髭を剃るとT字カミソリに詰まる 「髭人ブログ」

「口の周りに毛が生える」という呪いを受けたオッサンがファミコンレビューやら小説やら好きな事をほざくしょ―――もないブログ

「The Sword」を読む際についての注意点

2011-03-28 21:07:29 | The Sword(長編小説)
この度、2010年1月1日から髭人の長編小説を公開する事にしました。

中学生・・・いや、小学生程度の稚拙な文章なので笑ってくださって結構です。



それでも、髭人の渾身の力をこめて作った作品ですので

超、最強、ハイパー、メガ、デンジャラス、スーパー、デリシャス、マックス、デラックス、グレート、暇な方は読んでいただけると幸いです。

ええ~。かなり長文の為、ブログで1度にアップできないので分けて公開します。

14話+エピローグ

分かりやすくするために月初めにアップします。

「2010年1月1日~2日」が「第一話」
「2010年2月1日~○日」が「第二話」
「2010年3月1日~○日」が「第三話」

と言った要領です。

尚、「11月」に「第十一話」ですので「第十三話」は「2011年1月」。
「第十四話(最終回)」は「2011年2月」になるのでご注意を・・・

ご了承ください。
取り敢えず長いので読んでいただければ髭人にとってこれほど嬉しいことは無い!!

The Sword エピローグ

2011-03-01 20:15:46 | The Sword(長編小説)
あの事件から6回目の春が来た。一人の青年は原っぱで横になっていた。草の青々とした香りが鼻をくすぐる。
「すいません!呼び出したのにお待たせしてしまって!」
見上げると一人の青年がこちらに向かって歩いてくる。横になっている青年は目を閉じていた。
「もしかして眠っています?」
「いや、起きているよ。この季節こうやって草むらで横になってのんびりするのが好きだから満喫しているんだよ」
「そうですか・・・突然、呼び出してしまってすいません。ですが偶然、武田さんを見かけたもので興奮しちゃって・・・」
「前置きは良いよ。長居出来ないだろ?お互いに・・・」
「そうですが、6年ぶりじゃないですか?感動の再会に打ち震えていたんですよ」
右手を握り、草を毟って自分の顔にパラッとまぶした。一層青臭さが香る。横になっているのは武田 一道、脇に立っているのは港 信弘であった。
彼らは生きていたのだ。一道も港もまた、死ぬことはなくそのまま救助隊によって保護されたのであった。
その後彼らは、病院を大混乱に陥らせた実行犯として罪に問われる所であった。彼らもまたそれを覚悟していたが一切のお咎めはなかった。何故なら彼らは表沙汰には洗脳されていたと発表されていたから自らの意思で行った事ではないとその罪を負う事がなかったのだ。罪を負う事になったのは彼らがその存在すら知り得なかった『大地の輪』という宗教団体であった。
その宗教団体の幹部が彼らに洗脳処置を取り病院を襲撃させたという事で、責任はその幹部達にかぶせられる事となった。
罪には問われなかったもののそれですぐに世間に出してしまっては彼らの身が危険に晒されるという事と洗脳を解くという意味合いから更正施設に数年間、過ごした。そして、2年前に外に出る事が出来たのである。

「それで、呼び出したからには何か言いたい事でもあるのか?」
「あの後、皆さんはどうなったんですか?帯野さんや田中さんなんかは・・・」
港は地下に行った一道達の状況を知らなかった。
「俺以外はみんな死んだよ。帯野も田中さんもな。後、慶もな・・・あ、田中さんは実際に見たわけではない。藁木って人が俺が殺したと言っていただけだが・・・」
あまり辛いとも思ってないようで澱みなく一道は言った。
「そ、そうですか・・・慶って羽端さんですよね?味方となってくれたんですか?」
「いや、敵だったから俺がこの手で殺した」
その右手を挙げ淡々と語る一道。当たり前のように言われると詳細を聞けないし、慰める事もできなかった。
「それで、最深部で何を見たんです?いや、連中は何をしようとしていたんです?それでどうやって生き延びたんです?」
「そういう込み入った事を言うのはまず自分からってもんだろ?何があったんだ?」
「それはもう・・・本当に酷い事でした」
「俺もそういうもんだった。口に出す事も憚れるような事の連続。だから言いたいと思わない。それでもお前は聞きたいか?」
暫く無言。風が吹いて草花がなびく。春の風で少々、肌寒かった。
「一道さんは俺達のことで気になることはないんですか?誰が生きているとか・・・」
「ないな・・・お前の顔を見れば大体想像がつく。お前以外全滅って所か?」
「いえ、違います。違うというより分からない所があると言う事で・・・剛君は兄の仇である間 要と戦うと言って単独で残ったそうでその後の事は分からないそうです。どこかで生きているかもしれません。それから元気さんと悠希さんは俺が気絶している間に先に行ったのでそれ以降の事を自分は見ていません。ですが、沼里さんにちょっと前に一道さんと同じで街でばったり出会って話を聞きました」
「沼里?ああ・・・名前は沼里 悠希って人だったか?」
「はい。沼里さんは元気そうでした。ですが、元気さんはやられたそうです・・・」
「そうか・・・」
それ以上、深く聞きたいとも思わなかった。もう人の生き死にに関しては沢山である事が強かった。
「沼里さんは敵を追って7階から飛び降りたのに助かったそうです。信じられますか?」
「そうだな・・・」
特に興味はなさそうであったが港が話したがっているのが分かったので一道はそのように答えた。
「非常階段の6階に下りる相手を捕まえてそのまま引きずり落とすために飛び降りたんだそうです。ですが、自分は落ちてしまったと・・・ですが、あの病院は構造が階段状ですから、下の階に偶然、屋上庭園にあった木に引っかかって助かったそうです・・・それは本当に奇跡だったそうです」
屋上庭園である。森など言ったレベルではない。木が生えていると言ってもせいぜい数本だろう。そこに引っかかって助かるというのは確かに奇跡的な幸運といわざるを得ない。
「それで、それよりも驚く事があるんですよ」
「?」
「彼女、結婚するそうです」
「結婚?それはめでたいな」
声のトーンもあまり変わらず社交辞令的に聞こえた。
「あまり驚いてないみたいですねぇ・・・話をしたら何だか施設を出てすぐに良い男にめぐり会って、意気投合したらしいです。ですが、信じられます?あの沼里さんが結婚だなんて・・・」
「にわかには信じがたいがな」
「そうでしょ?人間不信で、人とのコミュニケーションを頑なに拒む人だったっていうのに結婚ですからね。命がけで飛び降りた事が何か彼女の中で変えるような一因になったんでしょうかね?まぁ、元が綺麗な人でしたから俺も声をかけておくべきだったかな~ってちょっと思っていたんですよ」
悠希は一道達と違って当時成人であった為に、世間に名前が挙がったし、自分自身で責任を取らなければならない立場であったがやはりそれら全てもまた彼らを洗脳したとされる『大地の輪』が負う事となった。世間の殆どは彼女の事を忘れてしまっているだろう。
「まぁ、年月は人を変えますからね。後、彼女におかしな事があったそうです」
「何だ。おかしな事というのは・・・」
「まぁ、焦らないでくださいよ」
「いい加減、勿体ぶってないで言え」
「いいじゃないですか?ちょっとぐらい冗談言ったって・・・相変わらずお堅いですね。武田さん。で、沼里さんは、何故か剣が出なくなったそうですよ。そんな事起こりうるんでしょうかね?魂の固まりでしたっけ?それが出なくなるなんて・・・って、剣すら出せない俺が言うのもなんですけど」
「へぇ・・・」
「そうだ。話は戻りますが、あの時、市川 満生が乗り込んできたんですよ。亮って人の魂を殺してその体に魂を封じ込まれた奴です。俺達も襲われましたから覚えてますよね?」
「ああ・・・当たり前だ」
「そいつ、自分の体を見つけたらしくてその体を持った奴に戦いを挑んでました。すぐに別れたのでそれ以後は分かりませんけど・・・」
「詳しい事といっておきながら分からない事だらけじゃないか・・・」
「すいません。それで一道さんの近況は?」
「ぼちぼちだな」
確かに冴えないというのは間違いなかった。
「俺はあれから大変でした。施設に親父が数回会いに来たんですけど少ししてからパタリと来なくなったんですよ。それで施設を出て真っ先に帰ったら、自宅が無くなってました。何も分からないままではいられないと友達とか近所の人から話を聞いたんですけどそれらをまとめると、両親は離婚していました。俺があんな事件を起こしましたからね。それで親父は会社を辞めざるを得なかったらしいですし、嫌がらせを耐えなければならなかった。すっかりそれで老け込んでしまって体を動かすのも困難になってしまった。まだ50代な。人生これからって時なのに・・・それで、何とか親父を見つけたんですよ。それでこの辺のボロアパートに住んでいます。俺が親父を養っているような状態で」
「あの時、お前は俺達に構わず学校にいれば良かったんだよ。そうすりゃ、幸せなままだった」
「いえ、こんな状況になりましたけど俺はあの時の事は後悔してません。親父には申し訳ないと思いますが、あれで良かったんです。あのまま学校にいた方が俺は今も苦しんでいたでしょう。だから良かったのですよ」
それはどことなく自分自身に言い聞かせているようにも聞こえなくも無かった。
「それに俺がいなければ沼里さんもきっと今、生きていないはずです。何たって4人も倒したんですからね」
それは結果的にという意味であった。港自身が実質倒したのは2人であった。
「そういう意味では俺が行った事は大変に意味があったのです。親父だってその事情を知れば分かってくれると思います。ただ、親父には全く関係がない事ですからいえないですけどね。親父が死ぬまで俺が責任を持って守っていきます」
その目は力強く今後降りかかるであろう苦労も覚悟しているように見えた。
「武田さんは後悔していますか?」
「後悔などする訳はない。するぐらいなら始めからしていないのだからな」
一道が後悔していない訳はいなかった。自分に関わった人の殆どに迷惑をかけたのだから・・・だが、それを口が裂けてもいえなかった。言ってしまえば命を懸けて死んで行った者達に失礼である。一道は軽く震えた。
「武田さんはこれからどう生きるんですか?」
「どうもしない。真面目に働いて真面目に生きる。それが俺らしい生き方だろ?」
「確かに・・・」
「自分らしく生きて、自分らしく死ねば良い。それが死んでいった奴らが望む道だと俺は信じている。それに偽った生き方は不器用な俺には出来ないしな。」
「・・・」
一道達は施設を出てから以前、自分達が病院で起こした事件について調べてみた。それを知って愕然とした。事実のほとんどが改竄されていたのだから・・・ソウルドの事が出ないのは分かるのだが一道達は異常者として扱われ、病院側はそんな異常者達から病院を死守しようとして奮闘したと書かれていた。必死に戦ってきた事を否定され、こちらが一方的に悪く書かれる。何のために戦ってきたのかとその意味さえ考えた。唯一救いがあるとすれば、海藤総合病院は、一道達が事件を起こして以来、患者の数が激減し、閉院を無くされ余儀なくされ解体された。院長や医師も大勢失ったのだから当然の成り行きだろう。それによってソウルドの研究も出来なくなった事だろう。他の施設が引き継いでいるという可能性は否定できないがともかく、あの場所が無くなった事が一道としては救いだった。二度と見たくない場所であったからだ。
一道はライターを取り出しゴソゴソとポケットを漁る。
「へぇ~意外ですね。一道さんのような真面目な方がタバコを吸うなんて・・・」
「タバコは俺の趣味じゃない」
ポケットからタバコが出てきた。
「やっぱりタバコじゃないですか?」
一道は何も答えないままゴソゴソとポケットを漁っていた。良く見ると、タバコはフィルターだけであった。それから線香が出てきてフィルターに突き刺して火をつけた。
「わざわざ手の込んだ事をするんですね」
「タバコは匂いが嫌いでな。嫌な匂いも付くし・・・だから線香を使っている」
「それでみんなに供養ですか?」
「そういう湿っぽい事をする気はない。単に線香が好きなのさ」
「へぇ・・・好きな香りでもするんですか?」
「まぁ香りも好きだがそれだけじゃない。見るのも好きなんだ」
「線香を見る?」
「ああ・・・火をつけられてある一点だけ激しく燃え上がらせるけどよ。最終的には煙みたいになって消えていく。灰というゴミを残してな。そういう哀愁漂うところが好きなんだよ」
風が吹いて線香の煙はすぐに霧散していってしまう。
「何かいいですね。それ・・・」
「だろ?」
一道は何も答えず煙を眺めていた。
「さて・・・話はもういいな。ファンが直に俺達を見つけ出す。お前もそうだろ?そうしたら面倒な事になりそうだしな」
一道は港の質問には答えなかった。横になって線香付きのタバコのフィルターを加えているような状態だったので線香の灰が落ちそうになったところで立ち上がった。
「ファン?」
一道は背後に指を指した。
「ああ!そう言う事ですね・・・でも、ファンだなんて・・・一道さんが冗談を言うなんてあの頃にはなかったなって」
「もう6年が経っているんだ。誰だって変わる面はある」
「そうですね・・・もう6年が経ったんですよね」
「それじゃぁな・・・」
「一道さん!最後に1つ!」
帰ろうとしたところを立ち止まる事になった。
「何だ?」
「今までずっと考えていた事なんですが、俺達がやった事は正しかったんですよね?」
港にとってはこの6年間ずっと悩み続けて未だに答えが出なかった事である。悠希にも同じ事を聞いた。彼女は正しいと言ったがそれは自分自身達の行為を納得させる為に言っている事のように思えて港は腑に落ちなかった。だから、今度は一道に聞く。
「・・・。良いとか悪いとか正しいとか悪いとか正義とか悪だとか・・・この世はそんな二極で全てを割り切れるもんじゃない。俺達はただ、危害を与えてきた連中を許せなかった。だから滅ぼした。それだけだ。魂を弄ぶ奴らを許せないとかそんな大それた理由じゃない。俺の場合、ただの私怨から始まっただけだ。慶が許せなかった。それだけだ。慶を殺したら後は勢いに身を任せた。それ以外の事は考えていないし、考えたところで答えなどでないと俺は思うがな。つまる所、どっちもどっちだからな。殺され、殺し、憎み、憎まれ、その繰り返し。もし良いか悪いか気になるのなら死んでから分かるだろ?」
「ああ・・・確かに天国の慶さん達が決めてくれるでしょうからね」
「違うよ。アイツらじゃ感情が入っちまうからダメだ。もっと物事を第三者的に見極めてくれる閻魔様が決めるって事さ。それに慶は天国じゃない。地獄行きだ」
そのように一道に言われて確かに答えなどでないと不思議に思えてきた。
そのまま一道は歩き去っていく。一道が言ったファンとは一道達を監視する者達の事である。やはりソウルドを扱える者は要注意人物としてその行動を知っておく必要があるのだろう。ならば、施設内から出さないようにする事も出来るはずであるがそれはしなかった。ひょっとしたら一道を泳がせる事で何かしら利益があると踏んでいるのかもしれない。病院の技術は本当に人類にとって有益というのも確かに理解できた。だからかなり大きな組織である事は分かった。一道達のやった事実を捻じ曲げた者達も絡んでいる可能性もある。一道はそんな監視者達を知ろうとする事は無かった。知った所でどうするのか?逃げるのか?戦うのか?今の一道にそんな気力は残っていなかった。
「また会えたらいいですね!今度は沼里さんも入れて!」
片手を上げてヒラヒラと手を振った。それはさようならと言うよりはそんな事はないよと言っているようであった。
帰り際の一道の表情は、以前のような引き締まった精悍さはなく、疲れ、枯れているようであった。それは、もはや当時の戦士の顔ではない。彼は、事実を完全に変えられてしまった世間を見て、絶望したからだろう。敵味方問わず、相手に対して命懸けで戦い、志半ばで魂を散らしていった大勢の者達。それらは決して明るみに出る事はなく、そればかりかそんな人たちを狂信家扱いにした世間に対して希望など見られる訳はなかった。だが、今は監視されるという制限は受けながらも一道はそれなりの自由を手に入れられている現状に満足していた。仕事も問題なく出来ているし、ご飯も食べられ、仕事仲間とも交友を持てる。ただ、積極的に他人と接触しようとはしなかった。自分を知ってしまって何らかの被害を受ける可能性も否定できないからだ。だから今、一道は世捨て人のような生き方をしている。
一道は静かに手を握って開き、手のひらを返しまた握って開く。
ソウルドを振るっていたあの時の感覚が薄れる事なく残っている。特に慶を斬り殺した感触は深く刻み込み、染みこんでしまっている。忘れようと思っても消えない感触。これは一生ついて回るのだろうと思えた。だが、だからこそひょっとしたら自分の中でまだアイツらの魂の欠片が残っているのではないかと思っていた。
一道は、顔に張り付いていた雑草を払いのけた。ハラリと舞い散る草。風に乗って後方に消えていく。前を見て、振り返ろうとせずに・・・たまに足元の草に足をとられながらも・・・歩く。
「さて、行こうか?」
どこに行くのも彼次第だ。彼はまだ歩けるのだから・・・




The Sword 最終話 (24)

