右手の爪の部分だけ力を入れ手のひらに痛いぐらいに押し付けた。手の中のマスコットは潰さないように手のひらだけ爪を立てたのだった。
「会わないなんて事は嫌だ」
「はぁ?今更、嫌とか意味分かんないし!前、何も言わなかったじゃない!」
「あの時は、君が一方的に」
光輝が話している途中で美月がかぶせた。こちらからの発言をさせる前に畳み掛けるつもりなのだろう。
「だからって何も言ってこなかったじゃないの!不満があったらすぐに言うでしょ?でも、アンタは何も言ってこなかった。それって了承したって事じゃないの?それを今頃になって嫌だなんてさ。ちょっと虫が良すぎるんじゃないの?」
「あ、あの時はそれでいいかと思ったけど、い、今は違う」
「コロコロ気分を変えて、人を困らせる。本当、アンタ達オタクって男らしくなくて気持ち悪い。みんなもそう思うでしょ?」
皆から援護を求める美月。数で責められたら心が折れてしまうかもしれなかった。
「みっちゃんさ。今、倉石が会わないって言っていたけど誰の事?私達ならもう見ないって言うでしょ?」
「そうだよね。私も思った。その人って誰?」
「そ、それは・・・い、妹・・・そう。コイツ、私の妹に手を出そうとしているのよ!」
やはり友人達には夜の美月の事は勿論、約束について一切話していないようだった。美月は自分で言っていてそのように仕立て上げるつもりになっているようだった。
「妹って?みっちゃん。確か、一人っ子だって」
「い、妹・・・みたいなものよ。私より似ている年下のいとこの事。コハちゃんとは違うイトコ。ね?コハちゃん」
「そうそう。隠れて倉石と会っていたのよね。だから、もう会うのをやめなさいって」
急に小春に振って2人の友達に信用してもらう。光輝からすればそこを糸口に彼女に詰め寄る事も可能だったかもしれないが、機を逸してしまっていた。
「そうなんだ。だったらみっちゃんの言うとおりよ。倉石なんかが会ったらその子が可哀想」
「色んな人に迷惑がかかるって事、分かってんの?」
「倉石、どうするの?みんなからこう言われてもまだ言うの?もうハッキリしたら?」
「だけど、だけど、俺は夜の・・・」
「だから!何度も言っているでしょ!世間知らずのあの子に変な事を吹き込むのはやめてって言っているでしょ?」
こちらの言葉を大きな声を出して無理に遮った。明らかに不自然なぐらいだった。しかもさっきまで見下していた彼女が今は、空気読めよという風に怒りの視線に変わっていた。
「本人から嫌って言われたのなら俺も諦めるよ。けど、夜の」
「夜も昼もいつだって関係ないッ!アンタだって言われているんでしょ!両方から好かれないとダメだって!」
「両方?両方って何?」
美月自身、うっかり口を滑らせてしまい、美月はしまったという顔をして、その友達も流すような事はせずに目ざとく聞いてきた。
「姉みたいなものである私の許可がないとダメって事よ!」
慌てて軌道修正する美月。顔が赤くなっていてかなり必死だった。
「そうだね。女のみっちゃんがこんなに嫌がっているのに、ずっと続けるなんて」
「うん。身を引くのが一番だって事分かった方がいいんじゃない?」
いつまでも夜の美月の存在を出して揺さぶりをかけて美月の秘密がクラスなどにバレたら光輝の責任にもなると思って考えた。
『どうすればいいんだよ。出来る事なんて俺には・・・』
ブルブルと震え、手を少し開き、マスコットを見て、再び手を握りなおした。しかし、光輝にはお手上げ状態だった。
「みっちゃん。このまま言い続けていても切りが無いからさ。ここは一旦、認めてあげたら?」
小春が口を開いた。仕方ないという顔をしていた。
「はぁ!?コハちゃん。何、言ってんの?アイツの肩を持つわけ?」
「そうだよ。コハちゃん。みっちゃんの言うとおりやめさせた方がいいよ」
「そうそう。アイツを甘やかすと絶対良くない事になるに決まっている」
「ちょっと。ちょっとみんな良い?」
小春は、3人を集めて、ちょっと離れて話をしていた。
数分待たされ、自分が知らない計画が着々と練られているんだろうと思うと、心臓が割れそうだった。そしてようやく美月が光輝の前に近付いてきた。怒りなどは見られず、不気味な笑みを浮かべていた。何か悪い計画でも練っているように見えた。
「分かった。一応、あの子に会ってもいいって事にしてあげる」
「え?」
「さっきアンタが言っていたけど、あの子に嫌われたら諦めるってそれ本当でしょうね」
「それは、守るよ」
「絶対に守りなさいよ。絶対に」
「うん」
「ふん」
美月は気に入らないという顔をして3人を引き連れて帰っていく。小春は帰り際に軽くウインクしたように見えた。
「後でお礼を言わないといけないんだろうな」
何があったかは分からないがそれぐらいしないと罰が当たるだろうと思った。その直後、力が抜けてへたり込み、今回の事を思い出した。
『何にしても今は会える。会える。夜の美月ちゃんに会うことを認めさせたんだ・・・』
生まれて初めてこれほど嬉しい勝利はないと思えてきた。急に体が火照ってくるのを感じ、スッと立ち上がって歩き出した。立ち止まると、体が震えてきた。今まで味わった事がない感情の高ぶりであった。心臓がバクバクと今まで聞いたことが無いほど高鳴っていた。そのままでいたら体が爆発するんじゃないかと思った。
「わーーーーーーーーーーー!!」
だから、彼は、己の感情を発散する事にした。校庭の中に大声を上げながら走っていた。
