このブログの序文は徒然草の序文を引用しています。
「秋の夜長、燈火の下に一冊の古典を持ち出してきた。吉田兼好の徒然草である。その序文を現代語訳するとおおよそ次のようになると思われる。・・・・・・・・。」
もう一度、徒然草をひもといてみることにした。時々している。原点に立ち返ってみると言う作業である。
「兼好が現代に生きていれば、この時代をどう表現するだろう思いもある」と記載していますが、序文意外に彼の視点を引用していないことに気がつかされた。
今回は、第七章にスポットを当ててみましょう。「世は定めなきこそいみじけれ」と言うことです。
ふたたび、現代語訳しますと「世のは定め無き事ばかりで、突然、思いがけない事が良く起こるものだ。この定め無き事が実にすばらしいことだ」といっているものと思われる。
無論、そこには
「想定外」「想定内」という区分けはない。
実におおらかであり、とらわれない心のあり方かもしれない。すべての執着を超越してしまっているのかも、・・・・・・。
とかく、我先にと競争する社会に何らかの警告と示唆を含んではいないでしょうか。
多くの事柄を解ったつもりになっている現代人に「それは、ちょっと、違うんじゃありませんか」と問いかけていると思われる。ソフラティス的弁証法といえなくもない。否定の連続は肯定ときょうちょうである。
時々、パソコンが警告してくるけれど、・・・・・。
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