大助が、初めて異性に思慕を抱いた美代子に対し、お見舞いに対する返礼の手紙を出してから数日後、母親等と夕食後の寛いだ和やかな雰囲気でお茶を飲みながら、とりとめもない雑談をしていたとき、姉の珠子が
「ア~ッ! そうだわ、大ちゃんにラブレターが来ていたヮ」
と言って、茶箪笥の引き出しから白い封書を取り出して笑いながら渡してくれた。
彼が、どうせ遊び仲間のミツワ靴店のタマコちゃんからの悪戯の手紙かと思い、フーンとたいして気も無い返事をしながら、手紙の裏面を見ると美代子からであったので、彼も母親の前だけに少しきまり悪そうな顔をして、内心、なにもわざわざこんな時に出さなくてもと、姉も意地が悪いなぁ~。と、思いつつも言い訳がましく
「美代ちゃん 僕が出した手紙の返事を随分早く出してくれたもんだなぁ~」
と、照れ隠しにわざと平然を装い開封することもなく脇に置いたが、母親の孝子が
「お前も成長したもんだネ~」「お前は勿論のこと我が家にとっては、あのお嬢様とは全てにおいて釣り合いの取れない人と思うけれど・・」
「これから先どうなるんだねぇ。心配になるゎ」
と呟いて溜め息混じりにお茶を一口飲むと、珠子が
「アラッ お母さん、そんな言い方は大ちゃんが可愛想だヮ」
と、何時もとは逆に庇ってくれたので、大助も普段は自分に対し文句ばかり言っている姉にも、優しい思いやりの心があるんだなぁ~。とチョッピリ嬉しく思った。
孝子や姉が口を揃えて
「大ちゃん 此処で読んでくれない」
と催促したが、彼は
「そんなことは美代ちゃんに対して悪いよ。プライベートなことに口を挟まないでくれょ」
と返事をすると、二人は案外素直に
「それもそうネ もう子供でもないんだし」
と渋々ながら承知してくれたが、そこは責任感の強い珠子らしく
「あとでいいから、必ず教えてョ」
と念を押すことを忘れなかった。
彼女にしてみれば、大助と美代子の年齢からして、誰れもが経験する一過性の淡い恋愛かと考えながらも、それでも感情的にのめり込まない様にとの、姉としての姉弟愛からであった。
大助も、自分と同年代である美代子の少しませた様な、それでいて控えめながらも自己主張の強い性格を知っているだけに、美代子の心の中を覗き見る様な興味心と、なにか知れないが少しばかりの畏怖心で、部屋に入ると寝床に横たわり、早速、薄い桃色の便箋に丁寧な文字で書かれた手紙を、心が吸い込まれるように読み始めた。
『大助君、お便り嬉しく読ませて戴きました。
例年の様に、寒くなるこの季節になると、近くの湖沼に訪ねて来る北の旅人である白鳥の様に、いや、それ以上に首を長くして待ちかねていた君のお手紙を、やっと手にすることが出来て、心が舞い上がるほど嬉しさで胸が一杯になりました。
突然のお見舞い、それも肌色の違う私がお訪ねしたことで、病室がとんだハプニングになった様ですが、相部屋の小父さんも気さくな応対をしてくれたとのことで、初対面の人とわいえ情けの深さに感謝しながらも、あまりにも滑稽な様子が目に浮かび、思わず笑ってしまいました。
それにしても、君から信頼されていることを確信したクライマックスの場面を、君のお友達に対し、英会話のジョークで巧みに伏せてくれた小父さんの機知に救われた思いです。
この嬉しさを、私一人の胸に収めておくのは勿体無いと思い、夕食時に、お爺様や両親に見せてあげたところ、お爺様は
「ウ~ン 美代子を信頼してユーモラスに書いてあるところは上手いもんだ」
「夏の盆踊りの時も、素直で人なっこい子だと思ったが、確かに、あの子は人に好かれる才能を有しており、わしの孫であったらなぁ~。と、思うことが屡々あるよ」
と、眉毛を八の字にして珍しく非常に喜んでおりました。
ところが、父が晩酌のお酒のせいもあったのか
「お爺さん、思うことは御自由だが、若しですよ、将来、恋愛から結婚へと発展した場合、実際にこの診療所を継ぐとなると、幾ら美代子が好きだ。と、ゆうだけでは、この先どうでしょうかね」
と口を挟んだところ、これが原因でお爺さんと父との話がエスカレートしてしまい、終いには、頑固一徹なお爺さんは癇癪を起こして
「美代子が好きで幸せになれるなら、こんな診療所は廃業しても構わないわ!」
と言いだし、二人の口論をなんとか静めようと、母のキャサリンが一生懸命に
「私が男の子を生まなかったことがいけなかったので申し訳ありません」
と泣いて謝っていましたが、私の将来が原因とはいえ、まるで冬の嵐が突然リビングに襲来した様に大荒れとなり、しまいには、話題が私から離れて診療所の問題にエスカレートしてしまい、怖くなって自分の部屋に逃げ出してしまいました。
椅子に座り、窓越しに見える丘の下にチラチラと灯る静かな街明かりを眺めていて、女に生まれた私が、この家にとって、そんなにいけないことなのかしら。と、思うと無性に寂しくなり、こんな時こそ、君に傍にいて欲しいと思い涙が零れてとまりませんでした。
けれども、窓越し見える夕闇に霞んだ山々の遠い彼方には、きっと私達の幸せがあると思い直し、それならば尚一層勉強をして、将来、医学部に入って父を見返してやるわ。と、自分に言い聞かせ、それにつけても、凄いプレッシャーが覆いかぶさり、君の心の支えなくしては、私の願望も挫けてしまいそうですので、私達に芽生えた”蒼い恋”が必ず実ります様にと、今、祭壇のマリア様の前に、やっとの思いで書き上げた、このお手紙と君から頂いたお手紙を揃えて供えマリア様のお力添えを願い、お祈り致しました。
恥ずかしい愚痴話になり、お返事にもなりませんが、今の私には君にしかこの苦悩を訴える人もおらず、君だけを頼りに学習に励み、差別による嫌がらせをはじめあらゆる困難に挫けずに頑張っていることを、決して忘れないでくださいネ。
冬休みに、君と二人だけで、スキーで白い山野を自由に滑りまくり、君に思いっきり甘えたいと、今からその日の来るのを楽しみにしております。
お母様と珠子姉さんにも宜しくお伝えください。
”中身は絶対に内緒ョ”
今度は明るいお便りを出させていただきます。 美代子 』
大助は、繰り返して読んだあと、まだまだ古い生活習慣の残る田舎の町で、差別や偏見それに家庭的なプレッシャーの中で、彼女なりに生活目標を貫く精神の強さに感心しながらも、自分の存在が話題の中心になっていることに心が揺らぎながらも、美代子の寂しそうな顔が頭をよぎって寝付かれない夜を迎えた。 (完)
続編 「雪に戯れて」
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