「何だ?何だ?」
野球部やサッカー部が集団でランニングを始めていた所に入り、追い抜いて騒いでいた。それらを追い抜いた。始めてランニングで人を追い抜いて一番になる気分であった。だが、運動不足の彼にずっと1番を守りとおす事など出来わけがなく、集団に、10秒も経たず追い抜かれた。そしてへばりぜぇぜぇと荒い息を吐くだけであった。息が整ってから家に帰る事にした。体の震えはそれから半日ぐらい続き、興奮状態でしゃっくりのようにビクリと痙攣した。ちなみに一時の間であるが土曜の放課後に発狂した奴として学校中の噂になった。目立たず名前など覚えられてないから定着する事などなく目撃した人だけのネタとなるだけであるが。
日が暮れ、彼女のうちに行こうかと思ったが一応、勉強をやっているという事になっているのから試験後に会うことにした。その日はとんでもない事をしたと自分でも驚いているだけであった。
12月5日(日曜日)
期末テスト前日。家にいて勉強するがいつもと同じように身が入らないかと思っていたが普段とは少し違っていた。
「ノートぐらいは見直そうか?」
机の上には夜の美月が渡してくれた象のマスコットがあった。勉強に対して意欲的にさせることはなかったが勉強しなければならないという強迫観念に駆られ、少し長く机の前に縛りつかせられた。だが、教科書やノートを眺めていて集中力が切れ、ハッと我に返ったら絵を描いていたという事を繰り返してばかりで勉強をするという意味ではあまり意味がなかったのかもしれない。しかしながら普段より勉強をしているのは事実ではあった。
12月6日(月曜日)期末試験1日目
期末試験は4日間あって、1日3教科行い、最終日だけ2教科の計11教科である。学校に着けば『お前、自信があるか?』とか『お前、昨日、どれだけ勉強したか』と確認を取り、自分より友達の方が『自信がない』とか『勉強時間が少ない』という事を聞くと安心すると言う程度の低い自分に対する慰めをしているというおなじみの光景がどこでも見られる。
1日目は、世界史と科学と古語
マスコットは胸ポケットに入れていて、マスコットの効果を少し期待していたが、何故か答えが分かるとか何故か頭が冴えてくるなどという都合の良い効果はある訳がなかった。各教科が終わるごとに、再び友達とさっきと似たように出来はどうだったかの確認をする。それで全然ダメだったという答えを期待して聞いてくるわけだ。寄り道をせず帰ってノートを開く。そのような試験期間が2日続いて、3日目も終了し、家に帰った頃であった。
♪
『きぐるみ』の主題歌の着メロが流れる。取ろうとして画面を見て一瞬固まった。
『誰だろうか?』
見知らぬ番号であった。いたずら電話かと思いつつ一応、着信しているのだからと出る事にした。
「もしもし、倉石ですが」
「ああ!出た出た!あのさ。倉石君・・・だったっけ?急なんだけど」
聞き覚えがある声であったが誰か、ピンと来なかった。
「どちら様ですか?」
「ああ!私よ。私」
『新手の詐欺か?大体、犯行は男のはずだったが・・・だがワタシワタシ?女がやるってのはあまり・・・』
ニュースで自ら名乗らず『オレオレ』と言って、相手に名前を言わせてから名前の人間の振りをしてお金を振り込ませる事件を思い出した。だが、女性がやって来たというケースは聞いた事がなかった。
「私ではなくてどちら様でしょうか?」
「分かんないの?鈍いなぁ~。私よ。私。村川 小春。アンタが大好きな比留間 美月のい・と・こ!」
どこで周りに誰がいるのか分からないがあまり大きな声で言って欲しくなかった。
「ああ。で、でも、どうして俺の携帯の番号を知っているの?」
「それは、ヨミちゃんから聞いたに決まっているでしょ。それでさ。アンタ、明日、暇?」
「今のところ予定はないよ」
試験終了後はいつもの友達と遊ぶというのが決まっていた事であるが、その日言い出すことなので予定としては決まっていない。
「じゃぁ、遊園地行かない?勿論、ヨミちゃんも一緒なんだけど。」
何か嫌な予感がピンとして、ちょっと聞いてみた。
「どうして急に?」
「いいじゃないの!行きたくないの?昼間に行くんじゃなくて夜に行くんだよ!夜!」
「君も当然行くとして、他に誰か来るの?」
「別にそんな事いいじゃない!行くの?行かないの?」
確実に何か企んでいる感じがしたので答えに迷った。
「あっそ。行かないのなら行かなくてもいいよ。ヨミちゃん。楽しみにしているんだけどな~。倉石さん行かないんですかぁ?がっかりですぅ」
夜の美月の真似をしていて、口調だけ似せているだけで声音は殆ど似ておらず少しバカにされているような気がした。だが、それが本当なら拒否出来ない状況だろう。
「分かった。行くよ」
「それじゃ決まりね。集合場所は午後5時に虹の花パークの入り口前ね。ヨミちゃんは私が連れて行くからアンタは現地にいればいいよ。それじゃ、これから私、勉強だから。アンタはアンタで赤点回避頑張ってね~」
電話は切られた。それを知っているという事はとっくの昔に、日中の美月の口から夜の美月にも成績が悪い事は知られているだろう。ちなみに虹の花パークとは、彼らが住む町の最寄りの遊園地である。
「俺はハメられたのか?いや、ハメられていると言うよりは試されているのか?また昨日みたいに比留間の友達の女子集団を連れてくるとか?いや、そんな事をすれば今度こそ夜の美月ちゃんの事がバレる事になるよな。じゃぁ、両親を呼ぶとか?遊園地に両親と遊ぶか?」
