母子家庭の城家では、母親の孝子が看護師として勤めているので、朝晩の家事等は高校生の珠子が殆ど取り仕切っており、剽軽で明るい性格の大助は日頃小言を言われながらも、そんな姉の珠子には頭が上らず素直に従っている。
珠子は、大助から渋々渡された美代子さんからの手紙を一通り読み終えると、彼女らしく
「これからは、外国の人と、お友達になることも視野が開けて素晴らしい経験になるわネ」
「夏休みに河で遊んでいる様子を見ていて、いずれこうなるかもと薄々想像していたわ」
と言いながら手紙を封筒に丁寧にしまって彼に返してくれたが、大助にしてみれば予想に反し穏便に済んだことに、ホットした安堵感から気持ちもほぐれ、珠子の話しかけにも上の空で、彼女の立膝の黒いフレアスカートから品良く伸びている脛をチラッと見ていて、直感でひらめいた艶かしい印象を、彼らしくユーモアたっぷりに
「姉ちゃんのナマアシも、色が白く太からず細からずで、健康的でミリキテキだなぁ~」
「但し、裏表の区別がつかない上半身を別だよ」
と軽口をたたいたところ、彼女は途端に険しい目で彼を睨みつけ
「ナニヨッ! その言葉遣い イヤラシイ」
「そんなことでは、美代子さんとのお付き合いは、トッテモ無理だわ」
と、彼の頬を叩く素振りをしたところ、彼が「ウエ~ッ! 危ない」と顔をそむけて彼女の手をよけたたために、抱いていたシャム猫のタマの頭に軽く手が当たってしまった。
驚いたタマがギャア~と呻いて、彼の横で気持ちよさそうに仰向けに寝そべって飴を口に含んでいた、タマコの胸の上に飛び乗ったので、タマコもビックリしてタマを抱いて起き上がり、目を丸くして
「また 大ちゃん悪戯を言って叱られたの・・」
と呟いた。
珠子は慌てて
「タマコちゃん御免なさいネ」「大助がエッチなこと言うから注意したのョ」
と弁解しながら立ち上がり「さぁ~帰りましょう」と言って先になつて歩き出してしまった。
草むらを踏み分けて堤防に上ると、珠子のうしろから小声で、大助が不満そうに
「お昼奢ってくれる約束だろう」
と催促すると、珠子は振り向きもせず
「この次にしましょう。家でラーメンを作ってあげるヮ」
「混んでいるお昼どきに、猫をつれて入れるお店はないゎ」
と、つれない返事をしたので、タマコちゃんが俯いて小声で
「わたし タマと一緒に外でまっているヮ」
と言ったが、珠子は
「いいのョ、わたしの家に来なさい」
「大ちゃんは、肉屋の健ちゃんのところで、チャーシュウーを買って来てェ~。 それと八百屋さんの昭ちゃんのところで、ネギとシナチクにホウレン草を買ってきてネ」
と言いながら早足で先に行くので、彼は後ろから
「チエッ ウソツキ! 人を騙すなんて悪いわ~、手紙を見せるんじゃなかった」
「昭ちゃんのところには、姉ちゃんが行くとサービスしてくれるよ」
と皮肉交じりに返事して、タマコちゃんを連れて肉屋の健ちゃんの店に向かった。
彼にしてみれば、昭ちゃんが姉に普段から好意を抱いていることを、これまでに何度も健ちゃんから聞かされ、ことあるごとに二人の間の提灯持ちをさせられているので、気を利かせたつもりで言い返した。
健ちゃんのお店に行くと、鉢巻姿の威勢の良い健ちゃんが
「お~ぉ! 今日は昼間からお揃いでデートか」「お前達は、気楽で羨ましいよ」
と声を掛けてきたので、オシャマなタマコが
「お兄ちゃん違うのョ。珠子姉ちゃんが、大ちゃんを食堂でお昼を奢ると言って散歩に連れ出したのに、大ちゃんが、つまらぬことを言ったばかりに、猫にかずけて、お家でラーメンを作るから・・・と」
と不満そうに告げ口をしたところ、健ちゃんは
「そうか、そうか、珠子さんには逆らわぬことだな。なにしろ城家の神様だからなぁ」
「ホラッ さわらぬ神に祟りなしと言うだろう」
「それよりも、大助! お前、入院している時に、金髪の綺麗な女優さんから面倒をみてもらったそうだナ。 町内に話しがパ~ット広がって評判になっているぞ」
「いい気になって、外人さんに深入りすると、あとで泣き面に蜂だぞ」
と、日頃、町内では兄貴分らしく振る舞っているので大声で注意していると、そこに、健ちゃんの行きつけの居酒屋の娘さんで、大助とは同級生の奈緒ちゃんが、夕方の仕入れの註文にやって来て、健ちゃんの話を聞きつけて
「アラッ 外国の女性でもいいじゃない」「大ちゃん、素敵なことョ」
と、大助の肩を持ち、健ちゃんには
「健ちゃんは、彼女がいないから、大ちゃんにヤキモチを焼いているのよ」
と口添えして返事に窮している大助を助けてくれた。
けれども、その顔は心なしか何時もと違い心なしか寂しそうに大助には見えたので、自分を庇ってくれた彼女が何時もよりいとおしく思えた。
健ちゃんが、タマコに同情して揚げたてのコロッケを彼女に差し出すと、彼女が抱いていたタマが油のにおいを嫌ったのかタマコちゃんの首筋に顔をすりつけてまとわりついたので、健ちゃんは「オイ オイ 俺まで嫌うなよ」と言って苦笑いしていた。
健ちゃんは、仕事を終えると、時折、お気に入りの居酒屋に行き、娘の奈緒ちゃんのことは知り尽くしており、おとなしく自分の気持ちを必要以上に押さえ込む性格で、何かにつけ彼女が密かに大助に思いを抱いていることを承知しているので、大助と奈緒が仲良く交際してくれれば良いがと、ことあるごとに思っており、奈緒のけなげな大助思いの言葉に、彼も一瞬返す言葉を失ってしまった。
健ちゃんにしてみれば、自分としては一生懸命に、珠子と昭ちゃん、それに、大助と奈緒を上手く結びつけてやろうと、機会を見つけては励んでいるが、どうも考え通りに事が運ばないので、居酒屋のママさんからも「自分のこともできないで・・」と、常に冷やかされて酒のツマミニされているが、彼にはそんなことを全然気にしない剛毅なところがある。
けれども、真面目で世話好きなところが町内や商店街で人気をはくしている。