日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (10)

2023年09月03日 03時08分41秒 | Weblog

 大助と、お爺さんが談笑していたとき、大きな笑い声に誘われる様に、賄いの小母さんが
 「先程、寅太君が山から採ったばかりだが、大助君に食べさせてくれと言って、ヤマウドを持って来てくれたわ」
と、胡麻和えした葉と素切りしたウドを皿に乗せて味噌と一緒に運んで来た。 
 お爺さんは、それを見て、益々、上機嫌になり顔をくしゃくしゃにして、彼に
 「これは、山菜の王者だ!。 天然ものは香りが強いが凄く旨いんだよ」
と言って彼に薦めた。
 美代子は、彼がお爺さんに調子を合わせてビールを呑んでいて、必死に頼んだ肝心なことを言い忘れてしまわないかと、一寸、心配になったが、二人が愉快そうに笑って話している様子を見ていて、まるで、実の祖父と男の孫のようで、和やかな雰囲気が羨ましくもあり、とっても嬉しかった。

 彼が、洋上でのカッター訓練で尻の皮が剥けるほど先輩から厳しい指導を受けていると話すと、お爺さんも
 「ワシも軍医に成り立てのころ、自分より若い士官に同じ様にしごかれたわ。痛かったなぁ」
と渋い顔をして、その当時のことを想いだしてか感慨深げに笑って話し、美代子に
 「美代っ!徳利が空になってしまったわ、お酒を持ってきてくれ」
と言い付けたので、彼女は二人の尽きぬ話と飲酒で、彼が酔ってしまっては大変だと思って、痺れを切らして
  「お爺様、随分、楽しんでおられますが、大切なお話の方は、どうなさいますの」
と言うと、お爺さんは彼女の顔をジーット見つめていたが、途端に何時もの謹厳な顔つきになり
  「わかっとる! 男が重大な決意を話す前に、精神を高揚させているのじゃ」
と、彼女にお酒に酔った言い訳みたいな理解しがたいことを言ったあと、着物の襟を整え座り直して姿勢を正し、テーブルに両腕を開いて拳をつき、彼に改めて軽く会釈したので、彼もお爺さんの改まった態度を見て慌てて座り直して、お爺さんに会釈を返すと、お爺さんは、
  「大助君、実は、君と不肖な孫娘の美代子のために、”玄冬期”のワシが恥を忍んで、是非、君に話しておきたいことがあるんじゃ」
  「話に不愉快を覚えることがあるかも知れんが、ワシの人生最後の願望なので、我慢して聞いて欲しいんだ」
  「美代子も、途中で泣きっ面をしないよう心を引き締めて、真面目に聞くんだよ」
  「そして、この話は当分の間、そうだな、4年間位は、絶対に他言無用で君の胸に仕舞いこんでおいて欲しい、決して正雄は勿論君の両親にも話さないでくれ。頼んだよ」
と前置きしたあと、お爺さんは穏やかな顔に戻り、胡坐をかいて語り始めた。

 お爺さんは、静かな語り口で、美代子を巡る家庭内の事情について、彼に対し話した内容は

 『 実は、美代子は息子の正雄医師の実子でなく、母親のキャサリンが恋人の胤を宿した直後、美代子の実父であるその恋人が、イラク戦争でイギリス空軍のパイロットとしてイラクに派遣された際、不幸にも味方の誤射で戦死してしまったんだ。 
 当時、ワシはロンドンで外科医として勤務し、周囲の人の勧めで、ワシの助手をしていた亡妻のダイアナと結婚して過ごしていたが、キャサリンの母親がダイアナの妹であり、相談の結果、ワシが日本に帰国するに際し、ダイアナの強い意志でキャサリンを連れて帰国した。 その後、同じ屋根の下に住む息子の正雄とキャサリが結婚して間もなく美代子が生まれ、ダイアナが一生懸命に育てた。 
 やがて、美代子を正雄の養子として入籍し、暫く東京におったが、故あってワシの故郷であるこの飯豊の街に移り、今日に至っているんだよ。
 従って、当然のことながら従兄妹同士の結婚なので遺伝の関係もあり正雄には子供が無いのだ。
 まぁ、外から見れば診療所を営み、庭も広く生活も豊かに見えるかもしれんが、正雄はワシに似て我が強く、一方キャサリンは心に生涯の傷を負っているためか、正雄に自分の意見をはっきりと言へず、唯一、山上君の妻君である看護師の節子さんに対し悩みを相談して、美代子の成長だけを楽しみに過ごしているが、最近、診療所の跡継ぎを巡り正雄とキャサリンの意見が異なるらしく、家庭内が何かと冷たい雰囲気が漂っていて、ワシもこの歳になり診療所や美代子のことで毎日悩みぬいているんだ。
 なにしろ美代子については、ワシと妻のダイアナが全ての責任を負うと母親のキャサリンの親族に啖呵を切って連れてきた責任があるからなぁ。』

  『ところが、君もわかる通り、美代子も東京のミッションスクールを卒業して、正雄の強い考えで地元の大学に進学したが、まもなく、正雄が自分の弟子である研修医を、この診療所の跡継ぎをとの考えから、美代子やキャサリンに詳しい説明もなく招待して勝手に見合いさせたが、このことから、予想もしなかった問題が起きてしまった。
  それは、正雄の熱心な経営方針は、それなりに理解出来るが、余りにも自己中心主義で、当事者の意見を無視したことが原因なのだ。』
  
