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小説『美月リバーシブル』を終えて

2013-01-18 18:45:33 | 美月リバーシブル (小説)
「美月リバーシブル」が終えて1週間が経過しました。
一応リスト化してみたのでここからな開きやすいでしょう。


「美月リバーシブル」第1回


「美月リバーシブル」第2回


「美月リバーシブル」第3回


「美月リバーシブル」第4回


「美月リバーシブル」第5回


「美月リバーシブル」第6回


「美月リバーシブル」第7回


「美月リバーシブル」第8回


「美月リバーシブル」第9回


「美月リバーシブル」第10回


「美月リバーシブル」第11回


「美月リバーシブル」第12回


「美月リバーシブル」第13回


「美月リバーシブル」第14回


「美月リバーシブル」第15回


「美月リバーシブル」第16回


「美月リバーシブル」第17回


「美月リバーシブル」第18回


「美月リバーシブル」第19回(最終回)



最後まで読んでもらえるとわかるとおり(と言っても読んだ人いないだろうが)登場人物の関係を考えれば

「え?ここで終わりなの?寧ろここから始まっていくんじゃないの?」

というような所で終わっている。
キリがいいからここで一端終了というところだ。
続きは現在、書いていない。
構想としてはこの後の展開は考えてあるけど、今のところ書くつもりはないって所だね。
絶対に書かないというわけではないけどまだ続くし、自分のモチベーションを維持できるかってのが大きい。

やっぱり恋愛ものってね。髭人には書くのはしんどいわ。
「小っ恥ずかしさ」「照れくささ」がMAXなんだよね。
書いていて顔が熱くなっているし(笑)
筆が進まん進まん(実際はキーボードだが)。

それは始めた以上仕方ないことではあるから別に良いのだが…
他に書きたいのもあるし…

だから、取り敢えず

「『美月リバーシブル』を読みたい!」

って読んだ人が全世界、いや全宇宙に1人でも要望を出せば書こうかなって思うわ。
ブログのコメント、Twitterでもいいし、出来る人ならテレパシーで髭人の心に直接問いかけても構わないし(笑)

それで期限は半年以内にしようかなぁ?
数年先になってから「書いて」って言われても

「え?『美月リバーシブル』?どんな奴がいたっけ?」

ってなるだろうからね。
思い出す作業から再開しなければならないw

ま、そんな人、半年とか関わらずいればいいねって所だわ。
さて、そういう所で「美月リバーシブル」関連の話題はこれにて終了!!

(小説)美月リバーシブル ~その19~(最終回)

2013-01-11 18:56:25 | 美月リバーシブル (小説)
眠ったのかどうなのか覚えていなかった。ベッドに横たわり時間が経ったという気しかしていなかった。
ドンドン
部屋の戸が叩かれる音がしていた。起き上がる気も声を出す気もなかったので無視していたがそれでも戸を叩く音はなりやまなかった。
「早く出てきなさい。お客さんが来ているよ」
母の声がした。
『うるせぇな・・・』
「いる事は分かっているんだから早く出てきなさい!」
「うるさい!今、誰にも会いたくない!」
「せっかく、女の子が来てくれたっていうのに」
『女の子?村上 小春か。何でうちを知っているんだ?ああ。住所は美月さん知っているんだもんな。アンタの軽率な行動で全ておしまいだと責めに来たのか?わざわざ・・・』
だったら尚更出たくなかった。もうこのまま何もかも自分が知らないところで過ぎ去ってしまえと思っていた。鍵はかけていたが合鍵はあるので開けられてしまった。
「わ!真っ暗!まだ明るいのに、雨戸まで閉めちゃって!」
母親は電気をつける。それだけでまぶしく感じる。もう光があるような場所にはいたくなかったから雨戸を閉めたのだが今の母親の言葉は引っかかった。
「まだ明るい?」
時計を見るとまだ3時ごろであった。
『まぁ、ぶたれたって事で夜の美月さんが来るわけないしな・・・幻滅しているだろうし』
「ホラ!お客さんが来ているんだから顔ぐらい見せなさい!アンタ、こんなの一生に一度あるかないかかもしれないんだから!」
そのように促されて玄関まで向かう。泣いて目が真っ赤だったがそんな事気にしていなかった。玄関に来るとあり得ない人がそこに立っていた。右手には包帯が巻かれていた。
美月だった。勿論、日中の美月である。母親がいなくなると微妙な顔をやめ何やら不服そうにしてこちらを見ていた。
「さっき、酷い事言ってごめん。じゃ、謝ったから私、帰る」
「ハッ?」
「だからごめんって謝りに来ただけ。だから私、帰る」
「謝るって。俺の方が酷い事をしたけど」
「アレは私が酷い事言ったから手を出したんでしょ。別に怒ってないよ」
という割にこちらを睨み付けて来ているので本心は怒っているのだろうという事は分かったが何故謝りに来たのかなどは分からなかった。
「じゃ、これで何もかもチャラだからね。それじゃ」
「え?ちょ、ちょっと・・・」
「来なくていいから。一人で帰れるから」
そのまま彼女は玄関を出て行った。それからすぐに母親がやってきた。
「何、やってんの!コウちゃん!早く彼女を追いなさい!」
「いや、何の事だかサッパリ分からないし・・・」
「こういう時、考えるより先に行動するの!彼女だって一緒に帰るのを待っているはずだから!腕を怪我している中、うちに来てくれるなんて普通ないよ!」
「本当かな。俺は、彼女に嫌われて」
「嫌われてる?だったら、それを今から確かめに行きなさいって言っているの!行かないとこれからずっと小遣いなし!」
「でも、今、来なくていいって」
「全く女心が分かってないねぇ!いいから行きなさい!!全速力!!」
玄関を出た。何が起こっているのかサッパリ分からない中。自転車に跨る。
「コウちゃん、酷い事って彼女に何かしたのかしらね」
母親に言われるや日中の美月を追う事になった。気持ちの整理はついていないし、彼女が来た理由も分からなかった。
『何もかも一編に起きているから何のことだか・・・』
彼女は歩いていたのですぐに追いついた。
「ちょっと待って」
「来ないでいい。今、一人で帰りたいし」
また断られた。いつもならここで怖気づいているところだが追いついたのだから何を言われようとこれから小遣いなし回避できたが、それよりも彼女が謝りに来た理由が気になった。
「ちょっとだけ話をさせてよ」
「だからもういいでしょ。アンタと一緒にいるところを見られたらみんなに何を言われるか・・・」
「それだったら妹だって言っちゃえばいいじゃない。だから少しだけ話をさせてよ。俺、全然、何が何だか分からないんだからさ。このままじゃ気になって夜も眠れないよ」
「だったら死ぬまでずっと起きてなさいよ」
悪態はつくが少なくとも、拒絶されているわけじゃないから一緒に歩く事にした。
「改めてごめん。痛かったでしょ?」
「勿論、痛かった。今も痛い。事故でのこの傷よりも更に痛い。超痛い。死ぬほど痛い」
「ごめん」
謝るにしても蒸し返したのは失敗だった。
「私はね。ただ父さんや母さんがアンタに謝ってきなさいって言ったの。だから来ただけ。そうじゃなければ誰がアンタのうちなんか・・・死んだって行きたくない」
死んだら来られないよというツッコミは入れようと思えなかった。
「美月さんのご両親が?」
「アンタね。まず、私のこと、名前で呼ぶのやめて」
「ごめん。比留間さんのご両親?」
「そうよ。手を出すのは悪い事だけど手を出させるような事を言うのはもっと悪いって」
「そ、そうかな?やっぱり手を出す方が悪いと思うけど」
自分で考えてみて手を出すほどの事だったかと冷静に思った。
「私も、そう思う。何を言っても手を出した方が悪い。ほら。疑問は解けたでしょ。もう帰りなさいよ。いたってしょうがないでしょ?」
「でも、一昨日の怪我もあるし、今日の事で重傷になっちゃったし、夕暮れも近いしさ」
「ふん。そうね。その方が夜の私に会えるからアンタにとっては好都合よね」
相変わらず嫌味を言う。だが拒絶されなかっただけでも幸いだった。
「だから違・・・もういいや。そう思いたければ思ってくれていいよ。ただ、俺は君に着いていくよ。もう嫌ってくれてもいいや」
「あっそ。もう怒るのも疲れるし痛いから勝手にすれば・・・」
半ば呆れと諦めが混ぜあった感情で言う。ちょっと根競べで勝ったと思えた。
だが、話題を作らなければならないが、5秒間の沈黙の後、彼女が喋った。
「話すこともないのなら着いていくなんて言わなきゃいいのに。重苦しいしキモイ」
「あ、ごめん」
「私に興味が無いんだからあの子のことでも聞けばいいのに。何が好物なのかとかどういう事をすれば喜んでくれるのかとかね。17年も一緒にやって来ているんだから色んな事知っているのに」
「そ、そういうのは本人から直接、聞くよ。うん」
確かに言われて見て聞きたいところだがここで聞くわけにもいかなかった。
「アンタさ。何で、あの子の事好きなの?」
小春の時もそうだったがまだ両者付き合うという事も確定する前に好きかどうか言われると妙にドキッとしてしまう。それに、顔は美月という事もあって心拍数が上がっているのが実感した。
「そ、そうだな。俺みたいなオタクを分け隔てなく接してくれたからかな?」
「へぇ。私は完全に対象外ね。良かった。本当に良かった」
「いや、そういう訳ではぁ・・・」
浅く否定しようとしたが彼女は構わず続ける。
「そういう事なら、普通に接してくれたら女の子なら誰でも好きになっちゃうんだ」
「いや、そう簡単じゃないけど」
「じゃぁ、他に何か理由があるの?」
尋問されているようだ。小春と同じようなパターンだった。みんなこういう物の聞き方が好きなのだろうか。
「俺に対して優しいところとか・・・」
「あの子は別にアンタだけ特別に優しいわけじゃないよ。誰にでも優しいよ」
「・・・」
「別に私がチクる訳じゃないんだから言っちゃえばいいのに。顔が好みでもいいし、性格が合うでもいいしさ。それにチクられたっていいじゃない。別にあの子に嘘を言うつもりもないし、というか、あの子、嘘言っても簡単に信じてくれないしさ。アンタのいう事ってさ。いつも当たり障りのない事ばかり。すっごい他人行儀。全然、アンタ自身がまるで見えないのよね。色々と隠しているのがバレバレだから気持ち悪いんだよね」
「それは、確かに・・・言えてる」
美月がいうように質問に対して何事にも無難な答えばかり言っていたような気がした。それは、相手に対して嫌われないようにという配慮があったからであったが同時に自分自身を見えづらくしているともいえた。
「あ。でも、怒っても殴らないでね」
「そんな事しないって」
美月は自分の左頬を指差した。
「本当、傷だらけ。足は痛むし、左手も痛いし、ここも痛い。今度殴られたら私、死んじゃうかもね」
『そんな事あるか』思いつつ反射的にごめんと言い掛けてやめようと思う自分がいた。
「本当、アンタ、つくづくダメだよねぇ。話していても全然楽しくないもの。何かこっちがイライラするだけでさ。普通、聞かれてばかりじゃなくて逆に聞くよね。さっき自分が夜の美月の事どこが好きなのか聞いたから、アッキーの所、どこが好きなのかとかってさ。話として自然な流れじゃない?」
「え?まぁ。うん。うん。」
何故、そこを気にしなければならないのかと思ったが話の腰を折るのも何だから頷いておいた。
「それを聞いて自分に出来そうなところがあればそれに対して努力出来るじゃない」
「成る程。それは言えてる」
言われてみて納得できた。関係無さそうな事でも吸収できる事はあるのだと感心した。
「何、完全にお勉強モード入ってんの。少しは自分のやっている事を恥じたらどうなの?」
「恥じる前に、本当、ためになるなって思ってさ」
「はぁ・・・ホント、疲れるなぁ・・・で、私に何か聞きたいことはないの?」
「じゃぁ、敢えて、一番聞きたい事を」
「何?」
「アイツのどこが好きなの?」
敢えて、例えに出された事を聞くことにした。一つの賭けであったが、聞いてみたかった。と言うより、他に聞きたい事を咄嗟に思いつかなかった。目を瞑り、完全に呆れ顔になってからため息を一つ吐く。
「そうね。アンタと違って私の事を想ってくれるし、アンタと違って話していて楽しいし、アンタと違ってスポーツマンだし、アンタと違って頭は悪くないし、アンタと違って元気だし、アンタと違ってオタクじゃないし、アンタと違って楽しいしそれからね・・・」
「『楽しい』?それってさっき」
「!?アンタと違ってそうやって人のミスを指摘して喜ばないし!」
慌てて追加する。ちょっと顔が赤くなっていた。それにしても、良く自分と比較するような内容を思いつくものだなと思う。
「それに何より、私に好きだって言ってくれるからね」
「!?」
当たり前の事であるが実際に言われているのだと思うと衝撃だった。
「アンタはどうせ、好きなあの子にだって言えないでしょ。言える訳ないよね。アンタだもん。ふふふっ」
図星過ぎた。軽く嘲笑された。
「全く、バカだよね。アンタってさ。女って直接的な言葉を待っているのにさぁ」
「へぇ。そうなの?」
「あたりま・・・いやいや、待ってない待ってない!あの子に限っては待ってない!普通の女なら嬉しいけど、あの子はそういうの大嫌いだから!気安くそういう言葉を口にするような軽薄な奴は大っ嫌い」
一瞬見せた失敗したという表情。その直後、話が早くなった。
「なぁ~んだ。そうなんだ。ためになるな~」
ちょっと空々しく言ってみた。
「そうよ。そう。私が言うんだから間違いない」
「ためになるな~」
「何、その嘘っぽい言い方。私のいう事を信じてないんでしょ?」
「信じているよ。一番、夜の比留間さんの事を知っている君が言うんだからさ」
「言い方が何かむかつく。ニヤついているし。何にも出来ないオタクのアンタの癖に。ちょっとした事でチクチクいやらしく突いてくるのが本当に嫌。粘着質」
罵倒されているのが慣れているから気にならなかった。それよりも必死に否定する美月が面白いと思った。普段と違う一面を見た気がした。
「本当、疲れた。アンタと一緒にいると疲れるわ。体中痛いのに」
「俺が代わってやれればいいんだけど」
「そうよ。この痛み全部肩代わりしなさいよ!全部アンタのせいなのに」
腕の怪我は違うんじゃないかと言いたかったがまたミスを指摘するなといわれるので黙った。
「それじゃ、もうここで良い。ここまで来れば少しで家だから」
後1分も経たないで彼女のうちである。
「分かったよ」
一応、夜、美月に会いに行く必要があるのだが、一旦、家に帰ったほうがいいだろう。
「バイバイ」
「あ、バイバイ」
彼女が手を振るのに対して光輝も手を振った。夜の美月とも手を振ったものだと思い返していた。
「あ!今のなし!今のなーーーーーし!今のなしだからね!本当に今のはなし!ちょっとしたミス!ただの事故!」
彼女はハッとしてそのように否定して家に向かって走っていった。足の方は大丈夫のようだと思ったがその直後
「え?あ?まさか、今の・・・デレ・・・来た?」
最後に余計なを考えた。
「非処女だけど・・・」
ここからまた別の何かの始まりなのかもしれない。


NEXT→→→→→→→→→??????????

(小説)美月リバーシブル ~その18~

2013-01-04 19:27:44 | 美月リバーシブル (小説)

2010年12月23日(木曜日)
イブ前日の午前中。
「お金をかけたプレゼントは出来ないよな」
所持金の乏しさから何か上げる事は出来ない。今の時間で出来る事と言ったら自分の能力で何かしてあげるしかない。胸を張って自慢できるようなものはないが特技といったら、デフォルメされた絵を描くぐらいだ。
「こういうのって詩をプレゼントしているみたいで、良く痛い奴認定されるんだよな」
以前、ネットのニュースで女性がプレゼントをもらって微妙なものランキングでオリジナルの『詩』というものが10位以内に載っていた事を思い出した。プレゼントと言えばバッグなど商品を期待している中、自分で作ったものであるからガッカリ感が増すのだろう。
「描くだけ描いてみようか。見せるかどうかは別にして」
目を瞑って夜の美月を頭の中でイメージする。
「やっぱダメだな・・・」
光輝はちゃんとした似顔絵が描けなかった。誕生日の絵だというのにデフォルメ絵という訳にはいかないと判断したのだ。元々光輝はリアルな顔を描くのは苦手だったのもあるが夜の美月を描こうとすると思い出すと頭の中で補正がかかってしまうのか納得がいく絵にならなかった。深呼吸をして心を落ち着かせる。
「あ、そうだ。前の遊園地のプリクラが・・・」
写真をそのまま模写するような形にすれば問題はないと思って、写真立てから取り出した。前にアニメキャラのカードが入っていた奴から替えたのだ。しかし、プリクラを見たものの、美月の表情がやや硬い。参考になりそうになかった。
「これはちと写りがイマイチだなぁ・・・なら、試しにデフォルメでやってみるか?」
一応、デフォルメした絵にしようとペンを取ったが、やはりペンが止まった。
「やっぱダメだなぁ・・・」
それが彼の人のデフォルメの手法はまず、頭にある3次元の顔を2次元に変換する。顔の特徴を強調して想像する。それから首から下を一旦切り取り、適切に手足や胴体を短く適切な形に変換した体を再び取り付けるといった事を想像で行う。
「美月さんをバラバラに出来ねぇ・・・それが出来ねぇ・・・」
自分が好きなキャラでは簡単にバラし、くみ上げる事は容易だったがどうしても夜の美月は出来なかった。だから無理にイメージなしに絵だけ描こうとするからバランスがおかしくなる。
「なら、日中の方ならいくらでも出来るのになぁ」
目を瞑り、簡単に手足をバラバラにしてくっつける。表情も強調して描く。アニメ絵といってもいい。
「やっぱりらっくらくだな。朝の方は簡単に出来ているのかな?それにしてもやっぱり目がキツイな」
イメージが先行するものだから今までの彼女とのコミュニケーションから受けたことで、視線がかなり厳しい。
「一応、日中の方は出来たから夜の美月ちゃんは最後に修正って事で何とかなるかな」
体は一緒なのだから目元だけ少し修正すればいいだけだろうと思って挑戦して見たがうまく行かなかった。
「同じ顔なのに何で夜の美月さんのほうは描けないんだ!」
それが目元なのか表情なのか分からなかったが何度描いても自分の中で納得がいかなかった。
「途中で取って変えようとするからおかしくなるのか。楽せず最初から書こうか?」
自分で描いた美月の絵はこちらを睨み付けていたり、あっかんべーと舌を出していたりしていた。彼の日中の美月に対するイメージが良く出ていた。

そんな事を繰り返していたら時間が過ぎて、夕方になっていた。
「やべぇ!いかないと」
今からいけば夜の美月のほうに入れ替わっている頃だろう。まだ痛むだろうと思って自転車の練習は中止にした。彼女の家を訪ねると、いつも通り入れてくれた。そこで早速思い切って彼女に言ってみることにした。
「あのさ。俺、前に色々と描いたけど、美月さんの似顔絵を書こうと思ってさ。それでちょっと写メを撮ろうと思うんだけどいいかな?」
「今から・・・ですか?」
「そう。本当なら、ここで見ながら描いた方がいいんだろうけど、何か照れるから家で描くつもりだからさ」
「は、はい。いいですよ」
美月に携帯を向ける。携帯の液晶に彼女の顔がいっぱいに映る。その液晶に映る彼女の目と自分の目があって鼓動が高鳴った。ちょっと携帯を移動して良いアングルを探った。携帯を向け彼女の周りをグルグルと周る。ちょっと彼女の表情が曇った。
「あ、笑って。笑って」
「ご、ごめんなさい。あまり写真を撮るって慣れて無くって」
「あ、そう?ごめんね。いや、でも、素敵な写真を撮ろうと思ってさ」
じっと顔の周りに携帯を向けられてしかも光輝が真面目な顔をしているという事で怖かったのかもしれない。ただ光輝自身は写メに集中しすぎていて美月の事は気付いていなかった。
「な、何だか緊張します」
「ごめんね。俺、写真撮るの下手でさ。あんまり人なんて撮らないからさ」
「普段はどんな写真を撮られるんですか?」
少し前までは買ったフィギュアの写メを撮って友達に送ったり、友達がコレを描いてくれと頼んだ絵をそのまま撮って送ったりしたこともあった。携帯のデータに入っているがすでにパスワードが設定できるフォルダの中に入っている。小春対策と言ったところだ。
「えっとね。景色ばかりだね。面白味がないよ」
一応、景色も撮るが先の画像を見つけられまいとするダミーみたいなものだ。
「でしたら、私を撮っても面白味なんてあるんでしょうか?」
「あるある。面白いよ。それに思い出にもなるしさ」
「そ、そうですか。でしたら、倉石さんも撮っていいですか?」
「ええ?俺なんかつまんないよ」
「面白いですよ。それに思い出になりますから」
ちょっとした彼女の微笑みながらの冗談にピーンと来た。
『来た!この位置、この角度だ。ヤバイ。美月ちゃんの上目遣い、マジヤバイ』
心臓を打ち抜かれるかのような衝撃であった。あまり直視していると心が飛んでいってしまいそうな気がした。
『しまった!思わず見とれてしまってシャッター切るの忘れた』
先ほどの天使の微笑みは薄れていく。ハッと我に返った頃には時既に遅く彼女の表情はいつも通りに戻ってしまった。
「今の表情良かったからさっきのもう一度お願い出来るかな?」
「え?さっきのというと?」
「俺の写真を撮るって言ってからの感じ」
「あ、はい」
彼女も意識してしまってか表情が少し強張ってしまう。先ほどの自然な表情を撮れなかった自分を呪った。ずっと最高の笑顔を待ち続けるのは無理だろうと思ったので妥協して良いと言って、写真を撮った。正面からは勿論の事、横顔や斜め上、下からなど、沢山のアングルだった。それから今度は彼女が自分の携帯を持って向けて何枚かパシャパシャと携帯電話から音がする。
「俺の顔なんて撮って面白い・・・かな?」
「光輝さんを様々な角度から見るっていうのは結構楽しいですよ」
「そう?携帯で写真撮られるのなんて初めてだからどういう顔をしたら分かんないんだよね」
「光輝さんはないんですか?」
「ちょっと友達同士でふざけて撮った事はあるけど、こう間近で携帯向けられるのはね。何か緊張する。だから、今の美月さんの気持ちが良く分かったよ。何かごめんね」
「気にしないで下さい。でも、私が撮るのはきっと下手ですよ」
「気にしない。気にしない」
「それじゃ、おあいこですね」
それから彼女が撮った画像を見る。
『我ながら表情、硬ッ』
先ほどの美月と同じく、強張っている印象だった。