2011-02-24 20:14:54 | The Sword(長編小説)
「こうしてはいられない!俺はやるんだ」
大樹が崩壊していく理由は分からない。澄乃の影響だろうとわかったがそれ以上は分からない。だが、一道にはやらなければならないことがあった。
「名も知らない少女よ!覚悟!」
「あ・・・あ・・・みんな・・・」
一道はソウルドを出して、彼女を斬りかかろうとした。目前に迫る少女。彼女は崩れる大樹を呆然としてみていたので動きはなかった。そして、ようやく自分のソウルドが当たる所までやって来て一道は迷わず振り下ろした。
ビジジィィィ!
「何と!?」
彼女に届く前にソウルドが止まったのだ。ソウルスーツを着ている訳でもない生身の彼女に対してであった。彼女の体には当たっているがそれは皮一枚という所で弾かれていた。このような事は今まで一度もなかった。理解できない現象であった。
『ダメだよ~。ママは僕らのものなんだ。ずっと僕らのものなんだ!』
『一緒じゃなきゃ嫌なんだ!一緒じゃなきゃダメなんだ!』
「今ので全ての魂が放出されたわけではないのか?」
それは彼女を守ろうとする強固な魂達であった。守ろうというよりは絶対に一緒でなければ気がすまないという強い気持ちが彼女を傷つけようとする一道の意思を排除した結果だろう。それは大樹が一道に襲った時、彼を守った慶や和子の意思と同じようなものだろう。
『絶対に離さない!渡さない!!』
『他の奴らはママから離れていったけど僕らはずっと一緒なんだ』
「くぅ!お前達、どけっ!」
何度も斬るがそのバリアは彼女を守りきっている。いや、斬れば斬るほどその力がますます強まってくる。
「ど、どうする!?このままでは何も!!」
『私をここから出して!』
自分を拒絶する魂達の奥から想いが伝わってきた。
『ダメだ!』
『ママはどこにも行っちゃダメだ!』
確かな意思が感じられた。その瞬間に、一道のソウルドは弾き飛ばされ、その勢いのまま一道の体ごと吹っ飛んだ。ゴロゴロと転がり、態勢を整えた。
「ちぃっ!」
すると、彼女は右腕を振り上げた。先ほどと同じように大樹を振り下ろせば一道はそのまま潰されていただろう。だが、大樹は発動していなかった。彼女の腕からはまだ多くの魂が放出され続けている。今はもう大樹を形成する事が出来ないのだろう。
「女の声でここから出せといった。出せだと?」
距離を取ったが落ち着いている暇は無かった。彼女の腕から発されるソウルドはみるみる形を変え、節の長い鎖状になった。それが一道に向かう。
『ちぃ!』
バチィ!!
ソウルドで弾くとその鎖が逸れていった。どうやら、大樹ほどの力はないようであった。勝機が見えてきた。
『もう一度、やってみるか?今のままなら接近することは出来るはずだ!!』
「どうして、あなたはそうやって激しくなろうとするの?そんな怒りの感情は捨て去ってしまえば安らかになれるのに」
一道に問いかける少女。一道は聞かない。ダメで元々であった。一道はソウルドを発し彼女に接近を試みた。長く伸びるソウルドを弾く。弾くごとに巻き込もうとこちらに襲い掛かってくる長いソウルドを見切って弾く。意識せずそのような事が出来た。
「もう一度!」
ビャッ!!
「何!」
一道が飛び込もうとした瞬間に彼女の体を包んでいるソウルドが急に変化し針のように伸びたのだ。一道は一瞬、怯んだがそのままソウルドを叩き込んだ。
「だがぁっ!」
一道に針が刺さる。そして先ほどと同じように彼女を包む魂達に完全に拒絶される。
『お前は悪い奴だ!本当に悪い奴だ!』
『ママを惑わすな!ずっと僕らと一緒なんだ!』
だが、一道も負けてはいない。
『うるさい!他人の女をママなどと抜かすな!お前達だって実の母親ではないだろう!俺の母親は今、死んだ!お前達を解き放とうとしてな!』
一道の声に魂達は反応した。それと同時に、再び女の声が聞こえた。
『お願い。私を!』
『ダメだぁぁぁぁぁ!』
また一道は引き飛ばされた。また態勢を整えて戦おうと思った瞬間であった。
「あなたはもう傷だらけ。痛い思いはしたくないでしょう?私と一緒になりましょう」
少女は再び、一道を惑わす波動を放ってくる。その場で切り裂く一道。違和感を覚える。
『あの喋っている体と出せといった魂は別だということか?』
今、喋っている優しい声は人を包み込み眠りに誘う怪しさを漂わせているものであったが先ほどの強い想いに比べればどこと無く空々しい。軽いのだ。
『本心は体の奥底にある。それに問い掛けるのが彼女を救う唯一の方法か・・・』
そう思うが逃げる事は一道の選択肢の中にはなかった。グッと拳に力を込めた。
「ぐぅ!結構、深い!」
さっきまでは夢中だったから気がつかなかったがソウルドの針に刺された一道の傷は深い。脂汗をかき、立ち上がるのも辛く体が震えていた。
『次、やるのが最後だな・・・』
一道は不思議な気持ちで一杯であった。物心付いた時から母親と一緒だった。その母親がいなくなり完全なる一人を味わう事となった一道。それは普通の人であれば当たり前の事であったが、一道にとっては違った。昔、もし母親がおらず一人だったらと考えようとした事があったがそれは考えられなかった。あり得ない事だった。怖い事だった。だから、一人の人を少し尊敬していた。
今、実際に独りとなった。だが、何故か今は溢れるほどに湧き出てくる闘志、勇気。寂しさや悲しさなど微塵も感じなかった。心が満たされている感覚。数多くの悲しみや痛みが一道を強くしたのかそれとも感覚を麻痺させているのか分からなかった。
『いや、これで死ねる兆しが見えてきたから喜んでいるのかもしれないな。もう沢山だ』
そのような事を思える余裕さえ出てきた。
『行くぞ!俺は一人。だが!』
「何度やっても同じなのに・・・でも、何度もやって満足したのならあなたを私が取り込んであげる。その突かれ切った魂を癒してあげる。皆と一緒になあれ」
一道は飛び出した。ソウルドは今までにも増して光り輝いていた。しなる鞭のような長いソウルドを弾き、くぐり、少女の下へと走る。先ほどの針のような一撃が来たらどうするなどという事は考えない。ただ、ひたすらソウルドを彼女にぶつける事、それ一点だけを考える。迫る彼女。針が来た。構わない。今度は一段と深く刺さるがその分、一道も芯からソウルドを彼女にぶつける事が出来た。すると同じ強い想いが伝わってきた。
『やめろぉぉ!ママの所に来るな!』
『お前は悪い奴だ!帰れぇぇぇ!』
強固な意志が彼女の元に行かせまいと邪魔をして来る。
『弱い魂どもが!どけぇぇぇぇい!俺は一番奥に用があるんだぁぁぁぁ!』
一道はそれ以上に魂を爆発させて妨害してくる魂達の中を突き進んでいく。それからゆっくりと進んでいくと、その奥にあるものが感じられてきた。
『ヤメロ・・・』
『サガレ・・・』
『キエロ・・・』
そこまで辿り着くともはや人間の意志ではなく感情が壁となって一道を遮った。
『助けて!あなたなら!私を』
壁はあるがその壁の奥から意思を感じた。確かな意思を。
『助けろだと!甘ったれるんじゃねぇよ!お前!誰の所為でこんな事になったと思っている!お前のその何でも受け入れようとする腐りきった優しさがどれだけの弱い心を惑わしたか!分かるか!』
『で、でも私は可哀想な人たちを救おうとして・・・私にはその力があるから・・・』
『だからその可哀想な魂をもっと惨めな形にしたのはお前のその心だって言っているだろうが!それで、もう嫌だからって自分を助けろだと!虫の良い事言ってんじゃねぇよ!責任を取れ!』
『け、けど・・・どうやったらいいの?』
『お前がここまで来い!お前を取り囲む魂達をかいくぐってここまで!』
『私がここから?』
彼女と心の会話をする。だが、じわじわと別の魂達が彼女を守ろうと一道に迫る。魂はすし詰め状態で押し返されそうになるが、想いだけは遠くから感じられて来る。
『でも、私がここから出てしまったらここの魂達は・・・』
『後先考えず、お前自身が出たいと望めぇぇぇぇぇ!』
一道の渾身の叫びであった。
『ママ、モドレ。ズット、イッショ。ズット、オナジ』
その魂の波は一道を一気に引き離した。だが一道も諦めていない。ここで離されればそれでもう終わりだろうと思ったからだ。しかし、その想いを大きさ、厚さ、重さは圧倒的だ。
『私はここから出たい!だから!連れて行って!』
奥から彼女の魂が近付いてきたのだ。一道と彼女、手を伸ばしあうような状態になった。
『やっと辿り・・・着いたぁぁぁ!』
一道は彼女の意思に触れ、そしてそれを斬った。
『何?何故だ!?おおおおああああああ!!おぁぁぁぁぁ!』
『うわぁぁぁぁぁぁぁ』
『ぎいぃぃぃぃ!!』
彼女の意思を斬ると同時にダムが決壊したかのように魂が溢れた。一道はその激流に身を晒すが全く気にならなかった。他の事が何もない夢のような所に立っているような気がした。
『君が・・・ママと呼ばれていた子か・・・何だ・・・普通の女の子じゃないか?』
彼女の魂を斬った事によって彼女の全てが分かってきた。その子の魂は院長の母親ではなく、本当にこの体の持ち主である魂であった。彼女の名前は『海藤 心』。そう。院長の実の孫だったのだ。院長は、孫が誕生した時に心底、喜び溺愛した。それはどこの祖父が見せる愛情であった。だが、いつしかそれは歪んだ愛情となっていった。
院長は日々の重圧で壊れそうになっていた。多忙なる日々、自分に媚を売り、どうにか利益を得たいと自分に近付く輩。そういう時に頼れるのが家族であるのだが彼の息子や娘は自分が未だ健在だというのに、既に遺産の分配方法などでもめていた。院長は精神的に疲れきっていたのだ。ただ、無為に毎日を送る日々に息子達家族が全員集まった。息子達は何としても自分に目をかけてもらいたいと必死であった。それを見て取れた院長はただただ悲しかった。
そんな祖父を見た心は
「おじいちゃん。大丈夫?元気出して」
と、言ってくれた。涙を流した。その無垢なる瞳と心底、心配してくれる優しさに・・・最初の方は、ただ、愚痴を言うだけであったが日々エスカレートしていった。幼い孫には分かりもしないであろう悩みを話し、自分を誉めてくれとか撫でてくれなどと常軌を逸した要求を始めた。だが、彼女はそんな祖父を嫌悪する事なく、言うとおりにした。
そんな孫に年老いた院長は死んだ母親を思い出させるものであった。そんな彼女には特別な力のようなものがあった。ひょっとしたら院長もその力に呑まれたのかもしれない。海のように広く何でも受け入れてくれる大きさに。彼女は年齢、性別問わずして優しくして、全ての人に受け入れられるというものであった。院長は心を自分の誇るべき孫として自慢し、周囲の者達にも顔を出させるようにした。政治家、議員、院長の周辺の有力者達である。心はそんな者達であっても誰も拒否するような事はなく、受け止めた。みんな何をやっても満たされず埋まらない隙間だらけの心を持った寂しい老人達だったのだろう。
そうする事で皆は、彼女を祭り上げていった。ある日、事件が起きた。いつものように彼女に撫でられている1人の男が彼女を独占しようと連れ去ろうとしたのだ。だが、その計画はすぐに失敗に終わった。連れ去られていると言うのに怯えず、怒らず、寂しがらず、笑顔を絶やさない彼女に男は涙を流し、彼女に抱きついて謝罪した。その直後、男の魂は消えうせたのだ。実際は彼女の魂に取り込まれていったのだ。
大事件であったが、彼女はこういった。
「あの人の魂は私の中で生きているんだよ。ずっと一緒なんだよ」
それを聞いた者達は恐れるどころか自分も彼女の一部になりたいと望んだ。それも1人ではなく大勢であった。1つ、2つと取り込まれていく魂。
そうする事で彼女の魂は次第に肥大化していった。だが彼女の魂も1つである。1つの肉体に複数の魂。暫くして飽和状態に陥り彼女自身でコントロールする事が出来なくなってしまった。そんな状態になってしまってはもう遅く、彼女の魂は多くの魂の中に塗れ、浮遊しているしかなかった。彼女自身の体は取り込んだ多くの魂達によって理想的な形で動かされていったのだ。それは歪んだ魂達の願望を体現したものであった。院長にとっては自分をいつでも愛してくれる母親として存在するようになっていった。そんな魂の存在を信じた院長であるからこそ、病院で魂研究を積極的に行わせたのだろう。だが、その院長も一道に追い詰められ、孫に取り込まれたいと願い叶ったという訳だ。
『ありがとう・・・私をあそこから出してくれて・・・』
『いや、俺はただきっかけを与えただけだ。君自身が出てきた頑張りのおかげだ』
『ちが』
『違わないよ。違わないんだ。これは君自身の頑張りのおかげ・・・』
何でも否定しようとする彼女に一道は彼女を誉めてあげた。
『私、ずっとあの子達の面倒をしていて、みんな増えてきてそのうち私一人ではどうしようもなくなって・・・』
肥大化し続ける魂に彼女の魂が追いつかなくなったのだろう。そして彼女自身が魂達に取り込まれる結果となってしまった。
『良く頑張ったよ。君は・・・』
『そんな事ないけど、ありがとう。本当にありがとう。ずっと私、一人だったから・・・』
『じゃぁ、今から友達にならないか?』
『いいの?』
『対等な間柄が欲しいんだろ?俺もさっきお袋を失い一人になっちまったからな。同じ立場だ』
『ありがとう。嬉しい・・・』
彼女が涙を溢れさせながら倒れた。
『終わったよ・・な?これで全部・・・』
バタッ・・・
一道も泣き、折り重なるようにして倒れた。彼女にまとわりついていた全ての魂は開放された。ずっとそこにいた拠り所を失い、不安や悲しみで消滅しそうな所であったが彼らは別のものを手に入れる事が出来た。それはかつて忘れかけていた自由であった。
魂達は宙を舞った。それは、彼女の魂にしがみついていただけではなく、病院でその魂を散らせていった無念の魂達。元気、慶、和子もそうだ。そして、間 要や志摩達病院の関係者などソウルドを使える使えないに関わらず全ての魂達である。もはや彼らを縛るものは何も無い。肉体、意地、拘り、感情、プライド、欲、それら人間の業といわれるようなものから解き放たれた彼らはお互いを無条件に受け入れ、混ざり合う事が出来た。自分の好きな事をし、誰一人として不満に思うことなく幸せ気持ちになって霧散していった。そこに負の感情の一切はない。

終わった。一道の言うように終わったのだ。これで魂を巡る戦いの全てがここに終結した。

一道が倒れた直後、救急隊や消防隊が雪崩れ込んできた。その頃には病院内は救助活動で錯綜していた。悠希が放った火によって自動的に通報された形になっていたのだ。当然、全国いや世界的に今回の事件は大々的に取り上げられた。
だがその事件は全く別物のように報道されたのである。
日本政府は今回の事件をこのように発表した。
『病院を標的とした信仰宗教集団のテロ行為』
一道達の行為は全て宗教集団によって洗脳されて行われたと発表したのだ。
『大地の輪』という実在する宗教法人に全ての責任をなすりつけた。この事件の全てが徹頭徹尾、シナリオがでっち上げられた。
その団体はお香や簡易的な催眠法によって集中力を高める事で信者を引き込むという手法をとっていた。それを利用された形となったのだ。教祖は、テレビ等に積極的に出て、事件との関与を否定したが情報操作され狂人という扱いを受け世間から一切信用されなかった。
魂やソウルドなどという言葉が登場する事はなく、ただのテロとして世に伝わった。一道達がその魂を賭してまで止めようとした物。病院側がその魂を賭してまで押し通そうとした物。それら全ては世間に触れられる事なく闇に葬られたのである。一部マスコミの人間がこの事件を不審に思い追究しようとしたが必ずその人物や家族等が必ず不幸に見舞われるという事態が発生した。それは決して明るみに出る事なく一部のマスコミの人間が知るにとどまった。まるでこの事件は呪われていると噂が広がり、次第に誰も調べる者はいなくなっていった。

一方、一道達の周囲の人間は誰の例外も無く迷惑を被った。戦いや殺し合いの後の結果は悲惨なものだ。当事者は自分がやりたい事ををやっているのだから満足かもしれない。だが、最も過酷なのはその人の周辺にいる者達だろう。
病院側にとって都合が悪い間 要等の人間は皆、病院側の人間としてではなくテロ行為の参加者として扱われた。
今回の事件に関与した一道、慶、AV女優である天ノ川 姫夜である香奈子の3人がいた施設は、いくら既に施設から出る手続きをしたからといって彼らがそこにいた事実はあるのだから嫌がらせの対象となり、その後閉園を余儀なくされた。施設の子供達はバラバラになるという運命を辿った。そんな厳しい仕打ちに晒され、一道達の所為でこんな事になったと怒っていたが皆、こう思っていた。
『いちどーはそんな事をするはずはない』
一道達が通っていた学校も同じようなものだ。一道達は退学届けを出していたがそれを世間は受け入れてくれる訳もなかった。ただ、都立の学校と言う事もあり廃校になるという事態は免れたが、生徒数は激減し学校の規模を縮小せざるを得なくなった。
一道達の家族は、洗脳されていたという事を差し引いても多くの人は嫌がらせをするというのは自然な流れなのかもしれない。家族は引っ越したり、ノイローゼになったり、最悪だったのは剛の両親であった。兄である隆が魂の脱け殻になり、弟も同様の状態になって、絶望した両親は死を選んだのだ。彼らの肉体を今、保護しているのは老いた祖父母だけである。祖父母達も残りの命は短い。その後彼らはどうなるのかそれはもう誰にも分からないが決していい方向に向かう事はないだろう。

彼らは一体どうする事が正しい選択だったのだろうか?病院の研究にその身を提供する方が良かったのかもしれないし、どんな仕打ちがあろうと家族や友達などと一緒に苦しむ方が良かったのかもしれない。だがそれはもう分からない事だ。

ただ、唯一、たった一つ、救いがあるとするのならば、今回の事件で二次的災害の被害者が出なかった事が奇跡的だといわれた。
病院で災害が発生した場合、避難の過程で何らかの事故が起こる。大勢の人間が一斉に逃げ出すのだからパニックにならない訳がない。避難の際に転倒したり、我先にと逃げようとして他人を突き飛ばしたり、押し合って将棋倒しなどになり、災害とは別に負傷者が出るものなのだ。殊に病院という体が一般人よりも弱い体をした人が大勢、移動するとなればなおさらである。それが1人も出る事がないというのはまさに奇跡であった。その避難する者達は口々にこういった。『何故か焦らず避難できた』と・・・
中には『慌てるなという人の声を聞いた』とか『人の姿を見た』などという声も出たぐらい。それらの話は公に出る事はなかった。
結局、今回の事件は『戦後最悪のテロ行為』だけが強調され、人々は世に存在している宗教集団に対して訳もなく不信感を抱くようになっただけであった。
数年、いや数ヶ月も経てば世間にとってこの出来事は、大きな事件として記憶されただけで世間はいつものように動いていく。
今日も学校は面倒だとか会社で頑張って働こうとか一人一人自分達の事だけを考えながら生きていく。
何時までも終わった事を考えても仕方がない。何時までも自分達に関係のない事を考えたところで意味はない。だったら目の前にある課題をクリアした方がよっぽど自分の為である。
だから、忘れていくのだろう。自分達が今を生きるために・・・

それが人間なのだろう。


The Sword 
Fin


The Sword 最終話 (23)

2011-02-23 20:14:00 | The Sword(長編小説)
ブルッ!
「何だったんだ?今のは?全く・・・夢ばかり見る日だな。今日って日は・・・」
視界いっぱいにあるのは少しばかり遠い天井。先ほどとは違いちゃんと天井があって電気が点灯していて少々まぶしい。
「ビシビシ来るな・・・痛みが・・・これが本当の『生』という実感。何か嬉しくて笑みがこぼれるな~。ハハハハ・・・」
体勢を起こしていると一道は体から何かが抜けていく感覚があった。
『ずっといたかったけどどうやら私達が出来るのはここまでみたい』
『後はお前が上手くやれよ。いちどー』
一道は上を見上げた。声が聞こえた気がしたからであったが既にそこには何もなく魂の欠片さえもなかった。
『和子?慶?いや聞こえるわけはない。幻聴に決まっている。アイツらは既に死んでいたんだから・・・いや、それこそ違うな。俺がこうしていられるのはアイツらが守っていたからに違いない』
先ほどの攻撃を受けてこうして生きていられるのは二人のおかげだと思った。でなければ即死していたに違いない。そう思うことにした。
「さっき慶の魂は生きているなんて言ったが事実、生きていたんだなぁ・・・」
『ううっ・・・かずちゃん?』
『気がついたかお袋。俺達はまだ生きているらしい・・・』
『そうみたい・・・ね・・・かずちゃん。大丈夫?』
『うん。少しの間だけ一人だった。誰も、何も無い空間に放り出された。けど、まだ死んでない。生き続けてやるって思ったら帰ってこられた』
『へぇ。そうだったの。私は、あの人に会ったわ。あなたのお父さん。もう何もかも終わったからこっちに来なよって誘ってくれた。でも、断ったの。かずちゃんにもうちょっと用があるって・・・そうしたら、またそうやって私を待たせるのかって呆れてた。けど、優しい目をしていたな。あの時のままだった』
母親は母親でまた別の空間にいたようであった。かなり嬉しかったようでその気持ちが伝わってきた。二人は、元の世界に戻って来ることが出来て少しホッとしていた。

