昔々、あるところに「ジゴロウ」というそれはそれは
自分勝手で、酒好きで、頑固で、人嫌いで、強情で、見栄っ張りで、ひねくれ者で口が悪いというどうしようもない花火師の男がいたそうな。
今日も、家でゴロゴロして花火をつくる気などサラサラありませんでした。
そんな時、戸を叩く音がしました。
「ジゴロウさん!頼む。頼むから次は真面目に花火を」
「うるせぇよ!みんな揃って飢え死にすりゃいい話じゃねぇか!」
村人数人がジゴロウの家を訪ねましたが、顔を出すことさえしませんでした。
「馬鹿野郎共が・・・今まで俺を散々クズだの糞だのと罵ったくせに、兄貴が死んだ途端、さん付けだと?みんな死んじまえばいいんだよ。ああ~胸糞悪いんだよ!サッサと家帰って自分の念仏でも唱えていろ!極楽に行けるようにってな!」
ジゴロウは酒を飲みました。外の村人たちは困った様子です。
「どうするよ」
「どうするったってうちの村じゃ、花火師はこのクソ野郎のジゴロウしかいねぇんだから、頭を下げるしかないだろう」
村人たちは不本意であってもジゴロウに頼み込まなければならないのには訳がありました。
この国のお殿様は大層な花火好きで、年に一度、花火大会と称して周辺の町や村に花火を作らせて競わせていたのです。一等や二等になると野菜や餅、中には金や銀などの褒美をもらえたのです。ですが、下になればなるほど、来年の年貢が厳しくなるなどの、罰が課せられるため、周辺の町や村はこの日のために必死になります。
前回はこの「ジゴロウ」が作った花火はひどいもので、お殿様を怒らせてしまったがために年貢がかなり厳しかったのですが幸い豊作であったことで、飢え死にすることはまぬがれましたが毎年、豊作であるとは限りません。
ですから、「ジゴロウ」に頭を下げるしかないのです。
「ソウゴロウさんが生きてりゃ~な~」
「そう言うなって・・・」
ソウゴロウとはジゴロウの兄でした。ジゴロウとは違い、真面目で、一生懸命で、花火師としての腕も確かでありました。村の者たちからの信頼も厚かったのですが去年、花火の事故で亡くなってしまったのです。元々、ジゴロウの家は代々、花火師の家系で、村の中で他に花火師はいない為に、皆、嫌々、ジゴロウに頼み込んでいるのですがジゴロウは村人たちを許す気はさらさらありませんでした。
しばらくすると村人は野菜や魚などを置いて去っていきました。
「俺が物で釣られるとでも思って・・・」
良く見ると酒のとっくりも置いてあったのを見逃しませんでした。
「あれぇ?こんなところに、とっくりが。変だな~神様が落としていったのかなぁ?」
お酒は別で、空々しく天を見ながらとっくりを手にしました。
「うめぇ。うめぇっと」
ジゴロウは酒を飲んでそのまま眠ってしまいました。
次の日、目が覚めて、起き上がるとそこには小さな童が作業場で遊んでいました。
大きさは、握りこぶし二つ分といった所です。
「なんだ?なんだ?」
鳥にしてはずっと同じ所にとどまって飛んでいるので鳥ではない。
虫にしては音も無く富んでいるので虫ではない。
「そうか。まだ俺は夢の中だな。寝よう」
再び、眠り目を覚ますと童はいなくなっていました。
「ふぁぁぁ~あ・・・寝すぎたな・・・うおっ!」
振り返ると、先程の童がいて、こちらを見るや、物陰に隠れてしまいました。
「ネズミか?ネズミが空を飛ぶか?幽霊か?それとも、あの酒の中には何か毒でも入っていて幻でも見ているのか?」
また寝ようかと思いましたが、寝すぎたためにもう眠ることも出来ず、起きることにしました。朝の残りを食べて、酒でも飲もうとしていると童は花火の大筒で出たり入ったりして遊んでいました。
「この馬鹿野郎がッ!死にてねぇのか!」
ジゴロウが怒鳴って駆け寄る童は驚いてすぐに物陰に隠れました。
「油断も隙もありゃしねぇ。俺まで殺す気かっての」
花火をよく見ると火薬などをイタズラされた後は見られませんでした。
「良かった良かった。じゃぁ、気を取り直すために酒でも飲むぞ!」