「明日は晴れるといいですね。今日の予報では晴れるって言っていましたけど」
「晴れたら星が見えるもんね。星。星ぃ!?」
言っていて声が裏返った。
「星、どうかしましたか?」
「いやいや、ちょっと忘れていた事を思い出してね。大した事は無いんだよ。本当に」
『そうだよ。美月さんは星が好きなんだよな。それなら下手糞な似顔絵を描くよりは星座やキャラなんかを描いた方が良いだろう。全く、今頃思いつくなんて・・・』
それから良い時間になるまで話し続けて、帰る時は全速力で帰り、まずはネットで星図をコピーしてそれを写すように描き、線でつなぎ、オリオン座であればその横にデフォルメしたオリオンなどを書き加えていく。
『明日、夜までに間に合うかぁ?でも、俺、似顔絵を描くって言っちゃったけどな・・・サプライズって奴だ!似顔絵はまたいつかって事にしてしまおう』
時間との戦いだった。光輝の集中力は研ぎ澄まされていった。

12月24日(金曜日)
「時間的には厳しいな」
もっと早くに取り掛かるべきだったと思ったが、思いついたのが前日であれば厳しいと言えるだろう。星座全部を描いた上に絵を添えるのは不可能に近い。
ぐぅ・・・
焦りはあっても腹は減る。お菓子か何か腹に入れようと廊下に出た。
「うっ!さぶぅ」
その寒さに驚いた。部屋の中はエアコンで快適な温度に保っていたので体がギュッと締まる感じがした。お湯を沸かしてお茶漬けをつくり、昨日の夕飯のおかずで静かに食べた。早朝という事もあってまだ誰も起きてこない。
「適当なものを描くって訳にもいかないしな・・・はぁ・・・」
ネガティブに物を考え、気が滅入ってくる。体も衰弱しているからそのように考えるのかもしれない。
「だけど、やらなければこのままだから」
部屋に戻ると室内の温度が締まった体を緩ませる。椅子に座ってペンを握ったはいいがまどろんできてしまってそのまま眠ってしまった。

トゥルルルルル
「ハッ!俺、寝ていたのか!?今、何時?うおっ!」
部屋の置時計は10時を指していた。もはや、間に合わないと思って一瞬絶望したがそれよりも電話が鳴っているのに気付いて携帯を手に取った。
「美月ちゃんの家電?何の用だ?」
嫌な予感がした。日中の美月だからこれから大和田と勝負しろだとか言い出すのかと思った。バドミントンとか次のテストとか恐らく勝ち目の無い勝負をしてくるのだろうと思うとそれだけで滅入った。だが、その悪い予感は別の意味で裏切られる事となった。
「もしもし」
「ああ!倉石さん!あのね」
出たのは美月の母親であった。かなり慌てているようだった。電話に出て名乗らないぐらいだったので相当慌てているというのが分かった。
「どうかしたんですか?」
「みっちゃんが事故に遭ったっていうの!」
「え!?じ、事故ぉ!?大丈夫なんですか?」
「自転車で車と接触して転んだだけってみっちゃんが言っていたから大した事はないらしいんだけど」
本人が受け答えしているようであるのならば生死に関わるような大事故ではないと分かって少し安心した。
「今、中山病院にいるからすぐ行ってくれる?私はお父さんが会社からうちに戻ってから行く事にするから」
「え?ああ。俺がですか?」
咄嗟にそのような声が出てしまった。下手に行くと『何で来た!』と非難されると目に見えて分かっていたからだろう。
「そう!みんなに連絡してあげているの!あなたは行くの?行かないの?」
強めの口調で言われた。完全に自分の心を見透かされているようだった。明らかに印象を悪くしただろう。
「も、勿論、い、今から行きます」
「もう、いいわ。アミちゃんに嫌われているから行きたくないっていうのなら。大和田君にも言うつもりだし。アミちゃんってね。いつも強がっているけれどきっと本心は弱っていて、きっと誰かにそばにいて欲しいはずなのに」
呆れられて、受話器を切られた。失望したという心が声音から伝わってきた。大和田にも言うつもりという事は、先に電話をしてきたという事が分かった。
「だからってよ。俺が行ってどうなんだよ。俺が行ったって」
両親に良い印象を与える為には行く事が必須であったが、そのような気持ちで行くのは不純だと思った。きっと、日中の美月にも指摘されるだろう。そんなに両親の前で良い顔したいのかと。
「俺は・・・」
様々な考えが頭を巡る。だが、落ち着かずソワソワして仕方が無い。怪我の程度は本当に大した事ないのか、顔に怪我をしているのではないのかとすぐに大きくなっていった。
「誰が事故ったとか評価とかもういい。自分の目で確かめに行く!」
考えるのをやめて行動する事にした。まず、着替えて、病院に行く事にした。自転車のペダルに知らずと力が入る。
「おわっ!」
「ああっ!」
前でゆっくりと自転車を漕いでいたおばさんを右から追い抜こうとすると急に右に曲がって来てぶつかりそうになった。
「ごめんなさぁぁぁい!」
ここで自分も事故って怪我をしては笑い話でしかないと思いつつ、中山病院に急いだ。駐輪場に止めて、ダッシュで病院内に駆け込んだ。
「入院しているのか?だったら部屋は?ああ!何も聞いてねぇ!」
慌てて病院の受付に尋ねた。
「すみません。先ほど事故に遭って女子高生が運ばれてきた人がいると思うのですが何号室にいられるんですか?」
「何号室?病室に運ばれた人は今日はいなかったはずだけれど」
「良く調べてください!比留間 美月さんです」
「ひるま?ああ!比留間さんね。ああ。ご両親が来てくれるから待合室で待っているそうよ」
「待合室?病室では?」
「入院するほどの大怪我じゃないわよ。ちょっと手を捻ったぐらいで切り傷もないもの。運動神経が良いみたいで自転車で飛び退いて受身を取ったらしいのよ。でも、手を付き方が少し悪かったらしくてね。カワイイ顔をしていたから本当、顔に怪我なんてしなくて良かったわね」
「そうですか」
「あなた、彼氏?だったら早く行ってあげなさい」
初対面の看護婦さんに否定する必要も思ったので言われた待合室に行く事にした。病院内って事で走るという事はせず早歩きで歩いた。すると待合室に腰掛けている美月がいて、顔を出すやすぐに目が合った。誰かがお見舞いに来たと反射的に顔が明るくなったと思いきや光輝だと分かるや否や即座に眉間に皺を寄せ露骨に嫌な顔をした。
「あ!最っ悪!!」
第一声がそれだった。
「何しに来たの?って、どうせお母さんが電話して来たからノコノコ出てきたんでしょ?行ってくれって頼まれたから。本当、最悪。アンタせいで足を怪我して、ただでさえ痛いってのにアンタの顔を見たせいで余計、痛くなってきた。いたたたたたた。どうしてくれるの?」
口調は相変わらずである。それよりも本当に痛いからか更に棘棘していた。だが、嫌味が言えるのほど元気ならば心配するほどではないという事だけは分かって安心した。大和田がずっと愚痴を言われたというのが良く分かった。これで『アンタでも来てくれて嬉しい』などと言われたのならそっちの方が重傷だろう。
「どうしてくれるのかって言われてもね・・・一応、大丈夫か見に来ただけだから」
「見に来ただけ?じゃぁ、もう見たでしょ?ホラ。早く帰りなさいよ。本当、最悪。今日はイブだってのに怪我をして、その上、この世でいっちばん見たくない奴が一番最初に会いに来てさ。人生始まって一番最悪のイブよ」
『一番最初』『一番最悪』というのは重ね言葉なのだが、そのような事を言っていられないほど彼女は言葉を続ける。痛みや今までの鬱憤などを言葉に変換しているが如く。
「大体、アンタが気になるのは私よりも夜のほうでしょ?だったらお母さんに怪我の程度を聞いてそれでおしまいで良かったじゃない。夜の方が無事ならいいかってさ。態々、病院まで来てバッカじゃないの。暇人。何?私が感動して来てくれてありがとうとか見直したとでも言ってアンタの印象が良くなるとでも思ったわけ?そんな訳ないじゃない。アンタなんてただのオタクの癖に。見舞いに来たっていうよりストーカーよね。付きまとってさ。本当キモイ」
罵詈雑言をぶちまける。そこまで言われなければならないのかと思いつつも苦笑いして聞いているしかなかった。彼女はまだやめず、ここぞとばかりに光輝にぶつける。
「何やってもダメだよね。私の倍も時間があるアンタは頭が悪いし運動神経も鈍いし、私ら女と話もロクに出来ないで同じような人達で集まってボソボソと教室の端っこでアニメの話なんかニヤニヤしながらしていてだから相手にされないどころかどんどん嫌われていくのよ。キモイってね!自分で変えようという努力もしないで運命でも待っているかのようにボーッとしているだけでさ。そんなの時間の無駄なのに・・・」
ここまで来たら美月が喋るのを飽きるまで待つだけであった。
「これだけ言われて黙っているだけなんて私の言っている事、全部、図星なんでしょ。大体分かるよ。アンタの考えている事なんてね。だから本音としては私が事故に遭って清々しているんじゃない?いつも生意気で嫌いな方の美月が事故にあった。いい気味だってね。実は怪我の程度を見に来てガッカリ来ているんじゃないの?こんなもんかよってさ」
「そんな風には思ってないよ」
そこは聞き流すのではなく否定しておかなければならなかった。
「それはそうよね。夜の私に大怪我されたら困るもの。もし事故で私の精神が無くなってしまうのならそっちの方がいいと思っている癖に。これからずっと1日中、夜の私でいるのならそっちの方がいいって。ほら、そう言ってみなさいよ。怒らないからさ」
美月の一方的な決め付けに心がざわついてきた。
「だからそんな風には」
「男らしくないね。言っちゃいなさいよ。私の心なんて今すぐ、消えてなくなった方が良いってさ。それでずっと大人しい夜の私をひとりじ」
パァン!
待合室に甲高い音が飛んだ。
「そこまで俺は腐って!?」
言いかけて体が硬直した。プルプルと震えた。手のひらをゆっくりと返してみたがそこには何もある訳がなかったが指先にほんのりと温かい感覚が少しだけ残っていた。それから美月の方を見ると彼女は顔に手を当て、何が起こったのか分からないというような顔をしていた。
「ご、ごめん!マジでゴメン!今のは何か拍子で・・・」
頭はすぐに冷え切っていて、冷静さを取り戻していた。自分が何をしたのかも理解した。
「帰って!」
光輝の言葉でようやく美月は我に返ったようで、第一声がそれだった。
「だから今のは故意にじゃなくて反射的に出ちゃって。マジでゴメン」
「もう二度と見たくない。女に暴力を振るうなんて最低中の最低よ。ここまで最低だと思わなかった。ホラ!何、今も立ってんの!早く消えてよ!死んじゃえ!」
「ぐっ・・・分かった。ごめん」
彼女は、自分の財布を投げてきた。自分でも動揺して半ばパニック状態になっていたが彼女がいなくなれと言っているので立ち去るしかなかった。肩を落とし、呆然と一点を見ながら歩き続けていた。どこへともなく歩いていた。病院の廊下にあった観葉植物に肩をぶつけた。
「終わったな・・・何もかも・・・」
「兄ちゃん、顔が真っ青だが大丈夫かい?」
点滴をしながら歩いているパジャマ姿の病人のオッサンに言われたが、彼は気がつく余裕がなかった。
「何か今にも死にそうな顔をしていたしな。大丈夫かぁ?」
そのオッサンは自分のことよりも心配していた。光輝は駐輪場に行って自転車を跨ぐが鍵をしているのを忘れて全然進まなかった。ようやく気がついて鍵を取ってペダルを漕ぐがフラフラしていてまるで酔っているかのようだった。自転車に乗っている時の事は殆ど覚えてなかった。そのまま何事もなく家に帰れたのは幸運というほか無かった。
「コウちゃん。お帰り。さっきは飛び出していったけど何かあったの?」
「はぁ・・・」
母親の言葉にまるで聞かずそのままベッドで横になった。もう何もかもどうでも良くなっていた。後の事は何も考えられなかった。ただ今までの積み重ねは終わったのだと繰り返しうわ言を呟き続けていた。目を瞑ると全て夜の美月の笑顔のみが蘇ってきてそれらが暗黒の中に吸い込まれていった。後には何も残っていない。
「くそ。何、やっちまったんだよ。俺。俺は人に手を出すなんて事はガキの頃に喧嘩した時にあったぐらいだったってのに。何で・・・」
一気に自分の昔を思い出していた。その時、思い当たることがあった。
3歳だったか4歳ぐらいだった幼い時のある日。両親はいつも仲がいいのだがその日は母が一方的に喋り捲っていた。父は目を瞑り、腕を組み微動だにしなかった。それでも母は話し続けると父は母の頬を引っぱたいたのだ。その時、普段温厚な父が一瞬だけ見せた変化した父の鬼のような表情は頭の中に離れなかった。父は言った。
「何故、お前は素直にごめんなさいと言えないのだ!」
言ってすぐ、自分が行った事を気付いたのか父は母に土下座して謝っていた。母は泣きながら父を責め続けた。
「こんな暴力夫とは一緒にいられない」
と、母が言って荷物をまとめ出した時、父はそれでも土下座を続けていた。母の意思は変わらず家を出ようとしているときに、何かあったような気がした。その時の事は覚えていない。覚えているのはその後、母は大泣きして、父に謝っていたという事だ。
父も母もその事を許しあったようでそれから今でも仲良く続いている。
『俺が、引っぱたいたのは父譲りか。脳の中に鮮烈に記憶されていたんだろうな。言われまくってリミッターを超えるとこのように行動してしまうって。こういうのを血は争えないって言うんだろうな』
冷静になんて考えたところで何の解決にもなっていなかった。ただ涙が出た。