一道が立ち上がったところを見た少女は目を丸くしていた。
「何故、立っていられるのですか?これを受けたのに・・・理由は分かりませんが、怖がらないでください。身を委ねてくれればいいのですよ」
少女が腕を上げた。そこから放たれた極太の魂。その全てが明らかになる。
「何じゃありゃ・・・」
一道が呆然としていたのは無理もなかった。それはソウルドであったのだがその巨大さと異形の物は想像を絶していた。それはもはやソウルドと形容するものではなかった。天井を越えていて、横に振ったときは20mぐらいあろうかというぐらいの一本の巨大なソウルドからいくつもソウルドが枝分かれしていたのだから・・・その枝分かれしたソウルドから更に細いソウルドが枝分かれしていた。そして最も細いソウルドの先が微か揺らめいている。それは言うなれば大樹であった。。勿論その全貌を視覚で捉える事は出来ないが、その魂で大きさを感じ取る事が出来た。あまりにも巨大で美しく神々しささえ漂うもので見とれてしまった。だが、対峙する一道にとっては絶望の淵に叩き落されるぐらいのものであった。そしてその根元にいるのが小さい少女。
『どうやら俺はとんでもないのを敵に回そうとしていたみたいだな・・・人間の剣で太刀打ち出来るような相手じゃない』
『どうするの?かずちゃん?』
『そうだな。何をやってダメと分かっているからこのまま向かって行って死んでみようかなって。一応、挑戦したのだからそれでみんな許してくれるよ』
『そうね。みんなに会ってここまでやったって報告すれば誉めてくれるよ。きっと』
『そこは止めないとダメでしょ?お袋・・・』
この危機的状況で和やかな会話をする。真面目な一道には考えられないほどリラックスしていた。
『さて・・・剣を合わせるにしても近付くまでにやられる、少しでもあの子の気を逸らす事が出来れば可能性が生まれてくるんだけどな・・・』
ソウルフルでも持ってくればそれが出来たかもしれない。今から取りに戻るような事をすれば彼女の大樹にやられる事だろう。
『私を使ってみる?』
『え?お袋。お袋・・・』
一道は何かを気付いてしまったようだ。静かにうつむく。
『し、しかし・・・』
『かずちゃん。もう考えている時間は無いんだよ。かずちゃん』
母親の優しい声。しかし、そこには寂しげな気持ちが含まれていた。
『そうだね・・・それしかないもんな・・・頼むよ。お袋』
一道は母親の気持ちを尊重する事が自分のすべき事だと思った。
『じゃぁ、精一杯、頑張るわ。何たって私の最も大好きなかずちゃんだもの』
『お袋・・・俺も大好きだよ・・・だから俺もそんなお袋に応えて見せる』
一道は俯いて拳を力強く握り、床を踏みしめ、足に力を込める。

「まだそんな風になっても続けるのですか・・・私はもうやめて欲しいのにまだ続けようとしているのですね・・・私は悲しいです。とっても・・・」
「勝負っ!!」
少女は魂の大樹を横にして払うように振るった。太さは数mを超えるのだ。ジャンプして避けられるものではないし、障害物をすり抜けるソウルドである。そこにある柱等を背にした所で何の防御にもならない。横から迫り来る大樹を防ぐ術は一道にはなかった。一道は両手からソウルドを発動させながらこちらに向かってきていた。それは鬼気を思わせる表情をしていた。
「さよなら!今までありがとう!お袋ぉぉぉぉぉ!!」
「!?」
一道は左手のソウルドを構え、右手のソウルドを一気に振り下ろした。
カッ!
強烈な光を生じさせると左手のソウルドが根元から切断されたのだ。空中に残ったソウルドはその勢いを保持したまま、少女の方に向かった。今までであれば二人の魂を合わせる形になっていたが今は互いに完全に反発しあった。だからこそ、交わる事なく切断する事が出来たのだろう。
少女はこちらに飛んでくるソウルドに対して咄嗟に防御した。本当ならば向かってくるそんなすずめの涙のようなソウルドなど構わずにそのまま一道毎、斬ってしまえばそれで一道を殺し、全てが終結したというのに、それは人としての反射という性であった。
ビシィィィ!
大樹に母親の魂が吸い込まれていった。だが、一道はそれを悲しみに暮れている暇はない。それをやったのだから少女に一撃を加えなければならない。
「もらった!」
接近した一道は防御した彼女に対してソウルドを振るおうとした。だが、一道にも予想外の出来事が起きた。
オオオオン!オオオオウ!オウン!
「な・・・なんだ?この身の毛のよだつぐらいの悪寒は・・・」
悲鳴のような鳴き声のような魂の声が一道に聞こえて、少女に迫ろうという一道の歩みは止まってしまった。というよりも一道自身動けなくなってしまい、そしてその一部始終を目の当たりにしていた。

少女に向かう時に一道の母、澄乃は色々な事を頭にめぐらしていた。
『これが私がかずちゃんに出来る最後の贈り物』
薄々感じていた事であった。元々人間は一つの体に一つの魂が宿っているものなのだ。二つの魂が入っている事はおかしなことだと。それが、ここ最近になって強く感じるようになった。特に、一道が自分自身で慶と戦う事を決意した時から・・・もう自分の手から離れ、自分で考え行動していく所を見て、自分は不必要なのだろうと思えたのだった。それから心が少しずつ、ゆっくりと離れていった。それを証明するかのように、今まで数秒と重ねる事が出来たソウルドが藁木と進藤にソウルドを合わせた時はほんの一瞬しか出来なかった。これで少女が自分に気を取られれば後は一道が上手にやってくれるだろうと思った。
『でも、これでよかったのよね・・・』
15年以上も一緒の体でやってきた。急なお別れであったために寂しくてたまらなかった。もっと何か残してあげたかった。何か話したかった。だが、そんな寂しさよりも嬉しさがこみ上げてくる方が強いのは彼女の中で不思議な感覚であった。
ビシィィィ!
澄乃は少女の大樹の中に入った。弾かれて終わりかと思いきやすんなりと中に入り込む事が出来た。
『これが・・・あの魂の中・・・何?大勢いる・・・数え切れないほど多くの魂』
その大樹の中の無数の声を聞こえてきた。
『永遠にママと一緒』
『何かまた眠くなってきちゃったな・・・』
『ずっとずっと幸せ・・・』
それは甘えた心の声であった。そんな声がとてつもない数の思いが一斉に伝わってくる。そしてすぐにその魂達が自分の存在に気付いた。
『あ、友達となる人が入ってきたよ』
『君もママといたくて来たんだね。歓迎するよ』
『この気持ちを共感してくれて嬉しいよ。これから君と僕達もママと一緒だよ』
『みんな仲良しが一番』
大樹の中に入ってきた時と同じであった。すんなり受け入れてくれた。それは好意的でさえあるといえた。
『私は違うわ』
『違うって・・・何が?』
『別にあなた達の言うママと一緒になるつもりはないの』
『何で?こんなに優しくて温かくて大きいママなのに・・・』
『おかしいよ。ここまで来てそんな事を言うの』
その魂の発言は幼かったがその魂の質は明らかに自分よりも年上のように感じられた。ずっと寒さも怖さもないこのような温室にいた所為ですっかり幼児退行化が進行してしまったようである。彼女の心に寄生していると言っても過言ではないだろう。
『あなた達、本当に彼女が母親だと思っているの?』
『そうだよ。僕らの真のママはあの人しかいないよ』
『違うわ。あなた達の母親はあの子じゃないよ』
『何だよ。ママの事を悪く言うのか?』
『許さないぞ。ママの悪口は・・・』
『違うわ。私が言っているのはあの子じゃなくてあなた達の事よ』
『え?僕らのこと?』
『そう。あなた達ずっとここであの子と一緒にいるつもりなの?』
澄乃の疑問であった。
『勿論。ずっとさ』
『そう。ママは永遠に僕らのものなんだ』
『あなた達はあの子の事を考えてるの?』
『考えているに決まっているだろ?』
『本当に?』
『当たり前じゃないか!』
『だったら今のあの子を見て何とも思わないの?』
澄乃は問いかける。多くの魂達に負けないように懸命に。
『あんな小さい体でたった一人なのにあなた達の面倒を見なければならないのよ』
『ママは凄いんだ!あんな小さくても僕らをみんな包んでくれているんだから・・・』
『あなた達がそのように強要しているんじゃない?』
『そんな事はない!そんな事は!ママは望んでやってくれているんだ!』
『そうだ!でたらめを言うな!』
魂達がざわざわと澄乃に迫り来る。とてつもなく膨大な量である。その勢いに呑まれれば一気に彼女の魂は破壊されしまう事だろう。何とか集中して意識を保つ。
『そう?ところであなた達、ずっとこのままで本当に良いって思っているの?』
『良いに決まっている』
『ちょっと頑張ってみようって思わない?』
まるで本当の子供に問いかけるように優しい声音で言ってあげた。他の魂もまた動いた。
『頑張る?』
聞き覚えがあるフレーズ。何度も聞いてきた。だがイマイチ思い出せない。遠い昔の記憶のように思えた。
『そう。きっとあの子、頑張れば誉めてくれると思うんだけどな』
『誉めてくれる?ママが?』
『どうやって?』
それは長い事この状況に慣れた魂にとって気になるフレーズであった。確かに現状は彼女の温かさに満足している。だがこの温もりに溢れた環境にあっても何か物足りなさは感じていた。やはり彼女も1人の人間である。多くの魂を包み込んでいてもその1つ1つを個別に接触する時間はなかった。だから、彼らもまた放置されている状態に近かった。でも、温かく包まれているからそれで満足しているだけであった。
『ちょっと頑張り。ここから離れてみるの。そうしたらきっと彼女の負担も軽くなるし、頑張ったあなた達を誉めてくれると思わない?』
『でもどうやって・・・』
『簡単よ。ちょっとここから離れてみるだけ』
『そんなの嫌だ!怖いよ!』
『大丈夫・・・私が見ているから・・・危なそうにみえたら私が助けるから』
『お、お前は?』
『私のことが気になるなら、ほら・・・ちょっと頑張ってみて・・・』
澄乃は彼らから少し離れた。手を伸ばしさえすれば触れられるぐらいの距離であった。
『そんな遠くにはいけないよ』
『無理無理!無理だよ!そんなの!』
『あなたなら出来るよ。焦らなくていいんだから・・・』
ゆっくり近付く。だが届かない。澄乃の所に行くには大樹から離れるしかなかった。今までぬくぬくと過ごしたこの場を少しでも離れるのは物凄く勇気が必要な事であった。
例えるのなら、小鳥が巣から羽ばたく所かもしれない。翼は飛べる状態であったとしてもその巣を蹴って空に舞い上がれるのか?飛ぶことが出来ず、そのまま高い木から地面に落下してしまうのではないかとそんな恐怖が支配しているに違いない。
だが、これを達成すればママが誉めてくれる。ママを独り占めできると思った1人が頑張ろうとした。それに呼応して別の者達も誉めてもらおうとして前に出ようとした。
『おいで・・・さぁ・・・』
『えい!』
一つ魂が勢いのまま飛び出して澄乃の所にやってきた。
『ほら・・・出来るじゃない。よく頑張ったね』
『何だよ!俺だって!頑張れる!』
『僕もだ!』
「私も私もぉ!」
1人が成功して次々に飛び出す魂達。それは子供で言えば乳児が立ち上がるのに似ていた。今まで四つん這いであったのを誰かの手を借りず、壁も掴まず自分の足だけでその体重を支えて立つ。肉体が未発達な乳児からすればその行為は大変な事だろう。だが、それでも乳児は頑張る。それをやれば大好きな人が誉めてくれると頭では分からないだろうが本能的に分かっているからだろう。だから頑張れる。

一気に噴き出し始めた魂は大樹を崩す津波となった。一気に飛び出し始め、大樹はその形状を保持できなくなっていく。そして、その波が音を発生させた。
一道が見ていた。澄乃は天へと上っていく。多くの魂を引き連れて・・・
『始めて離れて自分自身でかずちゃんを見た。やっぱりあの人の生き写しみたい・・・あの人と一緒のところに行けるのであれば良いお土産話になったのかな?』
澄乃は嬉しかった。一道はこんなに立派に育ったのだと外から見ることで分かったから
『私、本当はもう、終わっていたのよね。けれど、神様が憐れな私をかずちゃんと一緒にいることを許してくれた。それはまさに奇跡。悔いはありません。感謝しているぐらいですから・・・ありがとう神様。それではかずちゃん。さようなら・・・』

The Sword 最終話 (22)

2011-02-22 20:11:54 | The Sword(長編小説)

「まだ下がある・・・」
一道は、階段を下りていた。勇一郎からの情報にはない階段。それが1階ではなく2階ぐらいは下がっていた。階段は薄暗く、いかにも何かがあるというように思わせた。
「院長の母親か・・・口で言って説得できる相手ならいいが・・・」
そんな希望はあり得ないだろうと自分の中で分かっていた。ここまで来てそんな生易しい事では済まないだろうと言う事は分かっていた。階段が終わりすぐそこに大きな扉があった。
「行こう。お袋。これで終わりだろうから」
『そうね。これで終わりよ。後ちょっとだから頑張って・・・かずちゃん』
引き戸であり一気に開け放った。薄暗い階段の光に慣れすぎていた為かそこの光は目に強烈なほどに刺さる。思わず目を閉じ、ゆっくりと目を開けた。
「何だ。ここは?」
ここは地下とは思えないほど広い空間であった。吹き抜け状で天井までは2階分はある。床の端と壁は大理石で出来ており、中心部は赤い絨毯が敷き詰められていた。太く細かく彫刻された柱が何本か経っていてまるで城の謁見の間と言った造りであった。
その中心にいるのが2人。
「ママぁ・・・痛いよ~もう限界だよぉぉ~。みんなみたいにママの中に入れてよ~」
「分かった。全部、あなたの全てを私が取り込んであげる・・・」
膝に縋りつく院長はそのママと言った人物に手をかざされるとうっとりとした表情のまま床に伏していった。
「アイツが母親だと?いや・・・そういうものか・・・」
一道が一瞬驚きの声を出した。何故なら院長がママと称した人物は明らかに中学生ぐらいの少女であったからだ。年の差から言えばもう娘というよりは孫といえるほどだろう。しかし、一道にはそれほど意外性はなかった。人の体を入れ替える事を正しいとして行ってきた者達である。老いた体を捨てより若い体になりたいという欲望は分かる気がしたし、実際に見てきたことだ。
「もうやめましょう!!もう沢山だ!人が人同士、人の魂を弄ぶのは!」
一道が叫んだ。それは一道の心からの叫びであった。
「分かります。あなたは自分が思っている以上に疲れているのですから・・・もう無理する必要なんてないのです。あなたは頑張りました。ですから、あなたももう癒されて良いんですよ」
少女が大きく手を広げた。少女が身にまとっているのは淡い桃色の薄いローブのようでそれを幾重にもまきつける形で着ている。まるで体と一体化しているかと思わせるほど自然な色と美しさであった。
そのローブの端は風もないのにはためいて見えた。その先から桜の花びらのような揺らめきが無数に広がっていく。
「何だ?お、俺は・・・幻覚を見ているのか?」
ダメージを負っているのは分かるがそのような事は一度もなかった。その揺らめきは広がっていき、ゆっくりと一道の方に向かってくる。一道には何も理解できず、その揺らめきに包まれていく。
「何だ?この言いようもない安心感は?」
体の内側からこみ上げて来る優しい気持ちに驚く一道。今まで感じた事がない感覚に最初は戸惑ったが次第に悪くない気がしてきた。
「これは何だ?ソウルドの技術の一つか?それとも催眠術か?」
多くの疑問がわきあがってくるがもはや、一道はその安心感に心を骨抜きにされていた。
「いや・・・もうそんな事はどうでもいい。俺は疲れたんだ。沢山の人を斬り、沢山の人を失った。身も心も疲れているんだ。もう続けたくはない。もう終わって良いんだから・・・アイツらだって文句は言わないだろう。だからずっとこのままでいたい」
一道はその感覚を受け入れてしまった。もう立っている事も出来ずその場で倒れこんでしまった。ただ、この優しい感覚に包まれ、身を任せ、他の事はどうでもいいと思ってしまった。
「そう・・・あなたの全ても私が全て包み込んであげる。大丈夫。怖がらなくても・・・大丈夫。何も考えなくても・・・」
微笑をたたえながら少女がゆっくりと一道の方に歩いてくる。
『かずちゃん!しっかりして!ねぇ!』
『うるさいな・・・お袋か・・・もういいじゃないか?休んだってさ』
『ダメよ!慶ちゃんや和子ちゃんの気持ちはどうなるの?それだけじゃない!かずちゃんの為になってくれた人達の気持ちはどうなるの?ここで全部投げ出してしまっていいの?』
『放っておいてくれよ。全部終わった事だから・・・』
今の一道は例えるなら寒い朝に布団から出ろといわれているようなものだ。しかも休日という自分を縛るものもなく、寝ていても問題もないという状況と言った所だろうか?だから、寝ていて何故悪いのか?このまま寝ていてもいいじゃないかという心境になっていた。
『まだ、全部、終わってないよ!あと少し!頑張らないと!!』
『頑張る必要なんてないんだよ。終わったんだから・・・お袋も怒ってないで俺のようにすればいいんだよ。そうすれば俺の気持ちも良く分かるよ』
『違う!しっかりしなさい!一道!!』
一道は自分の母親さえも鬱陶しく思えてしまっていた。休日にうっかりかけ間違えてしまってうるさくなる目覚まし時計ぐらいの感覚である。放っておけばそのうちなりやむだろうと思っていた。
『それで本当にいいの?思い出しなさい!かずちゃん!』
遠ざかっていく母親の声。だが、それはやまびこのように響いた。
『・・・何を・・・思い出す?』
再び、眠りに落ちていこうとする一道は少しずつ湧き出てくる思い出に体を震わせた。慶が目の前で死んでいく。ボロボロの帯野が穏やかな顔をしている。それから元気や悠希、剛。まだうっすらと亮や昌成、ポチッ鉄、隆の顔などが次々と思い出させる。魂に関わってきた全ての人達が頭の中を泳ぐ。
『そうだ。そうだった。みんな・・・俺にはやらなきゃならないことがあった。こんな所で忘れるわけにはいかないんだ』
一道は眠りから覚醒した。
「いつっ!」
激痛が肩に走った。まるで電気がスパークするかのように肩から走り全身に伝わった。肩を抑えたくなるぐらいの痛みであったが、全身、動かないのだから痛くてもどうする事も出来なかった。
『かずちゃん!』
『分かった。今、少し、肩が動いた。体を動かすには痛みに勝たなければならないか・・・ならば・・・』
「ううぅぅあぁぁぁぁ!」
まず、歯を食いしばる。顔面が裂けるぐらいの痛みが走った。
腕を床に着く。腕が軋み悲鳴を上げた。
体を起す。バリバリと背中が破れたのではないかというぐらいの激痛に襲われた。
足を着く。全身の体重が足にかかり痛みが全身に伝わる。
「ふはぁぁぁ~ふはぁぁぁ~・・・」
一旦、立ち上がってしまえばまるで波が引いていくぐらいの早さで引いていった。だが、その疲労感はまだその余韻として残っていた。
『かずちゃん』
『久しぶりだな。お袋が俺を叱るなんてさ』
『そうだったかな?』
『そうさ』

幼い時は、母親がいつも一道の心に思いを伝え続けた。
箸を上手くつかめたら『良く出来た』と誉めてくれ、ボタンを掛け間違えていたら違うと『違うよ』と注意し、何か気に入らない事に対して物に当たた時には『悪い事よ』と叱った。一道も母親の言う事なのだからと無条件に言われた事を実行し、信じ続けた。
だが、小学生ぐらいになると彼女は一道を突き離すようになった。
『ママ、どうしたらいい?』
『・・・』
『ママ。ねぇ。どうしたの?お腹でもいたいの?何で何も答えてくれないの?』
しかし、尋ねても答えない母親。分からない。知りたい。思いだけが募るもどかしさ。寂しさに胸が張り裂ける思いで涙さえ流す事もあった。それは一道だけではなく彼女とて同じようなものであった。
彼女はいつまでも心の内面である自分と一緒に交流し続ける事で一道が辛い事があるとずっと自分に縋りつくような弱い存在になると危惧した彼女は一道を突き放したのであった。最愛の一道が自分の行為によって傷つき悲しんでいる。そんな一道を見るのを逃げる事も目を背ける事も出来ない近すぎる距離。そして答えたいという己の衝動。そんな心の底から破裂しそうになる欲望への歯痒さ。二人はじっと耐えた。きっと二人では耐え抜く事は出来なかっただろう。二人を変えたのは一道を取り巻く環境であった。
落ち込む一道に積極的に声をかけて来たのは慶であった。その慶が施設の子供達を巻き込んで一道を励ましたり、体を動かしたりする事で薄れさせてくれた。そして、気がつかない間に、二人は、自分の気持ちに整理を付けていったのだ。
そして10年ぐらいの歳月が経った母と息子は向かい合う。ごく自然な形で・・・