恐らく日中の美月も噛んでいる事だろう。彼女達の目論見はまるで見えなかった。
12月10日(金曜日)
2教科が終わり、ようやく長かった期末試験が終わり、みんなのびのびとしていた。
「さてと今日はどこ行くか?」
「ごめん。俺、用事があるから、帰るよ」
「何だよ。折角の試験終了後だってのによ」
「じゃ、俺、急ぐから」
そう言って、家に帰って支度する。事前にネットで今日のイベントを公式ホームページで確認し、それから個人レベルのブログを調べる。多くの人が知らないような穴場的オススメを探していくわけだ。例えばこの店のアイスはオススメだとかこのアトラクションは比較的、並ばないとかいう情報である。そして自転車で現地に行く。時間は4時半。集合30分前で、まだ辺りは薄暗く、日は完全に落ちていないのだろう。
「今頃は朝の方と村川 小春との綿密なミーティングの最中かな?」
今度は何をして来るのかとドキドキしていると日は沈み、辺りは真っ暗となった。10分前ぐらいに1台のバイクが自分の脇を通り過ぎた。特に意識せず見送ると一人の若い男が降りてきた。二十歳前後だろうか?関係ないので無視していると更に近付いてきた。
「ええっと、君が倉石 光輝?」
「え?どうして俺の名前を?」
「それは、小春から聞いてたからさ。倉石 光輝って言う、苗字の通り暗くて冴えない見るからにオタっぽい奴が一緒だってよ」
「ええ?」
事態を飲み込めなかった。このようなまるで知らない男が沢山来るのかと恐ろしく思えてきた。何かとんでもない集団と一緒になるのではないかと少し青くなった。
「へぇ~。もしかして小春からWデートって聞いてる?」
「は?ダブル・・・デートぉぉ!?」
ただ一緒に遊ぶという事だったから『デート』などとは頭の片隅にも無かった。しかし、考えてみれば男女で遊ぶとなれば『デート』に該当するだろう。そのように意識すると心拍数が上がってくるのが分かった。その男から聞くと、小春のいとこである美月とその彼氏とWデートをしようという事でここにやって来たらしい。話を聞いているうちに少し冷静になってでやっと事態を把握した。
『そういう事か・・・比較対象を横に置くことで、夜の美月ちゃんに幻滅させる訳か・・・俺を貶める作戦。全く、いい作戦を思いつくもんだよ』
敵ながら天晴れとでも言うのか。憎らしいと言うより素直に誉めていた。身長は自分よりも高く、体も引き締まっていた。分厚いジャンパーにダメージジーンズ。ネックレスに指輪などの装飾品も身につけていた。普段なら、不良などの代名詞であるDQNなどと言うのだろうが、横に来られると自分が余計みすぼらしく思えた。ランニングで言ったら周回遅れにさせられているような心境。それほど遠く、追いつくどころか差を維持する事さえ難しいように思えた。
「来てたんだ。待ったぁ?」
「いや、今来た所」
「そ、そうそう。俺も」
「こ、こんばんは」
この男の存在に気付いてやや小春の後ろから控えめに美月が言うとその男は驚いて顎に手を当てて小刻みに頷きながら美月をつま先から頭まで見ていた。黒いニット帽をかぶり、コートから少し見える赤いチェックのスカートに長いソックスに革靴。外出時の私服を見たの初めてだったから光輝は非常に魅力的に映った。
「な、な、何か私、変でしょうか?」
美月が男の視線に戸惑っていた。
「え?この子がいとこの美月ちゃん?小春ぅ~。何でお前、こんなに可愛い子がいとこにいたのにどうして俺に紹介してくれなかったんだよ~!」
「だって、そういう反応をするから」
「この反応がどうだって言うんだよ。みんなを楽しませようとするテンションをあげている俺の粋な心遣いじゃないか。ちょっと理解示そうぜ~小春ぅ~」
小春は少し呆れていた。本当に、嫌という感じであった。それから、そのお調子者の紹介を受けた。諏訪 将介。大学1年で、光輝達よりも2学年上。昨年、当時高1だった小春が高3だった諏訪と出会って付き合いだしたのだそうだ。
「しかし、分からん!こんな可愛い子となんでこんなモヤシがいい関係なのかって事だ。どっちかって言うとアニメのフィギュアでも舐めたり、しゃぶったりしているもんじゃないのかぁ?」
「!!いやいや、そんな事はしませんよ」
なんとえぐるような発言を突然、美月の前でするのかというその神経を疑った。付き合っている小春の影響か、それとも小春が影響を受けたのか。それはともかく冷静を装い、軽く否定して、オタクに対しての世間の認識はそのようなものなのかもしれないと諦めていた。
「いいから、早く入ろうよ!時間はあまりないんだから」
「そうだな」
5時から園内に入るとナイト料金として1日券を買うより割安となる。閉園時間は20:00。その3時間を楽しまなければならない。と、言っても彼にとっては楽しむどころか常に試練だろうが・・・
諏訪が4枚分の券を買っている間に、小春が小声で話し掛けてきた。
「私の彼は、みっちゃんとは初対面で秘密知らないから、一緒に来られたわけよ」
「そうなんだ」
ならば、二つの人格についての接し方も使い分ける必要も無いから気楽だと思えた。
「でも、気をつけなさいよ。ヨミちゃんはアンタ以外の男の事なんて殆ど知らないから、凄くいいトコを見つけたらアンタから乗り換えるなんて簡単なんじゃないかなぁ」
