日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (47)

2023年03月06日 04時20分46秒 | Weblog

 美代子は、心配と不安感で落ち着かない気持ちのまま電車を乗り継いで駅を降りると重い足取りで、大助の入院している都立病院の付近に差し掛かると、珠子が美代子の動揺している気持ちを感じとって、彼女の気持ちを静めるために喫茶店に案内した。 皆がコーヒーを美味しそうに飲みながら互いに近況を笑顔でお喋りしていたが、彼女だけは出されたコップの冷や水を元気なさそうに一口飲んで黙りこくっていた。
 
 彼女は出発の朝、外科医である父親から
 「怪我をした状況から判断して、多分、捻挫だけと思うので、1週間位で腫れがひき歩行できると思うよ」
と聞かされていたが、それでも心配でならなかった。
 キャサリンが、理恵子と珠子に対し家庭内の近況の雑談にまじえて、美代子の横顔を見つめながら
 「この子は、普段、運動部に所属しているためか、家でも私がハラハラするくらい強気なのですが、この様なときになると途端に借りてきた猫みたいにおとなしくなり、内弁慶なところがあるんですョ」
と笑いを交えて話すと、理恵子が美代子を庇うように
 「わたしも、高校時代に節子母さんから同じようなことをよく言われましたゎ。この歳ごろのオンナノコは皆そうなのよネ」
と笑いながら答えていた。 
 美代子は、家庭内のことを言われるのを嫌い、キャサリンの口元に手を当てる仕草をして不機嫌そうな顔をして、それ以上自分のことを話してもらいたくないとゼスチャーをしたので、理恵子と珠子は
 「美代ちゃん、そんなに緊張しないでネ」「夏休みに一緒に過ごしたことで、貴女と大助君のことは良く判っているゎ」
と口を揃えて元気ずけると、美代子は、はにかんだ笑顔を浮かべて返事をすることもなく軽くうなずいていた。

 大助の病室は3階の整形外科の二人部屋で、交通事故で足を骨折した老人と相部屋であった。
 美代子は、珠子と理恵子の後についてキャサリンの背に隠れるようにして広い廊下を静かに歩いて病室の近くに来ると、そこには大助の母親の孝子を囲むようにして、大助の住む町内の若者のリーダーをしている健太と昭二がなにやら話込んでいたが、その近くに美代子とは顔を合わせたことのない、大助と同級生の和子と奈緒の二人が佇んでいた。
 和子は、彼女を見た瞬間、以前、授業中に大助あてのラブレターを彼から強引にとって見たことのある噂の人だと直感し、金色に近い髪の毛と青く澄んだ瞳に細面の背丈の高いスラリトした容姿に目を奪われて、同級生にもいる外国人と違って一際美しく見える美代子に、挨拶の礼をするのを忘れてハット驚いて半ば嫉妬気味に奈緒の肩をたたいていたが、奈緒は珠子や大助から薄々美代子のことを聞かされて知っており平然とした表情をしていた。

 美代子は、彼女等二人以上に、和子の均整のとれた容姿、人の心を射るような力強く、それでいて聡明で理知的な感じの黒く輝いている瞳と、取り澄まし冷淡に感じる大人びいた態度に圧倒されて、一瞬ギクッと心が動揺した。
 彼女は心の中で、大助君にはやっぱり恋人がいたんだゎ。道理でいくら待っても返事がないはずだ。と思いこみ、それまでの大助の病状の不安感と重なり気持ちが萎えてしまった。 
 キャサリンが理恵子の紹介で孝子に、初対面の挨拶と夏休み中に仲良く遊んでもらい、本人は勿論祖父も大変喜んでいたことなどを、時折、笑顔をまじえて丁寧に話しているあいだ中も、美代子は和子を意識してチラッと覗き見てはキャサリンに寄り添い不安感が益々増幅し落ち着かなかった。
 キャサリンも、そんな彼女に気ずいて、時々、彼女の手を強く握り励ましながら、孝子に対し美代子の強い希望でお見舞いに伺ったことを話していた。
 孝子は、キャサリンの上品で貴賓ある雰囲気を漂わせる態度と丁寧な話しに押され、その都度、言葉少なに頭をたれて頷き、大助の母親であることに恥ずかしさを覚えた。

 二人が挨拶を終えると、珠子が先になり一同が病室に入ると、彼は昼寝を終えた後で、枕を背中に当てて半身を起こして窓越に外を見ていたが、美代子を見つけると予めわかっていたとはいえ、慌ててベットにもぐり掛布で顔を半分くらい隠してしまった。  
 美代子はキャサリンの背中に隠れるようにしてその様子をみていたが、そのうちに彼女の持ち前の勝気が心に燃え上がって意を決したのか、キャサリンがお見舞いに上がった訳を優しく説明しているにも拘わらず、キャサリンの前に出て説明を途中で遮り、ベットの脇に近寄り丸椅子を引き寄せて彼の傍に座り、彼が作り笑いの顔をしながら伏目がちに、小声で
  「やぁ~美代子さん、久し振りだネ」 
  「お手紙の返事を出すことを気に掛けていたが遂々出し遅れて悪かったね。御免なさい」
  「たいした怪我でもないのに、わざわざ遠いところからお見舞いに訪ねて来てくれて、有難う」
と、やっとの思いで挨拶すると、美代子は途端にハンカチで口元を押さえ目に涙を浮かべて無言で、大助の額の絆創膏を見詰めていたあと、順次、毛布から投げ出した足と両手の包帯姿に目を移し、緊張した顔で声を絞り出す様に
  「あの若い彼女等は、君の親しいお友達なの?」
と言ったあと、ボクシングの選手のように手と足首にまかれた包帯姿に気を奪われて、お見舞いの言葉を失い、半ば呆れ気味に、さめた声で
  「大助君、なんで乱暴な運動をするのョ」「君、将来、オリンピックの選手になるつもりなの」
と、険しい顔つきで語りかけたあと、青い瞳を光らせて怒りを込めた様に、彼の目を睨む様に見つめながらお見舞いに来た理由について
  「節子小母さんから、君のことを教えられたとき、わたしが、どんな気持ちになったか、わかる?」  
  「手紙のお返事は、何時まで待ってもくれないしサ!」
  「それだけに、わたし、もうビックリしてしまって、頭がおかしくなり泣いてしまったヮ」
  「まさか、君の頭から私のことが消えて仕舞ったとは思いたくないし・・」
  「毎日、学校から帰ると部屋の窓から、山や河を眺めては、君と過ごしたことを想いだしているのに・・」
と、母や理恵子達が傍にいるのも気にかけず、和子にも自分の存在を知らせるかのように、日頃の鬱憤を一気に晴らすかの様に、矢継ぎ早に話していると、それまで、黙って聞いていた大助が重い口を開いて
  