『俺もまだまだだな。お袋がいないと何も出来ない。悔しいが慶がマザコン野郎って言ったのを認めざるを得ないよ』
『それは違うよ。かずちゃん。私がかずちゃんをいつまでも手元に置きたいだけよ。その思いが伝わって私の事を意識してしまうだけ。あなた一人であればきっと自立している』
『そんな事ないって』
二人の心が通わせあった。

「凄い。あなた、あの状態から立ち上がるなんて・・・今までに無かった・・・」
眠りから覚めようとする者に与えられる激しい苦痛。だからこそ皆歩みをおきようとしなかったのだろう。そんな一道に少女が素直に感心していた。
「!!」
一道は瞬時に両手からソウルドを発動させて大きく振り回した。それから構えを取った。
バスッ!スパァッ!
「あなたは・・・一体?」
一道が今、ソウルドを振り回したのは、自分の周りを漂う空気を切り裂く為であった。それは透けるカーテンのように薄く、風によって波打っている。どうやら彼女はこちらが気付かぬ間に魂に干渉する事が出来るようだ。一道は、彼女が発生させている淡い魂の波動を断ち切ったのだ。
「今すぐやめるんだ!その人を眠りに誘う力を!」
それは睡魔のようであった。体に眠りたいから眠れと問いかけるのである。だが、睡魔と異なるのはそれが睡魔より自然であり且つ強力に束縛してくる事だ。睡魔なら眠ってはいけないと己の自制心である程度、コントロール出来るものだ。だが、彼女の力はその自制心を支配する事でより簡単に心の眠りの状態に陥らせるものなのだ。
「あなたは何を怖がっているのですか?」
「俺は怖がってなどいない!」
「いえ、私には分かります。あなたは身を委ねる事を恐れている。得体の知れないものであると怖がるがあまりに受け入れる事を拒絶している。でも、大丈夫ですよ。全くの無害ですから・・・それどころか、あなたにとって理想の幸せや満足感を与えてくれるでしょう。ですから怖がる必要なんて・・・」
そのように優しい声音で少女が語りかけると一道は再びソウルドを振り回し、自分を包もうとするものを切り裂いた。
「そうやって歪んだ愛情で人を堕落させるのか?」
一道は少女をにらみつけ、構えを取った。
「さっきの院長の様子を見ていて分かった。あんな老人をまるで幼児のようにする愛情などは愛情ではない!そんな物は愛情であってはならない!母親の愛情というのはその子に自立を促すものでなければならないんだ!転んだ子供を抱き上げて起こすのではなく手を伸ばす事で自分自身の力によって立ち上がらせる。それが本当の愛情だ。お前の愛情は人を誘惑し、堕落させた挙句依存させ、自分から抜け出られないようにする!そんな腑抜けを生み出して何になるのか!人は一生、一緒にいられるわけなどないのだ。必ず別れが来る。残された子供はどうなる?死ぬしかないだろうが!それが優しさか!?愛情か?自分さえ母性本能が満たされればそれでいいのか?ふざけるな!それは母親のエゴでしかない!エゴで子供を殺すな!!」
少女は慈愛に満ちた表情で一道が言う事に反論せず頷いていた。全てを吐き出させてから全てを受け止める。そんな聖母と言った印象さえ受け取られた。
「それが人を間違わせる!」
一道はソウルドを出して、少女に向かった。
「大丈夫。あなたも私の心の中で眠りなさい。そうすればきっと楽になれるから・・・」
少女は床に向けて両手からソウルドを伸ばした。それはかなり長いようで床に完全に埋まってしまっているようで全ては見えない。
『何だ?多くの人の魂を取り込んでいるからか?俺に出来るのは一気に接近し、躊躇わずに斬る!小細工はなしだ!』
少女の構えはまるで変わらないし、一道の目にはそれが戦いなど行った事が一切ない純粋に普通の女の子のように映った。だから勝機があると踏んだのだ。
が、経験の有無さえ問題にならないほど違いすぎる差というのもあるものだ。
少女が腕を上げた。
「なっ!?」
一道には床から巨大な火柱が上がりこちらに迫ってくるように見えた。あまりにも長大であり、その迫り来るスピードでは完全に不可避であった。一道は咄嗟に2本のソウルドを交差させ防御する態勢を取った。
「くっ!」
ビァン!!
だが、猛スピードでこちらに接近する巨大な柱に対して小枝を2本束ねたところで何になるというのだろうか?構えたソウルドは瞬時に弾かれ、一道は吹っ飛ばされて、倒れた。
「これであなたも私と一緒。ずっと一緒。怒り、痛み、悲しみ、妬み、嫉み、恨み、そんなこの現実世界にある全ての負の感情がない温かく優しい場所へ・・・そんな慈愛が満ちた穏やかな海へと沈みなさい。そして、ゆっくりと身を任せて溶けていきなさい。そんなあなたを誰も責めないし誰も蔑んだりしないのだから・・・」

『今度こそ死んだよな・・・あれだけの一撃を受けたのだから死んで当然のはずだ・・・お袋も語りかけてこないし、誰も現れない・・・一人・・・そうか・・・俺一人か・・・』
目の前は真っ白であり、いや、真っ白というのは不正確であった。光もなくだからと言って真っ暗という訳でもない空間。透明というべきだろうか?温かくもなく寒くもない。今まで来たことも見たことも聞いたこともない不思議な場所。
静寂。無音。
ただ、そこに武田 一道だけがその空間に漂っている状態であった。
横になっているのか、はたまた立っているのかそれすら分からない。水の中なのかそれとも無重力空間なのか、手足を動かしても何も手ごたえが無かった。もし手を振ればそこに微弱な風が生まれるはずであったがそれすらない。
「これが死の世界という奴か?」
実際に死んだ事がないのだから分かりはしない。テレビ番組などで死後の世界を知っている人物なるものがその場所を語っていた。花があるだとか川があるとかこっちに来いと甘い声が聞こえたけどそこに行かなかったら現実世界に引き戻されたなどと言っていたが胡散臭さを感じただけであった。
「あ~!あ~!誰かいないか!誰か!ここが死後の世界なら!慶!帯野!勇一郎さん!いるんでしょ!お袋!お袋もいないのか!」
呼びかけるが声が空しく吸い込まれていくのみで響く事さえない。平泳ぎをしてみた。空気をかいているという感覚さえしない。仮に動いているにしても自分が動いている事を示すという対象がないので分かりもしない。
「ここには喜びも痛みも苦しみもない。ここには真に何もない!何やっても無反応。無意味。無駄。無益。無二。無敵。無感。ただ意識だけがある!こんな物は!こんな物は!これこそ本当の地獄じゃないか!」
強く拳を握り、首を横に振る。
「ん?」
再び手を握り、その感覚を確かめた。次に、手の甲をつねってみる。強くつねって手を離すとつねった部分が赤くなった。
「痛い。実感がある」
自分自身を抱きしめてみた。温かい。
「感じる事こそが生きていると言う事・・・この痛みも心臓の鼓動も血の流れも・・・」
自分の胸に手を当てると心臓の鼓動が聞こえてきた。
「ここには何も無い訳ではない。俺はここにいる。武田 一道はここにある。確かに存在しているのだ。ならば、終わってはいない。続けられる」
その瞬間、藁木の言葉が思い出されてきた。
「思い込みだけで動けるのが俺の強みだ!誰もいなくても何も無くたって俺がいさえすれば動ける!生きているのなら何でもやってやる!叫んでやる!叫び続けてやる!もがいてやる!もがき続けてやる!この意識がなくなるまで!この魂が尽きるまでな!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一道の体から光が発された。一道は理解できなかった。そのまぶしいほどの輝きは一瞬の間にその空間全てを満たしていった。一道はそのまぶしさの中でも気を放出し続けていった。

The Sword 最終話 (21)

2011-02-21 20:10:55 | The Sword(長編小説)

院長室というタグが取り付けられている立派な木製のドアを開けた。鍵はかかっていなかった。後方に初老の恰幅の良い男が震えていた。その男こそがこの病院の院長である『海藤 拳』その人であった。肩からかなりの量の魂を溢れさせていた。周囲を見るとドア付近にはモニターがあり、そこには倒れている藁木の映像が映っていた。どうやら、監視カメラでドアの向こうを確認しソウルフルで狙撃しようとしたのだろう。
「殺す気はありません。上の資料室の部屋を開けてもらえればそれでいいです」
「うっ・・・ひぃぃぃ!」
その怯える目はまるで恐ろしい物を見た子供であった。ガタガタと震わせ、涎も出ていて院長たる威厳など全く感じさせなかった。初対面であったが勇一郎の資料によると、エリート中のエリートでいつも横柄で自分は人とは違うというのを表す人物だと書かれていた。勇一郎自身、姿を見た事は殆ど無かった為、経歴以外の情報は少なかった。
「殺す気はないと言っているではないですか?俺の要求だけ呑んでくれれば」
「うう!あああ!ママぁぁ!ママぁぁぁ!助けてぇぇ!」
海藤は後ろのドアを開けた。ソウルフルも床に落としたままだったので丸腰である。
「ママ?」
海藤は後方にあるドアを開けて、そのまま逃げていった。
「院長室の後ろは倉庫だったな・・・他に逃げ道もない」
だから焦って追いかける必要もないと思って院長室に来た目的。資料室のロックを解除する事にした。
「それにしてもそんな所に母親をいさせるのか?」
院長室を見回すと絨毯が敷き詰められ机も椅子も大きく年代を重ねたものであり厳かで気品を感じさせた。部屋の中でおかしいと思えるのはモニターだろう。病院内各所が表示されていた。病院内は一部、騒がしくなっている所もあるがまだ混乱するには至ってないようだ。モニター周辺には無数のスイッチが取り付けられていた。切り替えていけば他の所も映るだろうがスイッチの操作は分からない。
「こんな多くあるスイッチがあるとどれがキーなのか・・・」
一つだけカバーを見つけた。施錠出来るように鍵穴が付いているが鍵は付けられておらず問題なく開いた。それを開くと大きめのスイッチがあった。そこが赤いランプが付いている。
「これしかないな・・・もし、これが罠ならこれで俺はおしまいだが・・・」
ポチッ
モニターには何の変化も見られなかった。しかし、赤いランプが緑に変わっていた。
「いいのか?分からないな・・・引っ張り出して来て確認させればいいことだな」
院長が入っていった倉庫にドアを開けた瞬間、一道は固まった。
「何?」
何とそこには下りの階段があった。狭くはない階段なので2~3人は並んで歩けるだろう。
「田中さんの情報ではこの部屋で行き止まりのはずでその先の事は書かれていない。病院が完成してから密かに工事をやっていたのか?」
地下を拡張させる事は一道が思っているほど容易ではない。掘削作業等、大規模なものである。誰にも気付かれないように地下を掘るなど出来るわけなどない。始めから作っていて、後になって何も無いと隠したというのが正しいところだろう。
「しかし・・・いける以上は進まなければならないな・・・」
不気味に口を開いている階段。ひんやりと冷たい風が吹いてくる。明かりはついているがそこは何か悪魔の胃袋に通じる口という風にも見えた。だが、ここまで来た以上は引き下がるわけにもいかないし、スイッチの事も聞かなければならない。一道は意を決し階段を下りていった。

ほんの少しボーッとしてから悠希は元気を寝かせて立ち上がった。
「あ・・・やらなくちゃ・・・」
悠希はそれから隣の資料室に入るとそこには1人の若い男がいた。棚に入ったファイルをリュックに入れていた。勇一郎の資料に書かれていた色城 瞬という男であった。元詐欺師であり、相手をその気にさせ、信用させるプロであった。ソウルドも使えるという話である。
「ちぃ!もう来やがったか!まだ重要ファイルを全部、入れ終わってないってのに・・・」
「ここで何を!」
「さぁな!」
リュックを背負って走り出そうとした時に悠希は手にしているペットボトルを大きく振った。灯油が飛び散ってそのリュックに付着した。色城はそれに気付いていないようであった。悠希はマッチをつけサッとこすって床に落とすと資料室に一気に燃え広がった。火の勢いはそのまま隣の部屋のウームやパソコンにも広がっていく。そしてそのリュックにも引火したようであった。これが病院全体をパニックに陥らせる事となった。
ウーウーウー!!
突然、サイレンが鳴り始めた。火災報知機が炎を感知し知らせていたのだろう。
ザァァァー!
スプリンクラーが起動したが、何せ灯油からの炎である。そう簡単に消える訳はない。プラスチック等が燃えている為に黒煙が上がる。毒ガスと一緒であるから吸えばすぐにでも窒息してしまうだろう。悠希はスプリンクラーの水に濡れながらその色城の後を追った。
「何のサイレンだ?何かあったのか?」
それが病院内にいる人たちの多くの第一声だろう。周辺があまりにも平和な状態では突然、緊急事態といわれても理解できないものだ。色城は外に出た。そこには非常階段であったのでそれを用いて下まで降りて逃げるつもりであった。派手に足音をさせながら降りていった。
「火事か?あの女!火を放ったか?とんでもない事をしやがる!いや、この騒ぎに乗じて逃げるからありがたい所だな」
パチパチパチ・・・
「何だ?音?」
色城が振り返ると背後が真っ赤に染まりその上に煙がもうもうと立ち上がっているのを発見した。
「何ぃ!?」
リュックを下ろして服を脱いでバタバタと燃え盛るリュックの炎をはたいた。
「ふざけんな!この中にはソウルド研究の重大資料が入っているんだぞ!こんな所で燃やされてたまるか!」
しかし、火の勢いは弱まらない。非常階段の天井にはスプリンクラーは取り付けられていないようで水も出なかった。炎はリュックの中の資料も焼いていく。
「消えろ!消えろ!ゴホッゴホッ!」
ガチャ!
上の非常階段の扉が閉まった音が聞こえた。真上を見ると先ほどの悠希がいた。
「さっき、灯油臭かったからあいつがまいて燃やしやがったのか・・・くそぉ!資料がなければ俺達がやってきた事が全部無駄って事じゃねぇかよっ!あの女ぁぁぁ!」
怒りに打ち震える色城。リュックを背負い、ソウルフルを腹につけていた。今思えば、ソウルフルのほうを背負い、資料を腹につけていればよかったと後悔していた。少々腹に付いたソウルフル本体が邪魔であるが狙いをつけることぐらいは問題なく出来る。
「ここまで10年はかかったんだぞ!10年だぞぉ!」
ソウルドについての知識はあれど技術面に関しては携わってこなかったので内容は殆ど分からなかった。また始めるとなれば沢山の関係者を失っている以上、また振り出しというところだろう。
ガチャ・・・
上から音がしたので見上げて見ると自分を負ってきたと思われる悠希がいた。悠希は元気が死んだショックから立ち直れないのか足取りが定まらない。そんな彼女を見て、色城は怒りを爆発させた。
「あんなボロボロの女に俺の計画が!水の泡にさせられたってのかぁぁッ!」
彼は自分が圧倒的優位な立場にいると言う事で悠希をなぶり殺しにしてやろうと思った。そこにもう冷静さは見えない。
「はぁ・・・アイツが逃げる・・・アイツが全力をかけて逃げたらきっと私には追えない」
それは事実であるが、色城はこちらを睨みつけ、ソウルフルを構えた。近付くつもりは無かった。卑怯と呼ばれようと関係なかった。目的さえ達成されれば良いというのが彼の信条であった。ひょっとして、ソウルボムを田町川から奪って持っているかもしれないというぐらいの事も考慮していた。遠距離から止めをさすつもりであった。
「必ず殺すからなッ」
色城は自分でもかなり頭に来ていると実感していた。しかし抑えられなかった。それは位置として悠希が上にいる事で自分が見下されているように感じたからだろう。
色城は引き金を引いた。床を貫通するソウルフルである。距離や角度を感覚的につかめれば命中できないわけはない。それが動きの鈍っている悠希であれば当たるのは当然である。
悠希の右足を射抜いた。悠希はバランスを崩して手すりにしがみついた。
「まだここには7弾持っている。まだ下に一道ってのがいるから4発は奴と遭遇した時の保険として取っておくとして、残り3発は全てお前に叩き込んでやる!」
自分と悠希とでは1階分の距離がある。悠希が壁を貫通するソウルドを使えるとしてもこちらには届かない。完全なる安全地帯からの攻撃。ソウルフルの弾を入れ替える。そして狙いを定めた。
「次はどこを狙って欲しい?反対の足か?それとも腕か?頭か?いや頭は最後にしてやる!腕か頭かどちらを・・・何!?」
色城は己の目を疑った。何と悠希は手すりをよじ登ったのだ。悠希が立っている所は7Fである。1Fに落下するような事になれば命はない。
「走ってくるのが無理と言う事でこちらに飛び降りてくるか?もうまともに物事を考える事も出来ないか」
正気の沙汰ではないと思った。スタントマンなど特別な訓練を行ったものでなければ1階下に飛び降りる事など出来たものではない。失敗して下に体を叩きつけられるのがオチである。
「だが、映画みたいに上手く行けばこっちに下りられるかもしれないがな」
ビュゥ!
「ううっ!」
悠希は7Fともなればかなりの突風が吹く。足を打たれたので這うようにして手すりに挙がった。それで落ちてしまうかもしれないと思えるほど危なげであった。
『勝手に死んでくれるなら死ね。こちらの楽しみは一つ無くなるがな』
しかし、悠希は既に正常な判断が付かない状況にあった。
『やりがった!!』
フワッと悠希が飛び降りたのだ。しかし片足を撃たれた為か勢いは殆どなかった。これでは6Fに飛び移る事は不可能である。色城はそのまま落ちていく様を見ようと軽く身を乗り出した。すると吹っ飛ばされるぐらいの猛烈な勢いで非常階段の格子に体を叩きつけられた。
ガツッ!!
「ぐぅおっ!」
体を見ると悠希の手が格子を抜けて男のシャツの襟を掴んでいたのだ。背中から体全体に激痛が走る。悠希の落ちるスピードと体重を乗せ格子に叩きつけられたのだ。いくら皮の厚い背中といえど肋骨が折れただろう。
「グッ!離せぇ!離せぇぇぇ!」
身を捩って悠希の手を襟から離そうとするが悠希も必死である。物凄い力で掴んでいた。
「くそぉぉ!こんな重要な時に!」
ソウルフルを使おうと思うがこうも近すぎる位置ではソウルフルを構えるのは困難であった。しかも、体を引っ張られていた為に身動きが取りづらかった。
「離しやがれ!このバカが!」
色城が右肘を力強く動かすとその腕によって悠希の手が格子に挟まった。
「あぅ!」
「いつつつぅッ!早く離せぇ!離して落っこちさえすればお前も痛い思いをせず楽になれるだろうがっ!」
ありったけの力で押しこむ。格子によって指が切断されるのではないか負荷がかかっているだろう。色城も肋骨から来る激痛に耐えながら力を入れる。互いに必死である。
「がぁっ!」
色城が勢い余って前につんのめって階段の手すりに顔面から激突した。
「いってぇぇぇ・・・だが、落ちたか・・・バカが・・・」
痛みが走る額を手で抑えていた。その手の中にヌルッと生暖かい感触があった。
「ううぅ!」
「何!まだ生きている!」
振り返ってみると何と悠希が階段の足場に肘を付いて足をばたつかせていたのだ。
『フッ・・・このまま放置しても勝手に死んでくれそうだな・・・!!』
額から手を離してみるとべっとりと血が付いており、その血は額から鼻を避け口元を伝い顎からポタポタと雫を垂らしているのが見えた。
『これはこれは・・・良くもやってくれたな』
「うう・・・あああぁ・・・」
悠希はこの時、もう落ちて良いかなと思っていた。さっき飛び降りた時も逃げる色城を倒すなどという事は考えていなかった。せいぜい道連れに出来ればいいかなというぐらいの感覚である。決して狙って飛び降りたわけではなかった。仮に飛び降りて何も出来ずそのまま地面に落下して死んだとしてもこれ以上生きたいとも思っていなかったから受け入れる気持ちでいた。だが、色城の服を偶然にもつかむ事が出来てしまった。
それによって何とか道連れにして殺そうとも考えたもののやはりダメであった。
肘を何とか付いている状態であったので額から血を流しながらこちらを見つめる醜悪な顔を見る事はなかった。だが、色城の影の所為で視界が少し暗くなったという事だけは感じた。
「このままでは君は転落死してしまうな。助けて・・・あげるよ」
色城は右手を伸ばし表情を歪ませた。そして左手も伸ばしたがその手からはソウルドが伸び、それが悠希のしがみついている腕にゆっくりと迫る。
「ああああぁ!」
色城は悠希の肘にソウルドを触れさせた。肘から伝わってくる痛みや嫌悪感で悲鳴をあげた。

