キンレンカは初夏から咲きだすが、真夏に花数が減るとはいえ比較的暑い季節の花のイメージである。
サルビアに至っては真夏の灼熱の太陽に負けることなく、燃え立つような真っ赤な花をつける。
緋衣草(ヒゴロモソウ)という和名がつけられていて、緋衣草の「緋」は平安時代からある「緋色」という伝統的な色名のひとつだそうだ。
どんな色合いかと言うと、やや黄色みをおびた鮮やかな赤で、延喜式では茜と紫根(しこん)で染めた色を深き緋として、紫に次ぐ官位に用いたという。由緒正しき色調を帯びた花色を持つ花である。
真夏の太陽のイメージでもある。
それが晩秋の曇り空ばかりの近頃の陰気な空の下で、まだ咲きつづけているのである。
種から育てて、初夏に植え付けた時に施肥をたっぷり施しておいたとはいえ、後は水ばかりで、追肥をした記憶もない。
この分では霜に当たって葉がチリチリにしおれるまで咲き続けるだろう。
厳寒の2月に接ぎ木したバラの苗のうち、まだ花が咲いていない「流鏑馬」にたった一つ、ついている蕾がようやく膨らんできた。
蕾が出来てからもうひと月以上経つのではないか。秋バラの特徴の一つとして、蕾をじっくりじっくり育てていくという性質がある。
そのおかげで、開いた花は初夏よりも大きく、しかも香りを持つバラなら、その香りは一層際立って私たちを楽しませてくれるのだ。
初めてお目にかかる流鏑馬の花色は赤であるらしい。出来はじめた蕾を覆っていた表皮は既になくなり、赤い花びらの外側が見えてきているのに、固く巻いたままの花弁が開いてくるのはまだ当分先のことかのように、きつく固く閉じたままである。
もしかしてこのまま終わってしまうのではないか、開かないのではないか、という不安にかられたりもしている。
じらされているのである。お預けをくらっている気分である。そうなると切なさが一層募るのである。
こういう気持ちは確かどこかで、これまでに味わったことがあるような気がする。若い頃だったと思う。
今またこんな気分を味わうとは思ってもいなかった。
さて、種を撒いて芽を出し、すくすくと育ってきたパンジーの苗のほとんどはまだ定植せずにポットに入れて養生を続けているのだが、もう花開く元気者もいて、早くポットから出して定植してくれとせがんでいるかのようでもある。
そんな花のなかに、小さくて妙な形をした花があるのに気付いた。
花びらだけをちぎって食べた後に残った、いわば芯の部分が、茎に残っているのである。
犯人は分かっている。ヒヨドリである。
この30センチ近い体長を持つ灰色の鳥は、花蜜が好きと見えて、メジロや他の小鳥たちがツバキの花蜜を舐めているところに我が物顔で現れて小鳥たちを蹴散らしたりする嫌われ者である。
人間の世界にもこういうのがいたりするものである。
ヒーヨヒーヨとかギィーヨギィーヨと気に触る大声で鳴き、少なくとも私は嫌いな鳥である。
だいぶ前のことだが、丹精込めて育て、庭にズラーッと定植したパンジーの花びらが見事に食いつくされて、芯ばかりになるという事件に遭遇したことがある。
この時は犯人が分からず、しばらくして早朝、パンジーの中からけたたましい声とともにヒヨドリが飛び立ったのを見て、ようやく理解したのである。
この時は早速トリモチを買ってきて割り箸にたっぷり塗りつけ、パンジーの花の中に数本を土中深く刺しておいたのである。
案の定、早朝の庭からギャーギャーと鳥の悲鳴が聞こえ、覗いてみると割り箸が引き抜かれ、辺りに鳥の羽が大量に落ちていた。
こうして懲らしめたおかげで、その後の20年近く、パンジーが被害に遭うことは無かったのだが、どうやらDNAに刻まれた記憶も薄れることがあるらしい。
こりごりしたであろうヒヨドリの子孫は絶えてしまって別の子孫が現れたのかどうか知らないが、分からないなら教えてやるしかないのである。
定植した後にも被害が続くようなら実力行使に出るしかあるまい。ヒヨ公、覚悟しておけよ。
小さな庭にもさまざまなドラマがあるものである。ちとオーバーかなぁ。
じらされ続けているバラの接ぎ木苗「流鏑馬」の蕾
色あせもせず咲くサルビアとキンレンカ
花びらを食べられ、芯だけになったパンジー
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