武本比登志の端布画布(はぎれキャンヴァス)

ポルトガルに住んで感じた事などを文章にしています。

142. 寒い冬 Invernada

2017-02-01 | 独言(ひとりごと)

 寒いのは苦手だ。この冬は何だか特別寒い様な気がする。先日のトランプ大統領就任式の日のセトゥーバルの気温は最低が0度、最高でも11度だから寒い筈である。冷蔵庫以下の冷え込みだ。その前の最低は3度だったから、トランプ大統領就任式の日がこの冬1番の冷え込みということになる。いや、ポルトガルに来て27年になるが、この冬が1番寒い様な気がする。テレビのニュースでも盛んに「寒い、寒い」と言っているからやはり異常な寒さなのだろう。

 それでも数年前から寝室を南向きの部屋に変えてからは随分と楽になった。我が家には北向きに3部屋、南向きに1部屋と台所も南向きにある。以前には南向きの1部屋を居間に北向きの1部屋を寝室にしていたのを、居間と寝室を一緒にしただけの話だ。何年も何年も北向きの部屋を寝室にしていたのは考えると随分と勿体ないことをしてしまっていたことになる。部屋の向きや造りによって随分と感じ方が違う。

 かつてストックホルムに4年間を過ごした。若かったこともあったが、それ程寒さは感じなかった。でも最低気温マイナス20度を体感している。部屋から見える窓の外側に寒暖計が貼り付けられてあった。窓は間の分厚い2重窓で部屋の中はセントラルヒーティングが利いているのでティシャツ1枚でも過ごせるくらいに温かい。外出をする時にはその外の寒暖計を確認してから外出をすることになる。バス停まで行くのに鼻から出る息が髭に絡まりその髭が忽ちのうちにパリパリに凍った。

 ストックホルムに住み始めて最初の年、ストックホルムから暖かい南のスペインあたりまで旅をするつもりで出発した。フォルクスワーゲンのマイクロバスの思いっきり古い中古車を買って、車内で寝られるようにどこででも料理が出来るように自分で改造をした。そして出発は11月。その年初めての雪が舞い降りてきた。初日は予行演習のつもりでストックホルムの美術館の駐車場で過ごした。ぐっすりと寝てしまっていたが、朝、起きてみるとニンジンがかちかちに牛乳がシャーベット状に凍っていた。よく凍え死ななかったものだと今思えばゾッとするが、若かったのだ。慌ててもう1枚布団を買った。その後もそのポンコツマイクロバスでヨーロッパじゅうを5万キロ走った。穴ぼこだらけのポンコツでどこからでも遠慮なく隙間風が侵入した。

 不動禅少林寺拳法を習っていた。寒稽古と称してそのストックホルムの雪の上で、胸のはだけた胴衣1枚、勿論、裸足で蹴りの稽古をした。足の感覚がなくなって自分では思わぬところでこけてしまう。師範は「辛抱して、辛抱して!」などと言うが、気持ちはあっても自由が利かなくなってしまう。勿論、修行が足りないからに他ならない。スウェーデン人やフィンランド人の弟子はこけなかった。情けないことに僕だけがこけた。さすがに師範は修行が出来ていたのだろう、こけることはしなかった。

 毎年、寒中水泳のニュースが流れる。見ているだけで凍り付く。ポルトガルの海水浴場だけではなく、ロシアやドイツの寒い地域のニュースも流れる。中には凍った湖や川の氷を叩き割って、或いはチェーンソーで切り取って、そこでの寒中水泳だ。よく心臓麻痺など起こさないものだと感心する。

 ヨーロッパ人は子供の頃から寒さに対しては鍛えているそうである。

 僕たちも毎年、クリスマスシーズンをアルガルベ地方で過ごす。温かいところだと言ってもやはり冬だからそこそこの寒さはある。僕たちは一応冬のいでたちである。地元の人たちも冬の格好をしている。でもイギリスやドイツあたりからやってきたリゾート客はティシャツ1枚に短パン姿で過ごして平気な顔をしている。僕ならすぐに風邪を引いてしまう。

 北欧の人たちにとって冬の暖房費は大変な出費になる。冬の間、自国で過ごすよりも、温かい地中海沿岸地方やその島々、或いはアフリカ沖のカナリア諸島やマデイラ島などのリゾート地で過ごした方が却って安上がりだという。

 『落穂拾い』や『晩鐘』で知られるミレーはノルマンディ地方シェルブールに近い寒村グリュシー村で生まれ育った。大西洋から容赦なく吹き付ける北風は厳しく、僕が訪れたのは未だ10月下旬であったが寒い土地であった。ミレーの生家は石造りの大きな家で底冷えがした。絵の売れなかった時代、ミレーに家族を温める薪を買うお金がなかった。そんな時、パリの万国博覧会に出品していた『接ぎ木をする農夫』が4000フランで売れた、との朗報が届いた。すぐにお金を送ってもらうように要請し薪を買うことが出来た。でもそれは同じ仲間バルビゾン派の画家テオドール・ルソーが身元を隠して困っているミレーを助けるために買った絵だったのだ。

