山の懐に囲まれた街では、春の夕暮れは陽が峰々の端に沈むのが早くても、晴れた日は空が明るく、時の過ぎ行くのを感じさせない。
大助と美代子は、大川に架かる赤く塗装された橋の袂に差し掛かると、彼女の案内で堤防の階段を手を繋いで降りて行き、河川敷に作られた広い公園のお花畑に着いた。
町内の老人倶楽部の有志が丹精こめて手入れしているお花畑は、中央の芝生を囲むように、真紅のサルビヤ・黄色nマリンゴールド等色とりどりの小さい花が植えられ、その外側を小道を挟んで、ボタンやチュウリップにツツジの花畑となっている。
愛好家の人達が長年の知恵と経験を生かして手入れしているため、ボタンとチューリップは赤・色・紫と色とりどりに植えられ、山ツツジが花びらを大きく開いて春を謳歌している様に咲き誇り、一面が憩いの公園となっている。
大助が一人ごとに
「牧場のある裏山の男性的な雄大な景色とは異なり、この公園は花の香りで満ち溢れ、まるで、少女の絵本にあるお伽噺の世界にいるようだなぁ」
と呟くと、聞きつけた美代子が
「そうね、少女はともかく女性的な雰囲気が漂っているわね」
と、彼に答える風でもなく感想を漏らしていた。
二人が、綺麗な花々に癒されて、遂、先程まで、お爺さんと話しあっていたときの興奮からさめて、ゆっくりと散歩していると、服装から観光客らしい中年の女性達数人とすれ違った。
その中の一人の上品な感じのする和服姿の人が、美代子にそっと近ずいて来て、遠慮気味に小声で
「あのぅ~ 外国から観光に来られたのですか?」
「肩まで伸ばした綺麗な金髪と、端整で清楚なお姿がとっても美しく、お花畑に非常にお似合いですゎ」
「宜しかったら御一緒に写真を撮らせていただけませんか。旅の記念にしたいと思いまして・・」
と声をかけてきたので、美代子は、見知らぬ人から思いもかけないことを突然言われてビクッとして、本能的に素早く大助の後ろに身を寄せて、代わって返事をしてと言わんばかりに背中を突っついたので、大助は
「いやぁ、お褒め戴いて恥ずかしいですが、僕達ただの友達なのです」
「彼女は地元に住む大学生で、少し神経質で気が弱く、人の前に出ることを好まないので、折角ですが・・」
と、実際とは反対の表現で丁重に断ったところ、相手の小母さんも
「そぅ~なのですか、余りにも美しく、若しかして、外国の女優さんが、お忍びで散歩されておられるのかと思いまして、大変失礼致しました」
と丁寧に頭を下げて微笑んでいた。
小母さん達と離れると、美代子は公園を抜けた先のグミの茂る河原の中に立つ杉の大木の方に大助を導いて行き、握っている大助の手に力をこめて引張り
「ナニヨッ! 友達だなんて嘘言って。 わたし達、婚約者なのよっ!」
「それに、気が弱く人前に出られないなんて・・よく言うわね」
と、彼の答弁が気に入らず、横顔を眺めながら不服を漏らしていたが、大助は、彼女の文句がましい態度を全然気にすることもなく、彼女の手を握りなおして、軽く振りながら、気分よく
「女優さんとデートか。お世辞にしてもそんな風に見えるのかなぁ。嬉しいことを言ってくれわ。女優さんと手を繋ぎ、綺麗なお花畑でデートできるなんて、僕も満更捨てたもんじゃないな。光栄の至りだよ」
と軽口をたたいていたら、彼女は手を離して歩くのを止め、彼の耳朶を軽く引張って、青い瞳に怒りをこめて見つめたので、大助は、シマッタ、また、まずいことを言ってしまったかと思い
「嘘も方便だよ。大学生なんだから自分で断ればよかったじゃない。僕に言わせておいて・・」
「正直、美代ちゃんは綺麗過ぎるんだよ」
