「・・・おい。何で修平が、類の膝の上に乗ってんだよ。おかしいだろ」
「別におかしくないよ。ね?修平君」
「うん!」
初対面の人間、特に大人に懐く事など皆無な人見知りの修平が、ほんの数十分で類には懐いた。
それは類にも言えて、子供など好きではない彼が、修平にはすぐ心を開き可愛がった。
これは本当に珍しい光景だ。
類はいざ知れず、修平に関しては初めてと言っていいくらいの姿だ。
実の父親である総二郎にさえ、しばらくは懐かず距離を置いていた修平が、類には自ら近付きすっかり打ち解けている。
当然、総二郎にはそれが面白くない訳で、自然と類に対しても口調がきつくなり、態度も硬化する。
「あきらと司はどうしたんだよ。一緒に来たんじゃねーのか」
「あきらに司を押しつけて、俺だけ先に来た」
「はぁ!?何やってんだよ、お前は」
「当然だろ?だって、あきらん家はずっと、牧野の情報を操作してたんだから。そのせいで、牧野の行方が掴めなかった。あきらだけ牧野の情報を知っててズルイじゃん。だから、面倒な司を押しつけた」
「お前な・・・ガキか!あきらだって、コイツの事は知らなかったんだ。それなのに、こんな仕打ちを受けて気の毒に。つうか、ダチを面倒って言ってやるな。そもそもお前は昔から───」
「ちょっと!子供の前でケンカは止めてよ」
「おとーさん、メッ!」
親指をたて、父親に「ダメッ」と注意をする修平に、類とつくしは思わず噴き出した。
7歳の息子に叱られる父親の姿は、何とも滑稽である。
これでは、どちらが親で子か分からない。
父親としてのプライドを大いに傷付けられた総二郎は、その怒りを妻や息子にぶつける訳にもいかず、イライラを募らせた。
一方、そんな総二郎をチラリと見やった類は、大皿に入ったパンの耳ラスクを2本手にすると、1本を修平に渡し、残りを口の中に放り込んだ。
「うん、相変わらず美味しいね。懐かしいよ」
「あ、ありがとう」
「よく食べたなぁ。牧野の手作りラスク」
「ホント?おかーさんのラスク、類クンもたべてたの?」
「そうだよ。修平君のお母さんの手作りラスク、よく食べたよ。後、お弁当もよく食べたっけ。美味しいんだよな、牧野の手作りって」
「うん!ぼくも、おかーさんのごはん、だいすき!」
「俺と一緒だね、修平君」
「類クンといっしょ!わ~い」
「修平も花沢類も、恥ずかしいから止めてよね」
「だって、本当の事だから。ね?修平君」
「ね~」
「・・・おい。何からどう突っ込めばいいんだ」
またしても置いてけぼりを喰った総二郎は、腕を組み、眉間にシワを寄せ、行儀悪く貧乏ゆすりをしながら類をジロリと睨んだ。
本当なら表立って怒鳴りつけたいところだが、そんな事をすればまた、息子に叱られる。
父親としての威厳をこれ以上、失墜させる訳にはいかない。
何としても、それだけは避けなければ。
とは言え、自分と初対面の時には「オジサン」と呼び、類に対しては「類クン」と君付けした息子に、その辺りの意図を問い質したい。
けど、そんな事をすれば、息子に嫌われる・・・かもしれない。
それだけは避けなければ。
そう心の中で自分に言い聞かせた総二郎は、鋭い視線を類にぶつけたまま口を開いた。
「コイツの手作り、よく食ってたのか?」
「そうだけど?」
「・・・俺は結婚するまで一度も、コイツの手作りラスクや弁当を食った事ねーぞ」
「だって総二郎は、司と一緒になって『ボンビー飯なんか食ったら腹壊す』って言ってたじゃん。まさか忘れたの!?牧野だって覚えてるよな?総二郎と司が言った言葉」
「もちろん!だから、花沢類以外には作らなかったの。美作さんは神経質だし、残り2名は腹壊すって言って私の料理をバカにするし」
「おとーさん、おかーさんにそんなヒドイこと言ったの?」
「ぐっ!」
「おとーさん、メッ!」
「「ぷっ!」」
