日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(7)

2024年03月06日 03時53分08秒 | Weblog

 今年の越後の春は例年と異なり、豪雪がまたたく間に消雪した後、急に初夏が訪れた様に気温が上がり、遅れていた棚田の耕作も始まる頃には、丘陵の緑も増して夏の香りが漂っていた。
 連日晴天が続き、空はつき抜けたように青く、人々の心も何となく軽るそうだ。 連休が終わるころには、辺り一面の田圃が若々しい早苗で緑の世界に変貌することであろう。

 樹齢8百年と言い伝えられる鎮守様の杉の大木数本も薄黒く繁り、祖霊が宿り村を守っていてくれると思える。
 境内に設けられた保育園では、幼児達が賑やかに戯れて微笑ましい光景を見せてくれ、嬉しそうにはしゃぐ声が明るい春の到来を告げていた。

 健太郎は、杉木立に取り囲まれた、お寺の参道脇にある、お稲荷様の門前に生涯学習会の帰りに差し掛かると、留守居を頼んでおいた理恵ちゃんが、同級生らしき3名の女の子と賑やかに話しこんでいたが、彼の顔を見るなり、不機嫌な顔つきで寄ってきて 
 「あのねぇ~、ポチを連れて裏山にフキノトウを採りに行ったが、わたしが、竹林の脇の土手の方に行っている隙に、何処かに遊びに行き、いくら呼んでも出てこないので、皆で探しているところなの」
と、我が家の愛犬(雄3歳・小型犬)の行状を、説明ともつかぬ愚痴を零したが、そのうち、ポチのことから話が及んで、お稲荷様の前の狛犬を指して「これって、本当に犬狐しら?」と、皆が声を揃えて興味深々と聞きだした。

 健太郎も、詳しいことは判らないまでも、以前読んだ本の錆びついた知識で、自信はないが、あたらずとも遠からずとの思いで、狛犬をなでながら
 「これは、犬ではなく、狼でもなく、想像上の動物なんだよ。神社の獅子の姿をした狛犬同様に、神仏やお稲荷様を守っているんだよ。つまり今のガードマンかな」 
 「ところで、お稲荷様って、仏様ではないが、神様かね?」「学校では、なんと教えてもらったの?」
と聞いても皆がキョトンとした顔つきで見合わせて返事がないので、彼は
 「お稲荷様はね、此処だけでなく、屋敷の隅にも赤い鳥居の奥に祭ってある祠を見かけることがあるでしょう」
 「お稲荷様は、佛経では難しい名前で”ダキニシテン”とも言われているが、家や屋敷を守ってくれる守護神なんだよ」
 「富を授かり豊かになる御利益があると、昔から言い伝えられて来たところから、ほらっ、有名な豊川稲荷や伏見稲荷と言う名前を聞いたことがあるでしょう」
 「豊川稲荷は、愛知県の妙巌寺と言う、お寺の前にあり、大きい寺の敷地を守っている女神なのだよ」
 「江戸時代から、お稲荷様の方が余りにも有名になり、御本尊を祀るお寺様の名が霞んでしまったが・・」
 「ちなみに、神社の前には二対の獅子の格好をした石造を見たことがあるだろう」
 「あれは、佛経がインドからアフガニスタンを経てガンダーラと言うところで、西洋文化を取り入れたところから、当時、西洋では獅子は百獣の王として人々を守ると、信じられていたためだよ」
 「あんたがたも、将来、お嫁さんになって、家庭を守るようになるのだから、お稲荷様の様にうやまられる様に、一生懸命勉強しなければなぁ~」
と、最後は、お茶を濁しておいたが、みんなは半信半疑な面持ちながら神妙な顔つきで聞いていた。

 路上の雑学を終えて、理恵ちゃんと帰宅すると、ポチが待ちかねていたように理恵ちゃんに飛び寄ってきたので、彼女は
 「あんた、わたしをおいて、何処に遊びに行ってたのょ・・」
と、自分が留守居を頼まれていたことを忘れて、小言をいっていたが、そのうち
 「あ~ぁ、何処に潜ったのょ、凄くよごれているわ~」「ほら、洗ってやるからおいで」
と、いつも、母親に言われているのか身に沁みこんだ口癖で、小言を連発して、ポチを風呂場の方に連れて行った。 
 ポチは、健太郎がたまに洗おうとすると、なかなか風呂場に入ろうとしないが、理恵ちゃんだと嫌がるそぶりも見せずに素直についてゆくのが、健太郎には不思議でならない。
 やはり、人の気持ちをよく見抜いているのか、扱いが上手なのか、おとなしく言うことをきいて彼女について行くその様子が面白い。ポチにしてみれば、あとで好物の煮干を貰えると思って彼女に従っているんだろうが。

