
・私の子供の頃には毎年一回、
町内あげての大掃除があった。
この日は「その筋のお達しにより」区内全戸、
もれなく行われるので、
ウチだけ都合悪い、
と止すことはできない。
すむと区役所から「大掃除済」の紙が配られ、
軒に貼ることになっている。
大掃除は夏に決まっている。
雨天順延になるから、
いつも朝から快晴のカンカン照りである。
各家々では、
大掃除の前日までに、
用具を買いととのえる。
手箒、畳叩き、塵取り、石灰、それにワラジ。
人々は大掃除の日はワラジをはいて活躍するのである。
子供たちは子供用のワラジを買い与えられる。
私たちはこれがうれしくてたまらなかった。
母は私と妹に赤い鼻緒のワラジ、
弟には黒い鼻緒のワラジを買ってくれた。
早朝六時に人々は活動を開始する。
私の家は二十何人の大家族であった。
八十歳の曽祖母、
祖父母に父母、叔父叔母たち、
女中衆(おなごし)さんが二人、
店の男たちがいつも七、八人から十人いた。
写真館だったので、
技師やらその見習いやら、
使い走りやらいた。
私の家にはスタジオもあり、
一般の人も写しにきたが、
一方、会社や工場関係の仕事も多かったようで、
商業写真、工業写真なども扱っていたから、
人手が要ったのかもしれない。
朝ごはんを早く食べ、
どんどんと家具や商売道具を外へ運び始める。
市電は通っていたが馬車は通行禁止ではなかったか。
町内ごとに縄が張られて、
あっちでもこっちでも畳をパンパン叩く音が響き出す。
埃だらけの仏壇や、
あやしいガラクタもみな白日のもとにさらされるが、
どこの家もそうなのだから気にすることはない。
男はちぢみのシャツにステテコ、
あたまに鉢巻をしめ、女はアッパッパ姿、
髪には日本手ぬぐいを姉さんかぶりにし、
みんな素足にワラジ、
これがまことに軽くて足元もよく、
働きやすいのであった。
畳をあげた床板でも、
そのまま歩けるし、
畳一枚を二人で持って、
そのままスタスタと外へ出られる。
畳は町内で決めたところへ持ちだして、
二枚を寄せ合わせ、たてかけて風を通す。
曽祖母は大掃除のあいだ、
向かいの天神さんの境内へ疎開させられている。
祖母が曽祖母の手を曳き、
そろそろと電車道をわたる、
その後ろから女中さんが片わきにゴザを抱え、
片手に弁当を提げて従う。
そうして木かげの涼しいところにゴザを拡げて、
夏座布団など敷いた上へ曽祖母は「やれやれ」とばかり、
坐り込む。
同じようなお家はんが、
そこへ疎開させられてやって来るので、
おしゃべりに花が咲いて、
婆さん連中は退屈しない。
羊羹だの、露のふいた冷たいヤカンの麦茶など運ばれ、
(それぞれの嫁が運んでくるのである)
「あんさん、お一つどうぞお上がりやして」
「へえ、大きに。よばれまほか」
とやりあっているのだ。
祖母は曽祖母をそこへ置くと、
すぐさま家へとって返して大掃除の差配をしていた。
祖父母は、まだ現役であって、
疎開させられるのは引退した人ばかりのようであった。
お昼はどんぶりや握り飯、
三時に西瓜が出る。
立ったまま食べる男衆、
バケツの中に西瓜の皮がどんどんほりこまれる。
しかしそのころは、
もうほとんど掃除も終わりかけている。
夕風の立つまでに家具はしまいこまれてしまう。
モタモタして、夕方までかかると、
人に嗤われると祖母はいましめたものだ。
手際よさを誇り合うところがあった。
床下には石灰が撒かれ、
畳の裏に書かれたチョークの数字や印を見て、
父たちは、「それは奥の六畳、北や」
などと指示する。
その畳は焼けているから、それを南に、
と母たちが口を出すこともある。
そうしてうまくはめこまれると、
男衆はその上をトントンと踏んでならし、
道具を運び込むのであった。
人手が多いので、
子供は手伝うとうよりも、
大人の脇の下をくぐり抜けて足もつれになることが多かった。
飽きると曽祖母のいるところへ行って、
お菓子をもらい、何ということなく、
大掃除の日は楽しいのであった。
やがて町内のゴミの山が一か所にまとめられる。
今でいう粗大ゴミも、市役所の車が来て、
収拾してゆく。
清らかに磨き立てられた家々に灯が入る頃、
向かいの風呂屋へ三々五々人々はいそぐ。
子供は家風呂で洗い立てられ、
浴衣など着せられ、
首筋にアセモよけの天花粉を真っ白にはたかれる。
とっくに曽祖母は連れ帰られていて、
足は立たなくとも口の立つ婆さんであるから、
清掃した家中をじろりと眺めまわし、
気に入らないと文句をいうが、
祖母はそれを、
「へえ、へえ」と聞いているのであった。
こんな、子供のころの、
つまり戦前の大阪の下町の大掃除を思い出したのは、
畳を上げたせいだが、
それにしても日本の家というものは、
人手がないと住めないように出来ている。
あるいは若者向けといおうか。
日本家屋は非力な老人が住むとなると負担が大きい。
もちろん、
非力な老人であれば、
何によらず大変には違いないが、
しかし、
洋風の方が老人には住みやすいのではなかろうか。
板の間にカーペットを敷いておけば、
何年もそのままでいいし、
ベッドを据えれば朝夕、布団のあげおろしで、
体力を消耗することはない。



(次回へ)