  『もう少し詳しい話をすると、ワシのうがった見方かも知れんが
 相手の青年も美代子を見て俗に言う一目ぼれと、青年の両親も美代子と結婚させれば、いずれは診療所の経営者となれると安易に考えたことも、見合いの理由だと思うんだ。 
 見合い直後、青年が高級車に乗って美代子に遊びに行こうと誘いに来て、正雄の言いつけで、美代子も気も進まないままイヤイヤながらドライブに出かけたが、出先の海浜の岩陰で、美代子に抱きつき強引に接吻をしようとしたらしく、美代子は拒否して猛烈に抗議し、相手の頬を平手打ちして、大声で悲鳴を上げたところ、付近で網の修理をしていた漁師の若衆が悲鳴を聞いて驚き駆けつけて、美代子から事情を聞いたあと問答無用で彼を殴りつけ、携帯で110番したためにパトカーがやって来て、簡単に事情聴取後、美代子はパトカーで近くの駅まで送ってもらいタクシーで帰宅してしまったことがあったんだ。』

 『その晩方のことだが、美代子は帰宅後、なにも話さなかったことから、家族が何時もの様に夕食の食卓についたが、その最中に、青年の親御さんからの抗議の電話を正雄が聞いて食卓に戻るや、美代子に対し
 「美代子ッ! とんでもない恥をかかせたな」「一体、あの青年をどう思っているんだ」
と怒鳴って聞きただしたので、美代子は落ち着いた態度で
 「特別な感想なんてないわ、あの痩せて青白く、目ばかりギョロギョロしている人は、わたし、だいッ嫌い」
 「もう、二度と家に寄せないで。わたし、彼と婚約する気持ちなんて更々ないわ」
と返事をしたところ、正雄が
 「生意気言うなっ!」「診療所と、お前の将来を考えてしてやったことだ」
と言うや、いきなり美代子の頬に強烈なビンタを加えたので、美代子は
 「お父さんのバカッ!」「母さんや、わたしの考えも聞かずに勝手に仕組んでおいて・・」
 「わたし、お人形ではないわ」
と叫んで蹲ってしまい、驚いたキャサリンが夫に抱きついて泣きながら
 「お父さん、許してやってください」
 「美代子は彼女なりに考えもあることだし・・」
と懸命になだめたが、正雄は興奮して、なおも、美代子に殴りかかろうとしたので、ワシが見かねて正雄に対し
 「医師でもある父親がみっともないことをするなっ!」「ワシにも考えがあるわ」
と怒りつけて、その場を治めたが、正雄は泣き崩れるキャサリンに
 「君の教育が悪いから、こんな我侭な子供になってしまったんだ」
 「君は、今夜から、別の部屋で寝ろっ!」「君には、愛情なんか全然感じて無いよ」
と、冷たい言葉を浴びせて寝室に行ってしまい、その数日後、家を出てしまった。
 詳しいことは判らないし、また、知りたくもないが、どうも大学に愛人が居るらしいんだ。』

 『まぁ、ざっと話すと誠に情けない家庭崩壊の実情で、大助君には直接関係のないことかも知れんが、美代子の気持ちを察すれば、君達の楽しそうな交際をみていて、ワシなりに二人の相性は抜群で、若い君に言うのも失礼だが、ワシの人生最後の願いで不肖の美代子を将来嫁に貰って欲しいんだ。
 君の家庭の事情もあるだろうし、答えを急ぐ訳ではないが・・。
 場合によっては診療所もたたんで、その資金を君と美代子に託しても構わんと覚悟をしているんだよ。』

 そこまで話した途端、美代子は自分の出自と想像以上に家庭の内情が崩壊していることを知り、感極まって大声を上げて泣き出したので、お爺さんと大助は驚いて話をやめてしまった。
  大助も美代子のヒステリックな態度に驚き、反射的に彼女を抱き寄せ
 「君だけでないよ、人は誰しも皆心に悩みを抱えて生きているんだよ」「僕にしても同様だよ」
 「けれども、君と僕も、互いに信頼して揺ぎ無い信念で、目的意識を持って忍耐強く努力して過ごして行けば、必ず、僕達にも幸せが訪れると僕は確信しているよ」
 「僕の言ってることを判ってくれるだろう」「今迄通り、二人で頑張ろうよ」
と、冷静に話しかけると、彼女も大きく頷き彼の両手を握りやっと泣き止んだ。

 そのあと、大助はお爺さんに向かい自分の考えを話そうとしたら、お爺さんは右手の掌をあげて遮り
 「大助君、あとの話はキャサリンが明日帰って来るので、彼女もまじえて明日話すことにしたいが・・」
 「美代子の興奮振りは尋常でなく、ワシも話をする気力が萎えてしまったわ」
と言ったあと
 「いやぁ。恥を忍んで思うことの全てを話したら、精神的に疲れたわ。寝室で横になりたいので、あとは、二人で好きな様にして過ごし、君も折角の休日を楽しんで行ってくれないか」
と言ってテーブルに目を落とし、静かな口調で
 「美代っ!。大学生なんだから、我儘を慎み落ち度のないように、大助君のお世話をしてあげるんだよ」
 「機会があったら、全ての事情を知っている節子さんに、キャサリンが歩んできた若き日の話を聞くがよい。必ずお手本になるよ」
 「キャサリンも、耐え忍んで信念を貫き、今の生活を築いたが、実に素晴らしい女の生き方だと、常日頃、ワシは感心しているわ」
と、孫娘を優しく諭す様に告げると部屋を立ち去った。
 大助は、お爺さんの後ろ姿を見て、何時も見ている頑固で老齢だが勇ましい面影が消え伏せて寂しい影を漂わせている様に見えた。

 

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