髭を剃るとT字カミソリに詰まる 「髭人ブログ」

「口の周りに毛が生える」という呪いを受けたオッサンがファミコンレビューやら小説やら好きな事をほざくしょ―――もないブログ

(小説)美月リバーシブル ~その10~

2012-11-09 18:27:48 | 美月リバーシブル (小説)
右手の爪の部分だけ力を入れ手のひらに痛いぐらいに押し付けた。手の中のマスコットは潰さないように手のひらだけ爪を立てたのだった。
「会わないなんて事は嫌だ」
「はぁ?今更、嫌とか意味分かんないし!前、何も言わなかったじゃない!」
「あの時は、君が一方的に」
光輝が話している途中で美月がかぶせた。こちらからの発言をさせる前に畳み掛けるつもりなのだろう。
「だからって何も言ってこなかったじゃないの!不満があったらすぐに言うでしょ?でも、アンタは何も言ってこなかった。それって了承したって事じゃないの?それを今頃になって嫌だなんてさ。ちょっと虫が良すぎるんじゃないの?」
「あ、あの時はそれでいいかと思ったけど、い、今は違う」
「コロコロ気分を変えて、人を困らせる。本当、アンタ達オタクって男らしくなくて気持ち悪い。みんなもそう思うでしょ?」
皆から援護を求める美月。数で責められたら心が折れてしまうかもしれなかった。
「みっちゃんさ。今、倉石が会わないって言っていたけど誰の事?私達ならもう見ないって言うでしょ?」
「そうだよね。私も思った。その人って誰?」
「そ、それは・・・い、妹・・・そう。コイツ、私の妹に手を出そうとしているのよ!」
やはり友人達には夜の美月の事は勿論、約束について一切話していないようだった。美月は自分で言っていてそのように仕立て上げるつもりになっているようだった。
「妹って?みっちゃん。確か、一人っ子だって」
「い、妹・・・みたいなものよ。私より似ている年下のいとこの事。コハちゃんとは違うイトコ。ね?コハちゃん」
「そうそう。隠れて倉石と会っていたのよね。だから、もう会うのをやめなさいって」
急に小春に振って2人の友達に信用してもらう。光輝からすればそこを糸口に彼女に詰め寄る事も可能だったかもしれないが、機を逸してしまっていた。
「そうなんだ。だったらみっちゃんの言うとおりよ。倉石なんかが会ったらその子が可哀想」
「色んな人に迷惑がかかるって事、分かってんの?」
「倉石、どうするの?みんなからこう言われてもまだ言うの?もうハッキリしたら?」
「だけど、だけど、俺は夜の・・・」
「だから!何度も言っているでしょ!世間知らずのあの子に変な事を吹き込むのはやめてって言っているでしょ?」
こちらの言葉を大きな声を出して無理に遮った。明らかに不自然なぐらいだった。しかもさっきまで見下していた彼女が今は、空気読めよという風に怒りの視線に変わっていた。
「本人から嫌って言われたのなら俺も諦めるよ。けど、夜の」
「夜も昼もいつだって関係ないッ!アンタだって言われているんでしょ!両方から好かれないとダメだって!」
「両方?両方って何?」
美月自身、うっかり口を滑らせてしまい、美月はしまったという顔をして、その友達も流すような事はせずに目ざとく聞いてきた。
「姉みたいなものである私の許可がないとダメって事よ!」
慌てて軌道修正する美月。顔が赤くなっていてかなり必死だった。
「そうだね。女のみっちゃんがこんなに嫌がっているのに、ずっと続けるなんて」
「うん。身を引くのが一番だって事分かった方がいいんじゃない?」
いつまでも夜の美月の存在を出して揺さぶりをかけて美月の秘密がクラスなどにバレたら光輝の責任にもなると思って考えた。
『どうすればいいんだよ。出来る事なんて俺には・・・』
ブルブルと震え、手を少し開き、マスコットを見て、再び手を握りなおした。しかし、光輝にはお手上げ状態だった。
「みっちゃん。このまま言い続けていても切りが無いからさ。ここは一旦、認めてあげたら?」
小春が口を開いた。仕方ないという顔をしていた。
「はぁ!?コハちゃん。何、言ってんの?アイツの肩を持つわけ?」
「そうだよ。コハちゃん。みっちゃんの言うとおりやめさせた方がいいよ」
「そうそう。アイツを甘やかすと絶対良くない事になるに決まっている」
「ちょっと。ちょっとみんな良い?」
小春は、3人を集めて、ちょっと離れて話をしていた。
数分待たされ、自分が知らない計画が着々と練られているんだろうと思うと、心臓が割れそうだった。そしてようやく美月が光輝の前に近付いてきた。怒りなどは見られず、不気味な笑みを浮かべていた。何か悪い計画でも練っているように見えた。
「分かった。一応、あの子に会ってもいいって事にしてあげる」
「え?」
「さっきアンタが言っていたけど、あの子に嫌われたら諦めるってそれ本当でしょうね」
「それは、守るよ」
「絶対に守りなさいよ。絶対に」
「うん」
「ふん」
美月は気に入らないという顔をして3人を引き連れて帰っていく。小春は帰り際に軽くウインクしたように見えた。
「後でお礼を言わないといけないんだろうな」
何があったかは分からないがそれぐらいしないと罰が当たるだろうと思った。その直後、力が抜けてへたり込み、今回の事を思い出した。
『何にしても今は会える。会える。夜の美月ちゃんに会うことを認めさせたんだ・・・』
生まれて初めてこれほど嬉しい勝利はないと思えてきた。急に体が火照ってくるのを感じ、スッと立ち上がって歩き出した。立ち止まると、体が震えてきた。今まで味わった事がない感情の高ぶりであった。心臓がバクバクと今まで聞いたことが無いほど高鳴っていた。そのままでいたら体が爆発するんじゃないかと思った。
「わーーーーーーーーーーー!!」
だから、彼は、己の感情を発散する事にした。校庭の中に大声を上げながら走っていた。
「何だ?何だ?」
野球部やサッカー部が集団でランニングを始めていた所に入り、追い抜いて騒いでいた。それらを追い抜いた。始めてランニングで人を追い抜いて一番になる気分であった。だが、運動不足の彼にずっと1番を守りとおす事など出来わけがなく、集団に、10秒も経たず追い抜かれた。そしてへばりぜぇぜぇと荒い息を吐くだけであった。息が整ってから家に帰る事にした。体の震えはそれから半日ぐらい続き、興奮状態でしゃっくりのようにビクリと痙攣した。ちなみに一時の間であるが土曜の放課後に発狂した奴として学校中の噂になった。目立たず名前など覚えられてないから定着する事などなく目撃した人だけのネタとなるだけであるが。
日が暮れ、彼女のうちに行こうかと思ったが一応、勉強をやっているという事になっているのから試験後に会うことにした。その日はとんでもない事をしたと自分でも驚いているだけであった。

12月5日(日曜日)
期末テスト前日。家にいて勉強するがいつもと同じように身が入らないかと思っていたが普段とは少し違っていた。
「ノートぐらいは見直そうか?」
机の上には夜の美月が渡してくれた象のマスコットがあった。勉強に対して意欲的にさせることはなかったが勉強しなければならないという強迫観念に駆られ、少し長く机の前に縛りつかせられた。だが、教科書やノートを眺めていて集中力が切れ、ハッと我に返ったら絵を描いていたという事を繰り返してばかりで勉強をするという意味ではあまり意味がなかったのかもしれない。しかしながら普段より勉強をしているのは事実ではあった。

12月6日(月曜日)期末試験1日目
期末試験は4日間あって、1日3教科行い、最終日だけ2教科の計11教科である。学校に着けば『お前、自信があるか?』とか『お前、昨日、どれだけ勉強したか』と確認を取り、自分より友達の方が『自信がない』とか『勉強時間が少ない』という事を聞くと安心すると言う程度の低い自分に対する慰めをしているというおなじみの光景がどこでも見られる。
1日目は、世界史と科学と古語
マスコットは胸ポケットに入れていて、マスコットの効果を少し期待していたが、何故か答えが分かるとか何故か頭が冴えてくるなどという都合の良い効果はある訳がなかった。各教科が終わるごとに、再び友達とさっきと似たように出来はどうだったかの確認をする。それで全然ダメだったという答えを期待して聞いてくるわけだ。寄り道をせず帰ってノートを開く。そのような試験期間が2日続いて、3日目も終了し、家に帰った頃であった。

『きぐるみ』の主題歌の着メロが流れる。取ろうとして画面を見て一瞬固まった。
『誰だろうか?』
見知らぬ番号であった。いたずら電話かと思いつつ一応、着信しているのだからと出る事にした。
「もしもし、倉石ですが」
「ああ!出た出た!あのさ。倉石君・・・だったっけ?急なんだけど」
聞き覚えがある声であったが誰か、ピンと来なかった。
「どちら様ですか?」
「ああ!私よ。私」
『新手の詐欺か?大体、犯行は男のはずだったが・・・だがワタシワタシ?女がやるってのはあまり・・・』
ニュースで自ら名乗らず『オレオレ』と言って、相手に名前を言わせてから名前の人間の振りをしてお金を振り込ませる事件を思い出した。だが、女性がやって来たというケースは聞いた事がなかった。
「私ではなくてどちら様でしょうか?」
「分かんないの?鈍いなぁ~。私よ。私。村川 小春。アンタが大好きな比留間 美月のい・と・こ!」
どこで周りに誰がいるのか分からないがあまり大きな声で言って欲しくなかった。
「ああ。で、でも、どうして俺の携帯の番号を知っているの?」
「それは、ヨミちゃんから聞いたに決まっているでしょ。それでさ。アンタ、明日、暇?」
「今のところ予定はないよ」
試験終了後はいつもの友達と遊ぶというのが決まっていた事であるが、その日言い出すことなので予定としては決まっていない。
「じゃぁ、遊園地行かない?勿論、ヨミちゃんも一緒なんだけど。」
何か嫌な予感がピンとして、ちょっと聞いてみた。
「どうして急に?」
「いいじゃないの!行きたくないの?昼間に行くんじゃなくて夜に行くんだよ!夜!」
「君も当然行くとして、他に誰か来るの?」
「別にそんな事いいじゃない!行くの?行かないの?」
確実に何か企んでいる感じがしたので答えに迷った。
「あっそ。行かないのなら行かなくてもいいよ。ヨミちゃん。楽しみにしているんだけどな~。倉石さん行かないんですかぁ?がっかりですぅ」
夜の美月の真似をしていて、口調だけ似せているだけで声音は殆ど似ておらず少しバカにされているような気がした。だが、それが本当なら拒否出来ない状況だろう。
「分かった。行くよ」
「それじゃ決まりね。集合場所は午後5時に虹の花パークの入り口前ね。ヨミちゃんは私が連れて行くからアンタは現地にいればいいよ。それじゃ、これから私、勉強だから。アンタはアンタで赤点回避頑張ってね~」
電話は切られた。それを知っているという事はとっくの昔に、日中の美月の口から夜の美月にも成績が悪い事は知られているだろう。ちなみに虹の花パークとは、彼らが住む町の最寄りの遊園地である。
「俺はハメられたのか?いや、ハメられていると言うよりは試されているのか?また昨日みたいに比留間の友達の女子集団を連れてくるとか?いや、そんな事をすれば今度こそ夜の美月ちゃんの事がバレる事になるよな。じゃぁ、両親を呼ぶとか?遊園地に両親と遊ぶか?」
恐らく日中の美月も噛んでいる事だろう。彼女達の目論見はまるで見えなかった。

12月10日(金曜日)
2教科が終わり、ようやく長かった期末試験が終わり、みんなのびのびとしていた。
「さてと今日はどこ行くか?」
「ごめん。俺、用事があるから、帰るよ」
「何だよ。折角の試験終了後だってのによ」
「じゃ、俺、急ぐから」
そう言って、家に帰って支度する。事前にネットで今日のイベントを公式ホームページで確認し、それから個人レベルのブログを調べる。多くの人が知らないような穴場的オススメを探していくわけだ。例えばこの店のアイスはオススメだとかこのアトラクションは比較的、並ばないとかいう情報である。そして自転車で現地に行く。時間は4時半。集合30分前で、まだ辺りは薄暗く、日は完全に落ちていないのだろう。
「今頃は朝の方と村川 小春との綿密なミーティングの最中かな?」
今度は何をして来るのかとドキドキしていると日は沈み、辺りは真っ暗となった。10分前ぐらいに1台のバイクが自分の脇を通り過ぎた。特に意識せず見送ると一人の若い男が降りてきた。二十歳前後だろうか?関係ないので無視していると更に近付いてきた。
「ええっと、君が倉石 光輝?」
「え?どうして俺の名前を?」
「それは、小春から聞いてたからさ。倉石 光輝って言う、苗字の通り暗くて冴えない見るからにオタっぽい奴が一緒だってよ」
「ええ?」
事態を飲み込めなかった。このようなまるで知らない男が沢山来るのかと恐ろしく思えてきた。何かとんでもない集団と一緒になるのではないかと少し青くなった。
「へぇ~。もしかして小春からWデートって聞いてる?」
「は?ダブル・・・デートぉぉ!?」
ただ一緒に遊ぶという事だったから『デート』などとは頭の片隅にも無かった。しかし、考えてみれば男女で遊ぶとなれば『デート』に該当するだろう。そのように意識すると心拍数が上がってくるのが分かった。その男から聞くと、小春のいとこである美月とその彼氏とWデートをしようという事でここにやって来たらしい。話を聞いているうちに少し冷静になってでやっと事態を把握した。
『そういう事か・・・比較対象を横に置くことで、夜の美月ちゃんに幻滅させる訳か・・・俺を貶める作戦。全く、いい作戦を思いつくもんだよ』
敵ながら天晴れとでも言うのか。憎らしいと言うより素直に誉めていた。身長は自分よりも高く、体も引き締まっていた。分厚いジャンパーにダメージジーンズ。ネックレスに指輪などの装飾品も身につけていた。普段なら、不良などの代名詞であるDQNなどと言うのだろうが、横に来られると自分が余計みすぼらしく思えた。ランニングで言ったら周回遅れにさせられているような心境。それほど遠く、追いつくどころか差を維持する事さえ難しいように思えた。
「来てたんだ。待ったぁ?」
「いや、今来た所」
「そ、そうそう。俺も」
「こ、こんばんは」
この男の存在に気付いてやや小春の後ろから控えめに美月が言うとその男は驚いて顎に手を当てて小刻みに頷きながら美月をつま先から頭まで見ていた。黒いニット帽をかぶり、コートから少し見える赤いチェックのスカートに長いソックスに革靴。外出時の私服を見たの初めてだったから光輝は非常に魅力的に映った。
「な、な、何か私、変でしょうか?」
美月が男の視線に戸惑っていた。
「え?この子がいとこの美月ちゃん?小春ぅ~。何でお前、こんなに可愛い子がいとこにいたのにどうして俺に紹介してくれなかったんだよ~!」
「だって、そういう反応をするから」
「この反応がどうだって言うんだよ。みんなを楽しませようとするテンションをあげている俺の粋な心遣いじゃないか。ちょっと理解示そうぜ~小春ぅ~」
小春は少し呆れていた。本当に、嫌という感じであった。それから、そのお調子者の紹介を受けた。諏訪 将介。大学1年で、光輝達よりも2学年上。昨年、当時高1だった小春が高3だった諏訪と出会って付き合いだしたのだそうだ。
「しかし、分からん!こんな可愛い子となんでこんなモヤシがいい関係なのかって事だ。どっちかって言うとアニメのフィギュアでも舐めたり、しゃぶったりしているもんじゃないのかぁ?」
「!!いやいや、そんな事はしませんよ」
なんとえぐるような発言を突然、美月の前でするのかというその神経を疑った。付き合っている小春の影響か、それとも小春が影響を受けたのか。それはともかく冷静を装い、軽く否定して、オタクに対しての世間の認識はそのようなものなのかもしれないと諦めていた。
「いいから、早く入ろうよ!時間はあまりないんだから」
「そうだな」
5時から園内に入るとナイト料金として1日券を買うより割安となる。閉園時間は20:00。その3時間を楽しまなければならない。と、言っても彼にとっては楽しむどころか常に試練だろうが・・・
諏訪が4枚分の券を買っている間に、小春が小声で話し掛けてきた。
「私の彼は、みっちゃんとは初対面で秘密知らないから、一緒に来られたわけよ」
「そうなんだ」
ならば、二つの人格についての接し方も使い分ける必要も無いから気楽だと思えた。
「でも、気をつけなさいよ。ヨミちゃんはアンタ以外の男の事なんて殆ど知らないから、凄くいいトコを見つけたらアンタから乗り換えるなんて簡単なんじゃないかなぁ」
「え?それって君の彼じゃ・・・」
小春はそれに対して微笑んでいた。余裕がある者の微笑とでも言うのだろうか?それはさておき、光輝はこの男を前にして安心しているわけにはいかないだろう。
「おい!そこの2人。何を話しているんだよ!実はそっちはそっちで出来上がっているのか?なら比留間さん。行こうか?こっちはこっちで」
「んな訳ないでしょ!こんな暗いのとなんてさ!!盛り下がるからもっと明るくしなさいってからかってやっただけよ!じゃ行こう!」
やれやれ。黙っているものだからいつでも都合よく悪者にされるのだなと思いながら3人に続く。4人は場内に入っていった。

虹の花パーク。バブル時代に作られ、毎日のように数千を超える客が園内に訪れていたが、ジェットコースターや観覧車など、開園当時は最先端のものを取り揃えていたが時が過ぎるにつれ、技術も規模も他の遊園地に追い抜かれていった。当然、客足は徐々に遠のき閉園も止む無しというところで起死回生の一手に出た。それが、着ぐるみショーだった。新しく大型アトラクションを設けるにはお金がかかりすぎる。そこで、着ぐるみを用いた小ぢんまりとしたショーを開いたのだった。
着ぐるみショーはどこのテーマパークでも子供向けにやっている事であるが、このテーマパークの物は一風変わっていた。メインキャラクターが『ドロッパ』というキツネなのだが、何にでも化けられるという特技があった。それにより、他のアニメのキャラクターに化けたという話の元、自由にそのキャラを演じさせたのだ。例えば、ゴリラ顔の敏腕スナイパーが鬼ごっこをやるような事があったり、空を飛び、壮絶な格闘戦をして宇宙を救ったようなヒーローが泣き虫だったりとキツネキャラたちをベースとした演目が行われたのだ。だから、同じ作品内で劇中では憎みあうキャラ同士が仲良くしていたり、別のアニメとの夢の共演を果たしたり、全員同じキャラに化けて、混沌としたステージを作り上げたりと、まさに自由。というより製作側が好き放題やっているような情況を呈していた。
そのアニメのジャンルは多岐に渡り、国民的アニメだろうが、ロボアニメだろうが、萌えアニメだろうが特撮だろうが、着ぐるみを扱っていればなんでもありである。それらが次々に動画サイトにアップされた。本来であれば著作権的に削除の対象であるが、運営側はわざと見過ごした。そのおかげで初めはオタクが盛り上がっているだけであったが、人気が出るにつれ何とDVDも発売したのだった。動画であるとやはりショーをそのまま録画したものになるから客の歓声、撮影状態などで入ってしまい純粋にショーが楽しめないがそのDVDはちゃんとしたスタジオで撮られていて画質高い為、その売れ行きが好評でメディアに紹介されたことが起爆剤となって多くの人々が訪れた。閉園を免れるまさに逆転ホームランと言える企画になったのだ。

ちなみに光輝も友達と一緒に見に来たこともあった。そのような同一の趣味の男達4人ではなく今回はまるで違うメンバー。何故こんなにも緊張しながら遊園地に入るのかと思っていた。入園して早々、光輝は驚くべき光景を目にした。虹の花パークのアトラクションやイベントに驚いたのではない。彼の前を歩く小春と諏訪だった。
『手をつないだ!?』
手をつなぐ事自体は大したことはない。光輝自身、『美月と手をつなげればいいな』などという妄想を度々しているぐらいだ。
『しかも、あんなに自然に!!』
2人は一緒に並んだかと思うとお互いを見ることもなくスッとさも当たり前のように手をつないだ事に衝撃を覚えたのだった。
『普通、アイコンタクトとかするもんじゃないか?それに、手をつないだ後もお互いを見ようとしない。手をつなぐ事は当たり前なのか?何なんだ。コレは。これが本当のリア充というものなのか?』
あまりにも距離的に近い二人をあまりにもかけ離れた視線を見送っていた。
『俺には無理だなぁ・・・』
一応、美月は横にいたが、光輝に手をつなぐ事など出来る訳もなく、一瞬だけ目が合ったが照れくさくなってちょっと笑って視線を外した。
「一番、最初は、無難なところでメリーゴーランドにすっか?」
何の変哲もないメリーゴーランド。木馬に乗ってグルグル周るだけだ。昔はそんな物など面白いわけがないと思っていたが、今はその印象を変えていた。
「ハイヨー!シルバー!」
馬に跨って立ち上がり、手を動かし、鞭を振るっているようだった。
「恥ずかしいからそういうのやめてって」
周囲の子供がこちらを見ていた。小春が呆れながらそのように言った。
「はいはい。やめますやめます。でもさ。シルバーって何だろうな?銀って事かな?」
「『ハイヨー。銀』っておかしいでしょ?」
前の2人が軽く夫婦漫才を言っている中、一方の光輝達はというと木馬の前に立っていた。
「乗れる?」
「はい」
すると美月は馬に跨ろうとせず、足を揃えて馬に腰掛けた。
「どうかしましたか?」
「いや、俺はどれに乗ろうかななんてさ」
美月の細かい事に愛らしいと思えた。光輝は隣の馬に跨った。動き出すベルが鳴ってメリーゴーランドが動き出した。
曲が鳴り始め、ずっとぐるぐる周っているだけだが、光輝には違った印象だった。
美月は最初、動き始めたのに戸惑って表情が硬かったが、次第になれて表情も柔らかくなっていった。
『何、コレ。ただ回っているだけなのにテンションが上がるぞ』
メリーゴーランドが止まり次のアトラクションへと向かう。


