ほんの数分か数秒か、自分ではよく分からなかったけども、兎にも角にも気を失っていたらしい。
器用に竹箒を持って、突っ立ったままの状態で。
「よくあんな姿勢で気を失えるよな。ある意味、器用すぎるだろ」
「ホンマやで。びっくりしたわ」
「・・・すんません」
気を失った私を本堂まで運んでくれたという西門さんと、そんな私を団扇であおいでくれてたらしいノゾヤの二人に、何と言葉を返せばいいのか分からぬまま、ただひたすら頭を下げた。
って言うかさ、あの場面で驚くのは当然じゃね!?
むしろ、驚くなって言う方が無理あるわ。
だってさ、ノゾヤと西門さんが親戚なんだよ!?
そんなの、誰が予想出来るって言うのさ。
万馬券を当てるより難しいわ。
と、心の中で悪態をついた私は、言い返したい気持ちをぐっと堪えながら、二人の会話に口を挟む事なく耳を傾けた。
「しょこチャンが兵庫県内にある国立大に入学した事は、伯父さんから聞いて知ってたけど、まさかそこに牧野もいただなんてな」
「牧野含めた私達4人、同じ学部やねん」
「で、意気投合して今に至るってか?」
「せやな。長い夏休み、バイトばっかりの生活も嫌やんか。せやから、実家にみんな呼んだんや」
「へぇ~」
「うっかり来られても困るから、オトンには前もって予定を伝えてあったのに、何で来よるねん。しかも、総くんまで一緒に」
「まあまあ。伯父さん、しょこチャンの友達に挨拶したかったんだよ。娘をよろしくってな」
親バカな伯父さんらしいじゃん。
許してやれよとノゾヤを宥(なだ)める西門さんの目が、何だかいやに優しくて温かみがある事に気付いた。
何て言うか、愛情に満ち溢れてるって感じ?
ノゾヤが大事で大切で仕方ないって訴えてるかの様な、そんな瞳をしてるのよね、西門さん。
端から見てるこちらの方が、思わず照れちゃうくらいの、胸がキュンとする様な眼差し。
誰に対しても一線引いて、少し冷めた目で接する西門さんにしては、珍しいんじゃないのかな。
今のこの姿は。
・・・って。
・・・はっ!
もしかして!?
もしかしてもしかすると、西門さんって───
「西門さんって、ノゾヤが好きなの?」
いとことしてじゃなく、一人の女性として。
ああああ愛しちゃってんじゃない!?
でしょ?そうだよね。
じゃなけりゃ、そんな瞳でノゾヤを見ないでしょと興奮気味に話す私に向かって、
「脳ミソ湧いてんじゃねーの?病院行ってこい」
「暑さで頭、イカれたんちゃうか?」
どぎつい言葉をお見舞いしてきた。
しかも、憐憫溢れる目でこちらを見ながら。
ちょっとちょっと、随分と失礼しちゃうわね。
二人して酷くない!?