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(小説)美月リバーシブル ~その17~

2012-12-28 18:50:56 | 美月リバーシブル (小説)
2010年12月22日(水曜日)
この日は終業式であったので、何日かぶりに学校に向かった。冬休みは自転車で遠くまで行って出来る事なら一緒に初日の出を見たいと思ってハッとした。
「ああ。夜の美月さんは日の出には人格が違ってしまうんだった。じゃぁ見られるとしたら今年最後の終(しゅう)日の入り?って、日没後に人格が変わるだから、その時も朝の方か・・・」
学校に着くと、他の友人オタ3人組は近寄るなオーラを全開にして、彼を遠ざけた。
「だからと言ってあっち組に入れるわけもなく・・・」
男同士でアニメの話をしているどんよりと淀んだ空気を発する3人組とは対照的でもある男女仲良く話をしているグループ内に入れるわけもない。
『学校生活。別れるまではこんな感じなのか?俺って』
そこへ、美月が少し遅めに入ってくるとすぐに男女グループが騒ぎ始めた。
「どうしたの?みっちゃん!」
「ちょっと昨日、はしゃいでいたら転んじゃってさ」
美月が登場するのだが彼女の脛には包帯が巻かれていた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫。大丈夫。ちょっと捻っただけだから。お父さんったら松葉杖持っていくか?なんて慌てちゃって面白かったし、歩くぐらいなら問題ないからみんな気にしないで」
美月はチラッとこちらを睨み付けて来て一瞬だけ目が合った。光輝は申し訳無さそうな顔をすると美月の方からプイッと顔をそらした。美月はすぐに周りの友人達と合わせて話し始めた。
『お前の所為だと言わんばかりだなぁ・・・』
松葉杖の件を聞く限り、美月の両親は相当心配しているように思えた。夜の美月の態度を見る限り大丈夫だと思って何もいわずに帰ってきてしまったのはまずかったかと思えた。そして・・・
『いくら人格が違うとは言っても、同じ顔で睨まれると精神的に来るな・・・特に今回は』
ホームルームを終えると、校庭で校長からのお話がある。全員、外に移動しようと廊下に出ると前に美月がいた。しまったと思う。すぐに声をかけられた。
「全く。どうしてくれんの?アンタのせいで足が痛くて痛くて仕方ないじゃない」
「ご、ごめん」
それ以外に言葉は見つからなかった。
「やる事全部、下手よねぇ」
「・・・。ごめん」
「ああ~。足が痛い。それにしてもあの子は自転車に乗らなくたっていいの。その所為で怪我なんかされたらこっちが迷惑よ」
乗らなくてもいいという言葉は引っかかったが、まずは謝る事に専念する。
「ごめん。ごめん。本当にごめん」
彼女が黙るまで謝るしかないが、今の彼女の言葉は光輝には少し引っかかった。
「自転車に乗れるようになったからと言ってどうするのかしらねぇ。行く場所なんてないのに。あ、そういう事。自分のうちに来てほしいって事であの子に自転車の乗り方を教えてんでしょ。どーせ、アンタの考える事なんて下心しかないもんねぇ」
自分の事がいくら言われても構わなかった。だが・・・
「別にそういう訳でもないけど・・・で、でも、彼女の気持ちを思ってあげてもいいんじゃないかな?」
「はぁ?アンタが口出せる立場だと思ってんの?赤の他人の癖に」
「それは・・・」
「あ~。足が痛い。校庭に行くまでの間に足が折れちゃったらどうするのかしらねぇ」
「お前、そんなに悪いのか?」
「あ。アッキー」
大和田がそこで現れた。どこから話を聞いていたのかは知らない。明人という名前だから『アッキー』というあだ名というのはおおよそ想像がつく。
「そんなに辛いなら辛いってさ。ほい」
大和田は美月の前で背を向けてしゃがみ込む。負ぶされという事のようだ。
「だ、大丈夫だって。そこまでしなくたって少し痛むだけで歩けるって」
「今、足が折れそうだって言っていただろ?足だってそんな包帯巻いているし、無理すんなよ」
「それは言葉の綾よ。ホラ」
美月はピョンピョンとジャンプしてみせた。
「だから無理すんなって。それで悪化なんかしたって元も子もないだろう」
「う、うん」
美月は渋々、おんぶされていった。流石の美月も恥ずかしいのか背中で縮こまっていたのが印象的ではあったが見えなくなりそうな所でこちらを睨んでいった。
『はぁ・・・おんぶされて何故に俺を睨むんだよ。それはそうとやっぱり夜の美月さん。相当な無理をしていたんだな。それに気付いてあげられなかった』
外に出て、並んで校長の話を聞く。大抵、くどくどと長話になるものだが、ここの校長は手短に済ませた。ただ単に校長自身、寒い中、話すのが嫌なのだろう。それから再び、教室に戻るのだがそこでも、美月はおんぶされながら教室に戻っていった。周囲で見守る生徒達も『見せ付けてくれるね』などと冷やかしの言葉を入れていた。
「さて、通知表を配るわけだが、その前に、まぁ何年も長期の休みを経験している君達だ。自分達が未成年で学生であるという自覚は忘れぬように。例えば飲酒したりとか無免許で車に乗ったりなど法律に反するような行為を軽はずみな気持ちするなよ。この中で既に自動車免許を持っている奴もいるだろう。それで事故でも起こせば、即ネット上で嘲笑の種になる。『ざまぁみろ』『他人の不幸で飯が旨い』などと罵詈雑言が飛び交う事になる。そういうのを書き込む連中は人の若さに嫉妬する奴、自分達が何もせずパッとせずゴミみたいな青春を送って来たようなどうしようもない奴らばかりだ。そんな奴らを喜ばせるような事はするな。分かったか?」
「はーい」
「車に乗っても、調子に乗らず運転しろ。車は人を殺すし、乗り手も簡単に殺せる乗り物だからな。それと、ネットでそんな事を書き込みたくなるようなちっぽけな人間にならんように。案外、同級生が書き込んでいる可能性もあるからな」
そのような年長者からの忠告を担任がした。普段、遊んでいる連中が、岸達や自分をチラッと見てきた。その中に美月も含まれていた。
『こっちは書き込む方かもしれないけどこっちを見てくる君らは書き込まれる方だろ』
そのように思っていると通知表が配られ始めた。受け取った光輝は恐る恐る通知表を広げた。
『相変わらずだ・・・出来るに○が付いていたあの頃に戻りたいよ』
小学生の時のような項目が並び○での評価ではなく5段階の数字評価であるが、補習をやった為ギリギリという状態であった。1度見てそっと静かにカバンにしまった。
帰り際、廊下に出ると大和田が待っていた。
「よう」
「何かな?」
嫌な予感が頭を過ぎった。付き合えなどと言われて人気が無いようなところに呼び出されてというような学園アニメにありそうな展開を思い出した。
「今から、帰るんだろ?話がある。と言っても時間はかけねぇから歩きながら聞いてくれ」
意外だった。歩きながら彼は話しかけてきた。
「明後日はイブだったな。本来であれば俺が夜の美月に会えるが逆にしないか?」
「へ!?」
美月の怪我の事を責められると思いきやまるで別の事を言われたので驚いてしまった。
「だって俺だってイブに朝の方の美月に会えないんだぜ。ここは逆にしようぜ」
一応、そのような約束にしていた。大和田は日中の美月とは毎日会っているものだと思っていた。日中の美月と全く会っていない光輝の思い込みだった。しかし、こちらが会ってないと言うのにちゃんと約束を守る律儀さには軽く恐れ入った。
「そうだね。うん。名案。そうしよう」
スポーツマンとは言えこの潔さは異常だという風に思えた。マンガやアニメなどに出てくる誰からも憧れられる主人公はこういう風に輝いているのだろうなとちょっと彼がまぶしく感じた。
「別にお前に貸しを作った訳ではねぇぞ。お互いに利益があるほうを選択した方が良いからな。じゃ、お前も上手くやれよ」
この心の余裕は何かと思った。もはや眼中にさえないというのだろうか?
「そんじゃな」
「ちょっとさ」
光輝は思わず大和田を引き止めた。
「あ?何だよ。忙しいんだよ俺は」
「比留間さんを怪我させた事について何か言いたい事はないの?」
態々、掘り起こすんじゃねぇと怒られるかもしれないだろうがこれは避けて通ってはいけないと思ったから聞いた。
「別にねぇよ。お前自身、故意に怪我させた訳じゃねぇんだろ?自転車の練習で転ぶのは当たり前だろ?俺がやったって怪我させてしまったかもしれないしな。その点ではちょっとした捻挫だったのは運が良かったのかもしれねぇ」
この男は自分と同い年なのにどれほど人として大人なのかと呆れた。
「凄いな。俺なら嫌味の一つでも言っていたと思うのに」
「そりゃ、俺だって最初は話を聞いてむかついた。軽く殴ってやろうかと思っていたんだぜ。でも、さっきよ。アイツからお前に対しての愚痴を嫌と言う程、聞かされたよ。バカとかアホとか、それはもう酷いのったら。それを聞いていたら俺の怒りも失せたんだよ。それに本人も至って生き生きと陰口言っているんだからな。あ、こりゃ元気だってな」
生き生きと陰口を言うというのもなんともおかしな話ではある。それから彼は一言言って、練習に向かっていった。
『本人には許されていないけど謝った事は謝った。だけど、両親にも謝るべきだったんだよな』
大した事はないからとそのまま返したのが間違いだった。だから、美月のうちに電話をかけさせた。放課後間もないから日中の美月は帰っておらず、母親が出た。
「珍しいわね。こんな時間に倉石君からうちに電話をかけてくるなんて」
「美月さんではなくご両親とお話したい事がありましてので今、電話をかけたんです」
「私達に?何か重大な話なの?」
「はい。昨日、美月さんを怪我させてしまった事についてです」
「ああ。そのことね。気にする事なんてない。ない。包帯なんてしていたけど、本当はみんなから気を引きたいだけだったはずだから」
「ですが・・・」
「そうね。それだけじゃあなたの気が済まないっていうのなら・・・今日の夜いらっしゃい」
「今日の夜は、ダメなんですよ」
「知っている。大和田君との約束でしょ?ヨミちゃんに会うのがダメって言うだけで私達ともダメって事はないでしょ」
確かに、会う対象は美月のみだから、両親に制限はない。だが同じ屋根の下に1人の少女を巡って男が二人。しかも別々の部屋にいて、異なることをしている。その状況はあまりにも異常である。
「それはダメではありませんけど」
「それともあなた自身の都合?」
「いえ・・・」
「なら、今日いらっしゃいよ。気持ちが乗らないのなら別の機会でもいいけれど、早いほうがいいと思うよ」
「いえ、今日行きます」
「分かった。じゃ、待っているわ」
父親が帰ってきているであろう『20:00』に行くという事を伝え、電話を切った。完全に、手のひらの上で弄ばれていると感じた。こんなにも扱いやすくていいのかと自分自身に危機感を覚えた。
「おばさんの方はあまり気にしてないようだけどおじさんの方はご立腹かもしれないしな。『うちの愛娘をよくも傷物にしてくれたなぁ!』とか・・・土下座も考えておかないとなぁ」
光輝は傷物の意味を履き違えていた。19:30ぐらいに家を出た。手ぶらである事を不安にさせた。花でも買っていこうかと思ったがお金はない。親に小遣いを前借しようとすれば理由を聞かれる。それで美月が怪我をさせたなどという事を言えば、両親も出て行く大事になってしまうのでいえなかった。それを言わずに前借をするのはバレてしまうのではないかという事で言わせなかった。
美月の家の前に立つ。いつもとは違うオーラに包まれているように見えてしまう。
『何でこんな事になっているんだろうか。俺』
インターホンを押すのが躊躇われるが近くを人が歩いてきたのであまり家を見つめていると不審者扱いされると思って押した。
「はい。倉石君ね。いらっしゃい。お父さんも帰っているから入って」
ドアを開けると、美月がいて招いてくれた。大和田のものらしき靴はなかった。
「倉石さん。こんばんは」
「こんばんは」
「それじゃ、倉石君はこっちね。みっちゃんは部屋にいなさいね。そうそう倉石君、今日は大和田君忙しいから来られないんですって。良かったね」
「そ、そうですかねぇ?」
隣の部屋でいちゃついていたらどうしようなどと少し考えていたので良かったと思ったが、横の部屋で両親と会っている中、いちゃつける奴などいるわけがないだろう。こちらを見送る美月はとても心配そうな顔をしていた。力なく笑顔を送る。それで居間の方にいくとボスとも言える父親がソファに腰掛けて足を軽く震わせていた。貧乏揺すりという奴だ。イラついているのかと少し引いてしまう。
「いらっしゃい。用件は母さんから聞いているが、君の口から聞こう」
「ええっと、この度は・・・」
考えていた口上を言おうとしたら父親に止められた。
「ちょっと・・・、取り敢えず座ろうか?」
相手を見下ろしているような状態で、謝罪するのは論外というものだろう。謝って座る。美月の母親はどうぞと言ってテーブルにお茶を出してくれた。ただ、声を殺すようにして笑っているように見えた。
「この度は、美月さんを怪我させてしまい、申し訳なく思い・・・参上仕ったわけです」
一瞬、何をいっていのか飛んでしまい、仕る(つかまつる)などと外れた事を言ってしまった。
「本当、今回の事はすみませんでした!」
深々と頭を下げた。それで怒っているようなら土下座をするつもりだった。
「うん。気持ちは分かったから頭を上げてくれ」
「それでは、許していただけるのですか?」
「許すという事はないね」
真顔で激怒されているのかと思うと体がガタガタと震えた。一体どんな事を言ってくるのか、最悪もう会うななどと言ってくるのではないかと一瞬で顔が青くなり血の気が引いた。
「許すとか許さないとか言う以前の問題だよ。そもそも怒ってないのだからね」
「え?」
「自転車の練習で怪我は付き物だ。気にする事はないよ。多分、朝美月が痛い痛いって騒いだからこそ君も悪気を感じて私に謝たんだろう?」
「そ、そういうわけではありませんけど」
美月の事も自分の事も良く分かっている人だと思った。
「本当かい?それはそうとこの用件がもう済んだからといってこのまま帰ってもらうのも何だから少しばかり話でもしようか?」
気にしてないのなら一刻も早くここから立ち去りたいところだったが先手を打たれた。
「本当の所、君には謝ってもらうどころかこちらから感謝しなければならないと思っていたんだよ。夜美月は、どうも、控えめが過ぎてね。自分が何かの登場人物の1つじゃないかと思わせるような素振りがあってね。『どうせ』とか『私なんて』という言葉が目立っていたんだが、君と会ってからは以前よりは積極的になってきたんだよ。目に見えて分かる変化だったよ。いくら大事な娘と言ってもいつまでも私達の手元において置けないからね。本音を言えば寂しいが・・・」
「は、はぁ」
どうリアクションをしていいか迷った。こういう父親トークに対して笑うのは変だし、同意するのもおかしい。とりあえず真剣な顔をして小さく頷く。
「だから、君には夜美月が自転車に乗れるようになるまで責任を持って最後まで面倒を見てもらいたいんだ。出来るかい?」
「今度は美月さんを決して転ばせないようにしっかりと見守ります」
「ほう。大した自信だ。だが、人がやる事に対して『決して』なんて事はあり得ない。そばにいても君の手から離れる可能性もある。それでもし転んだらどうする?」
「そ、それは・・・」
「だったら、無理な事を言わない。相手からつまらない事で足元を掬われるぞ。『頑張ります』ぐらいでいいんだ」
「はい。頑張ります」
「それで良い。それで夜美月はいいが、朝美月はどうだい?」
父親から最も突いて欲しくない所だったが、決して避けては通れない道だろう。
「あまり快く思われていないようです」
「だろうな。話をするたびに君の愚痴を良く聞かされる。耳にタコが出来るぐらい。例えば、もう家に入れないように追い払ってくれとね」
「そ、そうですか・・・でしたら、私は」
ゆっくりと立ち上がると、父親はこちらを見上げて言う。
「それ聞いて帰るのかい?」
「帰れとおっしゃられるんでしたら・・・」
それを聞いて座る光輝に再び母親は笑っていた。
「朝美月の意見は、そうだろうが、夜美月の意見もある。それに娘だからといってそんな事を通せる権限はない。ここは私のうちだからね。朝美月にも伝えてある。愚痴を言うだけなら自由という事だね」
珍しい父親だと思えた。大抵の父親は娘に嫌われまいと要求を呑んでしまうかしまう事だろうから突き放すような事はまずしないだろう。もしそんな事をしたら美月はぐれたりとか家出をしたりするかもしれない。だがそんな事がないのは互いに信頼感があるという事なのか、父親の権力は絶対なのか。
「それで、娘との交際の条件は覚えているかい?」
「はい。朝と夜、どちらの美月さんからも好かれるって事でしたよね」
「そう。くどくどと何度も言いたくないからね。覚えているならそれでいい。それ以上いう事は無いね」
そう言って父親はこちらを見て来た。目を逸らしたかったが、軽く歯を食いしばり、握ろうとした手を硬直しつつ耐えた。
『は、激しいプレッシャー』
光輝はもはや小動物といった感じで小さくなっていた。喉元に刃物を突きつけられ、生かすも殺すも父親の自由と言ったところだろう。
『あれこれしろって言ってくれた方が遥かに楽だ・・・』
語らずこちらを見るだけの無言の圧力に押されていた。嫌な汗が止まらない。思わず出してくれたお茶を飲んだがすぐに飲み干してしまった。
「それで、君から見て、夜美月は後どれくらいで自転車に乗れそうだい?」
「美月さんは覚えが早いですから後2~3日も続ければ乗れるようになると想います」
大体、バランスが取れるようになってきたから後はペダルをつけて漕ぐ練習だけだ。だからそれほどの時間は必要としないだろう。
「そうか。母さん。親子で夜のサイクリングというのはどうかな?」
「いいんじゃないかしら?でも、高校生の娘と父親が夜にサイクリングに行くなんて聞いた事ないわよね」
「敢えて、それをやるのがいいんじゃないか」
「でも場合によったら援助交際とかって風に見られるなんてあるかもね」
母親はなかなかキツイ事をいうものだと思う。確かに、年頃の娘と一緒の中年男性はそのように疑われかねない。
「あぁ?どこの変態親父が女子高生とサイクリングするんだ。会ったらホテルに直行だろう」
「それもそうね」
娘の友達がいる前でよくもそんな話が出来るものだと思う。緊張を解くつもりなのかもしれないが逆に緊張を高めた。
「で、君もどうだい?」
「き、機会があれば・・・是非」
社交辞令的に答えて見たが夜に娘とそのボーイフレンドと中年男性とでサイクリングする。客観的に考えてあまりにも怪しすぎる光景である。親子として考えても無理があるだろう。それからは、父親は母親と交えて話をしていた。光輝は相槌を打ちった。手持ち無沙汰だから湯のみに口をつけた。とっくにその中は空だったが、話の腰を折るのもなんだから振りをしていたが、暫くしていたら流石に気付かれた。
「あら、倉石君、ごめんなさいね。遠慮しないで言ってくれればいいのに」
「あ、すみません」
それから再び話が始まり、時間は21:30を回っていた。
「お話の途中、すみません。そろそろ、帰らないとご迷惑になるんじゃないかと・・・」
「もうそんな時間か。あまり遅いと君のところのご両親も心配するだろうからね」
ようやく立ち上がることが出来た。ホッとしたところで父親がこう言った。
「くれぐれも娘の事を頼むよ」
「それは、勿論です」
今の言葉は父親からの信頼を受けていると確信した。今日の中で何より嬉しかった。
「そうか。これは大和田君にも言ったからそのつもりで頼むよ」
ガクッと転びそうになった。その光景を見て再び母親が笑う。父親はリビングに残り、母親が着いて来て玄関で靴を履いていると美月が部屋から出てきた。
「光輝さん。もう帰ってしまうんですか?」
「それもそうね。少しぐらい二人で話をしていったらどう?」
時間が遅いから帰るというのに母親は何を言い出すのかと思った。
「いえ、約束は約束ですから」
「いいじゃない。バレないって私達も大和田君に言わないから。どう?」
本気なのか、試しているだけなのか、からかっているのか色々と思案する。
「それでも、約束は約束ですから帰ります。それでは、美月さん、おばさん。お休みなさい」
「お休みなさい」
母親は微笑みながら手を振り、美月も手を振るが少しばかり寂しそうだった。
「何とか乗り切ったかぁ・・・何とか・・・」
しかし、父親の目はずっと頭の中から離れそうになかった。


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(小説)美月リバーシブル ~その16~

2012-12-21 18:45:02 | 美月リバーシブル (小説)

2010年12月21日(火曜日)
試験休み最終日、どのように練習すればいいのかと頭に叩き込んでイメージする。だが、ボディタッチが出来るだとか関係が深まるだとか下心が先行してしまうのは致し方ないことなのかもしれない。
午前中の間に肘当てや膝当てや自転車用ヘルメットと自転車用工具の数種類を自転車屋で買った。それはかなり痛い出費だった。
「ああ~。今月の遊園地と言い、出費が半端ねぇ。もうこれで年末まで極貧生活だわ」
財布の中身を見てガッカリする。だが、彼は近いうちに重大なイベントがある事をすっかり忘れていた。日が暮れてから彼女のうちに着いた。
「こんばんは」
「こんばんは」
そう言うと夜の美月が出てきた。
「じゃぁ、早速、練習しに行こうか?川沿いの駐車場にね。そこなら車や自転車も来ないから安全だよ」
「でも、そこにいるオタクな人には要注意だけどね」
現れたのは村上 小春であった。美月の見張りみたいなものだろうと思ってガッカリした。
「そう。嫌な顔しないの。私だって二人のお邪魔虫みたいで嫌なんだから。でも、アミちゃんがどうしても着いていってって言うもんだからさ。ヨミちゃんに何かしないかって」
「光輝さんはそんな事しませんよ」
美月がフォローする。光輝は嬉しく思ったがあまり真面目キャラが定着しすぎると何をやるにもやりにくくなる。
彼が言った川沿いの駐車場まで歩いて移動する。川沿いには野球やサッカーなどが出来るぐらいの大きさのグラウンドがある。彼が自転車練習で最適な場所と言ったのはグラウンド使用者の為の駐車場であった。夜になってしまえば誰も来ない。
但し、夏場になると不良などのたまり場となっていたが真冬のこの時期なら風も強い川沿いの駐車場などには集まらないものだ。駐車場に着くと街灯も殆どなく暗かった。
「ホント、人気もないし、暗いし、何か悪巧みをしようと思えば簡単に出来そうね」
「だからしないって・・・じゃ、まず準備として・・・」
彼はリュックから工具を取り出そうとゴソゴソと探るがかなり手間取った。
「暗ッ」
「何をするのそれで?改造?」
彼は自分の自転車の前でしゃがんだ。
「そんなんじゃないよ。それにしても暗い。くそぉ・・・こんな事なら懐中電灯を持って来ればよかった」
携帯電話のか細い光を頼りに自転車に工具を当てて動かして、彼は自転車のペダルを外した。それだけで5分ぐらいはかかっただろう。
「おっそ。ちょっとぐらい暗くても男ならちゃっちゃと外せたらカッコいいのに」
「無理言わないでよ。暗いんだし、寒いから手が悴んで上手く動かなかったんだから」
「言い訳しないの。その前に、手を動かす」
それを言われたら何をやるにも詰んでいると思う。
「それで私はどうすればいいんですか?」
「自転車を跨いで、そのまま歩く。それが第一段階での練習」
「それだけでいいんですか?背中を押してもらって乗るものだってコハちゃんが」
「色々と調べたんだけど、自転車に乗れない最大の原因がバランス感覚。右か左かどちらかに知らぬ間に体重をかけちゃうから転んじゃう。だからまず、サドルに座って歩く事でバランス感覚を養ってからペダルを漕ぐという事をすると上手く行きやすいんだって」
「ふぅん。自分で考えたの?」
「いや、俺はネットで調べただけなんだよね」
「ならネットの手柄ね」
「まぁ・・・ね」
「でも、そうやって探す事は大変なんじゃないですか?」
「ヨミちゃん。そんなの自転車の乗り方なんて検索サイトで文字を入力すればいいだけの話だから簡単よ。私だってやれば出来る」
「コハちゃん。倉石さんにあまり意地悪しては可哀想ですよ」
「別に気にしてないよね。心、優しい優しい倉石君だから~」
相変わらず言い方に悪意を感じる。
「ま、まぁ・・・練習を始めようよ。ね?話していても寒くなるだけだからさ」
「そ、そうですね」
サドルを調整して練習が始まる。楽々に進むかと思って見たがそうも行かなかった。美月は跨ってみたがやはり緊張しているのかガッチガチになってしまい、ハンドルに力を込めすぎてしまうようで右へ右へと傾いてしまう。
「もっと楽にして、真っ直ぐ真っ直ぐ」
彼がハンドルの右に手を添える事で直進するように修正した。それからそのような要領で駐車場を往復し続け、すぐに、補助なしで直進できるようになった。
「次はハンドルを使って左右に曲がる練習。それを覚えれば半分乗れるようになったもんじゃないかな?」
「何だか難しそうです」
「ハンドルを傾けてそれから戻せば良いだけだからそんなに難しくないよ」
「ふぁぁぁぁ。ううっ。さむぅ!」
見ているだけの小春はあくびの直後、体を震わせた。駐車場はだだっ広いだけで風を遮るようなものもなく、風がふけばもろに体に受けるような状態にあったので体も動かさないと非常に寒いだろう。最初はそばにいてあげたが少し慣れて来て心配ないだろうと判断したら美月が自転車の練習しているのを二人は見つめていた。すると小春が話しかけてきた。
「あ・・・そうそう。アミちゃんとヨミちゃん。喧嘩したから」
「喧嘩!?どうして?」
「昨日の夜、アミちゃんの彼氏にヨミちゃんがキツイ事を言ったからよ」
「キツイ事って?」
「詳しい事は知らないけど、アミちゃんが彼氏からその事を聞いたら、アミちゃん怒っちゃって、ヨミちゃんもそんなに酷い事は言ってないって」
夜の方の美月がどんな酷い事を言ったのか物凄く気になった。自分がそんな事を言われたらどうなるのかと考える。
「二人ともなんか険悪ね。珍しく」
「そう・・・なんだ・・・」
「何、それ。他人事?」
「二人だけの話にどう入っていいものかなぁと」
「・・・。あっそ」
軽く失望したかのような顔をして、話を切って小春は自転車に乗る美月の方を見ながら話し始めた。
「明らかにアンタより大和田って人の方がアミちゃんの方がかなりリードしているね」
「やっぱりそうだよねぇ・・・」
「それはそうよ。ヨミちゃんは大和田って人にも会うけどアンタ、アミちゃんに会うどころか近付く事も出来ないぐらい嫌われているじゃない」
「う・・・」
「私からしてもアンタか大和田って人かを選べって言われたらまずアンタは選ばないもの。アンタがヨミちゃんとつなぎとめている要素ってなんだろうね。カッコいい訳でもないし、気が利く訳でもないし・・・あ、『先に出会った』ってだけじゃない?」
全身がビクッと震え、金縛りにあったかのように動けなくなった。
「逆ならアンタなんて取り入れる隙なんて絶対にない」
前の美月は非処女という件もそうだが光輝にとって小春はどぎつい事を吐く人であった。
「私からすれば頑張ってとしか言いようが無いけどね。前も同じようなこと言ったけど私は、アンタでも大和田って人の味方でもなく、みっちゃんの味方だから」
暫く声を発することが出来無さそうだった。そんな時、視線を自転車に乗る美月の方に移すと美月は駐車場の車止めに乗り上げそうになっているのが見えた。
「あ!危ない!」
声をあげると、美月は驚いたようでブレーキを引いたようだった。それがいけなかった。加減を知らないその手は急ブレーキとなって、彼女を自転車から放り出した。そのまま彼女は地面に転倒した。光輝はすぐさま彼女に駆け寄った。
「美月さん、大丈夫?」
「はい。ちょっと速くて驚いてしまって・・・いっつっ」
立ち上がろうとして顔をしかめる美月。
「ちょっと足を見せて」
小春がズボンの裾をまくり携帯のライトを当てて触ってみた。
「ちょっと赤くなって腫れてるね」
どうやら駐車場の車止めにすねをぶつけたようだった。
『打ち身?切り傷用に絆創膏と消毒液は持ってきたけど湿布は持ってこなかった・・・』
膝当てと肘当てがあるので打ち付けるという発想が生まれなかったのが原因だろう。
「ひどくはないみたいだけど、これ以上は続けない方がいいね」
「い、いえ、出来ますよ。もうちょっとで乗れるようになりますからこれくらいの痛みは」
美月は軽いジャンプをしてなんでもない所をアピールするが二人に続行する気はなかった。
「暗いし、もっと寒くなるともっと体も硬くなるし、今日はやめよう。今日出来なくても次の機会があるし」
「でも・・・。はい。分かりました。ごめんなさい」
「美月さんが謝る必要なんてないよ。焦らずゆっくりやればよかったのかもしれない」
「そんな事ないですよ。私が上手くやれば」
「いや、俺がもっと近くにいれば」
「いえ」
いつまでも、責任のかぶりあいをしようとしているので小春が割って入った。
「2人とももういいから。ヨミちゃん。足、痛くて歩けないんじゃない?」
「そんな事ないですよ。十分、歩けます」
「そう?歩けないようなら誰かが支えてあげるしかないと思ったんだけどな。人に迷惑をかけないようにするのがヨミちゃんの事だから本当は無理してんじゃない?」
「いえ、歩けますから・・・大丈夫です」
美月もそれに気付いたのか断った。小春がすぐにこちらをにらみつけたかと思うとガッカリした表情に変わった。光輝は突然の事で何が何だか分からなかった。
『俺も、支えさせるように言えよって事かぁ?急にそんな事、読み切れないって・・・。普通の人なら分かるのかぁ?』
光輝としてはそれほど残念には思っていなかった。あまりくっついているところを他の人に見られでもしたら昼、大変な目に遭いかねないと思ったからだ。自転車の練習は切り上げて帰ることになった。自転車は、光輝が引く。
「それにしてもアンタも残念だよね」
「何が?」
さっきの件を責めてくるのかと思った。
「だってアンタ、ヨミちゃんと会っているのって1日おきなんでしょ?今日が21日だからアンタ、イブに会えないじゃない」
「!?」
彼は忘れていた。クリスマスという行事がある事を。小学校中学年ぐらいまでは家でクリスマスケーキなど食べてプレゼントをもらっていたがそれからは一切行わなくなった。クリスマスなど無縁なもので周囲がクリスマスムードでいっぱいになっても自分とは違う別世界でのお祝いだと思っていた。当然、今は状況が異なる。
「どうしたの?」
「いや、それはまぁ・・・仕方ないでしょ。運が無かったって事でさ。ハハハ。まぁ、イブはダメでもクリスマスの当日は大丈夫だし」
どうにも答え方が空々しい。小春はちょっと小悪魔的な顔になった。
「本当に?無理してるでしょ?だって、大和田って人とヨミちゃん、イブにいるって事になるのを笑ってられるのぉ?」
「ま、まぁね。これはもう決めた事だから仕方ないんだよ。うんうん」
自分に言い聞かせるように言うが痛々しい。
「でも、イブって特別な日じゃない。2人の男女が愛を語り合うような・・・」
「コハちゃん。もういいじゃないですか。倉石さん困っているじゃないですか」
急に美月が入ってきたので二人ともちょっと驚いた。美月自身、ムッとしているようだった。
「そ、そうだな。俺の事は良いとして、村川さんは諏訪さんと一緒なの?」
「そんなの当たり前すぎるじゃない。レストランでご飯を食べる約束しているのよね。予約取ってさ。将ちゃんもバイトしている身だからそんな高級レストランじゃないけどささやかにね」
イブに予約となれば相当前に準備していた事だろう。すっかり忘れていた自分と比べたら桁が違うと思った。
「去年は、彼のうちに行ってね。去年は彼は実家だったから、家族がいてね。くしゅッ!」
小春は突然、くしゃみをした。
「コハちゃん大丈夫?」
「あ・・・。ちょっと体が熱っぽいかも。ちょっと頭も痛くなってきたからその自転車で先に帰ることにするね。この大事な時期に風邪引いて台無しにする訳にもいかないから」
「ごめんなさい。私の自転車の練習に付き合わせてしまって」
「倉石君も言っていたけど気にしすぎだよ。私は自分で来たくて来ただけだもの。何でもかんでも背負い込まないの。ヨミちゃんの悪い癖だよ」
「・・・はい。そうですね」
自転車を彼女に渡そうとすると耳元で彼女が囁いた。
「いざとなったら暗がりで押し倒しちゃったら?この辺り誰もいないし」
「はぁ!?」
あまりの唐突な言葉に彼の思考回路は一瞬にぶっ飛んでしまった。
「ハハハハハハハ。バイバイ。上手くやんなさいよ。くしゅッ!」
彼女は笑いながら自転車で走り去っていった。
『普通、頑張れとか励ますぐらいなものだろうに・・・完全に遊ばれているな。俺』
本人には言えないような失礼な言葉を思いついていた。何はともあれ、二人っきりになった。川沿いの街灯も少ない暗い道から比較的明るい歩道に移動して彼女の家に向かった。
「美月さんは自転車に乗れるようになったらどこに行きたい?」
「ここという所はありません。家の近くの事全然知りませんから・・・でも、色んなところに自分の力で行ってみたいです。今まではお父さんやお母さんに連れて行ってもらうだけでしたけど、今度は自分で自分の行きたいところに」
「でも、夜に行くっていうのは危ないよ」
「やっぱり、そうですよね。コハちゃんにもそう言われましたし」
「だ、だから、その時になったら俺に言ってくれればいいよ。どこでも着いていくからさ」
「でも、悪くありませんか?」
「いいんだよ。俺も一緒に行きたいし、美月さんがどこに行きたいのかも知りたいな」
「そ、そんな大した所に行きたい訳ではないですから、あまり期待されても・・・」
「どこだっていいじゃない。別に自販機でジュースを買いに行くのも良いし、ファミレスでご飯食べるのだって良いし、美月さんと一緒ならどこへだってさぁ~何てね。ハハハ」
ちょっと気安く言い過ぎたような気がした。
「私も倉石さんの行きたい所・・・」
「い~しや~きいも~♪お芋♪ほっかほかのお芋いらんかねぇ?さぁ。早い者勝ちだよ!」
遠くから聞こえてくるようなら良かったのに突然、焼き芋屋の軽トラックのスピーカーから大きな声を出した。
『野郎!!このバカぁぁぁ!何故か俺の周りが空気読んでくれないよな』
「焼き芋屋さ~ん。下さーい」
「あいよ」
丁度、2人が向かう途中に客がいたようで車は止まって、手早く焼き芋を取り、やって来たおばちゃんに渡していた。
「どうだい。あんたらも」
目の前に差し掛かったとき、焼き芋屋のじいさんが声をかけてきた。
『折角、良い話をしていたところを邪魔してくれたアンタの物なんて誰が買うかい』
「いえ・・・」
そのように言ったが自転車の練習などでちょっと疲れたし、小腹も減ってきたところだった。火の温かい色に心が吸い寄せられる気持ちになった。
「じゃぁ・・・」
「お!買ってくれるのか!毎度!どれが欲しいんだい?」
と、値段表を見ると最低300円。薄暗い中、お札は無く、銀色のメダルは4枚見えた。
『ぐおっ。どんだけ金欠なんだ!』
今更、断る訳にも行かなくなってしまったので取り敢えず1本だけは買うことにした。
「一番安いのを1本」
「・・・。あいよ」
美月の方を見て、そこからこちらを見て、それ以上何も言わず無愛想に芋を漁り新聞紙で包んで渡してくれた。
「あぁ・・・不景気だねぇ・・・」
ボソッとおじさんはそのように呟いて軽トラに乗り込んで走り出した。歌が次第に遠くなっていく。
「食べる?疲れた後は甘い物を食べた方がいいからね」
光輝はそのまま美月に手渡した。渡された美月はきょとんとしていた。
「い、いえ、私だけじゃ悪いですから半分ずつにしましょうよ。ね?」
「半分?ああ。そうだね。俺の方が何だか疲れてみるみたいだ。ははは」
買ったサツマイモを割った。割れ口は綺麗な小金色で湯気がバッと舞う。いかにも旨そうに見えた。よく見ると新聞紙は2重で包んであったので1枚を美月の方に巻いて上げて渡した。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
ふーふーと息を吹きかけて頬張る事にした。
「ごめんね。俺は、出来れば2個買って1人1個にしたかったんだけど。手持ちが無くってさ」
「いえ、私もお財布を持ってくれば良かったんですよ。でも、はんぶんこっていいと思いませんか?1つの事を2人でちょっとずつで同じ気持ちになれるってとても素敵な事だと思いませんか?」
「ああ、そういう事ね。分かる分かる。楽しさは倍。悲しさは半分って言うし」
「楽しさは倍。悲しさは半分。いい言葉ですね」
「でしょ?」
軽く話が弾んだ気がして焼き芋屋のおじさんに少し感謝しようと思えてきた。
「でも、考えてみれば私達も同じなのかもしれませんね。私だけでは1人の人としては半分ですから。アミちゃんがいてやっと1人」
「・・・」
いつも自分でいられる光輝にはその言葉は非常に重い。彼女にはどれだけの苦労を背負って生きてきたのだろうかという事を思うと迂闊な言葉はかけられない。機転が利けば何か良い言葉でもかけられたのかもしれないが焼き芋を食べているように見せかけてただ沈黙するしかなかった。そんな自分が情けない。
「あ。ごめんなさい。私ったら何を言っているんでしょうね。忘れてください」
美月は手にしている焼き芋を口にした。食べ終えてから再び美月のうちに歩き出して彼女のうちの前までやってきた。
「焼き芋、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「気にしなくていいよ。金欠なのが恨めしい」
「いえ、そんな事ありません。1本なんて私食べられませんでしたから半分ぐらいで丁度良かったんですよ」
美月の気遣いに心が痛い。
「今度、練習したら乗れるようになるといいね」
「はい」
「それじゃ、お休み」
「おやすみなさい」
別れて、家路へと急いだ。
『金が無さ過ぎる。前借するしかないかなぁ・・・』


