
・二つ目は関西で起きた事件で、
大阪近郊の住宅地、
こちらは二十八歳の若いママである。
三つの男の子を殺して、
自分も死ぬつもりでウィスキーを飲み、
乗用車を運転してガードレールにぶつかって重傷を負った。
これも新聞報道だけでは、
ほんとうかどうかわからないのだが、
何とも奇妙というか、面妖というか、
いかにも現代らしい事件なのである。
まず、朝の十時四十分ごろ、
ママの実母が三つの孫の入園祝いを持ってきた。
この実母が五十四で、
これまた私とおつかつの年ごろである。
入園祝いは五十万円。
これはピアノ購入費であったという。
この辺の呼吸も私にはよくわかるのであって、
若いサラリーマン夫婦には、
ピアノを買う資金などなかろうし、
といって今どきのこと、
三つ四つからピアノを習わせたりする家が多い、
いいわよ、ピアノはおばあちゃんが買ったげます、
と実家の母はいう。
これは世間には多いであろう。
ところが、若いママとその実母の口論になった。
池田署の調べでは、
その若いママは、
「一人娘で幼いころから両親に溺愛され、
甘やかされて育った」
(朝日新聞、81、3、26付)
しかし母と娘はどちらも、
「勝気な性格から、
妥協することなく、
始終口論が絶えなかった」
そうである。
かねて母親は、
着物の着付け教室へ通うよう娘にすすめていた。
しかし孫の入園も近づき、娘にすると、
幼稚園の送迎もしないといけない、
着付け教室には通えないという。
この朝、五十万円を持ってきた実母が再び、
「着付け教室にも行きなさいよ」
といったことから口論になり、娘は、
「こんなもんいらん」
と五十万円をつき返し、
実母は十一時ごろいったん家に帰ったという。
その後、若いママはむしゃくしゃして、
三つの男の子を些細なことで叱り、
言うことをきかなかったので、
ハンカチで首をしめてしまった・・・というもの。
「実母への面当てのため短絡的に」息子を殺した、
と警察はみている、という。
三つのかわいい盛りの子を殺す、
という若いママも異常に違いないが、
実母のほうも異常といっていい。
五十四歳というと、
これからひと花、ふた花咲かせる年ごろである。
何を習ってもまだまだ身につく年ごろ、
勉強はこれから、の年ごろである。
作家の吉屋信子氏があの名作「徳川の夫人たち」を、
書かれたのは七十歳のお年だった。
そして「女人平家」を書かれたのは、
それからさらに四年たって七十四歳のお年だった。
五十歳代は自分自身のために投資していい年代、
孫に五十万円出そうと出すまいと、勝手であるが、
金を出せば、自然に「ああせいこうせい」と、
指図もしたくなるであろう。
その支配欲が娘を錯乱逆上させたのかもしれない。
といって私は、決してこの実母の押しつけがましい愛情、
うるさい支配欲、くどい干渉を責め咎め、
嗤っているのではない。
我が身とウチのお袋との関係にあてはめ、
わかりすぎるほどわかるので、
どこかでこの悪循環を断ち切らないと、
社会の風通しはますます悪くなると思うのだ。
息子殺しの若いママも、
ここで殺さなくても、いずれそのまま、
息子が大きくなってもいつまでも指図し支配し、
権力をふるい続けたことであろう。



(次回へ)