 そのうちに、秋子さんが節子さんと一緒に見え、今度は、理恵ちゃんが母親から
 「ちゃんと、お留守居をしていたのかね?」
と、先ほどのポチとは立場を変えて聞かれていたが、ニコっと笑って返事にならない言い訳をしていた。
 秋子さんが、仕出し屋から取り寄せた夕食の配膳を終えて楽しく食事をしたあと、広い居間にある囲炉裏の淵に場所を移して、秋子さんがお茶を入れながら健太郎に向かい
 「この前、秋田の実家に用事に行って来ましたが、ついでに、節子さんの実家にも寄せてもらい、彼女の御両親に逢って来たゎ」
 「節子さんは外出していて留守だったわねぇ~」
と言ってチラッと顔を覗いたあと、節子さんにお構いなく
 「御両親が語るには、以前勤めていた大学病院の推薦で、新潟大学病院に勤めて欲しいと強く要望されていて、就職することで再び家を出ることに随分悩んでいるらしと心配していたゎ」
と話すと、節子さんにむかい
 「ねぇ、貴女。そうでしょう。この際、全部話してしまいなさいよ。或いは悩みが少しは解消するかもしれないは・・」
と、秋子さんは真意を隠して意味ありげに話し、続けて健太郎に対し
 「彼女の実家の農業は、彼女に似合わず妹さんが男勝りで、お婿さんと一緒になって家業を継いでいるので、母親は彼女の身の振り方ばかり心配していたゎ」
 「彼女の年令を考えれば、母親としては最もだゎ」
 「わたしが、貴方の付近に住んでいることを知っているので、貴方のことも気にかけていたゎ」
と、謎めいた言い回しで話したあと、更に追い討ちをかける様に彼に対し
「貴方も、律子さん(健太郎の亡妻)が亡くなられて、早いもので7回忌を無事過ごしたわね」
「律子さんも病床に在るとき、まさか死を予期していた訳ではなかろうが、大分弱った身体で、わたしの手を握り、貴方のことをすごく気にしていたゎ」
「律子さんは、貴方のことを真面目が取えで安心できる人だが、唯一、勉強以外生活のことは全く無神経で、誰かが面倒を見なければ、生きて行けない人なので・・。と、涙を流しながら、随分、愚痴を零していたゎ」
と話したあと、更に健太郎と節子さんを追い詰めるように
「貴方は節子さんの家に下宿していたとき、彼女のご両親はあなた達が一緒になるものとばかり思っていたのよ」
 「あなた達を見ていると、二人とも回り道をしたけれども夫婦になるべき深い因縁があるとつくずくおもうゎ」
と、彼女らしく本人達を前に率直に話した。
 節子さんは、聞いてはいけない話と思い途中から席をはずそうとしたが、秋子さんに引き止められ、思いもかけぬ両親の話を聞かされて黙って俯いていた。
 健太郎にしてみれば、秋子さんからは、これまでにも色々と積極的に面倒を見てもらい、その都度、小言を言われているので、また彼女の世話好きな話か。と、お茶を啜りながら軽く聞き流していた。

 それまで、ピアノをひいて遊んでいた理恵子が、母親の何時も以上にきつい言いかたを小耳に挟んで、母親のそばに寄って来るなり、それこそ強い調子で
 「母さん。また、小父さんをいじめているの。よしてょ。母さんが勝手に押しかけてきて文句を言うなんて失礼だゎ」
と、母親の話をやめさせようと口を挟むと、彼女は
 「子供は、大人の話に割り込まないことっ!。近頃、変に威張って大人ぶって話すので・・」
とブツブツ言いながら話をやめてしまった。
 
 健太郎は、理恵ちゃんのその場の雰囲気を和らげる巧みさに助けられホットした。
 秋子さんも、言いたいことを話したせいか、清々とした顔つきで健太郎と顔を見合わせて苦笑いし、あと片ずけに節子さんと台所に立ち去ってしまった。
 理恵子は、健太郎の膝をつっきながら頬を膨らませて、この際とばかりに
 「小父さんも、母さんの好き勝手な文句を黙って聞いていないで、たまには、威厳をもって叱った方がいいゎ」
 「何時も学校から帰ると、わたしに小言ばかり言うので、その仕返しをしてょ」
と言ったあとニコッと笑っていた。

 

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