「僕、時々、チラット思うことがあるんだが、その美しい容姿が人様からあらぬ妬みをかい、いつか、生活の障害になりわしないかと、心配になることがあるんだよ」
と、またもや、大袈裟な表現で言うと、美代子は少し気落ちした寂しそうな面持ちで、俯いて首を横に振って
「なんで、そんな心にもないことを言うの。 わたしなんて、これまで、自分が美人だなんてチットモ思ったこともないし、大ちゃんに、そのようなことを言われると、逆に髪の毛や瞳の色等から劣等感を感じてしまうわ」
「それこそ、私がイギリスに行ってしまうと、大ちゃんは、わたしから都合よく逃げてしまうんでないかと自信が揺らぎナーバスな気持ちになってしまうわぁ」
といったあと、バックから出したビニールを敷いて、杉の根元に腰を降ろしてしまった。
大助は、寄り添う様に腰を降ろすと、美代子の背中を軽く叩いたあと、俯いている彼女の顎の辺りに手を当てて、自分の方に向かせ、慰めるように
「ほれ、僕が言った通り、やっぱり気が弱いでないか。美人であることも心配の種だが、その気の弱さの方が、今の僕にとっては、それ以上に心配だよ」
「そんな気持ちでイギリスに行ったら、ノイローゼになってしまうんでないかなぁ~」
「これまでに、二人で培った果てしない青春の夢を諦めることなく、勇気を持って頑張りぬくんだよ」
「それしか僕達には道なしだ!」
「何時もの様に強気になれよ。内弁慶では大人になれないぜ」
と力を込めて話し、続けて
「それに、もう言う機会が無いから、ついでに言っておくが、さっきから、しきりに婚約者なんて口にするが、僕はお爺さんが君のためにあの決断を下すなんて、お爺さんの生涯を賭けた覚悟を聞かされた思いで、僕もそれに答えるべく僕の考えを率直に話した訳で、お爺さんと君の母親それと僕達だけの秘め事で、社会的には公に出来ない成熟した言葉でないんだよ」
「誤解しないでくれよ。僕の信念はお爺さんに話した通りで、何年たっても変わることはないから」
と話すと、彼女は俯いて聞いていたが、改めて大助の決意をきいて自信を取り戻し、静かに
「わかったわ。どんなことがあっても君を信じ、わたしも自分を大事にして頑張るゎ」
「ダイチャンも休みを利用して一度イギリスに飛んで来てくれない?。一昼夜で来れるゎ」
「祖母も君に是非お逢いしたいといっているので・・」「凄く喜ぶと思うゎ」
と小声で答たので、彼は河に小石を投げながら
「うぅ~ん。気持ちは山々だが、それは無理だよ。先立つものがないからなぁ」
と笑って返事をした。
彼女は、自分の置かれた立場全てを観念しているのかそれ以上無理を言わず、河風に揺れる髪の毛を、バックから取り出したゴム輪で束ねていた。
大助は、話終えて芝生を摘む彼女の仕草を見ていて、うなじが綺麗に剃られているのを見るや
「あっ! うなじが凄く綺麗で清潔感があり、艶っぽいわぁ~。僕、そおゆう隠れたところを綺麗にしておく女性が大好きだよ」
「誰にしてもらうの?」「度々、美容院にゆくのも時間も費用も不経済だしなぁ~」
と言いながら、いたずらっぽく
「女子大生のバックて、いったい、ナニを入れておくんだい。 カット綿かね?」
と、雰囲気に浮かれて、またもや、興味混じりに冗談言いながら、彼女がゴムを取り出すときに開いたバックを覗き見しようとしたら、彼女はバックを急いで閉じて脇に隠し、肘で大助の脇腹をこずいて
「大ちゃんも、たまにはエッチなことを想像して言うのね」 「教えられないわ」
と言いながら少し元気を取り戻し、はにかんだようにニコッと笑ったあと、中を見られない様に用心深く横に置いたバックをチョコット開いて、チューインガムを出して大助に渡した。