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(小説)美月リバーシブル ~その15~

2012-12-14 18:45:15 | 美月リバーシブル (小説)

大和田の事は気にせずそのまま美月の家に着いて中に入って部屋に通された。美月の雰囲気はいつもと変わった様子はないように見えた。
『バドミントンだと?もう実戦投入してきたと言うのか?ホントにそれだけで終わったのか?ホントにそれだけで?』
小春の言葉も相俟って美月を何となく不潔に思えてしまう自分がいる。『非処女』という言葉の尾を引く力は絶大だった。
「どうかしました?」
「いや、何と言うかさっき大和田に会ってさ。昨日、ヨミさんとバドミントンやったぜって言ったもんだからさ」
「そうなんですよ。目が覚めたら学校の体育館にいまして、それで二人でバドミントンをしました」
『目が覚めたら?日中の方が加担しているって事だよなぁ・・・』
「バドミントンってとっても難しくって・・・ラケットにシャトルが全然、当たらないんですもの。自分がちょっと情けなくなりました」
「普段、あまり体を動かさないんだからそうかもしれないね」
「大和田さんは、ラケットを振るのが速過ぎるからもっとゆっくりって言うんですけどそれが良く分からなくって・・・」
日中の美月の肉体でもあるから運動能力そのものは高いのかもしれなかった。
「楽しかったんだ」
「初めてばかりで新鮮でした。で、でも、私は大和田さんが練習しているのを見ているばかりでした。下手な私とでは対戦は出来ませんから練習をするって」
今は下手だろうがそのうち上手くなってにこやかに1組のカップルがバドミントンをやっている光景が目に浮かんだ。
「帰りは大和田さんに送ってもらいました」
このままでは捨てられるのではないかと思えて来た。しかし、それでよかったはずだった。そうしてくれるのが一番のはずだった。今の自分には今日の糸居が言ってくれたように居場所がある。こんな厳しい場所にいなくても楽になれる場所が。保険みたいなものであったが、それがただの逃げ場所だという事に今、気付いた。
「それで色んな場所に行ったの?」
「いえ、学校から真っ直ぐ家に帰ってきました。あまり遅くなるとお父さんやお母さんが心配しますから」
「そうなんだ」
暫しの沈黙。美月自身も大和田とあっている事で後ろめたさでもあるのかもしれない。お互いに歯切れが悪かった。そのタイミングであった。
「ちょっとみっちゃーん!」
部屋の外から母親の声がしたので美月が返事をして廊下に出た。
「悪いんだけどこれから牛乳買って来てくれない?倉石君もいるから夜でも大丈夫でしょ?」
「ええ?そんなの悪いですよ。ね?光輝さん」
「いや、俺は気にしないけど」
「ヨミちゃん。お願いよー。私はちょっと手が離せないの!」
お客でもある自分にも買ってきてと頼む母親は凄いと思った。しかも夜間である。年頃の娘と一緒に外に行けというのも普通はあり得ないだろう。母親に押しに負けて、行くことなった。
「それじゃ、美月の事を頼むね。ボディーガードさん」
「あ、はい」
我ながら頼りないボディーガードだと思う。というより、寧ろ自分にガードマンをつけるべきなのではないかと思う。それとも信用されているのかそれとも、自分は手を出さないと思われているのか。色々と考える。
「ちょっと外で待っていてください」
外に出て数分すると美月が出てきた。空は晴れ渡り綺麗な星空が輝いていた。
「お待たせしてしまってすみません」
出てきた美月にじっと見ていた。二人っきりで外というのがいつもと感覚を違わせるのかもしれない。
「そんなに見ないで下さい。どんな外で服を着ていいのか分からないものですから」
「あ、ごめんごめん。」
「いつも部屋の中で過ごしてばかりでどんな服装が良いのか少し・・・」
「そうだよね。俺も部屋で過ごす事が多いから外に出る時はどんな服を着ていいのか今日も迷ったよ」
「光輝さんもですか?家の中なら15着ぐらいパジャマを持っているので今日は何を着るのかって迷うんですけど、外だと何を着ていいのか」
「パ、パジャマを15着!?」
「そうですよね。変ですよね。コハちゃんも持ちすぎだって」
「いや、別に変っていう意味じゃなくて、どうやってその日に着るパジャマを決めるのかなって気になっただけで」
「特にコレと言った理由はありませんがその時の気持ちでその日に着るパジャマを選んでいます」
「へぇ。例えばどんな時にどんなのを着るの?」
「とっても良い事があった時は胸の所に大きい星がある物を着たり、小さい事でも沢山会った時は小さい星が全身に散りばめられた物を着たり、三日月の日でしたら三日月が描かれたものを着たり、テレビで可愛い動物を見たら動物が描かれたものを着たり、他にパジャマは柄で言えばチェック柄やボーダーの物、あまり着ませんけど猫の着ぐるみのものなんてものもあります」
『着ぐるみ』という単語にビクッと反応してしまう。一種の職業病ならぬオタク病とでも言える症状だろう。
『パジャマか。今まで気に止めなかったけど、それだけの種類が言われて見れば興味が出てきたな。それに美月さんが着ているとなれば十分に・・・アリ!!』
光輝の新しい属性への目覚めかもしれなかった。
「へぇ。色んな種類があって何だか着るのも楽しそうだね」
「はい。私だけの小さな趣味みたいなものです」
「出来たら見てみたいな」
「きっとつまらないですよ。そ、そんな人に見てもらうような凄いものでもありませんから。ごく普通のパジャマを沢山持っているだけですもの」
「その普通の奴がどんな種類があるのか見てみたいと思ったんだよね。美月さんが見せるのが嫌ならいいけど。俺なんか、パジャマなんて持ってなくていつもジャージみたいなのを着て寝ているだけだからさ」
「そ、そうですか?でしたら、今度、少しだけ・・・」
「やったぁ!」
ちょっと照れている仕草が可愛いらしい。出来ればパジャマだけではなく美月がパジャマを着ている姿を見てみたかった。
それから牛乳を買いに良くという話になるが、美月の家から最短のコンビニまで3分ぐらいといった所だ。コンビニで話などしてゆっくりしてもせいぜい15分から20分ぐらいの買い物になるだろう。少し短いのではないかと思っていると自分の自転車が目に止まった。
「自転車で少し出かけてみない?それで帰りに牛乳買って帰るの」
美月は申し訳なさそうな顔をして少しもじもじした。
「ごめんなさい。え。あの・・・そのぉ・・・」
「どうしたの?」
「私、自転車に乗れないんですよぉ」
日本人であれば自転車など乗れて当たり前だと思っていた光輝には衝撃だった。
だが、確かに、夜しか生活が出来ない美月は外に出ることが極端に少ないのだから自転車など必要ないのだろう。だが、歩くとなると移動できる範囲はせいぜいコンビニを往復するぐらいになってしまう。少し考えた後。
「じゃぁ、二人乗りすればいいんじゃないかな」
「でも、二人乗りっていけないって」
「まぁね。でも、少しの時間だから大丈夫だと思うんだけどな」
普段、真面目な光輝は極力二人乗りをしてこなかったが、自転車の男女の二人乗りはちょっとした憧れを持っていた。普段、自分と同じぐらいの高校生のカップルが二人乗りしている姿に遠い羨望の眼差しを送っていたぐらいである。
『遥か見えない夢だったかここで叶うのか?叶ってしまうのか?』
「嫌ならいいよ。確かに美月さんの言うとおり悪い事だし、元々、近くのコンビニに牛乳買いに行くだけだからあんまり時間をかけたらお母さん心配するかもしれないし」
ちょっとした美月の逡巡。答えを待つ。
「でしたら、ちょっとだけ・・・」
「本当に?やった!」
『ゆ、夢が叶う!こんなに簡単にかぁ!?』
思わずガッツポーズしてしまった。美月は少し驚いていたようで、光輝は笑って誤魔化しつつ自転車を取りに行き、スタンドを蹴り、跨った。
「じゃ、後ろに座って」
緊張の一瞬だった。荷台の左側に足をそろえて座っていた。メリーゴーランドと同じ状態である。当然、跨ぐような形で座ってもらった方がバランスを取りやすいが彼女に任せてもいいだろう。
「こ、コレでいいですか?」
「ちょっと動くから捕まった方がいいよ」
彼女はサドルと荷台に手を掛けた。期待が外れてちょっと寂しい。俺の腹に手を回してと指定したほうが良かったかもしれなかった。ただ彼女の肩が背に触れる。
「じゃ、出発!」
「あっ」
足が地から離れて驚く声がした。スピードが出ないうちは不安定で少し蛇行していた。というよりも、自転車に乗らない美月が怖がっているようで体を振るように前後に体重をかけていた。
「体、揺らしちゃダメだよ。バランス崩して転んじゃう・・・よっ」
「で、でもぉ~」
その震え声に彼女の不安感が伝わって来た。自転車に乗らないのだから感覚が判らないのだろう。安心感を与えられるような気の利いた言葉は思いつかなかった。止まって足を着いて一息つく。
「怖いなら自転車乗るのやめる?」
今なら、美月のうちに戻るのも早い。自転車の技術があったからといって、後ろの美月の体重のかけ方で転倒する恐れがあるのだから当然であった。
「光輝さんはどう思われます?私、二人乗り出来そうにないですか?」
返事に困る質問だった。気持ちとしては続けたかったが、怪我をさせてしまっては元も子もない。安全策をとるのが妥当な判断だろう。
「俺は続けたいけどな。美月さんには大変だろうけど頑張ってもらいたいな」
言ってしまってからすぐ、何を言っているのかと思った。ただ、美月の気持ちを汲めばそのように言わざるを得なかった。
「は、はい。頑張ります」
美月に怖がらせない為にゆっくりと走るが自転車は激しく揺れる。自転車はそれなりのスピードを出していた方が安定するのである。ゆっくりだとその分、バランスを取るのが難しい。その上で、美月が揺れるのだから自転車はカクカクしていた。
「大丈夫だから、心配しないで」
「は、はいぃ~」
美月の声が軽く裏返る所から相当な恐怖体験なんだろう。口で言うのは簡単だが、それを実際にやるのは相当困難であると言えた。
『こりゃ、二人乗りで少し遠くに行くなんてのは夢のまた夢だなぁ』
コンビニまで行くまでの道のりで二人乗りの練習をしていた。それ以上、遠くにはいけないだろう。足を付いては離し、離してはまた付くの繰り返しだった。
「ちょっと!そこの二人乗り。止まりなさい!」
「え?ああ・・・すみません」
完全に死角とも言える場所に2人の警察官がそこに立っていて、呼び止められた。見えるところで注意すればいいものをと思う。警察官の前に立つ二人。美月は怯えているようだった。きょろきょろと周囲を見ていた。
「大丈夫だよ。美月さん。大したことないからさ」
「この自転車は、誰、名義の物かな?」
「俺のです」
「君のね。じゃぁ君の名前は?」
「倉石 光輝と言います」
「『くらいし こーき』ね。ええ。こちら・・・」
警察官が無線を用いて自転車の防犯登録と照会しているようだ。
「あ、あの・・・倉石さん」
美月は警察官を前にして怯えているようであった。外に出る機会が極端に少なくずっと両親から離れることなく一緒にいればこのような状況はなかった事だろうから不安で怖くて仕方ないのだろう。黒っぽい服を着ているし街灯も殆ど当たらっていないだから闇に引き込む死神か悪魔のように見えているのかもしれない。
「大丈夫だって。ちょっと盗難自転車かどうか調べているだけだから。これは正真正銘、俺の自転車」
「は、はい」
街灯に映る薄暗い彼女の横顔は明らかに引きつり、かすかに震えているようにも見えた。
『今日はずっと怖がらせてばかりだな・・・』
「うう。さびぃ・・・」
警官は無線を操作するために手袋を外していて、照会中の待ち時間。寒そうに手をこすって息を吹きかけていた。
『手か・・・しかし・・・な』
Wデートの諏訪の行動を思い出した。だが、やっていいものなのか迷った。
『ままよ』
彼は彼女の手を取った。お互い手袋をしているので直の感触ではない。だからこそ、手をつなぐ事が出来たのかもしれない。もし素手であったのなら、変な気遣いで握っていなかったのかもしれない。
「あ・・・」
美月は驚いてこちらを見た。見つめられて顔面が硬直してしまった。最初は握っているだけであるがほんの少しだけ彼女が握り返してくれた。美月は力加減が分からず恐る恐るという感じであったがそれは光輝とて同じ事だった。
「だから、大丈・・・」
「ああ。この自転車が君のものって分かったよ。時間をとらせて悪かったね」
警官が話し出した瞬間に二人の手は離れた僅か数秒と言う短い時間だっただろう。
『本当に、悪かったって思うのなら、割って入ってくるなよ。このKY警官』
「しかし、二人乗りは良くないし、若い男女がこんな時間までウロウロしているのは感心しないな。何か良からぬ事をしていると見られても仕方ないんじゃないかな?」
「すみませんでした。帰っているところだったんですよ。今日は歩いて帰ります」
「今日は?」
「すみません。今日から歩いて帰ります」
「それでいい」
ゆっくりと歩く。自転車で早く帰るのよりも時間をかけて帰る方が良かったとも言えた。
「だから大丈夫って言ったでしょ?」
「本当に大丈夫だったんですか?後で警察官の方から危険人物という風に見られるなんて事は」
「ないない。高が二人乗りでマークされていたら、中高生なんてみんな犯罪者予備軍だよ」
「でも、みんな犯罪者予備軍だからと言っても倉石さんもその中に入らなくても」
「まぁね。さっき呼び止められたのは二人乗りするような奴は盗難自転車に乗っているんじゃないかって思われただけの事さ。でも、美月さんのいう事の方が正しいね。二人乗りだと自転車の操作が難しくなるし、急ブレーキなんかかけたら危ないし」
「そうですよ。悪い事はやってはいけないですよ」
母親が子を諭すかのように言われた。それが妙にくすぐったい感じがした。
「ですから私も自転車が乗れればいいんですが」
「乗った事ないんじゃ仕方ないよ。結構コツがいる乗り物だから」
「コツってどんな物ですか?」
「良く覚えてないな。幼い時に練習したもんだからさ。口で言うより体で覚えるという感じだし」
「そうですか。では、私には無理なんでしょうね」
「いや、そういう事もないと思うよ。あ、そうだ。練習してみる?」
ちょっとした提案であったがいいものだと自分で思った。
「え?」
「そうだ。それがいいよ。自転車に乗れれば一気に自分の好きなところに行けるしさ」
「でも、私に乗れるでしょうか?」
「それは乗れるでしょ。日中の美月さんは乗れるんだからさ。ちょっと乗ってみる?」
彼女が乗りやすいようにサドルを低めに調整してみて思った。
『こ、これは・・・自然に肩に手を置くチャンスなのでは?』
「ずっと手を付いているから怖がらなくていいよ」
「はい」
美月がサドルに跨り、ハンドルを握った所で美月の肩に触れた。やはり、手袋はしていた。
「え?あ・・・こんな不安定な乗り物が倒れずに走るなんて・・・」
彼女は肩の事を意識する余裕などないようだ。止まっているのにグラグラと揺れていた。そんな状況だから足を地面から離す事が出来なかった。
「こ、怖い」
言って自転車を降りてしまい、ホッとしたようだった。
「そんな急に乗れるもんじゃないからゆっくり練習していけばいいんだよ」
そのように励ました。美月はちょっと申し訳なさそうであった。
彼女の家の前に着いてさようならと言って分かれた。
『それに、手をつなげたし肩を触れられた』
右手を握ったり開いたりして彼女の手の感触を思い出すようにした。そしてしっかりと心に刻む。思い出作りには最高かもしれない。それから、美月の家に帰ってきた。
「お帰りなさい。あれ?手ぶらだけど、二人とも牛乳は?」
二人乗りの練習と警察に呼び止められた事ですっかり忘れていた。
「あ!忘れてました!俺、今からひとっ走りして買ってきます!」
言うや、光輝は猛ダッシュでコンビニに向かった。牛乳を買って美月の母親に渡して帰った。