色城 瞬。元々は先祖代々から大金持ちであった。金がある事が当然であると育てられ、何もかも金で何も変えられると信じて生きていた。彼には友達がいなかった。孤独であったというのではなく、自分と同じ対等な存在などいないと思っていたのだ。いつも奢ってくれと言って来る連中。それは、友達ではなく、下僕とか奴隷と思って明らかに見下していた。しかも『奢ってくれ』という奴には決してお金を渡そうとしなかった。

「何で、貧乏人が『くれ』って俺に命令できるんだ?『下さい。お願いします』だろうが」

と必ず訂正させた。しかし、そんな生活はずっと続かなかった。父親が事件を起こしたのだ。警察沙汰でニュースにも出た。それによって彼の人生は転落していった。今まで金を与えてやった者達は彼を助けるどころかここぞとばかりに笑っていた。「今まで、傲慢に振舞っていたから罰が当たったんだ」「ざまぁみろ」と嘲笑した。そんな屈辱を覚えながらも背に腹は換えられないと、そんな彼らに助けを乞うた。泥水を舐める思いをしながらも・・・しかし彼を助けようとするものはいなかった。有り余るぐらいの恩を彼から受けていたのにも関わらずだ。その怒りに身を震わせ耐え続けた。そんな彼に転機が訪れる。たまたま買った宝くじが見事一等に当選したのだ。何故、そんな大金が奴に当たるのだと妬みの声をいいながらも利益を得ようと再び自分に取り入ろうとする寄生虫のような奴らがいた。そして、宝くじの当選金は苦節を共にし味方であるはずの両親が無断で自分達のものとした。彼は金以外何も信じられなくなった。

「金が人を操るというのなら、誰よりも金持ちになってやる」

その心で彼は、自分の力で這い上がっていく事にしたのだ。金を得る為ならばなんでもする男で目的達成の為ならばプライドを捨てるのも簡単だった。多くの人を信用させるには喜怒哀楽を過度に表現するのが一番だと心得ていて、良く笑い、泣き、怒りという感情をストレートに表した。安っぽいとか見え見えという者もいたが、だがそんな人に会った時、不快な印象を与えないという特異な才能を発揮した。だが、得と判断したときは人を裏切り、見捨て、憎まれるような事を平然とした。そんな事を続けているうちにある一人の人物と出会った。藁木 吾朗であった。彼は、どんな手段を使ってでも成り上がろうとする藁木は言わば式城と似たタイプの男であった。似たもの同士、気が合いつつもいずれ利用してやろうとお互い狙いあっている仲であった。そして、間と会い、病院の事を知り、計画の資金集めに尽力した。トージョーの社長とパイプ役となったのも、金田 直をも引き入れたのも彼の働きによればこそであった。最終的には計画の権利を持ち、世界一の大金持ちになることが夢であった。先ほどまで病院のモニター室で一道や元気達の動きを逐一見ていた。そして病院側の敗北が濃厚になると見え、資料だけ持って逃走しようと考えたのであった。

「いぃっ!!」
右手は悠希に触れようとしていたが左手はソウルドで悠希が自分の体を支えている左手に浴びせていた。言っている事とやっている事がまるで違った。恐らくそれは彼の口実作りだろう。もしこの状況を目撃している人がいたのなら落ちそうになっている悠希を助けようとしない色城は悠希を殺そうとしていたのではないかと疑いを持つだろう。
「大丈夫だ!君は必ず助かるよ!頑張れ!もうちょっとだ!そうすれば!」
今は憎いと思っていられる余裕は無かった。ただ自分の体重を支えるので精一杯だった。だが、ジリジリとソウルドでゆっくりと焼かれていき自分の肘の感覚が薄れていく。
腕が震え、全身からも力が抜けていく。ズルズルと肘が引き離されていく。
「うっく!」
一瞬の間にズルッと下に滑った。もう離れた手を戻す体力はない。そのまま重力によって引きずり込まれていく。
「頑張れ!こんな所で死んでどうする!頑張れば助かるんだぞ!君っ」
色城は右腕を振り上げた。悠希の目にはその迫り来るソウルドがあまりにも巨大で闇よりも深い暗黒が自分自身に迫ってくるように見えた。
「ひぃ!」
遂に避けるように自分から手を離してしまった。だが、それによって一気に楽になった。全ての苦しみから解放された。周りの空間がゆっくり流れていく。多くの悲しみ、怒り、痛み、それら激しく辛い感覚が抜けていき、非常に穏やかささえ感じていた。
『空が遠い・・・でも、もう会いにいける。これで・・・』
上を見つめると、手すりから身を乗り出してニヤリと笑う式城がいた。男が誰なのか何故、笑っているのか分かりはしない。それに別にもうどうでも良かった。後はこの流れに身を任せれば勝手にどうにかなってくれるだろう。そう考えていた。
『フッ・・・これで・・・ん?』
悠希の手がこちらに向いて光ったように見えた。
『最期の最後の抵抗か・・・』
既に落下して数mも離れていた。もはやソウルドが届く距離ではなかった。だが、おかしな事が起こっていた。その光は伸び続けてこちらに向かってきたのだ。
『こんなにソウルドが伸びるなどと俺は知らんぞ!』
色城は体をひねって避ける。スローモーションのように時間が流れていたので自分の動きが遅いと感じる。だが、その光はソウルドの頬をかすっただけで致命傷に至らせる事が出来なかった。
「糞が!」
色城は怒っていた。これで全員の敵を倒したから晴れ晴れという訳にはいかなかった。敵は全員倒したことは倒した。だが、ソウルドの機材や資料の殆ど失い、関係者のほとんどもやられてしまっていた。病院での計画続行は不可能だろう。となればこれから残ったものを集めて、改めて技術開発をするような企業、団体を探さなければならない。そう思うととても喜んでいられるような状況ではなかった。だが、事態は意外な方向へと進んでいく。
「!?」
床に落下して激痛が走ると覚悟したにも関わらず何も訪れない感覚。視界の先には非常階段の天井。
ガグッ!
「うっ!」
体勢を斜めになって、遅れて走る痛み。それは階段の段差に体を叩きつけられたのだ。慌てて手を突こうとしたが手遅れだった。もう階段で転げ落ちるスピードを止める事は出来ない。
「う!おぅ!がっ!ぐぇ!」
転げ落ち、段差の衝撃があるたびに声が漏れた。本人には世界がグルグルと回るだけで理解できていなかった。ひょっとしたらソウルドの特別な作用か何かと思っていた。
ボグッ!
その勢いのまま非常階段の格子に首を強打してしまっていた。しかもそれは手や足などは付かず自分の全体重と落下の勢いが一気に首に集中してしまった。その為首の骨が折れてしまっていた。
「あ・・・あぁぁぁ・・・」
色城は事態が飲み込めないままグルグルと回る世界の中で死に行くのみであった。

一方、長いソウルドを出した悠希は幻覚か夢を見た気がした。
自分の手から伸びるソウルドからは昌成と元気が笑っていたようなそんな気がした。それを見た悠希は満足して、体を空中に委ねるのであった。

The Sword 最終話 (20)

2011-02-20 20:09:01 | The Sword(長編小説)

「くそ!死んでたまるかよ!この私がこんな所で!」
藁木は壁にある手すりを使って奥へ奥へと歩いていた。魂の流出は収まりつつある。腕の感覚も戻ってきていた。もう少し経てば身に着けているソウルフルも使用できるほど回復するだろう。だからひたすら奥に行って時間を稼がなければならなかった。
「勝つ。私は勝つんだ!どんな方法であろうと、どんなに罵られようと、どんな状況に陥られようとも最終的に勝てば良い」
藁木 吾朗は運に見放され続けた男である。彼は子供の頃から不運に見舞われた。五十音順でほぼ最後の彼は体育のテストで逆上がりを行った際、普段なら出来たものの、待ち時間でトイレに行きたくなり、我慢していた。やっと出番になった時、緊張でどうしようもなくなった。それでも少しの間だからとそのままテストに望んだ。逆上がりは殆どが成功した。勢い良く回ったつもりであったがひっくり返った状態のままで止まってしまった。だが、そのまま元に戻る状態は可能であった。が、彼はその状態で失禁してしまったのだ。垂れる小便は腹を伝い、顔にまで押し寄せた。テストだからみんなが注目している時であった。死にたかった。そしてその時に付けられたあだ名が『逆さ小便』略して『逆小(ぎゃくしょう)』であった。
他にも不幸な出来事が相次いだ。そのまま公立の中学に行けば嫌な友達がいると勉強して受験したのだが、当日、受験校に行く家の車が事故起こして間に合わなかったのだ。受験直前、『お前らバカとは違って私立に行くのだ』と同級生達を罵り続けたのだが、その同級生達が多い公立に行かざるを得なかった。当然、中学の時は皆から無視され続けた。そして、高校受験の時は、車はやめて電車にしたのだが、それがよくなかった。近くにいた中年の男が電車に酔って吐いたのだ。まともに浴びてしまい、洗い流したが精神的に動揺してしまい、見事に落ちた。専門学校に行かざるを得ずその頃にはぐれてしまっていた。
藁木は優れた能力を持っていた。にもそれを活かす事があまりにも出来なさすぎた。そんな不幸続きで決定的な出来事があった。
彼女が出来たのだが通り魔に刺されて死亡したのだ。犯人の動機は誰でもよかったという身勝手な理由であった。周辺の藁木を知る者は
「吾朗に不幸を移されたんだろ?」
「かわいそうに吾朗と付き合わなければ・・・」
矛先は犯人にではなく、藁木自身にも及んだ。それが耐えられなかった。
「何故だ!何故俺だけがこんな不幸にならなければならないんだ!誰か俺に恨みでもあるのかぁ!」
それがソウルド発動のきっかけであった。それから彼の心はこのように生きていた。
「俺は何をしてでものし上がる。他人を不幸にしようが関係ねぇ・・・他人なんか優れたものをを嫉妬するだけのゴミ同然なんだからな!途中なんかどうでもいい。最終的に笑えるのであれば俺は糞だって食う覚悟だ!」
そして、数年前のある日、間 要という人物に出会った。取り込むつもりであったが強さ、異質さ、怪しさに惹かれた。そしてこの病院の事を聞き、取り入っていった。計画が滞りなく進行するように主に個人主義でまとまりのない参加者達に対して積極的にコミュニケーションを図ることで順調に進ませる言わば潤滑油の役割を担っていた。いずれ、この計画全てを掌握してやろうと意気込んでいた。もし、世界的に認められれば一国の長以上の地位に立つ事も夢ではないと確信しているほどであった。
「必ず生き抜く・・・絶対にな!絶対になぁぁぁ!」
そういいながら藁木は歩き続けていた。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
音が止んだ。隅っこでしゃがみ込み震えていた悠希はようやくレンジの電子音が聞こえなくなった事によって落ち着きを取り戻し始めていた。体中、汗まみれでびしょびしょである事に気付いた。
「気持ち悪い」
と、周囲を見回そうとした時に目の前が少し影となっていたので見上げてみるとそこにいたのはボロボロの元気であった。
「あ、アンタ!」
悠希は即座に元気のところに駆け寄った。
「バーカ・・・俺に全部、やらせてどうするんだよ・・・お前が乗り越えなくちゃよ・・・」
元気はフラフラのまま田町川が持っていたリモコンを使って音を消したのであった。
「そ、そんな事言ったってダメなものはダメなんだよ。だって私は強くないんだから!」
「おかげで俺はこの様だ・・・もうロクに動けねぇ・・・」
「しっかりしてよ!頑張ればまだ!」
「キツイ事言うなよなぁ・・・俺は、もうやることはやったんだ・・・後は、お前がここと資料室のものを燃やすだけだ。1人でも出来るだろ?」
元気は諦めの目をしていた。それを奮い立たせるために悠希は言った。
「わ、私とセックスするんじゃなかったの?」
元気は一瞬、目を丸くして優しい目をした。
「へ・・・そういう一発ってのはここぞって時に取っておくもんだ。今の感情を信じるな。お前は今ボロボロの俺を見てただ、気分が高揚しているだけだ。落ち着けよ」
「私は本気だよ!だから!」
「わ、分かったよ・・・もらえるものはもらっとかんとな・・・据え膳食わぬは・・・ウッ!」
悠希は元気の肩を担いだ。元気は顔を歪ませた。
「い、いてぇ・・・何て酷い事しやがる・・・そっとしておけよなぁ・・・」
「約束は守ってもらうよ!」
そのまま二人はゆっくりと歩き出した。時折、顔を歪ませる元気に声をかけながら

一道は奥へと突き進む。
「はぁ・・・はぁ・・・」
細い一本道。ここで集団に襲われるようなら疲労した一道に勝ち目はない。それでも良いと思った。自分にしては良くやったと言う満足感があった。だが、彼にとって敵になるような人物は現れずそのまま歩き続ける。
『この先、とても嫌な感じがする』
『お袋の勘?』
『そうね。深く黒いものが渦巻いているようなそんな感じ』
『だからって引き返せはしないよ』
『私個人としては引き止めたいけれど・・・』
『無理だね。ここまで来たら・・・でも、帰りたい気持ちもあるなぁ・・・』
『ふふふ・・・そうしちゃおっか?』
親子の会話。冗談を言い合うとても自然なものであった。
「この角を曲がったら突き当たりが院長室・・・」
角を曲がるとショッキングなものを見た。それは先ほど逃げた藁木であった。藁木はうつ伏せで倒れていたのだ。ソウルフルも手から10cmほどであったが離れている。
「死んだ振り・・・か?」
狭い通路である。避ける事は困難であるし、動く事も出来ないだろう。近付いてきたところをソウルフルで一発叩き込めば、勝てる見込みは高いというものである。だが、ソウルドで跳ね返すという対処法があり、剣術に長けた一道に通用するかどうかは怪しいところだ。そこはもう賭けだろう。
一方の一道は引き返す事は出来ないし、他に、いい方法も思い浮かばなかったので藁木の手にわざとかかってやろうという所であった。
「ふぅ~」
構えはするがソウルドは出さない。しかしいつでもソウルドを出せる態勢を取った。
藁木との距離は5m。ジリジリ近付く。ピクリともしない。4m。出来るだけ接近させれば跳ね返す事も出来ないというのが狙いだろうがここまで動かない辛抱強さは並ではないだろう。
『もしかしてこの人・・・』
「まさか、また裏切り者でも?」
3mを切った。にもかかわらず藁木は動かない。一道はその状況の異質さに感付いた。今まで、魂を使って戦ってきたからか、感覚として分かるのだ。まるで魂が抜かれているのではないかと思ったのだ。一道は藁木に深手を負わせたがそれは致命傷ではなかった。ひょっとしたら逃げている間にソウルフルが暴発して自分に当たってしまったのかそのような事を考えて、2mを切ったところであった。
「殺気!?」
正面から殺気を感じた。それは院長室のドアの方向である。ドアは閉まっている状態であった。次の瞬間、ドアが光ったように見えた。倒れている藁木に気を取られていたのでソウルドで跳ね返すには遅すぎる。
「くっ!」
迫り来る弾にどうする事も出来ず一道は前のめりになりながら飛んだ。弾が頭上を通過した。何とか避ける事が出来たが、一道は倒れてしまっていた。
「しまったぁっ!」
狭い通路である。避けるにも限界がある。だが、倒れながらソウルドで跳ね返す事は出来ないだろう。次の弾が飛んできた時までに立ち上がるのは今の一道には難しいだろう。
「これまでか!?」
一道は、死を覚悟した。だが、体が勝手に動いた気がした。お袋が動かしたのではない別の何かだ。何者かに吸いよさせられるかのような感覚。
右手は何と藁木のソウルフルを握っていた。そのまま指に力を込めた。引き金が引かれてソウルフルが魂を発射した。その方向は院長室のドア。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドアの後ろから悲鳴が聞こえた。一道は何が起こったのか分からずそのまま立ち上がった。
「何だ。今の感覚は?」
今まで感じた事がないものであった。やられすぎで頭がおかしくなっているのかもしれないと思った。
「まさかアンタが助けてくれたのか?」
藁木は答えない。藁木のソウルフルを使った事でうつ伏せであった藁木の顔が少し覗くことが出来た。それは苦痛に顔を歪ませ、とても醜い顔であった。
「死を受け入れさえすればこんな顔になるほど苦しむ事もなかったろうに・・・」
ゆっくりと立ち上がりながら思う。
「だが、それだけ生きたかったという思いだけは分かる」
藁木の生に対する執念だけはこの形相から理解していた。
「うあああぁぁぁぁ!」
悲鳴はまだ続いていた。ドアの向こうからは殺意や敵意は感じられず、ただ焦りと恐れだけであった。一道は、ドアに向かいながら喋っていた。
「アンタは俺を憎んでいたから俺を助けるつもりもなかっただろう。今のはきっとただの偶然だろう。勇一郎さんはアンタに殺されたのだからハッキリ言ってアンタが憎い。だが、これだけは言わせてもらう。ありがとう。アンタがいたから俺は助かった」
藁木を見送り、院長室のドアへと向かう。

