天沼春樹  文芸・実験室

文芸・美術的実験室です。

Nadja-chat noir 冒頭2

2011年10月10日 02時44分46秒 | 文芸

Qui suis-je ? 3

 

きみは夢でみたことと、ほんとうにあったことの区別がつかなくなってしまったこ経験はあるだろうか。もちろん脳の具合がひどく悪いといわれれば、それまでだが、ぼくにはいくつか、どうしてもどっちなのかわからなくなっている事件がある。

たとえば、わかれた恋人のルネが、目の前で銃で撃たれた記憶だ。ただし、ルネは生きている。夢であったからだ。誰に撃たれたのかはわからないままだった。ルネの新しい恋人だったのか、当時パリを占領していたドイツ軍の兵士であったのか。その両方であったのか。ぼくは、肋骨の下を撃ち抜かれて報道にくずれおちるルネの姿を見て「あっ」と声をあげた。悪夢だと思った。けれども、ルネが銃殺された夢をみてからしばらくして、ルネ自身から手紙がきた。シテ島をみおろせる、サン・クールの橋のうえで会いたいと書いてきた。ぼくは会いにいかなかった。返事も書かなかった。ルネは死んだじゃないかと、そのときはかたくなに思い込むようにしていたからだ。

ところが、それから数年してみて、しばらくぶりにルネのことを思い出したとき、おかしなことが起こった。ルネが死んだあと、ルネから手紙が来た夢を見たとぼくは思い込んでいるのだ。ルネが胸から血をながして舗道ののうえにくずおちる光景と、いつもの郵便配達が「ボン・ジュール、ムッシュ !」といって、わたしに茶色い封筒の手紙を手渡した朝の光景が、どちらが夢で、どちらが現実なのか区別がつかなくなっていた。ルネを射殺したのが誰だったのかは曖昧なままだ。

 

 Qui suis-je ? 4

 

それから、また昔の写真の話にもどるのだけれど、猫頭の友だちは、実は男の子ではなかったような気もするのだ。ブラックキャットの花を胸にかざるような男の子なんて、その頃いるわけもなかったから。

 

 


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