美作邸にお邪魔した総二郎が目にしたものは、穏健な人物として名高いあきらの父親である肇と、ふんわりとした空気感を持つあきらの母親、夢子の姿であった。
二人は並んでソファに腰掛け、来訪者である総二郎を招き入れた。
「急に悪かったね、総二郎君」
「いえ、大丈夫です」
「あきら、誰にも気付かれなかったかい?」
「ああ。その点は、オフクロに念を押されてたから大丈夫だ」
「だ、そうだ。安心していいよ、ママ」
「・・・そう」
あきらの父親である肇は兎も角、母親の夢子のそっけない態度に違和感を覚えた総二郎は、隣に立つあきらに耳打ちした。
「なあ。お前のカァチャン、何か機嫌悪くねぇか?」
「みたいだな」
「何かしたか?俺」
「俺が知る訳ないだろ。少なくとも、お前を迎えに行く前までは普通だったぞ」
息子のあきらでさえも、母親のこの素っ気ない態度に戸惑いを覚えているようだ。
普段の夢子ならば、にこやかな笑顔で応対するはずなのに、今に限って言えば笑顔の「え」の字もない。
笑顔どころか無表情で、総二郎をじっと見据えている。
まるで、総二郎の一挙手一投足を見逃さぬように。
そんな夢子の姿を目の当たりにした総二郎は、常ならぬ雰囲気に少し焦った。
しかし、持ち前のポーカーフェイスが幸いしたのか心の動揺を悟られる事なく、肇に勧められるがまま、向かい側のソファにあきらと一緒に腰掛けた。
「家の方は大丈夫かな?総二郎君」
「はい。西門の家を出てマンションで一人暮らししてますし、そもそも独身ですから気兼ねする相手がいませんよ」
「そうか。じゃあ、話が長くなっても大丈夫だね」
「はぁ・・・」
「分かった。では遠慮なく、時間を使わせてもらうよ」
但し、話があるのは私ではなくママの方だけどねと前置きしてから、肇は夢子に主導権を委ねた。
「・・・」
「・・・」
「・・・総二郎君」
「はい」
「まず先に聞いておきたい事があるの。正直に答えてもらえるかしら」
「はい」
「若宗匠を名乗る事を固辞しているそうね。それは、次期家元として扱わないで欲しい。後継者から外して欲しい。そう捉えていいのかしら」
「はい」
「若宗匠を名乗らない事と、家元が薦める結婚を断り独身を貫いている事。その二つは関連性があると思っていいのね?」
「はい」
「では何故、次期家元を放棄して独身を貫いているの?それだけは答えて、総二郎君」
「アイツに会えるかどうかは、俺の答え次第って事か」
「答えられないの!?」
いとど鋭くなった夢子の語気と視線に、躊躇うどころかそれを真正面から受け止め、不適な笑みを浮かべた総二郎は、力強くこう言葉を放った。
「俺には牧野つくしが必要だ。牧野以外はどうでもいい。牧野しかいらねぇ。今の環境を全て切り捨ててでも、アイツと一緒になる。見つけたら二度と離さねぇ」
「その言葉に嘘偽りはないわね?取り敢えず、つくしちゃんに会いたいからって、口から出任せを言ったんじゃないわね?」
「俺が嘘偽りを言ってるのかどうか、美作社長夫人なら見抜けるだろ?逆に見抜けない様なら、美作商事の行く末も危ういもんだな」
「・・・」
夢子を挑発するかのような言葉を発する総二郎に、何か危ういものを感じたあきらは、二人の仲立ちをしようと口を開きかけたのだが、父親である肇に手で制されてしまった。
「二人とも、そのくらいにしなさい。少し冷静になったらどうだね?」
「でもパパ!」
「総二郎君の言葉に嘘偽りはない。それは美作商事の社長である私が保障する。だろ?総二郎君」
「はい」
「ママは私の言葉が信じられないかい?」
「そんな事ないわ!ただ私は───」
「分かってるよ。牧野さんの事を思うが故、総二郎君に敢えて厳しい態度で挑んでるって事くらい」
「パパ・・・」
「ママだって本当は分かってるんだろ?総二郎君の牧野さんに対する想いが本物だって事に」
だったらここは、建設的な会話をする為にも一歩引こうじゃないか。
そう穏やかに諭す肇に、夢子は苦笑いを浮かべながら頷いてみせた。
そして、向かい側に座る総二郎に『熱くなってごめんなさい』と一言謝ってから、話を切り出した。
「もう察しはついてると思うけど、つくしちゃんに関する情報を押さえてたのは、パパと私よ」
「・・・はい」
「でもね、全く情報が流れないのも不自然だと思って、少しだけ細工したの」
「!?」
「つくしちゃんに関わると、彼女が危険に晒される。F4に娘を嫁がせたい親から、危害を加えられるって」
「なっ!」
「総二郎君もその可能性があると思ってたんでしょ?だから慎重に動いた。そして、私達が細工した情報を耳にし、更に慎重に情報収集をしてた。違う?」
「何でそんな事をしたんだよ!そんな細工がなけりゃ、もっと早くアイツを見つけられた。7年も無駄な時間を過ごす必要もなかっただろ!」
どれだけ必死になって探してたと思ってる!?
アイツに危害が及ぶと思い表立って探せず、どれだけ歯痒い思いをした事か。
そんな俺を、アンタ達は陰で見て笑ってたのか!?
この7年、仕事の合間を縫ってアイツを探してた時間は何だったんだ。
ふざけんなよ。俺の7年、返してくれよ。
そう言葉を放って激昂する総二郎に、夢子は表情を崩す事なく口を開いた。
「細工しなかったら、大っぴらに動いてたでしょ?総二郎君も類君も司君も。そして、あきら君も。それだけは避けたかったの」
「何でだ?」
「美作家以外、つくしちゃんに好意的じゃないから」
「っ!」
「自分の息子が牧野つくしを探してる。その事を知った親御さん達がどう動くのか。それが分からなかったから、ありとあらゆる手は打っておきたかったの」
「・・・そこまで慎重にする必要があんのか?」
「あるわ」
「何でだ?」
総二郎からの鋭い眼光を事もなしに受け止めた夢子は、軽く瞑目してから意を決したかのように、こう言い放った。
「つくしちゃんと、つくしちゃんの子供を守る為よ」