「よくもまぁ・・・ここまで来られたもんだ・・・」
元気は悠希の肩を借り表情を歪ませながら歩く。魂の流出は止まっていない。
「アンタここまで来られないと思っていたの?」
「そりゃそうだ。たった7人で病院の連中を潰せるなんて誰が考えるんだよ」
「だから、そこに付け入るところがあるって言ったじゃない?」
「そんなのはみんなを納得させる為のハッタリみたいなだよ。実際に上手く行くなんて思っちゃいなかった・・・」
「呆れた。そんな事でみんなを巻き込んで無責任過ぎない?」
「やるからにはトコトンその気にさせる必要があると思ったからだ。それに、俺だってかなり追い込まれたしな・・・さて・・・ここは開くのかどうか・・・」
関係者以外立ち入り禁止の表示がドアいっぱいにされている。そこにはドアノブが出ており、ドアノブをひねるとグルッと90度方向変えた。
「アイツら、やりやがったんだ!本当に成し遂げたんだ!やった・・・本当に・・・」
ガクッ
突然、元気が力なく倒れた。
「何、やってんの?しっかり立ってよ!アンタ、重いんだから!」
「本当に・・・」
「何、感動して力抜けてんの?」
「コレを・・・」
元気はまだ持っていたペットボトルを悠希に差し出した。これによって資料室などソウルドに関連する物は全て焼こうという事で持ってきたのだ。
「な、何、言ってんの?」
「因果応報って奴だろうなぁ・・・いくら敵だったとは言え、人殺しをした訳だしな。俺は・・・俺はどこまでもクズ野郎だなぁ・・・最低野郎だよなぁ・・・」
「アンタ、ちょっとしっかりしてよ!寝ている場合じゃないでしょ?」
「そうだよ。分かっているんだよ。ここでちゃんとしなければならないって事は・・・だがよぉ・・・本当、どうしようねぇよなぁ・・・何時だってそうなんだ・・・怪我したり、風邪引いたりして動けなくなると弱気になって不安が一気に押し寄せてきやがる」
元気は悠希の言う事に耳を貸さずただ話し続けていた。
「普段、考えないようにしているからな。嫌な事から全部逃げようとして・・・でも、結局逃げ切れないんだよな。調子が悪くなって足が遅くなると追いついてきやがる。それで俺を捕まえて、逃げないように縛りつけ、じわじわと嬲ってくる。ううっ・・・こえぇぇ」
元気は震え始めていた。顔には汗が大量に吹き出ていた。
「ホント、どうしたの?ねぇ?」
「分からない・・・だが、俺自身どうしようもないぐらいに・・・」
「何、言っているの?アンタらしくないよ。もっと明るくバカな冗談を言ってよね。ねぇ!」
悠希自身、元気の異変に薄々感づいていた。だが、それをこちらが態度として出したら元気はもっと奥へと突き進んでしまうだろうと思ったから叱咤激励することでいつもの元気を取り戻させようとした。
「もうやめてくれよ!俺はそんな大した奴じゃない。ただ軽口叩いて誤魔化していただけだ。俺に何も求めないでくれよ!」
「・・・。そんなに自分を卑下しなくたっていいじゃない。アンタは良くやっているよ」
「嘘をつくなよ。心の底ではそんな風に思ってないくせによぉ・・・」
「そんな事ないよ」
「あるに決まっている。だってよ。今の俺は・・・訳もなく、さみぃんだよ・・・こえぇんだよ・・・喋ってないと・・・怖くて死ぬ・・・」
「いいから・・・もういいから・・・安心してよ」
ギュゥ!
元気は悠希に抱きつき、震え、その声は嗚咽となった。
「いい匂いだなぁ・・・お前・・・」
元気の抱きしめていた力が急に弱まった。
「俺、頑張った・・・よなぁ?」
「頑張ったけど・・・頑張ったけど・・・もうちょっと頑張って欲しいよ」
「ふっ・・・あったけぇ・・・」
元気の力が途切れた。もう重いだけの人形となってしまった。
「私、また1人になっちゃったよ・・・また・・・」


The Sword 最終話 (19)

2011-02-19 20:07:09 | The Sword(長編小説)

今、出している音は彼女のうちにあった電子レンジと同型のものである。記憶を呼び覚まされるのは仕方ないといえた。
「お前、やめやがれ!人の一番、触れて欲しくない所をほじくり出すみたいな根性捻じ曲がった事をよ!」
「イッイッイッ。折角、調査したのだから試してみるのは実験者として当たり前の事だよ。欲を言えば脈拍、血圧、脳波などを測ってみたいところだ」
「てめぇ!遊びじゃねぇんだぞ!人間なんだぞ!女なんだぞ!今、苦しんでいるんだぞ!それが男のやる事か!」
「女性のデータが必要となれば嫌でも女性には協力してもらわなければならないだろう?では、被験者が女性の場合は実験者も女性の方がいいのかい?」
淡々と話す田町川という人間。この男は、他人を何とも思っていないのだろう。実験に慣れすぎてしまったのか他人の苦痛を見ることに対する耐性が付きすぎてしまっている。物と同等。だからこそ、悠希が苦しんでいる姿を見ても眉一つ動かさない。
「やっている事が人間じゃねぇよ!お前!」
「私は生物分類からしても人間。君も人間。我々人間に含まれる臓器や骨、皮などの成分は皆、一緒だよ。違うのはそれらの重量とその多少の比率と後は考え方の差異。それだけだよ」
「お前と一緒すんじゃねぇ!」
「イッイッイッ。さて、次の実験に移ろうか?」
「これ以上、悠希を苦しませるな!」
「イッイッイッ」
ポケットから別のリモコンを取り出して即座に押した。
「きっ!さっ!まぁぁぁっ!!」
そこにあったモニターに電源が付き、パッと画面が切り替わった。何もない部屋に椅子が1つ置いてある。どこだと思うとその椅子に座る人物。一人の中年女性が現れた。
「!?」
「これって・・・もう撮れているんですよね?」
中年の女性がカメラに指差して撮影者の方に聞いている。それが妙にリアルでこれが演技では無く素のままである事を一層、感じさせた。
「元気?話は聞いたよ。散々うちに迷惑をかけたというのにそれでもまだ飽き足らないのかい?いい加減勘弁してくれないかい?病院を襲撃するなんてどれだけ私達に迷惑がかかるか分かっているでしょう?」
そこに登場したのは誰あろう元気の母親であった。ここ数年、完全に一切連絡を取っていない。引っ越した事でさえ両親には伝えていなかった。ここ5年ぐらい顔も見ていない。だから更に老け込んだようにただ、家を出る時はやつれた感じがしていたが今はふっくらとしており血色がいいように映った。
「以前の嫌がらせもようやく終わってホッとしていたというのにまた同じ事を繰り返すのかい?アンタ、もう良い大人でしょうが?自分の行動に何がつきまとうのか自覚しなさいよ。それでどれだけの人が悲しむのか、辛い目に遭うのか。アンタだって一番分かっているでしょう?私はもう、死神の母親なんて言われたくないんだよ」
「その再生、やめやがれ!!」
元気は再生中に田町川に対して叫んだ。
「君に対して、血を分けたご家族の心を込めた切実なビデオレターですよ。ご子息である君には最後まで見届ける義務がありますよ」
「ふざけんなぁぁぁ!」

確かに家族には多大な迷惑をかけた。しかし、それは過失でしかなかった。どうしようもなかったのだ。自分が川で溺れ、そんな自分を助けようとした二人が死に、偶然、そこにあった川の岩にしがみつき自分だけが助かった。溺れている時に『助けて』と叫んだがそれは咄嗟に出てきた言葉であり、そんな結果になろうと夢にも思わなかったからだ。もし二人が死ぬと分かっていたのなら助けなど求めなかった。それから起こった仕打ち。助けようとした方の遺族の執拗とも言える嫌がらせの数々。最初は大丈夫だと励ましてくれたがあまりに厳しい嫌がらせに嫌気を差した家族は元気に対し、見捨てて冷たくあしらった。その心変わりを見てきた元気は一番の味方の裏切りに絶望し、家を飛び出した。その事でソウルドが発動したのだった。
「もうお母さん、また同じ事になったらあの時は今より若かったから何とかなったけどもう年だからきっとお母さん死んじゃうわ。もう本当にやめて・・・本当に・・・うっうううっぅぅ・・・」
当時の事を思い出したのか母親は泣き出し始めた。その横から若い女性が現れた。
「くっ・・・」
「アンタ、もう本当にいい加減にしてよ!あの日から私の人生はめちゃくちゃになったんだから!あの日まではずっと順調でみんな幸せだったのに・・・それをさぁ!」
平 友香。元気の妹である。事件前までは『お兄ちゃん』と慕ってくれていた可愛い妹であったが事件以後は兄ではなくまるで疫病神を見るようになっていった。
「今すぐこのビデオ、止めろ!でなければお前をぶっ殺す!」
「真心が篭った良いビデオではないか。イッイッイッ」
「ぶっ殺す!!」
元気自身も意識して話している訳ではないだろう。今の心境を話しただけ。だからこそそれだけ動揺しているのは誰の目にも明らかであった。元気は田町川に向かって走っていく。
「・・・」
秋川は棚にある小瓶の蓋を開けて、元気に投げつけた。元気は小瓶を避けたが小瓶の中身である粉が周辺に拡散していたのでそれをモロに浴びてしまった。
「ぬ!ぶぇぇぇっくしょん!」
バタァァァッ!
元気はくしゃみをすると同時に元気は派手に転倒した。
「安心したまえ。これはただの胡椒だよ。多めに唐辛子が含有してあるがね。成分としては胡椒1に対して唐辛子4という所だ。辛いだろうが人体には無害さ」
「ぐぅ・・・その再生やめやがれ!」
鼻だけでなく目にも大量にも浴びてしまったので固く目を閉じ、鼻水も溢れていた。
「目は見えなくとも耳は聞こえるでしょう。懐かしい家族の声が」
「悠希!聞こえるか!悠希!コイツを油断しているコイツを倒せぇぇ!」
「彼女は今、それどころじゃないよ」
電子レンジの音はまだ出ているので、未だに彼女はガタガタ震えているだけであった。田町川はそう言いながらビデオの音量をリモコンで上げてから再生ボタンを押した。何と、男は元気が向かってきている時に一時停止ボタンを押していたのだ。再び、ビデオが流れる。すると、今度は中年の男が現れた。そう。元気の父親である。
「元気。ずっと連絡もしていなかったからお前は知らんだろうがもう4年前に俺の親父が死んだんだ」
別に元気は別におじいちゃんっ子ではないのでそれほど気になる事はなかった。いつもしかめっ面で悪い事をすると無言で引っぱたいてくる怖い祖父であった。お年玉も何歳になっても毎年1000円というケチ振りの為、孫達は煙たがっていた。
だが、それから父親の口から語られる事実に元気は胡椒ではない涙を禁じえなかった。
「親父はお前が好きだったんだぞ。お前だって知っているだろ?二人の方の慰謝料は親父の財産だったって事はな。それはただ金だけで見ているんじゃないぞ。親父が死んだとき、遺言が見つかったんだ。その遺言は俺ら子供達の遺産の分配だけが淡々と書かれてあるだけでそれ以外の事は何も書かれてない極めて親父らしい物だった。遺書はそれだけだったがな。その後、遺品を整理していると親父が書いた何冊かのノートが見つかった。日記・・・正確には日記ではないかも知れないが日記らしき物だ。そこには箇条書きで1日に起こった出来事が1つ1つ書かれているんだが、その時の感想や心境については一切、書かれていないんだ。例えば1975年3月4日、平 元気誕生。男の子。たったこれだけの記述だ。歩いた日。喋った日。何月何日に何があったかそれだけの無愛想な親父らしいものだった。恐らく、自分が死んだときにでも誰かにこのノートが読まれるだろう事を考えて何も記さなさなかったのだろう。だが、親父のお前に対しての気持ちが実に良く伝わって来るものだったぞ。何でかっていうとな・・・親父のノートで特に多かったのはお前が幼稚園児だった時のものだ。小学生ぐらいからお前は親父を敬遠していたからな。それ以降の日記にお前はあまり出てこない。そのお前が幼稚園児だった1979年にお前が親父に何を言った。何をした。仔細に書かれているのだ。『おじいちゃんバイバイ』というたった一言さえもだ。そして、何より愛情が表れていたのがな。その辺りのページだけが他のページとは比較にならないほど汚れていてくしゃくしゃになっていた事だな」
元気が震え始めていた。
「嘘だぁぁぁ!こんなのはでっち上げだぁぁ!そうだ!そうに決まっている!!」
「とてもいい話ではないですか?私も始め聞いた時思わず目頭が熱くなったものですよ」
そう言う田町川の表情は相変わらず真顔のままだ。
「くそぉぉぉ!!ふざけるなぁぁぁぁ!」
目が痛くて瞼を開けられない。立ち上がる事は出来たが秋川の場所は分からない。声のする方向だけが何となく分かるだけだ。
「今すぐやめろぉぉ!」
この田町川が許せないのはこちらのトラウマになっていることを突いてくる事だがそれだけではなかった。今の状況は圧倒的優位にも関わらず決定的な攻撃をしてこない事だ。再び一時停止して口を開く。
「君の家族だろうに。他に無いたった一つの家族。何故そこまで頑なに拒絶するのですか?家族が君を見捨てたからかい?違う。捨てたのは君だろ。逃げたのは君だろ。イッイッイッ」
再生ボタンを押して家族が話し始める。
「どういう事情があるかは知らないけど元気。バカな事は本当、勘弁してちょうだい。私、あの時はまだ若かったから良かったけど・・・もう若くないんだから今度同じ事になったらきっと私、死んじゃうわ」
「そうよ!アンタ、今度はお母さんを殺す気?私だって同じつもりなんだから!苦しい思いをするのも苦しんでいるお母さんを見るのも嫌なのよ!」
「二人とも興奮しすぎだぞ」
「だって・・・」
「元気。あなたが辛い時に酷い事を言ってしまってごめんね。みんなおかしくなりそうだったのよ。本当にごめんね」
「今度、一度、帰って来い。前の事もあるからすぐに歓迎する事はまだ難しいかもしれないが顔ぐらい見せてくれたっていいんじゃないか?お前にも彼女が出来たって話じゃないか?先生方も早まった事をしなければみんな許してくれるという話だ。とてもありがたい話だ。だから、コレを一度ねじ切れそうになった家族のつながりの修復のきっかけにすればいいんじゃないか?なぁ?元気。それじゃ・・・会える日を楽しみにしているぞ。な?」
「アンタなんて・・・」
「友香。以前のようにお兄ちゃんって言ってあげたらどうだ?」
「お・・・おにい・・・ダメ!無理!」
「そうか・・・急ぐ事もない。ゆっくりやっていこう。それじゃぁ、元気」

ビデオレターはそこで終わってその後は走査線が表示されていた。
「お前らみんな虫がよすぎるんだよ!散々ひでぇ事を言って、やって来て何が帰って来いだ。結局、お前らは自分達に危害が及びたくないから情で訴えかけるなんて姑息な手を使っているだけじゃないか!帰って来いだと!?そんな事を言うぐらいならお前らから来れば良い話だろうが!結局、お前らは自分達の事しか考えていないんだ!」
「イッイッイッ・・・」
「こんな茶番を仕掛けたお前だけは・・・お前だけは・・・」
一歩踏み出そうとするが体が震えた。どうやら、今のビデオで興奮しすぎた為か魂がより抜けてしまったようであった。
「やはり君はご家族のご厚意を無為のするのだな。一度、失ったものをこれから取り戻す事だって出来るかもしれないというのに・・・なんと言う親不孝」
「うるさい!!わかったような事を言いやがって!一度、粉々になったものが元通りになるわけなんてねぇんだ!」
そのようなやり取りをしているうちに薄目であるが開けられるようになってきていた。それを気付かれないように目を押さえながら田町川に近付いていく。
「俺達だけがここに来る事を知ってこんな物を作っていやがって、変態どもが!」
「そんな事は我々とて予測できるわけがない。だってあなた方二人だけではなくちゃんと全員分、用意したのだからな」
「!?」
「知りたいかい?まず武田君なら羽端君。彼は武田君と戦いたいがために放送を入れていたが一応、ビデオレターを撮っていたんですよ。なかなか良く撮れてますよ。彼を苦しませるように『裏切り者』『お前の所為だ』って何度も言っていました。次にその武田君の片思いの相手の帯野さんは、強姦未遂をした西黒さんのボディを持つ人を下に向かわせました。何も記憶に無いという話ですが本人登場となればきっと思い出すのではないかと思ったのでね。それと、田中さん。藁木さんが娘さんと接点があると言う事で一緒に下に向かわせました。後、残っているのは笹森君ですか?彼の兄を殺した要さんと会ったはずです。そしてもう一つお兄さんのボディはあなたもご存知の通り病院内にいるからちょっと呼べばすぐにでも連れて来て貰えるだろうな。ですから、仮に全員ここに集合してもトラウマを提供する事も可能だったんだよ。あ、忘れてました。こ悠希さんと一緒にいた一条君のご両親のメッセージをあります。どうですか?この機会にみんなのトラウマを追体験してみるかい?イッイッイッ」
田町川は臆することなく当たり前の事のように言っていた。彼らは用意周到であった。そして、自分達の研究の為に他人を苦しめようとする発想は極限に高められていると知れた。
「ウッ!!」
元気はあまりの気分の悪さに吐き気を覚えしゃがみ込んでしまった。怒りと共に、そこまで人の黒さを真っ黒に出来るものかという逸した感覚に同じ人間として考えた時、不快感や拒絶感が全身を支配した結果であろう。
ベッ!
その場に唾を吐いた。血などはついていない。ただの唾であった。
「許さねぇぞ。断じてっ!」
一歩、前に踏み出そうとするが体の反応が鈍かった。思った以上に、傷が深いらしい。怒りの感情で自分の状態を忘れていた。
「悠希。俺は殆ど動けねぇ・・・お前が何とかしろ。そのトラウマを乗り越えろ。でなければ、お前はこんな音ぐらいで一生苦しめられるんだぞ」
「はぁっ!はぁっ!ううっ!」
音は周期的に鳴るようになっている。音が止んで、一息というところであったが全身が青くなり、涙や鼻水や涎を少し垂らしている。女性とは言えない姿であったがそれほどに苦しめられているのだろう。
「その罪悪感は死ぬまで消えない。君が殺したんだよ小さくか弱く可愛らしいミミちゃんをね。その事実は死んっっっっっっっでも消えないよぉ・・・イッイッイッ」
再び、音が鳴り始めると同時に、悠希はまた耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。
「・・・」
悠希の小さくなって震えている姿をしみじみと見る元気。田町川と対峙する元気。
「覚悟は出来た」
元気は、両の拳を握り、歯を食いしばり、全身に力を込めた。
「ぬぅぅあああああああああぁぁぁ!」
心を奮い立たせた。そして、田町川をにらみつけて、走り出した。だが、元気自身の傷は深く不恰好で遅かった。田町川は前に出ながらソウルフルを構えて、撃った。狙いが甘かったのでかすることさえなく避ける事が出来た。
「これでッ!」
接近した瞬間にソウルドを発動し、隙だらけの田町川を斬り付けた。狙うはわき腹である。
バジィィィィ!!
「!?」
狙いは完璧だった。だが、激しいスパークに見舞われた。それに驚いて身を少し引こうとした。その瞬間であった。田町川の手のひらが輝いていた。それはソウルドのようだった。
「ウッ!」
そのソウルドで元気は撫でられるように右腕を触れられた。転がるようにして後ろに下がった。
「何だよ!今のは!」
脇腹を完全に斬ったつもりであった。なのに弾かれた。どう考えてもあの異質な体形に何か隠しているのだろう。そして、触れられた箇所から魂が吹き出していた。まるで削ぎ取られたかのような傷であった。
「くぅっ!一体、何なんだ!それは!答えろ!」
田町川はニヤリと笑みを浮かべたまま無言で背後の机の上に乗っていたバイクに乗る際かぶるフルフェイスのヘルメットぐらいのものをかぶった。恐らく、ソウルド発生器を全身に発生させるようなものだろうと元気は思った。
『全身バリアに包まれていちゃ、こちらのソウルドはどうにもならないじゃないか・・・どこかに穴はあるのか?』
絶望感に包まれていた。
「他には物理的にやるぐらいの事か・・・」
港が持っていた竹刀を持って来れば良かったと思った。だが、仮に持ってきたとしても満足に震える元気がまだ残っているだろうか?
「もう・・・方法を考えている時じゃねぇな・・・はぁ・・・はぁ・・・」
田町川は元気が何をするのか待っているような状態であった。ヘルメットをしているのでその表情をうかがい知る事は出来なかったが、積極的にこちらに向かってくる様子が見られない所を見るとこちらを待っているのだろう。
元気が近付くのを見ると田町川もまた歩き出していた。すると、腰に付けてあるソウルボムを外し、安全ピンを手にかけたまま歩いてくる。投げたソウルボムを跳ね返したとしても田町川はソウルドスーツで身を固めている為に無傷ですむだろう。
その時、元気は小さなバッグの中に入れていたペットボトルの蓋を開けて中の液体をぶちまけた。
液体はバッと広がり、田町川やウームやそれに接続されているパソコンにかかった。
「何だ?薬品!?」
田町川はヘルメットを軽く外し匂いをかいで見た。
「お前!正気か!ここは病院だぞ!」
自分がやっている事を本当に異常だと自覚しながら人間などいないだろう。自分達がやっている事は棚に上げて元気がやった事を非難した。
「だからここまで使わずに来たのだろう!」
元気が撒いたのは灯油であった。資料などは紙が多いだろうからその情報を破棄するには破くよりも燃やすのが一番確実だと思った結果であった。勿論、病院で使用するべきかは議論がされたが場所を限定して使うと言う事で容認したのだ。元気はジッポを取り出した。まだ火はつけていない。火災探知機によって火を感知され、スプリンクラーに起動されては使えなくなるからだ。火を放つ直前で無ければならない。それに悠希にも危険が及ぶ。
「ならば、すぐにでも死んでもらうしかない!」
田町川は安全ピンを抜いて近付いてくる。だが、ソウルボムを手放す事はしなかった。握り締めたままこちらに向かってくる。
「アホか!自爆するつもりかよ!」
元気は反射的にソウルドを発現し、斬りかかろうとした。田町川はソウルボムをこちらに向けた。
ガツッ!
「!!」
ソウルドに田町川の気をそらせた瞬間に、蹴りを出した。ソウルボムが当たって手から離れて転がった。元気は動いて、ソウルボムから田町川の後ろに動いた。
ゴブゥ!
広がりは部屋に入った時に投げたものとは違い、その大きさは倍以上であった。その爆発範囲に元気も入ってしまった。
「ぬぐっ!」
いくら田町川の後ろに回ったとは言え、完全にその爆発から身を隠すには至らず、田町川の体から出ていた部分が削がれた。
「フン!」
爆発に一部巻き込まれ緩んだ元気の手からジッポを奪い取り、投げ捨てた。
「イッイッイッ!これでお前の切り札は何の意味もなさない!」
元気は田町川の腰部に付けられていたソウルボムを外し、安全ピンを外していた。
「無意味だ」
ヘルメットのバイザー越しに田町川の笑みが見えた。
「そうかい?」
その田町川の気の緩みが元気に襟を掴ませた。
元気が思いっきり引っ張ると襟が伸びた。その中にソウルボムを放り込んだのだ。
「お前ぇぇぇぇぇぇ!なんて事をぉぉぉ!!」
襟から出そうとするが既にソウルボムは腹部まで落ちてしまったので取り出しようが無かった。このソウルスーツは全身を完全に覆わせる為に一部剥がれるようなボタンやチャックなどは付けられておらず全身タイツのように襟から足を入れて着る仕組みとなっており、襟部分の伸縮性はかなりのものとなっていた。
ゴブゥ!
田町川はソウルボムを必死に取り出そうとしたがどうする事もできずその爆発の爆心地に身を晒した。
「うおおおおおおおおおおお!!」
田町川は必死にヘルメットを外そうとしたがスーツの襟部分に引っかかって外れなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴、絶叫、今だかつて聞いた事がない人間の声を発しながら何と田町川は壁にヘルメットを叩きつけていた。通常ならばあれほどソウルボムから近いところで爆発を受けたのなら即死するはずであったが田町川は激しく動き回った。転げ回り、立ち上がったかと思えば壁を殴り、そして叫ぶ。首元から魂がチョロチョロと漏れるように出ていた。
「何が・・・あった?」
ソウルボムの爆発を受け、彼の魂はめちゃくちゃになった。だが、その魂はソウルスーツによって外に放出される事なくとどまった。しかもそれは別人の魂が炸裂したのだ。一つの体の容量に別のめちゃくちゃとなった魂が二つ。高圧状態で混ざり合う事はない。お互いに反発し、拒絶し合う。そんな精神汚濁によって伴う激痛。それは想像を絶するものであった。その暴れまわる姿を見れば分かる。それは、かつて悠希が電子レンジにかけたうさぎの動きと同じであった。だが、そっちよりも長時間で意識があり続けた。
スーツの上に羽織っていた白衣を脱ぎ去り、壁に体を叩きつけながら、ついに部屋を出て行ってしまった。元気に、その後を追う余力はなかった。