  「美代ちゃん、君の気持ちは痛いほど判っているよ」「けれども、一寸、まってくれ」
  「君に、緊急で大事なお願いがあるんだ」
と告げたあと
  「悪いけど、母さん達と姉ちゃんや理恵さん達、皆、少しの間、廊下に出て行ってくれないかなぁ~」
と言うので、皆が、二人だけで話したいのかなぁ。と思って、怪訝な顔をしながら廊下に出た。
 
 一人残った美代子が
  「なによ、皆さんを病室から無理に出して、大袈裟に大事な話って・・」
  「まさか、絶交宣言ではないでしょうネ」
と、彼女も彼の同級生の和子と家族同士で親しくしている奈緒のことが凄く気になり負けずに大袈裟な表現で返事をすると、彼は幾分青ざめた顔で
  「それはとんでもない誤解だよ。ただの同級生だよ」
と答え、急ぐように
  「あのぅ~ オシッコをしたくて、さっきから我慢していたら膀胱が破裂するんでないかと思うくらい下腹が痛くなって・・」
  「看護師の小母さんは呼び鈴を鳴らしても忙しくて直ぐ来てくれないんだよ」
  「悪いけれど、君が手伝ってくれよ」
と、包帯でグルグル巻かれた両手を出して、
  「これでは、自分でパンツからオチンチンを引き出せないんだよ」
  「滅多に顔を合わせることのない君なら、恥ずかしさも一時的だからなぁ」
と、あっけらかんとした顔で言うので、美代子はビックリして
  「ナニネェ~ ワタシガ オシッコヲ テツダウノ ソンナノ イヤダヮ~」
と一端は断ったが、彼は緊張した顔で
  「看護師の小母さんは乱暴で嫌なんだ。まさか理恵子や姉貴とか、同級生のオンナノコに頼む訳にもいかないし・・」
  「君が手伝ってくれないなら、此処に漏らしてしまうから・・」
  「僕の生命の緊急事態だとゆうのに頼みを聞いてくれないなら、君との今後の付き合いも真剣に考え直すよ」
と真面目くさった顔で言うので、彼女は最後の言葉で心を大きく揺らし
  「そんなことになったら、わたしの人生が滅茶苦茶なってしまうゎ」 
  「イイワ キミガ ソノキナラ オテツダイスルワ」
と、大助に見限りられたら自分の人生は破滅してしまうと驚天動地の心境に陥り、錯乱した思考の中で即座に意を決すると、彼の切実な懇願に反射的に答えた。 

 彼女は早速、枕元に据えつけられた消毒液や器具等の入った戸棚から、自宅の診療所で見慣れた医療用のゴム手袋を取り出して手に装着すると、隣のベットの老人に
 「あのぅ~ おじさん。誠に勝手なお願いで失礼ですが、ちょっとの間反対側に向いていてくれませんか。彼が排尿したいと言っておりますので・・」
と、これも聞きなれた看護師口調で言ったあと、躊躇することなくベットの下から尿瓶を取り出してベットの脇に据えつけ、彼を横向きにさせてタオルケットをめくり、彼が
  「パンツの前のボタンをはずして、僕のオチンチンを引張り出し尿瓶にサキッポをいれるんだよ」
と指示したので、彼女は手術に臨む看護師の様に厳粛な顔をして、興奮しつつも言われた通りにすると、烈しい尿意で硬直したオチンチンのサキッポを摘み、尿瓶の入り口に入れて「イイワヨ」と合図すると、小水は勢い良く尿瓶の中にほとばしった。 
 少し泡を含んだ澄んだ黄色い液体がみるみるうちに尿瓶の目盛りをあげて行った。

 美代子は、はじめて見る男性の生理現象を目の前にして、恥らうことを忘れて、目を光らせて尿瓶を見つめていたが、終わった頃を見計らい、そこは診療所育ちの娘らしく
  「勢いの良いオシッコだわ」「少し臭いがするけれど、綺麗な黄色で、腎臓は異常なしだゎ」
と言ったあと  
  「アラッ もう終わったの」 「オオジサマサマガ シボンジャタワ ダメヨ」 「ビンカラハズレテ モレテシマウワ」  
と、鋭い観察眼で注意深く見守りながら、尿瓶の外に漏らさないように気配りしていた。

  

 

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