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(小説)美月リバーシブル ~その9~

2012-11-02 18:17:30 | 美月リバーシブル (小説)
「何か、重そうだな。立ち話もなんだ。今からうちに来るか?公園で話すのも寒いし、うちは夜まで誰も帰らない」
それから、糸居の家に行く。近くにある岸や本島の家に行く事はあったが、糸居のうちに行くのは初めてだった。彼のうちは電車で二駅先の家で自転車で向かうと彼の方が少し早かったようだ。それから歩いて10分ほどのところに10階建てのマンションであった。エレベータで7階に上がり鍵を開けて入ると誰もいなかった。
「母親はパートに出ている」
「そうなんだ」
「だからって、おかしな展開にするなよ」
「は!?」
「冗談だよ。フッ」
珍しく冗談を言うと彼は冷蔵庫の牛乳をガブッと飲み、部屋に入った。部屋は片付けられていてスッキリしていた。フィギュアやポスターなどのオタクのグッズも見当たらなかったが本棚はびっしりとアニメショップのブックカバーで覆われた本で埋まっていた。別の本棚は中古のものらしくカバーはつけていないアニメの本が多かった。
「何か飲むか?」
「いや、良いよ」
糸居はベッドに座り、そこに座れといわれて、光輝は机の椅子に座った。重苦しい空気を破ったのは糸居だった。
「で、比留間は二重人格だったっけか?」
「うん」
まず、美月の二重人格の話から始まり、彼女の家に行っていた事、そして日中の美月に近づくなと言われたこと、そして、彼女に諦めた事を全部話した。彼も茶化す事などせず、黙って聞いていた。
「なるほど。これでスッとした。どうも分からない事ばかりだと精神衛生上良くないからな」
糸居は頷きながら、普段見せない。穏やかな顔をしていた。
「だから、今まで通りの俺に戻るって訳だね。ちょっと見知らぬ土地に旅をしていて迷っていたって感じかな?挙動不審でキョロキョロしていてさ。だから帰ってきて良かったよ。良く言うじゃない。楽しい旅をして来て帰ってきてもやっぱり家が一番落ち着くってさ」
光輝は自嘲気味に言う。それだけで吹っ切れたのだなと自覚があった。
「お前は、それでいいのか」
光輝の空空しい声に目を鋭くさせて糸居が光輝に迫った。
「まぁね。と言うより、それが一番でしょ。元々、俺には縁のない話だったんだよ。だからちょっとした思い出が出来て良かったなって。俺みたいなキモオタはさ」
「お前そうやって何もせず抗う事をしないで勝手に自己完結して後で悔やむんだよな。それが一番無難だってさ。別に俺には何の実害も無いからどうでもいい話だがな」
簡単に、見透かされたようでイラッと来た。
「き、君に、何が分かるんだよ」
始めて自然と本音が出た。茶化されて怒る事はしばしばあったが、それは仲間内の冗談の範囲であったが、今回のは本心から出た言葉だった。
「そりゃ、分からねぇよ。俺とお前は他人だし、今、話を聞いたばかりだしな。だが、俺も似たようなもんか」
そのように言って糸居は一瞬の逡巡を見せてから、意を決したようで口を開いた。
「お前ばかりに言わせて、俺は何も言わないってのもズルイ話だからな。別に弱みを握りたかったわけでもねぇし。これから俺の昔の事を言う事にするか。お前も、この事は誰にも言うなよ」
「別に俺も聞かれる訳ないだろうけど、言うなといわれれば・・・」
「11年前の話だな。近所の幼なじみの女の子がいてな。俺が6歳、その子が5歳」
糸居は時折、目を瞑り、昔の事を1つ1つ思い出すように話し始めた。彼は、物心付く前から彼女とよく遊んでいたという。とても仲が良くて結構マセている所があって手をつないだり遊んだりするのは当たり前で他にはキスをしたりとか結婚の約束もした事があったりしたという。それについては幼い子供の頃の無考えな発言だとして笑ったが、問題はその後のことだった。彼女は容姿に自信が無いようで気にしていたようだ。特に同じぐらいの年の子にからからかわれていたと言う話だ。それで糸居がブサイクなら問題もなかったろうが糸居は当時から目もパッチリしていて痩せ型のカッコ良かったという。周囲の女の子はその子に嫉妬して陰口をよく言っていたらしい。彼女はその事を口にしなかったがある日、幼稚園のグラウンドで女子数人に言われて小さくなっている彼女を見つけて、糸居はその女の子達が遊んでいるところで物を壊すなど暴れまわり、こっぴどく叱られた。彼女の方も自分が原因だと思って自分を責めて、暫く、彼女が避けていたという。それから疎遠になっていったがある日の事であった。公園で遊んでいるとその子もたまたま近くにいて、特に話すこともしなかったが、別の友達が野球をやっていると彼女にボールがぶつかりそうになった。だから、彼女を庇おうと突き飛ばした。それが悪かった。そこへ、バイクが走ってきて彼女は轢かれたのだ。幸い、一命は取り留めたが入院していた。彼はどうしたらいいか分からず、途方に暮れてしまったという。
「庇って当たったボールの痛みが尾を引いたな。何故か。タンコブが出来たけどさ。すぐに謝りたかったんだが、ちょっと疎遠になっていた事もあって退院して暫くしてからにしようと思ったら、彼女と家族は引っ越した。俺に何も言わずにな。会いたくなかったんだろうな。引越し先なんかも言わなかったしな。それに関しては自分の所為だから受け入れられたがその後がきつかった」
彼女が引っ越したという事で邪魔者が消えたという事で他の女子達が彼に迫って来たのだという。皆、糸井が暴れた時にいたグループだったという。その時の女子に彼女が陰では突き飛ばして轢かれた事に関して思いの限りで悪口を言っていたと彼に言ったのだ。
「私が轢かれたのはアイツの所為だって。本当は遊びたくなかったけど、あいつが強引にくっついてくるから仕方なく遊んでいたって。本人が引っ越して確かめようが無くなったからって言いたい放題だった。聞いた直後は死ぬほど落胆したがその後で、考えてみてアイツらが俺に近付きたいが為に、でっち上げた嘘だろうと結論に至った。真偽は定かではないがアイツがそんな事を言う訳がないし、言ったにしても言わされたんだろう。そう思ったら人間、特に女が嫌になっちまってな。ずっと一人、部屋に篭っていたよ。そこへ俺の心を元気にしてくれたのがアニメだったなぁ。みんな男も女も関係なしにパァッと明るくて、辛い事も引きずらない、それで仲間、友達とか仲間っっていう人間関係も良好な良い奴ばかりでさ。それからどっぷりハマッて行ったな。今に至る・・・かな?」
聞き終えて、何も声をかけられない自分がいた。
「少なくとも、あの時、ちゃんと謝れていたら何か変わっていたかもしれねぇな」
「俺は、怒ってないと・・・思うけどな」
「怒っていないっていうより、もう忘れているだろうさ。もし、覚えていていたら何らかの連絡があってもいいはずだったのにな。電話番号は知っていたはずだし、今は当時の家から引っ越しちまったけど」
「書いていた電話番号を無くしちゃって」
「やめようぜ。そういう希望的妄想を広げるの。キリがねぇよ。そんな事よりお前だろうが。このままでいいのかよ。俺が言えるのはここまでだ。俺がお前にどうこう言える立場じゃないからな。結局、謝れなかった俺にはな」
「それは・・・」
答えを出す事は出来ないまま、時間も遅くなってきたので帰ることにした。糸居は駅まで着いてくるという。そういう割に話をかけてくるわけでもなく気まずい時間が続く。だから、質問を糸居にぶつけてみた。
「俺のことは置いておいて、君はもし、彼女が戻って来るような展開になったら、どうするの?」
「そりゃ、謝る。ただ心残りをサッサと消化しちまいてぇ」
「それからは?」
「その後の事は分かんねぇよ。アイツも10年も経ったから彼氏の一人もいるだろうと思うし。俺はキモオタに落ちぶれたし、それでガキの頃の約束を覚えていて結婚しよう!なんてアニメみたいな展開は重すぎる」
確かに時間を考えれば昔通りと言う訳にはいかないのだろう。人間関係が乏しい光輝には重い現実に思えた。話は終えて帰ることになった。
「お互い事情を話したからと言って明日から仲良くなるなんて事はないからな」
「うん」
冷たい言い回しだがお互いの距離感を量っているからだろう。下手に親しくすれば岸達がおかしく思うだろう。お互い広げたくない昔の記憶だ。暗黙の了解だろう。風を切って自転車をこぐが風がより冷たく感じた。
『くそぉ・・・余計な事を聞かなければ良かった』
心がぐらついていた。身を切られる思いで美月の事を忘れようとしていたのに、糸居の話を聞いて揺れ動いていた。
『方法なんてないんだよ。俺に出来る事なんて・・・もう諦める以外の選択肢はないんだ』
自分自身に言い聞かせて家路に着いた。その表情は疲れきっていた。まるでマラソン後だった。
「ただいま」
「どうしたの?」
「自転車が途中でパンクしちゃって。自転車屋を探していたらこんな時間になっただけ」
「そう。お疲れ様。そうだ。アンタ宛に手紙が届いているよ」
「手紙?」
「そ、女の子から」
そう言ってニヤリと笑みをこぼしながら母親は手渡してきた。送り主は『比留間 美月(夜)』と書かれていた。思わず手から離れ、床に落とすがすぐに拾いなおした。
「名前からして明らかに女の子よね。でも、珍しいよね。今時、メールじゃなくて手紙だなんて。でも、敢えて手紙をチョイスするなんて目の付け所がいいよね。メールだとすぐに相手に届いちゃって『返信が遅い!』ってなるけど、相手に届くまで何日もあるから『どんな返事が返ってくるんだろう』って考える時間があってさ」
スマホや携帯電話も無かった大昔の事を考えているのだろうと思う。
「でも、字が下手よね。高校生の字には・・・もしかして・・・」
字自体は下手ではなかったが字の大きさがバラバラでバランスが極めて悪かった。
「もしかして?」
「法は犯さないようにね」
「そんな事しているわけないでしょうが!」
そのまま自室に急いで入っていった。
手の中にあるのは美月からの封筒であったがかなりの厚みがあった。ちょっと振ってみると紙のほかに何か入っているようだった。
『このまま開けない方が身のためなんじゃないか?』
まず、机に置いて距離を取った。まるで凶暴な生き物を見るかのようにしていた。
『そうだ。小型の爆弾が入っているから開けたらバンだ!だから開けてはいけないんだ。そう思い込もう』
まず、食事を取って風呂に入った。湯船に浸かると疲れが流れ出ていくような気がした。すると今日の事が頭に浮かぶ。
「迂闊だったなぁ・・・ちゃんと周囲を見ていれば糸居に見られる事もなかったのに」
湯船にゆっくりと入っていると嫌な事を思い出しそうだから早々に上がり服を着た。
「やる事が・・・そうだ!勉強だ。試験前だから勉強をしよう。それで気を紛らわす!」
手紙を部屋のテーブルに置き、机に向かう。教科書、ノートなどを開いたが物の5分もたたないうちに手紙が気になってしまった。
「こういう時に限って睡魔が襲ってこない」
思い通りにならないと歯噛みしながら手紙を手に取った。
「ままよ!後は野となれ山となれ!」
封を開ける事にした。すると、青い人形のようなものが見えその奥に紙が入っていた。まず紙を読んで見た。
『突然のお手紙ごめんなさい。倉石さんのお勉強の邪魔にならないようにするにはどうしたらいいのかって考えましたらお母さんが手紙を出すのが一番と言ったのでこうして出した次第です。勉強が忙しくて来られないというお話でしたから象のマスコットをお送りします。象には力と凄い記憶力があると言われているそうです。下手っぴでごめんなさい。いっぱい勉強してテストでいい点数を取ってくださいね。待ってますから。 比留間 美月(夜)』
両手を震わせながら手紙を持っていたが、左手は顔に添えた。
「俺なんかのために・・・嘘をついて終わりにしようとした俺なんかのために、ここまでして、そこまで信じる必要なんてないのに」
それから誰にも聞かれまいと声を殺し、ベッドに寝そべり体を震わせていた。

12月4日(土曜日)
「朝か」
喉の渇きを感じ、うがいをして顔を洗う。鏡を見ると目が真っ赤だった。ぐりぐりと目をこすり、まずは顔を洗う。水の冷たさに手が痛い。自分の部屋に戻り教科書を揃えていた。
「今日辺り、夜の比留間さんちに行って全てを終わらせるか・・・ご両親にも説明すると・・・それでおしまい。何もかもおしまい」
リュックに全てつめたかと思っていて最後に机の上に残っていたのは彼女が作ってくれた象のマスコットがあった。美月自身は下手と書いてあったがかなりの出来であった。
「彼女に返そう。うん」
それが彼の結論だった。潔く引く。それが彼女にとって最善だと思ったのだ。既に彼女の秘密を知っている男が3人もいるという話だ。これからも増えていく事だろう。ならば、その人達に託すべきだろうと。なよなよして自分の意思を持たず、その場で流されるような自分では彼女を不幸にするだけだろう。リビングに出ると昨日夕食を取らなかったので母親が心配そうな顔をしていたが出来るだけ気丈に答えた。
「昨日、言ったでしょ。頭が痛いからいらないって。今日は頭痛も治まって大丈夫だよ」
極力、何事もないかのように努めてご飯を食べて彼自身はバレてないと思うが母親は彼がおかしいと勘付いていただろう。
いつもより早めに学校に着いた。席に着いて暫くすると、岸達がやって来た。いつもより早いことに不思議がっていた。糸居は昨日の事など素知らぬ顔をしていつもの通り聞き役に徹していた。しかし、彼からのいつもと違う視線を少し感じた。
ホームルーム間際に美月がやってくる。何も変わらない光景だった。ホームルームが短くあって、それから授業が始まる。これで何もかも終わりなのだと思う。右斜め前に美月の姿を見る。彼は未練がましく意識してしまうに違いない。次の学年になったらクラス替えなのだから3学期に入ってからの約3ヶ月間我慢すれば良いだけの事だ。ちょっと見ていたら美月は小さな紙を書いて後ろの席の女子に後ろ手に渡していたのを見た。もらった女子は別の紙に書いて美月の背中を突いて紙を渡した。ちょっとクスッと笑ったようだ。肩が震えたのが見えた。
『いいよな。朝の方は、気楽でさ』
見た光景に少し呆れた。夜になってから夜の美月に全てを打ち明けて身を引くつもりでいたが、夜の美月は傷つくだろう。泣くかも知れない。自分のために泣いてくれるのなら嬉しいが悲痛な気持ちにさせるのは間違いない。一方、日中の美月の方は何も気にせず今みたいに友達と仲良く楽しくやるという毎日を続けていくだけだろう。そのように思うと何故、自分と夜の美月だけが辛くならなければならないのか。夜の美月に非はない。それを想えば想うほど心の内側がメラメラと熱くなるのを感じた。ただ、元はと言えば自分自身の不甲斐なさが原因で決めた事というのは完全に頭から抜け落ちていた。

授業が終わった。教室にいて、じっとしていてもイライラするだけだとトイレに向かった。用を足すとすっきりするなどとどこかで聞いた気がしたが、イライラは募る一方で何も変わらなかった。水道で手を洗って教室に戻ろうとすると美月が一人でこちらに向かってきた。彼女もこちらに気付いたようで先ほどの楽しそうな表情から一変し、冷たくこちらを見下すような顔をしていた。
「何、見てんの?こっちを見るのもやめてよ。ストーカー。昨日言った事も覚えてないの?」
あからさまに見下しながら、鼻で笑ったように見えた。
「用がないのなら私、行くから」
「あるのに・・・」
「ある?それって何よ」
小声で独り言を呟いただけのつもりであったがどうやら美月の耳に届いてしまったようだ。嘘とか冗談などと否定するのは容易いがそんな事をすればまた見下しの視線を受けることとなるだろう。美月自身は意外そうな顔をしていた。
「きょ、今日の放課後、1時ぐらいに前呼び出したところに」
「どうして?今、ここで言えないような内容なわけ?」
周囲を見回すと廊下である以上、他に生徒達がいた。
「そう」
「ふぅん。分かった。行く」
そう言って、彼女は教室に戻っていく。言った方である自分自身の方が驚いていた。
『おいおい。俺、何やってんだよ。夜の比留間さんは諦めるつもりだったってのに。何故、朝の方に約束してんだよ』
しかし、今更、取り消すわけにはいかないので会うしかないだろう。問題はあって何を言うかであった。授業が始まったものの、全然、頭に入らなかった。と、言っても普段から授業内容を正確に理解しているわけではいなかったのだが。

土曜日の授業が終わるのは午後12時30分ぐらい。それからすぐに待ち合わせ場所に行った。人から見えにくい場所という事もあってか学校でのカップルが弁当を持ち合って食べているのを目にした。
『全く、違う方向で動いているなぁ。俺自身何をやっているんだか・・・』
1時前になると彼の存在が鬱陶しかったのかそのカップルは昼食を終えるやそそくさとその場を立ち去った。彼にとっては好都合であった。
1時になっても彼女は現れなかった。チラチラと携帯で時間を見るがやはり時間は過ぎていた。ただ単に何か事情があって時間が遅れているのかと思う一方で
『もう決まりきった事だから俺とは会わないって意味かぁ?だが、会うとは言ったよな』
そのように考えていた。
『それとも巌流島の決闘のようにわざと時間を遅らせて相手の冷静を欠かせて有利にって何が有利なんだよ』
自分でツッコミを入れつつ時間が立つ。15分ぐらいが経っていた。一応、1時間ぐらいは待ってみようと思っていた。女は時間にルーズなどと勝手にイメージを彼は持っていたからだ。美月は木陰から不意に現れた。
「あ、来た。え?」
やっと来たかと思った直後、やられたと軽く舌打ちしたくなった。
「何なの?みっちゃん」
「ここで何か面白い事でもあるの?」
「あ」
美月の他に3人を連れて来たのだ。クラスの友達である沢鳥 雪乃と林野 恵里香。そして村川 小春の姿もあった。
「一人だけじゃないとダメって言わなかったから別にいいでしょ?それとも何か不都合でもある?」
『勢いのまま話があるなんて言ってしまってあっさり了承してくれたからちょっと上手く行くんじゃないかって期待していたら・・・やはりここでとどめかッ!』
美月の計略よりも己の見込みの甘さに腹立たしかった。
「何なのみっちゃん?倉石と何かあるの?」
「もしかして告白?でなければこんな所に呼び出さないよね」
沢鳥と林野は事情を全く知らないらしく、状況に興奮しているようだ。
「言っちゃえ。言っちゃえ。この際だからバッと男らしくさ」
小春はこちらの味方をしてくれているのかは分からない発言だった。自分の体裁も保たなければならないのだから彼女なりに難しい立場だろう。
「呼び出したんだから早く言ってよ。私たちだって暇じゃないの。ねぇ?」
「ビビッちゃったんじゃない?私らがいるからって予想外だったから」
美月の声に他の2人がいたずらっぽく笑いながら応じる。こうも女子に囲まれるなどという経験は彼にはなく、何を言っていいのか迷った。すると美月が先に口を開いた。
「みんながいるからって怖気づいたんでしょ。もういい。あんたに一つだけ言っておくね」
普段彼に見せない明るいテンションで言い始めたからまず悪い事だろうと直感した。
「2度と私達に近付かないで。それと、こっちも見ないで。いい?」
その『私達』という言葉に全てを遠ざけるものを感じた。
「そうだよね。見られるだけでも迷惑だもん。人が楽しくやっているのに見られていると思ったら鳥肌立つもの」
「何を考えているか分からないもんね。きっといかがわしい事なんだろうけどさ。あ~。やだやだ。何で人の事をそういう目でしか見られないのかな?」
「アニメのキャラだけ追っていれば無害なのにさ。たまに女子を見るとコレだもの」
「悲しい人種だよねぇ」
美月の脇の2人だけが盛り上がっていた。美月は光輝を見て、見下していた。
「アンタ、これからどうするの?黙っていたら何も分からないじゃないの」
小春は責めつつもどこか背中を押すような微妙な言い回しだった。光輝は唾を飲み込み、腹から搾り出すように声を出した。
「い、嫌だ」
「はぁ?ちょっと何、言ってんの?」



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(小説)美月リバーシブル ~その8~

2012-10-26 18:14:18 | 美月リバーシブル (小説)

2010年11月28日(日曜日)
あまりにも大きくそして重い悩みであった。
今日は日曜なので服を買いに行った。しかし、今まで衣服に関心を抱いてこなかった彼にはどれを買えばオシャレに見えるのかわからなかった。様々な服を見る。派手な服は自分には似合わないと思い込み、結局今まで買って来たようなジーパンにシャツ。そして地味な上着で落ち着いた。丁度帰り道に立ち読みが出来る大型古書店があったので『ドラゴンリング』を読んでみることにした。
『美月さんに少し聞かれたしな。ネット上でのネタで話を何とかつないでいたけどそのうちボロが出るかもしれないな』
人気漫画という事でマンガが並んでいる本棚には数人の男が『ドラゴンリング』を読んでいた。
『1巻、1巻はと・・・あったあった』
既に40巻も出ている長編である。全て読もうとするなら丸1日を要するだろう。ページを開いて、読んでいくが、前感じた印象をそのまま抱く。
『仲間、仲間言うなよなぁ~』『おいおい。ここおかしいだろ~』『前言っていた事と違うよな』
などと本を戻したくなる心境に駆られるがここでやめては前と同じになってしまうので我慢してページを開いていく。読み終えて次の巻を開いていく。そんな事を何度か繰り返しているうちに7巻ぐらい読んでいた。
『何だよ。ここで終わりか。相変わらずおかしいマンガだな』
次の巻である8巻を取ろうとしたらその巻だけ抜けていて、次の9巻から並んでいた。
『誰だよ!8巻だけ買った奴!俺が読めないじゃないか!』
しかし、まだ3巻ぐらいだと思っていたのに、既に7巻まで読んでいたことが意外だった。
『そんなに面白かったっけ?ツッコミながら読んでいたけど・・・そういえば、このマンガの感想で矛盾を超えた熱い作品だっていう人がいたな。言われて見ればそうなのかもしれないな』
本屋を後にする。今度来た時に8巻があればいいとおもった。買うつもりは無かった。集め始めたら全部買わなければならないだろう。しかし、光輝に全巻買うほどのお金はなかった。既に暗くなっていて、家に帰った。
「今日は外食するよ。こうちゃん、今日も出掛けるの?」
「今日は行かないよ」
いくら気にするなと言われていてもあまり毎日行くのも失礼だと思ったので今日は行かない事にした。と、言っても1週間近く毎日行っていたのだが。外食と言っても特に洒落た場所ではなく近所のファミレスで食事をしただけだった。

11月29日(月曜日)
今日は美月のうちに行くつもりで一度家に帰って私服に着替えて少し反応を見てみようかなどと考えていたのだが、学校に着くや否や日中の美月が近付いてきた。
「ちょっとアンタ。次の休み時間、話があるからちょっと来なさい」
「話?ど、どこへ?」
「テニスコート脇に。5分、いや3分で済む事だから」
用件だけ言うとサッと即座に振り返って美月は自分の席に戻って行った。
「何だ?何だ?お前、比留間と何かあったの?」
友人達が興味津々という感じで近付いてきた。
「いや、全然、見当も付かないよ」
「もしかして告白かぁ?」
岸がノリノリで言って来た。本島もその岸に乗る。
「はぁ!?あり得ないでしょ!あり得ない。あり得ない」
「もし、告られたら俺も実は好きでしたって言っちゃえ言っちゃえ!」
「これでお前もリア充の仲間入りか。そうしたら俺達なんかサヨウナラだなぁ~。おめでとう!」
リア充。『リア』ル(現実世界)で『充』足している奴。その略称である。特に恋人がいる人間を差す言葉としてネットという仮想世界の者達を対比して使われる言葉だ。彼自身、使った事がある。
二人は、色々と言っているが本心ではない。ただ、光輝をからかうネタが出来ると思ってはしゃいでいるだけだ。光輝は気楽に言う二人に乾いた笑いをするだけだ。
告白などという事はあり得ないと思いつつもひょっとして小春が上手くやったのではないかと内心、期待してしまう。だが、あの雰囲気を見る限り、それはないように思った。授業中はずっとその事ばかりが頭を支配し、考えていた。授業を終えて真っ先に向かった。
テニスコート脇は急な坂となっており、校舎からは見えづらい、そういう点を利用して学校の告白スポットとして使われる事が多いという事を噂で聞いていたが彼には縁の無い場所であったし、実際に来たのは初めてだった。
言われたとおり、来て見ると誰もいなかった。放課後や昼休みでもなければ誰かがいるものではない。
「ここで、囲まれたら俺はフルボッコだな」
そのような事もありうるのではないかと思えた。クラスなどの男子に倉石がストーカー行為をして来るから何とかして欲しいなどと美月が懇願すればそれを聞く奴もいるだろう。
「あ、いたいた」
『朝の方だけか』
どうやらボコられる心配はいらないようであった。
「アンタね。何、勘違いしているか知らないけどこっちは迷惑なの。分かる?もし誰かにアンタがうちに来ているなんて知られたら私はおしまいよ。どういう関係とか聞かれてみんなドン引き。私達の秘密だってバレかねないし、私が今まで苦労して築き上げてきた人間関係が全部パーよ。アンタそれで責任取れるの?」
1つや2つの事柄を何か言われるか聞かれるかと思っていたが、今みたいに、状況などをスラスラと言われると話を理解するだけで彼には間を必要としてしまう。もはや、外国語を翻訳にしているに等しかった。
「それは・・・」
「無理でしょうね。アンタなんかに出来る訳ないよ。アニメキャラが映っているテレビ画面なんかにキスなんかしてキャッキャ喜んでいるようなアニオタなんかに。うう~ヤダヤダ。考えただけで鳥肌が出ちゃう!」
こちらの事をまるで知らない一方的な物言いに少しずつ反感を覚えるが、普段、あまり感情を露わにしない彼は怒り方を知らなかった。怒るといっても感情のまま大声をあげたり手をあげたりするのでは物事をより悪化させるだけなのだ。反論するタイミング、言い方、声の出し方など、効果的に感情を伝えるにはそれなりの技術がいる。相手に自分の事を分かって欲しいのならば必ずやらなければならない。今後夜の美月と関係を続けていくのならば日中の美月を説得しなければならないのだから・・・
「だからもううちに来るのやめて。お父さんやお母さんにも言っておくから。もううちに入れるなって。それじゃ。バイバイ。それと私の周りに2m以内に近付かないで。いいよね?ふん」
彼女は言いたい事だけを言って彼女は立ち去っていった。考えていたら既に美月は背を向けていて発言する暇もなかった。時間としては本当に3分以内ぐらいだっただろう。
「く、くそぉ!」
10秒ぐらい何も出来ず立ち尽くしていた。それから沸々と怒りが溢れてきた。近くに落ちていた石をブロック塀に放り投げた。好き勝手言って去った彼女に対してよりも何も言えず聞く事しか出来なかった自分の情けなさに対しての怒りの方が強かった。
教室に戻ってきてどうだったとニヤニヤしながら聞こうとする友人達であったがギッとそんな友人達を光輝はにらみつけたので彼らも察して何も聞かなかった。授業中。考える。
『でも、このまま続けられるか?必ず日中のアイツの問題にブチ当たるよな。さっきもあんな風に言われたらどうしようもない。仮に今まで集めたグッズを全部捨てたとしてそれで手のひらを返してくるほど甘くないよな。一度付いてしまったオタのイメージは拭えるもんじゃないしなぁ・・・』
一度始まると止まらないネガティブ思考。
『そもそも高嶺の花だったんだよな。美月さんとはよぉ。俺如きと釣り合う訳もないんだよな。ここは潔く身を引くのがお互いにとって良い。それが最良なんだ。良いに決まっている。それしかないんだ』
自分に何度も言い聞かせるようにした。そう。彼のネガティブ思考は『諦める』という形で毎回、帰結するのだ。その瞬間に、彼女のイメージが脳内を駆け抜けていく。先週の楽しい日々が一気に去来する。それらに頭を振って考えないようにする。すると、思わず涙が出そうになったので顔を抑えた。
「おい。おい。左から2列目の前のほうの方の奴、眠いのかい」
その先生は倉石の名前など覚えてはいない。
「ちょっと気分が悪くなっただけです」
「そうか。保健室に行くか?」
「いえ、大丈夫です。それほどの事はありません」
「だったらしっかりしろよ。今日で期末試験一週間前なんだからな。そうだ。忘れている奴もいるかもしれないから言っておくが、今日で試験一週間前だぞ。遊び呆けてないで家で必死こいて勉強しろよ~」
「は~い」
授業が終わり、外をぼんやりと見つめながら彼はたそがれていた。試験前という事で部活動は行わず、みんな一斉に下校する。
「まぁ、その何だ。お前、気にするなよ。うん。女子に呼び出されるなんて俺達の人生において一度も無い事をやってのけたんだ。それだけで誇っていい。うんうん」
岸がそのように言った。友人達は光輝の様子を見て気を遣ってくれた。軽くその件には一切、触れるなと思ったがそのような友人達の気遣いに感謝しなければならなかった。その日は、奢ってやると言ってくれたのでいつも以上にはしゃいだ。美月への想いを今日で断ち切れるように。時間は5時半を過ぎ、辺りは真っ暗であった。そんな時であった。
携帯電話が鳴った。電話の主は、美月の家の電話であった。思わず手が震えた。声を聞いたらさっきの決意が揺らいでしまうと思ったので居留守を使い続けようと思ったが、それをやっては今後、しこりとして残るだろう。人として、キッパリとけじめをつけるべきだろう。
「倉石さん。どうかしたんですか?一昨日は今日来るって言っていましたけど。体調でも優れないんですか?それとも別の用事か何かで?」
当然、電話の主は夜の美月であり、とても心配しているようであった。胸が痛かった。
「そ、そういうわけじゃないんだけど、今、試験1週間前だから勉強しなくちゃ。だ、だから当分いけないや」
「では、試験が終わってからですね?テストと関係ない私が倉石さんの勉強を邪魔しちゃ悪いですもんね。確か、テストは来月9日まででしたよね?勉強していい点数を取ってくださいね」
「そ、そうだね」
もう会わないと言おうと思ったが口から出てこなかった。だが、試験後に再び電話があるだろう。その時は適当にいいわけでもして有耶無耶にしてしまおうと考えた。我ながら情けない話であったが、お互いダメージが少ない方法だろうと思ったのだ。美月の両親や小春からは失望されるだろうが接触しなければ何も言われる事は無いし、陰で何を言われたって別にいい。
だが、こんな形でここ数日の人生で最も素晴らしき日々が潰えてしまうと考えると心が張り裂けそうな気持ちであった。自分から行動しようとしない光輝にとってこんなチャンスなど人生で一度あるかないかというほどの幸運だったはずだろう。それをここで使ってしまって後の人生お先真っ暗だろうが、この思い出を大事に生きていけばいいなどと軽く人生の半分ぐらいを駆け抜けたぐらいの気持ちになっていた。
『だったらこんな俺なんかよりももっと良い人がいるはずだ』
自分のことなどより静かに美月の幸せを願うだけだ。
「何かあったのか?当分、いけないとか。まさか、比留間のうちに行っていたとか?だから、もう来るなってさっき言われたとか・・・」
岸が聞いてきた。違うがなかなかいい読みをしていると思った。
「ここ最近、家の近くの子と仲良くなってさ。会いたいなんてよく言うもんだからちょっと困っていてさ。携帯の番号なんて教えるんじゃなかったよ」
咄嗟に出てきた言い訳にしてはなかなかの出来であった。
「近所の子って何歳なんだよ」
「8歳だったかな?」
1日の半分ずつを生活していると考えれば当然、生きてきた年数も普通の人より実質半分となるだろうから嘘ではないだろう。
「8歳だと!?それって女の子か?女の子なんだろ?女の子に決まっているよな?」
本島が身を乗り出して聞いてきた。その質問は妙に力が篭っていた。そして目の輝き方が変わった。本島は女子であると決め付けたがっていた。
「ま、まぁ。そ、そうだよ」
「来たッ!!マジか!?マジなんだな!よし!詳細を教えろ!」
本島が近付いてきて鼻息がこちらに届きそうな勢いであった。ただ本島はロリコンキャラを前面的に出して話の盛り上げとして使っているだけで実際はロリコンではないようだが、本当かどうかなど定かではない。
「お前な。怖いよ。目がガチ過ぎなんだよ。少しは落ち着け」
「そうかぁ?ハハハハ」
岸のツッコミに本島は少し笑っていたがまだ本気のように思えた。
「そういう世間の目だよね。俺とその子が仲良くやっているとさ。変に誤解される可能性が高いでしょ?その子の為にもならないし、だから距離を置こうって思ってさ。実はさ、比留間はその子と親しくてさ。だからさっきもう来るなって言って来たんだよ」
決して嘘ではない。さっきの件もこれで上手く誤魔化せると思った。
「なるほどなぁ。お前はツライかも知れないがその方がその子の為だわな。やっぱり同年代と遊んだ方がいいんだよ」
岸は単純に誉めてくれた。
「うん。何だよ。比留間の親戚か。それじゃ俺が入り込む余地、ねぇじゃないか・・・」
もう本島は放っておいていいのかもしれない。それから夕方遅くまで遊んだ。今日の件でいつもよりみんな優しかった。そのまま帰宅した。PCを付けて久々に『きぐるみ』のファンサイトを見て和んだ。と言うか何かしなければ美月の事を思い出してしまうからだ。夜遅くなって寝ようと思ってベッドに入ると美月の事が頭を支配した。決して悪い事ではない。彼女の笑顔なり、照れた顔なり、幸せだった数日間の事だ。自ら終止符を打つのは身を切られる思いに駆られた。