酒を飲みながら、その子供を見ていてフワッと昔のことが頭を過ぎりました。
『そういや、死んだ糞ジジイや糞オヤジが言っていたな。花火を作っていると小さな童が出る事があるってな。妖怪か神様なのか・・・あの時は、花火の作り過ぎで遂に頭がおかしくなったんだろうと笑っていた。多分、あれが本当なのだろうな』
隠れていますが、チラチラとこちらの様子を伺っています。ジゴロウと目が合うたびに隠れます。一応隠れますが、体全部は隠れていません。そんな事がなんどもありました。
「ふん。勝手にやらしておけばいいか?そのうち消える」
それからジゴロウは外に出ました。夕飯の材料を採ってくるためです。
「うう~。さびぃ」
季節は冬。花火師の作り始めは早く、新年明けてから取り掛かる者もいるぐらいです。
と、言ってもジゴロウにそんな気はありません。
近くの小川の流れが殆どないところに行き、冷たい水に手を突っ込んでタニシを取りました。
「これだけあれば十分か?」
夕飯を取り終えるとそそくさと家に戻ると、ジゴロウは驚きました。
「ああ!朝飯の残りが減っている!?ネズミでも食ったかぁ?いや、違うな」
すぐに、当たりを探すと、童は横になっていました。お腹も膨れています。
「この糞ガキ!妖怪の分際で人様の飯に手をつけるとはいい度胸だ!」
大声を上げると童は飛び起きて、物陰に隠れようとしました。そこで近くにあった薪を投げました。小さい童であるので投げた薪は外れて柱にあたり跳ね返りなんととっくりに当たって、とっくりは割れてしまいました。中の酒はこぼれ、ジゴロウは慌てて割れた欠片の裏側を舐めますがそんなものはないに等しいです。
「あ・・・ああぁぁぁ・・・俺の、酒がぁ・・・俺の・・・」
ゆっくりと拳を握りました。
「てっめぇ!絶対に許さん!」
童を捕まえようとしましたが小さく素早いので捕まえられませんでした。それからすぐにジゴロウは気づきました。
「そうか・・・お前は、花火の妖怪だったな。」
ジゴロウは大筒を引きずるように運び始めました。かなり重いです。
それを見た童は慌ててジゴロウに着いてきます。
「外に放り投げちまえば後は、雨にぬれてお前はおしまいだ」
戸を開けて外に出ました。ジゴロウは汗だくになって大きく息をしていました。
「ぜぇ。ぜぇ。お前が悪いのだ。俺の飯を食べ、あまつさえ俺の酒をもこぼしやがった。死んで詫びるしかねぇ」
そうすると童は悲しそうな顔をしてこちらを見つめていました。
ジゴロウは目が合うとすぐに視線を外しました。
『むかつくな。そんな目で俺を見るんじゃねぇよ』
視線を戻すとやっぱり、童はこちらを見つめています。
『コイツを放り投げちまえばアイツはおしまいなんだ。おしまいなんだ。アイツは・・・』
持っている大筒を見つめているとジゴロウの手が震えてきました。それからため息を一つ吐きました。
「さぁて。部屋に戻るか?最近、力仕事もしてねぇから体が鈍っちまう所だったぜ。いい運動だった」
そう言って、大筒を戻し始めると童は笑顔になっていきました。
「と、言ったがやっぱり捨てちまおうかな?あっちまで戻すの面倒だしな」
喜んだのも束の間、童は即座に悲しげな表情を浮かべました。
「と言うのも嘘で」
そのようなやりとりを数回繰り返した後、大筒を持って作業場に戻りました。完全に童を手玉にとっていました。戻ったジゴロウは疲れたのでそのまま眠ってしまいました。次の日起きてみました。
「まだ消えねぇのかよ」
童は作業場をウロウロしていました。ジゴロウは飯を食べて、少し横になりますが眠れません。酒も無くなってしまい、することもないのでジゴロウは作業場に行ってみました。
「食うものはあるし、暇潰しに花火でもつくるか?少しやって疲れたら寝られるだろう」
ジゴロウが作業場に行くと遠くで子供はジゴロウに付いてきて見守っていました。
ジゴロウは気にせず、花火作りをしていました。一度始めると時間が立つのを忘れて、取り組んでしまいます。
ぐぅ・・・
