大助は、姉達が出かけるとすぐに、奈緒に電話をして「これから遊びに行くよ」と一方的に告げるや、愛用の黒革ジャンバーを着てジーパンのポケットに手をれ、周囲に気配りしながら小走り気味に彼女の家に向かった。
自宅から近い、池上線の久が原駅前にある、居酒屋の二階にある裏口の階段を上がって、彼女の部屋の入り口戸を軽くノックし、勝手に「ワァ~ 今晩は寒いっ!」と挨拶代わりに言って、暖められた部屋に入ると、X”ツリーを作っていた彼女は少し慌て気味に
「アラッ!早いのネ。 こんな時間にどうしたとゆうの。珠子さんと喧嘩でもしたの?」
「それとも、遠くの青い瞳の恋人を思い出して、逢えない寂しさで気持ちが落ち着かないの?」
と、突然訪ねて来た大助を見てビックリした顔で尋ねたので、彼は座るなり
「ヤダナァ~ 奈緒ちゃんまで。 人の噂で勝手に恋人なんて決め付けて・・。僕に恋人なんている訳ないだろう」
「田舎の美代子さんも、奈緒ちゃんや和子も同じように、皆、友達として普通に付き合っているんだけどなぁ」
「折角だから、ついでに聞くが、どの辺から友達が恋人になるんだい」
と聞き返すと、奈緒は彼の問い掛けに答えようともせ立ち上がり
「ソンナコト ワカラナイヮ」 「大ちゃんこそ、友達が沢山おり逆に教えて欲しいわ」
と言ったあと
「でも、本当を言うと、わたしも退屈していたので、今晩辺り遊びに来てくれないかなぁ。と、思っていたのよ」
「これって テレパシー とゆうのかしら・・」
「それでも大ちゃんはクラスのイケメンだけに、或いは和子さんに呼ばれてコッソリ行っているのかしら。と、チョッピリ心配もしていたヮ」
と、皮肉を込めて笑い顔で言いながら、鏡台の前にゆき髪に櫛を入れ薄く口紅を塗って真似ごとの様にチョッピリお化粧したあと、振り返って嬉そうな笑顔をした。
奈緒は、白い丸首のセーターに黒い暖かそうな感じのスカートで装い、赤いソックスを履いていた。
大助はテーブルの脇に勝手に座り片肘をついてその様子を見ていて、いたずらっぽく
「奈緒ちゃん、少し早いがサンタが白黒のツートンカラーのパトカーに乗って来たみたいだよ」
「化粧した奈緒ちゃんを真近で見るなんて初めてで、何だか普段より大人ぽく見えるなぁ~」
「お世辞でないが、口元がいやに艶かしく見え綺麗だわ」
と、彼、特有のジョークで直感的に感想を話すと、彼女は
「そんなに、冷やかさないでェ~」
「たまに退屈なときには気分を紛らわすために、悪戯をするときもあるゎ」
「でも、化粧水くらいは何時も使っているのょ」
と答えて、座敷の中央に置かれた、丸いテーブルを囲んで向かい合って座った。
大助が、蜜柑の皮をむきながらテーブルの中央に飾られている小さなツリーを眺めていて
「これ、初めから奈緒ちゃんが作ったのかい。小さいけど、可愛くて綺麗だなぁ~」
「見る人によって感想はそれぞれだが、僕にはチカチカ光るイルミネーションの明かりが、奈緒ちゃんのユラユラ揺れる蒼い恋心を表現している様にも思えるなぁ~」
「違がったかなぁ~。外れたらゴメンよ」
とニヤニヤしながら一人ごとの様に呟き、ツリーをいじっている彼女の柔かそうな手の甲を指先で突っくと、彼女は
「そ~ 見える。 誰に対してかしらネェ~」「その様な人がいればいいんだけれど・・」
「ネェ~ わたしがそんな時、何を考えているか判る?」
と聞いたので、彼は
「入試の勉強で、疲れた頭を休めていたんでないのか」
と当たり障りの無い返事をすると、彼女は
「チガウ チガウノョ、アコガレノ オトモダチヲ シノンデ イルノョ」
と、小声ながらも愛嬌のある笑顔で答えて、彼の顔をチラット覗き見しながら、時折、小首をかしげながらツリーの小枝に飾られたテープを、器用そうな指先でしきりにいじっていた。大助は
「ヘェ~。 奈緒ちゃんが好きな男の子って、どんな子かなぁ。まさか同級生じゃないだろうな」
と思わぬことを聞かされて気落ちしてボソボソと呟いていた。
階下の店は土曜日のためか、大勢の若い客で賑やかでカラオケのボリュウムが大きく、健ちゃんの声らしき歌声が彼らの部屋にも聞こえてきた。
実際、店内では常連客の健ちゃんと昭ちゃんの二人が中心になって、若い女性客を巧みにリードして、愉快そうに遊んでいた。わけても、健ちゃんの声は大きく響いて聞こえた。
この日は、店でもママさん一人では手が回らず、パートの中年の小母さん達を三人頼んで忙しそうであった。
奈緒は、賑やかな店の様子を感じとって、大助に対して