11月30日(火曜日)
「はぁ・・・」
夜はあまり眠れなかった。だが、不思議と眠気は無かった。但し眠らなかった分、疲労感が肉体を支配していた。食欲は無いわけではなかったので朝食を取って学校に向かった。
「おう。クラッチ!」
岸が手を挙げて挨拶した。
「おはよ」
力なく答え、ドカッと重く椅子に腰掛けた。
「やっぱりその子と遊べないのが辛いのか?このロリコン野郎!」
「はははっ。そんな事ないよ」
「お前、本当に大丈夫か?」
岸から言われた事に力なく否定すると岸が心配そうに聞いてきた。後はただ『大丈夫』と連呼するだけであった。それから授業をボーッと受ける。何気なくノートに絵を描く。描きたいものを特にイメージせずただシャーペンを走らせた。
『昨日のあの瞬間までは、楽しかったのになぁ~』
今日は何があるのか何をしようかと考えているだけで幸せな気分になれたというのに今は、自分の中が一気に崩壊してしまって瓦礫の山というようなそんな心境だった。重く邪魔臭いだけだ。
「ハッ!や、ヤバイ。ヤバイ」
気がついてみるとノートにはデフォルメされた女の子らしいキャラが描かれていた。ただし、表情は描かれていない。光輝の特技であった。デフォルメされたキャラを描くというものだ。それでオタクグループの中でたまに『あのキャラを描いてくれ』とリクエストされる事さえあるぐらいだ。そのキャラが何となく夜の美月を描こうとしたと思えてきて、消す事にした。

学校が終わり、真っ先に美月が帰っていくのを後ろで見ていた。今日は何か楽しそうな印象を受けた。やはり夜の美月が動画を作っていると言っていたので昨日会ってないという事を知っているのだろう。それだけで彼女自身喜んでいるのだろうと思った。日中の美月も笑顔だと小憎らしいと思いつつもやはり可愛いのは事実だった。それを見られただけでせめてもの救いだと思うしかなかった。
「おう!帰るぞ~」
むさ苦しい友人達と一緒に帰る。試験一週間前という事で流石に遊ばずに帰る。それで実際、試験勉強をしているのか分からない。家に帰って一応、机の前に来てノートを広げてみた。消した絵のキャラの跡が残っていた。昨日の美月の事をぼんやりと思い出したが昨日、それほど寝ていない事もあってかそのまま眠ってしまった。その時、夢を見た。夜の美月が遠くで叫んでいたようであった。しかし、目覚めていたら忘れていた。
「どんな夢だっけ?でも、何か嫌な悲しい感じがするけど」
周囲を見るとあたりは真っ暗で明かりは消され、代わりにエアコンが付けられ肩にはジャンパーがかけられていた。時間は午前0時を回っていた。母親がやってくれたのだろう。
「勉強なんて殆どしていなかったのにな・・・」
空腹感を覚えたので冷蔵庫を開けておかずを出して夕飯を食べて、風呂に入り、再び眠りに付いた。

今までの人生の中で最も激動であったであろう11月が終わり、12月に入る。いくら、夜の美月の事があっても、毎日毎日悩んでいるほど人間は単純に出来ている訳もなく、辛さは時間が薄めてくれた。それと、彼の好きなアニメキャラも担っていた。彼は、好きなアニメのDVDを最初から全部見た。ちょっと心が楽になった。勿論、そのキャラが彼に話しかけてきたり、笑いかけてきたりしてくれる訳ではない。ただ、そのキャラが劇中で表情を変化させているのを見ているだけでいい。それだけで彼の心はほんの少しだけ癒された。ほんのちょっとだけ満たされた。彼には大きな喜びはいらない。必要としない。求めてもいない。
そのキャラを描く。自分でイメージしたのを描けると嬉しい。そんなささやかな嬉しさがあればそれだけいい。以前までのパッとしない生活を取り戻そうとしていた。3日間という時間が経過した。

12月3日(金曜日)
もう、日中の美月が視界に入ってもそれほど気にならなくなった。全ては終わった事なのだから。彼女もこちらの事など気にしてはいまい。同じ教室という中で全くの別空間をお互い過ごしていくだけだ。授業中、無意識にペンを動かす。あまり熱中しすぎると先生などにバレる恐れがある。だが、光輝は未だにバレた事がなかった。黒板の内容をノートに書き写すかのように絵を描く事が出来た。それは1つの特技かもしれない。
その日は、岸と本島はお互いに家の用があるからという事で早く帰ってしまって、珍しく糸居と一緒に帰ることになった。話す言葉が見つからなかった。元々、本島辺りが話題を挙げて岸が広げていき、それをたまに光輝や糸居に振るのがパターンであったのでほぼ振られる側の二人が一緒では、盛り上がる事はない。だから、少し話しかけることにした。
「最近、どんなアニメが面白いかな?」
「今期は不作だったな。作画が乱れるのは目を瞑るところだが設定が活かされていなかったり、スタートダッシュだけ凄くて後は停滞したりしてさ。切った奴も何本もある。最終回にどれだけ盛り返せるのか。でも、来期に面白そうなのがあるからそっちに期待だな」
基本的にクソがつくほど真面目で的確な事を口にする糸居だから、話を振っても話題が膨らまない。3人以上いると、話をしたがらないのは自分でも分かっているからだろう。
「そうだ。あの出来事からようやく吹っ切れつつあるようだな」
「まぁね。少しスッキリしたよ。特に何かがあったわけじゃないけど時間が解決するって話、本当だね。」
「比留間の後は目も当てられなかった。で、少し比留間について聞いても良いか?」
「いいけど」
その小さい子と何をして遊んだとか、岸同様またロリコンだのと言う気になっているだろうが別にどうって事はない。淡々と受け答えをするだけだ。
「俺が気になるのは、お前と比留間が一緒に帰っていたという事だな。その後に嫌われるような事をしていたのか?比留間よりもその子が好きだとか」
どうやら、糸居は見ていたようだ。迂闊だった。糸居に見られている事をまるで気付いていなかった。
「ひ、人違いじゃないかな?」
「バカか。俺達と分かれた直後、同じ服装、同じ自転車を持った奴が別人な訳がねぇだろ。それに比留間を見かけた時お前は妙にソワソワしていたしな。別に後をつけていた訳じゃないぞ。コンビニにトイレに寄って、出たらお前らが先にいただけだ」
「お前を呼び出した比留間は怒っていたという事は、一緒に帰っていた比留間こそが別人か?しかし、比留間は同じ制服を着ていた。話がまるでつながらないのだがな・・・お前が言った8歳の女の子ってのも気になるが、それはただの嘘か」
アニメなどを細かく分析する糸居だからこその指摘だろう。聞いていて彼を騙すのは不可能だと思った。
「もういいよ。糸居。もう・・・いいよ」
「あ?何が?まだ俺の推理は終わってないぞ」
「分かった。もう全部話すから・・・」
「何だよ。今までの情報から考えて真実辿り着くのが面白いんじゃないか。少しは白を切るなりしろよ。推理マンガみたいでよ」
遊ばれているようであまり良い気はしなかった。
「話すけど、これだけは約束して欲しい。誰にも話さないって・・・」
「話すったって俺は元々そんなに人に話されるタイプじゃねぇし、人に話しかけるタイプでもねぇだろ」
言われて見ればそうだった、糸居は自分から物を語る事をあまりせず、謎が多かった。だが、だからこそ慎重にならなければならない。光輝は糸居の目をじっくりと見た。糸居もその雰囲気を察知したのかじっと光輝の目を見た。
「ああ。約束するよ」
「でも、何から話したらいいんだろ。そうだな。比留間さんは変わっているんだよ」
「変わっているってどんな風にだ」
「何ていったらいいのかな。ええっと~特殊な二重人格なんだ」
「は?二重人格・・・だって?」
「そう」
そう言って言葉が続かなくなり沈黙が支配した。


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(小説)美月リバーシブル ~その7~

2012-10-19 18:06:09 | 美月リバーシブル (小説)
『もういっその事、ここで俺を殺してくれ』
「平面なお嫁さん?」
「アニメとかのキャラクターの事だよ。厚みないでしょ?二次元って奴」
「あ、そうですね。でも、好きなキャラクターを彼女って言いますか?」
「アニメのあるキャラクターを熱烈に好きな人が自分の愛情表現の深さを伝える為に『嫁』っていうんだよ。確か、そうだよね?」
何故そこで自分に振ってくるのかと、攻め方を心得ているようだった。
「そ、そうなんじゃないかな?俺は、そこまでのキャラはいないけど」
「『そこまでの』はいないって事は『それなりの』は、いるって事だよね」
もう弄ばれていた。普段ならば別に慣れている事だから気にならなかったが美月の前という今回ばかりはボディーブローを連続でいれられ、その場で蹲りたいところだった。
光輝は周囲を見た。刃物があればとちょっと思ってしまった。それで小春を刺すのではない。自分の腹を掻っ捌く為に用いるのだ。
「そんな話はいいけど、相性占い、やってみたら?」
これ以上アニメの事でつっこまれて勘ぐられるぐらいなら占いに逃げた方が遥かにマシだった。もはや光輝の思考回路は止まっていた。
「こ、コハちゃん・・・ほ、本当にや、やるんですか?」
「ヨミちゃん。やりたくないの?ただの占いじゃない。外れる事だってあるんだし」
意識が少しずつ戻ってきた。唇を軽く拭って見たが血は出ていないようだ。
「比留間さんがそうならべ、別に今、無理をしてやる必要はないんじゃないかな?」
「そ、そうですよねぇ」
光輝と美月、お互い顔を合わせて苦笑いした。
「アンタは気にならないの?ヨミちゃんとの相性」
「それは、気になるけども・・・」
「二人して悪い結果かもしれないってビビッてんの?別にいいじゃない!ただの占い!」
先ほど、よく当たるなどと言っていたのにこの都合のいい解釈は凄いと思えた。
「ヨミちゃんもやるの!気になるんでしょ!ホラ!トランプを広げる」
小春に押し切られ美月は、トランプを机から取り出した。
「じゃぁ、まず生年月日を教えて」
「生年月日?」
「そう。その数を計算式に代入して並べたトランプをめくる所を決めるの。そうだよね。ヨミちゃん」
「はい」
「そ、そうなんだ。平成5」
ただめくるだけじゃなくて生年月日を言い出すところから見て随分と本格的という気になった。
「西暦で」
「西暦だと1993年4月21日だね」
「・・・。4月21日と言うと、アルファヒドゥリー。おおへび座α(アルファ)星ですね」
美月がトランプを切りながら答えた。
「あるふぁひ?」
「誕生星ってだよね。誕生花の星バージョンって所。私は3月23日で『カーフ』だったよね?カシオペア座のうちの一つ」
「私は、9月8日でプシー・ウルサェ・マーイョリス。おおぐま座ψ(プシー)星です」
「プシーウルセ?」
口でサッと言われると何を言っているのか分からなかったが美月の誕生日は分かった。ちなみにψはαから始まるギリシア文字24個あるうちの23個目の文字である。
それから彼女はカードを並べ始めた。4列で13枚ずつカードが並ぶ。7並べで逆向きにしたと思えばいい。
それから美月は紙とペンを取り出して何やら計算を始めた。
「特別な計算式に代入するんだって」
「へぇ~」
美月の目は真剣そのものだった。終わるまで横で話しているのを躊躇われるぐらい真剣な眼差しだった。
「出来ました」
「出来たんだ。それで?」
「2行目12列目です」
「じゃ、早くめくってめくって」
小春が煽るが物凄くドキドキした。
「そ、そうですね」
「折角だから二人でめくったら?初めての共同作業って奴で」
「ええ~。何だか恥ずかしいですよ」
「ヨミちゃん。へぇ~嫌なの?」
「そういうわけではないですよ。でも、初めての共同作業って・・・」
「大切な事でしょ?倉石君は嫌?」
「そんな訳ない。そんな訳ない」
「じゃ、決まりでいいじゃない」
お互い小春に主導権を握られっぱなしだった。
「2行目12列目って・・・」
「コレです」
美月は手のひらで差した。やはり指差す事はしないようだ。まず、美月が手を置いて、その後で反対側を光輝が持った。
「ジャカジャカジャカジャカジャカジャカジャカ・・・」
小春が勝手にドラムロールを口で言い始めた。
「二人とも早くしてよ。じゃ、私が指で3、2、1って数えるから0ってなったらめくるの。いい?」
もはや二人に拒否権は無かった。勝手に小春が指折りを始めた。
「ジャカジャカジャカ・・・」
『いいのが出ますようにいいのが出ますように』
ここはもう祈るしかなかった。普段神様になど祈らないのだが、今回ばかりは何にでも縋りたかった。
「ジャジャン!」
ペラッとめくるとそこはハートの4が出た。
「ハート4」
ハートが出たという事で恋愛的に意識してしまいそうになるが何が良くて何が悪いのか分からなかった。美月を見るとピタッと固まっている様子だった。4という日本的には「死」を連想させる数字だからひょっとして最悪なのかもしれないと焦った。
「どうしたの?ヨミちゃん」
「ちょ、ちょ、ちょっと!すみません」
急に美月が立ち上がって外に出てしまった。一瞬だけ見えたのだが、美月の顔は真っ赤だったように見えた。めくった直後、固まっていた時はなんとも無かったのに、今のほんの少しだけ目を離していただけで激変していたように思えた。
「ちょっと、大丈夫?ヨミちゃん」
その様子を見て、小春が追って、部屋から外に出て、光輝だけが一人その場に取り残された。
『俺、どうしたらいいんだろ?』
光輝も部屋を出ようと思ったが間を逸してしまった以上、その場で黙って待つしかなかった。だから、少し冷静になって頭を切り替えることにした。
『あの小春って子をどうにかしないと・・・どうしたら・・・』
あれこれ考えても効果的な方法など光輝には思いつかなかった。

数分して小春と美月が部屋に戻ってきた。
「大丈夫?」
「はい。心配をおかけしてすみません」
謝る美月の表情は少し疲れの色を見せていたが顔色はいつも通りに戻っていた。
「はいはい。じゃ、占いの話はおしまい!今日は私がいるけど昨日までは二人っきりでいたって事だよね?何していたの?やらしい事?」
「は!?」
美月がいる中なんて何を言っているのかと思った。だが、小春と仲がいいという事は女同士でそういう話もしているのかもしれないと思えた。
「ずっとお話していただけですよ。そうですよね?倉石さん」
「そ、そうそう。昔の事とか後は星座の話なんかを話していたんだよね」
「へぇ。星座の事を話していたんだ。じゃ、上には行ったんだ」
「コハちゃん!」
美月が一際大きな声を出した。急に言われて二人して驚いた。
「え?もしかして行ってなかったの?」
「もう・・・もっと良い日に言おうと思っていたんですよぉ」
「ああ。そうなの。ヨミちゃん。ゴメンね」
美月は拗ねた顔をして小春が取り繕う。少し怒った美月も可愛らしいが小春が謝るのも珍しい。
『上』とは果たして何なのか気になったが、今は話したくないのだろう。そうなれば触れない方がいいと思えた。
「星座の話をしたんなら、ヨミちゃんにびっくりしなかった?」
「凄い詳しいからね。全然、星なんて気にして無かったよ」
「それもあるかもしれないけど、星を差すときにシューッと伸ばす奴、使わなかった?」
「あの伸縮する差す棒ね。うん。何か意味があるのかなって・・・」
「あれ?知らないんだ。何だか、人でも何でも指を指すって良くないんだって。だから、ヨミちゃん、星を差す時はあの棒を使っているんだって。私にもそうしろって言ってきて」
「へぇ。そうなんだ。俺も気にはしていたんだけど、小さな拘りなのかもしれないと思って何も聞かなかったんだけど・・・」
「昔、お父さんに怒られたんですよ。『人に押し付けちゃいけない』って」
「そうそう。一時期ヨミちゃん。本当に酷かったんだから。部屋に入る時は右足からとかどんぐりは幸運になるから持っていてとか青いリボンを身につけてとか」
風水やおまじないを信じているのだろう。だからこそ占いをやっているのだと思えば納得がいく。
「コハちゃん。それはもう昔の事ですから」
「中でも一番酷かったのが、唾を吐いていたことかな?」
「唾ぁ!?」
「あ、あの、コハちゃん」
小さな声で美月が止めようとするが小春は構わず話し続けた。
「そう。もう10年も前かな?幸運や魔よけだからってしょっちゅう吐いていて、それを見かねたおじさんが、美月やめなさいって怒ったんだよね」
『美月さんの唾・・・』
思わず唾を飲んだ。
『って、何を考えているんだ!こんなの変態が考える事じゃないか!』
頭を振って自分自身で否定した。
「もう!どうして、そういう事を口にしてしまうんですか。昔の事じゃないですか~」
「ごめんごめん。でも、倉石君に知ってもらった方がいいじゃない。ヨミちゃんの意外な一面って」
手を合わせて謝る小春に拗ねる美月。怒っているのか恥ずかしいからなのか美月の顔は赤く高揚していた。
「あの時は、気になって仕方なかったんです。本に書かれていることが全てだと思ってしまえて・・・でも、お父さんから言われて目が覚めたんです」
どうやら父親から注意を受けたようだ。父親はこんな風に言ったそうだ。

『黒猫を見ると運が悪いと美月の本には書かれているがお父さんが見つけてきたこっちの本には幸運になると書かれている。どっちが正しいんだい?お父さんの本は間違っていて美月が持っている本が正しいというのなら証拠があるのかい?国とか地方、時代、情勢、様々なものによって物の見方は違うんだよ。逆転しているほどにね。だからそれでも美月が信じたいというのなら私は文句を言わない。ただ人に押し付けるのはやめなさい。聞くところ、小春ちゃんに色々言っているようだが、小春ちゃんにも信じるもの信じないものがある。それを美月が押し付ける事は許されない事だ。小春ちゃんは美月じゃなんだからね』

美月の父親は良い事を言っていると思った。自分の父親は昔からコミュニケーションを取るような人ではなかったと思い返していた。
「それで、唾を吐くのだけは絶対にやめなさいって言われたんだよね。幸運になるかもしれないけど、日本人の女の子は唾を吐くのはダメ。人からは嫌われるからって」
イタズラっぽく笑う小春。
「コハちゃん。何度も言わなくてもいいじゃないですか~。倉石さん。気にしないで下さいね。昔の事ですから」
『何故、そんな事を言ったのだろう。もしかして、美月さんがオタクである事を聞いてもドン引きしないから、逆に美月さんの事で俺に幻滅させようと言う作戦に切り替えたのか?』
そんな事を考えるが、美月の意外な一面を知る事が出来て寧ろ親近感が湧いた。相手が何でもかんでも完璧な人というのでは尻込みしやすくなるというものだ。それから小春を中心にして他愛ない話をしていた。
「もう9時半か、じゃ、私、帰るわ。倉石君はどうすんの?」
良いタイミングだと思ったので一緒に帰ることにした。
「それじゃ、俺も帰るかな?何か、すごく疲れたから」
小春がいる所為で何があるか分からないと緊張と緩和が絶えず行われどっぷりと疲れた感覚に陥っていた。
「一緒に帰る?途中まで」
何か話でもあるのだろうと思って帰ることにして二人で、玄関から出た。美月が見送りに来ていた。
「あ、やっぱり、一緒に帰るのやめとけば良かったかな?暗がりでバッと来られるかもしれないから」
「ない!ない!ない!ない!ない!ない!ない!ない!絶対無い!死んでもない!」
今日一番の『ない』連発であった。
「死んでもって・・・そこまで否定する事なくない?」
「ある!」
「あっそ。私、今、女としてすっごい傷ついたわ」
「え?そ、そうなの?」
「何、本気にしてんの?馬鹿じゃないの?それじゃ、ヨミちゃんまたね」
「お休みなさい。コハちゃん。倉石さん」
「お休みなさい。じゃ、比留間さんまた・・・」
そう言って家を後にした。冬は目前と言った感じで風が冷たかった。その分、空はクリアで星が輝いていた。

一緒に帰ることにしたものの、何を話していいのかなんて思いつかない。
「ヨミちゃん。結構、はしゃいでいたね。楽しかったんだよ。きっと」
「そ、そうなの?」
「ここ数日で会い始めたアンタがみっちゃんとずっと一緒だった私が言った事を信じないの?」
「そりゃ信じるけど」
「ヨミちゃん。私と一緒の時はずっと受け手だったからね。話をするのも聞き役、何かするのも私が先、何でも黙って受け入れる子だからね。今日会ったら何かすっごく楽しんでいるって見えた。3人だったからかもしれないけどね。でも、何か軽く嫉妬しちゃうな」
「嫉妬?」
「私と一緒だったときは、ずっとニコニコと微笑んでいるだけで。今日なんか、笑ったり、真剣な顔をしたり、悲しそうな顔をしたり。あんなに表情豊かじゃなかったのにアンタといると違うんだもん」
「そう・・・なんだ」
「あの子、アンタのこと好きね」
「はッ!?」
急に何を言い出すのかと己の耳を疑った。
「何、驚いてんの?アンタだって分かるでしょ?それとも分からないほど鈍いの?あの占いの結果を見てちょっと大変だったんだから」
「それで、結果はどう・・・だったの?俺、占いから全然やらないからさ。美月さん。急に部屋を出て行ったから」
「ええ?分からないのに黙っていたの?道理でキョトンとしていると思った」
小春が説明するには、ハート、ダイヤ、クローバー、スペードの順で良く。その中で一番良いのはハートのエース。逆にスペードのエースが悪いのだという。だから52番中4番目にいいというわけだ。
「マ、マジで!?そんなにいいの!?」
「だから、ヨミちゃんどうしたらいいか分からなくなって部屋を出たんじゃない。アンタもっと喜ぶべきだったね。コレでヨミちゃんの好感度、激ダウン間違いなし」
「う・・・」
「でも、ヨミちゃんのアンタへの惚れっぷりは驚いたわ」
「は?」
「だって、あれだけオタとか私が言っているのに全然動じないんだもん。私がヨミちゃんの立場ならオタって事が分かった時点でおしまい。口も聞きたくないぐらいね」
どうやら試していたのは自分だけではなく夜の美月も含まれているようだった。それはやはり日中の美月からの指示なのだろうかと考える。
「まぁ、でも、男なんておじさんぐらいしか知らなかったんだから同い年でちょっと優しくしてもらったらその気になっちゃうよね。檻から出してくれた王子様みたいな感じでね」
「王子!?ない!ない!ない!ない!ない!ない!ない!ない!ないったらない!」
「それは当たり前でしょ。ヨミちゃんからしたらって言ってんの」
力いっぱい否定して見せたのに軽く流されたので拍子抜けを食う。
「私はヨミちゃんとアンタがこれから付き合う事も別にいいんじゃないかって思う。同世代の女慣れしたチャラ男よりアニメばっかりでリアルの女の子に対しておどおどしているアンタなら大したこと出来なさそうだから安心。引っ込み思案なヨミちゃんからすれば異性の入門編としてはお似合いなんじゃないかってね」
嬉しいが引っかかる言葉ではある。
「だから私は応援してやってもいいかな」
「!?」
「けど、誤解して欲しくないのは私はさ。アンタの味方ではなくてみっちゃんの味方であるって事。分かる?どっちか片方じゃなくてヨミちゃんとアミちゃんの味方だって事」
言われて見れば二人の美月の間に立つ唯一の対等な存在なのだろう。
「言っておくけどアミちゃんは、マジでアンタの事、嫌いだよ。『暗い』『オタク』『キモイ』ってずっとずーっと言っている。完全に軽蔑しているもん。本当の事言うとね。私もハッキリ言って同じ気持ち。出来ればこうやって話すのも遠慮したい所だよね。けど、ヨミちゃんに言われているから仕方なくアンタと話しているだけ。そうじゃなければ話すなんて事は絶対にしないよ。絶対に」
強調させて言う。そこは日中の美月に似ていた。
「そうそう。さっき私はヨミちゃんから頼まれたから来たって言ったけど今日にアミちゃんからどうにか別れさせてって言われているのよね」
「な!?や、やっぱり・・・そうだよね」
「うん。やっぱり。でも、私はヨミちゃんの味方でもあるから一方的に別れさせるようにするってのも良心に反するのよね。でも、そのままにしたらアミちゃんから嫌われかねないし、そこの立ち位置がね~。私が本当困っているトコよ。」
「大変・・・なんだ・・・」
気の利いた言葉もかけて上げられれば良かったのだがこれでは他人事である。
「いいよね。アンタは。ヨミちゃんの事、好きになっていればいいんだから・・・私なんて大変なんてものじゃないよ。下手したら美月ちゃん二人から嫌われかねないもん。『コハちゃん!どっちの味方なのぉ!!』なんて」
「そうだね。俺も何かしてあげられればって思うんだけど・・・」
急に冷めた目をこちらに向ける。
「何かってアンタ、何が出来るの?」
「う~ん・・・」
「・・・。アンタは自分がやりたい事だけ考えてやっていればそれでいいよ。それじゃ、私こっちだから」
「じゃぁね」
「じゃぁね。あ!そうだ!良い事教えてあげる。アンタさ。銀河の事を『milky way』って言うんだけど、なんでか知ってる?」
「いや、知らない。有名なの?」
急にそんな事を振ってくるので何の事なのか分からなかった。そもそも『milky way』という単語自体を初めて聞いた。
「じゃぁ、ヨミちゃんに聞いてみたら?きっと話が弾むと思うよ」
「そうなんだ。ありがとう」
ニヤニヤと笑う小春。何か企んでいる様子であったが何の事かサッパリだった。
「そうだ。最後に覚えておいてもらいたい事」
「何?」
「さっきさ、ヨミちゃんに合っているから応援するって言ったけど、それは今の時点での話。これからアンタよりヨミちゃんに相応しい人が現れるかもしれない。もし現れたら」
「あ、現れたら?」
彼女はニッと意味深な笑みを浮かべてそのまま去っていった。
独りになった瞬間に、力が抜けてそのままへたり込んでしまい、再び立ち上がって帰るのには少々の時間を要した。
「あの小春って子は悪魔なのか・・・天使なのか・・・前者かな?」
それから帰りの途中で先ほどの占いの件を思い出したが手放しで喜べなかった。
「ただの素人占いだろうし、相性は所詮、相性。会わなければ相性も意味をなさない」
彼のネガティブ思考はギンギンに働いていた。