The Sword 最終話 (18)

2011-02-18 20:05:36 | The Sword(長編小説)
7階。元気と悠希は遂に病院の最上階に辿り着いた。後はそこにある魂を取り出したり、入れ替えたりするマシンの破壊と魂に関する情報が集まった資料の処分である。
「まさかここまで来られるとは正直思ってなかったな」
「アンタ、始めから出来ないつもりでここまで戦ってきたの?」
「俺がここまで来るって話だよ。俺は、いちどーや港のような剣術の実力もなければ剛のような運動能力もない。そんなただの車の修理工の1人でしかない俺がここまで来られるなんて普通は考えないだろ?だから他の誰かが後の事をやってくれるんだろうなってな」
「そんな他力本願でどうするの?まだやる事は残っているでしょ?」
「分かっているよ。他にやってくれる奴がいないのなら俺らがやらにゃな・・・」
二人はまず近いマシンがある部屋へと歩き出した。
「この先は何があるか分からない。いきなりソウルフルを撃たれる可能性もある。今まで以上に気を引き締めていくぞ」
「言われなくても分かっている」
周囲の確認、壁際からは離れ歩く。
「みんな、もう、下にいてさ。いちどーが片付けてくれていると嬉しいんだけどな」
「いつまで虫のいい事言ってるの?さぁ!行くよ!」
勇一郎の資料を見る限りまだ何人もの関係者がいる事は分かっているが彼らの配置は分からないから逆に全員がこちらに集合している可能性も考えられる。しかも、ここから先は計画の全てが集約された最重要拠点と言っても過言ではない。誰もいないなどという無用心な事はありえないだろう。
「にしても静か過ぎる。いくら病院で騒いではいけないからってここまで静かだとかえって不気味だな」
「いい加減、アンタが静かにしなさいよ」
「喋ってないと落ち着かないんだよ」
「臆病者」
「ああ。俺はビビリだよ!」
ここまで来てビビリなどと言い出すのだろうか?悠希自身、平静を保っているのがやっとであった。本当なら逆に励まして欲しいぐらいである。だが元気のせいでそうもいかなかった。
「と、言う事で手つないでいいか?」
「はぁ?嫌に決まっているでしょ!そんなの!」
「やっぱな・・・残念」
そんなやり取りをしている間に、遂に問題の部屋の前まで来てしまった。ここは地下の院長室で自動ロックを解除しなければ扉が開く事はないのだが扉は開いた。
「いちどー達。成功したのか?」
軽く喚起する元気。次の瞬間であった。
「何だ?」
足元に握り拳ぐらいのプラスチック製の球状のものが転がってきた。何か嫌な気がしたので少し離れたらその直後であった。
カッ!!
パッとその玉が光ったようであった。瞬間的に動こうとした時には痛みが走っていた。
「ぐぁ!」
先に入った元気が崩れ落ちた。悠希は突然の事に立ち止まってしまった。その瞬間に、頬につめたい感触が抜けていった。
「青年1人に命中。イッイッイッイッ。だが、直撃ではない。後ろの女には殆ど当たっていない。ソウルボムの有効射程はせいぜい3mほど。テストの時よりも範囲はやや小さい。やはり1つ1つの威力は異なると・・・イッイッイッ」
そう言いながら持っているバインダーにメモを取る男。その男は魂交換機製作におけるの最大の功労者である『田町川 幸太』であった。20代の男で自分の好きな事に没頭する才能は群を抜いており、物作りのアイデアはまさに天才的に尽きる。ソウルフルやソウルド発生器や魂交換機等全て、考えたのはこの男だという。4Fにいた志摩達はあくまでサポート、技術部を運営しているに過ぎない。だが、人間的な部分が完全に欠落しており、自分の興味以外のことには完全に無頓着。体は不潔極まりなく、コミュニケーション能力も皆無、地位や名誉や金など人間の根本的願望がなく社会のはみ出し者だ。『イッイッイッ』と、気持ち悪い笑い方が特徴である。
「アンタ!大丈夫なの!?ねぇ!」
田町川はニヤニヤと笑っていた。頭はボサボサで手入れどころか長い事洗ってない事が分かったし白衣を着ているにもかかわらず首周りはかなり黒ずんでいた。そして異様な体形が特徴であった。まるでアメフトの装備のように肩が出て全体的に体が大きい。その割に頭は小さかった。フランケンシュタインと言えるかもしれない。何か汚れた白衣の下に身につけているかもしれない。
「バカがぁ・・・アイツから目を逸らすんじゃねぇ・・・」
元気は自分を心配する悠希に叱咤した。悠希は、田町川の事はあまり気にしない様子であった。
「ここまで来るとは・・・おかげで色々、テストが出来る。イッイッイッ」
笑う田町川。その田町川の背後にある直径2mはあろうかという大掛かりな球体が大量の管につながれて2つ並んであった。恐らくそれが、魂を交換出来るという装置だろう。
「これは今、開発中の新型のマッサージチェアだよ」
「?」
状況を考えないあまりのカッ飛んだ冗談の為、笑いも怒りも起こらずただ、理解不能といった様子であった。
「あれ?笑ってくれないかい?私が考えた最大限の冗談だったんだがな。病院などの大規模施設を担う大型の炊飯器の方が良かったかな?いや、食器乾燥機の方がそれらしいか?」いや、あなた方、常人にはハイセンス過ぎて分からなかっただけかな・・・それはさておき、ご覧の通りあなた方の恐らく最終目的であるはずの魂交換装置。『ウーム』。魂を交換するものだ」
田町川は背後の装置に対して親指で指した。
ウーム。アルファベット表記は『womb』。その意味するところは『子宮』
「これが・・・こんなものが!こんなもののせいで!」
頭を駆け抜ける様々な人たち。肉体を交換させられ怒り狂う者。この計画に携わったばかりに運命を翻弄された者。そして死んでいった者。悠希は今にも感情が爆発しそうだった。
「アンタはもう1人なんだから全部、終わりよ!だからもうこんなバカな事はやめなさい!」
「バカではない。とても重要かつ意味がある事。これは人類の挑戦」
「人の魂を入れ替えて何が楽しいの?ここまで色んな人達を見てきた。けど、それで本当に幸せそうな人なんていなかった!」
「この技術が完成し、世界に出回ってからこそ真の幸福が訪れる」
「人の心を武器にして遊ぶような人達が正しいわけなんてない!」
「遊びではない。ソウルフルやソウルボムの事か?これはまだ、技術の発展途上の副産物として利用しているだけ。積極的にこんな物を用いようとは思っていない。これも人、一人の魂そのものなのだから・・・イッイッイッ」
先ほど投げた球を握って見せた。
「一人の魂その物?」
「魂を別人の肉体に固定するという過程で魂は肉体だけではなく物体に固定する事も可能であると分かった。それが武器に転用出来ないかと私は考えた。そして完成したのがコレらだ」
情報は無かったがソウルフルが人間の魂を利用しているという事は何となく分かっていた。撃たれた感覚で人の声を聞いた気がしたからである。一部ちょっと利用するぐらいだと思っていた。だが、完全に一人の人間の魂であったようだ。
「あまり勘違いして欲しくないのは、我々とて実験や戦力増強が目的に無差別に人の魂を抜く事はしていないよ。そこまで私達とて悪魔ではない。事故や瀕死の重傷を負った人や今にも亡くなりそうな患者の魂だけを利用している。肉体が死ねば魂も自然消滅する。折角の研究素材。勿体ないだろう。そういった魂を有効利用させてもらっているだけのことさ。亡くなる直前の人達も許可を出してくれている。イッイッイッ」
普通の人間の魂が急に抜かれるような事になれば警察も病院の行為を不審に思うことだろう。しかし、死に際の人間の魂を抜いたところで肉体もそのまま死ぬのだから警察にもさほど怪しまれる事もなく研究を進めることが出来るのだろう。
「当然の事として我々はその魂を1つたりとも無駄にはしていない。魂の一滴まで調査しているのだからな」
「アンタ達、正気なの?」
「イッイッイッ。その言葉、何度言われた事か・・・13回目か?」
悠希はソウルドを構えた。田町川がソウルフルを持ち腰のベルトに先ほど転がした玉がいくつも装着されていた。こちらは2人。どちらが有利であるかは分からない。相手の出方を伺いたいところであったが田町川は動かない。となれば、こちらから攻めるしかないだろう。
「行くぞ。悠希」
「アンタ、平気なの?」
元気は苦しそうな顔をしていたが立ち上がることが出来た。
「走る事は難しいが大丈夫だ。それにソウルフルもある。お前の援護ぐらいはやれる。だから早く!ここが俺達の目指した目的地だ!」
「うん!」
二人は分かれて田町川に向かう。苦悶の表情を浮かべたまま、持っているソウルフルを構えた。弾は馬場が持っていたものを装填していた。田町川は悠希にも元気にもソウルフルを構えなかった。二人に向かってこられているというのに余裕綽々と言った様子であった。何かある。確実に罠か何かがある。だが、分かりはしない。だから何か罠があるにしてもここは攻めるしかない。と、そこで田町川は懐からリモコンを取り出した。
「?」
「悠希ちょっと待て!あれはソウルド発生器ではないのか?」
悠希は構わず向かっていくと、田町川はボタンを押した。元気は慌てて周囲を確認し異変があるか確かめる。
『何だ?ただのダミーか?』
周辺を凝視しているがまるで魂に関して何も起こらない。
「ん?」
ふと気がつくと耳に鳴り響く電子音。
ピピピピピピ!
「何の音だ?」
アラームのようであった。まさか魂を音によって飛ばし、音を聞いた相手にダメージを与えたり意識を狂わせたりしてくる物ではないのかと疑った。もしくは催眠効果がある音かもしれない。だが、元気自身、負傷した部分の痛み以外は何もないし、頭はしっかりしている。無意識の間に異常をきたしているのであれば防ぎようもないが今のところ、正常そのものだった。
「何ともない。少なくとも今は・・・悠希。お前は何か?悠希!?」
「あ・・・ああぁぁ・・・」
悠希が耳を塞いで膝を突いて震えていた。
「どうした?悠希どうしたんだ?何が起きたんだ!俺には何もないが・・・」
「君は知らなかったのか?彼女の心の傷を。イッイッイッ」
「ああ・・・知らねぇよ。お前は知っているのか?」
ソウルドは、人の過去のトラウマをきっかけに発動する事が多い。その為、過去に何があったのか話し合うものであるが、彼女からは何も聞いていなかった。元気は己の過去を彼女に語ってはいたが彼女からは何も語られる事はなかった。普通の話し合いの場であるのなら相手が話したのなら自分も語るものであるが、彼女はしなかった。それは、辛い思いに心の整理が付いていないのだろうという彼らの優しさであったからこそ深く追求しなかった。
「君達全員の事は全員調査済みだよ。彼女は、3~4歳の頃に・・・」
「喋るな!部外者のアンタの口から聞きたいとは思わない!本人が自分から話すまで待つ」
「そうかい・・・イッイッイッ。ご自由に・・・」
「頑張れ!悠希!いつまでもこんな音に悩まされているな!乗り越えるんだ!そうしなければお前は今後の人生、ずっと苦しめられるんだぞ!」
「ううっ!うっ!」
音は相変わらず鳴りやまず悠希は引きつけ起しているような状態であった。元気は駆け寄って彼女の肩を擦っていた。下手をすればソウルフルや先ほどの爆弾を投げつけてくる可能性がある。近くにいるのは危険であったが彼女を一人にして置ける状況ではなかった。
「悩みの原因からの脱却。だが、それには周りが思っている想像以上の苦痛を伴う。簡単な事ではない。イッイッイッ」
苦しむ悠希を見てニヤニヤとする田町川。ソウルフルを彼女に向けた。元気は彼女を守ろうとしていた。悠希はそんな現状など分からないようで、動こうとしなかった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!私が・・・私があなたを殺した・・・許して・・・許して・・・」
悠希はうわ言のように呟いていた。

それは悠希が4歳になった時であった。彼女のうちではうさぎを飼っていた。大型デパートのペットショップで見つけてそのつぶらな瞳に悠希は一目惚れして両親の前で駄々をこねて購入してもらったのだ。両親から『うさぎの面倒はあなたが見るなら飼ってもいいよ』と約束したので飼う事になったのだ。幼い子供の多くは、生き物を飼うという大変さを知らないで可愛いから欲しいと言い出すために実際に飼ってみて始めて大変さを知って同じような約束をしても完全に守れない子供が多く、結局、両親が面倒を見るというケースが多いが、悠希はそんなことはなく、餌をやったり、糞を片付けたり、ウサギ小屋を掃除したり、出来すぎというぐらいに面倒を見ていた。
そんなある日、留守番をしている日の事であった。
「ああ!ごめん!ミミーちゃん!」
ミミーと名付けたウサギに飲ませようと思って持ってきた水を入れた皿をこぼしてしまい、ウサギにかけてしまった。冬の寒い日だった為に、ウサギはブルブルと体を震わせて水を払ったので殆ど濡れていなかったのだが、非常に可哀想に悠希の目に映った。水をかけてしまった罪悪感もあるのだろう。
「すぐに温めてあげるからね。でも、どうしよう」
すぐにタオルで拭いてあげたもののそれでも不十分だと思えた。髪を乾かすドライヤーを使おうと思ったがどこにあるか分からなかった。周囲を見上げるようにして乾かせるようなものがないかと探し回って、見つけてしまったのだ。
「あれだ!」
椅子を引っ張ってきて、椅子の上に乗り、ふたを開いて、ミミーを箱の中に入れた。
「すぐに温かくなるから待っててね」
その箱にあったつまみをひねり、ボタンを押す。使い方は分からない。母や父が使っていたのでその見よう見まねである。パッと中が光りミミーの姿が映し出されたと思った直後・・・
「ウギュイァァァァァァァァァ!!」
それが始めて聞くミミーの声であった。今まで一度として聞いたことがない始めて聞くミミーの声であった。鳴いた事がないウサギが突如叫びだしたのだ。悠希はその恐ろしい声に驚き、後ろに下がると、バランスを崩した為、椅子ごと倒れた。悠希も床に体をぶつけたがそんな事などどうでもよかった。ミミーが叫び声を上げ、ドンドンと箱の壁に激しく体当たりをしているようであった。それから少しすると次第にその体当たりの回数は減り、声も弱々しくなっていき、果てにはなくなってしまった。悠希は恐ろしさのあまりその下から小箱を見上げるだけで中がどうなっているか見る事はなかった。
ピピピピピピピ!
辺りに電子音が響き、静かになった。
「ミミーちゃん?」
呼びかけにまるで反応はなく、体が動かなかった。怖いし、どうしたらいいのか分からなかったからだ。
「ただいま~悠ちゃん。良い子にしてた~?」
母親が帰ってきた。母親はわが子の異変に気付いた。
「どうしたの?悠ちゃん」
「あ・・・あ・・・あの・・・ミミーちゃんが・・・」
悠希が向かっている方向には例の箱。母親は恐る恐る箱を開けた瞬間に
「ウッ!」
吐いた。
悠希は当時4歳の女の子であった。一時期、子供は身の回りにあるものが一体どんな物なのかひたすら質問攻めにする傾向がある。その中で、電子レンジを指差して母親に聞いてみた。
「ねぇ!ねぇ!ママ!あれ!なぁに!」
「これはねぇ・・・」
そう言って、母親は冷蔵庫から牛乳を取り出し、カップに注ぎ、悠希に触らせてみた。
「冷たい」
「ふふ~ん」
その素直な反応に満足げな母親はその箱に牛乳が入ったカップを入れて、つまみを回してボタンを押す。暫くすると音がする。カップを取り出して触らせた。
「熱い!ええ!?さっきは冷たかったのに!どうやったの?どうやったの?」
「これは電子レンジと言って冷たくなったものを温めるものなの」
「デンジレンジ?」
「デンジレンジじゃなくて電子レンジ」
「この箱の中でカップさんが走ったんだね」
「え?」
「走ると体が温かくなるから~」
「まぁ、そんな所ね」
電子レンジの原理が分からない母親にとっては悠希に聞かれてはぐらかすしかなかった。
だから、幼い悠希には濡れて寒い思いをしているであろうミミーを温めようとしただけだったのだ。電子レンジの使い方は知らなかったが母親のやっていたようにやっただけだ。
それは無知なる優しさから生み出された悲劇だった。