「大人の人達は、アルコールのせいかも知れないが、どうして、あんなに愉快になれるんかしらネ」
と話すと、大助は横に寝転んで雑誌を見ながらボソットした声で
「僕にも、あの大人の心理はわからんよ」
と興味なさそうに答えた。
奈緒は、大助が何時もと違い陽気さがないことが気になり
「ネェ~ わたしの作ったケーキ食べてくれる。味は保証できないわョ」
と言って、茶箪笥かからケーキを取り出して皿に乗せ、ジュース瓶とコップを一緒に運んできた。
大助は、彼女が小皿に乗せてくれたケーキを口に入れるや
「ウ~ン 美味しいよ。これ、本当に奈緒ちゃんが作ったのか、凄く旨いや」
と感心して呟くと、彼女は箪笥から包装紙で作られた封筒を持って来て、中から毛糸のネクタイを取り出して、
「わたし、母さんに教わって練習中なので、編み目が不揃いだが、大ちゃん、もし良かったら遊びのときにでも付けてくれない?」
と言って彼の前に差出し、はにかんで笑ったので彼は奈緒の心遣いにやっと心がほぐれ
「今日は、凄くサービスがいいんだな。奈緒ちゃんが、優しいサンタさんに見えるよ」「やっぱり来てよかったわ」
と笑いながら軽く頭を下げて早速首に巻いて嬉しそうに「どうだい、似合うかなぁ」と言って、しきりにネクタイの先をいじっていた。
大助は、そんな話の最中にリップサービスのつもりで
「この間、お袋から聞いたんだけれども、奈緒ちゃんと僕は赤ん坊のとき、僕の亡くなった父親の懐に、二人して仲良く抱かれていたらしいよ」
「そんなとき、僕と奈緒ちゃんは手を握り合い、頬を寄せ合って喜んでいたらしいよ」
と、ネクタイを編んでくれた、お礼の意味を込めて、彼らしくユーモアを交えて大袈裟に話すと、奈緒は
「ウソ~ そんなこと聞いたことないヮ」「まして、赤ちゃんが手を握り合うなんて・・」
と、恥ずかしげにフフッと笑みを零して、全然、彼の話を信用しなかったので、彼は
「後のほうは、僕の想像だが、抱かれていたのは本当らしいよ」「今度、お母さんに聞いてごらんよ」
と、真面目腐って強調した。
奈緒は、父親の話が会話の中で自然に出た途端に、急に寂しそうな表情をして俯き、テーブルの上を指先で何か文字をなぞるようにしながら
「大ちゃん、わたしの家庭の事情を、本当に知らないの?」
「わたし、父親の顔を見たこともなく、面影も記憶も、全然、ないヮ」
と言ったあと途切れ途切れに思いだすように、今まで話したことのない身の上ばなしを語り始めた。
彼女が記憶を辿りながら言うには
小学校2年生のころ、運動会のときに、母さんに父さんが何故来てくれないの?。と、聞いた日の晩方。 お父さんは遠いところに行ってしまったの。と、母さんが涙顔で教えてくれたことがあったわ。
わたし、その後は詳しいことを聞かないことにしていたが、中学生になったとき、どうしても知りたくて、思い切って聞いてみたの。
その時、初めて両親が離婚していたことを知り、兄の男の子は父が引き取り、女のわたしは、男手では育てるのに難しいとゆうことで、親戚の人達の反対を押し切り、母さんが無理矢理引き取ったらしいの。
そのため、母さんは、わたしを一人前の人間に育ててみせると覚悟して、それ以後、私の教育には喧しい位に気を使い、だから、大学はともかく、高校だけは卒業して欲しいと意地になっているところがあるのよ。
わたしも、母さんのことを思うと、すごくプレッシャーを感じるヮ。
と、零れ落ちる涙を必死に堪えながら、身の上話を語り、続けて
孝子小母さんや珠子さんは、わたしの身の上を知っているらしく、大ちゃんが留守の時遊びに行くと、珠子さんは、わたしを庇ってくれ、お手伝いすると決まって、わたしに対し暇なとき何時でも来て好きな様に家事をしてくれれば助かるし嬉しいわ。母も奈緒ちゃんがわたしと一緒に家事をしてくれることが嬉しく喜んでいるゎ。と言ってくれるので、わたしもその言葉が嬉しく、例えお世辞であっても甘えて、時折お邪魔させても貰っているの。
と、大助の知らない内輪のことを話してくれた。
大助は、奈緒の話を聞いていて、母親や姉の真意が理解できず
「フ~ン そうなのかぁ」「あの神経質で五月蝿い姉がなぁ。奈緒ちゃんを余程気に入っているんだょ」
「母さんと姉は、僕が役立たずなので当てにせず、それに、キット 今でも僕と奈緒ちゃんを双子の様に思っているんだろうなぁ」
「僕は全然気にしないので、奈緒ちゃんなら安心できるので、何時でも来て奈緒ちゃんの好きな様にやってくれればいいさ」
と冗談とも本気ともつかない顔をして答えていた。