2010年11月27日(土曜日)
その日は土曜日だったので午前中で授業が終わる。だから、久しぶりに友達の誘いに乗ってみる事にした。
「今日は遊べるのか?」
「うん。忙しくなるのは夜になってからだから、夕方までは遊べる」
この一週間、放課後、友達から漫画専門店に行かないかなどと誘いを受けていたものの全て断ってきた。一応、母親の調子が悪いから皿洗いや掃除などの家事を手伝っているなどと言って来た。
流石に、オタクメンバーに美月のうちに行っているなどとは言えなかった。即刻、相手にしなくなるだろうからだ。その日はカラオケに行き、いつものように『きぐるみ』を歌ってひと段落していた。
「お前最近、付き合い悪いけどどうしたんだ?」
「そ、そうかな?」
「何かコソコソやってんじゃないかぁ?」
「そんな事はないよ」
怪しまれる事は確実だから少し嘘を考えておけば良かったと今更思っていた。
「そうかぁ?」
「そうそう。じゃ、俺ちょっとトイレに行って来よっかな」
あまり追究されるのがキツイと思ってトイレにエスケープしようと思い立った。
「おい」
声をかけられて思わず立ち止まる光輝。追究されるのではないかとヒヤッとした。
「俺にはお前のその強い思いを引き止めることは出来ねぇ」
「思いっきりやって来いよ。信じる道を行くんだ!」
すると3人がグッと拳を上げ親指を突き立てた。以前やった『嫌いじゃないぜ』の別バージョンである。すっかり忘れていた。
カラオケを終えてから漫画専門店に行ってあれこれ欲しいなどと言い合って分かれた。彼らとの行動は不思議ととても懐かしく感じた。一緒にいるのに何故か遠くにいるようなそんな感覚。それだけ今週1週間は今までとは違う世界を過ごしてきたという事なのだと実感した。昨日言われた俺次第だと言う言葉が頭から抜けず、ぐるぐると回っていた。その間にも今までと変わらない彼らの様子を見て居心地の良さを感じていた。
『俺はやっぱりこっちにいた方がいいんかなぁ?』
しかし、夜の美月の事を忘れる事は出来なかった。

その日も夜の美月のうちに行く。少しでも夜の美月か両親が快く思わないと見られるまでは、一緒にいたかった。いとこがいるかもしれないが、それはもう覚悟の上だ。家に一度帰ったので私服を着ていくが、数種類しかない事に気付いた。
『何日か行っただけで服がかぶるのはマズイ。明日は日曜だし買いに行ってみようか?』
服を一緒に買いに行くという発想はまるで浮かばなかった。その日は、いとこも父親もおらず美月と話をしていた。
「アミちゃんに怒られてばかりいます。今日も会うなって・・・コハちゃんは倉石さんの事をちゃんと言ってくれなかったんでしょうか?」
「そんな事ないと思うよ。村川さんはいい人じゃない。両方の比留間さんの事想ってくれているもの。きっと言ってくれたと思うよ」
「そうですよね?では、どうしてアミちゃんは分かってくれないんじゃないでしょうね」
「それはちょっとねぇ。村川さんも大変なのかもしれないし」
「でしたら、コハちゃんの力になってあげてくださいね。いつも明るく振舞っていますけど、コハちゃん、彼の事で私に相談してきた事もあったんですから・・・あっ。この事を私が言ったって事は内緒にしてくださいね」
意外だと思えた。外にほとんど出ない夜の美月に相談を求めて適切なアドバイスが受けられるものかと思う。それだけお互い信頼しているから隠し事をするのはやめようという事なのだろうと勝手に納得していた。
しかし、今、一番の問題は
『力になれって事は俺が朝の方に好かれる事だよなぁ・・・出来るのかぁ?』
小春の話題が出てきて昨日、その小春から言われた事を思い出した。
「そういえば、銀河ってmilky wayって言うらしい事を、前に聞いたんだけど何でなんだろうね」
小春から聞いたというのは何か、手柄を横取りされるような気がしたから伏せる事にした。
「それはですね。ヘラのおっぱいなんですよ。幼いヘラクレスにあげようと」
「は!?おっぱ!?ぃ?」
美月の言葉を遮った。
「そうですよ。何か・・・!?」
美月の方も言ってみて自分でも気がついたようで赤面して顔を隠しつつ背を向けた。やや長めの沈黙が続く。
「神話なら、そんな事もあるよね。銀河はおっぱいだったってね。いい事知ったよ。今度、誰かに同じ事を聞かれたら胸を張って答えよう。うん」
空々しい光輝の言葉が部屋中に響く。
『あの女ぁ!あの女ぁぁぁ!美月さんに何、言わせてんだ。あの女ぁぁぁぁ!』
頭の中で腹を抱えて爆笑している小春の姿が浮かんだ。完全にこうなる事を見越して教えてきたのだろう。村川の事を少し持ち上げた自分を激しく後悔した。
『アイツは悪魔だ。間違いない。人を弄ぶのが大好きな悪魔なんだ』
全責任を小春のせいにしようと思ったが、言うタイミングを逸してしまったし、自分でいった事を覆すのも良くないので黙っている事にした。
それから微妙な雰囲気のまま時間が過ぎて、家に帰る事になった。小春への怒りは沸々と燃えていて消えなかった。


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(小説)美月リバーシブル ~その6~

2012-10-12 18:01:05 | 美月リバーシブル (小説)
2010年11月25日(木曜)
次の日、学校に行くと妙に視線を感じてその方向を見ると、美月がいたが彼女は、自分の正面を見ていた。気のせいなのかただの自意識過剰かは定かではない。放課後、日没後に美月の家へと急いだ。昨日と同じで彼女の部屋に招かれて、様々な話をしていた。今日は、生憎、雲っている為、美月からの星座の授業は無かったが、星座にまつわる話を聞かされた。神話と言う奴だ。これはいくつもの諸説があり、昔のものを読んだ人、翻訳した人などの解釈が何度も続いた結果であり、必ずしもコレが正しいという物はないという事だ。そんな書き手の若干の違いも面白いのだそうだ。その中で美月は話してくれた。
「オリオンは自分より強い者はいないと言っていたのでオリンポスの神々が起こってオリオンの通り道にサソリを放ち、彼を殺そうとしたんです。それで・・・」
神話は結構、カッ飛んだ話が多い。レダという人が卵を産んだり化け物の頭をいくら倒しても再生したりするなど、と言っても今の創作物も無茶な設定や話の展開もあるのだから。案外100年、1000年もしても人間の想像力というものはそれほど変化がないのかもしれない。美月は楽しそうに話してくれるものの、残念ながら光輝には退屈だった。
夜空に輝く星々の物語という事で夢があると思えるが、光輝にはイメージが湧かなかった。やはり空の点を結び付けた線に様々な話があると言っても光輝にはサッパリだったのだ。少しでも今時の可愛いキャラの絵などあれば、解決出来たのかもしれない。
「私は、星の事が好きですけど、倉石さんはどんなアニメが好きなんですか?」
「!?」
全く意識していなかったので完全な不意打ちを食らったようで体が固まった。
「アミちゃんが良く倉石さんはアニメが好きだって言っていたんですけど、違うんですか?」
夜の美月からそのフレーズは出て欲しくないと思っていたので腹をえぐられるぐらいの気持ちだった。出来れば耳を押さえたい。
「そうだね。まぁ、嫌いではないね」
「でしたら、好きなアニメってありますか?ちょっと気になります」
『やっべぇ・・・俺が好きなのは『きぐるみ』だけどそんなの深夜アニメ言って絵柄を見てドン引きにする違いない。絵も内容も何もかも完璧なんだけど、パッと見が萌えアニメだもんなぁ。しかも深夜だし。夜の美月さんの方は先入観が無さそうだから受け入れてくれるかもしれないけど、全てを日中の方に報告しているみたいだからな。そう考えると・・・100%、アウトだな』
「どうしました?」
心配そうに聞いてくる光輝は色々と考えてどうにか答えを搾り出した。
「ド、ドラゴンリングって奴かな?」
「ドラゴンリング?それってどのような内容ですか?」

『ドラゴンリング』少年漫画原作のアニメである。いくつもあるドラゴンリングという指輪だけではなく腕輪など大小さまざまな輪の全てを集めると世界の王になれるというリングを集めようと主人公や敵などが争うというのが主な内容となっている。マンガの人気はスタートダッシュだけが凄かったがすぐに低迷し、打ち切り間近とまで囁かれたが途中である展開のせいで人気を得る事となった。主人公達主要メンバーから能力的に後れを取った言わば二軍のキャラクターが一瞬だけ第一線を張ったシーン。敵が放った強力な一撃を主人公達や読者までも不可能と思われたその二軍キャラは受け止めたのだ。そして、彼はこう吠えて倒れた。
「俺に出来る訳が無いって?能力?力?血筋?才能?舐めるなよ!思いは全てを乗り越える!」
能力を活かしたバトルを押していたのでこの発言は『作者最大の開き直り(笑)』と未だにネタにされ、アンチと呼ばれる同作品を非難し貶める人と信者と呼ばれる擁護するファンの間でずっと言い争いが続いているぐらいだ。
そんなファン同士の論争はともかく二軍キャラの頑張りによって主人公達は辛くも勝利を手にする。誰もがそのキャラクターは死んだものだと思ったが彼は生きていた。作者の不殺という意向らしいが、その代償はあまりも大きいものとした。力を使い果たしたような状態で、二軍どころか一般人レベルと成り下がる。もはや物語のキャラとしては死んだも同じ扱いであった。この一時的な力の解放、一瞬だけ金色に輝く姿から『黄金魂』と呼んだ。この『黄金魂』をどのキャラがどのタイミングで出すか敵などはわざと『黄金魂』を引き出させようとするような駆け引きを見るのがこの作品の魅力であった。だが一部のファンは今まで人気もあり第一線を張っていたキャラが『黄金魂』を使って作品から急に戦力外となって退いていく姿を見せられるなら死んで美しく消えていったほうがまだ優しいという。後悔もなくスッキリとした顔のキャラもいたり、ずっと強がるキャラもいたり、ただ泣き出すキャラもいる。そんな本人達の作中でさえ描かれてなかった生の姿にキツイという人は少なからずいる。
今はマンガ版の最新刊では何故か舞台を地球から宇宙に移しており、宇宙一の敵と主人公達は戦っている。

ただ、光輝はこのアニメもマンガも殆ど見ていない。人気を得てから少しだけ見て展開の陳腐さについていけず挫折したのだ。美月に聞かれて答えた訳だが、世間では若い世代に人気も高いという事で無難だと思って好きな作品にチョイスしだたけのことだった。男女問わず人気が高いのでひょっとしたら日中の美月は好きかもしれないという淡い期待感もあってそのように言わせた。しかし、それは甘い願いだろう。
「ドラゴンリングって物がいくつもあってそれらを集めると・・・」
ドラゴンリングの世界観を知っている程度で美月に教えた。読んでないのだから詳しく聞かれたら間違いなくボロが出てしまうだろう。
「何だかとても楽しそうですね」
「気が向いたら読んでみたらどうかな?女の子にもよく読まれる少年漫画って言うからさ」
「倉石さんから話を聞いて何だかホッとしました」
「何が?」
「だって、あみちゃん。倉石さんの事、キモオタ、キモオタって連呼するんですもの」
薄々そうだろうと思っていたがこうも夜の美月に言われると物凄く辛い。夜の美月は学校に通ってない分、偏見を持ってないようだが、それが逆に辛い。当然、夜の美月が知っているという事は両親にも知られている可能性もある。嫌な汗をかいた。
「そ、そうなんだ。あまり好意的に思われてないのは事実だろうけど」
強く否定したところで事実なのだから、受け入れざるを得ない。口元が引きつっているのが自分でも分かった。
「学校で倉石さんの事がキモオタで評判は悪いってアミちゃん言っていましたけど私、学校には下校する時しかいた事がありませんから何がいいのか悪いのかって・・・お母さんも倉石さんの事を良い子って言っていましたし・・・」
彼女のような夜しかいられないという特異な生活を送っていたのでは学校の男子の事など分からないのだろうが、光輝は半ば諦め気分になっていた。消化試合みたいなものだろうか。
「それでお父さんが言っていたんですが、人のいう事も大切だけど最終的には私自身が決めたらどうだって言ってくれたので私が決めることにしたんです」
テストを受けているみたいで体を硬くした。しかし、今の美月の発言で家族全員が『倉石 光輝はキモオタ』だと認識いている事が確定した。
『一家にキモオタキモオタって思われている俺って何なんだよ。それにそれを許せる比留間一家って・・・すげぇなぁ・・・心広すぎだろ』
心が広いのか世間の風潮を知らないのか様々な事が頭を過ぎる。
「決めるって、どういう風に決まったのかなぁ?」
「いい人なのか悪い人なのかって事をこうして会って話してみて倉石さんは全然気持ち悪くないですよ」
喜ぶべきなのか悲しむべきなのか複雑な心境になったが、喜ぶべきだと思うようにした。
「倉石さんは、わ、私の事をどう思いますか?変でしょうか?」
「どうって・・・そうだなぁ。すっごくいい人だと思うよ。俺の事を悪く聞いていながら流されないで自分で決めるって言っているんだから立派だと思うよ」
「そ、そうですか?」
「うん。立派だと思うよ。もし、俺が人からあの人は評判が良くないんだよって言われたらちょっと気持ちが揺らいでしまうと思うもの。そこを流されず自分を持っているっていうのはなかなか出来る事じゃないよ」
彼女が俯き加減で照れている姿が可愛いと思う。
そこで会話が途切れた。自分で言ってみて顔を見るのもなんか照れくさかった。アニメで言う『ニヤニヤタイム』という奴であるが、自分がそのような事になろうとは思わなかった。
「あ、あの」
「あの~」
「比留間さん。何?」
「倉石さんこそ、何ですか?」
この流れは完全にそれだろう。ここで見つめ合っても何も進展しないので話した。
「いや、日中の比留間さんの方とどうやって話をしているのかなってね。俺のこと聞いているって言うからさ」
「動画を撮っているんですよ。幼い頃は交換日記をつけていたんですが、5年前ぐらいにお父さんがデジタルカメラを買って来たのでそれから、その日に何があったのかって日記みたいに動画に撮って交換し合っているんです。それで、一昨日、友達が出来たって言って『その人は誰?』って聞かれたので昨日、『同じクラスの倉石さん』答えたら、今日の日記で『ふざけないでよ』って物凄い剣幕で怒っていたんです。それでどうしようってお父さん、お母さんに相談したら自分で決めたらって・・・」
そう言ってくれて大体の流れが把握できた。
「その動画、見ますか?」
「いや、それは本人から俺も見て良いかって許可を取らないと・・・それは日記なんでしょ?勝手に見せたらお昼の比留間さん怒るよ。俺も同じ立場なら怒るかもしれない」
見たことが知られればどうなるかなど想像するに容易い。ただ、普段のようにこちらを見るだけで嫌な顔をする美月では無く、夜の美月に向ける素であろう日中の美月の姿には少し興味があったが。
「それも、そうですね」
逆に自分の事を日中の美月にどのように言っているのか気になったが、そこまでは聞けなかった。
「今までは、動画を撮っても私はずっと聞き役だったんですよ」
彼女が話し始めた。確かに、日没後しか活動できないのなら、家にいておしまいだろう。
「アミちゃんが学校でこんな事があったとかあんな人と会ったとか言っていたんですけど私にはとても遠い世界の話だと思っていたんです。私の顔に良く似た人が画面の向こうの世界で起こった出来事を話しているんだって・・・だから、倉石さんが遊びに来てくれて自分から話せる話題が出来てとっても嬉しかったんです。だからそれを分かって欲しくてアミちゃんに言ったんですけど、アミちゃんは快く思ってくれなくてとても残念です」
「な、何か、ゴメンね」
「あ!倉石さんの事が悪いって言っている訳じゃないんですよ。アミちゃんはどうして分かってくれないのかなって。ごめんなさい。何か暗い話になってしまって」
「色々と話を聞けて興味深いよ。二人の関係は、俺みたいな普通の人が体験できない事だから。俺には想像も出来ないような苦労をしているんだなって」
「そうなんですか?コレって苦労なんでしょうか」
世間知らずとも言える夜の美月だから苦労というのもわからないようだった。
「比留間さんがそう思わないのだったら苦労じゃないね。気持ちがちょっと噛み合わないっていうぐらいかな?」
「そうなんですよ。どうしたらアミちゃん。分かってくれるんでしょうかねぇ」
「うう~ん。難しい質問だなぁ」
明確な答えは出ず、そのような話をしていたら9時ぐらいの時間になっていてのであまり遅くまでいると迷惑がかかるだろうと帰る事にした。母親も見送りに玄関まで来てくれた。
「またいらっしゃいね」
「はい」
「うちの電話番号は分かったと思うからいつでも連絡してね」
「はい」
こちらから電話させずにお前から電話して来いという事を言っているのだろう。
「おやすみなさーい」
「うん。おやすみなさい」

帰りながら動画で自分の事を「キモオタ」と連呼している日中の美月の姿が想像出来た。
『俺、オタクだもんなぁ~。持っているグッズ全部捨てたらそれでアンタ凄いねって見直してくれる。な~んて簡単なものじゃないよな。現在が好感度-100ぐらいだとしたら、それがせいぜい好感度-20になるぐらいになるだけだよな。それからプラスに転ずるのは至難の技』
家に帰って押入れを開けてみると多くのグッズがそこにあった。アニメのDVDやフィギュアやCDやら下敷きやら団扇やら手に取ってゴミ箱を見る。そして、もう一度グッズを見る。
例えば、UFOキャチャーで手に入れた物の出来が悪いフィギュア。飾って見るようなものではないが、当時は、物の出来よりも好きなキャラであれば何でも良いというまでの執心振りだった。だから、このフィギュアを見つけて得意でもないUFOキャッチャーにお金を投入し、キャッチャーが持ち上げた時の感動、アームが弱くて落とした時の落胆。そのような繰り返しに一喜一憂し、ようやく手に入れた時のうれしさ。一緒に喜んでくれた友人達がいた。他にも遠出して何軒の店を歩き回りやっと手に入れたイラスト集や資料集。クリックしてお金を払えば手に入るネットオークションや通信販売などを利用しなかった彼だからこそある事であった。彼にとってグッズ集めは単なる収集癖の感情を充足させる行為だけに留まらない。グッズ一つ一つが思い出だからだ。それを捨てるのは自分自身を切り捨てる行為に他ならない。容易に捨てる事など出来なかった。
彼は静かに、グッズを置いて、押入れを閉めた。

11月26日(木曜)
次の日、学校で過ごしていると強い視線を感じた気がしてそちらを見てみるとそこには美月がいて、すぐにこちらに背を向けて、友達と話していた。
「これ、もう気のせい・・・じゃないよな」
昨日の出来事もちゃんと夜の美月の動画を作成している事だろうから伝わっている良いだろう。仮に間違いか事故であったとしてもキスなどしたら殺されるんだろうなと、漠然と考えていた。
約束してしまっていた以上、今日も夜の美月に会わなければならない。会う事は飛び上がるほど嬉しいのだがそれ以外のことを考えると素直に喜べない自分がいる。授業を終えて、友達と話すこともせず、帰宅して、着替えて美月のうちに向かう。何か起こればその時対処すればいい。それでダメならダメで諦めればいい。と、後の事は考えず出たトコ勝負でやるという気持ちでいた。

インターホンを押して母親がどうぞという声を受けて美月の家の玄関を開けて即座に今までとは違う空気を感じ取っていた。雰囲気?波動?明確には分からないがネガティブ男のセンサーが何かを捉えていた事は事実である。
『父親がいるだろうか?いや、違う。あの時とはまた何か違う感じだ』
靴を脱ごうとして気がついた。
『知らない女物の靴がある!?』
靴が三足あったのだ。しかも履き慣らした感じがした。1つは美月のものでもう1つは母親のものであろうと想像が付く。が、また別に女子高生が履く革靴が一足あった。美月のものをもう1足出してあったと信じたかった。
「あ、来た来た!」
「!?」
部屋から出てきたのは美月のグループにいる女子の一人であった。他クラスの人なので名前は知らないが見覚えだけはあった。体が固まった。
「何、見てんの?ホラ、入ったらどう?」
直感として行ったら取り返しの付かないことになるのではないか頭を過ぎる。
『そうかッ!ここで友達を呼んで色んな話などさせて俺にボロを出させて夜の比留間さんに嫌わせようと言う日中の方の作戦かッ!!』
それは当たっていようがいまいがここに来て、引き返す事は許されなかった。
『ままよッ!』
アニメの渋いキャラが言った台詞を心の中で言う。こうなってしまった以上、後は地となれ山となれとヤケクソになるしかなかった。
「えっとこの人のいとこ村川 小春ちゃんです。前、言いましたよね。私がヨミって言って朝の私をアミちゃんの名前を決めてくれた人です」
「そう。あんたの事はアミちゃんから嫌~~~になるほど聞いているよ」
「そ、そうなんだ」
長く強調する事で、様々な意味で嫌になっているのだろうと察しがつく。
「もうずっと生まれてから一緒だからみっちゃんの秘密に最初に知った友達。だよね?」
「はい。私の一番の親友なんですから」
「そうそう。一番。一番。何か面と向かって言われると照れるけど」
「だってそうですよ。私の秘密を知っていて一緒に話をしてくれるのはコハちゃんだけですから。今日だって呼んだのは私なんですから」
何故そんな自ら破滅の道に追いやる事をするのかと思った。
「そうなのよね。アミちゃんにあんたのいい所を教えてあげてってヨミちゃんに頼まれたから来た訳よ」
「私が言ってもいくらアミちゃんは全然、聞いてくれませんからコハちゃんから言ってもらおうって思いまして」
確かに夜の美月の親友ならば日中の美月の親友でもあるだろうから夜の美月本人から動画で言われるよりも親友から生の評価を聞いた方が説得力はあるというものだ。その理屈は分かるものの上手くこの場を切り抜けられるものだろうか?光輝には自信が無かった。
「3人とも玄関で話していても寒いだけでしょ。部屋に入ったら?」
「はーい」
母親に促され美月の部屋に入った。2人きりでも妙な緊張感が漂っていたが今回はまた違った緊張感が包んでいた。完全に試されていると言う感じだ。だが、ここでの小春の評価によって今後の美月との関係の全てが決まるといっても過言ではないだろう。
「その格好。モロ、オタクって感じだよね」
美月の部屋に入っての小春から開口一番がそれだった。美月の前だから重いボディブローを叩き込まれたような感覚だった。少し下がって蹲り(うずくまり)たかった。
「センスがないからね。どんな服を買っていいのか分からないし」
「服は買わないけどフィギュアなんかは沢山買っているんでしょ?」
「沢山は・・・ないかな。俺、小遣い、少ないから」
「沢山はないって事はある程度は持ってはいるんでしょ?」
しまったと思った。もはや誘導尋問だった。喋りに慣れない光輝はこれからも引っかかりまくる事だろう。
「ま、まぁね」
「その持っている奴の中にはえっちぃのはあるの?下着が見えていたりとか」
「ないないないない。それはない」
質問の一つ一つが腸(はらわた)をえぐりとられるぐらいのキツイものだった。そのうち答えているうちに盛大に吐血するんじゃないかとさえ思った。恐る恐る美月の方に視線を向けた。ドン引きで、軽蔑しているのではないかと思いながら。
「コハちゃん。その辺りにしてあげたらどうですか?倉石さん困っていますよ」
フォローしてくれたのはあまりにも予想外だった。ただし、下着が見えているフィギュアは持っている事は持っている。
「ええ~。ヨミちゃん。だってこれからでしょ?携帯の待ち受け画像とか見たいし。ネットとかでオタクが何とかは嫁、嫁、言っているのは本当にあるのかって」
この小春という女はオタクの痛い所を的確に掴んでいると思った。もしかしてこの小春自身もオタクなのかとも思ったが、身の回りのものなどを好きなものに染め上げようとするオタクの意識というのは単純極まりない。少し実情を知れば誰にでも分かるというものだ。
『それはともかく、美月さんは俺がオタクってのを受け入れるのか?受け入れられるのか?』
「ねぇ。ねぇ。倉石君は喉渇、かない?」
「俺は、べ、別に・・・」
実を言うと先ほどの息をつかせぬ連続攻撃で喉がカラッカラッだった。だが、催促する訳にはいかなかった。急に小春が気を遣って来て意外だった。
「それじゃ、私、入れてきますね」
「ごめーん。ヨミちゃん。何か催促させちゃったみたいで」
「いーえ。でも、コハちゃん。あんまり倉石さんに変な事聞いちゃダメですよ」
美月が立ち上がって部屋から出て行った。小春と取り残された。次は何を聞かれるのかビクビクする。
「そんなにビビらなくったっていいじゃない。殴ったりしないんだかさ」
「う、うん」
「あのね。これは言うなって言われているんだけど実はアミちゃんからも頼まれているのよね。ヨミちゃんが付き合っているっていうあんたを何とかして別れさせてもう会わせるなって」
「やっぱり・・・会わせるなって言う・・・よねぇ~」
やっぱりなと半分うな垂れた。
「付き合っているって事は否定しないんだ?そこまではアミちゃんも言ってなかったし」
「いや!付き合ってはいないよ。うん!あ!でも、絶対、付き合わないというわけでは・・・今はって事であのその・・・まぁ、そういう事。自分でも何を言っているか分かんないけど。ハハハハ」
「ふぅん」
笑って誤魔化すしかなかった。小春は意味深な頷きをする。完全に、採点しているような状態だろう。
『なんの罰ゲームだよ・・・』
今まで多くのゲームやアニメでの恋愛シーンを見てきたがこのような息苦しいシーンは見たことがなかった。それゆえに、彼はどうしていいのか分からなかった。大体の主人公は、周囲から好印象に受け止められている場合がほとんどだ。彼のようにプラスからではなくマイナスから始めなければならない彼には大変な事だろう。
「それはそうと、日中の比留間さんから言われたって何で今、俺に教えて・・・」
聞いていると美月が部屋に戻ってきて話は中断した。お盆にはジュースのペットボトルが2本とお菓子。それから一度戻って2皿目のお盆にはポットとインスタントコーヒーと紅茶のTバッグがあった。
「じゃぁ、コーヒーで」
「お砂糖は何個入れますか?」
「お、俺は無くていいや」
「実は無理してない?ミルクなんかたっぷり入れて甘々で飲んでいるように見えるけど」
小春がイタズラっぽく聞くがコーヒーはブラックで飲むことが多いので問題なく飲んだ。と言っても、光輝は今まで物事を聞かれて頼んだ事が乏しい。例えば、散髪屋で頭を洗っているとき、『痒い所は無いか』という店員の質問にあると言った事はないし、コンビニで弁当を買って『温めますか』というのもお願いした事はない。極力、自分の発言により相手の手を煩わせたくなかった。
小春はジュースをすぐに取った。
「ヨミちゃん。占いやってみよっか?」
「占いって、タロットとか手相とかを?」
「普通のトランプでやるんだよね」
「はい。それで、コハちゃん。何を占いますか?」
「恋愛運!!」
彼と美月と同時にビクッと体を震わせた。
「ヨミちゃんの占いって結構当たるんだよ」
「で、でも、コハちゃん。恋愛運って言っても前にやりましたよね」
「彼氏がいる私でやっても仕方ないじゃない。ズバリ!二人の相性に決まっているでしょ!そっちの方が断然面白そうじゃない!二人とも恋人いないんだしさ」
軽く二ヤッと笑いながら小春が言う。物事の確信をピンポイントで突いて来た。どれだけ自分を戦闘不能にさせれば気が済むのだろうかと思った。一応、小春は彼氏がいる事が確定したがそんな些細な話はどうでもいいことだった。
「でも、倉石君には家に彼女いるのかもね。平面なお嫁さんとかさ」
「?」
一体、何を言っているのか分からなかった。思考が吹っ飛んだ。その後、少しずつ理解し始めてからべたっと粘つく嫌な汗が噴出してきた。コーヒーを飲んだがもう喉がかれている気がした。


