大助は、ケーキを食べるのを止め無言で腕組みをして、奈緒の身の上話を神妙な顔をして聞いていたが、話が途切れたところで
「奈緒ちゃん、判ったよ」
「これまでに、そんなことを少しも顔にも出さずにいたので、まさかと思い驚いてしまったが、奈緒ちゃんの我慢強さの秘密が判り、女の子なのに凄い精神力の持ち主だなぁ。と、今更ながら感心してしまったよ」
と呟くように言って慰めた。
彼女が頬に流れる涙を拭いて語り終え、少し落ち着きを取り戻したところで、彼は
「さっきも、一寸、話したけれども、どおりで僕のお袋が<お前が、奈緒ちゃんと仲良く交際してくれるなら母親として安心して見ていられるわ>と言っていたが・・」
「勿論、ほかの女友達については、レット・カードだってヨッ!」
と苦笑して話したあと、何時も姉に厳しく言われているためか、余計なこととは思ったが、遂、口を滑らせて
「姉は日頃口癖で、お前みたいに精神がフニャフニャしていて、つかみどころのない子は、奈緒ちゃんとは精神的に開きがありすぎて頼り甲斐も無く、彼女の方で嫌がるかもョ」
「わたしなら、面倒見切れず、悪いけど御免だヮ」
と言われていると、姉が美代子との交際に賛成でないこともあり、皮肉を付け加えた姉の言葉を披露することを忘れなかった。
彼女はフフッと笑ってなにも答えなかった。
奈緒は、大助の話を聞き終わると、幾分気持ちが落ち着いたらしく気分が和らいだのか
「お姉さんは、日頃、お母さんの代わりで家事をしているので、大ちゃんに対して厳しいことは理解出来るヮ」
「貴方のお母さんは、わたしのことを実際以上に褒めて下さっているんだヮ」
「わたし、皆がイブの晩で陽気に楽しんでいるときに、こんな面白くもない話を嫌な顔もしないで真剣に聞いてくれる、大ちゃんの心の広いところが好きなの」
「お逢いしたことも無いが、金髪の娘さんや、同級生の和子さんとは、どの程度のお付き合いをしているの?」
「どちらも、わたしより恵まれた家庭に育ち頭も優れているので、わたし、大ちゃんの心を一人占め仕様なんて思ってもいないが、今迄通り、普通のお友達でいられれば、それで充分幸せだヮ」
と言ってくれたので、大助は
「和子さんとは、授業のこと以外、全然、付き合いはないよ。大体、和子さんの様な自己主張の強い子は、僕苦手だょ」
「それに、奈緒ちゃんも、和子さんに深入りするなと注意してくれたじゃないか」
と答え、美代子のことについては
「夏休みに、理恵子姉さんの田舎に姉と遊びに行ったときに知り合い、川で一緒に水泳をして遊んだのが付き合いの始まりで、ブルーの瞳がすごく陽気で魅力的な子だよ」
「けれども、姉の話だと今年は不景気らしく、母さんのボーナスも少ないらしいので、当然、僕も小遣いを倹約しなければならず、新潟までの旅費も高いので、会うことも出来ないや」
と、少し寂しそうな顔をして正直に答えた。
奈緒は、大助に同情する様に
「そ~ぅなの、大ちゃんの気持ち判るゎ」「でも、夢はあきらめては駄目だゎ」
「遠く離れていても、お互いに信じあっていれば、いつかは、思いが稔るときが訪れると思うヮ」
と、逆に大助を励ますみたいになってしまったが、大助は彼女もいろんな悩みや寂しさを抱えて生きているんだなと思い、気を取り直して,奈緒ちゃんが予め店の小母さんに頼んでいた、カツ丼を階下から運んでくると早速二人が向きあって箸をとると、彼女は自分の丼からカツを二切れ彼の丼に移しニコット笑って、何時ものの表情に戻っていた。大助はその笑顔に安堵しお茶を飲みながら、食事中に精一杯考えていたことを言葉を選びながら率直に
「死別、離別の違いがあっても、お互いに片親同士だが、両親の揃った人には判らない悩みもあり、耐えなければならないこともあるが、無い物ねだりしても解決できる問題ではなく、親の期待に応える様に、今の自分を大切にして、前向きの思考で、二人で協力して頑張ろうや」
「取り敢えずの目標は、高校入試突破だな」「何時でも、遊びにきてくれよ」
「旨いお菓子はないけれど、カップ麺くらいは作ってあげるからさ」
と言って励まし、奈緒に笑顔が戻ったところで、帰ることを告げて立ち上がると
彼女は、途中まで送ると言い出して、彼の断りも聞き入れず立ち上がって身支度を始め彼を困らせた。
大助は、夜更けに近所の人達に二人でいるところを見られては困るなぁ。と、思案した挙句
「今晩は風も冷たいし、そんなに遠くもないのに、大袈裟に見送るなんて言うなよ」
と言っても、奈緒は首を小さく振って彼の袖口を掴んで離さず引き止め、さっさと首に毛糸の襟巻きをして外出の準備をしてしまったので、彼は仕方なく
「それじゃ、お宮様の前までだよ」
「顔見知りの人に遭遇して、デートしていたと、あとで陰口を言われるのも嫌なので・・」
と言ったら、彼女も渋々ながら納得して、うなずいてくれたので、彼は
「あのぅ~ バイバイしたあと、お互いに振り向いて、後ろ姿を見ないことを約束しようよ」
と言い含めて外に出た。
幸い、薄暗い街灯の灯る舗道は、冷たく響く電車の音しか聞こえず、人通りも無かったが、二人は手を繋ぐこともなく並んで黙って歩いた。
彼にしてみれば、彼女が別れたあと少しでも寂しさを引きずらない様にとの、せめてもの気遣いであった。
神社の前に来たとき、大助は奈緒を軽く抱きしめて彼女の背中を叩き、頬を合わせることもなく離れ、どちらからともなく両手を出して握りあったが、大助が
「アッ! やっぱり、奈緒ちゃんの手は暖かく、ふっくらした感じで、赤ちゃんのときと同じ感じだわ」
と、彼らしくユーモアたっぷりに話すと、彼女は久し振りに二人だけで逢えたのが余程嬉かったのか、或いは彼のユーモアが可笑しかったのか、声を出さずにクスッと笑い握った手に力を込めたが、彼女は<今度、何時、二人だけで逢ってくれるの>と、口に出そうになったが、言ってはいけないとグッと胸に押し留めて
「久し振りに楽しくすごしたゎ」 「オヤスミナサイ」
と小声で言って、そっと手を離し名残惜しそうに目には哀愁を漂わせて彼を見詰めて別れた。
二人は、約束通り、互いに振り向くことなく、街灯が薄暗くともる、静かな闇の中に消えていった。
大助は歩きながら、それまで互いの家庭を自由に行き来している幼馴染の同級生で普通のオンナノコとしか思っていなかった奈緒が、今宵、自分の心の奥に潜んでいた理想的な女性像を現実に目覚めさせるオンナノコだなぁ。と、自問自答し、周囲に気配りしながら足早に家に向かった。
姉の珠子が彼女との交際を積極的に勧める気持ちが何となく判ったようで心が揺らいだ。