お腹がなったので、今日はこれくらいにしようと思い台所に行くと何と、朝飯の残りを童は食べてしまったのです。
「この馬鹿野郎!俺が久しぶりにやる気になって仕事に励んでいた所でてめぇは食事か!手足もぐぞ。コラァァ!」
童はジゴロウの声に驚いて部屋の隅に逃げました。ですが、頭だけ隠れているだけで体は出ていました。
「酒はこぼす。飯は食う。何ていう馬鹿野郎だ。ん?」
仕方ないので、ほかのものを食べようと思ったときでした。
「お前、服を着たな。どっから盗ってきたんだ?」
童は先ほどと変わって明るい着物を身に付けていました。
人形ほどの大きさなので、どこからか村の子供が持っている人形の着物を盗ってこなければそんな事はできません。
「盗むったってコイツはずっと近くにいたはずだったしな。もしかして」
ジゴロウはピンと閃きました。試しに先ほど入れた花火の火薬を少し抜くと、今、着ていた服が消えていました。そして、抜いた火薬を戻すと再び、服を着ていました。
「なるほど。お前は、俺が花火を作ると服を着るのか」
ぐぅ・・・
子供のことは分かりましたが減ったお腹は膨れないので、山の中で食べられるものを探しに行くことにしました。
戸の前の村人が持ってきた食べ物には一切、手を付けません。お酒以外の事には頑固なのです。近くの小川で小魚を取ってきて料理して食べていると、子供はこちらをじっと見ていました。
「お前にはやらん。お前みたいな意地汚い馬鹿野郎は外にある馬鹿村人の食物でも食っていればいいんだ」
ですが、子供は外のものには見向きもせずこちらの焼き魚を見ていました。
「チッ。食った食った。お前、食うんじゃねぇぞ。ここに置いておくが俺は今から厠に行くが食うなよ。もう俺は食わんが、食うなよ」
そう言って、厠に行くともう子供は魚を食べていました。
「馬鹿野郎が・・・全く、しょうがない奴だな。あれほど食うなって言ったのによぉ・・・」
ちょっと呆れた顔をしただけで怒りませんでした。今日は乗り気ではないので花火は放っておくつもりでした。ですが、今日は、子供はくるくると回りながら自分の着物を見て喜んでいたのです。
『馬鹿野郎が・・・あんな着物ぐらいで喜びやがって・・・じゃぁ、もっと良く作ったらどうなるんだ?』
ジゴロウは気になってきました。このような気持ちにさせるのが子供の企みではないかと思いましたが興味には勝てず、ジゴロウを作業場へと向かわせました。それから、ジゴロウが生まれて初めて最初から最後まで真剣に自分の花火を作り始める事になったのです。
夜明け前に起きてら一緒に顔を洗い、花火を少し作ってから一緒に朝ごはんを食べ、また花火をつくり、日が暮れる前に風呂に入り、夕食を食べて日が暮れると同時に寝る生活でした。始めはジゴロウを遠くで見つめているだけの童でしたが慣れてきたのかいつの間にか近くに行っても逃げることはしなくなりました。
ですが童は、ご飯を食べるだけで何もしてくれません。遊ぶか踊るかじっと見守っているだけでした。
「全く、馬鹿野郎が・・・犬だって人が来たら吠えるとかマシなことをしてくれるってのに、お前と来たら能天気に遊んでいるだけ。今は昼寝かよ。良いご身分だよ。居候で、穀潰しが・・・にしても寝相が悪いな。床から落ちるぞ。ホラホラ。ったく手間ばかりかけさせやがって・・・」
作業場の端っこで寝ていたので落っこちそうになった所を、ジゴロウは元に戻してやり、再び花火づくりに取り掛かります。
たまにチラッと振り返り、子供の格好がどのように変わったか見ながら花火を作ります。
「何だ。起きたのか。今度はなんだ?遊んで欲しいのか?馬鹿野郎。俺は、お前のために花火作ってやってんだぞ」
ある日、ジゴロウは竹とんぼを作ってやり回してやると子供は目を輝かせて見つめていました。やがて自分もコマのようにクルクル回っていると目を回したのか柱に頭をぶつけていました。
「お、おい。大丈夫か?」
童は照れた顔をして笑っていました。
