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先日ちょっとだけ紹介した先週木曜日の楠木・中竹合同塾。 その日のテーマはなんと
「『そもそもね・・・』論」
でした。つまり『そもそも』とはそもそもどういうモノかを深く考えるってことです。
いや~、テーマだけでもすでにシビれました。
すると楠木先生、
「シビれた時、なぜシビれたかを考える。これも『そもそも』です」
として、自分が学生時代、ゼミ合宿後の打ち上げを嫌って、一人で抜けて帰る途中、東名高速の
海老名サービスエリアに車を止めて、缶コーヒーを飲み、タバコを一服した時に「シビれた」、
「体がうち震えるほどの喜びを感じた」そうです。
でもなぜこんな何でもない場面で自分はシビれるのかを考えた結果、
「そもそも自分はひとりが好きなんだ」
ということに気づいた。そしてひとりでやる仕事として学者の道を選んだ。
ポイントは、「そりゃ~シビれるよね」って誰でも感じるような普遍的な名場面じゃなく、
他人から見たら何でも無いような場面なのに、なぜか自分は激しくシビれるケースだそうです。
そこで、じゃあ自分はどういう場面でシビれたんだろう?と考えてみました。
思い浮かんだのが、風土改革のごく初期に、毎晩真夜中近くまで現場で頑張る定時後ミーティングの
メンバーに「ご苦労さん!」って声掛けた時、
「会社に言われてやってるんだったら嫌になるだろうけど、
好きで、自分たちで勝手にやってるから、毎晩遅いので
疲れるけど、楽しいですよ」
ってニッコリ笑って 応えてくれたことでした。
じゃあなぜその時にシビれたのかとさらに考えてみると、
指示命令じゃ楽しくないけど、内発的動機があれば、
人は楽しく働ける
そういう実例をISOWAの中で初めて目の当たりにして、それがその後の私の風土改革に対する
内発的動機を大いに刺激して、20年経った今にまで至っているからです。
もうひとりの中竹先生は、
「『そもそも』を考えることは『Why?』を考えることのように
言われるけど、『Why?』には2つの意味があります。
ひとつは原因(なぜ?)、そしてもうひとつは目的(何のために?)。
後者の方がより重要です。
すぐにWhat?から考えがちだけど、常にWhy?から考えること。
その場合、ひとりで考えるだけでなく、いつ、誰とWhy?を
考えるかが重要です」
What? や How? でなく、Why? を考えるっていうのはいつも話し合ってることだけど、
Why? は ひとりで考えるだけじゃなく、対話によってよりその深みが増す。
これが対話の価値ですね。
「対話のパートナーは人だけじゃなく、本などのこともありますよ」
戦略も最後に決めるのは経営者。しかしそこに至るまでの「衆知を集める」プロセスに対話は
不可欠だし、実際の打ち手を考え、実行してからの試行錯誤では現場の知恵が欠かせない。
そこに必ずISOWAの風土が活きる。そこで絶対ISOWAの風土を活かす。
戦略と対話の 二本柱です。
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