「え?それって君の彼じゃ・・・」
小春はそれに対して微笑んでいた。余裕がある者の微笑とでも言うのだろうか?それはさておき、光輝はこの男を前にして安心しているわけにはいかないだろう。
「おい!そこの2人。何を話しているんだよ!実はそっちはそっちで出来上がっているのか?なら比留間さん。行こうか?こっちはこっちで」
「んな訳ないでしょ!こんな暗いのとなんてさ!!盛り下がるからもっと明るくしなさいってからかってやっただけよ!じゃ行こう!」
やれやれ。黙っているものだからいつでも都合よく悪者にされるのだなと思いながら3人に続く。4人は場内に入っていった。
虹の花パーク。バブル時代に作られ、毎日のように数千を超える客が園内に訪れていたが、ジェットコースターや観覧車など、開園当時は最先端のものを取り揃えていたが時が過ぎるにつれ、技術も規模も他の遊園地に追い抜かれていった。当然、客足は徐々に遠のき閉園も止む無しというところで起死回生の一手に出た。それが、着ぐるみショーだった。新しく大型アトラクションを設けるにはお金がかかりすぎる。そこで、着ぐるみを用いた小ぢんまりとしたショーを開いたのだった。
着ぐるみショーはどこのテーマパークでも子供向けにやっている事であるが、このテーマパークの物は一風変わっていた。メインキャラクターが『ドロッパ』というキツネなのだが、何にでも化けられるという特技があった。それにより、他のアニメのキャラクターに化けたという話の元、自由にそのキャラを演じさせたのだ。例えば、ゴリラ顔の敏腕スナイパーが鬼ごっこをやるような事があったり、空を飛び、壮絶な格闘戦をして宇宙を救ったようなヒーローが泣き虫だったりとキツネキャラたちをベースとした演目が行われたのだ。だから、同じ作品内で劇中では憎みあうキャラ同士が仲良くしていたり、別のアニメとの夢の共演を果たしたり、全員同じキャラに化けて、混沌としたステージを作り上げたりと、まさに自由。というより製作側が好き放題やっているような情況を呈していた。
そのアニメのジャンルは多岐に渡り、国民的アニメだろうが、ロボアニメだろうが、萌えアニメだろうが特撮だろうが、着ぐるみを扱っていればなんでもありである。それらが次々に動画サイトにアップされた。本来であれば著作権的に削除の対象であるが、運営側はわざと見過ごした。そのおかげで初めはオタクが盛り上がっているだけであったが、人気が出るにつれ何とDVDも発売したのだった。動画であるとやはりショーをそのまま録画したものになるから客の歓声、撮影状態などで入ってしまい純粋にショーが楽しめないがそのDVDはちゃんとしたスタジオで撮られていて画質高い為、その売れ行きが好評でメディアに紹介されたことが起爆剤となって多くの人々が訪れた。閉園を免れるまさに逆転ホームランと言える企画になったのだ。
ちなみに光輝も友達と一緒に見に来たこともあった。そのような同一の趣味の男達4人ではなく今回はまるで違うメンバー。何故こんなにも緊張しながら遊園地に入るのかと思っていた。入園して早々、光輝は驚くべき光景を目にした。虹の花パークのアトラクションやイベントに驚いたのではない。彼の前を歩く小春と諏訪だった。
『手をつないだ!?』
手をつなぐ事自体は大したことはない。光輝自身、『美月と手をつなげればいいな』などという妄想を度々しているぐらいだ。
『しかも、あんなに自然に!!』
2人は一緒に並んだかと思うとお互いを見ることもなくスッとさも当たり前のように手をつないだ事に衝撃を覚えたのだった。
『普通、アイコンタクトとかするもんじゃないか?それに、手をつないだ後もお互いを見ようとしない。手をつなぐ事は当たり前なのか?何なんだ。コレは。これが本当のリア充というものなのか?』
あまりにも距離的に近い二人をあまりにもかけ離れた視線を見送っていた。
『俺には無理だなぁ・・・』
一応、美月は横にいたが、光輝に手をつなぐ事など出来る訳もなく、一瞬だけ目が合ったが照れくさくなってちょっと笑って視線を外した。
「一番、最初は、無難なところでメリーゴーランドにすっか?」
何の変哲もないメリーゴーランド。木馬に乗ってグルグル周るだけだ。昔はそんな物など面白いわけがないと思っていたが、今はその印象を変えていた。
「ハイヨー!シルバー!」
馬に跨って立ち上がり、手を動かし、鞭を振るっているようだった。
「恥ずかしいからそういうのやめてって」
周囲の子供がこちらを見ていた。小春が呆れながらそのように言った。
「はいはい。やめますやめます。でもさ。シルバーって何だろうな?銀って事かな?」
「『ハイヨー。銀』っておかしいでしょ?」
前の2人が軽く夫婦漫才を言っている中、一方の光輝達はというと木馬の前に立っていた。
「乗れる?」
「はい」
すると美月は馬に跨ろうとせず、足を揃えて馬に腰掛けた。
「どうかしましたか?」
「いや、俺はどれに乗ろうかななんてさ」
美月の細かい事に愛らしいと思えた。光輝は隣の馬に跨った。動き出すベルが鳴ってメリーゴーランドが動き出した。
曲が鳴り始め、ずっとぐるぐる周っているだけだが、光輝には違った印象だった。
美月は最初、動き始めたのに戸惑って表情が硬かったが、次第になれて表情も柔らかくなっていった。
『何、コレ。ただ回っているだけなのにテンションが上がるぞ』
メリーゴーランドが止まり次のアトラクションへと向かう。