再度、息子から叱られた総二郎は、唇を噛みしめ沸沸と沸き上がる怒りを抑えた。
この怒りは、息子に対するものでは決してない。
むしろ、自分に対してのものである。
それと、類に対しても。
いや、類に関しては怒りと言うよりも、嫉妬と言った方が正しいかもしれない。
妻や息子の心をガッチリ掴み、懐かれ、信頼される類に。
最近になってようやく、警戒心のとれた息子から「おとーさん」と呼んでもらえる様になった自分とは対称的に、初対面ですぐ「類クン」と名前呼びされた類に。
自分の預かり知らぬところで、妻の手作り料理を口にしていた類に。
とてつもない嫉妬心を、総二郎は抱いた。
そんな総二郎の様子に気付いたのか、何とかこの重い空気を変え話題も変えようと、つくしは苦笑いを浮かべながら言葉を放った。
「そ、そう言えば、今日は私達家族に話があるって言ってたけど、何の話なの?花沢類」
「うん。本当はみんな揃ってから話そうと思ってたんだけど、司がいると話が脱線するから、先に俺から話すよ」
そう一言断りを入れてから、類は事の次第をかいつまんで、今日ここに来た理由を説明した。
「牧野と総二郎の結婚祝と、修平君に本当のパパができた祝と、牧野家の新しい門出の祝。これを皆でしようって話になったんだ」
「「はっ?」」
「俺が家、あきらが結婚式、司が野球道具、大河原のサルが新婚旅行、三条の女ギツネがエステ、松岡が家族写真を担当して祝う事になったんだ。俺達からの御祝儀だと思って受け取ってね」
「「・・・はっ?」」
「おとーさん、おかーさん、どうしたの?」
「あ、いや。どうしたのっつーか・・・なあ!?」
「うん。こっちが聞きたいくらいよね」
突拍子もない話に、二人の頭はついていけない。
類の話は、事の次第をかいつまむどころか、事の次第がまず不明だし、かいつまむと言うより引っこ抜いていると表現した方が正しいかもしれない。
どのみち理解不能で、何がどうなってこうなった話なのか皆目見当がつかない総二郎とつくしは、互いに目線で合図を送りあうと、この後も続くであろう類の話に耳を傾けた。
「二人が結婚して、本来あるべき家族が揃った。やっと、牧野も総二郎も修平君も幸せになれる。そう思うと嬉しくてさ。何かカタチにして喜びを表現したいよなって、誰とはなしに言い出して」
だから、其々が担当を受け持ち三人を祝おうって決めたんだ。
と、楽しげに話す類は、総二郎とつくしに口を挟む隙を与えず先を進めた。
「新進気鋭の写真家として人気のある松岡は、三人の家族写真を撮りたいって言うからお願いした」
「優紀が写真家!?」
親友であった優紀の今の生業を耳にし、つくしは勿論の事、総二郎も驚きの色を隠せずにいる。
と言うのも、どこかの企業で事務仕事をしているイメージがあったからだ。
つくしは息子を守る為、総二郎はつくしの行方を探す事に必死だったとは言え、優紀と疎遠になってしまった。
それ故、優紀がどんな職業に就いたのかを、二人とも把握しきれてなかった。
だから、再会した時には優紀に「心配かけさせてゴメン」と謝り、不義理をした事に対する詫び言を述べよう。
そんな決意をする牧野夫婦を他所に、類の話は続く。
「後は、話し合いで決めた。って言うか、俺が割り振った」
「「はっ?」」
「だってさ、司が家を担当したら入り浸りするよ?牧野家に。もしかしたら、自分の部屋を作って居座るかもね。そうなったらイヤじゃん!?俺が」
「「ええっ!?」」
「だから、牧野家の新居は俺が用意するからね。どの辺りに住みたいか言ってくれれば、いくつか物件をピックアップするよ。費用は心配しないで。俺からの御祝儀なんだからさ」
想像のナナメ上をいく発言をした類に、牧野家は誰も何も言えなかった。
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