と、抗議する私に対し、嫌味ったらしく溜息を吐いた西門さんが言葉を放った。
「あのなぁ、身内に対して恋愛感情を抱くワケねーだろ」
「え~・・・でもさぁ~」
「俺にとってしょこチャンは、姉のようであり妹のようでもあり、まぁ一言で言えば、実の親や兄弟よりも信頼してるし心を許してるってトコかな」
「全然一言じゃないじゃん」
「うっせーな。人の揚げ足を取ってんじゃねーよ。バカ牧野」
「何ですって!?」
「まあまあ二人とも、少し落ち着いて」
ヒートアップしてきた私と西門さんを宥めようと、慌ててノゾヤが間に入り事なきを得た。
そう言えば、いつも西門さんとは売り言葉に買い言葉的なやり取りをしちゃうのよね。
不思議な事に、大概こんな状態になっちゃうの。
何かこの感覚、すごく懐かしいなと一人悦に入る私を他所に、西門さんがノゾヤとの関係について話してくれた。
「小さい時さ、体が弱かったんだよ。で、それを心配した伯父さんが『静養するならここがいい』って言って、俺をこの寺に預けたんだ」
「体が弱い?西門さんが?」
「ああ。すぐ熱を出してぶっ倒れたりしてな」
「虚弱体質だったんだね」
「まぁな。だけど、この寺に預けられて心身共に鍛えられてさ。お陰ですっかり元気になっちまった」
そう話す西門さんの表情が、ふっと和らいだ。
多分、その当時を懐古してるんだろうな。
なんて思いながら、次なる言葉を待った。
「薄々気付いてるだろうけど、肉親の情が希薄でさ、俺んトコ。ここで静養してる時も見舞いどころか、気遣いの電話一本すらありゃしねぇ」
「・・・」
「今なら別にどうって事ねぇけど、さすがに当時は心細くて淋しかったさ。何で両親は会いに来てくれないんだ、電話してこないんだ、俺は見捨てられたのかって」
「・・・うん」
「そんな俺に、ずっと寄り添って励ましてくれたのが、しょこチャンとしょこチャンの叔父さん、そして、仕事が休みの日には必ず会いに来てくれた伯父さんだけだったよ」
そんな俺が、伯父さんやしょこチャンの叔父さんを父親のように、しょこチャンを姉や妹のように慕うのは至極当然の事だろと話す西門さんの顔は、どことなく淋しげで、それでいてどこか誇らしげだった。
そっか。
お金持ちで何不自由ない暮らしをしてるものだとばかり思ってたけど、蓋を開けてみれば実情なんて案外、こんなものかもしれないなと思った。
「ウチのオトンな、本来なら西門流の跡を継ぐはずだったんよ。けど、ウチのオカンと結婚する言うて家元の座を放棄してな。弟にあたる総くんのお父さんに後を託して、家を出たんや」
「・・・ノゾヤ」
「ま、湿っぽい話はこのくらいにしておこうか。ところでお二人さんは、どこで知り合うたん?どんな関係やの」
「はっ?」
どんな関係って、そんなの単なる先輩と後輩に決まってる。
それ以上でも以下でもない。
ま、敢えて言うなら、
「信じられないくらいのイジメを受けた。しかも、自分の手を汚さず、他人に私をイジメるよう指示してさ。だから、私と西門さんの関係は、イジメする側される側ってヤツよ」
「ま、牧野!?」
「イジメ?総くんが牧野を?」
「そう!ほら、前に話したじゃん。学園を牛耳るF4って連中がいたって」
「あ~!あのクズ4人組の話?」
「そう!」
「そうって・・・ちょっと総くん!まさか総くんが、そのF4のうちの一人なん!?」
「そ、そうだけど違う!イジメを指示したのは俺じゃねえって」
あれは司が勝手に暴走しただけで、俺は関知してないって必死に言い訳してるけど、私からしたら同じ穴の狢(むじな)だっつーの。
ふん!いい気味。
ノゾヤにしっかり叱られてしまえ。
「総くんがクズ軍団の一人だなんて、情けなくて涙が出るわ。ショックだわ」
「クズクズ連呼すんな」
「だって、クズやんか。何もかもが」
「あのなぁ、そんなクズ軍団の一人であるあきらを好きな牧野の立場は、どうなるんだよ」
・・・。
・・・・・・えっ?
ええーーっ!?
ななな何ですって!?
今、何と仰いました?
「に、西門さん。今、サラッと言い流してたけど・・・」
「あ?お前があきらに惚れてるって話か。そんなのはみんな知ってるぜ?お前の気持ちに気付いてないのは、当の本人であるあきらだけじゃね?」
バレてるー!
美作さんが好きだって気持ち、バレてるよー!
「おい、牧野!?」
「あ。また白目むいて意識飛ばしよった」
再び、私の頭はパンクした。
〈あとがき〉
総ちゃんの方が目立ってますが、この話は紛れもなく『あきつく』です。
書いてる本人も、時々忘れがちになりますが(笑)