NEXT→→→→→→→→→2012.11.23
「会わないなんて事は嫌だ」
「はぁ?今更、嫌とか意味分かんないし!前、何も言わなかったじゃない!」
「あの時は、君が一方的に」
光輝が話している途中で美月がかぶせた。こちらからの発言をさせる前に畳み掛けるつもりなのだろう。
「だからって何も言ってこなかったじゃないの!不満があったらすぐに言うでしょ?でも、アンタは何も言ってこなかった。それって了承したって事じゃないの?それを今頃になって嫌だなんてさ。ちょっと虫が良すぎるんじゃないの?」
「あ、あの時はそれでいいかと思ったけど、い、今は違う」
「コロコロ気分を変えて、人を困らせる。本当、アンタ達オタクって男らしくなくて気持ち悪い。みんなもそう思うでしょ?」
皆から援護を求める美月。数で責められたら心が折れてしまうかもしれなかった。
「みっちゃんさ。今、倉石が会わないって言っていたけど誰の事?私達ならもう見ないって言うでしょ?」
「そうだよね。私も思った。その人って誰?」
「そ、それは・・・い、妹・・・そう。コイツ、私の妹に手を出そうとしているのよ!」
やはり友人達には夜の美月の事は勿論、約束について一切話していないようだった。美月は自分で言っていてそのように仕立て上げるつもりになっているようだった。
「妹って?みっちゃん。確か、一人っ子だって」
「い、妹・・・みたいなものよ。私より似ている年下のいとこの事。コハちゃんとは違うイトコ。ね?コハちゃん」
「そうそう。隠れて倉石と会っていたのよね。だから、もう会うのをやめなさいって」
急に小春に振って2人の友達に信用してもらう。光輝からすればそこを糸口に彼女に詰め寄る事も可能だったかもしれないが、機を逸してしまっていた。
「そうなんだ。だったらみっちゃんの言うとおりよ。倉石なんかが会ったらその子が可哀想」
「色んな人に迷惑がかかるって事、分かってんの?」
「倉石、どうするの?みんなからこう言われてもまだ言うの?もうハッキリしたら?」
「だけど、だけど、俺は夜の・・・」
「だから!何度も言っているでしょ!世間知らずのあの子に変な事を吹き込むのはやめてって言っているでしょ?」
こちらの言葉を大きな声を出して無理に遮った。明らかに不自然なぐらいだった。しかもさっきまで見下していた彼女が今は、空気読めよという風に怒りの視線に変わっていた。
「本人から嫌って言われたのなら俺も諦めるよ。けど、夜の」
「夜も昼もいつだって関係ないッ!アンタだって言われているんでしょ!両方から好かれないとダメだって!」
「両方?両方って何?」
美月自身、うっかり口を滑らせてしまい、美月はしまったという顔をして、その友達も流すような事はせずに目ざとく聞いてきた。
「姉みたいなものである私の許可がないとダメって事よ!」
慌てて軌道修正する美月。顔が赤くなっていてかなり必死だった。
「そうだね。女のみっちゃんがこんなに嫌がっているのに、ずっと続けるなんて」
「うん。身を引くのが一番だって事分かった方がいいんじゃない?」
いつまでも夜の美月の存在を出して揺さぶりをかけて美月の秘密がクラスなどにバレたら光輝の責任にもなると思って考えた。
『どうすればいいんだよ。出来る事なんて俺には・・・』
ブルブルと震え、手を少し開き、マスコットを見て、再び手を握りなおした。しかし、光輝にはお手上げ状態だった。
「みっちゃん。このまま言い続けていても切りが無いからさ。ここは一旦、認めてあげたら?」
小春が口を開いた。仕方ないという顔をしていた。
「はぁ!?コハちゃん。何、言ってんの?アイツの肩を持つわけ?」
「そうだよ。コハちゃん。みっちゃんの言うとおりやめさせた方がいいよ」
「そうそう。アイツを甘やかすと絶対良くない事になるに決まっている」
「ちょっと。ちょっとみんな良い?」
小春は、3人を集めて、ちょっと離れて話をしていた。
数分待たされ、自分が知らない計画が着々と練られているんだろうと思うと、心臓が割れそうだった。そしてようやく美月が光輝の前に近付いてきた。怒りなどは見られず、不気味な笑みを浮かべていた。何か悪い計画でも練っているように見えた。
「分かった。一応、あの子に会ってもいいって事にしてあげる」
「え?」
「さっきアンタが言っていたけど、あの子に嫌われたら諦めるってそれ本当でしょうね」
「それは、守るよ」
「絶対に守りなさいよ。絶対に」
「うん」
「ふん」
美月は気に入らないという顔をして3人を引き連れて帰っていく。小春は帰り際に軽くウインクしたように見えた。
「後でお礼を言わないといけないんだろうな」
何があったかは分からないがそれぐらいしないと罰が当たるだろうと思った。その直後、力が抜けてへたり込み、今回の事を思い出した。
『何にしても今は会える。会える。夜の美月ちゃんに会うことを認めさせたんだ・・・』
生まれて初めてこれほど嬉しい勝利はないと思えてきた。急に体が火照ってくるのを感じ、スッと立ち上がって歩き出した。立ち止まると、体が震えてきた。今まで味わった事がない感情の高ぶりであった。心臓がバクバクと今まで聞いたことが無いほど高鳴っていた。そのままでいたら体が爆発するんじゃないかと思った。
「わーーーーーーーーーーー!!」
だから、彼は、己の感情を発散する事にした。校庭の中に大声を上げながら走っていた。
「何だ?何だ?」