「ミレーの生まれ故郷・グリュシー村を訪ねて」

 ストックホルムの後に住んだニューヨークも寒いところであった。舗道はカチカチに凍っていた。その凍った舗道の上にダンボールを敷き、ホームレスの老婆が座っていた。それを見て僕は大変なショックを受けたのを覚えている。同じ人の世の人生でこれ程辛い過酷なことがあってもよいものであろうかと思ったが僕には何もできなかった。

 でもその後、度々の自然災害、戦争、テロなどが頻発する時代になって、そんな過酷な境遇があたりまえになって動じなくなってしまっている。そしていつ自分自身がそんな状況に置かれることになってもおかしくはない。すこし前『自己責任』などという言葉が流行った。政治家が使う言葉ではないと思う。政治は立場の弱い人に寄り添った政治をしてもらいたいと願う。でも残念ながら流れは逆の方向に向かっている。世界のリーダーとなった、大富豪トランプに期待をしても無理な話だろうか。

 その後、宮崎に13年間を過ごした。南国宮崎の筈が随分と寒かった。住まいの周りを大淀川の支流が取り囲む様に流れていて、天然のクーラーとなっていた。夏はそれは涼しかったが冬は本当に寒かった。南国だからと我慢していたが、近くに住む札幌から嫁いできていた女性が「札幌より寒いわ」などと嘆いていたのが印象的であった。

 宮崎の今の帰国時の仮住まいも寒い。近くに大淀川が流れていて、住宅の下にもその水脈が流れているのだろう。庭には沢蟹が姿を見せる。その1階で過ごしていた時は本当に寒かった。今は2階に寝室を移している。それで随分と違いがある。

 大阪の実家も寒い。大阪平野の真ん中で、淀川と大和川の中間の比較的低い土地にあり、近くには駒川と今川という小さな川があるが実家はその中間にある。やはり地下には水脈が流れているのであろう。実家の1階、居間でテレビなどを観ているとしんしんと底冷えがする。それでも日本では石油ストーブなどを使うからその側に居る限り温かい。炬燵も有難い。

 ポルトガルでは普段は必要がないから、そんな暖房器具はない。オイルヒーターがあるだけである。ほんのりと部屋を温める。触っていても火傷をすることはない。例年ならそれで事足りるが今年は石油ストーブや炬燵が恋しい。

 セトゥーバルは気温が低いといっても快晴続きで南向きの部屋にいる限り温かい。太陽とは有り難いものである。太陽の当たっているところのみ温かいが陰の部分は放射冷却でかえって寒い。こんなことを書いている自分が情けない。とにかく修業が足りていないことに他ならない。

 高校生の頃、冬休みといえば、アトリエに籠って決まって制作であった。春の展覧会の絵を描くのである。兄や妹は冬休みになると待ちかねていた様に、いつもスキーに出かけていた。あんな寒いところに良く飽きもせず行くもんだ。と思っていた。

 絵を描くアトリエは北向きの部屋を使っている。アトリエには光線が安定している北向きが望ましい。絵を描く以外にアトリエで作業をしていると、忽ちのうちに身体が凍えてしまう。でも不思議なことに絵を描いている時には寒さは感じない。それどころか、徐々にほくほくと身体が温まってくる。少林寺拳法の蹴りの稽古をしているが如くにである。

 1月31日は雨、気温は最低が9度、最高は15度。2月になればセトゥーバルでは既に春で温かくなる。待ち遠しい。メルローも鳴きはじめている。でも今年は2月中旬に帰国である。例年より少し早い。日本では2月が一番寒い。いや、どうしよう。考えただけで風邪を引きそうである。

 そして実を言うと、『寒い』よりも『蒸し暑い』というのはもっと苦手なのだ。恥ずかしながら、要するに人間としての修業が足りていないだけに他ならない。

 『心頭滅却すれば火もまた涼し』という言葉があるが、『心頭滅却すれば氷の中での寒中水泳もまた温し』(字あまり)となるのであろうか。VIT

 

2017年度 帰国時出品展覧会日程

大阪芸術大学美術科4期生同窓展

2017年2月25日(土)~3月8日(水)

Galleryキットハウス

10:00-19:00(最終日17:00まで)

〒558-0004大阪市住吉区長居東 3-13-7

℡00-6693-0656

 

武本比登志ポルトガル淡彩スケッチ展

2017年3月6日(月)~11日(土)

マサゴ画廊11:00-19:00(最終日17:00まで)

〒530-0047大阪市北区西天満2-2-4

℡06-6361-2255 / 搬入3月4日(土)5時より

 

第6回NACKシニア展

2017年4月17日(月)~22日(土)

マサゴ画廊11:00-19:00(最終日17:00まで)

〒530-0047大阪市北区西天満2-2-4

℡06-6361-2255 / 搬入4月16日(土)5時より

 

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