「フフッ・・・馬鹿が。本当、お前は馬鹿野郎だな。ったく・・・」
お風呂にも一緒に入ります。「妖怪のくせに、風呂にも入るのか?水はお前の天敵みたいなもんだろうが」
子供は着物を脱がずそのままお湯に浸かります。脱げないのかもしれません。
風呂から上がるとブルブルッと震わせて、水滴を払います。
「馬鹿野郎!水が飛ぶだろうが!犬かお前は!ったく・・・」
ジゴロウと子供はいつも一緒でした。人嫌いで滅多に村や町などの人里に出なかったので唯一、ジゴロウの相手をするのがこの童だけでした。
「おう!馬鹿野郎。いつまでも犬みたいに物を食っているんじゃねぇ。コレは俺が作ってやったぞ」
そう言って、茶碗や箸を取り出しました。もちろん、子供が扱える大きさに作ってありました。子供はそれを手にとって喜んでいました。ですが箸は握ってしまっています。
「馬鹿野郎!こうだ!こう!せっかく、俺様がわざわざお前のために作ってやったんだ。ちゃんと覚えろよな!」
教えてやってもなかなか覚えようとせず、匙のように使っていました。ジゴロウは呆れ顔で見ていました。
作業場にいくのも、寝るのも、ご飯を食べるのも一緒。
そのような生活が長く続き、季節も変わり暖かくなってきて、花火大会が迫ってきました。
「くそぉ!うまくいかねぇ!」
途中までは上手くいったのですが、仕上げの所で子供の格好が気に入りません。
「ダメだ!俺の才能を持ってしてもダメなのかぁ?ええい!酒でも買ってくらぁ!」
残り少ない銭を持って、少し遠い街に繰り出しました。近くの村では花火のことを催促されるに決まっているからです。色々な人を見ます。町娘や芸者。他にも大工や商人や釣り人など女だけに限らず男も見ていきます。
「全く!ロクな奴がいりゃしない」
酒も買わず人々を見ていましたが、何も収穫もなく遅くなってきたので家に帰り始めました。
「おじちゃん」
「あ?何だ。おめぇは。ん!?」
そこにいたのは小さな貧相な男の子でした。服もヨレヨレで、街には似合わない姿です。
「おもちゃ買わない?子供がいるなら喜ぶと思うよ」
男の子は袋の中にコマやお手玉、けん玉などたくさんのおもちゃを入れていました。
ジゴロウは興味深そうに眺めているのを見てけん玉を一つとって器用に遊んでみせます。
「1つだけでもいいから買ってくれないかな?安くしておくからさ」
「あ?うるせぇよ。馬鹿が俺がで作れるわ!他を当たるんだな。と、言いたいところだが今日は気分がいい。一番安いコマを買ってやらぁ」
「ありがとう。おじちゃん!」
コマなど自分で作れるものの、男の子で何かに気づいたジゴロウはそのお礼としてコマを買ってやることにしました。
収穫があったので勇んで帰り、すぐさま作業に取り掛かります。そして、遂に完成しました。
「うん!良い。流石、オレだな」
子供は飾り気が殆どない地味な村娘になりました。せいぜい、飾りと言えば野花の花輪を頭にしているぐらいです。ジゴロウは、化粧をさせたり着飾らせたりしたらこの子供の無垢という良さが削がれると思ったからでした。クルクルといつもどおりに回りますがピタッと目を回すことなく止まりました。子供は自分でもうまくいったことに驚いていましたが、すぐに笑顔になって飛び回っていました。
ドンドン
戸を叩く音がします。悦に浸っているところを邪魔されて物凄く腹立たしい気分になりました。
「ジゴロウさん!期日は明後日までだが、花火の出来はどうだい?ちょっとだけ聞かせてくれないか?」
「!?」
「なぁ?教えてくれよ!村の衆も心配してるんだ!」
それは村人からの花火の確認でした。ジゴロウは、戸を開けずに応えました。
「うるせぇ!今、真面目に作っていたところだ!お前のせいでやる気がなくなった!サッサと帰りやがれ。馬鹿野郎が!」
「分かった。帰るよ!でも、頼むぜ!」
『花火大会だと?』
それから急にジゴロウは無口になってしまい、子供は心配そうな顔をしていました。
『俺が作り上げた最高傑作だぞ。もし打ち上げちまったら・・・』