野球部やサッカー部が集団でランニングを始めていた所に入り、追い抜いて騒いでいた。それらを追い抜いた。始めてランニングで人を追い抜いて一番になる気分であった。だが、運動不足の彼にずっと1番を守りとおす事など出来わけがなく、集団に、10秒も経たず追い抜かれた。そしてへばりぜぇぜぇと荒い息を吐くだけであった。息が整ってから家に帰る事にした。体の震えはそれから半日ぐらい続き、興奮状態でしゃっくりのようにビクリと痙攣した。ちなみに一時の間であるが土曜の放課後に発狂した奴として学校中の噂になった。目立たず名前など覚えられてないから定着する事などなく目撃した人だけのネタとなるだけであるが。
日が暮れ、彼女のうちに行こうかと思ったが一応、勉強をやっているという事になっているのから試験後に会うことにした。その日はとんでもない事をしたと自分でも驚いているだけであった。
12月5日(日曜日)
期末テスト前日。家にいて勉強するがいつもと同じように身が入らないかと思っていたが普段とは少し違っていた。
「ノートぐらいは見直そうか?」
机の上には夜の美月が渡してくれた象のマスコットがあった。勉強に対して意欲的にさせることはなかったが勉強しなければならないという強迫観念に駆られ、少し長く机の前に縛りつかせられた。だが、教科書やノートを眺めていて集中力が切れ、ハッと我に返ったら絵を描いていたという事を繰り返してばかりで勉強をするという意味ではあまり意味がなかったのかもしれない。しかしながら普段より勉強をしているのは事実ではあった。
12月6日(月曜日)期末試験1日目
期末試験は4日間あって、1日3教科行い、最終日だけ2教科の計11教科である。学校に着けば『お前、自信があるか?』とか『お前、昨日、どれだけ勉強したか』と確認を取り、自分より友達の方が『自信がない』とか『勉強時間が少ない』という事を聞くと安心すると言う程度の低い自分に対する慰めをしているというおなじみの光景がどこでも見られる。
1日目は、世界史と科学と古語
マスコットは胸ポケットに入れていて、マスコットの効果を少し期待していたが、何故か答えが分かるとか何故か頭が冴えてくるなどという都合の良い効果はある訳がなかった。各教科が終わるごとに、再び友達とさっきと似たように出来はどうだったかの確認をする。それで全然ダメだったという答えを期待して聞いてくるわけだ。寄り道をせず帰ってノートを開く。そのような試験期間が2日続いて、3日目も終了し、家に帰った頃であった。
♪
『きぐるみ』の主題歌の着メロが流れる。取ろうとして画面を見て一瞬固まった。
『誰だろうか?』
見知らぬ番号であった。いたずら電話かと思いつつ一応、着信しているのだからと出る事にした。
「もしもし、倉石ですが」
「ああ!出た出た!あのさ。倉石君・・・だったっけ?急なんだけど」
聞き覚えがある声であったが誰か、ピンと来なかった。
「どちら様ですか?」
「ああ!私よ。私」
『新手の詐欺か?大体、犯行は男のはずだったが・・・だがワタシワタシ?女がやるってのはあまり・・・』
ニュースで自ら名乗らず『オレオレ』と言って、相手に名前を言わせてから名前の人間の振りをしてお金を振り込ませる事件を思い出した。だが、女性がやって来たというケースは聞いた事がなかった。
「私ではなくてどちら様でしょうか?」
「分かんないの?鈍いなぁ~。私よ。私。村川 小春。アンタが大好きな比留間 美月のい・と・こ!」
どこで周りに誰がいるのか分からないがあまり大きな声で言って欲しくなかった。
「ああ。で、でも、どうして俺の携帯の番号を知っているの?」
「それは、ヨミちゃんから聞いたに決まっているでしょ。それでさ。アンタ、明日、暇?」
「今のところ予定はないよ」
試験終了後はいつもの友達と遊ぶというのが決まっていた事であるが、その日言い出すことなので予定としては決まっていない。
「じゃぁ、遊園地行かない?勿論、ヨミちゃんも一緒なんだけど。」
何か嫌な予感がピンとして、ちょっと聞いてみた。
「どうして急に?」
「いいじゃないの!行きたくないの?昼間に行くんじゃなくて夜に行くんだよ!夜!」
「君も当然行くとして、他に誰か来るの?」
「別にそんな事いいじゃない!行くの?行かないの?」
確実に何か企んでいる感じがしたので答えに迷った。
「あっそ。行かないのなら行かなくてもいいよ。ヨミちゃん。楽しみにしているんだけどな~。倉石さん行かないんですかぁ?がっかりですぅ」
夜の美月の真似をしていて、口調だけ似せているだけで声音は殆ど似ておらず少しバカにされているような気がした。だが、それが本当なら拒否出来ない状況だろう。
「分かった。行くよ」
「それじゃ決まりね。集合場所は午後5時に虹の花パークの入り口前ね。ヨミちゃんは私が連れて行くからアンタは現地にいればいいよ。それじゃ、これから私、勉強だから。アンタはアンタで赤点回避頑張ってね~」
電話は切られた。それを知っているという事はとっくの昔に、日中の美月の口から夜の美月にも成績が悪い事は知られているだろう。ちなみに虹の花パークとは、彼らが住む町の最寄りの遊園地である。
「俺はハメられたのか?いや、ハメられていると言うよりは試されているのか?また昨日みたいに比留間の友達の女子集団を連れてくるとか?いや、そんな事をすれば今度こそ夜の美月ちゃんの事がバレる事になるよな。じゃぁ、両親を呼ぶとか?遊園地に両親と遊ぶか?」
