日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (9)

2023年09月01日 03時18分47秒 | Weblog

 大助は、風呂場から逃げるようにして居間に戻ると、お爺さんは新聞を見ていたが、彼の顔を見るや
 「おやっ!早かったね」「また、美代が悪ふざけでもしたのかね」
と苦笑して言ったので、彼は額の汗を拭きながら
 「いやぁ~、突然、美代ちゃんが飛び込んできたので、僕、魂消てしまったよ」
と返事をして、浴場での出来事を正直に話そうとすると、美代子が浴衣姿で冷えたジュースを持ってきて、彼の話を途中から聞き、彼を睨めつけるようにして
 「余計なことを、喋らないのっ!」
と話を遮ったところ、お爺さんは追い討ちをかける様に
 「大助君、美代は恥ずかしがらずに、君の背中を流したかね」
と言ったあと
 「ワシが言いつけたんだが、迷惑だったかな」
 「もう、二人とも子供でなく、中学・高校と長い間、仲良く交際しているので、ワシは構わんと思うがな」
と、からかうように悪戯ぽく言って、眉毛を八の字にして目を細めて笑っていた。
 美代子は、我が意を得たりとばかりに、風呂場での愛くるしい顔とうって変わって急に大人っぽい顔で
 「ほれ、みなさい。お爺さんは、私達のことを、ちゃんと理解してくれているのよ」
と澄ました顔で言って大助を見てニコット微笑んだ。

 お爺さんは立ち上がると
 「ワシは、着替えをしてから行くから、君達、そのままでいいから、先に座敷に行っていなさい」
と言って居間を立ち去り、大助が座敷に行こうと立ち上がったら、美代子が彼の浴衣の帯を引張って、今度は深刻な顔つきで
  「大ちゃん、お願いがあるの」 「お爺さんが、色々と家庭内のことをお話をするけれど、気にしないでね」
  「間合いをみて合図をするから、そうしたら、ここが大事なところなので、貴方も覚悟決めて思いきってお爺さんに答えてよ」
と言い放つと、怪訝な顔をしている大助に対し言葉に力を込めて
  「それは、お爺さんに対し、将来、美代子を僕のお嫁さんに下さい。と、はっきり言ってねっ!」
と、頼んでいるのか強要しているのか、瞳を光らせて「判ったわね」と念を押して話したので、彼は思いもかけない彼女の求に驚いてしまい
  「美代ちゃん、そんな大事なことを急に言われても、母や姉にも相談していないし、 それに、僕達にとって長い先の遠い話なのでとっても無理だよ」
と、困惑した表情で答えると、彼女は一変して悲しそうに表情を曇らせて、今度は哀願する様に
  「お爺さんのお話を聞けば、わたしが、今、人生の岐路に立たされていることが判るわ」
  「どうしても、助けて欲しいの」「わたしの言うことを聞いてくれなければ、わたし、死んでしまうかもよ」
と、必死に頼むので、彼はいまにも泣き出しそうな彼女の肩に両手を乗せて、諭すような口調で優しく
  「美代ちゃん!、僕も、大学卒業後、自活できる様になったら、君と一緒になりたいと母や姉を説得して、お爺さんに対し正式にお願いしたいと考えているんだよ」
  「この考えは、嘘やその場かぎりの偽りで無く、僕の正直な気持ちであることは、美代ちゃんも普段の突き合いから判ってくれていると思うんだけど・・」
  「今日のところは、お話をよく聞いて、自信を持って答えられる日が来たら、必ず、君の期待に添える返事をするから、僕の立場も考えて欲しいわ」
  「僕だって、必ずその日が訪れることを心から望んで頑張っているんだょ」
と答えると、彼女は、目から大粒な涙を流して、両手の掌で顔を覆い隠して
  「大ちゃん、有難う!、嬉しいわ。わたし、どんなに永くなっても待つわ。けれども、お爺さんも、その言葉を聴きたがっているし、貴方に、わたしとお爺さんの運命がかかっているのよ」
  「だからこそ、両親が留守のときを選んで、わざわざ、来ていただいたのよ」
と、真剣な眼差しで、何時もの前向きな彼女に戻り、自分の意志を貫く力に漲った彼女に甦った。
 大助にしてみれば、これは、想像してきた以上に大変なことになったと思いつつも、将来は将来として、彼女が好きであることには変わりがないので。と、思案しているとき、お爺さんが
 「はよう、来なさい。何をぐずぐずしているんかね」
と、呼ぶ声がしたので、彼は彼女に対し
  「君の話は承知したよ。それにしても顔を拭いて来てくれよ」 
  「僕が、意地悪して泣かせたみたいで、嫌だから・・」
と言って、重苦しい不安な気分で座敷に向かった。

 大助が、座敷に顔を出すと、お爺さんが自分と対面する席を指図したので、丁寧に一礼して座ると、美代子も入ってきてテーブルの隅に座った。 
 お爺さんは、上品な着物に羽織を羽織っており、大助に
 「また、美代子にゴチャゴチャ言われていたのかね」
と言ったあと、美代子の顔を見て
 「何だ、お前のために大事な話をしようとしているときに、そんな情けない泣きっ面をして」
 「そんなことで、これからの山あり谷ありの困難な人生を、一人前に生きていけるかね」
 「大助君のお荷物になってしまうんでないか」
 「普段はワシに文句ばかりつけるお転婆なのに、いざとなったら・・」
と、美代子の泣きはらした顔をみて、自分も張り切っていた自信が萎えそうになったが、そこは百戦錬磨のお爺さんらしく、眉毛を逆立てて我が意を奮い立たせて厳しく諭した。
 彼女は俯いてタオルで顔を半分覆い、小声で
 「違うわ。お爺さんに関係ないことなので・・」
と精一杯虚勢を張って返事をしていた。

 お爺さんは、少し間を取って気分を直すと
 「さぁ さぁ~ 大助君の希望通り、仕出し屋に上等な魚料理を用意させておいたので、鬼のいぬ間に何とかやらで、遠慮なく食べてくださいよ」
 「まだ、未成年者で、一寸、気が咎めるが、まぁ~、飲んでも飲まなくてもいいから、一献ビールを注がせてくれ」
 「一人で飲んでも旨くないからなぁ~」
と言いつつ、彼女が遠慮気味に差し出したコップを受け取るとビールを注いでくれたので、彼もお爺さんの杯にお酒を恭しくついだ。
 美代子は、赤ワインを用意していたが、彼は大学のコンパで先輩の誘いでビールを飲んだことが度々あるので、お爺さんの相手をしながら、度胸を決め込んでビールの入ったコップを口にはこんだ。
 お爺さんは、彼の呑みっぷりを見ていて
 「ほぅ~、君も、なかなかいけるね。その体格に相応しく飲みっぷりがいいわ」
と嬉しそうにして手酌で呑みながら、彼の防大での規則と時間に追われる厳しい日課を感心しながら聞いていたが、お爺さんは、彼の若者らしい快活な話に誘いこまれて、自分の若き日の軍隊生活を重ねて想いだしてか、興味深そうに聞いていては、時々、二人が愉快そうに談笑しときには手を打って大声で笑っていた。
 二人の様子を見ていて美代子も自然と心が和らいだ。
 

  

コメント
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