それは考えたくない事でした。
自分勝手で、酒好きで、頑固で、人嫌いで、強情で、見栄っ張りで、ひねくれ者で口が悪いというどうしようもない花火師の男がいたそうな。
今日も、家でゴロゴロして花火をつくる気などサラサラありませんでした。
そんな時、戸を叩く音がしました。
「ジゴロウさん!頼む。頼むから次は真面目に花火を」
「うるせぇよ!みんな揃って飢え死にすりゃいい話じゃねぇか!」
村人数人がジゴロウの家を訪ねましたが、顔を出すことさえしませんでした。
「馬鹿野郎共が・・・今まで俺を散々クズだの糞だのと罵ったくせに、兄貴が死んだ途端、さん付けだと?みんな死んじまえばいいんだよ。ああ~胸糞悪いんだよ!サッサと家帰って自分の念仏でも唱えていろ!極楽に行けるようにってな!」
ジゴロウは酒を飲みました。外の村人たちは困った様子です。
「どうするよ」
「どうするったってうちの村じゃ、花火師はこのクソ野郎のジゴロウしかいねぇんだから、頭を下げるしかないだろう」
村人たちは不本意であってもジゴロウに頼み込まなければならないのには訳がありました。
この国のお殿様は大層な花火好きで、年に一度、花火大会と称して周辺の町や村に花火を作らせて競わせていたのです。一等や二等になると野菜や餅、中には金や銀などの褒美をもらえたのです。ですが、下になればなるほど、来年の年貢が厳しくなるなどの、罰が課せられるため、周辺の町や村はこの日のために必死になります。
前回はこの「ジゴロウ」が作った花火はひどいもので、お殿様を怒らせてしまったがために年貢がかなり厳しかったのですが幸い豊作であったことで、飢え死にすることはまぬがれましたが毎年、豊作であるとは限りません。
ですから、「ジゴロウ」に頭を下げるしかないのです。
「ソウゴロウさんが生きてりゃ~な~」
「そう言うなって・・・」
ソウゴロウとはジゴロウの兄でした。ジゴロウとは違い、真面目で、一生懸命で、花火師としての腕も確かでありました。村の者たちからの信頼も厚かったのですが去年、花火の事故で亡くなってしまったのです。元々、ジゴロウの家は代々、花火師の家系で、村の中で他に花火師はいない為に、皆、嫌々、ジゴロウに頼み込んでいるのですがジゴロウは村人たちを許す気はさらさらありませんでした。
しばらくすると村人は野菜や魚などを置いて去っていきました。
「俺が物で釣られるとでも思って・・・」
良く見ると酒のとっくりも置いてあったのを見逃しませんでした。
「あれぇ?こんなところに、とっくりが。変だな~神様が落としていったのかなぁ?」
お酒は別で、空々しく天を見ながらとっくりを手にしました。
「うめぇ。うめぇっと」
ジゴロウは酒を飲んでそのまま眠ってしまいました。
次の日、目が覚めて、起き上がるとそこには小さな童が作業場で遊んでいました。
大きさは、握りこぶし二つ分といった所です。
「なんだ?なんだ?」
鳥にしてはずっと同じ所にとどまって飛んでいるので鳥ではない。
虫にしては音も無く富んでいるので虫ではない。
「そうか。まだ俺は夢の中だな。寝よう」
再び、眠り目を覚ますと童はいなくなっていました。
「ふぁぁぁ~あ・・・寝すぎたな・・・うおっ!」
振り返ると、先程の童がいて、こちらを見るや、物陰に隠れてしまいました。
「ネズミか?ネズミが空を飛ぶか?幽霊か?それとも、あの酒の中には何か毒でも入っていて幻でも見ているのか?」
また寝ようかと思いましたが、寝すぎたためにもう眠ることも出来ず、起きることにしました。朝の残りを食べて、酒でも飲もうとしていると童は花火の大筒で出たり入ったりして遊んでいました。
「この馬鹿野郎がッ!死にてねぇのか!」
ジゴロウが怒鳴って駆け寄る童は驚いてすぐに物陰に隠れました。
「油断も隙もありゃしねぇ。俺まで殺す気かっての」
花火をよく見ると火薬などをイタズラされた後は見られませんでした。
「良かった良かった。じゃぁ、気を取り直すために酒でも飲むぞ!」