12月20日(月曜日)
その日は、彼女と会わないのでそれまでに自転車に乗る練習の準備をする事にした。ネットで調べるのが一番手っ取り早いだろう。『自転車の練習』で、検索してみた。方法だとか道具などが表示される。
「ヘルメットや肘当てや膝当ての間接保護か。自転車としては補助輪か・・・」
当然、子供用ばかりで成人自転車用の補助輪はさすがにないようだった。
「美月さんが補助輪の自転車か・・・」
イメージすると二頭身になって、ガラガラと音を立てておっかなびっくりという形でペダルを漕いでいる夜の美月が現れてカワイイと思って妙にニヤニヤしてしまう。
「おっとと、乗り方。乗り方」
夜の美月をイメージして描いたのだが何故か納得がいかなかった。その事を考えている暇はなく今度は練習のさせ方についてのページに飛んで読んでいて一息つく。
「それにしても自転車か・・・俺も乗るの苦労したなぁ・・・」
昔の事を思い出していた。運動神経の鈍い彼は誰より自転車に乗るのが遅かった。父と一緒に練習を始めるのは誰よりも早かったが、転倒して怪我をしてからは軽い自転車恐怖症に陥った。ある友達が乗り、別の友達が次々に乗っていく。小学生になったが乗れずにいた。でも近所の一番運動神経の鈍い子はまだ乗れないからと安心していたが遂にその子が乗れたと聞いて、焦り始めたが嫌なものは嫌だった。ある日、友達全員が自転車に乗り、自分だけが走って追いかける始末で友達にもバカにされた。それから光輝は父に教えてと乞うた。その時、父は嬉しそうな顔をしていたのを覚えていた。それから転びながらも頑張って自転車に乗れるようになったのだった。
父は積極的に何か言ってくる事はしなかった。父も光輝同様明るい性格ではないし、感情を表に出す事も殆ど無かった。放任的とかほったらかしというよりは嫌がる子供に対してどう接して良いか分からないという戸惑いが見られた。元々、旅行でも外食でも大体、母が提案し、それに父が応じるという形だった。光輝としては普通の父親のように『頑張れ』とか『そんな事で投げ出すな』と励ましてもらいたかった。しかし、父は一度だけ母に手を挙げた所を見た事があった。理由は思い出せない。それが父と光輝との関係である。
昔を思い返しながら自転車の乗り方を調べて軽く纏めた。
『今、何しているんだろ。美月さんは・・・』
悪い方に考えると気が滅入るので出来るだけ考えないようにした。



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(小説)美月リバーシブル ~その14~

2012-12-07 18:42:29 | 美月リバーシブル (小説)

美月も終わったようで教室から出て行った。最終的に、課題にも関わらず眠ってしまっていたDQN野郎と彼の二人が残された。先生は起きて、ノートパソコンで何か打っていた。
ようやく終わって先生に、課題を提出した。
「お前も寝てたのか?」
「そういうわけではなかったんですけど、少しボーッとしていて・・・すみません」
「しっかりしろよ。アイツみたいな明るいだけが取り得なタイプはアホでも人付き合いを最大限に活かせばやっていけるだろうが」
そのDQNはビクッと反応して話に入ってきた。
「アホはないっすよ~。生徒をバカにすると俺、グレちゃいますよ先生~。俺、見た目よりずっとか弱いんですから」
「うるさい。お前は黙って課題をやれ居眠り地獄耳。授業は俺の話を何も聞いてないくせに何でこうやってお前の話をしている時は耳ざとく聞いているんだよ」
「そりゃ、俺の名が世間に知れ渡っているとなればそれが間違いじゃないか確認する為に」
先生はDQN野郎のいう事は無視していた。
「お前みたいな人見知りが激しくて自分から人間関係を築こうとしないタイプは真面目に物をこなしていかんと完全に取り残される。そして自分の殻に閉じこもって社会から外れて引きこもるしかなく、そのまま人生終了だぞ」
「はい」
最後にまた軽く説教を食らって終わった。そんな説教の事よりも日中の美月が言っていた彼氏の存在であった。
『本当なのだろうか?俺に対して当てつけたかっただけなのかもしれないけど、考えてみれば彼女みたいな明るい人に彼氏がいない事の方がおかしいんだよな。何人か秘密を知っている男がいるって言っていたし。でも、どうして今まで彼氏を作らなかったんだろうか。やっぱり美月ちゃんの事で悩んでいるからか。しかし、これが本当なら俺は人生終了だなぁ・・・どうするかなぁ・・・』
漠然と考えていたら辺りも暗くなってきた。すると美月の自宅から電話がかかってきた。
「倉石君?まだ美月、学校から帰ってきてないのよね。悪いんだけど学校に行って見に行ってくれない?あなたも学校にいるんでしょ?今はもうヨミちゃんになってしまって困っているかもしれないから」
美月の母親も補習の件は知っているらしかった。更にテンションが下がった。
「わ、分かりました。探してきます」
光輝は、学校に戻って駐輪場に自転車を置いて美月を探す事にした。
「本当に学校にいるのかな?俺より早くに課題を終わらせていたけどさ。一応、探してみて少ししたらまた家の方に連絡をしよう。携帯の番号知らないんだよな。朝の比留間の方は・・・。絶対教えてくれないだろうし、仮に番号知っても着拒されるだろうけど」
しかし、探している主はすぐに見つかった。体育館の方から走ってくるところを見つけた。
「お、美月さんだ」
すぐに大きな声を出せばいいのだが光輝は駆け寄る事にした。大きな声を出すのが苦手なのだ。すぐに追いついて声をかけた。
「美月さん。どうしたの?お母さんが心配しているからって探しに来てくれって」
「あ。倉石さん。え?あ・・・その・・・」
美月は俯き加減でこちらを見ようとしてくれなかった。顔は真っ赤に高潮していた。先ほど走っていたからだろうか。
「どうしたの?」
「ごめんなさい!今は、ごめんなさーい!」
そのように言うと美月は正門の方に走っていった。
「何故、逃げるんだ?今はって、どういう意味?」
美月の不可解な行動と言動に困惑しながらもこのまま放置しておくわけにもいかないと追いかける事にした。すると、タイミングが悪く彼女はバスに乗り込んでいた。走って追いかけるわけにもいかず、自転車を取りに行き彼女のうちへ向かうと家の直前で電話が鳴った。
「倉石さん。美月が帰って来たわ」
「そうですか?良かった。僕も校門近くで会ったんですが走って行っちゃって・・・」
「それでね。美月、今日はちょっと疲れたって言っていたんだけどどうするの?」
「そうですか。分かりました。あまり無理をさせるわけにはいかないと思いますから今日は控えます。美月さんはゆっくり休んでくださいと伝えてください」
「分かった。そうするね。ごめんね。倉石さん」
嫌われた訳ではないだろうだからあまり接近してはいけないだろうと思った。少しすれば事情も話してくれるだろう。何があったのか気になった。

12月16日(木曜日)
この日も補習があって学校に行く。すると、一人の男子が近付いてきた。半そでに短パン。運動部員のようだ。結構、汗をかいていて肩にタオルをかけていた。顔をうっすら覚えている程度で名前は知らなかった。
「お前が倉石だよな?」
「そうだけど、君は?」
「俺?俺は、大和田 明人(あきひと)。ちょっと話がある。補習の後、体育館に来い」
「え?」
光輝が困惑した。昔の漫画などであった呼び出しという奴だろうか?この人に何かした訳でもないのに何故そんな事になるのかと理解できなかった。それとも、自分に告白とか?考えただけで恐ろしくなったので頭の中で否定した。
「あ。別に、呼び出してボコろうとかじゃねぇよ。普通に話がしたいだけだ。他に誰もいねぇ。俺一人だけだし。俺は練習があるから、お前は補習頑張れよ」
彼に何かしたかは身に覚えは無かったが、あるとすれば
『アイツがまさか、処女強奪犯?』
日中の美月の彼氏なのかという事よりも先に思考が働く。光輝にとっては強奪犯なのだろう。だがそれは、自分のものであるという前提のものだ。知らず知らずのうちにそのような勝手な思考を持ってしまっている光輝であった。
その直後、美月が教室に補習を受ける為、入ってきた。こちらには視線を合わせようともしなかった。それから補習を終えて、言われたとおり体育館に行く。
『ヨミちゃんの方も頂きますという宣言をするつもりか?』
もはや、彼の思考は止められなかった。一方的に思い込むだけだった。
体育館に入った。すると、汗まみれでバタバタとかけながらバドミントンをやっている彼の姿があった。数人の部員と共にバドミントンをやっていた。邪魔してはいけないと思って端で見ていることにした。
「すごいな・・・」
右、左とせわしく駆け回り、ラケットをブンと空を切る音をさせながら振り回す。休む間もなく、動き回る。バドミントンなんて、幼い時、公園で遊びとしてやる程度で今、見ているような競技ではなかった。10分ぐらいすると休憩の合図が出た。
「はぁ・・・はぁ・・・お。お前、来てたのか。全然気付かなかった。待ったか?」
「そんなには」
「先に外の階段に行っててくれ。すぐ行く」
そのように言って、更衣室の方に行ってしまったので言われたとおり体育館前の階段に出た。ビュゥっと外の冷たい風が通る。
「さっぶぅ・・・」
それからすぐに、彼のほうもやってきた。タオルで汗を拭いた。
「うう~。いい風だ」
そう言って、すぐに上着を着込み、水筒に口をつけてゴクゴクと飲んでいた。
「それで話って?」
「・・・ぅぷ。比留間の方から話は聞いた。お前が夜の方の比留間と付き合っているって事をな」
「夜の!?何故、それを・・・」
「そりゃ、知っているさ。俺だって昼の比留間と付き合う事にしたんだからな」
やはり、昨日本人が言っていた事は本当だったようだ。そして、こいつは美月の秘密を知っていると。
「一昨日から付き合う事になったんだ。それで、昨日、日が沈むと別人だって事を知ったんだ。今朝、その事を話したら色々と教えてくれたよ。ずっと身内以外の人には言えず隠すのが大変だったってな。それと、お前が夜の比留間と付き合っていて何とか別れさせたいってな」
「言うほど、付き合っているわけじゃないけど・・・」
「でも、比留間のうちに行っているんだろ?一昨日は遊園地にデートに行ったって話しだしな。それはもう付き合っているのと言えるだろ」
どこまで知っているのか分からないがテンポよく、大和田は話を続ける。
「ずっとこのままって訳にはいかないだろ?美月の心は二つでも体は一つなんだから。今は姉妹だって事にしているけどそれだっていつバレるか分からねぇ。それで思ったんだよ。俺も夜の比留間と会って良いか?」
「な!?」
「そんなに驚く事はねぇだろ。別にお前とはもう会わないって言っている訳じゃねぇよ。俺も会っても良いかって話。お前だって以前と同じように会えばいいだけだよ。だってよ。よく考えてみろ。比留間はお前の私物じゃねぇんだから、本人が拒否らなきゃ俺だって会う権利はあるだろ。最終的には両方の比留間がどちらかを選ぶ事になるんだからな。今、俺がお前に言おうと思ったのは何も言わず勝手に会うっていうのは後ろめたい事をしているみたいで嫌だしよ、後々面倒くさい事になるだろうし前以て言っておこうと思ってな」
「・・・」
「何か不都合でもあるか?」
「・・・」
反論できる余地はない。
「黙っていたら分かんねぇだろ。何か不都合でもあるのかって聞いているんだよ」
「・・・。ないよ・・・」
苦虫を噛み潰すかのように声を押し殺して言った。
「うん。それで色々と考えたんだよ、お互いフェアじゃなければならないって事でな。で、よ。交互に比留間に会うことにしようじゃないか?今日は俺が夜の比留間に会って、明日はお前が会う。それで逆に昼間の美月は今日、お前と会って明日は俺と会う。その繰り返し。勿論、本人の意思や都合は尊重しなけりゃならないけどな。嫌がっているのに、無理に会うって訳にもいかねぇからな」
「うん」
もはや言われるままだった。というより独占など出来る訳がなかった。
「じゃ、決まりな。いや昨日はビビッた。比留間が急に眠いって言って倒れるんだもんよ。で、少しして目が覚めたら別人なんだもんな。夜の比留間の方の反応が新鮮だったな。ものすげぇテンパッてた。いつもとは違ったからそのギャップが凄かった」
『昨日、慌てていたのはそのためか。ってまさか!?』
「夜の比留間さんの方には何か」
最悪の事態を軽く想定した。ただ想定したとしてももし事実だとしたらショック死するかもしれないと思えた。
「何かって・・・ちょっと抱きとめてあげてやっただけだよ。『あんまり驚かないでね』つって眠っちまったからさ。それで夜の美月が飛び起きて逃げるようにしていったよ」
キスでもしていたらどうしようかと思っていたが、抱きしめていたらしい。昨日の夜の美月の慌てぶりはそこから来たのかもしれない。ホッとした。心底、ホッとした。
「そんじゃな。俺は、これから練習の続きだ。今なら、昼間の比留間と会うのは・・・駄洒落じゃねぇぞ。で、今の比留間は自由だから、好きにやってくれ。と言うか、お前は補習で一緒だろうがな」
そう言って彼は体育館に戻っていった。彼のこの余裕は不愉快だった。日中の美月が自分を心底、嫌いだというのを知らされているからだろう。こうなると逆転させてみたくもなるが、そんな事など思いつくはずも無かった。
しょんぼりして帰る。日中の美月は既に帰ってしまったようでいなかった。

「終わったな~。ほぼ、終わったぁ~」
家に帰って風呂に入っている時、アイツと夜の美月が仲良くなっているのではないかというイメージが浮かんだ。何もしていないと嫌な事を思い出しそうだから、絵でも描いて気を紛らわせる事にした。しかし、集中など出来ず、眠る事にした。
『あの夢、相手の顔は出てこなかったが今度はアイツの顔で出てくるとか?勘弁してくれ』
夜間の美月が引き込まれる夢。その相手の顔が出てくるなど考えたくなどなかった。

12月17日(金曜日)
幸い、夢は見なかった。ただ、それほど眠った実感がなかった。気だるい疲労感が残る中、朝食を取って学校に向かう。
補習3日目。一応、彼の補習は今日で終了だった。クラス内の美月が不自然なぐらいニヤニヤして近付いてくる。昨日の話の事を朝の美月も知っているのだろう。こういう時は決まって嫌味を言いに来ると予想出来た。
「あの子も仲良くしているらしいよ。あの子もアンタと話すのより楽しいってさ」
それだけ言うとこちらの反応をチラッと見ただけで自分の席に見せ付けるかのように戻って行った。
『やっぱり言いに来たか。しかし、事実ではなぁ・・・』
嘘かもしれないと思った。それから補習の最中にずっと考えていた。
『今度こそ、このまま俺はフェードアウトしていった方がいいのかもしれないな』
そのような結論を出していた。彼と自分を比較すれば分かる事だ。彼はスポーツマン、性格も明るく人受けも悪くない。頭は決していいとは言えないが自分よりは上だろう。一方の自分は運動音痴で根暗で人から敬遠されている。頭も悪い。そして、オタクである。元々、ダメ人間である事は自覚していたがそれは自分の立ち位置というものであり、世間の隅っこにいればいいという認識であるがすぐ近くに比較対象があると更に痛感させられるものだ。そのような自分と美月が一緒にい続ければ美月自身も趣味が悪いとか悪評を立てられに違いない。今までは夜の美月と仲がよければ言わせておけばいいと思ったがライバルが現れると自分とどうかと考えざるを得ない。本当に美月の事を想っているのであればここは潔く身を引くのもまた選択肢の一つだろうと思った。
悲しい事だが自分がアイツと張り合えるぐらいに努力すればいいという発想は微塵も生まれなかった。

夕方になって一応電話を入れようかとも考えた。
「また同じ事を繰り返そうとしているんだな。俺は」
日中の美月に言われて会うのをやめようと考え、夜の美月の行動で思い直した時の事を。今回は、前回と違って頑なに会わないという方法ではなく、自然と夜の美月から去っていくという形を取ればいい。そうすればお互いの関係が拗れる(こじれる)事無く自分よりも大和田に流れていく事だろう。それで、美月のいとこに嫌われたと知れば岸達も『お帰り。お前はがんばった』と言って慰めてくれるだろう。それで全てが元通りになると確信していた。電話を入れると、夜の美月は快く応じてくれたように思えた。
「こんばんは。お邪魔します」
「いらっしゃい」
美月の母親が微笑んで答えた。昨日はアイツにもその微笑を与えたのだろうなと想像してしまう。歪んだ独占欲というところだろう。
「こんばんは」
「こんばんは」
返事は前と変わらない。が、それからの会話が止まった。たった1日だけ間に別の男と会っていただけだというのに、奇妙なぐらいお互いソワソワしていた。
「一昨日は本当にごめんなさい!あの日は気がついたらすぐ近くに大和田さんが目の前にいたものですからどうしたらいいのか分からなくなってしまいまして・・・」
「別に気にしなくていいよ。俺も美月さんの立場なら1日中動揺していたかもしれないし何だか、アミさんが彼に秘密を教えたかったらしくて」
「はい。それで受け入れてくれて安心したって言っていました。とてもいい人だからアンタもちゃんと会って話してみろって。そうしたら必ず気に入るって」
そのように強調しているのは自分の事を指しているのだろうと思った。
「大和田って人はどんな人だった?俺、全然知らないからさ」
本当は何があったのか何を話したのかが気になったが、それはプライバシーに関わると思ってやめた。それに言いたければ美月のほうが口を開くだろうと思ったからだ。
「とても一生懸命な人だと思いました。会ってすぐに自己紹介をされて、これから倉石さんと交互に会ってみようって言われて、ちょっと戸惑ったんですけどお父さんやお母さん、コハちゃんも見聞を広げる意味で、色んな人と話した方がいいって言われて、本当は光輝さんに聞いてからにしようって思ったんですが、光輝さんも良いって言われたそうだったので」
「うん。その方がいいね。俺と話してばかりだと偏ってしまうだろうし、世の中には色んな人がいるよ。良い人とか悪い人とかね」
「そうですか?それなら安心しました。光輝さん、別の男性と話をするのって嫌なんじゃないかと思いまして」
嫉妬という感情は自分から見てちょっと高いぐらいの人か自分以下の人にしか抱かないものだなと思った。相手が見えないぐらいの遥か先では、何も起きなかった。
「そんな事、ないない。美月さんにとって本当に良い事だと思うんだったら俺に聞かずにどんどん決めちゃって良いよ。決めるべきだね」
「そ、そうですか?」
「うんうん」
「それでいろいろな話をしました」
「へ、へぇ。例えばどんな事を話したの?」
「大和田さんはバドミントンが得意で今度一緒にやらないかって事を」
「バドミントンかぁ。子供の頃、少しやったなぁ~」
特技を活かした話題作り。一緒にやるとなればかなり接触も増えるだろうし、何より、男の自分でさえ彼の動きには感心したぐらいだ。美月が見たらコロッと行ってしまうかもしれない。
「はい。でも、やっぱり男性と話すのは慣れて無くってやっぱり緊張してしまいます」
何を聞かれたのか気になったが自分にとって良くない事だろうと思ったので聞こうとは思わなかった。
「緊張するんだ。俺と話すときも緊張する?」
「いえ、光輝さんとはもう慣れましたからいつも通り、話せますよ。ふふ」
穏やかな微笑み。アイツとの話が慣れたらその時こそ、俺はおしまいかもしれないと考えた。この微笑みも他の男に向けられるのだから・・・それからあいつとは関係ない他愛ない話をした。帰り道、いつもより風が冷たく感じられた。光輝には冬が更に深まっているだけだと思った。

12月18日(土曜日)
この日は補習がなく、外は1日中冷たい雨が降っていたので家にいるしかなく、毎週、自動で録画するようにセットしたアニメを見ようとしたがかなり溜まっていたし、それほど面白そうに思わなかったので見ずに消去した。
「来期のアニメはしっかり見られるのかなぁ~」
沈む気持ちでそんな事を思い、絵でも描いてみた。様々なキャラクターのデフォルメした姿であったが、どうにも気に入る出来にはならなかった。夕方になるにつれて不安感が高まってくる。家にいては心が沈むと思って本来は弟の仕事である犬の散歩に出かけた。思えば、夜の美月に出会ったのも犬と散歩したからであった。だから心中穏やかではなかった。まだ大和田と話す事に慣れていないから緊張すると言っていたが慣れてしまったらどうなるのか。良からぬ想像が進む。考えない方がいいと思うが、それは無理かもしれない。

12月19日(日曜日)
朝起きて、一人で過ごす。友人達に連絡するわけにもいかなかった。一通り『ドラゴンリング』も読み終えたのでサイトを巡回してネタなど調べていた。そこでため息を一つついた。
「楽しく過ごした日々の代償は重い・・・か・・・」
このマンガは『仲間』を強調した場面が良く出る。見れば見るほど岸達を思い出した。
「そしてその楽しい日も俺は終わらせようとしている。沢山のものを失って。残る物は思い出だけか。それだけを糧に送る学校生活。重いな」
漠然と考えながら自嘲気味に笑う。自分にはお似合いだと思っているのかもしれなかった。携帯を触っていると、糸居からのメールの返信をしてない事に気付いた。
「忘れてた。『そろそろ終わりそうだから、そっちに戻れそうだよ』っと」
メールを送ると糸居から5分程度で返信が来た。
『そうか。早かったな。もう少しゆっくりして来ても良いんじゃないか』
そのように書かれており少しガッカリする。『そんな事言わず頑張れよ』などという励ましの言葉を少し期待していた自分に気付く。
「まぁ、そうだよね。『でも、引き際は早いほうがいいよ。俺は場違いすぎたから』」
暫く、二人の短い間隔のメールのやり取りが続く。それならば電話するなり、会いに行った方が遥かに早い。
『岸も本島も喜ぶと思うぞ。お前が比留間と仲良くしていると知って嫉妬している反面、お前がいなくて本調子でなかったからな。今期のキャラのデフォルメ描いてもらいたいって口には出さないが、そんな雰囲気をかもし出していたしな。傷心のお前を温かく迎えてくれるはずだ。お帰りぃ!ってな』
光輝の心境としては内容を殆ど聞かず、美月と別れて糸居側に合流するのを歓迎しているように見えたのが少々、拍子抜けという気分だった。
「そうなんだ・・・『良かった。もう居場所がなくなっているんじゃないかって思っていたから』」
『何時だってお前のスペースは空いているよ。誰もお前の役割をやれる奴はいないからな』
「俺の役割・・・『やっぱり必要としてくれる人がいるってのは感謝しないといけないね』」
『そうそう。人には向き不向きがあるしな。お前自身、快適だと思える場所にいるのが一番だよ。無理して頑張ったってコケて痛い思いしたって何の価値もありゃしねぇ』
糸居に言われれば言われるほど心のモヤモヤは募っていった。心の中では戻って来いと言われているのだから乗っかればいいだけなのだが、どうもスッキリしなかった。
「・・・。『それに、相手のこともあるし、ズルズルと続ければ続けるほど辛いのが増えるだけだしね』」
『もうつまんない事考えるのをやめろよ。ちゃっちゃと綺麗サッパリ忘れて心を入れ替えろ!お前にはほのかがいるんだろ?』
少し前まで大好きだったアニメのキャラ。普段、まるで喋らない糸居から言われるとボディブローのように重い。
「『そうだった。大事な事を忘れていたよ。糸居。思い出させてくれてありがとう』」
『気にすんな。いつまでも未練たっぷりでいるのもお前も嫌だろうが、俺はお前が行きたい方向を見ているだけだ。後はお前自身が好きにすれば良い』
それから返信をするのをやめた。心の中の晴れないモヤモヤはウズウズとなって光輝の心を刺激する。ため息ばかりが増えた。時は過ぎて、夕方になったので美月の家へと動き始めた。
すると大和田が帰りらしくバッタリと出会ってしまった。
「うっす」
光輝は無言で会釈するだけである。
「夜の美月さんにバドミントン楽しかったって!言っておいてくれ!」
『俺は伝言板じゃねぇって。バドミントン!?』