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(小説)美月リバーシブル ~その5~

2012-10-05 19:00:47 | 美月リバーシブル (小説)

2010年11月24日(水曜)
次の日、かなり早い時間に眠ったものだから夜明け前に目が覚めてしまった。それに夕飯を抜いたので空腹なのが大きいだろう。冷蔵庫から昨日の夕食の残り物をテーブルに並べて食べ始めた。
「旨い。旨い」
すると外がほんのり明るくなろうとしていた。
『まだ日の出前。って事は今はまだ夜の比留間さんって事か・・・眠っているだろうけど』
朝食を食べながら日の出を見てぼんやりと考えていた。

朝、シャワーを浴びて体を洗って登校前、母親が驚いていた。
「アンタ、昨日どうしたの?」
「え?昨日?ああ・・・先生と二者面談をしたもんでさ。何か疲れちゃって・・・」
我ながら良い嘘だと思った。本当の事を言うには何となく気恥ずかしかった。それに母親ともなれば異性の事に興味があると思ったからあれこれ聞かれたとしたら面倒だと思ったのだ。
「二者面談?コウちゃんの成績酷いからね。本当、3年間で卒業できるのかしらね」
チクチクと痛いところを突いて来る。だからと言って勉強しろと強く言ってこないのが救いであったが、それは半ば諦められているという事でもある。朝から嫌味を言われ、頭が痛いと思いながら登校した。同じオタ友達の所にいると比留間の周りに昨日、誕生日会に参加したメンバーが集まっていた。目で追わないが耳だけはそちらの方に集中していた。
「昨日はどうしたの?急に戻ってきたかと思ったらごめんなさいと言って訳も話さないまま帰っちゃってさ。何があったの?」
「そうそう。みっちゃん。あの時、ヤバイぐらいに目が泳いでいたからどうしたのかと思って心配したんだよ」
「本当、みんなごめんねぇ~。気分が悪くなっちゃったもんだからさ~」
「それならそうと言ってくれればよかったのによ~。俺なんか軽く押し出されたもんだからさ」
「あ、ああ・・・そうだったよね。本当、ごめんごめん。頭がヤバイぐらいに気持ち悪くなってさ~」
美月の事情を知ったので、必死に取り繕うと慌てている日中の美月の声を聞いていると彼女なりに気苦労は多いのだろうと思った。取り合えずこのクラス内でその事情を知っているのは自分だけなので少しだけ優越感に浸っていた。

その日の美月はホームルームが終わるや特に用事もないので帰っていった。光輝も家に帰ってお菓子を食べながらネットをやっていた。動画を見て、ニヤニヤと笑う。昨日、一昨日と大変な2日間を過ごしたので今の時間が妙に懐かしく居心地のいいものに感じた。
トゥルルルル~♪
携帯の着信音が鳴った。携帯の着信音は普通のベルの音だ。今更、アニメなどの曲にしようがしまいが、オタクであるという事は周知の事実であるのだが、彼の無意味な抵抗みたいなものだ。ただし、『きぐるみ』の音楽や待ち受け画像などの関連データはギッシリと携帯に入っていた。
「ハッ!!まさか!」
相手に応じて鳴り分け設定をしているので携帯を手に取り液晶画面を見るまでも無く相手は大体分かる。ベルの着信音は番号の設定をしてない人。つまり、初めてかけてきた相手である。液晶画面を恐る恐る見てみると市内局番であったので携帯電話からではない。
「家電(いえでん)だ・・・」
知らない家からの電話となればほぼ間違いなく比留間の自宅からだろう。ゴクリと唾を飲み込む。両親からの呼び出しだろうか?ならば一体、何の目的だろうか?
『日中の比留間さんは俺が人格の事を知っている事を既に了承済みであの困っていた時に何のフォローもしなかった事を両親に話して俺を責めるとかこのままではダメだとかもう会うなとか・・・マズイ!非常にマズイ!』
勝手に悪い知らせだと考えてしまうのは彼の悪い癖だ。動揺してしまって10秒ぐらいの時間、取らなかったので普通なら切れてしまうはずだが、まだ鳴っていたので取り敢えず仲間内での話が盛り上がっていて、比留間の話は聞こえていなかったという事にしようと思い立ち、電話に出た。
「もしもし」
「あ、あの~」
その声音は父親や母親のものではなく美月のものであった。
「お母さん!お母さん!出た!出ちゃいましたよ!お母さん!」
「ほらほら、頑張って・・・さっきの練習どおりにやるの」
受話器の遠くから何やらやり取りをしている声が聞こえてきた。
「え、あ?ひ、比留間さんですか?」
「あ!あのですね。う、うちに来ませんか?」
「ちょ、ちょっとヨミちゃん。自分の名前も名乗らずに言っちゃ相手は分からないでしょ?」
「でも、お母さん、倉石さん私が誰だってわかっていたみたいですよ!」
「あら、そう。でも、電話した時はまず始めに名前を言うの・もしもし比留間ですがって」
受話器のマイク部分を隠してないようで話が丸聞こえだった。でも、そんなやり取りは可愛げがあっていい。
「はぁい。あ、私、比留間 美月です。倉石さん。きょ、今日はお暇ですか?」
「うん。暇を持て余しているところ」
「でしたら、うちに来ていただけることなんて、出来ませんでしょうか?」
「うん。いいよ」
断る理由は無いから行く事にした。
「ねぇ!お母さん!お母さん!聞きました?聞きました?」
「聞いた?ってお母さんは、電話の彼の声は聞こえないよ」
「あ・・・そうですよね。倉石さん来てくれるって!」
「良かったじゃない。まだ話は終わった訳じゃないんだからお待ちしていますって言わないと」
「ああ!それじゃ、お待ちしています!お母さん!来てくれるって!どうしよう!」
「ヨミちゃん。そのままにしたら失礼でしょ。用件が済んだら・・・」
ガチャッ!!
かなり勢い良く受話器を置いたようで耳が痛かった。
「相当、慌てているな」
思わず失笑してしまった。直後に再び電話がかかってきた。
「あの先ほどは急に切ってしまってすみませんでした」
「大丈夫。大丈夫。比留間さんは電話をかけたことないんでしょ?」
人同士の接点があまりないようなので致し方ないのだろう。
「わ、分かっちゃいました?」
「これから練習していけばいいんじゃないかな」
「そ、そうですよね」
暫しの沈黙があり光輝の方から口を開いた。
「で、俺、今から行っていいんだよね?」
「あ、ハイ!そうです。忘れてしまいました。お待ちしていますね」
それから、暫しの沈黙が続く。
「あれ?切り忘れているのかな?」
「いえ、つながっていますよ」
「あ、そう。それじゃ。行くからね」
「はい。それじゃ、お待ちしています」
またも沈黙。どうやらお互い、電話を切るタイミングが計れないようだ。
「何しているの。ヨミちゃん。電話代、沢山かかっちゃうでしょ?それに、倉石君ずっと来れないよ。それじゃ、倉石君、待っているから来てくださいね」
最後には母親が登場して、受話器が切れた。
「俺も比留間さんの事言えないほど緊張しているな。もっと自然に振舞えればなぁ・・・」
自分の余裕のなさが情けなくなる。だが、そんな事を悩んでいる暇はなかった。
「って待てよ。あっさりOK出しちゃったけど家へのお誘いだぁ?俺、人のうちに着て行くような服ねぇ!家にいるなんていわなきゃ良かった!!」
男友達が相手なら服装の事は考えないで済むが相手が女子であるなら話は別だ。今更、服を買いに行くわけにもいかない。尤も服などに興味がなく、安く無難なものを適当に何着か買うだけである。タンスを開けて良さそうな服を選ぶ。チェック柄が多く、色も黒や青など地味な色。それが自分自身でもオタクのイメージをさせたからストライプ柄のものを選んだ。それでも大差は無い。
「ちょっと出かけてくる!遅くはならないよ」
「遅くはならないって、もう夕飯前だよ」
「夕飯は食べてくるからいいや」
そう言って、歩き出した。少し嬉しい反面、何があるのかと邪推してしまう。両親が近くにいるだろうから踏み切った行動は絶対に出来ないだろう。と言うより半分監視されているような状況で起こる事を想像すると決して、楽観的にはなれなかった。
彼女のうちの前に来て自分の服装をサイドチェックした。せいぜい襟は立ってないかとかゴミは付いてないかとかその程度の事であったが。恐る恐るインターホンを押すと声がした。
「どちら様で・・・ああ。倉石君ね」
母親が出てインターホンのカメラで確認を取ったようだ。ガチガチの中、名を名乗るとどうぞと言われたので玄関に手を掛けた。深呼吸を一度してドアを開けた。すると、玄関で美月が待っていた。
「こ、こんばんは。倉石さん。ど、どうぞ。中に入ってください」
「は、はい。では、お邪魔します」
何かぎこちない二人を見て、離れて見ていた母親が失笑していた。それから彼女に招かれて部屋に入った。思わず部屋内を見回した。
幼稚園時代に近所の女の子のうちに行って以来、女の子の部屋になど実際にはいった事はないから自然と見てしまう。掃除はキッチリ行われていて、部屋の中心に丸いテーブル。端にタンスと本棚。部屋の隅にいくつかのぬいぐるみが置いてあった。ベッドはなく、女の子の部屋にしては飾り気に乏しいような気がした。と言っても比較対象はアニメの女子キャラの部屋であるが。
「あまり見られると恥ずかしいです」
どこに視線を置けばいいか分からない光輝は部屋を見ていて美月から言われてしまった。
「あ、ごめん。初めての人のうちにいくとどうも緊張しちゃってどこに視線をやっていいのか分からなくって・・・」
「な、何か、変でしょうか?私の部屋」
「そんな事ない。ない。素敵な部屋だと思うよ」
そういわれてホッとしたようだった。
「今日は、急に呼び出してしまって本当にごめんなさい。お母さんが、倉石さんを呼んでみたらなんて言って急にダイヤルを押して、受話器を持たせたものですから・・・」
控えめな夜の美月に対してなかなか無茶な事をする母親である。だが、そのおかげでこうして会うのを実現させてくれたのだから感謝しなければならないだろう。
「そのおかげでこうして俺が来られたんだからいいお母さんじゃない。俺が迷惑でなければの話だけど」
「そんな迷惑だなんてとんでもない」
それから会話がプツリと途切れた。ここに来るまでの間、何を言おうか考えていたものの殆ど頭の中が真っ白になっていた。いくつか思い出した質問などは、このタイミングで言っていいものかとか印象が悪くなるんじゃないかとあれこれ考えているうちにさっき受話器を切る時の状態になってしまっていた。
「ヨミちゃん、部屋に入りたいから、ドアを開けてくれない?それとも取り込み中?」
美月が立ち上がってドアを開けると両手がお盆でふさがった母親がいた。そこにはジュースと市販のクッキーやスナック菓子などのお菓子が乗っていた。
「倉石君。今日はゆっくりしていってね」
「ゆっくり?でも、ご迷惑じゃないですか?」
「それは早く帰りたいっていう意味?」
「そ、そんなとんでもない」
「だったらいいじゃない。そうだ。ヨミちゃん。星の事とか話したら?好きじゃない?星の話」
「ほ、星ですか?」
もし女子が星が好きなどと言ったらいかにも自分をロマンチストに思わせたい為にそのようにしていると勘繰ってしまうものだが、夜の美月にはそのように感じられなかった。彼女の雰囲気から少しだけ神秘性を思わせるからかもしれない。
「そうなのよね。ヨミちゃん、夜しかいられないからすっごく星の事詳しいの。星博士って言うぐらい。ヨミちゃん。それとか、トランプやったら?占いなんか好きでしょ?それじゃ、お母さんはお邪魔虫だから部屋から出るね。それじゃ、倉石君、ごゆっくり」
母親は言いたい事を言って出て行った。露骨にアドバイスする母親を見てこのような場面を予想していたのだろう。実際、彼にとっては慈悲の女神というぐらいにありがたかった。ただ、自分から切り出せない奥手野郎だという事がバレたとも言える。自分としては甘受せざるを得ないところだろう。
「おばさんが言っていたけど、星に詳しいってどれぐらい知っているの?」
確かに本棚を見てみれば星座についての書籍や神話についての本が多く並んでいた。
「私は、アミちゃんが夕暮れ前に家に帰れなかったとき以外は滅多に外に出ませんから外の事を知るって言ったら星を見上げるぐらいしか出来ないんですよ。ですから、お父さんに星の本を買ってきてもらってほんのちょっと知っているだけです。お母さん、星博士だなんていっていましたけど大げさですよ。本当、ほんの少しだけです」
確かに、夜しか人格が存在できず、外にもあまり出ない環境で暮らしていれば出来る事は相当限られてくるだろう。深夜アニメを見るとか・・・彼女に限ってそれはないと思いたかった。
「例えば、今、出ている星座とか分かる?」
「一応・・・。でも、星の事なんて退屈じゃないですか?今の流行などではありませんし、アニメの話でもないですし」
ズルッとコケそうになった。美月の口からアニメという言葉がこぼれてきて体が硬直した。固まってもいられないので声を出して体を動かす。
「ま、まぁ・・・。俺、星座の事、全然分からないんだよね。昔、空を見上げながら学校の授業で星図をもらって夜に見ていたんだけどさ。友達は『あれは何々座だ』『あっちはこれこれ座』って盛り上がっていたんだけど俺、ちっとも分からなくてイライラして適当なところ置いておいたら星図が無くなっちゃってさ、後日、あげた星図を持ってきなさいって先生に言われて怒られたんだよね」
急に、美月の表情が曇った。星が好きであろう夜の美月にこのエピソードは軽率だったと後悔した。
『ヤバイ。好感度ダウンだ』
「ほ、星は嫌いですか?」
「も、勿論、星自体は好きだよ。好き。綺麗だし、空を見上げるって何かロマンチックじゃない。ただ、星座がちょっとね。ただ単に分からない俺が悪いだけ。誰か空に丁寧に線で引っ張ってくれるか矢印で表示してくれれば親切なんだけど」
「ふふふふ。面白い事を言いますね」
そんなに面白い冗談を言ったつもりではなかったが彼女が笑ってくれれば結果オーライだろう。
「今はどんな星座が見られるのかな?」
「今のこの時間でしたら、牡牛座、牡羊座、水瓶座、山羊座などが見られますね」
「あれ?牡牛座?ってこの時期じゃないでしょ?確か4月5月生まれの星座だから」
「星座の起源はギリシアですからそちらが星座の基準となっているんですよ」
「え?星ってどこの国でも同じに見えるんじゃないの?地球って一周するじゃない」
言っていて自分がいかに無知であるかひけらかしているだけのような気がした。夜の美月が学校に行っていて授業をやっていたのならため息の一つも出ているかもしれない。
「夜の場所が違いますからね。えっと・・・」
彼女は地球儀を持ってきて机の電気スタンドの光をその地球儀に当てた。普通の地球儀とは違い、やや傾いている地球儀だった。
「例えばこの電気スタンドが太陽だとして、地球は太陽の周りを周っていて、星座がここにあるとしたら今の時間であれば日本からは見えますけど南半球の国からは見えませんよね?」
地球儀の上の方に手をかざし、それを星座と例えた。
「あ、なるほど」
確かに、昔、そんな事を先生が言っていたのを思い出していた。こういう時、バカというのは非常に情けない事なのだと痛感した。彼女は学校の事は知らない為かこちらをバカにするような態度を取ることなく自然と、そして分かり易く教えてくれた。
「分かりました?」
「うんうん。凄く分かりやすい。先生よりも断然、分かりやすいよ。前聞いた時は、眠くなるだけだったもん。もっと比留間さんのような先生に恵まれていれば今頃、俺は大天才だったんじゃないかな?」
「先生・・・ですか・・・そんな事ないですよ。倉石さんがすぐ理解するからですよ」
「そうかなぁ?比留間さんの方が・・・」
「いえいえ、倉石さんの方が・・・」
お互い譲り合いで照れくさい沈黙が続く。
『何、この展開。体中が熱いなぁ~。状況を打破しないと・・・』
「それで、実際はどんな星が見えるのかな?」
「で、でしたら、ま、窓から見てみましょうか?」
机の引き出しから伸縮式のスティック刺し棒を取り出した。その先端には、小さな星型の飾りが付いていた。それを手にして、カーテンを開けて窓を開いた。雲は殆ど無く星が輝いていた。美月はスティックを伸ばして星を指した。
「えっとあの正面で大きく輝いているオリオン座が見えますよね?星が大きく輝いていて3つ並んでいるのが見えますよね?その上にあるのが牡牛座で」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。まずそのオリオン座が分からないんだけど」
最初の基準で躓いてしまっては説明できないだろうが、分からないのだから仕方ない。星座が苦手なのはこの点なのだ。分かる人にはどんどん先に進むが、分からない人は完全に、置いてけぼり。公式がある訳でもなく、もはや見ている側の感覚で異なってしまう世界である。いくら懸命に星を見ていてもみんな同じように見えてしまうのだからどうしようもなかった。
「えっとですね。こういう形状をした星の列が見えるはずなんですけど」
美月は一旦、窓から離れて紙にオリオン座の形や牡牛座などを書いた。
「これと一致する星の列が見えると思うんですが・・・」
「こっちの方角だったよね?」
美月が再びスティックを伸ばして星を指した。
「ああ!分かった!分かった!あれがオリオン座ね。で、その上にあるのが牡牛座は・・・」
やっとオリオン座が分かった。オリオン座は比較的見つけやすいものなので楽に見つかるものだが、次は牡牛座。美月が差し棒で差す方向で定めるしかなかった。だから、彼は彼女の目線に合わせようとしていた。
「え、えっとぉ~。牡牛座にはアルデバラン・・・と、言う~」
急に、美月の口調の歯切れが悪くなってきた。
「え?何?・・・ハ!?」
咄嗟に、離れた。彼は彼女に接近しすぎていた。美月の目線にあわせるために、彼女の顔から数cmの所にまで自分の頭を近づけていた。彼女の息遣いも聞こえるぐらいのところにまで接近していたが星を探す事に夢中で全然気付かなかった。
「あの、ゴメンね。本当、分からなかったもんだからさ」
「い、いえ・・・」
無言の時間が再び始まってしまった。気がついてから胸が高鳴り、心臓がバクバクと鼓動を早めているのが自分で良く分かった。彼の17年間の人生の中でこれほど女の子と顔を近づけたことがあっただろうか?幼少期にはあったような気がするが、あの時は何も意識してなかったが今回は違った。
「いやぁ・・・何か喉が渇いたな」
おばさんが出した既に冷めてしまったコーヒーを飲みながら色々と思案した。
『過失とはいえ、あんなに近付いたら怒っているよなぁ。何か戸惑っていたし』
美月のほうは俯き加減で目をキョロキョロさせていた。
「それにしても比留間さんって本当、星に詳しいんだね。今ので実感として分かった」
何とか話題を出す事が出来たと安堵した。このまま黙っているままならおばさんがまたタイミングよく入ってくるのを期待して待つか、帰るしかない。
「私は、世間知らずで外の事は星ぐらいしか見ていませんでしたから。ずっと星の事を考えていたんです。星の場所って何千何万光年も離れていますからそうしていたら宇宙ってどれだけ広いのか、私がどれだけ小さな存在なのかって・・・そのように思い馳せたらひょっとして宇宙にも飛べるんじゃないかって・・・そんな子供っぽい事を考えて」
美月が話している途中でコンコンとノックの音が響いた。
「はぁい?」
「ヨミちゃん夕飯出来たよ。倉石君も食べてく?」
「いや、それはうちでは母が用意していると思いますし」
申し訳ないと条件反射的にそのように言ってしまった。一応家では夕食を食べてくると言ってしまった。もしここで軽く断ったまま食べられないのであればコンビニで弁当でも買って食べるしかない。
「でも、食べていって欲しいな~。本当に。それでも、食べていかないで帰る?お袋の味が食べたいからって」
「わ・・・分かりました」
もはや母親の手のひらの上で踊らされていると実感していた。
夕飯はとんかつであった。正面には美月、その隣に母親という形で席に付いた。
「もっと手の込んだ物を用意したかったんだけど、今日も急に倉石さんを呼ぶ事にしたから、普通の夕飯になってしまったけどごめんなさいね」
「いえいえ・・・」
とんかつを食べてみるとあまり味がないような気がした。緊張であまり感じなかっただけなのかもしれない。父親は昨日と違っていなかったが、質問攻めをされた。主に聞かれた事は学校での事が多かった。授業では何が好きかとか学校での日中の美月の様子はどうかとか。趣味などプライベートに関する事は聞かれなかった。恐らく、配慮してくれているのだろう。
「ご馳走様でした。そろそろ自分、帰ります。時間も遅くなっていますから」
時間は食後にしては遅めで8時半。帰るにはまだ早いが、父親が帰宅するとまた帰りにくいから今ぐらいに帰りたいところだった。
「あら、そう?何なら泊まって行ってもいいのに~」
「いえいえ!とんでもない。流石にそれは」
慌てる光輝を見て母親はくすくす笑う。非常に楽しそうだ。
「もう~。お母さん!気にしないで下さいね。本当」
「う、うん」
こういうイタズラ好きっぽい所はきっと日中の美月は受け継いでいるのだろうなと思った。そうは言っても、日中の美月からそのような事を受けた事はない。ただのイメージだ。
「それじゃ今日は本当、ご馳走様でした」
挨拶をしてドアを開けようとした所で母親に呼び止められた。
「ちょっと待って」
「え?何でしょうか?」
「ほら・・・」
母親が美月の肘辺りを軽く小突いて何かを促した。
「あ、あの!また今度、遊びに来てくださいね」
「だって。あなたは今度いつ来れる?」
「そ、そうですね。ここ最近は特に予定は無いですけど」
「そうなの?良かったじゃない。みっちゃん。明日も来てくれるって」
「あ、明日?」
「そう。ヨミちゃんは明日も特に予定があるわけではないしあなたは今、予定は無いって言っていたから。もしかして来たくない理由でもあるの?」
「いや!いや!いや!いや!いや!いや!いや!いや!いや!それは続けて行ったらご迷惑ではないかと」
手を高速で動かし、否定した。
「じゃ、いいじゃない。うちは全然困らないし、もし困る日であれば事前に言うから」
「は、はぁ・・・」
パッと表情が華やぐ美月。明日来るように約束をして、美月の家を後にした。
「ああぁぁぁ。疲れたぁぁぁぁぁ・・・」
息もつかせぬ緊張の連続。彼にとっては苦手な長距離走よりも疲れた気がした。だが、奇妙なぐらいに嬉しい感覚に気付いていた。
「これがまさか恋って奴かぁ?本当にそうなのか?」
恋というのは過去に数回してきた。だが、それは遠くから見ているだけの片思いにしか過ぎなかった。今は違った。会って話を出来るほどだ。この高揚感はかつてないものだった。あふれ出る感情を否定しつつ、家に帰った。疲れていると実感しながらも足取りは軽かった。