酒を飲みながら、その子供を見ていてフワッと昔のことが頭を過ぎりました。
『そういや、死んだ糞ジジイや糞オヤジが言っていたな。花火を作っていると小さな童が出る事があるってな。妖怪か神様なのか・・・あの時は、花火の作り過ぎで遂に頭がおかしくなったんだろうと笑っていた。多分、あれが本当なのだろうな』
隠れていますが、チラチラとこちらの様子を伺っています。ジゴロウと目が合うたびに隠れます。一応隠れますが、体全部は隠れていません。そんな事がなんどもありました。
「ふん。勝手にやらしておけばいいか?そのうち消える」
それからジゴロウは外に出ました。夕飯の材料を採ってくるためです。
「うう~。さびぃ」
季節は冬。花火師の作り始めは早く、新年明けてから取り掛かる者もいるぐらいです。
と、言ってもジゴロウにそんな気はありません。
近くの小川の流れが殆どないところに行き、冷たい水に手を突っ込んでタニシを取りました。
「これだけあれば十分か?」
夕飯を取り終えるとそそくさと家に戻ると、ジゴロウは驚きました。
「ああ!朝飯の残りが減っている!?ネズミでも食ったかぁ?いや、違うな」
すぐに、当たりを探すと、童は横になっていました。お腹も膨れています。
「この糞ガキ!妖怪の分際で人様の飯に手をつけるとはいい度胸だ!」
大声を上げると童は飛び起きて、物陰に隠れようとしました。そこで近くにあった薪を投げました。小さい童であるので投げた薪は外れて柱にあたり跳ね返りなんととっくりに当たって、とっくりは割れてしまいました。中の酒はこぼれ、ジゴロウは慌てて割れた欠片の裏側を舐めますがそんなものはないに等しいです。
「あ・・・ああぁぁぁ・・・俺の、酒がぁ・・・俺の・・・」
ゆっくりと拳を握りました。
「てっめぇ!絶対に許さん!」
童を捕まえようとしましたが小さく素早いので捕まえられませんでした。それからすぐにジゴロウは気づきました。
「そうか・・・お前は、花火の妖怪だったな。」
ジゴロウは大筒を引きずるように運び始めました。かなり重いです。
それを見た童は慌ててジゴロウに着いてきます。
「外に放り投げちまえば後は、雨にぬれてお前はおしまいだ」
戸を開けて外に出ました。ジゴロウは汗だくになって大きく息をしていました。
「ぜぇ。ぜぇ。お前が悪いのだ。俺の飯を食べ、あまつさえ俺の酒をもこぼしやがった。死んで詫びるしかねぇ」
そうすると童は悲しそうな顔をしてこちらを見つめていました。
ジゴロウは目が合うとすぐに視線を外しました。
『むかつくな。そんな目で俺を見るんじゃねぇよ』
視線を戻すとやっぱり、童はこちらを見つめています。
『コイツを放り投げちまえばアイツはおしまいなんだ。おしまいなんだ。アイツは・・・』
持っている大筒を見つめているとジゴロウの手が震えてきました。それからため息を一つ吐きました。
「さぁて。部屋に戻るか?最近、力仕事もしてねぇから体が鈍っちまう所だったぜ。いい運動だった」
そう言って、大筒を戻し始めると童は笑顔になっていきました。
「と、言ったがやっぱり捨てちまおうかな?あっちまで戻すの面倒だしな」
喜んだのも束の間、童は即座に悲しげな表情を浮かべました。
「と言うのも嘘で」
そのようなやりとりを数回繰り返した後、大筒を持って作業場に戻りました。完全に童を手玉にとっていました。戻ったジゴロウは疲れたのでそのまま眠ってしまいました。次の日起きてみました。
「まだ消えねぇのかよ」
童は作業場をウロウロしていました。ジゴロウは飯を食べて、少し横になりますが眠れません。酒も無くなってしまい、することもないのでジゴロウは作業場に行ってみました。
「食うものはあるし、暇潰しに花火でもつくるか?少しやって疲れたら寝られるだろう」
ジゴロウが作業場に行くと遠くで子供はジゴロウに付いてきて見守っていました。
ジゴロウは気にせず、花火作りをしていました。一度始めると時間が立つのを忘れて、取り組んでしまいます。
ぐぅ・・・
