空っぽの部屋(虚静恬淡に生きる)

荘周菩薩品(抄)、老子、中庸、大学の仏教的解釈を掲載しています。荘周菩薩品、続、補は電子書籍(シナノブック)に。

1)不幸を知らない不幸

2016年09月06日 | 幸せについて
 世間では、思いが叶ったり、お金が儲かったり、恋が叶ったりすると自分のことを幸せ者だとよく言いいます。世間の言うところの幸せは本当の幸せなのでしょうか。
 ポワロの晩年を描いた「ヘラクレスの冒険」(アガサクリスティ著)の第十一話のなかに不幸について書かれているところが有りますので、それを一部引用して紹介したいと思います。
 ある時、ヘラクレスことエルキュール・ポワロは太い眉、酷薄そうな唇、貪欲そうなあごの線、相手の心の底を見透かすような鋭いまなざしをもつ、財界の権力者の所へ呼ばれ、ある依頼を受けます。それは、十年ほど前、三万ポンドで競い落としたエメラルドでできたリンゴのついた金の酒杯が自分の所へ届く前に盗難にあってしまったので、それをいくらかかってもいいから探して欲しいという依頼でした。ポワロはプロメテウス役の探偵社や刑事たちの情報を元に推理を進め、盗賊団の主犯格はすでに死亡したが娘がアイルランドの田舎の修道院に勤めていることを知ります。そこでポワロは人里離れた修道院をなんとか訪ねたのですが、その娘はすでに二年前に無くなっていました。いったん町へ引き返したポワロはアトラスという競馬の予想屋を雇い、再度そこを訪れます。その修道院の塀を乗り越える時、アトラスに案内代としれ5ポンド紙幣を二枚与えて天球の代わりに屈んでポワロを支える役をさせます。こっそり修道院に侵入したポワロは教会の聖火台の上に置かれてた酒杯を、本来はオークションで手に入れた依頼主のものなのですが、失敬して戻ります。アトラスにはお礼として、明日の競馬で手数料の十ポンドを大穴のヘラクレスにつぎ込むようにと教えます。
 ポワロは聖杯をもって財界の権力者の所を訪れます。机の上に小包を置き、きれいに紐解いてていねいに黄金の酒杯を取り出します。富豪は満面の大喜びで、「代金はあなたの言う値段を支払うよ」と言うのですが、ポワロは「代金はいらない」と言います。「それじゃ株の情報が欲しいのか」と言ったのですが、「それもいらない」と言います。「では何が欲しいのか」と言われ、ポワロは机の上の黄金の酒杯を指さして、おもむろに「それが欲しいのです」と言います。あまりのことに呆れかえる財界の権力者ですが、ポワロは「実は酒杯の底は二重に成っており、そこには小さな穴が隠されています。昔はそこに毒を入れて持ち主を殺害したようです」とその仕掛けを見せます。このような物はあなたが持つより教会に飾って祈りで浄めてもらうのが一番良いと思います。修道院の尼僧たちがあなたの魂のためにミサの祈りを捧げてくるでしょう」と言ってなんとか納得させようとします。富豪は貪婪(どんらん)な笑みを満面に浮かべて、「これは私の最善の投資だ」と言って酒杯を返すことに同意しました。
 ポワロは修道院の小さな応接間の中で院長に一部始終を語り、聖杯を返します。修道院長は、
「その方に感謝の祈りを捧げるとお伝え下さい」ポワロはうなずいてしみじみと言います。
「あの方にはあなた方の祈りが必要なのです」
「では、その方は不幸なのですか」
「あまりに不幸であったために幸福とは何であるかを忘れてしまったのです。自分が不幸であることを知らないほどの不幸なんです」修道院長は優しく言います。
「ああ、お金持ちなんですね」
ポワロは何も言わなかった。助加えるべきコトが何も無いことを知っていたからだ。
 以上がヘラクレスの冒険の第十一話の概略です。是非一読をお勧めします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする