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第6章 英国の秘密実験
1993年2月ロンドン
ジョン・サンプター教授はその日の講義を終えたところだった。
教授は茶色の作業台やブンゼンバーナー 水道の蛇口がきちんと並んだ
生化学実験室をスタッフに任せて
ブルーネル大学の薄暗い廊下を自室に向かった。
研究室の伝言板には色華やかな野生生物の写真が貼られ
特に赤・黄・銀のしぶきを上げて飛び跳ねる魚たちの写真は
殺風景な壁とは対照的だった。
ジョン・サンプターは海洋生物学の専門家だ。
「なぜ魚に興味を持ったのかと訊かれたら 答えようがありません。
ただ 物心ついたころには もう釣竿を手にしていました。
ウールワースで買ってもらった5シリングの釣り竿で 今でも絵に描けますよ」
とサンプターは笑顔で説明した。
一家はポーツマスの海辺に住み 彼の少年時代は釣りに明け暮れた。
それが自然研究への興味と自然への愛着をはぐくみ
ひいては将来を方向付けることになった。
博士号取得後 ブルーネル大学へ移った彼は急速に研究を進展させた。
研究という知的チャレンジにすっかり心を奪われたのだ。
マスの生殖サイクルの不可思議な異変が 人間と驚くべき関連があろうなどと
いったい誰が思いつくだろう?
だがサンプターがリチャード・シャープ教授に電話しようと考えたとき
彼の心にあったのはこの問題だった。
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彼は精子数の減少について 知りすぎるほど良く知っていた。
シャープの論文を何度も読み返し 自分のチームの発見が
シャープの研究と密接に関連していることに気づいていた。
にもかかわらず いざシャープに電話するとなると やはりためらいを感じた。
彼は数年来シャープの研究を賞賛して来た。
「素晴らしい才能の持ち主です。他人に先んじて科学的重要性を見つけ出し
やるべき時にやるべきことをやる。立派な研究成果を上げています」と
手放しのほめようだ。
普通なら意見交換は会議の席上で行われるか 学術誌の論文発表で伝えられる。
一面識もなく 研究分野も違う相手に突然電話するのは例外的と言えよう。
その上少し前まで 彼の研究は機密扱いにされており
他人に漏らすなど問題外でさえあった。
彼は水を濾過しーー水道水の含有物に関して 彼ほど敏感なものはいないーー
濃いコーヒーを入れた。
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ジョン・サンプターがリチャード・シャープに説明した話は
どの化学物質が人間に影響を与える可能性があるかを検証する
じつに明確な方法を提示していたため 非常に興奮させられるものだった。
これこそシャープが必要としていた突破口になりうるものだった。
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さらに奇妙なことに 変化は下水の排水口付近で最も顕著だった。
このことが 人間が出した下水に魚を「雌性化」する力があるのでは
と考えるきっかけとなった。
二年ほどして 技術上の問題は何も見つからず
奇妙ではあるが 検査結果は正しいに違いないとの結論に達した。
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