お腹がなったので、今日はこれくらいにしようと思い台所に行くと何と、朝飯の残りを童は食べてしまったのです。
「この馬鹿野郎!俺が久しぶりにやる気になって仕事に励んでいた所でてめぇは食事か!手足もぐぞ。コラァァ!」
童はジゴロウの声に驚いて部屋の隅に逃げました。ですが、頭だけ隠れているだけで体は出ていました。
「酒はこぼす。飯は食う。何ていう馬鹿野郎だ。ん?」
仕方ないので、ほかのものを食べようと思ったときでした。
「お前、服を着たな。どっから盗ってきたんだ?」
童は先ほどと変わって明るい着物を身に付けていました。
人形ほどの大きさなので、どこからか村の子供が持っている人形の着物を盗ってこなければそんな事はできません。
「盗むったってコイツはずっと近くにいたはずだったしな。もしかして」
ジゴロウはピンと閃きました。試しに先ほど入れた花火の火薬を少し抜くと、今、着ていた服が消えていました。そして、抜いた火薬を戻すと再び、服を着ていました。
「なるほど。お前は、俺が花火を作ると服を着るのか」
ぐぅ・・・
子供のことは分かりましたが減ったお腹は膨れないので、山の中で食べられるものを探しに行くことにしました。
戸の前の村人が持ってきた食べ物には一切、手を付けません。お酒以外の事には頑固なのです。近くの小川で小魚を取ってきて料理して食べていると、子供はこちらをじっと見ていました。
「お前にはやらん。お前みたいな意地汚い馬鹿野郎は外にある馬鹿村人の食物でも食っていればいいんだ」
ですが、子供は外のものには見向きもせずこちらの焼き魚を見ていました。
「チッ。食った食った。お前、食うんじゃねぇぞ。ここに置いておくが俺は今から厠に行くが食うなよ。もう俺は食わんが、食うなよ」
そう言って、厠に行くともう子供は魚を食べていました。
「馬鹿野郎が・・・全く、しょうがない奴だな。あれほど食うなって言ったのによぉ・・・」
ちょっと呆れた顔をしただけで怒りませんでした。今日は乗り気ではないので花火は放っておくつもりでした。ですが、今日は、子供はくるくると回りながら自分の着物を見て喜んでいたのです。
『馬鹿野郎が・・・あんな着物ぐらいで喜びやがって・・・じゃぁ、もっと良く作ったらどうなるんだ?』
ジゴロウは気になってきました。このような気持ちにさせるのが子供の企みではないかと思いましたが興味には勝てず、ジゴロウを作業場へと向かわせました。それから、ジゴロウが生まれて初めて最初から最後まで真剣に自分の花火を作り始める事になったのです。
夜明け前に起きてら一緒に顔を洗い、花火を少し作ってから一緒に朝ごはんを食べ、また花火をつくり、日が暮れる前に風呂に入り、夕食を食べて日が暮れると同時に寝る生活でした。始めはジゴロウを遠くで見つめているだけの童でしたが慣れてきたのかいつの間にか近くに行っても逃げることはしなくなりました。
ですが童は、ご飯を食べるだけで何もしてくれません。遊ぶか踊るかじっと見守っているだけでした。
「全く、馬鹿野郎が・・・犬だって人が来たら吠えるとかマシなことをしてくれるってのに、お前と来たら能天気に遊んでいるだけ。今は昼寝かよ。良いご身分だよ。居候で、穀潰しが・・・にしても寝相が悪いな。床から落ちるぞ。ホラホラ。ったく手間ばかりかけさせやがって・・・」
作業場の端っこで寝ていたので落っこちそうになった所を、ジゴロウは元に戻してやり、再び花火づくりに取り掛かります。
たまにチラッと振り返り、子供の格好がどのように変わったか見ながら花火を作ります。
「何だ。起きたのか。今度はなんだ?遊んで欲しいのか?馬鹿野郎。俺は、お前のために花火作ってやってんだぞ」
ある日、ジゴロウは竹とんぼを作ってやり回してやると子供は目を輝かせて見つめていました。やがて自分もコマのようにクルクル回っていると目を回したのか柱に頭をぶつけていました。
「お、おい。大丈夫か?」
童は照れた顔をして笑っていました。
「フフッ・・・馬鹿が。本当、お前は馬鹿野郎だな。ったく・・・」
