのは夜の十時ですから、軽食を食べて風呂入って、パタンキューで寝てしまいますからね。

ただ、一度、不思議なことがあったな。

夜中にトイレに起きたことがあるんですよ。わしは丈夫な方で、夜中に起きることなんか滅多にないんですが、トイレに起きて、一階のトイレに行った時に、地下室の書斎の方から、変な声が聞こえてくるのですよ。わしは眠かったが、そこは娘のことが心配ですから、飛んで地下に行き、ドアをたたきました。

娘は「な~に」と言って、『起きていたのか』と問いますと、『今、幽霊と話していたんです。お父さんの会社で働きすぎて、ノイローゼになり、自殺した幽霊と』

そんなことがありました」

「それで、今は」

 

工場長はさらに困惑したような表情をした。「その時のことを思い出しますとね。こんな風に、娘は言ったのです。『え、ドアの音で消えてしまったわ』

わしは娘の部屋に入り、『どんな時に、そんな幽霊が出て来るんだね』と聞くと、

娘は『どんな時って。ただ、本を読んで眠くなり、うとうとしていると、山尾さんの声が聞こえるのです』と答えるわけです。

『山尾君。あの自殺した男』と聞くと、

『そうよ。それまでは、会社の中では、エリートだったわ。背も高く頑丈な身体つきをして、とても死ぬような人とは思えなかった。それがあんな風になるなんて』と悲しそうに答えましたね。

『しかし、何でカナエの所に出てくるんだろう』

『過労死だって言っていたわよ』

『過労死。あの頑健な男が』

『意外と、あの人、繊細なところのある人なのよ』

『お父さんの責任よ』

『わしの。わしの工場ではない。彼は本社の技術開発部にいたのだぞ。わしには関係ない』とわしは答えました。そのあと、娘は泣くんですよ。わしが色々言うと、幽霊でも会えて嬉しかったって、娘は言うのです。あの懐かしい顔も手も足もあるの。悲しそうな目をして、会いたかったと言うのです」

 

 吾輩は工場長の困惑しながら喋る表情を見ていた。タヌキ族の困惑した顔というのは少し滑稽味があるのだが、笑うわけにはいかない。

「それで」とハルリラが聞いた。

「わしの責任と言われるのにはまいったね。娘はさらに『だって。工場で過労死が十五人も出ているのよ、山尾君の幽霊が一番多く出るけれど。他の七人は寝入りばなに出て来るのよ』と言っていたな。

『何か言うのか』と聞くと、

『一言言うのよ。あの工場はひどすぎる。何とかするように』だって。

『山尾君は』と聞くと、

『彼は』とカナエは言って、涙ぐむ。

『だから、あたしに会えて嬉しかったって』

カナエは大きなため息をついて、『あたし、その時思ったわ。幽霊の方がリアリティがあって、あたしの方がその彼の言葉の中に溶けてしまったみたいだった』

そんな風な会話だったと思います」

 

「わしは心配になって、医者に連れて行きましたよ。医者は幻覚、幻聴だ。そんな幽霊などいる筈がない。娘さんは疲れているだけだと言う。

娘さんは恋人の死と仕事のストレスで精神が参っていたのだろうと医者は言うのですよ。

だから、娘の仕事をやめさして、今はやすませています」

「それじゃ、もう幽霊は出ないんでしょ」とハルリラが言った。

「や、それが山尾君のだけは、今だに出るようだ。あそこは書斎だから、寝室で寝るようにと言っても、本が好きなの、そうすると、うとうとしてくる。その時、懐かしの彼がでてくるのだから、あたしの居場所はあそこよと言うのだから、どうしょうもないですよ」

 

 「寝る時以外には出ないのですか」

「そうだね。一度、瞑想状態のようになって、ぼんやりして静かな音楽を聞いていた時、出たことがあるという話をしていたな」

「そうですか」

「それなら、私がそこにいて、幽霊を呼び寄せてみましょう」と吟遊詩人が言った。

「どうやって」

「ハルリラ君に霊媒になってもらうのです。彼は特殊体質ですから」

「そして、幽霊の恋人さんが好きな曲を僕がヴァイオリンで弾きます」

「それで幽霊が出てくるんですか」と工場長は言った。

「間違っては困るのは、興味本位では困るということです。もう死んだのだから、娘さんの所に出ないでほしい。娘さんが悩むから、とお願いすることなんです」

 