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(小説) 美月リバーシブル ~その4~

2012-09-28 18:35:05 | 美月リバーシブル (小説)
「それでみんな楽しく歌っていたんですが、私、初対面の人達ばかりでどうしたらいいか分からなくて逃げてしまって、それが悲しくて自分が情けなくって・・・」
「歌・・・って?それってもしかしてカラオケ?」
「そうですね。父や母やいとこのコハちゃんと一緒に来た事があります」
思わず崩れ落ちる光輝。誤解が解けて、少し気が抜けてしまった。
『個室とか言うからラブホかと思ったよ。流石にないよな。ごめん。ごめん』
日中の美月の事を知らないとは言え、とんでもない偏見を持っているものである。内心少し謝った。
「ど、どうしたんですか?気分でも悪くなったんですか?」
「そうじゃなくてちょっとした立ちくらみ。たまになるんだよね。ハハハ」
自分の体を気遣いしゃがみ込んで心配してくれた彼女の優しさにドキリとした。
『俺は、勝手にエロい誤解をしていたってのに・・・』
「ありがとう。大丈夫。大丈夫」
そう思うと彼女の目を合わせることが出来なかった。
「私、逃げてきてしまってアミちゃん。先ほどの友達に嫌われてしまうかもしれない」
「そういえば何度か言っているアミちゃん・・・って?」
「朝の美月だからアミちゃんだっていとこのコハちゃんが決めたんです。それで私は夜の美月だからヨミちゃんって。お母さんもその言い方をしています。お父さんは夜美月、朝美月っていいます」
『夜美月』とか『朝美月』と聞いて相撲取りっぽいと感じた。
「区別しやすいように決めたんだ。その『コハ』ちゃんって子は比留間さんの秘密を知っているんだ」
「村川 小春っていう私のいとこで、唯一の友達なんです。幼い時から良く遊んでいて私とアミちゃんと仲介してくれる大切な友達です」
「へぇ」
いとこの事など興味が無いので軽く聞き流した。ただ心には留めておく必要はあるかもしれない。
「きっと、お昼の比留間さんが何とかしてくれるんじゃないかな。そんなに心配する事じゃないと思うけど」
「でも、いずれこんな風にアミちゃんと私が上手くバトンタッチしていく事に慣れないと社会で生きていけないって父や母に言われていたのに、それが悲しくって情けなくって」
「まだ慣れてないんだから仕方ないよ。俺だってそんな状況で急にやれって言われたら無理だと思うもの」
「ですが・・・」
「無理せずゆっくりやればいいんじゃない?時間は決められているわけじゃないしさ」
こういう時に頼りになれればと思った。しかし、軽く励ますぐらいの事しか出来ない自分が情けなかった。今からカラオケに引き返す事も出来なくは無い。だが、そうなれば当然として何故、自分が美月と一緒でここに戻ってきたのかと説明を求められるだろう。光輝には返せる自信がなかった。
また始まる沈黙。こんな風に途切れ途切れだと何も始まらないと焦る。
「そういえば、お昼の比留間さんについてなんだけど」
「アミちゃんがどうかしました?」
「いや、アミちゃんって言うぐらいだからもお互いを分かっている風だったからさ。比留間さんはお互いの事をどう思っているのかなって」
あまり踏み込んではいけない領域なのかもしれないと思ったが、思い切って聞いてみた。
「そ、そうですね。アミちゃんの事をどう思うか・・・今まで考えた事がありませんでした」
少し考えてから彼女は答えた。
「決して会えない私とそっくりの友達・・・でしょうか?」
「そっくりの友達」
人格が入れ替わっている時は完全にもう一方の意識は完全に眠っている状態なのだろう。
「はい。デジタルカメラで動画を撮ってその日にあった出来事を言って教え合っているんですよ。学校でこんな事があったよとかこんな人がいるよとか」
そう考えると自分のことも触れられているかもしれないだろう。もし、自分の話題が挙がるようならアニオタやバカなどとボロクソに言われているのだろうと思った。しかし、今の美月が何もいわない所から察するにまだ触れていないようでホッとした。
「昔は手紙でやり取りしていて、まるで文通しているみたいでした。相手は私自身なのに。ふふふ」
ちょっと笑っている姿も可愛い。それはともかく、ちょっとした冗談を言えるという事は自分の事をすんなり受け入れているのだろう。
「でも、今日はアミちゃんに言える事が沢山、増えそうです」
「・・・。俺のこと、言うんだ」
「勿論ですよー。家以外の場所で私の人格になったら家に帰るだけでもドキドキの冒険みたいなものですから」
やめろとは言えないので口元が引きつった。
「お昼の比留間さんとは凄く仲が良いんだね」
「はい。だって私自身なんですから」
一瞬凄く悪い事を聞いたような気がした。仮に相手を嫌ってしまったのなら、普通の友達同士なら悪口を言ったり無視したりして離れる事が出来るが、彼女には不可能な話だ。だから好きでい続けなければならないのではないかと思えた。
「ですから、アミちゃんも倉石さんのこと分かってくれると思いますよ。何故か倉石さんの事を悪く言っていましたけど」
「!!ハハハ。って、もう俺の事を?」
「あ・・・お父さん」
自分の事を日中の美月から聞いているのかと聞こうと思った矢先だった。
「お!お父さん!?まさか組長!?」
声が裏返った。彼女の見た先には街灯によりぼんやりと映る男の姿があった。と言っても今日の組長みたいだと聞いたのにちょっと小奇麗でカッコいい40代男性というところで組長ではなかった。恐らく、門限を守るようにという日中の美月の嘘だろう。
「今日はたまたま早く帰れたから少し外を探してみようと思って歩いていたんだ。それに、メールで遅くなる理由が書かれてなかったから気になってな。ん?そこの彼は?」
「彼は、私が何度もお世話になった倉石さんです。今日だって、私が帰れないところを途中まで送ってもらっているんですから。お父さんにも言いましたよね?」
「ああ。君が、そうか・・・ふぅん」
美月の父親は自分の顎に手を当て光輝のつま先から頭の先まで見ていた。まるで品定めでもしているかのように。
「お父さ・・・いや、おじさんが来てくれたのなら帰れるね。それじゃ俺はこれでしつれ・・・」
「ちょっと君。待ってくれないか」
踵を返したところで呼び止められた。倉石は顔を歪ませた。まるでガッシリと後ろから肩をつかまれるかのようだった。それから振り返る瞬間にゆっくりと笑顔に顔を作り変えた。
「娘が何度も世話になったようだからお礼がしたいんだ。うちまで近いから寄っていってくれないか?」
「いや・・・これから私は、家で勉強を・・・」
「30分もかけないつもりだが、君にはその30分も惜しいくらい勉強したいのかい?」
「30分ですか?それぐらいの短い間でしたらいいですよ。ハハハ」
『俺はまだレベル2ぐらいなのに何故にフィールド上でラスボスが歩いているんだよッ!!』
光輝が見るような恋愛アニメなどでは相手の父親はまず出てこない。長期旅行に行っているだとか仕事で転勤しているとか仕事が忙しく殆ど留守にしているとか早くに亡くなっているとかあまりにもプレイヤーにとって虫がいい設定で展開を簡単にさせているのだろう。しかし、現実は違った。当然、両親と同居しているものである。ドラマなどで見てきた先入観で相手の父親という物は、『君からお父さんと呼ばれる筋合いは無い』だとか『結婚は絶対に認めん』などという攻略で最も困難な最後の壁そのものであった。だから、ラスボスのように思えたのだろう。
「じゃぁ、決まりだな」
もっと早くに分かれていれば良かったと心底、後悔した。
「母さん。悪いけど今日はお客さんを連れて行くからね」
父親は携帯を取り出し、即座に家に連絡しているようだった。もう逃げ場などない。
「倉石さん、急にどうかしましたか?」
「別に、大丈夫だよ。大丈夫。暗いからそう見えるんだよ。きっと」
美月の方は特に意識していないようであった。最悪の場合、『あんな少年に近付くな』などと言われかねないというのに美月は父親と楽しそうに話をしていた。光輝の方は閻魔様に裁かれるのだとテンションは最低にまで下がっていた。
「ここが我が家だ。入ってくれ。あまり硬くなる必要は無いよ」
何の変哲の無い一軒家であって広かったり新しかったりという風なことはなかった。夜の美月が箱入り娘という印象を受けたが日中の美月の雰囲気から考えれば妥当だろう。
「ただいま~」
「お帰りなさ~い。あら、お父さん、美月は見つかったのね」
玄関を開けると、母親が出迎えた。やや若く見える女性だ。目元は日中の美月にそっくりであった。どちらかと言えば夜の美月は父親の目元が似ている気がした。
「ああ。それとお客さん。夜美月の友達で倉石 光輝君だ」
「え!あなたがお客さんって言うから仕事の同僚の方だと思っていたのに、あなたがヨミちゃんが言っていたボーイフレンド?」
両親共に区別した言い方をしていた。非常に分かりやすい。
「ぼ、ぼ、ボーイッ!?そ、そう・・・そうなんですかぁ?」
思わず父親の方を見てしまう。父親と一瞬、目が合ったが特に触れなかった。
「今まで、夜美月が世話になったからそのお礼がしたかったから招待したまでだよ」
「もっと早く連絡してくれれば良かったのに。てっきり同僚の方かと思って酒のおつまみになるような物を用意しちゃって・・・」
「それは母さん。すまなかったよ。でも、俺も町でバッタリと会ってしまったんでね。母さん、お茶を淹れてくれればいいよ。それに倉石君もあまり気を遣われても困るだろう?」
「は、はい。お気遣い無く!」
ガチガチになっている所を見て美月の母親は微笑ましく見つめていた。
「じゃぁ、リビングに」
「いや、美月は部屋に行っていなさい。親として彼にお礼を言いたくてね。美月がいるとちょっと父さん、照れてしまうからね」
「分かりました」
『え?完全に二人っきりになってしまうわけ?何それ?お、俺は尋問を受けるの?それともお前はもう会うなっていう死亡宣告?』
一瞬気が遠くなりそうであったが大きく息を吸って堪え、リビングに招かれた。清潔感漂う部屋で食事のテーブルのようで調味料や箸などが乗っていた。それらを端に寄せてタオルでテーブルを拭く。テーブルを隔てて美月の父親。まるで面接を受けているような状況。
『吐きそうだ。今まで生きてきた中でこれほどの地獄があっただろうか?』
手がガタガタと震えだした。光輝の頭の中ではラスボスのBGMが静かに響いていた。
「まぁ、そんなに固くならず、楽にして」
「はい。じゃぁお茶です。お口に合わないかもしれないけれど・・・」
母親はテーブルを拭いてから台所に引っ込んだ。
「お母さんもお茶を淹れたら隣にいてくれ。父親と向かい合って話をするのというは辛いだろうからね。というより、私も実は少し緊張している。慣れないものだな。ハハハハ」
父親が本音を言ってくれて少しだけ気持ちが解れるが、硬くなっているのは変わりない。
「別に、君も『娘さんを下さい!』なんて事を言うつもりはないんだろう?『娘さんと真剣にお付き合いさせてください』ぐらいは言う気はあるかもしれないが。ふふふ」
この余裕はどこから来るのかと思った。やはり年を重ねるごとに分かってくるものなのかと思ったが、光輝は密かにパニック状態だった。
「でも、俺、いや、僕はまだ娘さんの事は全然、知らないので・・・ボーイフレンドというのも・・・」
「そりゃそうだろう。私も美月からも君のことは名前と印象ぐらいしか知らないしな。だからフォローしてくれそうな母さんがいてくれた方が少しは彼の緊張も解けると思うんだ」
父親なりの光輝への配慮だろう。ただ、緊張度95%の彼にとってはまるで軽減されていない。
そんなタイミングで母親がお茶を持ってきて父親の隣に座った。母親はにこやかにこちらを見つめていた。
「今のところ、君に質問するつもりはないよ。例えば君は娘の事を真剣に想っているのか?成績はどうで、どんな所に就職するのかとか、将来的にはどうするのかとか、父親と娘の恋人の話をするつもりはないから安心してくれ」
このように言って来るという事はもし交際をするようなことになれば避けては通れない所なのだろう。ただ好きというだけで一緒にはなれない。ドラマでも両親と対峙したら見かける場面だ。プレッシャーをバリバリ受けた。
「は、はぁ・・・」
「娘の事でね。父親として言いたい事があるから聞いてほしい。それだけ」
「はい」
「その前に、倉石君。些細な事だが指摘させてもらうよ」
「な、何でしょうか?」
寝癖でも立っているのだろうか?鼻毛でも出ているのだろうか?身なりが悪いのか?どうしたらいいのかと体を見回していたが、おかしな点は見られなかった。
「人が話している時はこっちの目を見るにようにしようか?」
「!?」
「私は真剣に話す。君に真剣に聞いてもらいたいからだ。視線を外されるとその人は真面目に取り組んでもらえないと思えてしまうんだ。仕事で新人に教える事は多々あってこちらがちゃんと教えている時、視線を外す者というのは大抵覚えが悪いんだ。必ず私の目を見ろとそこまで新人にはそこまで求めないが、娘の事となれば、話は別だ。しっかりと受け止めて欲しいんだ。君には出来ないかい?」
言われてみてハッとした。面と向かって人と話すことをあまりしてこなかった。と言うより人から自分が見ているとその視線が痛く感じてしまうほど、光輝はその名前に似合わない卑屈な少年だった。他人はもちろんの事、友人や家族にも話すときは自然と目を逸らしてしまう癖が出来ていた。そのように言った時、母親がタイミング良く紅茶とクッキーを載せたお盆を持ってきた。それから父親が紅茶を1度、口にしてから話し始めた。
「娘の秘密を知る身内以外の男というのは君が4人目になるな」
「4人目?」
自分以外に3人も知っている奴がいるのかと愕然とした。自分だけの秘密だと優越感を浸っていた所を簡単に打ち砕かれた。先ほど、慣れないと言ったのはこの事だろう。
「みんな、今ぐらいの日没が早まっているこの時期、たまたま知ってしまった。だが、今、美月と会っている男はいない。1人目は小学校の時、転校してしまっていなくなり、2人目は中学生の卒業間近で高校進学で学校が離れ離れになって疎遠になってそれっきり。3人目は高校1年の時か。その男の彼女が美月に会うなと言ってそれを守っているらしくそのままだ。そして君が4人目という事になる」
もし、その3人が戻ってこようものなら簡単に吹き飛ばされてしまうだろうと思う。
「娘達には苦労をかけてきた。身、一つにもかかわらず心は二つ。私達が考えも付かないような苦労を経験してきた事だろう。だからこれからは娘達の望むようにさせたいと思っているんだ。今まで、散々、私達が縛り続けてきたからね。何があっても門限は日没までとか夜になってからの外出は禁ずるとか特に朝美月は遊びたい盛りだろうからな。だが、私達からすればそれは娘達を守る為だった。世間の事を知らない娘達に世知辛い世の中の空気は娘達には過酷だろう。増してや昼夜にして人格が変わる娘達にはな。変だとかおかしいなどと奇異の目で見たり、差別したり、気持ち悪いと陰口を叩いたりとな。だが、もう自分のみの振り方ぐらい自分で決められる歳だろうし、それを受け入れて上手くやっていけると思っている。いや、上手くやっていってもらわなければならない。だから、私達は夜美月が君と一緒だった事に何も言わないし、寧ろ、誰かと一緒の方が社会勉強のうちに入るだろう」
目が乾いてきてちょっと痛くなった。目を合わせる事に慣れていない彼には、瞬きするタイミングすら考えてしまう。
「だから、もし、今後、君と美月が交際する事になったとしても私としては文句は無い。だが、一つだけ条件があるんだ」
「条件?」
「二人の美月に好かれる事。それだけだ」
「二人に好か・・・れる?」
「朝美月か夜美月をいくら好きであったとしてももう一方の美月が嫌いになったのにも関わらず交際をさせ続ける事は本人の心情を考えて出来ない。二人とも私達にとって大切な娘だからね」
途方もないぐらいの無理難題だと彼には思えた。日中の美月は完全に嫌われてしまっているような状態である。第一印象からして拒絶されているというのにどうやれば好かれるようになるのか頭痛がした。例えるならゴキブリと仲良くなるというところだろうか?見た目からして気持ち悪く、退治したくなる容姿をしているのに、そこから第一歩など踏み出せるものだろうか?彼には今までの人生の中で最も重いと言える問題に思えた。しかし、別の考え方をすればその条件をクリアさえ出来れば親公認で交際する事が出来ると言う訳ではある。ただ、彼にそんな事を毛ほどにも考える余裕などなかった。

それから父親と母親は二人の美月の話をしていたが条件の事で頭が一杯で他の事は殆ど頭に入らなかった。
「お父さん。お腹が減ってきたんじゃないかしら」
「そうだ。折角だからうちで食べていきなさい」
「い、いえ。うちはうちで夕飯がありますので、僕はここで失礼します」
「そうか・・・おっと、すまんすまん。30分という話が1時間以上も過ぎているな。今度、うちに来たら是非とも食べていきなさい。母さんに美味しいものを作っている」
「ちょっとお父さん。そんなにプレッシャーをかけないで下さいよ。この時間じゃ手の込んだものは作れませんよ。どこの家でも出しているようなおかずばかりです」
「そうか?俺は絶品だと思うがな」
仲睦まじい夫婦のやり取りというところだが、光輝は見ている余裕はなかった。
「はい。今度来たらそうさせて頂きます」
玄関まで行くと、母親が美月を呼び出した。
「倉石さん、帰られてしまうんですか?ちょっとお話をしたかったんですけど」
「彼にも都合があるんだ。引き止めては悪いだろう」
「はぁい。それでは倉石さん。おやすみなさい」
『おやすみなさい』という言葉久しく使っていなかったのでなつかしく思えた。
「比留間さん。おやすみなさい」
「倉石君、みんな、比留間だよ。家族に全員におやすみなさいと言ってくれたのかい?それはそれでも構わないが」
「あ・・・美月さん。おやすみなさい」
初めて名前を呼ぶ事に成功した。美月自身も再び『おやすみなさい』と言った。これで帰れると思いきや呼び止められた。
「あ、そうだ。君の携帯の電話番号を教えてくれないか?」
「け、携帯ですか?いいですよ」
「学校で何かあった時、美月の秘密を知っている君に対応してもらった方がいいからね」
断る理由が無いし、断って良い事がないと思ったので電話番号を教えた。
「お邪魔しました~」
「また来なさい」
そう言ってようやく外に出た。もう直、冬という冷たい秋風が一気に吹くが、それが新鮮で気持ちよく感じられた。美月の家の中は空気が止まっていて淀んでいるように思えたからだった。風を浴びつつ彼女のうちが見えなくなるところまで自転車に乗らず歩いていった。
「ああぁぁ・・・」
気を抜いた瞬間、電柱を背にしてズルズルとへたり込んでしまった。張り詰めていた緊張感がプツリと切れたのだろう。疲れが急にドッと彼の肩に圧し掛かり、暫く動けなかった。軽く自転車が圧し掛かってきたがそれすら重く感じた。
「もう何かどうでもいいや。帰って寝よう」
思考力が殆ど働かなくなるほど疲れきっており、家までの道のりがとても遠く感じた。家にやっとの事で帰ると夕飯も食べず、風呂にも入ることもなく寝てしまった。



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(小説) 美月リバーシブル ~その3~

2012-09-21 18:25:26 | 美月リバーシブル (小説)
「私は二重人格なんですよ」
「へ?あぁ。二重人格・・・ふぅん」
あまりに冷静に受け取ったものだから二人は目を丸くしていた。
「え?二重人格ぅ!?」
告白されとか自分に関する事を言われるだろうと思っていた彼にとって些細な事のように思えたのだが冷静に考えた時、驚くべき事だと気付いてしまったようだ。
「私の二重人格というのはかなり特殊なもので、昼夜で人格が逆転するんです」
「ちゅうや。逆転?」
『二重人格』と言う言葉自体が馴染みのない言葉だったので『昼夜』と言われて何か医学的な専門語だと思ってしまった。
それから分かりやすく説明してくれた事によって光輝にもやっと理解できた。
にわかには信じがたい事実であったが以前、道を聞いてきた比留間も補習で課題を忘れていた彼女も確かに真っ暗になってからだと気付いた。そう考えれば今の彼女と昼間の彼女がまるで別人というのも辻褄が合うというものだ。
「昼夜逆転と言いましたが正確には日没後と日の出後です」
「この事をあなたに伝えたのは極力黙っていて欲しいから。噂が広まるのって良くない事だから。秘密に出来る?このこと」
両親の意向で娘を普通の子として育てたいから学校の教師や親戚、後は一部の人を除いて教えていないという話だそうだ。だからこそこの保健室の先生も昼間の事を知っていたのだろう。だがそこまで頑なに隠す必要がある事なのかと思いながら、黙って聞いていた。
「じゃぁ、僕はこの事を誰にも言わなければいいんですね」
「そうだけど、無理にとは言わないよ。いずれみんなに分かる事だから。子供のうちは差別やいじめにつながりやすいからって伏せようとしていた比留間さんのご両親の気持ちはとても分かるわね。でも、もう高校生だから分かってくれると思うのよね。あなただって分かるでしょ?」
「ま、まぁ・・・」
「ほらね?比留間さん。そんなに深刻に考える事はないよ。受け入れてくれない人もいるだろうけど、そんなの大したことないって言ってくれる人もいるはずだから。だから後は全部、比留間さんの気持ち次第だと思うのよね。こんなパッとしない少年でも分かってくれるんだから。ね?」
「そ、そうですよね。みんな分かってくれますよね」
彼女がホッとした様子であった。光輝は入り込む余地がないと思って黙って頷いているだけだった。
「比留間さん、自宅には連絡したの?」
「はい。先ほど電話したら、お母さんが忙しくていけないからバスで帰ってきなさいって言われました」
「そう。じゃ、あなた、比留間さんをバス停まで送って行きなさい」
「え?」
「え?じゃないでしょ。比留間さん可愛い子でしょ?一緒にいられてよっしゃー!ってガッツポーズぐらいやってみたらどう?少し印象変わるかもよ」
「いや、そう言われてもですね。俺が一緒となるとぉ」
そのように述べるが保険の先生は言葉を遮った。
「はいはい。何にしても彼女は貧血気味なの。誰かそばにいた方が心強いでしょ?と言ってもあなたじゃ頼りないけど、いないよりはマシでしょ?それとも、嫌なの?彼女が死ぬほど嫌いとか?」
「そんな訳ないですよ。と言うより夜の方の比留間さんの方はあまり知りませんから決めようがないって所ですけど・・・それはいいとしても、明るい時の比留間さんの方に俺と一緒だと色々と大変なんじゃないですか?前も言いましたけどあまり快く思われてないようですし」
保険の先生は、目を細めて話をあまり聞いてないようであった。
「さっきから嫌われているからとか周りの人の印象だとかウダウダ言っているけどさ。あなたにとってはそっちの方が大事な訳?」
中学生ぐらいの時まで遠くで好きな女の子を見ているだけで満足していた。いや、自分には高嶺の花だと言い聞かせて諦めていた。自分は、頭が悪く、能力もなく、誰よりも弱い。だからいざ問題があっても何も出来なかった。そんな事だからバカだとアホだと罵られ、白い目を見られていた。今までそんな事を繰り返してきたから争いを好まず、人間関係がギクシャクするのが嫌だった。だったら目立たずひっそりとしていた方が良いに決まっていた。
そして、答えは決まった。
「い、いえ。考えてみたら悪く言われる事は慣れていますから。今更、何を言われても別に・・・ですからバス停まで送りますよ」
「良かったね。比留間さん」
「はい」
彼女から安堵の表情が見えた。彼女の事を第一に考えたら不安そうな目を見たら断る事は出来なかった。普段、勝ち気でクラスの中心と言えるほど元気でこちらを蔑んでいた彼女が今は弱々しくまるで母猫が戻らず一匹の子猫のような目をしている。後で文句を言われるよりそのギャップに彼の心が動いたわけだった。
「じゃ、お願いね。全く、こんな事決めるのに手を掛けさせないでよね」
「はい。すみません」
「比留間さん。温かいものでも飲めば落ち着くでしょう。コーヒーがあるだろうから職員室に行ってちょっと取ってくるね」
「はい」
「じゃ、行ってくるけど二人っきりだからと言ってくれぐれもいかがわしい事はしないようにね。それはそれで面白いかもしれないけど」
「そ、そ、そ、そんな事する訳ないじゃないですかッ!」
保険の先生は笑いながら保健室を出て行った。二人っきりとなった訳だが、今の言葉で何も言えなくなってしまった。沈黙が続く。外で部活をしている人達の掛け合う声が保健室の中を響かせた。どうにか沈黙を破る事にした。
「すごく驚いたよ。いつも様子が違うって思ってさ。さっきの教室ではどうしたの?」
「変でしたか?朝の私の真似をしてみたんです。気付かれないようにって・・・」
日中の美月の演技というのなら似てないとしか言いようがなかったが、そこは黙っていた。
「でも、あなたに教えてしまってホッとしています。無理に真似をしなくていいんだって」
自然な柔らかい物腰の方が断然良かった。
「前に、道を尋ねた時は、朝の私と別人と思ってくれるだろうと思っていつも通りにしていたんですけど」
「確かに別人だと思ったけれど、制服が同じだったから考えちゃったよ」
「あ!そういえばそうでしたね」
「・・・」
「・・・」
そこで話題が途切れた。喉から言葉が出なかった。それから保険の先生がコーヒーを持って戻ってきてそれを比留間が飲んでいた。相変わらず保険の先生はからかってきた。やっぱり変な事したんじゃないのと疑い、彼が否定する。先生のおかげで保健室は少し賑やかだった。それから彼女の顔色が徐々に良くなって行ったので帰ることになった。辺りは真っ暗である。雨は止んでいた。相合傘などという都合の良い事にはならなかった。
「私のためにわざわざすみません」
「いや、ただの偶然。俺も暇だったから別にいいよ」
「そうですか。えっと・・・あなたのお名前はぁ」
「あ。言ってなかったっけ?俺の名前は倉石 光輝。『光る』『輝く』で光輝なんだけど、そんな事より苗字の方でみんなに『暗い』って言われるね。ハハハ」
自己紹介の時の鉄板自虐ネタである。ただ、笑いを取った事は無い。言わないよりマシというぐらいなものだ。
「そうなんですか?」
何故かちょっと表情が明るくなった。関心でもある事なのか光輝の方が比留間の食いつきに驚いた。
「そ、そうだよ。明るい方がいいのかもしれないけど、無理をして明るくしようとかえって変になっちゃうし」
「私、さっきも言いましたけど夜だけしかいられないのもあって、電気がついて明るい場所って何か落ち着かなくって、薄暗い方が落ち着くんですよ。いつも変だって言われるんですけど」
「普通の子とは変わってはいるけど、変じゃないんじゃないかな?それは。だって、今の比留間さんは夜しかいられないんでしょ?だから比留間さんも暗い方が良い」
「そ、そうですか?」
比留間の表情は明るくなった。普通の女子とは喜ぶポイントが明らかに異なるようだ。普段、女子が自分の言葉で明るくなるなどという事はなかったからそれだけでドキッと心臓が高鳴った。校庭では部活をやっている為ライトがついているが学校内はやや暗い。あまり人には見られたくないと思う。
正門のすぐ脇にバス停があるので距離としては100mぐらいだろう。時間にしてせいぜい1~2分と言ったぐらいだろう。その短い時間であったが彼にとって大きな壁にぶつかった。
『何か話さないと・・・』
女子との交流が希薄な彼にとって女子と会話をするという行為自体が一つの難問だった。
『昼と夜で人格が変わる。毎日どうやって過ごしているのかすっごく気になるけどそんな事、急に聞かれたら気分悪いだろうなぁ~。プライベートな事だし・・・じゃぁ、俺の事を・・・って女の子が僕の趣味とか話されたって興味を持つ事なんてないだろう。寧ろ軽蔑されるよな。いくら普段の俺の事を知らないからってさ。じゃぁ、無難な話といったら天気がいいねとか?いやいや・・・今、曇っているし』
話題は思いつくものの、それを言っていいのか考えてしまう。何が一番、適切なのか。カードゲームで何を切るかを悩むのに似ていた。そこまで深刻に考えてしまうのが悲しい。話などという物は些細な事から展開していくものなのだから天気のことだっていいのだ。大切なのはきっかけだ。
そんな事、考えているうちにただ沈黙の時間だけが過ぎていく。焦れば焦るほど言葉が出なくなった。幻滅しているんじゃないかと彼女の方に視線を移すと彼女は周囲をキョロキョロと見回していた。
「どうしたの?何か気になることでもあるの?」
「いえ・・・」
「やっぱり俺なんかと一緒だとねぇ・・・」
「そ、そうではなくて外を歩くのって慣れてないのでやっぱり緊張してしまって・・・」
「そうなんだ」
彼女の不安を取り除く事が出来ればと思ったが気の利いた答えも出来ず、ただただ自分自身の不甲斐なさに苛立った。キョロキョロと周囲を見回し、動くものや音を発する物に極度に反応する。丁度、部活をやっているサッカー部の方が気になるようだ。彼女は周囲に怯える小動物のような反応を示していた。
「そうだ。思い出した。前、うちの犬が吠えた時、カバンを置いて走って行っちゃったけどあの時って今の比留間だったんだよね?」
「あ、はい。よく覚えています。あの時は突然、ワンちゃんに吠えられたものですからパニック状態になってしまってどうしたらいいか分からなくなってしまって・・・」
「何かごめんね。うちの犬って普段は滅多に吠えないんだけどあの時だけ何だか虫の居所が悪かったみたいでさ」
「いえ、ワンちゃんはきっと私が変だと思ったから吠えたんですよ。二重人格の私が気味悪いって」
「そんな事ないよ。ない。ない。あの時ちょっと前に俺が尻尾を踏んづけたもんだから不機嫌になっていただけだよ。うん。絶対にそう」
「動物って人間には感じられない感性がありますからきっと分かっていたんですよ」
折角、共通の話題を見つけたのに逆にその場が暗くなってしまった。チョイス失敗だと思ったがここで上手く切り返さなければと考える。と、思っているうちにバス停に辿り着いてしまった。バス停で待つ人はいなかった。
「バスが来るまでの時間までは待つよ」
と、言ってみたが時刻表を見ると後2~3分で来るようだ。
『このバカバス会社!空気読めよ!普段は20~30分に1本なのにッ!何で今に限って!』
もう少しゆっくり歩くべきだったかと思った。しかし、今更考えても仕方なかった。
「さっきの話だけど、別に比留間さんが悪いって訳じゃないんだから気にする事ないよ。うちのロクだって今度会ったら吠えないと思うしさ」
言ってみて、散歩に付き合わせようという風に思われただろうと思った。ちょっと訂正しようと思ったところでバスが来た。
「それでは、倉石さん。今日は本当にありがとうございました」
「ごめんね。つまんない事しか言えなくてさ」
「そんな事ないですよ。普段、同世代のお父さんぐらいの男の人としか話さないので何もかも新鮮で・・・私の方こそ気の利いた事も言えないでごめんなさい」
「気にしなくっていいよ」
「いえ、でも・・・」
「ちょっと~。乗るなら早くしてください」
『この運転手~。呪うぞ』
彼女はバスに乗り込んで最後の挨拶でもしようかと思った矢先、即座にドアが閉まった。
「がっ!」
あまり大きな声を出す訳にもいかないので、どうしようと思うと比留間は何か喋ってから頭を下げて手を振っていた。光輝もまた手を振った。
『ありがとうございました・・・か・・・それにしても手を振るなんて何年振りだろうか?』何故か、自分の手の平を見返して見たがいつもと同じ手であった。
「帰ろう」
校内に戻り、自転車乗り場へと向かう。
『明日、陽が昇ったらまたいつもの比留間さんになってしまうんだよなぁ』
ボーッと考えながら家路に着いた。