恐らく日中の美月も噛んでいる事だろう。彼女達の目論見はまるで見えなかった。
12月10日(金曜日)
2教科が終わり、ようやく長かった期末試験が終わり、みんなのびのびとしていた。
「さてと今日はどこ行くか?」
「ごめん。俺、用事があるから、帰るよ」
「何だよ。折角の試験終了後だってのによ」
「じゃ、俺、急ぐから」
そう言って、家に帰って支度する。事前にネットで今日のイベントを公式ホームページで確認し、それから個人レベルのブログを調べる。多くの人が知らないような穴場的オススメを探していくわけだ。例えばこの店のアイスはオススメだとかこのアトラクションは比較的、並ばないとかいう情報である。そして自転車で現地に行く。時間は4時半。集合30分前で、まだ辺りは薄暗く、日は完全に落ちていないのだろう。
「今頃は朝の方と村川 小春との綿密なミーティングの最中かな?」
今度は何をして来るのかとドキドキしていると日は沈み、辺りは真っ暗となった。10分前ぐらいに1台のバイクが自分の脇を通り過ぎた。特に意識せず見送ると一人の若い男が降りてきた。二十歳前後だろうか?関係ないので無視していると更に近付いてきた。
「ええっと、君が倉石 光輝?」
「え?どうして俺の名前を?」
「それは、小春から聞いてたからさ。倉石 光輝って言う、苗字の通り暗くて冴えない見るからにオタっぽい奴が一緒だってよ」
「ええ?」
事態を飲み込めなかった。このようなまるで知らない男が沢山来るのかと恐ろしく思えてきた。何かとんでもない集団と一緒になるのではないかと少し青くなった。
「へぇ~。もしかして小春からWデートって聞いてる?」
「は?ダブル・・・デートぉぉ!?」
ただ一緒に遊ぶという事だったから『デート』などとは頭の片隅にも無かった。しかし、考えてみれば男女で遊ぶとなれば『デート』に該当するだろう。そのように意識すると心拍数が上がってくるのが分かった。その男から聞くと、小春のいとこである美月とその彼氏とWデートをしようという事でここにやって来たらしい。話を聞いているうちに少し冷静になってでやっと事態を把握した。
『そういう事か・・・比較対象を横に置くことで、夜の美月ちゃんに幻滅させる訳か・・・俺を貶める作戦。全く、いい作戦を思いつくもんだよ』
敵ながら天晴れとでも言うのか。憎らしいと言うより素直に誉めていた。身長は自分よりも高く、体も引き締まっていた。分厚いジャンパーにダメージジーンズ。ネックレスに指輪などの装飾品も身につけていた。普段なら、不良などの代名詞であるDQNなどと言うのだろうが、横に来られると自分が余計みすぼらしく思えた。ランニングで言ったら周回遅れにさせられているような心境。それほど遠く、追いつくどころか差を維持する事さえ難しいように思えた。
「来てたんだ。待ったぁ?」
「いや、今来た所」
「そ、そうそう。俺も」
「こ、こんばんは」
この男の存在に気付いてやや小春の後ろから控えめに美月が言うとその男は驚いて顎に手を当てて小刻みに頷きながら美月をつま先から頭まで見ていた。黒いニット帽をかぶり、コートから少し見える赤いチェックのスカートに長いソックスに革靴。外出時の私服を見たの初めてだったから光輝は非常に魅力的に映った。
「な、な、何か私、変でしょうか?」
美月が男の視線に戸惑っていた。
「え?この子がいとこの美月ちゃん?小春ぅ~。何でお前、こんなに可愛い子がいとこにいたのにどうして俺に紹介してくれなかったんだよ~!」
「だって、そういう反応をするから」
「この反応がどうだって言うんだよ。みんなを楽しませようとするテンションをあげている俺の粋な心遣いじゃないか。ちょっと理解示そうぜ~小春ぅ~」
小春は少し呆れていた。本当に、嫌という感じであった。それから、そのお調子者の紹介を受けた。諏訪 将介。大学1年で、光輝達よりも2学年上。昨年、当時高1だった小春が高3だった諏訪と出会って付き合いだしたのだそうだ。
「しかし、分からん!こんな可愛い子となんでこんなモヤシがいい関係なのかって事だ。どっちかって言うとアニメのフィギュアでも舐めたり、しゃぶったりしているもんじゃないのかぁ?」
「!!いやいや、そんな事はしませんよ」
なんとえぐるような発言を突然、美月の前でするのかというその神経を疑った。付き合っている小春の影響か、それとも小春が影響を受けたのか。それはともかく冷静を装い、軽く否定して、オタクに対しての世間の認識はそのようなものなのかもしれないと諦めていた。
「いいから、早く入ろうよ!時間はあまりないんだから」
「そうだな」
5時から園内に入るとナイト料金として1日券を買うより割安となる。閉園時間は20:00。その3時間を楽しまなければならない。と、言っても彼にとっては楽しむどころか常に試練だろうが・・・
諏訪が4枚分の券を買っている間に、小春が小声で話し掛けてきた。
「私の彼は、みっちゃんとは初対面で秘密知らないから、一緒に来られたわけよ」
「そうなんだ」
ならば、二つの人格についての接し方も使い分ける必要も無いから気楽だと思えた。
「でも、気をつけなさいよ。ヨミちゃんはアンタ以外の男の事なんて殆ど知らないから、凄くいいトコを見つけたらアンタから乗り換えるなんて簡単なんじゃないかなぁ」
「え?それって君の彼じゃ・・・」
