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「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

21、わが町の歳月 神戸 ①

2022年02月09日 09時33分58秒 | 田辺聖子・エッセー集










・私の夫の仕事場兼住居は神戸の下町にあった。

湊川神社をさらに西へ行き、ちょっと北へ上がった通りで、
神戸医大の大病院が近くにあるのに、この辺、医院が多い。

家の前を下がると、

(神戸は南の浜側へ行くことを下がるといい、
北の山側へ行くのを上がるという。
「楠公さんの上に住んでいます」というのは、
湊川神社の二階に間借りしていることではなくて、
神社の北側に家があること)

もとの赤線の福原のメーンストリート、柳筋である。

その近くに大きい湊川市場があって、
およそ売ってないものはない。

私は神戸で住む気はなかったのだ。
尼崎に住んでいても、いつかは大阪へ帰ると信じていた。

神戸に住むことに抵抗があって、尼崎に住み続け、
別居結婚をしていたが、めんどくさくなって、神戸へ来た。

とうとう神戸で同居したが、
私はまるで都落ちのような気がした。

神戸というと、港や異人館、元町とハイカラでモダンなところ、
と思っていたのに、下町にはそんな匂いもなく、
夏祭りには、男たちはチヂミのシャツにステテコで参ったりし、
向いの銭湯からパジャマ姿で出てくるおじさんもいたりして、
エキゾチシズムもどこの話かいな?と思わせるのであった。

つまり、神戸の基盤はざっくばらんな庶民文化が根にあって、
それが神戸の風通しのいい気風を作り、
異人館もモダンも、その上に咲いた花といったものなのだ。

神戸は新興の庶民都市なのである。
その分、キメ荒く、豪快なところがあり、
フロンティア精神に富んでいる。
うわべだけのハイカラ都市ではないのだ。

神戸でハイカラで優雅に暮らす夢は破れたが、
この下町は充分面白くて、順応力のある私は、
たちまちなじむことが出来た。


~~~


・新開地・湊川というと、神戸庶民文化の拠点である。

昭和四十年代はじめ、赤線が廃止されて七、八年、
福原はさびれ、新開地もそれに心中立てして火が消えたようになり、
暗いイメージがあった。

私が住むようになった時期から、少しずつ景気がよくなり、
にぎやかになって、三の宮や元町に吸い取られる客を、
呼び戻そうと策が講じられた。

湊川は、センスのいい商店街がつづき、
若い女の子の買い物客もあふれて、見違えるようになった。

その頃は、寄席の神戸松竹座も映画館あった。
私が来たころは、すでに映画も斜陽で何となく暗い感じだったが、
私には好ましかった。

新開地は市電通りをはさんで上と下に分かれるが、
下の方が庶民的であった。

通りをずんずん下がってガスビルの近くまで行くと、
町は暗く、男たちがたむろして不気味なときがあった。

そういう町を私一人で歩いたわけではない。
夫が連れ歩いてくれるのである。

夜はちょいちょい「新開地で飲もか」になった。
ここで飲んでいるのは男ばかりであった。
女が入れないように出来ている。

だからさびれたのだ、ということも出来る。
女が一人で飲みたくなるときが多くなる。
女のストレスが増大するからである。

現代の商売でいちばん大きな穴場は、
女たちの需要や欲求に応ずることなのだ。

これからの金儲けは、
女性を喜ばせないと成立しないのではないか。

これは日本男児には難しい。
伝統的に日本男児は女性への理解力が乏しい。

女を女として見ない。
女は二種類しかないと思っている男が多い。

つまり、母親か、単なる性的対象である。
妻という存在すら思いも及ばず一生を過ごす男が多い。
これは、妻を母親代用にしているのである。

現代の男性は、お袋に可愛がられて育ち、
長じて結婚するときも妻にそれを求める。

妻とお袋は違うのだ、という最低の女性認識さえできない。
無視された妻は、息子を可愛がり、かくて果てしなく悪循環は続く。

この日本にあるのは、大人の男と女の世界ではなく、
お袋と息子の親子の世界がすべての心情を支配している。

女は無視され、バカにされ続けてきたから、
男を観察する余裕があったが、男は男同士が戦うものと思い込み、
女に対する防御を怠っていた。

今、その報復がじわじわと男たちに加えられる。
中年男の正義の味方を標榜する私としては、
まことにお気の毒に堪えないのであるが、
これは長年、蓄積されたしわよせが貯まり貯まって、
ツケとなって回ってきたのであるから、
こんな時代に生まれた身の不運を呪うほかない。

会社でライバルと丁々発止とやり合い、
疲労困憊して家へ帰ると、妻は妻で、
「こんな結婚生活、無意味と思わない?別れましょう」
と切り出し、進退きわまる男たちが増えるのではないか。

真剣に「妻という女」と対決しないといけない。






          


(次回へ)

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