2010年11月23日(火曜日)
朝のホームルーム。比留間を見るとあれこれと考えてしまう。
『日が短くなって夜が長くなる冬至周辺が彼女に会う最大のチャンス。でも、俺みたい根暗のオタクが会ってどうするんだろうか。何が出来るっていうのか光輝さんよ。だったらおかしな事はしない方が身のためだよな。下手すりゃ破滅。今、思い出として残しておくのが得策だよな。俺みたいなパッとしない奴には一生の思い出・・・かな?』
自問自答しつつ諦め気味になってホームルームを受けていた。担任が言う。
「さて、来週から期末試験が迫っているわけだが・・・」
「うぇ~」
クラスのうんざりする声が上がる。その中に、当然、光輝も入る。
『また赤点連発で補習も連発か・・・補習?あ!』
光輝の表情が少し明るくなった。光輝は特に頭が悪く補習に毎度のように引っかかっていたがそれは比留間も同様に補習の常連メンバーである事を思い出した。考えてみれば、夜間になると人格が変わるというのであれば彼女の勉強時間も必然的に限られる。だから成績が悪いのだろう。もし夜間の彼女が勉強したから昼間の彼女が何もしなくてもテストをやって高得点が取れるなどと都合のいい事にはならないのだろうと思った。
『彼女は半日しかいられないから仕方ないにしても俺は、1日、そのままでもバカなんだよな』
自虐的に笑った。だが、その頭の悪さが彼女とつなげる要因になったのだから人の縁とは何がきっかけとなるか分からないものだ。だからと言って狙って全て赤点というのでは光輝自身の評価が下がるだろう。
「今回は校長の意向で例年よりも難しくしろという風に聞いている。この1週間が勝負だぞ。みんな、頑張れよ。では、日直」
日直が立ち上がって号令を言って解散となる。今日は補習はないのかとガッカリした。試験後の試験休みに赤点者への補習は行われるが、各教科に午前中に呼び出され、長い長ーいお説教を受けた後に授業を受けるというのが定例となっており、午後まで跨る事はないので夜間の彼女に会うこともないだろう。

ある休み時間、彼女達グループが男達のグループと楽しげに談笑していた。特に変わった所もないいつもと同じ風景だった。日中の彼女は明朗快活で社交的、休み時間はグループでの中心的な存在であった。一方の自分達は一応盛り上がる事は盛り上がるがアニメなどに偏った話ばかりしているので他の人からには近寄りがたい淀んだオーラを放っていた。距離的には10mほどでもいる世界はまるで異なっていた。
「今日ぐらいはいいじゃないかよ。少しぐらい遅れても両親だって分かってくれるって」
「ごめん。それでも本当に無理」
彼女に強引に誘うクラスメートの男子。事情を知らないのだろう。だが、彼女の両親は異常なほど門限にうるさいという事にしていてそれは既にクラスでも良く知られていた事だった。今更、誘う者はいないはずなのにその男子も引かなかった。いつもの友達グループのそばにいるがそんなやり取りを集中して聞いていた。
「今日は俺の誕生日なんだぜ?盛り上がりに欠けるじゃないかよ~。ちょっとぐらい遅れたって両親だって文句はないだろう。なぁ?いいじゃん。ちょっとぐらい~」
彼女は目を伏せて首を振った。
「無理だって。私らの誕生日だってダメだって言う両親なんだから」
女子が比留間のフォローを入れるが男の方は引かなかった。
「だからって納得いかねぇよ!何でそんなに時間に厳しいんだよ!」
『それは人格交代があるからだよ。ふふっ』
彼は自分だけ知っているのであろう彼女の秘密に優越感を覚えていた。
『待てよ。もし、彼女がこの誕生日会に参加するって事になったら帰りに夜の比留間さんになるな。そうなったら夜の比留間さんは俺以外の男と会った事あるのかな?そりゃ、あるよなぁ。俺だけしか男子は会ってないなんてあるわけねぇからな。仮にそうだとしてももし、他の男子と会っていたら俺なんか即座にどうでも良くなっちゃうよな。何たって俺みたいなキモオタなんて即座に忘れ去る虫みたいなものだものな』
ネガティブシンキング。特に自分自身と他人とを比較すると即座に卑下する傾向があった。
「怒られるんであればみんなで謝ろうぜ!この時期はずっと遊べないなんて辛すぎるだろ。みんなもそう思うだろ?」
「それは・・・」
「じゃ、みんなで謝るって事にして・・・いいだろ?みっちゃん」
その男子も意外としつこかった。彼女に気があるのだろうと思った。
「分かった。私、出る!」
それを聞いた瞬間、夜間の比留間が自分の手の届かないところに遠のいていく気がした。
「え?大丈夫なの?みっちゃん。お父さん相当怖いんでしょ?組長みたいだって」
「よっしゃ!マジかよ!言ってみるもんだな!」
男子生徒の表情は驚きと嬉しさでガッツポーズしていた。
「その代わりこれからどうなっても知らないからね!アンタが言い出したことなんだから責任取ってよね!」
「お、おう。みんなで渡れば怖くないだ!」
男は彼女の重い一言をもらって少し怯んでいた。しかし、責任を取れという発言を聞くと妙に男女の関係を意識させてしまうものだ。それはその男子も同じ事だろう。だが、始めてこの日が短くなったこの時期に遊びに付き合うことになったという事で彼女以外は大盛り上がりだった。
『へぇ。夜の人格を晒すつもりなんだろうな。って事はもう終わりか・・・』
寂しさと共に諦めの心でいっぱいになった。元々、縁が無かったことなのだ。前の出来事がちょっとした幸運がめぐってきただけの事だ。またいつも通りの生活に戻ると思えば、なんてことはなかった。
「じゃぁ、行くぞ」
岸が言い出していた。
「どこへ?」
「お前、さっきから難しい顔をしていたけど何を考えていたんだよ。少しは話を聞いていろよな。ゲーセンだよ。ゲーセン。今から行くんだろうが」
「あ・・・そっか。ゴメンゴメン」
彼らの放課後の遊びと言ったら、ゲーセン。カラオケ。たまにボーリングのローテーションであった。そして、最後にアニメ系のお店によって締める。これが彼らの放課後のお決まりのパターンであった。

いつも通り、ゲーセンで遊び、アニメグッズの専門店に寄って友達と盛り上がった。それほどお小遣いも恵まれていないから買う事はあまりしないのだが友達と盛り上がりアニメ系の商品に囲まれているだけで妙に幸せを感じてしまう。自分は骨の髄までオタクなんだろうと痛感させられた。そろそろみんなと別れる所であった。
「あ・・・」
その後ろ姿は比留間そのものであった。偶然とはいえ、よくこうも遭遇するものだと思った。辺りはもう暗い。人格交代が行われたのならもう夜の比留間になっていることだろう。なんと言う偶然だろうか。何か運命的な糸でもあるのではないかと思いたくなった。本当ならば追いかけたい衝動に駆られたが友達の手前それは出来なかった。
「あ。アイツ、比留間じゃね?」
本島は目ざとく良く、細かい事を発見する。
「みたいだな。ま、別にいいじゃん。俺達とは住む世界が違うんだろ?」
岸が過去の話を持ち出した。
「そうだなぁ~。毎度毎度、近付いただけで嫌な顔してくるし、そっちの方が人としてどうなんだよって」
「ま、俺達には縁の無い奴だよ。ほっとけ。ほっとけ。どーせ色んな男と遊んでいるようなビッチなんだしよ。どーせまた別の男と遊ぶ気なんだろ?」
「そうだろうな。やっぱり三次元はそんなもんだよね」
「あ」
そのように彼女を見る目も一緒でゴミを見るかのようなものなんじゃないかと今、気付いていた。当然、前まではそれに自分も加わっていた事も。
「じゃ、俺、帰るよ。急ぎの用を思い出したんだ」
「あ?急ぎってどうせ暇だろ。お前。っておい!クラッチよぉ!」
そう言って、彼は3人を置いて家の方向に走り出した。今、彼女が向かっていると方向ではない。彼らが見えるところまでそのように走ってから方向転換して以前、彼女と途中まで帰ったところまで先回りする事にした。
『でも、どうやって会えばいいんだろうか?』
偶然を装うべきなのかただ単に追いついて声をかけるのが最良なのか考えていた。頭の中でシミュレーションしてみる。
「よし!」
決まったところで、先回りして、偶然を装って彼女に横から声をかけることにした。
「あぁ!比留間さん。奇遇、う?」
話し始めた所で彼は言葉に詰まった。
『泣いている?』
持っていたタオルで顔を抑えている所だった。
「あ・・・倉石さん。あ、いえ、昨日も会いましたね」
彼女は触れられまいと、タオルをサッと背中の方に持っていってニコッと笑ったが無理をしているのか不自然であった。
「ど、どうかしたの?」
話すことなどを少し考えていたが彼女が泣いているなんて事を想定していなかったがために頭が真っ白になってしまった。どう声をかけていいのか分からなかった。
「いえ、何でもないですよ。本当に・・・」
「そ、そう」
気になるものの深く詮索するのは良くないだろうと聞くのをやめたが、彼女が泣くような出来事の後で日常的なことを言うのは不自然だし、内容も分からないのに励ますのもおかしいだろう。出て行くタイミングを完全に誤ったなと悔いた。気まずい時間が続く。
「ははは。ちょっと帰りに遊んでいたら丁度、君が歩いているのを見かけたもんだからさ。いや~。凄い偶然。凄い偶然。今日は、大通りの行き方、分かる?」
「は、はい。それは・・・」
分からなければ教えてやるという事にかこつけて一緒に歩こうと言おうと思ったがそれは出来ないようだ。
『しかし、一緒に帰ろうかなんて誘って大丈夫だろうか?気安いと思われては、元も子もない。ここは・・・』
だが、今さっきまで泣いていた彼女を放って帰ることは出来まい。頭の中で葛藤する。
『頑張れ。頑張れ。光輝。ここだ!言うしかないんだ!』
「と、途中まで一緒に行くのは・・・どうかな?」
「いえ、でも、倉石さんのお宅とは違う方向では?」
「!?大丈夫。大丈夫。ちょっと遠回りしていけばいい話だからさ。ハハハハ。だ、だからさ。途中まで出いいからさ」
光輝は『お宅』を『オタク』と一瞬解釈してビクッと反応してしまった。それだけでも彼女に言われるのはなかなかつらかった。
「はい」
「良かった。良かった」
全身にゾクゾクっと震えが伝わった。呼吸は増えて、歯がカチカチと鳴った。
『落ち着け。落ち着くんだ。光輝。ここでコケたら何もかもダメだ。慎重に、慎重に』
ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと歩き出した。だが、すぐさま沈黙に包まれた。
何故に、泣いていた事を聞くべきか否か、激しく心が揺れていた。かと言って、折角帰っているのに沈黙を続けるのはまずい。
「この辺にいるって事は、誰かと遊んでいたの?」
直接的に聞かずまずは遠まわしに聞いて核心に迫ろうとする。探りを入れるにしてはまずまずだろう。
「わ、私は分かりません。気がついたら個室が多い建物の一室にいて」
「こ、こ、こ、個室!?それってまさか」
体がガタガタと震えた。思わず唾を飲み込んだ。だが、日中の比留間であれば十分考えられる事だと思った。
「アミちゃんの書き置きが手に握られていまして、みんなと楽しくやれって」
「はぁ!?みんなとぉぉぉぉぉ!?」
脳の回路がギンギンに働く。休み時間のメンバーが勢ぞろいしている所が出てきた。
「そ、そうですけど、ど、どうかしました?」
「いやいやいや・・・そ、それで帰ってきた訳なんだ」
『目が覚めた時にそんな場面に遭遇したもんだから泣いたって訳か。それなら分かる。それなら俺も泣いて逃げるわ。しかし、ああ・・・聞かなきゃ良かった。年頃の女子って普通にそんな事やってんのかよ・・・もうダメだ。おしまいだ』
動揺しながらも平静を装うが手が震え、汗が溢れてきた。風は冷たいのに何故か熱かった。



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(小説) 美月リバーシブル ~その2~

2012-09-14 18:51:13 | 美月リバーシブル (小説)
2010年11月22日(月曜日)

授業の最初で先生がこのように言って来た。
「先日やった小テスト。成績が非常に悪い!去年、一年上の先輩に全く同じものをやらせたが平均点は5点も上だったぞ。よって、今日の放課後、成績が悪かった物は補習を行う」
担任が授業始まってすぐに言い出した。と言うか、これは毎年の恒例行事みたいなものだろう。
「ええ~!」
「うるさい。俺だって暇じゃないんだからやりたくはない。予定があるのは俺だって同じだ。だが、流石にこのまま放置しておけば期末テストが惨憺たる結果になるのは目に見えている。そこまで嫌がるのなら別に俺はやらなくてもいいんだぞ。だが、期末での低得点者は結果で補習を行ううえに課題も大量に出すつもりだ。どうする?期末で高得点を取る自信があるのならやめてもいいんだぞぉ。」
やや挑発的であるがそのように言われてしまうと反論しようがない。
「・・・」
光輝もまた小テストで赤点を取っており、補習を受けざるを得ない状況にあった。
「お!倉石君。今日の放課後は忙しいようだね。残念だ。非常に、残念だ。」
他人の不幸は蜜の味と言うか岸が相手の不幸を見てニヤニヤと笑う。こういう所は癇に障るが事実だから反論の余地はない。ただ口をへの字に曲げて耐えるだけだ。
「そ、そうだね」
「じゃ、暇な俺達は帰るわ。行くぞ」
岸と本島が帰り、糸居は黙って、片手を軽く上げて去っていく。頑張れよという意味なのかたまに言葉に出さない小さな心配りが見られた。3人が帰るのを見送り、先生が戻ってくるのを待つ。周囲を見るとポツポツと補習者が残っていた。その中にその比留間の姿もあった。彼女もまた低得点者の常連。補習という事で4名ほどがクラスにいた。
「こう言っては失礼かもしれないが、基礎がまるで出来ていない君達ではここでいつもの授業をやっても付いて来られないだろう。だから、今回の補習は公式の書き取りとする。このプリントに書かれた公式を5回書く。俺は今日7時ぐらいまで学校にいつもりだからそれまでに完成させて職員室にいる俺に提出。いなければ机に置いてくれさえすればいい。では・・・」
そう言って、担任はクラスに取り残された。常連の一人がこういった。
「何が予定があるだよ。プリントを押し付けたらサッサと引き上げちまうんじゃねぇか。嫌がらせばっかしやがってあの性悪野郎」
ガラッ!
再び、クラスに戻ってきた。
「谷岡ー。何か不満な事があるのならいつでも聞いてやるぞ」
「ありません!全然ありません!絶対にありません!心に誓ってありません!」
「ふん。ならば宜しい」
今度はいなくなった。仕方ないので公式の丸写しを開始した。高校生ともなると数学ではxやyなどの記号が増えてくる。これのどこが数なのかといつも思う。そのような記号の羅列を書いていく。外からは野球部やサッカー部などの屋外スポーツ部の声が聞こえた。
「よっしゃ!終わり!」
『早っ!』
先ほど先生に愚痴を言っていた谷岡という奴が終えたらしく立ち上がって教室を去っていった。クラスには3人。
『あの時の彼女は、一体なんだったんだろうか?ドッキリか・・・』
彼女の前の様子を考えているとペンが進まなかった。
もう11月下旬という事もあってか日も沈むので4時半ぐらいから辺りが急に暗くなっていく。
「夕日か・・・綺麗だな」
少し見とれているともう1人が立ち上がって無言で教室から出て行った。教室に残ったのは彼と美月の2人になってしまった。気を取り直して出された課題に集中しようとすると彼女は机に突っ伏していた。
『ええ?ここで寝る?もし先生にバレたら何を言われるか分からないよな。だからと言って寝ちゃダメだよなんて近くに寄ったらキモいから近付くなって言われそうだし、無視して先生に見つかったらその時はその時で何故起こしてくれなかったのかなんて思われるんだろうなぁ』
どちらも地獄しかない。他に道は無いものかと少しの考える間。そして彼に出た答えは
「ゴホン!ゴホン!あぁ。ンン!!ゴホン!」
不自然な咳をして気付いてもらおうと思ったが彼女はピクリともしなかった。
『起きてよ。他に起こすような事出来ないよ』
そのまま咳を続けているとビクッと彼女が反応した。ようやく起きたようであった。自分の咳に気がついたのかと胸を撫で下ろした。すると彼女は周囲を見回していた。
「!?」
そんな彼女の不自然な動きを追っていたら目が合ってしまった。
『ヤバッ!まーた、やな顔されるよ』
しかし明確な嫌悪感は出さなかった。ただ驚いているようで目が点となっていた。
『あれ?ゴミを見るような目をすると思ったのにな・・・』
考えをめぐらしているときに教室のドアが開いた。
「お前、まだやっていたのか。すまんが、急用が出来たから明日、朝までで良い!比留間、ちょっと忘れてて本当にすまん。後はちょっと自分で何とかしてくれ」
「は、はい」
あからさまに女子に甘くするなよと思っていた。担任はそのまま走り去って行った。残された彼は、あと少しだからと課題をこなしてから帰ろうと思ってまだ残っていた。家だと彼の時間を奪おうと誘惑するものが沢山あるからだった。職員室に行って、ノートを先生の机の上に置き、教室に戻ってきた。彼女はまだ終ってないようだった。そのまま無言で帰ろうとすると比留間に止められた。
「すみません。分からない所があるのですが、あ!ちょっ、ちょっと聞いていい?」
何か確かめるかのようなとてもぎこちなく不自然な話し方であったのでまだ寝ぼけているのだろう。
「な、何?」
「何回書けばよかったんで・・・ううん!良かったぁ?」
発音のイントネーションがおかしい。最後のほうは声が裏返りそうになっていた。
「5回書いて明日の先生の授業の時に提出すればいいんだよ」
「そ、そうでしたね。ありがとうございます!」
「え?」
彼女は頭を下げた。普段の彼女から考えればあり得ない行動であった。すると頭の中で何日か前の映像とシンクロした。一致したと思った瞬間、体がブルッと震え、戸惑った。
『ええ?ここでドッキリかぁ?』
馬鹿にされていると思えて来た。少しずつ苛立ってきた。
「ど、どうかした・・・の?」
比留間がちょっと手を伸ばせば触れられる距離にいる。そして自分を気にかけてくれる。いつもならまるで汚いものをみるかのような態度で近付いても避けて通るのに今はこんなにも近い。これが演技だとしてもその落差を意識すれば意識するほど胸が高鳴った。
「別に何もないよ」
「それじゃ、まだ続きがあるから・・・」
彼女を避けるような形となってしまうが彼は席について後1回書けばいい課題を書き始めた。彼女の事が気になりつつも目の前にある課題の方に意識を集中させ、終わらせて職員室の先生の机に置いておこうと席を立った。職員室に向かっている時はずっと彼女の事が頭に張り付いていた。
『もう良い。彼女が今どうなっていようと鞄を取りに行ってすぐに帰ろう』
職員室はいつも通り静かであった。留まる事などせず、サッサとノートを置いて立ち去った。すぐに教室に戻って帰ろうと支度しようと思っていた。教室に入ると彼女は書き写している所を見てそのまま通り過ぎようとしたところに気がついてしまった。
『字が明らかに違う?』
最初の数回と今書いているものと明らかに筆跡が違った。同じものを書くのだから字が並んでいればその違いは分かりやすいだろう。
『どういう事?』
席に付いてじっと黙って考えていた。それから彼女はどこかに電話をし始めたようであった。静かな教室内なのでその声も良く響いた。
「も、もしもし。私ですが、今、学校にいるんですけどお母さん?迎えに来られますか?え?無理ですか?分かりました。頑張って帰ります」
聞き耳を立てた訳ではないが、聞こえてしまったのでどういう事なのか考えてしまう。
『頑張って帰る?』
不可解な受け答えだったが電話の相手が何を言ったのか分からないから考えていても仕方ないからそのまま無言で教室を出た。階段を下りトイレに行きたくなったのでトイレに寄ろうとドアを開けた所で背後から何か慌てた足音がしたので振り返ると誰もいなかった。不審に思いつつも用を足し、手を洗って玄関に着いて下駄箱から室内用のサンダルを取り出し靴に履き替えて玄関から出た。辺りはもう真っ暗であった。グラウンドの方ではライトをつけて野球部やサッカー部が活動していた。
「青春だなぁ」
自分には無縁な世界の話だと思って見送ろうとするとポツポツと雨が降り始めてきた。
「雨か。そうだ。今日、傘を持ってきたんだっけ」
まだ降り始めであったがおいて来た教室まで取りに帰ることにした。すると玄関に戻ると下駄箱とにらめっこしている彼女の姿があった。
『意中の相手にラブレターでも入れるつもりなのかな?な、訳あるのかないか』
そこは女子の下駄箱である。女子同士の関係を少し考えてしまった。そのまま自分の靴を取り出して、履いて玄関を出た。雨は先ほどぱらついていただけで、もう止んでいた。
「そういうフラグもある訳ないよなぁ」
雨が降っていて彼女が持っていなくて相合傘になるなどと都合のいい展開にならない。
ただ、様々なフラグがあったとして自分を嫌う彼女とどう応対していいのだろうか。ゲームのように目の前に選択肢が現れる訳ではないのだ。今までの事は忘れ、帰ろうと思い立ち自転車を取りに行き、跨って校門に向かって走り出そうとした所で彼女がしゃがみ込んでいたのだ。今日は何故、彼女ばかりに縁があるのだろうかと鬱陶しくさえ思った。
『何で見つけてしまったんだろう。知らないままならその方が楽なのにさ・・・』
このまま見てみぬ振りをするのか、それとも声をかけるか悩んだ。
『声をかけたら嫌な顔されるよな。間違いなく・・・だから・・・』
色々と頭をめぐらす。
「どうしたの?気分が悪いの?」
いくら嫌われていると分かっていても流石に外で制服のまましゃがみ込んでいる女子を放置するほど彼は人でなしではなかった。仮に嫌われようとも演技だろうとどっちでも良かった。声をかけておこうと思ったのだ。この行動が、今後の彼の運命を変えようとは本人も思わなかった。
「だ、大丈夫です。こうやってじっとしていれば治りますから」
彼女はそのように言ったが顔を上げるが顔面蒼白であった。とても大丈夫そうには見えない。
「保健室に行った方がいいんじゃない?」
「大丈夫ですから・・・」
そうは言うが声さえも弱々しくまるで別人だった。そこまで辛いのだろうと思えた。何とか保健室に行こうと彼は考えた。だが、その直後、彼は人生最大とも言える障害にぶち当たるのであった。
『一人で歩いていくのは困難みたいだな。じゃぁどうやって行くんだ?おんぶ?お姫様抱っこ?いやいや!そんなのあり得ない。あり得ない。肩を貸すって感じで支えてあげればいいのかな?でも、支えるってどこを?どこまで触れるのがOKで、どこからがOUTなんだ?手は二の腕まで?肩はセーフ?背中はセクハラ?』
年頃の女子に触れる事などなかったからこのような緊急事態でも臆してしまっていた。
『いや、触るのはダメだ。何が何でも、他の生徒にもバレるしな』
「ちょっと待ってて、先生を呼んでくるからさ」
それが一番無難だと思いついて、保健室の先生を呼びに行く事にした。
「先生。女子生徒がしゃがみ込んでいるので一緒に来てください」
「はっ?だったらあなたが連れて来ればいいんじゃないの」
保険の先生は中年一歩手前のふくよかな女性であった。保健室のオバちゃんとかお母さんなどと言われている。男子というと保健室の先生は若い女性というイメージが先行してしまっているために、ガッカリさせられた思い込みの激しい人は少しはいる。
「いや、そういうわけにもいかないんで、来て下さい」
「はいはいはいはい」
光輝が案内していくとその間、オバちゃんが言い始めた。
「全く女の子が弱っているんだから遠慮したって強引に連れて来てしまえばいいのよ。女の子っていうのは待っているもんなのよ。ちょっと断ったぐらいでは動じない人。それだけ私を気にかけてくれるんだって男の子をさ。若さは待ってはくれないんだから。ボケッとしていたらあっという間にオッサンよ。そうなったらそういう強引さはただの押しかけ。完全拒否ね。ダメだぞぉ。草食系君。青春をしろ。青春を」
「は、はぁ・・・」
『こっちの事情も知らないから気楽に言えるんだよ』
自分が動くのが面倒だからそのように言うのだろうと思ってしまう。そして、彼女の元に着くとやはり彼女はしゃがみ込んでいたままだった。
「ああ。比留間さんね。ちょっと、保健室に行きましょう」
彼女の事を知っているようだった。そんな事は知ったからといって得をする訳でもない。
「ちょっと肩を貸すわ。アンタがやりなさい。男の子でしょ?」
「え?俺が?」
「私、肩こりが酷いのよね。だからアンタがやりなさい。それとも嫌なの?比留間さんが嫌いだから?可愛くないから?臭いから?」
「いえ、そんな事ありません。やります。やらせてください。お願いします」
「そうそう。素直が宜しい」
しゃがみ込むと彼女の体がすぐ近くにあった。この時点で体が震えた。頭の思考回路が暴走状態になり、どうしたらいいのか一瞬、肩の組み方を考えてしまったぐらいだ。
「ごめん」
何故か自然と謝罪の言葉が出てしまった。それから彼女の左腕を自分の左肩にかけてゆっくりと立ち上がった。彼女の香りがする。全身に電流が走り、己の全身隅々まで血が行き渡っているのを感じた。
「すみません」
彼女が謝った。『後で殺す』とか悪態つかれるものだと思っていたから意外であった。この時間が保健室まで続くのかと思いきやすぐに邪魔が入った。
「あれ!みっちゃん。どうしたの?先生!」
彼女の友達だろう。別クラスの人で顔は覚えているが名前は出てこなかった。
「この子が見つけたもんだから保健室に連れて行くところ。比留間さんは体調が悪いから静かにしてね」
「はい。でも、この人・・・」
「彼が彼女を見つけてくれたの。だから手伝わせているわけよ。私、肩こりが酷いし」
その子が着いてきた。後で噂を立てられたり言われたりするのだろうと頭が痛かった。
「それじゃ、あなたはここまでね」
「え?先生。でも、みっちゃんの事を気になるから。一緒に帰った方がいいでしょ?」
「保健室は溜まり場じゃないの。比留間さんの友達でも今のあなたは部外者」
「ええ~。でもぉ」
どうも、腑に落ちない様子でこちらをにらみつけて来た。何故、このような目に遭うのか悲しくなってくる。先生はそのまま保健室のドアを閉めた。それから彼女をベッドに寝かせた。こういう場面なら、大抵、保健室の先生は急な用事が出来たとか気を遣うような発言をして保健室から出ていって2人っきりになるのが相場であるがいつもの比留間が相手なら何を言われるか分からないから寧ろこっちの方が良いのだろう。
「軽い貧血ってトコね。少しベッドで横になって休んでいれば治る」
「それは、良かった。じゃ、俺はここで」
「ちょっと待って」
引き止められた。
「何です?」
「比留間さんのことで何か思った?」
「は?」
好きか嫌いかで聞いているのかと思って急になんて事を言うのかと思ったが、その事を言う訳にはいかないから、はぐらかす事にした。
「何かって凄く気分が悪そうだから大丈夫かなって・・・何だかさっきまでとはあまりにも別人に見えたんで、これはただ事じゃないなって。でなければそのまま無視して帰っていたかもしれません。彼女、俺のことあんまり快く思ってないみたいなので・・・」
「そう」
先生は静かに目を落とした。幻滅したという風に見えた。ならば、それで良いと。あまり彼女と接点を持ちたくなかったからだ。どうせ、彼女にその気などないだろう。それで様々な噂など立てられるのは御免被りたかった。彼は波風立てず、静かに学校生活を送るのがベストなのだ。
「比留間さん。別人だって・・・どうする?彼に話す?」
「・・・。そ、そうですね。こ、このままにしたらきっと広がってしまうかも知れないので話しておいた方がいいのかもしれません」
「いいの?」
「いずれこうなる事は分かっていましたから、これからも増えていくと思います」
「そう。でも、彼なら口も軽そうな感じじゃないし、と言うよりそもそも友達がそんなに多いようには見えないし・・・あ、ごめんね。今のは冗談」
何やら重苦しい雰囲気に出来れば内心、関わりたくないとも思ったが先生の余計な一言で少し固くなっていた気分が砕けた。
『いきなり告白されたどうしよう。それって、まさかのまさか・・・いや、まさか過ぎるじゃないか!』
この状況で自分に告白するなどあり得ないなどと思いながらも頭の中を一瞬過ぎってしまったせいで彼は錯乱状態に陥った。そして、彼女は彼の予想を遥かに超える事を言ったのだった。