お風呂にも一緒に入ります。「妖怪のくせに、風呂にも入るのか?水はお前の天敵みたいなもんだろうが」
子供は着物を脱がずそのままお湯に浸かります。脱げないのかもしれません。
風呂から上がるとブルブルッと震わせて、水滴を払います。
「馬鹿野郎!水が飛ぶだろうが!犬かお前は!ったく・・・」
ジゴロウと子供はいつも一緒でした。人嫌いで滅多に村や町などの人里に出なかったので唯一、ジゴロウの相手をするのがこの童だけでした。
「おう!馬鹿野郎。いつまでも犬みたいに物を食っているんじゃねぇ。コレは俺が作ってやったぞ」
そう言って、茶碗や箸を取り出しました。もちろん、子供が扱える大きさに作ってありました。子供はそれを手にとって喜んでいました。ですが箸は握ってしまっています。
「馬鹿野郎!こうだ!こう!せっかく、俺様がわざわざお前のために作ってやったんだ。ちゃんと覚えろよな!」
教えてやってもなかなか覚えようとせず、匙のように使っていました。ジゴロウは呆れ顔で見ていました。
作業場にいくのも、寝るのも、ご飯を食べるのも一緒。
そのような生活が長く続き、季節も変わり暖かくなってきて、花火大会が迫ってきました。
「くそぉ!うまくいかねぇ!」
途中までは上手くいったのですが、仕上げの所で子供の格好が気に入りません。
「ダメだ!俺の才能を持ってしてもダメなのかぁ?ええい!酒でも買ってくらぁ!」
残り少ない銭を持って、少し遠い街に繰り出しました。近くの村では花火のことを催促されるに決まっているからです。色々な人を見ます。町娘や芸者。他にも大工や商人や釣り人など女だけに限らず男も見ていきます。
「全く!ロクな奴がいりゃしない」
酒も買わず人々を見ていましたが、何も収穫もなく遅くなってきたので家に帰り始めました。
「おじちゃん」
「あ?何だ。おめぇは。ん!?」
そこにいたのは小さな貧相な男の子でした。服もヨレヨレで、街には似合わない姿です。
「おもちゃ買わない?子供がいるなら喜ぶと思うよ」
男の子は袋の中にコマやお手玉、けん玉などたくさんのおもちゃを入れていました。
ジゴロウは興味深そうに眺めているのを見てけん玉を一つとって器用に遊んでみせます。
「1つだけでもいいから買ってくれないかな?安くしておくからさ」
「あ?うるせぇよ。馬鹿が俺がで作れるわ!他を当たるんだな。と、言いたいところだが今日は気分がいい。一番安いコマを買ってやらぁ」
「ありがとう。おじちゃん!」
コマなど自分で作れるものの、男の子で何かに気づいたジゴロウはそのお礼としてコマを買ってやることにしました。
収穫があったので勇んで帰り、すぐさま作業に取り掛かります。そして、遂に完成しました。
「うん!良い。流石、オレだな」
子供は飾り気が殆どない地味な村娘になりました。せいぜい、飾りと言えば野花の花輪を頭にしているぐらいです。ジゴロウは、化粧をさせたり着飾らせたりしたらこの子供の無垢という良さが削がれると思ったからでした。クルクルといつもどおりに回りますがピタッと目を回すことなく止まりました。子供は自分でもうまくいったことに驚いていましたが、すぐに笑顔になって飛び回っていました。
ドンドン
戸を叩く音がします。悦に浸っているところを邪魔されて物凄く腹立たしい気分になりました。
「ジゴロウさん!期日は明後日までだが、花火の出来はどうだい?ちょっとだけ聞かせてくれないか?」
「!?」
「なぁ?教えてくれよ!村の衆も心配してるんだ!」
それは村人からの花火の確認でした。ジゴロウは、戸を開けずに応えました。
「うるせぇ!今、真面目に作っていたところだ!お前のせいでやる気がなくなった!サッサと帰りやがれ。馬鹿野郎が!」
「分かった。帰るよ!でも、頼むぜ!」
『花火大会だと?』
それから急にジゴロウは無口になってしまい、子供は心配そうな顔をしていました。
『俺が作り上げた最高傑作だぞ。もし打ち上げちまったら・・・』
それは考えたくない事でした。