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(小説)美月リバーシブル ~その13~

2012-11-30 18:40:50 | 美月リバーシブル (小説)
2010年12月13日 (月曜日)

採点日。期末テストの答案が全教科返却される。誰もがハラハラドキドキの瞬間である。普段であれば赤点ギリギリで、補習により休みの有無が決まる彼にとってはまた別の緊張感があるものだが今の彼にとってそんな事は些末な問題であった。
『非処女って・・・非処女って・・・』
朝、夢を見ていた。自分から見て夜の美月が走っていた。美月は追われていたのだ。背後に迫る無数の真っ黒い手から逃げていた。自分は叫んでも何も出来ずただ見ているだけであった。必死に逃げる美月であったがやがてその手が追いつかれ多くの黒い手に手や足や体などをつかまれ『倉石さん助けて』と自分に助けを呼びながら黒い影に引きずりこまれるという悪夢だった。朝、思わず叫んでしまった。今まで生きてきた中で最悪の目覚めだった。食欲は殆どなく、パン1枚食べるのが精一杯だった。
「おはようっと」
「よぉ」
いつもの3人に声をかけたら岸がとても乾いた返事をして、すぐに自分達の輪で話をしていた。殆どスルーされるような形であった。だが、そんな事、気にならず自分の席について重いため息を吐いた。
「冬休み、やっぱコミケ行くかぁ?」
普段の岸ならば光輝がこんな様子なら何かしらこちらにアクションしてくるはずなのだがそれもなく背を向けて話をしていた。
「これもまた思い出作りの一つでしょう!」
本島は岸と意気投合しているようであった。糸居はちょっと目を合ったがそれ以上、何も言ってくれなかった。やがて、美月がやって来た。即座に思ったのが
『あ、非処女ビッチ』
何ととんでもない下劣な発想だろうか。すぐに視線を外して自分の顔を覆うと、今朝の夢の映像が再生された。
『待てよ。あっちがビッチでも夜の美月さんの方は無事か。でも、あっちのビッチと美月さんは二心同体。いやいや、そこを考えたらダメだ。そこを考えたら、俺はもう死ぬ!』
一人、脳内で壮絶な戦いを行っていた。夜の美月についてどう捉えるのか?同じ体だから非処女と考えるのか精神は違うのだから別であって処女と考えるのか。その二つの発想が激しくぶつかり合っていた。『ドラゴンリング』のように格闘マンガと考えれば空を飛び、お互い譲らぬ血なまぐさい殴り合い。傷つき、血を吐き、ボロボロになりながらも相手が倒れるまで続く。
思考はギンギンに高まり、歯を食いしばっていた。頭を覆っていたので誰も気付きはしない。そうしてようやく担任が現れた。といっても、光輝はそれどころじゃなかった。
「おい。岸、そこの寝ている倉石を起こせ」
「はーい」
机に伏していたので近くの岸が仕方なさそうに背を揺さぶった。
「ハッ!な、何!?」
光輝は目が充血していて、歯を食いしばって、顔は赤くなって、汗をかき、鼻水も出ていた。
「お、お前、どうした?」
「べ、別に。ハハッ。大丈夫ですよ」
「そうか・・・ちゃんと起きておけよ・・・これから答案の返却だぞ」
担任は気にせずホームルームを開始するが光輝は何も聞こえてはいなかった。今でも思考の戦闘は続いている。1時限目に一斉に各教科返却される。補習などがある際は、答案に何らかの指示が書かれている。大体が、何時に職員室に来いという物である。
12教科中4教科が補習で、数は減っていた。
それでその日は終了で、呼び出しを食らった先生の所にはしごする事になる。意識を何とか保たせてその先生の元へと行く。補習をしたくない先生は大体、課題を出すぐらいなものだ。わざわざ補習をする先生であったとしても態々休みに学校に来させて教室に縛り付けるという半ば嫌がらせみたいな事をさせるぐらいだ。
その帰りに事件があった。全部の先生の所に行ってから戻って来ると教室内で数人が大きな声で話していた。
「良かったね。みっちゃん。アイツと一緒じゃん」
「だから違うって!何度言わせる気?」
日中の美月が何人かの友達とちょっとからかい合っている様子であった。自分には関係ないと、教室内に入ると、一斉に美月以外がこちらを見てニヤニヤしていた。逆ににらみつけて来たのが美月であった。
『何を怒っているんだよ。ビッチが・・・』
「前の補習の日に何かされたの?」
「だから、違うって!」
「それともみっちゃんの方からアタックしたとか?」
「だから~!」
するとクラスの女子の一人がこちらに近付いてきて、話しかけてきた。
「ねぇ。倉石君さ。期末テスト最終日に虹の花パークでみっちゃんと一緒だったらしいけど何で?」
「!?」
『そうか。クラスの人たちにバレていたのか・・・』
朝、少し岸達の様子も変だった理由がそれだろう。
「それは・・・それは私じゃなくて私のいとこ!」
咄嗟に美月は嘘をついた。
「瓜二つって言われるほどそっくりのいとこ。だから、そこのオタのアイツなんかと遊園地なんかに行っている訳だし、私が何度言っても聞かないんだから」
「え?そうなの?倉石」
クラスメートからそのように振られて、美月の方を見てみると物凄い剣幕で睨まれた。口裏合わせをしろというのが明確であった。本当の事を言ったら何をされるか分からないほどの鬼の形相を一瞬送ってきた。
「そ、そうだよ」
一体どこまで知られているのか分からなかったので迂闊なことは答えられない。ダブルデートという事は知られているのかどこを目撃されたのか。それによって答えは変わってくる。
『くそぉ・・・何で俺をトコトン嫌う奴の為になんか・・・』
沸々と怒りが湧いてきた。だが、別の思考も沸いてきた。
『そうだ。コイツと美月さんは別なのだ。別人。双子みたいなもんだ。そうなのだ』
怒りは湧いてくるが、ここで押さえらなければ何もかもおしまいだろう。ここで他の奴らを騙しきれれば日中の美月も少しは見直してくれるかもしれない。そう思うことで、怒りを堪えた。
「へぇ。そうなんだ。みっちゃんのいとことどこで知り合ったの?」
「ただ、ただの偶然だよ。ちょっと前に道を聞かれて。比留間さんと似た顔をしているのに態度が違うから変だなって思ったんだけど、良く聞いたらいとこだって話でさ」
「それで付き合う事にしたんだ?倉石がねぇ。」
「ま、まだ、付き合うってほどじゃ・・・ないよ」
別人扱いにしてしまえば大した問題ではなくなってきていた。
「だったらどうして虹の花パークに一緒に行っていた訳?それってどう考えたってデートじゃない」
「だ、だから、付き添いみたいなもんだって・・・彼女は普段外を出歩かないから、行ってみたいって・・・元々、村川さんとその彼氏と行くって話らしくて俺はそのついでだよ」
「ふ~ん。じゃぁ、倉石は親戚のお姉さんにも少しは好かれておかないとね」
『それは難しい事だなぁ・・・』
その直後、光輝がホラね。といいたくなるような発言を美月がした。
「好きになるわけないでしょ!もう!コイツの顔を見ているとイライラしてくるの!いい加減帰ってよ!アンタ!それにうちにも来ないで!」
「え?倉石君、みっちゃんの家に行っているんだ」
美月がしまったという顔をした。だが、言葉を続ける。
「そう!いとこが家に来るところを付けてうちの場所を知ったらしい!本当、ストーカー!」
『ストーカーか。村川さんの言葉が効いているなぁ・・・俺、犯罪者予備軍じゃん』
「それ、マジなの?」
皆から明らかに気持ち悪がっているようだった。
「付けたって、家の途中までで帰ろうと思ったらその時、そのいとこのお父さんに会って、ちょっとうちに・・・」
「ええ!?両親公認なの?」
「う!?」
周りの反応は明らかに、付き合っているというムードになってしまっていた。光輝はしまったと思いつつ恐る恐る美月の方を見ると再び、鬼のような形相になっていたが、何とも思わなかった。
「ホント、次、あの子に近付いたら殺すから!アンタなんか早く家に帰って大好きなアニメでも見てなさいよ!」
「どうしたの?みっちゃん。これから話が面白くなるところじゃない。普段、ゲームやアニメの事ばっかのオタクの倉石君がみっちゃんのいとこと付き合っている。何か興味ない?」
「だから、あの子に変態的な事をされるんじゃないかって考えただけで鳥肌よ。もうされたかもしれない。ああ!気持ち悪くて仕方ない!」
「親戚のお姉さんからそのように言われているけどそれについてはどう思うの?」
「ああ!もういい!私、帰る!アンタも帰りなさい!」
そのように言って、美月はそそくさと帰っていった。周りの視線は光輝に残り続けた。
「そ、そうだな。俺も・・・帰ろうかな。お姉さんにこれ以上怒られるわけいかないし」
「いいじゃない。みっちゃんのいとこの事をもっと聞かせてよ。そんなに似ているの?」
「いや、だから、本当にマズイから。んじゃ俺も・・・」
バッグを掴み、逃げるようにその場から立ち去った。
『クラス中に知れ渡っていたとはなぁ・・・岸達には裏切ったみたいな形になっているしな・・・それに、好感度ダウンだな』
家に帰って、日が暮れてから電話を入れてみようと思ったが、携帯で『比留間 美月 自宅』という文字を見て固まった。後、指一本、一動作で美月のうちとつながるのだが・・・
『美月さんか・・・だが、ここで立ち止まれるか!』
意を決し、ボタンを押すと短いコール音の後
「倉石ですが、美月さんはご在宅でしょうか?」
「倉石君?悪いんだけど今日は遠慮してくれない?」
「美月、とっても体調が悪いみたいなのよ」
「そうなんですか。お見舞いって訳には行きませんよね?でしたら、ゆっくりしてくださいって言っておいてください」
「分かった。そう伝えておくわ」
母親が出て切った。
『やっぱり、クラスの人にバレたって事が響いているのかな』
少し強引にでもお見舞いに行くって言った方が良かったのかもしれなかった。

12月14日(火曜日)
その日は休みで補習は明日から2日間である。しかし、家での課題は出されたからそれをちゃんとこなさなくてはならない。と言っても、教科書の内容をレポート用紙に写す程度の簡単なものだ。机に向かいレポートを書きつつボーッとしていると何度も日中の美月の睨みが思い出された。ビクッと震えた。昼過ぎに古本屋でようやく『ドラゴンリング』の最新刊まで辿り着いた。
『確かに色々と目を瞑れば面白いマンガじゃないか。これでDRの話題が来ても対応できるな・・・』
魅力や見所の要点を語るのであればネットの掲示板を開けば後は簡単にまとめることが出来るだろう。『話題が来る可能性があるから読む』テスト勉強をしているようで不純に思えた。
家に帰り、夕方に美月のうちに電話をかけると体調が持ち直したという事で行ってみる事にした。玄関のドアを開けると美月がいたのだが、今まで印象が違って見えた。何か一瞬、暗いオーラのようなものが漂っていたようなそんな感じ。
『ぐっ・・・夜の美月さんの方でさえ軽く不潔に見ているな。俺』
「どうかしましたか?」
「いやいや、昨日、調子が悪かったのなら今日も無理しているんじゃないかって思えて」
「今日は元気ですよ」
「本当に?なら良かった。でも、無理はしないでね」
あまりおかしな挙動を取ると勘付かれる恐れがあると緊張した。
「そうだ。昨日の学校での話は日中の比留間さんから聞いた?」
「昨日、アミちゃんはいつもの動画は撮っていなかったので分かりませんし、今日もそんな事言っていませんでしたよ」
「え?」
ショックが大きくて言わなかったのかと思った。黙っておいた方が賢明かもしれないと思ったが口に出してしまった以上、誤魔化すのはかえって不自然だろう。日中の美月が大変だったという事だけを言っておいた。
「私が親戚のいとこで妹みたいな存在ですか」
「どうしても、みんなに秘密を話したくないみたいだね」
「今日もその事は言っていませんでしたし、動画でとっても上機嫌だったんですよ。何かあったんでしょうか?」
「さぁ?それは俺も分からないな」
検討もつかなかった。自分を貶める計画を思いついたなどとは思いたくなかった。
「私が妹みたいな存在」
「そのように言うしかなかったと思うよ。俺が日中の比留間さんの立場ならそうしていたと思うもの」
「どうしてですか?」
それは嫌っているからだと言おうかと思ったが流石に避けた。
「まだ、秘密を話すには早いってね。いきなり、夜の状態の比留間さんをみんなの前に出すのは抵抗があったんじゃないかな。比留間さんが外にあまり出たことがないから可哀想というのもあるのかもしれないし」
言ってみて上手く纏められたと思った。本当はそのような事を考えているのかもしれないとも少しは考えた。
「みんな受け入れてくれると思うんだけどね。俺みたいに」
「そうですよね」
「子供のうちはからかったりいじめたりもあるかもしれないけど、もう高校生だし。後はタイミングだと思うよ。それを迷っているんじゃないかな。いとこのお姉さんは・・・で、良いのかな?」
敢えてお姉さんと言う言葉で美月を区別する事にしてみた。ただ『いとこ』だけでは小春と同じになってしまうからだ。凄く言いやすいし言葉も自然だと思えた。
「お姉さん。アミちゃんがお姉さんですか・・・でも、本当は違うんですよ」
「違う?」
「私、夜に産まれたんですよ。その時、窓の外を見たときに月がとっても綺麗だったからってお父さんが『美月』って名づけてくれたんです。ですから産まれた時間で言えばお姉さんは私の方なんです。それで、私は産まれたときにあまり泣かなかったらしくてお母さん達を不安にさせたらしいですけど、朝になってから元気に大泣きして『ちょっと変わった子なんだろう』って思っていたたらしくて」
「産まれたときからもう違っていたんだ」
「そうみたいですね。朝やお昼ではとっても元気で大変だったけど、夜は大人しかったって長い間、何とも思ってなかったらしいです。夜は日中元気だった分、夜疲れたんだろうって」
何となく、当時の様子がイメージ出来た。前からずっと同じだったのだろうと。
「幼いとき、親戚のおじさんおばさん達が集まって昼から夜まで話をしていたんですが親戚の皆さんにしきりに言われました。あれ?昼の元気はどうしたのって?」
「知らなければそうなっちゃうだろうね」
「子供の頃はずっとそれが辛かったです。皆さん、アミちゃんしか知らないので私になるとみんな大丈夫とか疲れているのって心配して・・・私は元気なのに・・・」
「それは、みんな比留間さんの事を気にかけてくれている証拠だよ。当時は嫌だったかもしれないけど、今はその気持ち、分かるんでしょ?」
「ちょっとですけど」
「それだけ成長したって事だね。さすがお姉さんって所かな?」
「お姉さん・・・ですか」
「この言い方嫌い?」
「嫌いというほどではないですけど倉石さんとは同い年なのにお姉さんって呼ばれ方はちょっと・・・」
「じゃぁ・・・」
迷う。非常に迷う。だが、ここで思い切って一歩踏み込むべきだろう。
「名前で呼ぶのはどうかな?村川さんが言ったようにヨミさんとか場合によっては美月さんってのはどうかな?」
「そ、そうですね。私もそっちの方がいいです」
「じゃ、じゃぁ、俺も苗字でなくて名前で呼ぶのはどうかな?」
「は、はい。私もそっちの方がいいです」
普段よりも力が入っているようであった。美月自身も言い方を変えるタイミングをうかがっていたのかもしれない。
『よっしッ!上手く行ったぁ!とても自然な感じで美月さんの事を名前で呼べるようになったぞ!本当は、諏訪って人が言っていたようにちゃん付けとかで呼ぶのが理想なんだけどな。でも、これは良い前進だ!』
頭の中でファンファーレが鳴った。だが、喜んだのも束の間、急に頭がキンと冷えてくるのを実感した。
『でも、美月さんのこの体に触れまくった奴がいるって事だよな・・・』
心は違えど体は一緒。昨日の悪夢が再生された。
「どうかしました?」
「補習の事、少し考えちゃってさ」
それからはテストの事を話した。自分の成績が悪い事は既に聞いているだろうから見栄を張らず正直に話した。テストや補習の事について認識があまりにも軽いのだろう。彼女は嫌な顔をしなかった。何も知らないだけのようなのでそれはそれでつらいのだが・・・
帰り道で、メールの通知があったので見てみると珍しく糸居からだった。アドレスを聞いていたものの、最初、数回のやり取りと待ち合わせぐらいしか使っていなかったから意外だった。見てみると
『比留間との事。バレたが、平気か?』
無駄も飾りも無い実に彼らしい文章だ。自転車に乗っていたし、帰ったら風呂に入って返信するのを忘れてしまった。

12月15日(水曜日)
その日から補習開始だった。学校に着くとお馴染みの面々がいる。社交的で誰でも気楽に話しかけてくるチャラチャラした奴。簡単に言えば不良と呼ばれる者。倉石のように無口で何を考えているか分からないといわれている奴。後はテスト中、調子が悪かったのか、勉強して山が完全に外れた奴。その中で不良の奴が近付いてきた。
「おい。倉石~。お前、比留間のいとこと付き合ってんだって?」
男女の交際などという話は高校生ともなれば比較的、違和など無く受け入れられるべき話題であるがオタクであると有名な光輝ならば別の話だろう。
「付き合っているってほどではないけど」
「そうなのか?だったら俺の事を紹介してくれよ。可愛いんだろ?すっげー似ているって話じゃん。前、比留間の方は話しかけたらすげぇやな顔されたんだけど、お前と上手く行っている子なら俺と付き合えるべ?な?いいだろ?」
「いや、そういう物でもないと思うから・・・」
「何でだよ。お前、付き合ってないんだろ?だったら何の問題があるんだよ。ひょっとしたら俺のことが好みかもしれないだろ?だからよ~」
「だから駄目だって」
「だから、何で駄目なんだよ。理由を言えよ」
『分かれよ。これだからDQNは・・・』
鬱陶しく無神経に聞いてくるこの男に苛立ちを覚えた。この男もハッキリ言ってこないであろう光輝に対してそれが狙いなのだが。
「ったくよ。冗談で言ってんのによぉ。面白くねぇの。にしたって断るならちゃんと断れよな」
光輝が少しムッとしている様子を見て鼻で笑っているように見えた。その直後に話の中心にいる子が現れた。
「お!比留間~。いとこはあのパッとしないオタ野郎と付き合っているみたいだから俺は・・・」
「付き合ってないし!」
「だったら試しに俺と付き合ってみるのはどうだ?アイツよりも頼りになるぜ!いとこも安心!」
「う~ん。あのへなへな君よりも頼りになっても軽いのよね」
「軽いかどうかなんてのは実際に付き合ってみないと分かんないだろ?何なら試しにいとことではなく俺とお前、付き合ってみるか?そうすれば俺の懐の深さを実感・・・」
「残念でした。私、もう付き合っている人いるんですよ~」
「はぁ?付き合っているって何?誰だよそれ」
光輝は話しかけているDQN野郎以上に驚いた。ガタッと机が震えた。二人が振り返って来た。美月の方はニヤリと笑っていた。
「教えな~い」
「教えないって?それって俺が知っている奴かよ!」
「んふふふ~」
こちらを見ようとしないがわざと聞こえるように言っているのだろう。
ガラッと教室のドアが開いた。
「うるさいぞ。赤点者共、少しは恥ずかしい点を取ったと自覚して萎縮していたらどうだ?」
先生が入ってきてまず、説教。15分間。毎学期同じような事を延々と言い続ける。社会はこんなに甘くないとかこんな事では生きていけないと将来の事を言って最終的にコレはお前達の事を想って心を鬼にして言っているのだとこの話は叱咤激励という事を強調して終わるのがいつも通りである。
「んじゃ、これから課題を配る。終わったら見せに来い」
そう言って先生はプリント2枚教卓の椅子に座って目を瞑った。1枚は日本の年表が書かれておりもう1枚は白紙である。これを書き写せという事が課題である。普段なら、こういった作業は早いのだが、光輝は動揺していて、手に付かなかった。
『まさかそいつが処女を奪った犯人?そうだ。そうに違いない。一体、誰なんだ』
特に悪い事でもないのだが、知らない相手を心の中で悪者と仕立て上げていた。
『で、その彼氏って奴がもし、ヨミちゃんに気に入られたら・・・』
日中の美月もその彼氏を猛プッシュする事は考えられる。となれば、押しに弱そうに見える夜の美月は自分を乗り換えてその彼氏に心変わりするという最悪のシナリオも浮かんだ。
そんな事を考えているうちに続々と課題終了者が出てくる。ハッとして再開すると彼はまだ半分も終わっていなかった。
『長すぎなんだよ日本の歴史~。俺の歴史なんてもう直、終了かもしれないのに~』


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(小説)美月リバーシブル ~その12~

2012-11-23 18:35:28 | 美月リバーシブル (小説)