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(小説) 美月リバーシブル ~その1~

2012-09-08 21:14:46 | 美月リバーシブル (小説)
いつも太陽の前に出ることなく、暗く湿ったところが居心地はいい。周囲を伺いつつある意味、敬遠され、悪く言えば隔離されているかのようなそんなダンゴムシみたいな生活を送る。人には向き不向きがあるのだから、全員が白日の下で動き回らなければならない理由は無い。寧ろそんな事をすれば寿命を縮めるだけかもしれない。

「今日は予定あるけどよ。明日辺り久しぶりにカラオケ行くか?」
「お、いいねぇー」
4人の少年が集まって話をしていた。主に話しているのは2人で後の1人は殆ど意思表示をしないが一緒にいる事で行動を共にするつもりのようだ。彼はそんな3人のやり取りを見ていた。
「行くだろ?イトッちゃんもクラッチもさ」
やや大柄で眼鏡をかけた少年が言い出した。『岸 慎一郎』。大体、物事を提案し実行するグループの牽引役を担っている。アニメは好きだがそれ以上に特撮ヒーローものが大好きであった。
「そりゃ行くに決まっているよな?」
小柄な少年が同意する。『本島 義広』。大柄の少年に金魚の糞のように付いて回る。大体この二人に合わせるような形で4人は行動していた。彼は、アニメなど全般的に好きで、勧められるがまま見ていると言う傾向があった。広く浅くというタイプだ。
「ああ・・・」
イトッちゃんと呼ばれた長身で美形の『糸居 直人』がぶっきらぼうに答えた。周囲の人間は何故、それなりにイケメンである彼が何故このアニオタ集団に混じっているのか不審に思われる声があった。その話は他のメンバーからも一緒であったが本人がこっちに来るのだから受け入れていた。彼は、1つの事を深く掘り下げて好きになっていた。本島とは違い狭く深くというタイプ。あまり言葉を発しないが一番のオタクは彼ではないかと言う岸の声である。
「うん。俺も行くよ」
クラッチと呼ばれた少年は最後に答えた。少しどん臭い所があるようで、話をするにしてもワンテンポ遅れる。だからせっかちな人と話すときなどは相手を苛立たせる事がしばしばである。それに勉強の方はまるでダメでいつも補習か否かのギリギリの低空飛行を続けている。彼の場合は本島と同じで勧められるがまま見ているという事があったが本島と異なるのはただ一つの作品に対して特に思い入れが深いという点だった。いい作品ならばそれを深く追うという糸居とも違う一点集中タイプだった。

「じゃぁ、明日行くって事で決まりだな」
話が決まるとチャイムが鳴ったので席について授業を受ける。いつもの眠くなる授業を終えて、一同、帰り始める。彼らグループの4人は部活に所属しておらず、何か行事でもなければ即座に帰る。学校で他のクラスメートと話すなどという事はしない。帰る途中で友人らと別れて家路に付く。家に着くと鍵を開ける。母親は今日、パートで家を開けているので無言で家に入り、パソコンをつけた。いつものようにメールチェック、動画サイトや掲示板などを覗く。それが毎日の日課となっていた。
「ただいま~」
弟が帰ってきて、同じぐらいの時間に母親も帰ってくる。母親はご飯を炊く準備と1~2品簡単におかずを作り後は惣菜が並ぶと言う夕飯にしている。弁当や外食に頼る事が増えてきた昨今の食事事情から考えれば幾分かマシなのだろう。
食事は食器がこすれる音が響き殆ど会話も無く終わる。それから再び彼はパソコンに向かい、それからゲームをやって風呂に入って眠る。高校時代という人生で輝く青春時代をそのような怠惰な生活で時間をただ無為に浪費しているのが『倉石 光輝』という少年であった。

朝、パソコンを起動してメールのチェックぐらいして朝食を手短に済ませ、登校する。学校までは自転車を使う。いつもの事である。教室に着いてから友人達と話す。その日は土曜と言う事もあり午前中で授業が終わり、学食で昼食を取りカラオケに向かう。カラオケまでは各自、自転車を使う。その間、好きなアニメの事などで盛り上がっていた。カラオケについて受付を済ませて悠然と部屋に入っていく。歌の本を眺めていると店員が頼んだドリンクを持って入ってくる。ワンドリンク制だから仕方ないだろう。彼らには店員が入ってきても歌い続けるノリの強さは無かった。店員がごゆっくりと言い残して出て行くと岸が物凄い速さでリモコンを取った。
「やっぱり最初はコレだよな!」
古い特撮ヒーローの前奏が流れ始めた。彼らが生まれる前の曲でカン、ガガンなど擬音が多い曲で歌えば盛り上がる事は確実な曲である。だが、全員がその曲を知っていればという前提があるのだが。
「じゃぁ、俺はこの曲にしようっと」
大体ここでのカラオケ会では歌う曲のパターンが暗黙の了解として決まっている。まず盛り上がる曲で場を湧かせ、中休みにバラード系の曲を入れてしんみりして最後に盛り上がる曲で全員が歌って締めるというのが彼らのやり方である。

「ここで出たかぁぁぁ!『哀天使』!」
イントロが流れた瞬間、岸が光輝に向かって言った。この『哀天使』という曲は光輝が執心している『きぐるみ』と言う変身少女アニメの主人公の気持ちを歌詞にしたエンディングテーマである。お話としては妖精界にいた妖精が偶然、主人公である女の子とぶつかって人間界がこれから危険になるから守ってと言うことから始まる。妖精はその主人公に不思議な力が宿るという着ぐるみを使って、世の中を良くしてくれと頼むわけだ。様々な種類があって例えば鳥スーツなら空を飛べるようになり、チータースーツなら足が速くなるという具合である。着ぐるみを身にまとうだけなので変身というよりは変装という方が適切だろう。このアニメが他のアニメと一線を画しているのが普通の変身するアニメであれば変身する者は限られるが、この『きぐるみ』は主人公に限らず誰でも着用可能という条件であるため、友人、弟、両親、果てには歩いている老人が着て活躍するのだ。そんな自由度の高さもあって主人公が別に主人公でなくてもいい。つまり存在感が無く透明みたいなものという意味を込めて『空気(エア)主人公アニメ』などと揶揄される。だが、最後のクライマックスシーンではそのエア主人公を返上するような感動シーンがあって多くの人が涙したというアニメである。

「でもよ。そんなお前の一途な所。嫌いじゃないぜ」
岸がキリッと凛々しげな顔をして親指を立てて言ってくる。
「俺も嫌いじゃないぜ」
それにニヤリと笑って本島も続く。横にいる糸田川も沈黙したままでこちらを向いて親指を立てていた。
「ありがとう。でもさ、何、この流れ」
礼を言って最後につっこんだ。
「ハッハッハ!」
岸の思いつきでみんながそれに同調して作り上げた一連の流れで良く分からない流れであったがやってみると結構楽しかった。

「しっかしお前は凄いよ。エア主人公よりも空気と呼ばれた『ほのか』ちゃんを好きになるんだからなぁ~。あの最終話での『祈り』シーンを見たら確かに惚れるわ。だがその前に見つけていたお前は先見の明があるよな。マジで」
光輝が好きキャラはそのエア主人公ではなく、その主人公よりも更に存在感がないと言われた「花村 ほのか」というキャラだった。『空気』ですらなく『透明』だとか『無』とさえ言われたのだが、彼女もまた主人公同様に最終回で化けるキャラである。
「あそこでみんなの想いを集めたハートロッドを捨てるとか誰も考えないよな?と言うか普通やらないよ」
「本当、あのラスト2話は感動だよねぇ~。まさに神アニメ。いや、女神アニメ」
岸と本島が話しているときは積極的に入らないが二人の会話に光輝は顔を紅潮させ力強く頷く。思い出すと少し涙ぐみそうになるぐらいだ。

光輝はその『きぐるみ』の関連した曲を2~3曲歌ったぐらいで後は聞き役に徹する。これは曲なんの曲なのかなどと質問をして説明を聞いているだけで満足してしまうのだ。カラオケを終えてゲーセンで少し遊んでいるともう辺りは真っ暗になっていた。
「もう真っ暗だよ。日が落ちるのも早いったらありゃしない。寒いし、帰るか?」
「そうだね」
ゲーセンの外で全員別れて家路に着く。

近道をしようと裏道を歩いていると見知った制服を着た女の子が歩いてきた。
『あ・・・比留間 美月って人だ』
自然と彼女が歩いている所から離れて歩く。自分がアニオタだと知られている為にクラスの女子の大半からは冷たい視線で見られている。カラオケに行ったメンバー全員がそのように知られていてクラスのアニオタ四人衆とか四天王などと言われていた。彼らは好きなものは好きなのだからと開き直るようにしていた。話しかけるとあからさまに汚い物を見る目をする女子もいるから、彼としても女子に不用意に近付こうとしないばかりか無意識に避けてしまうようになっていた。

それに、この比留間という女子とは半年前にちょっとした出来事があった。
家で飼っている雑種の黒い犬の『ロク』を散歩に連れて行っているときだった。彼女が帰りの為か反対側から歩いてきた。すれ違おうとしていた時、特に挨拶をするつもりもなかった。声をかけたら嫌な顔をするだろうと思ったからだ。
そのまま通り過ぎるかと思っていたら突如『ロク』が彼女に向かって吠え出したのだ。
「ご、ごめん。普段は大人しい犬なんだけど今日は気が立っているらしくて・・・」
慌てて彼女に謝った。それは事実であった。別にロクに吠えろとけしかけた訳でもないし嫌がらせをしているつもりもなかった。ここ10年以上飼っていたが滅多に人に向かって吠えた事はない。とても温厚な犬で番犬としては失格だなと言われながらもその人懐っこさで散歩の時は小学生から良く撫でてもらってみんなから愛されていた。
光輝は彼女に謝る反面、内心、ほくそ笑んでいた。近付くだけでいつも嫌な顔をして来るような子だし、わざとやっている訳ではないしこれぐらい驚かせてやっても罰は当たらないだろうと『ロク』の行動に良くやったと誉めてやりたいと思っていた。
だが、彼女は彼の予想しない行動に出たのだ。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・」
『ロク』に吠えられ動揺し目が泳いでいた。どうしていいのか分からなくなったのか何と彼女は持っていた手提げ鞄を放り投げて走って逃げてしまったのだった。
「え?ちょ、ちょっと、鞄」
吠えられて少し怖がる程度だと思ったのにこのような事になるとは予想をしておらず彼自身、呆然と立ち尽くした。
『警察って訳にもいかないし、持って帰って明日渡そうか?』
彼女のうちの連絡先を知らない以上、彼女を見失った今、返す事は出来なかった。拾ってみると彼女の手提げ鞄は思ったよりズシッと重かった。何が入っているのか気になった。同世代の女子とはまるで接点が無い彼にとって大いに好奇心をそそられた。それに携帯などが入っていれば連絡する事も出来るだろう。だが、人に見られたくないものも入っているだろうと思って見ないで持って帰ることにした。見るだけなら問題ないだろうと何度か葛藤したが何とか見ずにいる事が出来た。
その日は眠れない夜を過ごした。もし返した時お礼などを言われたらどう対応しようか考えたりこれは何か恋愛などのきっかけになるのではないかと恋愛ゲームのような都合のいい展開を妄想してみたりした。
「フラグ立ったかな?」
今まで、避けるべき対象だったというのにこのような事でニヤニヤしているのだから単純と言えるだろう。
次の日、通学中、頭の中でシミュレーションしていると突然、背後から声が上がった。
「あ!それ!私のバッグ!」
学校に着いてから朝の休み時間に返そうと思っていたのに不意に声をかけられ、どうしようかと動揺してあたふたする。考える間もなく目の前に彼女が近付いて来た。
「お、おはよう。昨日、君がバッグを落としたから拾って・・・」
彼女は彼から自分の手提げ鞄を強引に奪い取るようにして持った。
「中、見てない?」
「見てない。見てない」
「嘘!絶対見た!」
「だから見てないって。本当に見てないって」
「そんなの嘘に決まっている!アンタみたいなオタクはそうやって適当に誤魔化して裏で何をやっているか分からないんだから!あ~!ヤダヤダ!」
彼女はそのまま走り去っていった。彼は怒るとかいう感情よりも呆然と立ち尽くしている事しか出来なかった。嵐みたいなものだった。暫くしてから嵐が過ぎ去って散らばった周囲を片すように考える。彼女のあまりにも身勝手な発言に怒りというより疑問を持つだけであった。
『お礼すらなしか・・・どうしてあーいう女子って偏見だけが先行して人を決め付けて、勝手に思い込んでこちらの言う事を聞こうともしないのだろう。家の中にうちのロクでもいれてやろうかなぁ』

そういった半年前の出来事もあって出来るだけ彼女には近付くまいと思った。避けていると捉えられても構わなかった。近付いてあからさまに嫌な顔をされるよりは遥かにマシだった。
すると、彼女の方から近付いてきた。以前の事を謝る気にでもなったのだろうかと考えてみたがそれだったら半年前から今まで他にも機会はあったはずである。そのように考えるとまた何かとんでもない事を言われるのではないかと内心、身構えた。
「あ、あのー」
普段のハキハキとした元気がないので違和感を覚えた。困っているという風に見えた。
「はい?何?」
「道をお尋ねしますが、野牛街道の方にはどのように進めば出られるんでしょうか?」
「へ?野牛街道?」
ここは少し入り込んだ路地であるとは言え、真っ直ぐ進めば野牛街道に出る。迷うような場所ではない。彼はすぐに周囲を見回した。恐らく近くに誰かいて、こちらの様子を伺っているのだろう。彼女が何か友人達のグループでの罰ゲームか何かで自分に話しかけているのだろうと思ったのだ。だが、それらしい人は見当たらなかった。では、何故彼女は話し掛けてきたのか、しかも物腰がいつもと違う。そっくりさんなのか、もしかして双子なのか、しかし、制服は彼の学校のものであった。同学年で彼女の双子はいない。学校が違うのか。しかし、制服の貸し借りなどするものだろうか?
「道、分かりませんか?」
暫く考えていたので彼女が不審に思ったようだ。
「いやいやいや、ちょっと考え事をしていただけ。野牛街道だっけ?えっと、この道を真っ直ぐ歩けばその道に出るよ」
「そうですか。ありがとうございます」
『クラスの比留間 美月とは別人だな』
道を教えてあげて軽くお辞儀をする。その動きも自然であった。比留間を見る限り、顔は可愛いと思ったが、可愛げはなかった。しかし、この子は違って、物腰も柔らかく礼儀正しく、とても好印象に映った。
「じゃ、俺、こっちに用があるからそれじゃ」
「あ、はい。さようなら」
そのように別れて光輝は歩き始めた。どう考えても逃げているようにしか思えないような形で歩き出した。歩き始めてからもう少し誤解を解くか何か出来なかったかと後悔した。少し歩いていて、右の道に入った。
『って、俺も帰る方向一緒だったんだよね』
同じ方向に歩くとなれば会話をする事を強いられる。今の自分では沈黙が続きまた気まずいだけの時間が流れると思ってわざと違う道を歩いたのだ。彼自身、世間話など口に出来たらどれほどいいものかと思う。主人公と幼なじみが何気ない会話をしながら登下校を共にするシーン。彼にとっての眩し過ぎるほどの憧れだが、ただの夢でしかない。
『彼女は一体何者だ?』
気になってそのまま後をつけると、彼女は大通りに出てバス停についてそのままバスを待っていた。
「演技じゃなくて本気であったとしか思えないけど、どういう事だ?」
考えれば考えるほど答えは出なかった。バスが来るまで待っていても仕方ないので家に帰る事にした。それはストーカー行為に当たるものだと本人は気付かないものだ。

「何だったんだろう?」
少々気になる点があるもののこちらの事を嫌悪することなく接して来た彼女に別人だろう思った。双子の姉妹とか・・・彼女の事は一切知らないからそういう事もありうるだろう。だが、彼女は学校の制服を着ていた。学校には彼女と顔が似た生徒は他にいなかった。別の学校に行く事になったもののうちの学校の制服に憧れを抱いていたから借りて着てみたとか色々と思案しながら家路に着くのであった。家に帰ってからは彼女の事は忘れていつものように過ごした。

次の日、学校に着くと彼女の方に意識が自然と向いてしまって、何度か見ていたら目が合ってしまった。ヤバイと思って視線を外そうとすると明らかに拒絶するかのような厳しい目つきをしていた。気持ち悪いから見るなという心の声が聞こえるぐらいであった。その直後、友人に明らかに嫌悪するかのような目でヒソヒソ話をしていた。
『やっぱり双子か知り合いだな。これは』
そのような扱いは慣れている彼にとって彼女の視線はなんてことはなかった。
休み時間に入ってから友人に昨日の事を話してみた。
「お前、遊ばれているだけだろ。それ」
岸が簡単に言い切った。
「遊ばれている?どういう事?」
「まるで気付いてないのかよ!こりゃ100パー。遊ばれてるわ!100パー」
「だからどうして?」
「演技だよ。演技。ちょっと可愛く見せてお前をその気にさせようという作戦。周りを見たら爆笑している奴らがいたはずだわ。お前、不器用でトロイからな~。俺でも気付く自信あるわ」
「そ、そうかなぁ?だったら最後にネタバレみたいな感じでバーカって言わないもんかな?今日だって、目が合って嫌な顔されただけだったからさ」
「だったら今も演技進行中だろ。また仕掛けてくるぜ。きっと。よく注意深く見てみろ。仕掛け人がいっぱいいて、そのうちプラカードで出してくるぜ!『大成功!!』ってな」
急におかしな方向に話が進む。本当にドッキリで自分が気付いていなかっただけだろうか?
「そうかなぁ」
「あ~あ。双子でそんな性格がまるで違う奴なんているかよ!冷静に考えろよ。この辺に住んでいるのに道を教えてくれなんてあり得るか?鈍すぎて尊敬するわ。完全にお前カモだわ。カモカモ。スーパーカモ。これじゃお前の大好きなほのかちゃんが嫉妬するぜ。他の女に気を許して光輝君、許さな~いってな」
それを言われてしまうと返す言葉がない。グループ内で色々なアニメが始まり、キャラも出てくるがある一人のキャラに一途に恋しているという体であるので、その流れを切るようなことは出来なかった。

それから数日が過ぎてもう彼女の事は忘れるところであった。彼もまたドッキリだったのではないかと思って考える事をやめた。




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