その後、悠希は電子レンジの電子音に対して過剰反応してしまうのであった。しかもその事件は心のしこりとして深く彼女の中に残った。それから暫くウサギや電子レンジは見たくもなく成長していった。しかし、いくら離れて生活しようとしても完全に切り離す事は難しい。電子レンジなんてものはどこの家庭でも大抵あるものだし、ウサギは干支にもあるし世間で多くのウサギのキャラクターが存在している。
小学校に通い出したある日、小学校の動物小屋が目に付いた。高学年の児童が動物小屋の掃除をしていた。見るのも嫌だったから目を離そうとしたのだが悠希は見てしまった。動物小屋の中にあるダンボールサイズのウサギ小屋にその児童がウサギを入れようとしている瞬間を。
「だめぇ!!」
動物小屋の金網に張り付く悠希。その姿を見て驚いた。
「な、な、何よ。掃除が終わったからウサギ小屋に入れようとしただけじゃない」
「え・・・あ・・・うん・・・?」
金網を握っている手から伸びる光。手をぶんぶんと振るとその光は消えていった。
「何?今の・・・」
それから手を握ってみても特に変わりなかった。非常に気になったから友達に聞いてみた。
「ねぇ・・・ねぇ・・・手から光が出た事ある?」
「え?手から光?それって手品?火がパッとつくところなら見たことがあるけど」
「ううん。火じゃなくて光が手から出てくるの」
「そんなのある訳ないじゃない。手品でもしなければそんな事」
「だよね~」
友達だけではなく親にも聞いたがその反応は同じであった。それに、任意に出せるものでもなかったから悠希もその事に忘れていたが、またその事を及ぼす事を思い出した。
小学校中学年になり、家庭科の授業の調理実習でご飯を炊いてお味噌汁を作るというものであった。班毎で行っていたのだが一部の男子が料理を女子に任せてふざけていた。包丁や皿など料理に関係する道具は女子の手元にあったのだが、関係のないものは遊ぶ対象になっていた。調理が終わり、皿洗いに使用するスポンジとか剥いた後の野菜の皮などであった。その中で実習室の中にあった電子レンジに興味を示した。
「おお!すっげ!今、光ったぞ!」
「マジかよ!」
何と鉛筆を中に入れて温めているようだ。
「あああ!」
「大丈夫?悠!」
「どうしたの?」
電子レンジの中が目に止まってしまった。悠希は急に叫びだしてしゃがみ込んでしまった。自宅の電子レンジと同型ではなかったが電子レンジ自体に拒否反応が出るようであった。クラスメートが心配し、保健室に行った。そこに着いて落ち着いたところで気がついた。
「また光っている!?」
今度は前回とは違い、少し意識するとソウルドを出したり引っ込めたりする事が出来るようになっていた。しかし、誰にも見えない。自分は他人とは違う人間であり、おかしくなったのだろうと思った。
ある日の事、ソウルドを出し入れしていた。
「ねぇ!悠希~。先生に集めたノートを提出しなければならないんだけど一緒に行かない?」
「あ・・・」
急に現れたので誤って友達がソウルドに触れてしまった。そこにはその子の心の中があった。

『1人で行くと重いし疲れるから悠希といけばいいかな』

「いつっ!何!?今の!?」
友達が、痛がった。
「あ、あ・・・」
人の心を見、そしてこのソウルドの意味を知ってしまい、人が怖くなった。何を考えているのか分からないと・・・それから、心の底から友達を信用できなくなった。ソウルドがほとんどの人には見えないという点も彼女が人を遠ざける一因となっただろう。彼女はそれからどんどん内向的な性格となって行った。友達も極端に少なく、成人し、家を出て代わり映えの無い毎日を過ごしていた時、一条 昌成と出会った。それから一道達に巻き込まれていった形である。

The Sword 最終話 (17)

2011-02-17 20:03:15 | The Sword(長編小説)

「あ?良かった?何?良かったというのか?君らの仲間がぶち殺されたのが良かったのか?やられすぎで遂に頭がおかしくなったのかい?」
「いや、それでよかったんですよ」
「何が良いものか!あんな無意味な死に方、完全なる犬死。私には恥ずかしくてとてもあんな形で死ねたもんじゃない!」
「田中さんはずっと娘さんの事を気にかけていました。嫌われてしまって忘れたいと思ってもそれでも心の中では切れなかったのが田中さんの父親としての絆。それを思い出せて死んだのならそれでいいんです。武田さんにとってだけは・・・」
一道は小さく頷く。それに対して藁木は大声をあげる。
「馬鹿が!そんな糞以上に何の足しにもならない感傷が何の意味がある!」
「人生は意味や成果じゃないんですよ。心を持った人間だから、心が満たされて死ぬのが理想だと俺は思っています」
「馬鹿か?心が満たされて死ぬのが理想だと?そんなものは弱者の敗北に対しての言い訳に過ぎない!全力を出しただとか心が充実しただとか納得しただとか!そんな事だから田中の大バカは努力する事を放棄し、立ち向かう事から逃げ続けた。何事も仕方ないとかしょうがないとかって心を慰めてな!だからあのバカは社会的にも大事な大事な家族にも認められなかった!その挙句の犬死。そんな人生が良かっただと?君の人生観は完全なる間違いそのものだ。優れた君ならば私のやっている事も理解できると思ったのだがな。残念だよ」
「あなたが死んだとき、一体、誰が泣いてくれるんです?」
一道は急に別の事を振ってみた。だが藁木は驚く素振りも見せなかった。
「いるとも。いるいる。私はこう見えても顔は広いんだ。私を愛した女から私を慕い必要とする同僚や部下。あんなカス野郎よりも多くの人間が私の死に涙し、嘆き、哀れんでくれるだろうな。死んだ後だったのにモテモテで困っちまうな~。君が言うように泣いてくれる奴がいたら死ねないって言うのなら当分、死ねんわな」
藁木はそれで一道は黙ると思った。だが、一道は続ける。
「その中にあなたが心から泣いて欲しい人はいるんですか?」
「泣いて欲しい奴だと?いないな。そんな奴は!」
「そう。あなたは人を見下し、利用する事しか考えていない。だから、泣いて欲しい人がいない」
「そりゃそうだ!人を利用して何が悪いか!!服は着るもの、靴は履くものだ!そこにあるものは利用して生きるのが人間だろうが!私の回りをちょろちょろしている人間も同じ!人を盾にし、囮にし、踏み台とする。それは才能が持った人間にだけ許される特権だ!無能な人間が同じ事をすれば別の人間に食われて終わる。しかし、私にはそれだけの価値がある!やってのける能力があるのだよ!!」
それこそ藁木が歩み続けてきた人生そのものだった。やや興奮し顔が赤くなっていた。
「それでは人同士のつながりなど到底持てません。何もかも欲するだけで死ぬまでずっと寂しいだけではありませんか?」
「寂しい?ガキじゃあるまいし、私の人生の全てはのし上がり、私以外の他人の全てを私の前に跪かせひれ伏させる事のみ!私は世界一であるエベレストから世界という景色を見下ろしたいと思っているだけだ!それをつながりだ絆だとほざいて同情し、慰めあうような何もしない奴らは山の麓で頂上を見上げているだけで満足して終わる人生の敗北者だ!そんな糞人生を送るために私は産まれてきたわけではない!私は人生の勝利者になる!だから誰がどうなろうと私がどうしようと道を進む!」
ここまで断定的に言われてしまうとお互い交わる事など決して無いだろう。
「しかし、死んだときに泣いてもらいたい人間がいるのかと私に聞いたが君こそそんな人間が存在するのかい?大親友だった羽端 慶は君自身がぶち殺し、片思いだった女はそこでマネキンのようにくたばっている。上にいった君の友達は恐らく、今頃、要さんに全滅されている頃だろう。あの人は強すぎるからな・・・だから、今の君は独りぼっち。誰も泣いちゃくれる人間なんていないじゃないか?ああ!後は、心の中にいる母親の人格がいたか?そいつだって君自身が死んだらアウト。結局、君も泣いてもらいたい人間なんていないじゃないかい?それとも他にいるのかい?クラスメート?同じ屋根の下で暮らす施設の子供かい?泣いてくれる人間探しもなかなか骨が折れるね」
一道達の情報は一通り得ている。
「いますよ。俺の心の中にアイツらの魂は生き続けていますから!」
「ハハハハハハハ!私の負けだな。素直に認めるよ。友達と慰めあうだけではなく遂に妄想で代用する域に来てしまっているとはな!こりゃ勝てんわ。ハハハハ!!」
一道は笑われても何とも思わなかった。考え方がまるで違うのだから・・・
「何でもかんでも自分にとって都合の良いように解釈する君が面白いのさ。思い込みとか妄想とかさ。そんなもん空気の重さすらないってのに・・・」
「そうです。都合が良いように解釈していますよ。だが、人間の想いは目に見えるようにすることが出来ません。例えば信じあうと言っても結局、お互いが相手は自分を信じているだろうという一つの思い込みから成り立たせているにしか過ぎません。それが実際に信じあっているのかは他人は勿論、本人達だって分かりはしないんです」
「なるほど・・・相手の考え方、感じ方でさえこちらの一方通行と言う事か・・・だから、相手が死んでいてもつながっているという思い込みが成立するか・・・理にかなってはいるがな・・・しかし、客観的に見るとそれはただの身勝手だ。こちらが愛しているのだから向こうも愛してくれているだろうという身勝手なストーカー的発想だ」
「しかし、俺は慶を剣で殺しました。その魂は、間違いなく俺を信じていました」
「信じて『いた』だろ?過去形なんだよ。羽端 慶はもうこの世にはない。既につながりなんて存在しない」
「あなたには俺と慶との間とのつながりは分からないでしょう。今までも、そしてこれからもずっと一人のあなたには・・・」
「はぁ・・・」
藁木は静かに首を振って構えた。呆れを通り越し、遂に一道と戦う気になっていたようだ。
「結局、自分の主義に殉ずる。そういう言い方をすると何だか様になった気もするが言い換えればただのバカだ。死んだらおしまい。いくら積み重ねてこようとそれで終わり。ただの自己陶酔で美しくもない。いい加減、気がついてもらいたいものだ」
「俺にとってはそれで十分すぎます」
「そうか。結局、君は死にたいだけなんじゃないか。色々、回りくどい言い方をして・・・悲しすぎる。さて、話し合いは終わりだ。では、お望みどおり君をあの世に送ってあげよう。大好きな帯野ちゃんや羽端君がいるであろうあの世にね。行くぞ!進藤!」
「ハイ!」
「最後に一つ。私からそんな君に相応しい言葉を送ってあげよう」
「?」
「酔生夢死。死ぬまでやってろ」
ビュオ!
「ちぃ!」
後方から藁木の適切な援護射撃が入った。避けざるを得ず、進藤は一道から離れて、射撃する。近い為、一道は避けた。
『やはり、あのガキ、やる。あんな殴られて傷だらけでしかも、親友や思い人を失ったというのにまだ希望を捨てていない。真面目タイプが諦めないというのは油断ならん証拠だ。ハッタリをかますほど気が利かないからな。何か企んでいるに違いない。子供の喧嘩のようにソウルドを振り回すだけの田中の方がどれだけやりやすかったことか・・・妄想だけであれだけの力を引き出すのか?』
様々な経験を経た藁木は用心深かった。
「アイツには接近させず遠距離で攻撃を続けて消耗させるぞ!」
「分かりました!ですが、慎重すぎませんか?彼は殆ど動けませんよ!」
「私の今まで勘がそう言っている!奴は間さんとは違った危険なタイプだ。安全に勝つ事が最優先だ!こういう奴は一体、何をしでかすか分からん!卑怯だとか非効率的とかそんな事は問題ではない!生きて勝たねば意味がないのだ!地下にいる連中はコイツ一人なのだから、コイツを倒しされすればそれで我々の勝利なのだ!それだけを考えていろ!進藤!」
「はい」
他人を見下す事をしながらも敵対する者に関しては抜かりなく分析する藁木。自分の能力は高いというだけの事はあった。一道はゆっくり近付こうとするが二人からの飛び道具は正確なもので一道の接近を許さない。藁木が撃って再装填している間に進藤が撃つといった連携も見事であった。弾は無限にある訳ではないから撃たせ続けて弾切れを起こすまで待つという手もあるが、体が思ったよりも言う事を利いてくれない。消耗してからソウルドで戦う事は困難であると思った。
『俺に、今、使えるのはこの一手だけだ』
一道は避け続けていたが、両手を腰の位置に持っていった。それはまるで武士が鞘から刀を抜こうという態勢のようであった。
『ソウルドで居合を使うつもりか?しかし、接近できなければ何の意味も為さないがな』
藁木はそのように思ったが一道に対しての不安感は拭えなかった。
『しかし、そんな事は本人が一番分かっているはずだ。何を企んでいる。まだアイツの目はまだ死んでいない。奴の目は今まで多くの人間と戦って来たことがあるが見たことがない。大体、あんな状態でまだ戦おうなんてのは意地やプライドで戦う目をギラつかせ獣のようなタイプが大半だというのに・・・もしくはさっきのバカ田中のように自暴自棄になるタイプ。今まで一番恐ろしいと思ったのは間さんみたいな凍てつくような冷たい目を見せるタイプ。あの瞳はこちらが気がつかないうちに吸い込まれるような感覚がした。それを気付いた時、身の毛がよだつほどだった。だが、コイツは静かでありながらそれでいて燃え盛る闘志を失っていない。まるでマグマか?音も無くゆっくりと流れる。それでも、近付いただけで火傷するぐらいの熱さを秘めている・・・侮れられん』
「あと一息です!このままソウルフルで押し切りましょう!」
すると、進藤は動きながらソウルフルを構える。一道は立ち止まり、その動きを目で追っていた。
「ん?何だ?」
その瞬間に一道の手から光が伸びた。それはソウルドのものだと言う事はすぐに分かった。だが、そんな位置で出したところでどうにもならないと思った。だが・・・
『何だ!何故、ソウルドが伸び続ける!おかしいだろ!』
通常ならばソウルドの長さは1~1.5mしか伸びないはずである。だが一道から伸びるソウルドは止まる事なく伸び続けた。それを理解するが目で見ている映像はスローモーションで展開されているので理解した所で体は殆ど反応出来ない。
『くお!来る!来る!』
なんとももどかしい事だろうか?来るのが分かっているのに避けられない現実。ソウルドがこちらに触れた瞬間にスローモーションが解けた。
バタッ!
『あれ?私・・・どうなるの?私・・・』
進藤は胸から背中にかけて貫かれ、バッと一気に魂を放出した。
『やられるの?でもいいか・・・殺されるのが良い男なら・・・』
それは即死と言えるほどアッという間の出来事であった。一道のマグマのような瞳を見て満足そうに思いながら倒れていった。そして、もう一方の藁木は、後ろに下がり、壁にもたれかかっていた。
「ハッ!ハァッ!ハァッ!!」
藁木は致命傷を免れていた。右腕を射抜かれはしたが致命傷ではない。一道の行動に警戒していたのが幸いしたのだろう。そして、やった一道の方は膝を突いていた。
「くぅっ!ハァッ!タイミングを見誤ったか!」
母親のソウルドと己のソウルドを合わせるという技はソウルドの長さを瞬間的に数倍にも伸ばす事が出来る技である。だが、そう簡単に出来る訳もなく精神的にかなり消耗する。一瞬でも気を抜くとそのまま気絶しそうになるほどである。一道は歯を食いしばり脂汗をかきながら耐えていた。
「フッ・・・動けないのか?残念だが、終わりだな・・・さぁ、仲間達が待つ夢の中に送って行ってあげよう」
藁木のソウルフルは一道のほうに向けられていた。技の失敗は死を意味する。
『や、やられる!訳にはいかないんだ!う、動けぇ!体ぁ!』
己の気合を奮い立たせ、ぎこちない動きながら右手を動かす事は出来た。が、ソウルドはまだ発動出来なかった。
『!!何!指に力が入らん!』
藁木の右手は先ほどの必殺の一撃に切り裂かれ、魂を放出しており、感覚が無くなっていた。
『ちぃ!ここは一旦、退いて右手の感覚が戻るのを待つ!せいぜい数分だろう!』
掃除機のノズルを模したライフルとなっている為、かなり長く片手で狙いを定めて射撃するのは難しい。増してやそれが負傷したのならばなおさらである。藁木は右手を抑えながら奥に進んでいった。
一道は命拾いし、少々、安堵で胸を撫で下ろし、1度、和子の前にしゃがみ込んだ。もう彼女の意識はなく微量なら出血は続き、魂もゆらゆらと陽炎のように漂っていた。
「・・・」
一道は無言でタオルを使って顔全体を拭いてやり、上着を彼女の顔にかけてやった。腫れ上がり醜くなった顔が晒されているという状況は一道には耐えられなかった。それから振り返らず前に向かって歩き出した。病院の最深部まで残りわずかである。

『あの・・・かずちゃん・・・』
母親が一道に話しかけた。
『私、謝らなければならないことがあるの・・・』
「ふぅ・・・」
一道は一息つく。その言葉に応じようとはしなかったが間違いなく伝わってはいる。
『あの時、かずちゃんの体を和子ちゃんから無理に引き離したんだけど、あれはあなたのん身を守るつもりだったからなんだけれど、きっと違うのよね』
一道が重傷の和子を介抱しているのを見て進藤がソウルフルを発射した後、一道は突き飛ばされるぐらいの感覚があった。それは母親が一道の肉体を動かした事という事だ。
「少しは楽になった・・・今なら普通に歩けそうだな」
一道は母親の言う事に応じず、深呼吸を続けていた。
『多分、私は和子ちゃんに嫉妬したんだと思う。かずちゃんの体に入ってからずっと一緒にいたかずちゃんの心が和子ちゃんに取られるんじゃないかなって思ってそれで・・・和子ちゃんあんな体だったのにね・・・私ってひどいよね・・・』
「・・・」
周囲に注意しつつ屈伸をしたり、背伸びをしたり、簡単な体操をする。
『かずちゃん?』
何も答えない一道を不審に思った。
『お袋。一つ質問して良いかな?』
『何?』
『どう考えても分からない事があってね。さっき帯野に聞こうと思って躊躇って結局、聞けずじまいだったんだけど同じ女であるお袋なら分かるかもしれないって思って・・・』
『どんな事?』
『和子は何で嘘をついたのかなって』
『嘘って?和子ちゃんは嘘なんてついていたかしら』
慶は以前、和子が襲われた時に一道が助けた事、そしてそれを一道が隠すように口裏あわせをみんなにさせたことを彼女に暴露した。だがその事を彼女は元気から聞いたと言った。それが嘘だったのではないかと思ったのだ。
『そんな事をしたって何の得にもならないわけなのに・・・俺を奮い立たせやしないし、慶だって離してはくれなかっただろう。一体何のために・・・』
一道はそれが引っかかっていたようだ。これから先に行くのに明らかにしておきたかったのだろう。もう本人から聞くことは叶わないのだから・・・
『あれは嘘じゃなくて本当に元ちゃんに言われて知っていたんだと私は思うわ』
『どうして!?本当に、あの時の話を知っていたのなら何故、今日も俺に対して素っ気無い態度を取り続けることもなかったはず。俺が黙っているのに合わせた所で誰にも何の得になる事なんてない。なのに何故』
『それは簡単よ。そんなに難しい事じゃない』
意外であった。ずっと考えていて答えが見つからなかったのに何故に母親はそんなすぐに思いつくのか?一道には不思議であった。
『きっとかずちゃんの口から真実を聞きたかったのよ』
『!?でも、知っている事を2回も聞いたところでなんにも・・・』
『だから言ったでしょ?かずちゃんの口から聞きたかったって・・・』
『俺の?俺の口から?俺の・・・口から・・・か・・・』
和子の顔や言葉が頭の中をよぎる。一瞬俯き、唇を噛み、一道は言った。
「慶の言うとおりだ・・・俺は・・・本当・・・」
「かずちゃん」
「行こう。約束は守らないと・・・」
一道は更に奥へと進んでいく。

つまらなければ押すんじゃない。

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