ステージまではテープ等で区画されており、誰でも好き勝手に入場できるというものではない。ドロッパショーは大体、1~2時間おきに行われている。他の遊園地などのショーとの明確な年齢などの客に制限があるという事だ。小学生までだとか高校生以上だという具合である。理由は、幼児や乳児はショーが始まると終始騒ぎやすい。一部の大人はそんな子供の歓声が不愉快に思う人もいるし、逆に前にいる大人との身長の差で後ろの子供が見えない場合もある。そのような起こりうるトラブルを未然に防ぐ意味で、客に制限を設けたのである。
ステージ前に集まっている人達。男が殆どであるが女もいる。ただ、男女問わずオタクであった。一般人には近寄りがたいオーラを放っていた。
「うっわ。これだけ集まると別の意味で壮観だなぁ~」
「これが、噂に聞くショーに来るオタク達なんだ。すっご」
将介と小春は引いていた。だが、不思議と彼らの周りには人が避けていった。オタク達にとってもカップルという存在はまぶしい光を放っていて、近寄りがたいと思わせるのだろう。美月は身をすくめてキョロキョロとしていた。
「どうしたの?こういう所、嫌?」
「嫌ではないんですけど、人が1つの所に集まっているところに行くのは慣れてなくって・・・」
「大丈夫。大丈夫」
用意されているパイプ椅子に腰掛ける。かなり前に並んでいた人もいるようで、ステージ後方に座った。周囲のオタ達が非常に痛い事に気付いた。と言っても光輝も数回来たことがあった。しかし、そのときは友人と一緒であったし、グッズなども持ってきていて周囲の空気にあわせていた。今は、違っていた。一歩引いてみると彼らの痛さに再確認した。
『でも、一人なら俺も同じなんだよな』
「皆さん。こんにちは!」
ステージ上に、テレビの子供の体操に出てきそうな明るい格好した女性が現れた。
「こんにちはぁぁぁぁぁぁ!!」
オタク達が一斉に声を出した。ステージが震えるかのようであった。その様子に3人がビビる。彼は、分かっていたから黙っていた。
「お姉さんカワイイ!」
「お姉さん素敵!」
そのような声がちらほら上がる。彼らの大部分はショーが目的である。だからと言って、司会であるお姉さんを無視するのは失礼に当たるだろうという事で、まず登場したお姉さんを誉めるというのがこのショーでの一つのルールになっていた。
「今日は、ドロッパ達は何をするんでしょうか?そしてどんな騒動が起こるんでしょうか?皆さん楽しみにしていてくださいねぇ!それじゃ、ドロッパショー始まるよぉぉ!」
「うおおおおおお!」
客達の気持ちが一つになり雄叫びとなってステージを震わせた。
「こ、怖い・・・」
美月が身をかがめていた。やっぱり来ない方がよかったかと思っていた。
ステージでは6匹のキツネ達が出てきた。
「今日は、何をしようか?」
「今日はサッカーにしようぜ!」
「いつも野球ばっかりだもんな。よし!化けるぞ!」
「おう!」
6匹が化ける時に煙が焚かれる。その間に床が抜けて、キツネ達は落ちて、別の化けたキャラクター達がせり上がって来る。そのメンバーは大体めちゃくちゃである。
サッカーアニメのキャラは1人のみで、残りは国民的アニメのハゲ親父、戦隊ヒーロー、人気格闘漫画のネタ要員、国民的映画で好かれている悪役、そしてご当地のゆるキャラと言った具合で整合性など全く取れておらずどのように纏めるのかと興味が持たれる配役である。
じゃんけんを行ってチーム分けをして、キックオフとなる。チームはサッカーのキャラと悪役とゆるキャラの3人。後は別チームとなる。
「サッカーはみんなで勝利を勝ち取るんだ!」
「事を急ぐと元も子も無くすぞ」
声はちゃんと声優から取っている。だからこそオタクから人気なのだろう。ちなみにゆるキャラは声がないのでコクリと頷くだけだった。それもまた可愛らしくて良い。
「俺達も負けていられない!勝つぞ!」
「俺にかかれば得点なんか軽い。軽い!」
「わしゃ、後ろでキーパーをやっておればいいかな?」
キックオフして、やはりサッカーキャラがボールを取って早速先制シュートで1点を上げる。
「見せてやるぜ!俺の奥義を!神々凌駕拳!」
「なにぃ!?」
サッカーキャラを易々と抜き去る。
「ハッハッハ!思い知ったか!」
カパッ!
「焼き払え!」
ゆるキャラの大きな口が開いたと思うや、ピカッと光る。せいぜい、ライト程度のものだ。
ババン!火薬が仕掛けられていたようでネタ要員が吹っ飛ぶ。
「ハッハッハ!まるでゴミのようだな」
ネタ要員は黙って蹲ってしまった。
キツネ達はマンガやアニメが大好きという設定であり化けたキャラになりきろうという気質なのだ。そのような形なので原作のおなじみの台詞や展開などが良く飛び出す。だからこそ、人気が出るのだろう。

「あのやられ方はもはや様式美だな」
近くのオタの台詞がしみじみと語られる。
「ハッハッハ!無茶苦茶すんな~」
将介も格闘漫画を見てきたようで、そのネタ要員の事も良く知っているようだ。
「熱いな」
光輝も思わず彼の拳に力が入った。美月の事は今だけ完全に抜け落ちていた。最終的に親父キャラに全員が正座させられ、説教されるというオチでステージが終わった。観客は皆、満足げだった。
「良く考えるよね~。沢山の作品とか一緒くたにしちゃってさ」
小春が誉めていた。
「うんうん!しかもそれが面白いから、脚本家とか演出家とか相当苦労しているんだろうなって思うよ!」
「お、お前、急に元気になったな。今日、一番じゃないか?」
「ハッ!?」
我に返り、ゆっくりと美月の方を振り返り、小さく微笑む。美月の方はキョトンとしていた。近くの小春は黙って目を細めていた。
『しまったぁ。テンション上げ過ぎた~』
後悔しても今更遅く、そのまま退場していく。自分の迂闊さに恥じ、シュンとしていた。もう閉園時間が迫っていたので出口に向かう。
「どうした?さっきのテンションは?急に萎縮しちまってよ。あんま、みっちゃんの前だと『俺、クールなキャラ』なんてやっているのか?あんま気取らず気楽に行けよ。楽しかったんだろ?な?」
「それは、まぁ・・・はい」
「みっちゃんの方はどうだったんだ?楽しかった?」
「は、はい」
「ん?答えが社交辞令っぽいだけど本当はどうなの。つまらなかった?」
「つまらなくはなかったんです。ちょっと分からかなったので・・・」
「分からない?ネタが?」
「はい。あまりアニメなど見ませんから私。でも楽しそうな感じは伝わってきました」
アニメを見るよりも長い時間、星を眺めているような子だから知らないのも無理はない。この面白さが共有できないのは残念に思えた。
「次、来る時には勉強しておきます」
「勉強って・・・そこまで硬くなる必要もないんだけどな。おっと!いいもん見つけた!」
突然、将介が大きな声を上げた。そちらの方向を見るとプリクラがあった。
「撮ろうぜ!撮ろうぜ!」
「賛成!みっちゃんも行こう!撮った事ないよね?みっちゃんは・・・」
「撮る?コハちゃん。何があるんですか?」
将介が先頭に立ち、小春が美月の手を引く。光輝はそれに黙って続く。
『最近のプリクラって目を大きくしたり、かなり明るくしたりって編集出来るんだよな・・・』
ネット上で溢れるプリクラ画像を思い出していた。大抵、そのような画像をコレはおかしいと茶化す事が多いのを思い出していた。光輝もまた初体験である。
「早く来いよ!時間ねぇんだからよ!えっと・・・」
既に将介がお金を投入していてフレームなどの設定を行っていた。何度もやっているのかその手つきは手慣れていた。
「撮るけど、おい。二人~。表情が硬い硬い!もっと笑う笑う~!で、寄る!」
グッと将介が二人の肩を掴んで引き寄せた。美月の肩が光輝の腕に当たった。嬉しさと気恥ずかしさで顔が笑顔であっても顔が引きつってしまう。
「良し!撮るぞ!」
「ハイ。チーズ」
機械の音声の後に撮影された。その画像が画面に表示された。
「ハハハハハ!アニメっつ~か化け物だな!こりゃ!」
全員の目が異様に大きくされ将介が言うとおり化け物とかモンスターという所だった。
「採用!うん。ええ~。みっちゃん。どう。これ?」
「これは、流石にちょっと~」
「面白いとは思いますけど記念にはちょっと。試しに編集なしにしてみたらどうですか?」
普段否定する事がない美月が『ちょっと』という事は恐らく相当嫌なんだろう。光輝の
が提案すると将介は不服そうな顔をする。
「何だよ。不評だな。なかなか面白いのに。でも、俺が出した金なのになぁ。仕方ねぇか」
編集をやめて再び撮った。光輝と美月の表情は相変わらず硬くプリクラというよりは集合写真に近かった。
「どう?みっちゃん」
「とっても素敵です」
「そう。みっちゃんの変顔なんてレアだと思うのになぁ。さてと・・・」
プリクラに付けられたタッチペンで将介がシャッシャと画面に書き込んでいく。
『俺達LOVELOVEって・・・』
「どうよ?」
親指を突き立てて聞いてみた。
「いいね。凄くアリ」
小春も満足そうに頷いていた。美月は何も言わず照れているようで少し屈むようにしていた。
「おう。オタ野郎。お前もなんか書いてやれ!」
「俺ですかぁ?」
「前に少し絵が描けるって言ってましたよね?」
美月が言い出した。興味があるのだろう。
「時間がねぇ。萌えキャラでもなんでもサッサと描けぃ!」
ペンを手渡され、数秒考えてパッと思いついたものを描いた。あまり書き込んでも無いのに完成した。
「お前!それ、『DR』の『レモティ』じゃん!」
『DR』とは『ドラゴンリング』の略である。『ドラング』とか『ゴング』と、様々な略し方がある。『レモティ』とはそのマスコットキャラクターみたいなものである。キャラを描くといえば女子のキャラを描くことが多いがそんな事をすればドン引きさせかねないと思って誰もが愛するようなキャラにしたわけだ。
「上手いなぁ!よくこんな短時間で描けるもんだ」
模写するだけならば時間をかければ誰にでも出来るが光輝はそのキャラクターの特徴だけ抜き出して強調して描く事で少ない線の数でそのキャラクターを明確に表す事が出来た。この技術はセンスを要するものだ。
「ホント。意外・・・と言うか逆に当然なのかな?毎日、描いているんだろうし」
「撮らなくていいんですか?」
「おっと。完成。完成」
ボタンを押して完成して少し待つとプリクラが出てきたので将介は分けた。
「ほい。みっちゃん」
「ありがとうございます。大切にします」
「おう!それがいい!」
美月がとても嬉しそうにしていたのが印象的であった。今日1番の笑顔だったかもしれない。ゲートを出て、大通りに出ると、小春と将介は一緒に帰るのでここでお別れという事になった。
「それじゃ、私達こっちだから」
「じゃぁな。おめぇ、本気で頑張れよな」
「はい」
そのように答えると小春が近くに来て耳元で囁いた。
『また、何かエロ関係で言うんだろうなぁ・・・』
「帰りヨミちゃんと、2人っきりだからって怪しい所行っちゃダメだよ」
「んな!?真っ直ぐ帰る!真っ直ぐ帰る!」
案の条の事を言われたが反射的に否定した。
「ハハハ」
ある程度予想は出来ていたものの、実際に言われるとリアクションに困る。それから二人は一緒に帰っていった。
『あの二人は・・・この後、怪しいところ行くんだろうな』
残された美月と一緒に帰ろうとしたが生憎、彼女はバスで光輝は自転車であった。バス停についてバスが来るまで話すことになった。これならバスで来ればよかったと思った。
「いろんなことがあって疲れちゃったよ。比留間さんはどう?」
「はい。私も普段、外に出ないものですからたくさんの事がいっぱいあって楽しくて」
「そうだね。俺も家にいる事が多いから、今日は楽しくて時間が過ぎるのがあっと言う間だったよ」
もうバスが来てしまった。時間通りであるがこういう時ぐらいはゆっくり来いと思う。ここは始発だからまだバスが出るまで時間はあるのでバスの前で話を続けた。
「それでは・・・倉石さん。それではさようなら。お休みなさい」
「うん。バイバイ。また、今度来られるといいね」
「はい」
そのままにしては何もならない。何か一歩踏み出したかった。だが、意識した瞬間に体が硬直してしまう。大きく息を吸って吐き出してそのままの勢いで言った。
「こ、こ、今度はみんなとじゃなくて二人だけってのはどうかなぁ?なんてさぁ~」
「え?ああ!い、い、いいですよ」
美月も妙に緊張して答えていた。
「いいの?やったッ!・・・ハッ!?」
思わずガッツポーズをしたが即座に我に返った。
「ふふふ」
「はははは。それじゃ」
彼女の笑みに照れたが妙に癒されていた。時間となってバスが出発してバスが見えなくなるまで手を振っていた。彼女もまた窓際に座っていてこちらを見ているようであったが、暗いのですぐに見えなくなってしまった。自転車であったのでバスを追いかけよう思ったがまだ駐輪場においていた。一人ゆっくりと家路に着いた。だが今日のダブルデートは普段とはまるで違いすぎていて実感が湧かなかった。

12月11日(土曜日)
期末試験の採点日という事で1日休みだった。全身が妙にだるさを感じた。肉体的なものではなかった。以前、受験の面接の後を思い出した。緊張の極限状態。
「昨日の出来事は夢を見たみたいだったな」
やはり思い返してみたが実感が無かった。だが、夢と違った点はこみ上げてくる嬉しさを体中で実感していると言う点だった。
「分かっていると思うけどコウちゃん。今日、私はお休みデーだからね」
カレンダーを見るとハートマークが付けてあった。
「うん」
月に1~2回、主婦のお休みデーとして母親は遊びに出掛けたり、横になってグータラしたりと家事をしない日がある。そういう日は家にいれば昼食を自分で作り、夜は外食というのがパターンとなっていた。
「じゃぁ、今日、比留間さんちにはいけないな」
一応電話を入れて、その旨を伝え、昼はソバを茹でて食べ、夜は家族でファミレスに出掛けた。父と母と弟とで4人である。
「ここ最近、夜、出掛ける事が多いけど上手く誰のところに行っているの?」
主に母が話しかける。父は次、来た時に何を食べるかという事でメニューを眺めていた。弟は母に家族の団欒だからという理由でこの時間に携帯ゲームをやるのを禁止されているので無関心な話題に少し苛立ちを見せていた。
「友達と色々とね」
「ふぅん。女の子の友達と色々ねぇ」
「は?」
驚くと言うより疑問に思った。母親はここで何を言っているのかと。それを聞いた父と弟がこちらを一瞬だけ見た。だが、すぐにメニューを見ていたが興味があるようだった。
「友達っていう関係でもないよ。ちょっと会っているだけであってね」
「それを友達って言うんじゃない。お母さん。ずっと心配していたんだよ。ずっとテレビやパソコンに映っているアニメの女の子が嫁とか言い出すんじゃないかって」
「それはないって」
否定はしたもののかつて友達のうちで誰が自分の嫁などという議論をしていた事はあった。
「それで、どんな子なの?」
「どんなって・・・普通の子だよ」
「普通じゃ分からないでしょ。可愛いとか明るいとか趣味が同じとか勉強が出来るとか」
母親は身を乗り出すかのような勢いで聞いてきた。息子である光輝自身の事よりも興味があるようであった。
「大人しい子だよ。趣味は星を見ることかな?」
「趣味が星を見るぅ?何か作っているんじゃない?その子」
母親というか女である以上、この手の話が好きなのか質問攻めに遭った。どこで知り合ったのか、これからどうするのかとか、どこまで進んでいるのかとかそんな話をしているうちに料理が運ばれてきた。
「お母さんは全面的にコウちゃんを応援するからね」
「あ・・・そう。ありがと」
光輝は母親から聞かれて何とか乗り切ったと疲れを感じていた。その際、異常を来たしていたのは本人よりも弟の方だった。コップの水をこぼすは、タバスコと醤油を間違えるは、ナイフとフォークを持つ手を間違えるなど相当、動揺しているようだった。

12月12日(日曜日)
昼は再び中古本屋に行き、『ドラゴンリング』を読む。夜は、美月の所に行く事にしていた。母親は不自然なぐらいニヤニヤしていた。
「行って来ます」
少しは慣れた気がしていた。いとこがいてもその彼氏がいてもいなくてもいいぐらいの気持ちでいたら今日は小春も来ていた。一昨日の後の話を咲かせた。
「一昨日は楽しかったけどもう少しテンションあげても良かったんじゃない?」
「それは、言えているけどね。あんまり遊園地とか行かないし」
「そんな事ないですよ。私もそんなに元気ではなかったですし」
「いやいや、俺の方が・・・」
「ハイ。ストップストップ。自分の事を悪く言って相手を立てるのは二人ともやめてね~。キリがないから」
そのようなやり取りは嫌いではなかったのだが小春に先手を打たれた。
「それにしても、アンタ、絵が上手かったけど何でも描けるの?」
「何でもって訳じゃないよ。デフォルメされた二頭身、三頭身のキャラを描くのは良いんだけど、リアルの等身だとダメなんだよね。似顔絵とかさ。何かバランスがおかしくなっちゃってさ。普通の人を描くのは苦手」
「じゃぁ、ドラ太郎は?」
20年以上続くアニメの国民的キャラクターである。事あるごとに銅鑼を叩くのが好きな二頭身のキャラクターである。最近、主要声優陣が降板し新しい声優が勤めて当初は批判が多かったがようやく落ち着いてき始めた所だ。
「上手いかどうかは別にして描ける事は描けるよ」
ペンと紙を用意されたので描いてみる。美月の前だからやや緊張する。
「わ!凄い。似てる。似てる。じゃぁ、次、ノビ丸」
小春に誉められ、少しいい気になってリクエストされてイメージできるキャラを続々と描いていく。彼氏持ちだとは言え小春もなかなか可愛い子である。誉められて嫌な気はしなかった。不意に視線を移すと美月が寂しそうにしていた。
『しまった!』
「比留間さんは・・・何か描いて欲しいものってある?何でも描ける訳じゃないけど」
「いいです。私は」
「そうだよ。ヨミちゃん。このオタク君の唯一の特技なんだから、活かしてあげないと」
「そうそう。唯一。唯一」
「そこは否定しておきなさいよ。軽くバカにしているんだから」
「そう?でも、俺自身も他に出来る事なんてないと思ったから肯定したんだけど」
「はぁ・・・あ、今、特技見つけた」
「何?」
「肩透かし」
「それも言えてるかも。たまに空気読めないようなことを言うて。その事は置いておいて比留間さん。何かリクエストがあれば」
「ですから私はいいんです~」
普段美月は見せなかったが不機嫌そうであった。
「ヨミちゃん。もしかしてちょっと嫉妬した?私とこのオタク君と話しているものだから」
「してません~」
『何か、別の一面みたいでちょっと可愛いな』
拗ねているところも可愛く見てしまっていた。
「ヨミちゃん。そんなに怒らないで安心してって。私は、こんなオタク君と仲良くするつもりなんてないから。どうぞ、ヨミちゃんが独占してください」
「コハちゃん。倉石さんにそんな言い方は良くないですよ」
「そうかな。別に何も言ってこないから怒ってないって事でしょ?」
小春がこちらを見てきてお前も何か言えという視線を向けてきた。
「そうだね。言われ慣れているからね。それよりもフォローしてもらって嬉しいかなって」
「良かったじゃない。ヨミちゃん。喜んでくれているって」
「そ、そうですか?でも、悪く言うのは良くないですよ」
「はいはいー。ごめんなさい」
小春は完全にこの場を支配しているといっても過言ではなかった。恐らく、彼女が少し本気を出せば光輝と美月の仲を悪くするのもまた意のままなのだろうと思えた。かなり盛り上がって二人は帰りに外に出て歩く。

「あのさ。前、盛り上がるから聞いてみたらって言われてから比留間さんに聞いたんだけどさ」
「何を?」
「銀河をmilky wayって言う奴」
「へぇ。聞いたんだ。それでどうだったの?」
その時点で小春はニヤニヤしていて起こった事が大体想像がついているようだ。
「比留間さん、おっぱいだって言ってしまってから赤面してしまって俺も何て言って良いか分かんなくて2~3分ずっと沈黙しちゃったんだからさ」
「ハハハハ!なぁ~んだ。盛り上がらなかったの?折角だから、君のおっぱいも見せてぐらい言えばよかったのに」
「はっ?」
何、訳分からん事を言っているのかと思うと同時に同時にかなり引いた。それからふと思い出した。
「あ、そうだ!村川さんにはお礼を言わなければならなかったんだ」
「お礼?アンタに対しては色々、多すぎて何の事だかサッパリ分からないんだけど」
確かに、多くの事で気を遣わせていた。
「テスト前、日中の比留間さん達と何人かが一緒にいた時、比留間さんを諌めてくれたんでしょ?」
「ああ。そのこと。まぁ・・・そうだけど」
小春にしては少し歯切れが悪いような言い方だったので少し気になった。
「あれがなければ今どうなっていたか分からないからさ」
「そうねぇ。アミちゃん。渋々了承させたんだから、ホント感謝しなさいよ」
「本当、ありがとう。感謝しております!」
「それだけ?」
「本当、村川さん様様です。あまりの心の深さに敬服します。俺じゃ全然、及びませんし、俺が会った人達の中で最も優しいと思います」
「まぁ。そうだよね。うんうん」
腕組みをして満足そうに聞く。調子に乗りやすいようだ。
「それでそんな素晴らしい村川さんに恐れ多いようで恐縮ですが質問があります」
「何?何でも聞いてみなさい」
「あの時、どのように説得なさったんでしょうか?」
「ハッキリと言ってしまうとね。アンタみたいなオタクをあんまり追い詰めると事件になるかもって言ったのよね」
「事件?」
「よくあるじゃない。オタクな人がある事がきっかけで凶悪事件を起こすような話。引きこもりのニートが働け言われて親を刺しちゃう事件とかネットで小さい女の子に興味があってさらっちゃう事件とかさ」
「そ、それが・・・俺だと?」
そんな犯人と同列に扱われていたという事がショックだった。
「だってしょうがないじゃない。私含めてあそこにいる全員、アンタの事、全然知らなかったんだもん。ストーカー行為されるとか最悪、ナイフ持ってこられるとかね。それぐらい言わないとアミちゃんを納得させられないよ」
「でも、それって一歩間違えれば通報されるとかあるんじゃないの?」
「そうだね。でも、そのおかげで今、猶予が与えられているわけじゃない。後はそれを好転させるかどうかはあなた次第って事で。名誉返上!頑張って!」
名誉挽回、汚名返上。これらが混ざって使われていた。光輝はまるで気がつかなかったし、小春も間違いに気がつかなかったようだ。
『オタクでストーカーでヤバイ奴かよ。俺、いいトコねぇ』
「あ。そうだ。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「どうかしたの?」
「いや、アンタがオタクって事で思い出したことがあるのよね」
急に声が改まったのでまた何かからかうネタでも思いついたのかと少し身構えた。
「オタクってさ、女の子キャラの事でよく気にするじゃない。男がいるのかいないのかとか・・・」
「まぁ、そういう人もいるみたいだね」
「でさ。アミちゃんなんだけど。経験あるからね」
「は?」
何を言っているのか分からなかった。いや、分かっていないといより脳がその言葉を拒絶したかったのかもしれない。
「だから、アミちゃんは経験が『ある』って事。後々、分かったんじゃショックでしょ?今のうち教えておいた方が親切かなぁ~って、大丈夫?」
「・・・。カハッ!」
完全に凍りつき光輝は息をするのを忘れていた。みるみるうちに顔色が変わり、息が荒くなり、目線が定まらず、汗がドッと溢れ、手足が震え、歯がカチカチと鳴った。
「大丈夫?顔が青いよ」
「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ。大丈夫。だ、だ、だ、だ、だ、だ、だよ」
震え声というレベルは超え、完全に激震というレベルで大きく揺れていた。
「ちょっと、しっかりしなさいよね。それじゃ私、帰るから。バイバイ」
「バ、バ、バ、バ、バ、バイバイバイバイバイバイバイ」
「本当に、大丈夫なの?帰れる?」
「も、も、も、も、も、も、勿論。な、何を言っているの?ハハハハハ。ハハハハハハ!」
急に笑い出してしまい、小春は心配そうに見つめてきた。
「そ、そ、そ、それじゃ、ハハハハハ!」
自転車に跨って漕ぎ出したが、笑いが止まらなかった。小春が心配そうな顔つきをしていた。
「本当、気をつけて帰りなさいよ~」
もうその時点での小春の声などは光輝の耳にとは届いていなかった。
『比留間 美月は非処女、比留間 美月は非処女、比留間 美月は非処女、比留間 美月は非処女、比留間・・・』
まるで頭の中で呪文のように唱え続けた。
「ハハハハハハ!ハハハハハハハハ!!」
口から笑いがあふれ出る。それを止める手立ては無かった。幸い、警察官に遭遇する事は無かった。もし、通りかかれば職務質問は免れられまい。
「お帰り。今日はどうだったの?」
「ハハハハッ。それはもう最高だったよ。これ以上にないぐらいに。ハハハ!」
「最高?コウちゃん。大丈夫?」
「勿論さ~。ハハハ~」
母親も心配していた。そのまま光輝は部屋に篭って出てこなかった。