小春はそれに対して微笑んでいた。余裕がある者の微笑とでも言うのだろうか?それはさておき、光輝はこの男を前にして安心しているわけにはいかないだろう。
「おい!そこの2人。何を話しているんだよ!実はそっちはそっちで出来上がっているのか?なら比留間さん。行こうか?こっちはこっちで」
「んな訳ないでしょ!こんな暗いのとなんてさ!!盛り下がるからもっと明るくしなさいってからかってやっただけよ!じゃ行こう!」
やれやれ。黙っているものだからいつでも都合よく悪者にされるのだなと思いながら3人に続く。4人は場内に入っていった。
虹の花パーク。バブル時代に作られ、毎日のように数千を超える客が園内に訪れていたが、ジェットコースターや観覧車など、開園当時は最先端のものを取り揃えていたが時が過ぎるにつれ、技術も規模も他の遊園地に追い抜かれていった。当然、客足は徐々に遠のき閉園も止む無しというところで起死回生の一手に出た。それが、着ぐるみショーだった。新しく大型アトラクションを設けるにはお金がかかりすぎる。そこで、着ぐるみを用いた小ぢんまりとしたショーを開いたのだった。
着ぐるみショーはどこのテーマパークでも子供向けにやっている事であるが、このテーマパークの物は一風変わっていた。メインキャラクターが『ドロッパ』というキツネなのだが、何にでも化けられるという特技があった。それにより、他のアニメのキャラクターに化けたという話の元、自由にそのキャラを演じさせたのだ。例えば、ゴリラ顔の敏腕スナイパーが鬼ごっこをやるような事があったり、空を飛び、壮絶な格闘戦をして宇宙を救ったようなヒーローが泣き虫だったりとキツネキャラたちをベースとした演目が行われたのだ。だから、同じ作品内で劇中では憎みあうキャラ同士が仲良くしていたり、別のアニメとの夢の共演を果たしたり、全員同じキャラに化けて、混沌としたステージを作り上げたりと、まさに自由。というより製作側が好き放題やっているような情況を呈していた。
そのアニメのジャンルは多岐に渡り、国民的アニメだろうが、ロボアニメだろうが、萌えアニメだろうが特撮だろうが、着ぐるみを扱っていればなんでもありである。それらが次々に動画サイトにアップされた。本来であれば著作権的に削除の対象であるが、運営側はわざと見過ごした。そのおかげで初めはオタクが盛り上がっているだけであったが、人気が出るにつれ何とDVDも発売したのだった。動画であるとやはりショーをそのまま録画したものになるから客の歓声、撮影状態などで入ってしまい純粋にショーが楽しめないがそのDVDはちゃんとしたスタジオで撮られていて画質高い為、その売れ行きが好評でメディアに紹介されたことが起爆剤となって多くの人々が訪れた。閉園を免れるまさに逆転ホームランと言える企画になったのだ。
ちなみに光輝も友達と一緒に見に来たこともあった。そのような同一の趣味の男達4人ではなく今回はまるで違うメンバー。何故こんなにも緊張しながら遊園地に入るのかと思っていた。入園して早々、光輝は驚くべき光景を目にした。虹の花パークのアトラクションやイベントに驚いたのではない。彼の前を歩く小春と諏訪だった。
『手をつないだ!?』
手をつなぐ事自体は大したことはない。光輝自身、『美月と手をつなげればいいな』などという妄想を度々しているぐらいだ。
『しかも、あんなに自然に!!』
2人は一緒に並んだかと思うとお互いを見ることもなくスッとさも当たり前のように手をつないだ事に衝撃を覚えたのだった。
『普通、アイコンタクトとかするもんじゃないか?それに、手をつないだ後もお互いを見ようとしない。手をつなぐ事は当たり前なのか?何なんだ。コレは。これが本当のリア充というものなのか?』
あまりにも距離的に近い二人をあまりにもかけ離れた視線を見送っていた。
『俺には無理だなぁ・・・』
一応、美月は横にいたが、光輝に手をつなぐ事など出来る訳もなく、一瞬だけ目が合ったが照れくさくなってちょっと笑って視線を外した。
「一番、最初は、無難なところでメリーゴーランドにすっか?」
何の変哲もないメリーゴーランド。木馬に乗ってグルグル周るだけだ。昔はそんな物など面白いわけがないと思っていたが、今はその印象を変えていた。
「ハイヨー!シルバー!」
馬に跨って立ち上がり、手を動かし、鞭を振るっているようだった。
「恥ずかしいからそういうのやめてって」
周囲の子供がこちらを見ていた。小春が呆れながらそのように言った。
「はいはい。やめますやめます。でもさ。シルバーって何だろうな?銀って事かな?」
「『ハイヨー。銀』っておかしいでしょ?」
前の2人が軽く夫婦漫才を言っている中、一方の光輝達はというと木馬の前に立っていた。
「乗れる?」
「はい」
すると美月は馬に跨ろうとせず、足を揃えて馬に腰掛けた。
「どうかしましたか?」
「いや、俺はどれに乗ろうかななんてさ」
美月の細かい事に愛らしいと思えた。光輝は隣の馬に跨った。動き出すベルが鳴ってメリーゴーランドが動き出した。
曲が鳴り始め、ずっとぐるぐる周っているだけだが、光輝には違った印象だった。
美月は最初、動き始めたのに戸惑って表情が硬かったが、次第になれて表情も柔らかくなっていった。
『何、コレ。ただ回っているだけなのにテンションが上がるぞ』
メリーゴーランドが止まり次のアトラクションへと向かう。
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