このことを工場長は娘に説明して、そのあと、吟遊詩人は娘に会った。

食事のあと、書斎に入り、娘さんが机に向かい、我々は横のソフアーに座り、

吟遊詩人はヴァイオリンを握った。

「『知覚の扉』という本を書いたハクスリーというイギリス人が地球にいた。彼によれば、人類の進化の過程で、我々の周囲の全ての風景を見ることが出来ないように、人間として生きて行くのに必要な所だけが見えるように知覚は制限されたというのである。この知覚のバルブを開ければ、見える風景が変身し、素晴らしい浄土が目の前に広がって来るのだそうだ。

このバルブを開けるには、座禅だの色々な修行があるが、ある種の音楽も人によっては、そういう効果を発揮することがある。私はあまりやったことが無いのだけれども、今回の場合、やってみるだけの価値があると感じた」

 

 全てが静かな中で、吟遊詩人のヴアイオリンが鳴り出した。最初は小川のせせらぎの音のように、そして時に小鳥の声のようで、森に響くような音から、さえずりの声、そして、猿の声、風の吹き梢を揺らす音が小川のせせらぎにまじって、聞こえて来る。吾輩は段々不思議な

大自然の中につつまれていくような気がした。黄金色の大きな蝶が舞うような気がした。それでまた、小川のせせらぎと小鳥の声。

突然、鳴り響く音、雷かそれとも野獣の遠吠えか、そしてまた静まりゆく、

吟遊詩人は半分目をつむっているようだが、しっかりと立ち、腕は確実に動いて行く。

あ、彼が歌い出した。

「私の病んで死んだのは夢

ペットの猫の病になった心労のためだろう

私は死んだのではなく、

にゃあにやあという声に消え入りたい気持ちになったのだ

いや、もしかしたら、外の森のざわめきとせせらぎと小鳥の声に酩酊して

それはまるで酒の酔いにも似ているようで

はるかに違う幽霊の道

ああ、今日も白い月が出て

美しい星がきらきらと空に輝き

私の自我忘却の病は幽霊のようでもあるが

天のわざとでもいえようか

ひと時の夢のようで

私は死んでしまうのだ

生と死の幽霊のような高台の上から

さて、銀河の街並みを見るとするか」

  

 

その時、部屋の隅のソファーに誰かが座っている。

「あら、山尾さんがいらしているわ。幽霊の山尾さんが」と娘が言った。

確かにその薄暗い隅の所に座っているように思われるのに、姿は見えない、誰もいないようにも見える。誰かが座っているという気配だけがある。我々もそれが幽霊だと直感した。

 

吟遊詩人はヴァイオリンを奏でながら、歌を歌いながら、足を幽霊の方に近づけ、そばに来て、止まったが、演奏は続けていた。

幽霊がこの世の声とは思われぬ不思議なか細い声で言った。「分かった。もう出ないよ。彼女の心をまよわすために来ていたわけではない。ただ、会いたくて来ただけなのだ。しかし、もう異界の身。人の心をまどわすのは罪なことだ。さらば」

 

 幽霊は消えた。吾輩の猫の耳にはあの幽霊の言葉が聞こえた。猫にこんな能力があるとは、吾輩生まれて初めて知った。しかし、それにしても、吟遊詩人の実力には脱帽した。

 

その間、居間では、弁護士と工場長が過労死問題を話していた。その後、さきほどの女課長とリストラを強要された社員との非人間的やり取りみたいなことはやめるべきで、会社の中に融和の精神を持ち込む方がみんなのやる気を起こし、生産効率が上がるという話をしているらしかった。

パワーハラスメントをやめること。

リストラをやめること。

労働時間の間に、休憩を入れ、長時間労働は厳禁することなどを弁護士は要求したのだ。

工場長は、「競争が激しいし、経営者の意向をわしが無視してやることは出来ない」というようなことを言っていたが、帰り際には、「弁護士の言うことは社長に伝えておく」ということを約束したので、今回の訪問はおおいに成果があがったということだった。  

                                                                                             【つづく】

        

 


 



                        【久里山不識】

 【今朝2019年2月 2日のニュースを聞いての感想】

米国の大統領はロシアとの中距離核戦力【INF】全廃条約から離脱すると正式表明したそうだ。

まさに、新たな核軍拡の始まりを感じさせ、キューバ危機を思い出させる。何故なら、米国、ロシア、中国の核軍拡が将来の悪夢を妄想させるからである。次の世代のために、日本は被爆国として、経済大国として、この三者の国の軍拡競争に傍観者であって良いのか。もっと、国民の平和への願いが政府を動かし、政府が三者の国の軍縮を進めるように働きかけはできないものなのか。そのためにも、憲法九条は守るべきである。そして、文化交流が大切である。