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(小説)美月リバーシブル ~その11~

2012-11-16 18:33:19 | 美月リバーシブル (小説)

「じゃ、次。あれ」
将介はジェットコースターを指差した。
「あれはちょっと・・・」
美月が難色を示した。
「あれ?みっちゃんはジェットコースター、ダメなんだ」
知らぬ間に将介は美月をちゃん付けで呼び出していた。美月自身は最初戸惑う顔をしていたが将介の勢いに折れたようで次第に受け入れているようであった。そのようなノリで押し切れるパワーを欲しいと思った。
「速い乗り物はちょっと怖いので・・・」
「なら、俺が隣に乗ってあげるからさ~。ねぇ~。乗ろうよ~。手を握ってあげるよ。そんで、それでも怖くてダメってなったら俺に抱きついても全然かまわ」
ペチッと将介の胸をまるでツッコミを入れるかのように、手の裏で叩いた。
「将ちゃんさ。その軽さ、何とかなんないの?」
「ええ?軽いぃ?確かに、軽いのは良くないな。ならば・・・。コホン。美月さん。一緒に乗りませんか?俺の隣で。必ずお守りします。この身に誓って!」
目をキリッと真剣な眼差しに変えて美月の手を取った。
「ちょ・・・それはちょ、ちょっと~」
美月は明らかに困っているようであったが入り込む糸口が見つからなかった。美月がこちらを見て助けを求めているかのように見えて、どうしようかと考えていた。
「だからぁ~」
思ったとおり、すかさず小春がフォローしてくれてホッとした。
「小春に今、軽いって言われたからマジなんですって所を見せてあげたんじゃないか。何が悪いっていうんだよ」
「そうじゃなくて、というかそれもあるけどさ。じゃ、何?私はそこのオタク君の隣に乗れっての?」
「あ・・・それはダメだ。ダメダメ。絶対ダメ。じゃぁ~」
考える事1秒程度。パッと将介の顔が明るくなった。
「じゃ、小春は俺の膝の上ってのはどうだ?ギュッと抱きついてしっかりと抑えててやるから宙返りしても大丈夫!任せなさい!固定するバーより超安心」
「何、バカな事を言っているんだか。そんなの別の意味で危険に決まっているじゃない」
呆れながら言うが満更ではないような表情を浮かべていた。このような冗談を咄嗟に言えるかどうかが人の評価を天と地ほどに分けるのだろうなと彼らのやり取りを遠い目で見ていた。
「おい、お前!何、我関せずを決め込んでいるんだよ。みっちゃん乗らないって言っているんだぞ。お前一人で乗るんだぞ。みっちゃんに『乗って下さい。お願いします』って言えよ。土下座でもしてよ」
「別に自分は、無理強いてまで乗ってもらうことはないかなって」
「バカかお前。みんなで乗るから意味があるんだろうが。一人だけ残すとか盛り下がるじゃねぇか?大事なのは一体感。気持ちの共有。OK?」
「分かりますけどね。もし乗って後で気持ち悪くなったりでもしたら・・・それに俺も残るっていう選択肢も・・・」
「今、言っただろ?気持ちの共有!お互い好き勝手やったら意味ねぇだろ!何のためのWデートだ!」
「で、では、乗ってみようと思います」
美月は決意したようであった。光輝は心配になった。
「良く言った!偉い!偉いぞ!みっちゃん。俺の手柄だな!うん!」
「い、いいの?」
「諏訪さんのいう事分かりますから。コハちゃんもお父さんやお母さんも色々んな事に経験するのが良いって言ってましたし」
やはり強引さというかパワーって大事なものだと痛感させられた。顔色を伺って行動するだけではダメなのだろう。
という事でジェットコースターに乗ることになった。1回待つだけで次には乗れた。このジェットコースターも型落ちしたようなもので目玉になるようなアトラクションでもなくただの遊園地の定番というべき位置づけであった。
「お~う。席はお前とみっちゃん、二人が前な!」
「え?」
「言っておくが最前列は落ちるタイミングが分かるからそんなに怖くないんだぞ」
「そ、そうなんですか?」
美月は乗ったことがないという事で興味があるようであった。他の客もいるからごねる事も出来ず乗り込んだ。安全バーで固定する。
「俺よ。このジェットコースターを乗り終えたら長く世話になった両親に親孝行するんだ」
「ハァッ!?」
『何、バリッバリの死亡フラグ立てているんだ。この人』
「いやいや、映画とか言うじゃん。戦いとかさ。重大な事の後に、親孝行するとか告白するっていう風に特別な何かをする宣言って言うと大抵その人物が死ぬっていうパターン」
「だったらそのまま死んじゃった方がいいんじゃない?私はこんなしょうもない人が死んでくれたらもっと素敵な人を探せるって訳だもの」
「うっわ!小春、きっつ!俺、そんなん言われたら泣くぞ!おい~」
後ろで賑やかにしていた。光輝は美月の方を気遣った。
「大丈夫?怖くない?」
「そんなには・・・」
リリリ~
発射のベルが鳴りジェットコースターが動き出した。カタカタと急傾斜を上がっていく。
「比留間さん。大丈夫?」
ダメだと言われてももう動き出してしまった以上、どうにもならないのだが。
「見た目よりも、た、高いですね」
美月の声は少し震えていた。最高点に到達し、コースターは急降下した。フワッと体の内側から浮き上がる感覚がする。光輝はジェットコースターなどにある浮遊感が嫌いだった。しかし、それがジェットコースターの醍醐味というものだ。
「わーーーーー!!」
後ろから大きな声がした。振り返る余裕は無いが声からして将介だろう。そんな事を聞きつつ美月の方を見ると、美月は硬く目を瞑って、バーがあるため体は固定されているが足を屈め少しでも小さくなろうとしていた。昔なら隣の人を気遣う余裕は無かった。早く終われと思い続けるだけでそれ以上の感情は抱かなかっただろう。後ろの将介の声と意中の人が隣にいるという事で怖さを薄めたのだろう。怖がっているので本人が気付いてないうちに手をつなごうと思ったが美月はバーに付けられているコの字型の取っ手を強く握っていてそこに手を添えた。今なら大丈夫だろうという気持ちからだった。
やがてコースターは平坦なレールをゆっくりと走っていた。その時には、美月の手の上に重ねていた手を離していた。
「将ちゃん、うるさすぎ」
「ジェットコースターは絶叫するもんだろう。寧ろそれが礼儀というものだ。無言でみんな乗っていたらそれこそジェットコースターが可哀想だろう」
将介、独自の理論を話していた。
「比留間さん、終わったよ」
「え?そ、そうですか?そうですね。」
彼女の表情は安堵に満ちていた。コースターは乗り場に戻り、歩き出した。少し、美月はふらついていた。支えてやるべきかと思ったが支え方を知らなかった。おんぶというわけにもいかないだろう。
「みっちゃん、どうだった?」
「良く分かりません。ずっと目を瞑っていたので・・・でも、物凄くドキドキしてます。今も」
「マジで!?じゃぁ、俺が手を当てて確かめて・・・ハッ!すみません!本当にすみません!」
将介は急に振り返って小春に頭を下げて謝った。
「私は何も言ってないよ」
「一瞬、殺気を感じたもので・・・ふ~。危ない危ない。後、数秒遅れていたら俺は今、首から上が切り離されていたかも知れん。さっきの親孝行するって言って死ぬ可能性が出たのはここのことだったか・・・」
将介、汗を拭う動作をしていた。傍で見ていてまさにピエロみたいな感じで面白い人だと思った。次の乗り物はどうするか考えていた。
「じゃ、次はあれにすっか?」
指差したのはデートでの乗り物と言ったらまずコレという定番、観覧車であった。特に拒否する理由もないので観覧車に行ってみると夜という時間帯もあってかやはりカップルが多かった。その中で自分だけが浮いていると思う。
「みっちゃんは観覧車に乗った事ある?」
「昔、1度だけです」
「俺も1度だけ」
「お前には聞いてねぇよ!」
輪に入ろうとしてみたが一喝されてしまってしょぼんとする。以前、幼い頃に観覧車に乗った事があるが、全然楽しくなかった。パタパタと動き回るのが好きな子供にとって観覧車はゆっくりと高い所に行って下に戻るだけと言う退屈な乗り物であった。だから、何とか遊園地に行っても観覧車だけは敬遠してきた。後で観覧車のよさを再確認したのは恋愛ゲームで観覧車の場面が出てきた時だった。そして、今、自分がそのような状況にいる。
順番に先の人が次々と乗っていく。
「この観覧車に乗り終えたら俺、今度こそ・・・おっと、じゃぁ、お先ぃ~。」
と、将介は光輝の目を見て、親指を立てた。岸のネタを少し思い出した。
『行ってくる!って意味なのか。しっかりやれって意味なのか』
二人は颯爽と飛び乗って上がっていった。次の順番が彼らである。ゆったりと籠が流れてくる。係員の誘導に合わせて乗る。美月は躊躇っていた。
「どうしたの?早く、早くのら・・・おっとと!」
「降りちゃ危ないですよ!怪我をしますよ!」
「すみません」
係員に怒られた。だが、そのまま待っていたら、一人で籠に乗って1周するという悲惨な状況に陥っていた所だ。
「そんなに怖がらなくていいんだよ。タイミングにあわせてパッと飛び乗るだけだから」
後ろで並んでいる人からあからさまな舌打ちが聞こえた。それが聞こえたのか美月は萎縮してしまった。
「大丈夫。大丈夫」
「ご、ごめんなさい。私、前乗った時はお父さんに抱っこされていたので・・・乗らない方が・・・」
「俺が先に乗るから続けばいいだけだよ。あ、次のが来た」
不機嫌になっている係員の指示が再び来たのでサッと彼が乗ったがやはり彼女はどう足を踏み出していいのか迷っているようであった。
「ハイ!今だよ!」
籠の中から手を伸ばし、彼女の手を取ってから引いた。光輝も緊張していたからかやや強めに引っ張ってしまった。彼女が、すぐ目の前にいた。体温さえ伝わるかもしれないぐらいの近さだ。抱きしめようと思えば出来ただろうが反射的に身を引いてしまい、すぐに椅子に腰掛けるような形となってしまった。
「ま、まぁ、良かった。乗れた。乗れた」
彼女は斜め前に座った。ゆっくりと上に上っていく。その間、無言となってしまった。それが、光輝自身、よからぬ想像を膨らませてしまう。
『こんな狭い個室で二人っきり。かすかな息遣いも聞こえるような・・・いかん!いかん!いかん!』
目を強く閉じ、邪念を打ち払うようにする。それからゆっくりと目を開けると目の前に美月が座っている。このまま黙ったままでは危険だと思った。
「か、観覧車なんて乗るの久しぶりだなぁ。前に乗ったのは10年ぐらい前かな?」
それから何度か遊園地に行った事はあったが観覧車は避けていた。やはり観覧車と言えば、カップルというイメージが強かったから自然と敬遠してしまうものだった。彼女は、景色を見ていた。
「綺麗」
既に夜。町の明かりが星空のように広がっている。ライトをつけて走っている複数の車は光の川だ。一瞬見て、確かに綺麗だと思ったが彼にとっては夜景などどうでも良かった。遠くを見る彼女の横顔に見とれていた。
『景色よりも君の方が綺麗とか・・・言えないよなぁ・・・』
このままちょっとした観覧車の不具合か何かで止まってしまえばいいのにとも思ったが、そのような嬉しいアクシデントには見回れず、ゆっくりと下に降りた。わざと、乗り続けようかもと思ったが、店員の声に、問題なく降りた。
「みっちゃん。どうだった?」
小春が美月に聞いた。
「はい。夜景がとっても綺麗でしたよ」
「そうじゃなくてさ~。みっちゃ~ん。キスとかしたの?」
将介が聞くような事をさも当たり前に聞く小春を見て顔が硬直してしまう。
「ありません!ありません!そういう事はまだ」
「やっぱりぃ?勢いでしちゃえばいいのに」
小春が言う。手をつなぐ事さえ出来ない今だというのに、何を言っているのかと思う。
「で、アンタは何か言ったの?『夜景が綺麗だね。でも、君の方がもっと綺麗だよ』なぁ~んてさ!」
自分の考えが読めるのかと顔が引きつった。
「ってか、お前、それ、言うなよ~!」
『ってアンタ、実際に言ったんかッ!』
心の中で大きくツッコんでいた。だが、それを言おうとした時点で同レベルだと気付いた。

「ちょっと腹減ったな。そこにクレープ屋あったけど、小春~。何、食べる?」
将介が数m先のクレープ屋を指差した。
「私は何でもいいよ」
「出た!村川 小春の鉄板ネタ。『何でもいい』!で、少しぐらいヒントくれ。甘い系?しょっぱい系?」
「しょっぱいって感じじゃないな」
「そう。じゃ、重い系?軽い系?」
「私はあんまりお腹、減ってないんだよね」
「うんうん。大体、分かった。君らは?」
「俺も、何でも」
「私も何でも良いです」
「おいおい。勝手に俺に任されてもな。じゃぁ、敢えて旨く無さそうなのを選んでやろうか?」
「それはちょっとぉ」
「だったら、お前が選べ。ついでにみっちゃんのもな」
「それ、いいね~。光輝君のセンスが分かりそうじゃない。見てみたい」
美月もそれで良いと言ったので流石に断る事も出来ず、今更、何が良いかも聞けない状況であった。
「将ちゃん、先、選んじゃダメだよ。飽くまでそこのオタク君が何を選ぶのか見るの」
「そうだな」
「比留間さん。何か食べたいのある?」
「いえ、私は倉石さんが選んだものなら何でも・・・」
『それが困るんだよな。わざわざこの二人のいう事に合わせなくたっていいのに・・・美月さんも俺のセンスを試しているのか?』
クレープ屋まで歩いていく。その間、悩みまくる。近付くにつれてそのクレープ屋に何があるのか見えてくる。バナナやらイチゴやらのフルーツ、クリームやチョコなどのトッピング、ツナやポテトなどの軽食物などが並んでいる。その組み合わせなどはかなりあるだろう。
「早く選べよな。後が閊えて(つかえて)いるんだから」
『こういう場ではあんまりガッツリ系は避けるべきだろう。となると甘い系。2つ買うんだから比留間さんの好みの方を選ばせてやればいいんだ』
「チョコバナナとブルーベリージャムを1つずつ」
「ふぅん」
諏訪は腕組みして微動だにしない。良いのか悪いのかハッキリしなかった。
「じゃ、俺は、ストロベリージャム。LL1つで」
『1つ!?その手があったかぁ?』
大きい1つを分け合う。小春が食べ切れなかった分を自分が食べれば良い。それは盲点だった。たが、それを思いついていたとしても1つを分け合うほどの関係でもない気がした。
クレープを店員が作っている最中、将介が聞いてきた。
「お前、みっちゃんの事、どう思ってんだよ」
「どうって、それはどういう風に?」
「好きか嫌いかだよ。他に何があるんだよ。お前」
「そりゃ、好き・・・ですけど・・・」
「ふぅん。本当か?俺には全然、感じられないがな。ただの付き添いって感じで」
「そ、そうですかねぇ?」
見抜かれているようだった。
「今時、珍しい子だよ。あんなに可愛くて大人しい女の子なんてな。そんな子がもっと世間の良い男を知ったらお前なんかクズ同然。いずれ捨てられる。俺がみっちゃんの立場なら捨てるな」
「・・・」
「だから、もっと大切にしてやれよ」
「それは分かってますよ」
「本当か?結構、俺がみっちゃんを攻めていたがお前、黙っているだけで何も言ってこなかったよな」
「それは、村川さんがいるからそこまでいう必要は無いって」
「バカだな。お前。女心が分かってないな。お前。どうしようもないな。お前」
「女心?」
「俺がみっちゃんに話しかけている時点で少しぐらい嫉妬してみせるぐらいが大切なんだよ。あれじゃお前、私の事興味ないんだ。頼りがいがあって、楽しい人に乗り換えちゃおうかなって思うわ」
『それって自分の事を言っているんだろうなぁ~』
女について語る将介に対し、軽く流すような気持ちで話を聞く。
「でも、安心しろ。もし、小春がいなかったとしても俺はきっとあの子とは付き合う事はしねぇから」
「どうしてです?」
浮気でも問題なくしそうだと思っていたのに、急にまともな事をいうので意外だった。
「何か、あの子、重いしな」
「重い?」
「そう。なぁ~んか影が見えるっていうかさ。色々とある感じがするんだよ。付き合うとなると何かと面倒くさそう。だから、夢乃は気楽で良い。一緒にいて疲れないし楽しい。安らげるのがいいわ」
この数時間で美月の事を分かっているようだった。そして、あまり美月の事が眼中にないようで少し安心したが、それも束の間だった。
「でも、ま、短時間の関係ならありだよな。全然あり」
下卑た笑いを浮かべる。一瞬にして諏訪に対して軽蔑するような顔をした。それを見て光輝が何を思ったのか悟った将介が言う。
「バカが。そういう事もする奴もいるってこった。だから大切にしろって言ってんだよ。別の男なんかに気が移らないようにするためにな。あの子の良さは絶滅危惧種として指定されるぐらいだよな」
「焼けましたよ」
話の途中で店員から言われたので熱々のクレープを受け取って二人の女子が待つテーブルに戻った。

「何の話だっけか?ああ。あの子は大切にしておけよって話だ」
糸居の顔が浮かんだが、勿論、自分も含まれているのだろう。
「ほい。ブルーベリージャムの先に食べろよ」
「ええぇ?大きいの一つだけ?どうせなら違うのを2個、食べ合おうって思っていたのに」
「俺は超能力者じゃないんだ。そこまで分かるかよ」
「まだまだ私の事分かってないよね~。将ちゃん」
小春は黙ってクレープをかじり、そのまま差し出した。将介の方もそのままかじった。
『分けずに1つを交互に食べる!?って、事は後で、間接キスかぁ・・・』
そのような事を考えていると、美月を忘れている事に気付いた。
「どっち食べる?1つはイチゴで、もう1つはチョコバナナなんだけど」
「倉石さん先に選んでください。私はどちらでもいいですから」
『どっちでもいいって事は希望がないって事か・・・』
「じゃぁ、チョコバナナにするから美月さんはこっち」
ブルーベリーの方を手渡して、美月の反応が気になった。
「ど、どうかしましたか?あまり、見つめられると」
「いや、ごめんごめん。比留間さんが美味しいかなぁってさ。気になって」
見すぎていた自分が悪いと思った。それから美月が小さくクレープを齧る。
「甘くてとても美味しいです」
「それは良かった」
ホッと安堵し、自分もクレープを食べる。チョコがふんだんに使われていて、物凄く甘いと思った。自分のを食べるか聞いてみようと思ったが『間接キスだ~』などと冷やかされるような気がして気後れしてしまった。閉園まで1時間ぐらい。
「おい。オタク、ここでのオススメとか知らないのか?」
「ココ最近、有名になっているのはステージでのドロッパショーだけど」
「ショー?じゃ、そこに行ってみっか!」
「でも、いいんですか?」
将介一応に確認を取ってみる事にした。
「何か不都合でもあるのか?知り合いが来ているとか?」
「そうではなくて・・・なんていうか、俺みたいな奴いっぱいいますよ」
「いいじゃねぇか。そのオタクもショーとして見学しつつ幸せさを見せ付けてやれば良いんだよ。野郎ばっかで寂しい奴らだのぉってな!ハッハッハ!」
自分が言われているように思えてかなりの反感を持った。
「何、黙っているんだよ。お前だって同じだろ?みっちゃんと一緒なんだからよ」
「え?ああ。そ、そういう事になりますかね。でも、そうやってバカにしたような態度に出るのは良くないですよ」
「お、説教か?まぁ、ついさっきまでそっち側に属していたんだろうからそういう風に考えるのかもな。でもよ。甘んじてその状態に落ち着いているんだからカップル見て嫉妬なんてするのが間違いなんだよ。嫌なら自分で変われば良いだけなんだからよ」
正論ではあるが、言うが易しであろう。そう簡単に変われたら苦労はしない。光輝自身はたまたま運が良かっただけだと思っていた。話は途切れた。それで美月も小春も特に反対しなかったので4人はショーを見に行く事にした。


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つまらなければ押すんじゃない。

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